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DAYS X -TrueEnd- 『世界の果てだって』

 ハッピーエンドを見送った俺とヒナに残ったのは、少しだけ寂しく、退屈な日々だった。

 けれどそれも、九十三番目の世界で一人きりで施設に残っているかもしれないヒナよりはマシなのかもしれない。

 それが愛する相手でなくとも、誰かが隣にいるというだけで心持ちは穏やかでいられた気がする。


 最初のうちはヒナとノッカーの制圧。思っていたような驚異は存在しなかったが、万が一にでも外にこいつらを出してしまうわけには行かない為、一体一体を念入りにヒナの熱線で焼却していった。

「ばーん、ばーん」という声もまた、無いよりはあったほうがいい事に気付いたのは、二人でこの施設で生活して"四十ニ日目"の事だった。


 俺達はこれから生きていく為に必要な事を取り決め、日記をつけ、ハッピーエンドを見送ってからの日数を記録していく事に決めた。


 所長がいなくなって尚、施設に定期的にノッカーが現れるのも、ある意味救いだった。目に見えるノッカーを殲滅し焼き尽くすのに必要な時間はそう多くなかったし、二人きりでずっと話すことも次第に尽きていった。


 だからこそ"やるべき事"があるという事実が俺達の心を強くさせるのは間違いない。俺達にとってのノッカーの出現は今や驚異ではなく、心の均衡を保つ為に待ち望む物になっていた。 


 心が荒みそうになる代わり映えの無い生活だったが、俺達はちゃんと日常のルーティンを決め、それを守り、少なくとも一日に一回は顔を合わせた。

 もう食べなくても良いはずの食料を分け合い、時には部屋に持ち帰り時には一緒に食べ、適当な思い出話をしたりした。

 ヒナは何やら自分の部屋のコンピュータで色々と暇を潰せているようだったし、そのベッドには長期スリープの機能がついてもいたから、俺に施設を任せて眠ることも出来たはずだったのだが、それは必要無いと笑っていた。


『ハッピーエンドから"八十日目"』


 昼頃、嬉しい事が怒った。ゼロ達が顔を出しに来てくれたのだ。それも全員揃って、アレはすごく嬉しかった。

「なかなか許可が降りなくて……」というゼロの申し訳無さそうな顔はすぐにヒナの抱擁で見えなくなった。

 それからも定期的に、ゼロ達は顔を出しては、一般フロア前のホールにお土産を置いていき、俺達の暇を潰す為の道具や、近況の報告で俺達を驚かせた。

 

 俺達が完全なノッカーとして、この施設から出ることは禁じられているのは変わらずだった。だが、余程皆がダダをこねてくれたのだろう。


 俺とヒナは、皆が会いに来てくれるお陰でこの日々を乗り切れていた気がする。

 


『ハッピーエンドから"352日"』


 フタミとヨミが並んで俺達に会いに来た事があった。両手を繋ぎ、少しだけ大人びたヨミが照れながら、お腹を擦る。

「ご報告があります」

 そういうヨミから聞かされた話に、俺とヒナは大いに喜び、俺は少しだけ妬いた。


――いや、結構妬いた。


 というよりも、もう結婚や妊娠が出来る年齢だったということに驚いた。それを聞くと「無駄に此処で三年早く起きちゃってますからねー」と笑っていた。ヨミに名前をつけてくれと頼まれたが「幸せになれそうな名前ならなんでもいいよ」と俺は笑った。

 そのうちにナナミやシズリやゼロも合流して、そのまま宴会をした。


 その日は久々に酒を飲んで、フタミだけ潰してやったことを覚えている。まだ酒が飲めないシズリやヨミは羨ましそうにガブガブと酒を飲むゼロを眺めていた。

 意外とウワバミで酒を飲みながらいつもの雰囲気とはまるで違うテンションの高いゼロはなかなかの見ものだった。

 ナナミが日本酒をチビチビと飲んでいるのを見て「おっさんクサイな」と言うとお猪口が飛んできて、思わず割れる所だった。


 

