仕事終わりのプレゼント
「お疲れ様。手こずったけどなんとかなったね」
「は、はい……でもごめんなさい。私がミスをしたせいで」
「いいよ。これも経験だ」
「ありがとうございます……」
良治と優綺が歩くのは神奈川県にある山の中だ。
時刻は深夜。山道ではなく鬱蒼と草木が繁る、完全に山中としか形容の出来ない場所だ。
「それにしても暑いですね」
「だな。あとはもう帰るだけだし、早く帰って汗を流そう」
「はい……」
良治の後ろを歩く彼女を見ると、長めの髪の毛は乱れ、汗のせいで前髪が額に張り付いていた。
成人男性の良治の体力ならともかく、まだ高校生の彼女にとっては厳しいだろう。だいぶ疲労を感じさせる声だった。
現地に到着する前に夕立があったらしく湿度はかなり高い。
七月に入り気温もぐんぐんと上がり、今日も最高気温を更新していた。
誰でなくても汗をかき、外を歩くだけでだれてきてしまうほどだ。
山の中で大立ち回りをしたせいで汗まみれ泥まみれの二人は、疲労もありそれ以上何言わずに黙々と山を下っていく。
深夜の山の中を歩くという常人には不可能なことも、退魔士である二人には難しいことではない。
ただ魔獣退治という仕事の後ということで喜んでやりたいとはとても言えない行為には違いなかった。
「あ……」
「どうした?」
一時間ほど歩き続け、ようやく整えられた砂利道に出ると優綺が声を上げる。
緊張感はなく何か不意の危険が来たわけではないと感じ、良治はのんびりと尋ねた。
「あれ……」
「あ……」
木々のカーテンを抜け、視界には綺麗な星空が広がっていた。
彼らの住む都会では見ることの出来ない空。
普段見えている輝きの大きい星々も、自らの光を誇示するかのように特に輝いている。
「あの……そういえば、今日は七夕でしたよね」
「そういえば。なんだかラッキーだね」
「はいっ」
年相応にはしゃぐ優綺を微笑ましく眺めながら、良治もそれに習うように視線を上に向ける。
もう七月七日ではなく日付は八日に変わってしまっているが、それは野暮だろう。
「なんだか良いことありそうです……」
「そうだね。こんないい星空見れたんだし、きっと良いことあるさ」
「はいっ」
今までの疲労は何処かに吹き飛ばしたような、星空に負けないくらい瞳を輝かせる優綺。
(――しばらくこのままでいいか)
本当は早く帰りシャワーを浴びて寝たいところだ。
しかしそんな思いは楽し気な弟子の前には些細な問題に過ぎない。
きっとこんな機会はそうそうない。
もしかしたらもうないかもしれない。
それなら少しくらいは付き合うべきだろう。
(まぁ、夜明けくらいまでだけどな)
「天の川も見えますよ、ほらっ」
「そうだね。とても綺麗だ」
「ですよねっ」
長期戦に備えて良治は砂利道に腰を下ろす。
優綺と、その背後に広がる星空。
(――まるで一つの絵画だな)
二人は仕事終わりのプレゼントを、消えていくまで満喫した。