 そんな、日々が続く。


 

『ハッピーエンドから"750日"』

 フタミとヨミが来た日で、そして"あの子"が初めて俺と出会った日だ。生まれた事はゼロから聞いていたが、名前は本人達からという事で隠されたままだった。

 ヒナはいくら引き下がっても教えてくれずに、ヒナはしばらく膨れていた記憶がある。フタミとヨミの子供の名前は『(さち)』という名前になったと、フタミから言われた。

「だって、幸せだったら何でもいいんだろ? だったらそのままでいいじゃないか」

 そう言うフタミの顔は、少しだけ不服そうだったが、それはきっと名前について、ヨミが俺に決めさせたから妬いていたんだろう。妬きたいのはこっちなのにも関わらず、相変わらず生意気な、弟みたいなヤツだ。

「でも、良いセンスしてる。俺と、アンタと、皆がいたから、生まれた子だもんな」

 そう笑うフタミの肩をポンポンと叩くと、彼は彼らしくもなく、俺の肩に顔をぶつけ、少しだけ身体を震わせた。

「ありがとう、ありがとうな……」

 そう言うフタミの背中を強めにバンバンと叩く。

「頑張れよ"おとーさん"」

 それからというもの、俺達への面会人は賑やかな物になった。



『ハッピーエンドから"1755日"』

 基本的に、もう俺やヒナは年を取らない。

 死ぬのかどうかも、試していない。どうしてかと言えば、試す必要が無いからだ。

 まだ、俺達は笑っていられる。少なくとも、あと数十年は。


 この日は幸の誕生日だったというのに、フタミとヨミは幸を連れて俺達の所へ来てくれた。ハッピーエンドから五年近くも経てばヨミも女性らしい雰囲気を漂わせるようになった。母親としての貫禄も出てきて、俺が恋したあの少女の面影も消えた。

 つまりはもう、妬く事もあまり無くなっていた。

 同じ時間一緒にいたならば愛したままなのは間違い無いが、俺の中のヨミは、あの世界で別れたまま、止まっている。

 この、美味しそうな手料理もきっと"アイツ"じゃ作れないんだろうなって思って笑った。

「これ、出てから覚えたのか?」

 俺が何気無くヨミに聞くと、彼女は顔を赤くして頷いた。

 

――いや、それでもやっぱり少しだけ妬けるな。


 そんな時、もう既に言葉も喋る事が出来るようになっていた(さち)がとんでもないことを口にした。

「この"おにーさん"って、パパに似てるね」

 幸がそう言い出した時の全員の顔は、今思い出しても面白い。焦って思わず転ぶフタミに、顔が真っ赤のヨミ、大笑いするヒナと、苦笑する俺。

 俺が九十四番目の世界に来た時には一目で俺がフタミと同じだと分からなかったヨミだったが、子供は意外と勘が鋭かったらしい。

 

「本当のパパかもしれないッスね!」

 そう焚き付けるヒナのせいで久々に施設の中で追いかけっこが始まったのを覚えている。

 


『ハッピーエンドから"4731日"』

 ナナミとシズリはいつのまにかカップルとなっていて、その後の生を謳歌しているようだった。

 相変わらず小柄なままのナナミと、二十五歳を越えて綺麗なお姉さんとなって成長したシズリの組み合わせは妙な犯罪臭、もとい母子感、よりかは姉妹感があったが、この二人のコンビは確かに昔からしっくり来ていたから、愛のような物が芽生えたとしても違和感はなかった。

 そもそも、ナナミは元々男だったのだから、余計に違和感が無い。


「じゃ、男に戻るのか?」

 俺がナナミにそういうと、耳元でゴニョゴニョと何とも言えない言葉を発せられたのでそれだけは記憶から消す事にした。

 シズリの顔が真っ赤だった事だけ覚えている。

「子供が子供を作るのはナンセンスですからね!」という言葉が、相変わらず彼女らしくて笑ってしまった。

 とにかく、すっかり背も伸びて綺麗な黒髪の美女となったシズリに抱きつきながら、ドヤ顔をしているナナミは相変わらずだった。

「ったく、くっついたならいい加減オッサンに戻れよ。クジョーのオッサン」

 そう悪態をついてやると「今までの点数全部無しね!」とチョップが飛んできた。



『ハッピーエンドから"10345日"』

 ゼロが、お偉いさんに登りつめた。

 それがどれくらい偉いのかという説明は分からなかったが、ヒナは「ふんふん……」と分かったように聞いていた。

「遅くなっちゃって、ごめんね」

 そう言うゼロの苦笑する顔は昔のままだったが、流石に年齢を重ねたせいか、年相応の姿になっていた。

「いーのいーの。私の為に、ありがとね」

 ヒナとゼロが長い抱擁する。そして、ヒナは何人かの大人の男性と共に、自室に数時間引きこもった後、出てくると俺に申し訳無さそうな顔をして何かを言おうとする。それを言われる前に、俺はヒナの頭を撫でた。

「おめでとう。よく待ったな」

 それは、話の流れで予想がついていた。ヒナの体内の武装が全て取られた上で、十数年にも及ぶ長い経過観察。そしてゼロの努力の甲斐によってもぎ取った、友情の脱出だった。


「ごめん、ありがと」

 その時だけは、ヒナに胸を貸した。ただただ、泣いていた。それは、これからもこの施設に居続ける俺への申し訳無さからだろうか。

「俺の事は気にすんな。俺も、ずっと待ってる人がいるしな。こっちから行けないのが悔しいくらいだ」

 そう言うと、俺の身体に抱きつく力が少しずつ弱くなり、ヒナは俺から一旦離れる。だが、泣き顔のまま俺の肩にもう一度頭を付け、彼女はもうしばらく泣いていた。


 ゼロはヒナと共に施設から出ていく時に「次は必ず、フタミさんも出してみせますから」と笑っていた。

 それが無理だろうことは、分かっていた。

 あれだけの時間を要して、あれだけの権力を行使してやっとヒナ一人を出せたという事を考えると、完全にノッカーになったままの俺が出られるなんて事が期待薄なのは分かっていた。それに、出られたとしても、俺が会いたい人は、この世界にはいない。

 それでも、ゼロが部屋を出る前に「私が死ぬまでには」と小さく零したのを、思わず感覚の青で拾ってしまい、少しだけ後悔をした。

 ゼロの為に、この施設を出る日が来たら良いと、そう思った。


 一人になっても、ハッピーエンドの続きは終わらない。



『ハッピーエンドから15040日』

 久しぶりに、フタミとヨミが俺を訪ねて来た。幸と、その子供も一緒だ。

 もう二人も初老になったというのに、此処をレジャー施設か何かのように思ってくれているのか、時折思い出したように来てくれる。それはゼロやヒナ、ナナミやシズリも一緒だった。

 

 年をとっても尚、俺が一人になっても尚、たった一日の数時間の付き合いだったのに、会いに来てくれた。

 でも、それももうすぐ終わるだろうことも、俺には分かっている。

 もう、俺の中で時間の概念は薄まりかけていた。所長が過ごした時間よりもずっと短い癖に、何とも情けない。それでも、頑張ってみるつもりだ。


 同じ施設の中で過ごしていく日々を、一人きりでこれだけ続けていたら、俺の心も少しは疲れてくる。殆どやることもなく、ただ待つだけの日々が続いた。


 久々に会った幸は、自分が産んだばかりの子供、つまりはフタミとヨミの孫を抱いてすっかり大人になっていた。

「ねー、おにーさん。おにーさんの力なら無理やり出ることも出来るんだよね? なんで出ないの?」

 気楽に言ってくれるその質問に、後ろのフタミとヨミが少し焦るが、俺は笑ったまま答える。

「お迎えをさ、待ってんだよ」


『お迎え』とは少し意地悪だったかもしれない、俺にとってそれは死を意味するものではなかったが、フタミとヨミが青い顔をしているのが見える。けれど幸はあははと笑った。

「死なないくせにー」

 イエーイとハイタッチを求めてくる幸は、誰に似たのか不思議だったが、いつだったかナナミと仲良くしていたというのを思い出して納得した。


 その手をパンッと軽く叩いて俺は少しだけ年長者ぶって説教をたれてみる。

「お前も子供生まれたんだから、少しは落ち着けよな。あんな馬鹿の言う事じゃなくて、とーさんかーさんを見習え」

 そう言うと、やはり幸は笑ったまま、その言葉を茶化す。

「もー、おにーさんの見た目じゃ説得力無いよう? 見た目だけは若いんだもん」

 その台詞に、俺は笑いながらも舐められてるなら脅かしてやろうと思い、もう少しだけ意地悪することにした。

「なぁ幸、その子、ヨミに持っててもらえ」

 首を傾げながら、幸はヨミに自分の子供を託すと、俺の方へ向き直る。この子には見せた事がなかった。というよりも何年も力を使って無かった。


 そう思いながら、俺は右手に力を込める。すると皮膚を突き破り、俺の右手から爪が生え、そして身体中に力を入れると、その身体は変貌し、人ならざる者の姿へと変わっていた。

「ノッカーを馬鹿にすんなよ?」

 ヨミは俺が何をするのか大体予想がついたようで、幸の子供の目を覆っている。


 これで少しはビビるかと思ったが幸は「すっげーーー!!!!」と言いながら俺の身体をペチペチと叩いて、コンコンとノックしていた。

 母に似るべき子だったのに、親しかったナナミの性格が介入したのだろう、何とも悲しい。

「ほんとーに強いんだね! おとーさんとおかーさんがおにーさんは強かったって何度も言ってたからさ! ちょっと疑ってたけどこれで納得した!」

 本来はもう三十歳もそこそこのはずの(さち)が興奮して子供っぽくなっているのが少し面白かった。あと、俺の硬化させた皮膚をノックしていたのも。

 

 それ以上に、ヨミとフタミが俺のことを強かったと伝えてくれていた事が嬉しくて仕方がなかった。 

 


『ハッピーエンドから35890日』

 もう、日記も良いかもしれないと思い始めた。結局、ゼロは生きているうちに俺をこの施設から出すことは出来なかった。

 最後に会った日に、思い切り抱きしめて「ありがとうな」と伝えると、ゼロは静かに涙を零していた。

「大丈夫だよ。俺は、生きていけるから。皆のお陰で、幸せだったさ」

 俺がそう言うと、彼女はしわくちゃの顔で、泣きながらも、苦笑していた。



 それからは、定期的に施設の管理を任された人間が必要な物を聞きに現れる。


 要するに、此処は俺にとっての檻となった。最強の進化の成功例であっても、檻から放つわけにはいかないことくらい、俺にも分かっている。軍事利用しようとする動きもあったかもしれないが、それも全てゼロがもみ消してくれたようだった。


 色んな人の死を、もう一度体験した。

 時々誰かしらの血縁者が思い出話をしにくる。

 けれど、俺の心は空っぽに近い。


 そんな時に、ヒナがブラリと戻ってきた。


「私も、死ねないからさ。一緒していい?」

 皆が亡くなって久しい。それもまた良いと、俺達は二人で、ひたすらボウっと暮らしていく。

 

 ハッピーエンドの続きは、終わったのだ。



『ハッピーエンドから78534日』

 ハッピーエンドから、二百年が過ぎた。奇跡的に、まだ世界事情はこの施設に流れてくる。なんとかかんとか、色々あれど世界も人間もまだ生きているようだった。

 ゼロが作ってくれた俺達へのアフターケアは、相当根強い物だったのだと感謝しながらも、俺とヒナはお互いの部屋で、ただひたすら眠り続けるだけの日々を送っていた。


 夢を見る時がある。それだけが、最近の幸せだった。

 もうずっとずっと前にいなくなった、愛した人の夢だ。

 この世界にすらもう存在しない、愛したかった人の夢だ。

 今日も、そんな夢を見ている。


――けれど、そんな夢を壊す音が、聞こえた。


 コン、コンと、ノックの音がする。


 俺とヒナは、お互いに干渉しないことを決めて久しい。

 最後に話をしたのは、いつだっただろうか。


 俺は、幸せな夢をぶち壊したヒナに対して、苛つきながらも、覗き穴を覗く。

 だが、そこには誰もいない。


 ガチャっとドアを開けても、誰もいない。


 けれど、その開けたドアの横からヒョコっと、懐かしい、懐かしい、顔が、飛び出した。その瞬間、その少女に思い切り抱きつかれ、俺は部屋の中へと倒れ込む。


「迎えに来ましたよ、おにーさん!!」

 それは、その声は、紛れもなく、俺の愛した、ヨミだ。


 夢の続き、かもしれない。

 古典的だがほっぺたをつねろうとすると、思い切り頭をもう一人の女性にひっぱたかれた。

「ベタ過ぎッス。夢じゃないッスよもう……こっちがどれだけ努力したと……」 

 その女性は、まだ顔に生気があった頃の、ヒナだ。

「って、うーわっ。そりゃ夢だと思いますねこれ、よく死のうとしませんでしたね……」

 ヒナは自分が手にした装置を見ながら、目を白黒させている。

「どのくらいでした?」

 ヒナの装置を覗き込むヨミ。


 ヨミが、ヨミがいる。けれど、少しだけ大人びているような、気がする。

 俺の記憶が曖昧だろうか、確かに少しだけ、大人びている。

 ヨミの成長は俺もこちらで見てきたから分かるが、これはきっと"あの日"から三年近くは経っているだろうか。

「二百って!! そんななるもんですか⁉ 技術レベル合わなくてどうしようも無くないです⁉」

 驚いたヨミが、そう言った後にもう一度俺に抱きついてくる。

 グリグリと、頭を俺の胸元に埋めてから、俺の顔を見て、涙ながらに彼女は微笑んだ。

「よく、よく、待っててくれましたね。愛してますよ、レージさん」

 簡単に愛してますなんて言ってくれるこの子は、一体どういう理由で此処に辿り着いたのだろうと不思議に思う、というよりも、全く頭がついてこない。


「こっちの私は?」

 ヨミに抱きつかれたまま、ヒナに聞かれる。

「自分の部屋だ、俺と同じく。こんな顔で寝てるよ」

 俺がそう言うと、やれやれといった感じで、九十三番目のヒナは九十四番目のヒナの部屋へと向かっていった。


 そして、俺は俺に抱きついたままのヨミを強く抱きながら、疑問をぶつける。

「どうやって、此処が?」

 そう言うと、ヨミは俺の腕に巻かれたままの、ボロボロの布を抜き取る。

 大昔の戦闘時に何度か破れかけたりして、外した時期もあったが、これだけはとずっと大事にしていた布。


 それは、この数十年以上はずっとつけていたままの、ヨミからもらった布だった。

「この子を、追っかけてきました。イスルギちゃんでも良かったんですけど、あの子はあらゆる世界に存在しますから。でも、おにーさんの腕につけたこれは、これだけ。だからヒナちゃんと一緒に部屋でずーーっと装置を作り続けて、この子を追いかけたら、此処に辿り着いたんです」

 つまりは、俺がいなかったことで生まれた可能性。あの世界のヨミは、この施設から出る事を拒んだのだ。もしくは、外に出てすぐにヒナの元に戻ったのだろう。

 この施設であれば、やる気さえあればいくらでも技術研究が出来る。

 目的と、諦めない心さえあれば、こんな芸当すら、可能だったというのか。


「だから私もまだ、外出てないんですよねー。おにーさんと一緒に出よって思って!」

 笑うヨミに、俺は何も言えず、強く抱きしめる。


「ハッピーエンド、見られました?」

 ヨミは俺に優しく聞いてくる。

「ああ、ああ! 見られた。皆、幸せな人生を送ったんだ。こっちのお前と俺は、子供が出来て、孫までいた。誰も死ななかったよ、俺はちゃんとハッピーエンドを見てきた!」

 興奮する俺の言葉を聞きながら、ヨミが俺の頭を優しく撫でる。


「良かった……なら、私達のハッピーエンドにも、行かなきゃ! ですよね?」

 そう言って、ヨミは俺から一歩離れる。それと同時に、向こうから元気なヒナが元気の無いヒナを引っ張りながらこちらへ現れた。

「ねぇフタミくんこいつふーてくされすぎー!! いっかちゃん死んだらこんななりますぅ? おにーさんこっちの私コマしてくれても良かったんですよー?」

 ふざけながら手を振る元気なヒナの言葉に、元気の無いヒナは少し赤い顔をしてブンブンと顔を横に振っている。

「それは許しませんってば!」

 ヨミがその言葉を遮るのと同時に、元気の無いヒナが「だから! こうなる気がしてやめてたんじゃないッスか!」と思い切り力を振り絞って声を出した。

『ッス』を久しぶりに聞いた気がする。

 その元気の無いヒナの脇腹を、元気な方のヒナが突きながら、俺の部屋の前に四人が集まる。


「二人が二百年生きてたんだから、まぁ早々死なないんでしょうね、私ら」

 そう言いながら、元気な方のヒナはあっけらかんと口走る。


「まぁ、今や死ぬ死なないなんて個人の尺度で決められる時代ッスけどね」

 元気の無いヒナが無気力感全開で答える。ハッピーエンドから二百年後の今や、人間の寿命等無いに等しい。

 その寿命を無くした元人間の第一号として、未だにナナミが時折この施設に手紙を送ってくるぐらいなのだから。とはいえ、外の状況もあまり良い物では無いらしい。


「じゃあ私もおにーさんとずっと一緒ですねー」

 えへへとヨミが俺の肩にくっつく。

「でもま、よく我慢しましたよ。けれどこっからは、逃げの一手ですから、よろしく」

 元気な方のヒナが施設の地面に向けて、見たこともない兵器で穴を開けている。

 どうやって収納されているかもわからないようなソレは、いとも簡単に施設を破壊していった。


「あー、私もやる気出します。これでも情報収集は、未だに癖だったんで」

 そう言うと、元気の無い方のヒナの目に、少しだけ生気があふれるのが見えた。

 そう考えたところで、呼び方が面倒な事に気付く。


「なぁ、ヒナとヒナじゃ紛らわしくないか?」

 俺は後ろを振り向いて、二人のヒナに声をかける。

 すると二人同時に、同じ事を口にする。

「「えー、じゃあフタミくんが決めてくださいよ、あだ名」」

 だから、俺はごく簡単な理由で、ただの思いつきで二人を区別することにした。

「お前が、ヒナメ。そんで、お前がヒナミ」

 俺の右で床を掘っていた九十三番目の世界の元気なヒナを、ヒナミと指差し。

 俺の左斜め前でそれを見ていた九十四番目の世界の元気の無い方のヒナを、ヒナメと指さした。


「「その心は?」」

 二人がまた同時に、同じ不思議そうな顔をこちらに向ける。

「立ってた場所」

 そう言うと同時に、二人から「えぇー……」という声が上がるが、俺はそれに笑いながら、ヨミの目を見る。

「こういうとこから、だよな?」

 俺が笑うと、ヨミは懐かしく、そしてこれから何度でも見られる笑顔で笑った。

「あはは。まぁ追々、ですね!」

 どうやら名前については、ヨミもピンと来てくれなかったらしい。


「じゃあ、それぞれ準備! 散開! 必要な物引っ張り出してきて! 戦う為じゃなく、殺されない為の準備!」

 元気なヒナが昔のように俺達を取り仕切る。


 準備をする振りをして、俺はいつか渡そうと思って作ったままの、緑と青の金属で作った指輪を、机の上に取りにいった。

 それはイスルギから作り上げた物だった。

 指輪のサイズは、いつかこちらの世界のヨミに聞いていた。


「ありがとな、迎えに来てくれて」

 そう言いながら、俺は俺の部屋の中までついてきたヨミの手に、その指輪を渡す。

「遅くなって、ごめんなさい。でも、絶対に迎えに行きますよ。世界の果てだって!」


 そう言って、ヨミははにかみながら指輪をはめた。

 それが思った以上にピッタリな事に驚いたようで、少し考えてから、こちらを可愛く睨んだ。

「なんで私の指輪のサイズ……分かるんです?」

 何か、良からぬことを想像しているようで、少し焦る。

「誤解、誤解だ。あいつには、ただ聞いただけ。俺は二百年間ずっとお前一筋だよ!」

 そう言っても、ヨミは引き下がらない。

「でも、この世界にだって私がいたわけじゃないですかー!」


 そう、この世界にだってヨミがいたのだ。

 けれど、俺が今まで生きてこられたのは、このたった一人の少女がいたからなのだ。


「でも、俺のヨミは、お前だけだよ」

 そう言って、一度だけ口吻をした。

 二百年以上ぶりの口吻は、やけに緊張したが、歯などぶつけずにホッとした。

 それは、ヨミの身長が少し伸びていたのも理由かもしれない。


「ん……もう! すけこましー! いいです。分かりましたよ!」

 顔を赤くしたヨミが指輪を愛おしそうに撫でる。そこに二人のヒナから声の元気度は違うものの「すけこましー!」という野次が飛んだ。


「じゃあ、これから、何処行きましょっか!」

 まるで初めてのデートに向かうように、ヨミは笑う。


 そうだ、ハッピーエンドは見届けた。

 

 もう来ないかと思っていた薄い希望も、生きていたからこそ、ノックしてくれた。


 俺を作った、隔離施設が壊されていく。

 厄介な"ヤツラ"は、とっくに全員倒した。


 だから俺達はもう、引きこもってちゃいられない。

連載中に読んでくださった方も、此処だけ読んでみた方も、連載終了後に読んでくださった方も、みんなみんな、量は違ってもありがとうの気持ちはおんなじです。

処女作でしたが、無事書き終えることが出来ました。

本当に本当に、ありがとうございました。

もし貴方が良ければ、また次の作品でお会い出来る事を祈っています。


2019年 06月20日(木) 03時25分に投稿した活動報告にて、エンディング曲付きのムービーへのURLが公開中です。

稚拙な歌と演奏と動画ですので、お耳汚ししてしまった場合は申し訳ありません。

あるキャラクターの気持ちを書いた物になっているので興味のある方は是非活動報告内の歌詞だけでも読んでいただければと思います。


追記:活動報告が流れてしまっていたのでこちらにURLを掲載します。

変わらず稚拙な物ではありますが、もしよければ覗いてみてください

https://www.youtube.com/watch?v=ScYWm18cBAU


2023年7月31日追記

 改稿が終了しました。

 改めて、お付き合い頂いた方、ありがとうございました。

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― 新着の感想 ―
エンディング何回も聴きました。好きで好きで好きで好きでたまらなくて、とにかくこの作品を作ってくれてありがとうございます。内容を忘れた頃にもう一度戻ってきます。
[良い点] ふと目に入って読ませていただきました。最後まで一気に読めて楽しめました。良い作品をありがとうございました! [一言] 最後に救いがあって良かった…、良かった………
[良い点] お迎えが来てくれて、本当に良かった。 [一言] 素敵な作品をありがとうございます。 お陰で涙が止まりません。
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