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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
白い吐息の季節
9/33

 年が明けて、二〇一八年になった。今年は自宅で新年を迎えた。

 ぼんやり目が覚めると、もう割と部屋の中が明るい。明るいと言ってもカーテンを閉めて照明も消しているから、真っ暗ではないだけで薄暗い状態だ。

 ルームランプのリモコンを手にとってボタンを押すと、部屋はすぐに明るくなった。時計を見るともう十時前だった。

「うーん……もう十時……」

 寝ぼけ気味で布団からゆっくり出ていく。部屋の中は暖かい。寝る前にファンヒーターは消していたので、朝まだ寝ている間に両親がつけてくれていた様だ。

 椅子にかけていたカーディガンをパジャマの上から羽織った。しばらくファンヒーターの近くで暖まる事にした。

 それから、机の上のノートパソコンを開く。ブラウザーのウィンドウを表示させ、ニュースサイトなどをいくつか見た。別に大して見る様なサイトは無い。新年おめでとうムードがいくつかのサイトに見られた。

 由衣は机の上にあったテレビのリモコンを手に取って、向こうに設置してあるテレビに向けて電源のボタンを押した。少しして画面に番組が映る。いかにもな正月ムードをひたすら振りまくバラエティ番組をやっていたので、チャンネルを変えた。変えた先も変わらない。やはり正月バラエティである。

 正月番組は面白くない。由衣は以前からそう思っていた。こんなしょうもない番組ばっかりやってるから、テレビ離れが進むのではないか。そう思ってテレビを消そうかと思った矢先、宣子が入ってきた。

「由衣ちゃん、あけましておめでとう。おせちがあるわよ。食べる?」

「おめでとう。うーん、まあ……じゃあ、ちょっと食べる」

 由衣はお腹が空いていないが、まあせっかくだからと食べる事にした。

「歩ける? ほら……」

「大丈夫だよ。そのくらい」

 由衣は、家の中くらいは自分の足だけで歩けるくらいにはなっている。長時間が無理なだけだ。由衣は手を借りず、自分で部屋を出てキッチンの方に向かった。それを見ている宣子は少し残念そうだった。


 キッチンに入ると自分の席に座った。テーブルにはたくさんの料理が並ぶ。ほとんどが買ってきたものだが、数点程が宣子の手作りだという。テーブルには宣子と光男、そして由衣の三人だ。善彦がいない。食べないと言ったらしい。

 由衣はまだたくさん食べられないので、食べられそうなのをいくつか食べて終わらせる。まあ、実際は食べられないというのは、お腹が減ってないというより、美味しいと思う料理がないという事なのだけど。

「由衣は本当に食べんなあ」

 光男は時々これを言っている。でも病気だししょうがないだろう、と由衣は思った。

「大きくなれんぞ」

 これもさっきのとセットでよく言う。しかし光男は一六〇センチもない為、実は由衣の方が背が高い。しかしまあ、そういう話じゃないのだろう、と思って聞き流した。


 おせちの後は部屋に戻ってのんびりする。しばらく小説を読んでいると、iPhoneが震えだし少しして止まった。メールが来たみたいだ。いったい誰からかと思えば……看護師の原田だった。いわゆる年賀メールというヤツだ。文章も「あけましておめでとう」の十文字しかない。原田らしいと思った。


 二時頃に宣子がやってきて、また食べるか聞いてきた。さすがに全くお腹が空いていないし、「まだいい」と答えておいた。


 おせちの残りの夕食の後、そろそろ時間は九時になる。それを見た由衣はテレビをつけた。昼間に番組表アプリで見たい番組を見つけていたのだ。

 数分してその番組が始まる。『気になるニュース』という番組の正月特番である。内容は<老化>と<若返り>だ。二時間にわたり分かりやすく紹介するという。

 ――新年明けましておめでとうございます。

 そう言って司会を務める、有名なタレントが話し始める。隣にはひな壇に十名のタレントやお笑い芸人、俳優などが座っていた。番組のセットも派手な正月仕様であり、過剰なほどに正月アピールしている。別にここまでしなくても、通常のセットに少し正月アイテムを並べる程度でいいのにな……と思った。


 ――<老化>とは何なのか? 司会はそう問いかける。お笑い芸人が受けを狙った様な答えを言った。ゲスト達の笑い声が響く。更にアイドルと思われる女の子が、バカな答えを言った。すかさず突込みが入る。そして笑い声だ。由衣は無表情なまま画面を見つめていた。

 ――<老化>とは……突然、まさに文字通りなのですが、急速に老化していく病気なのです。例えば、この二十歳くらいの若者。この若者が、白髪のこんな老人になるには、例えば四十年などの長い年月を経てなるのですが……<老化>を発病すると、これが数ヶ月でこの老人の姿になってしまうという病気なのです。

 大学の研究室と思われるところで教授が説明している。いかにも教授という風体の人である。

 ――ええ? そんな急に歳取ってしまうんですか?

 仰々しい驚き方をする芸人。ひな壇に座る他のゲストも驚きの表情だ。――そんな事、もうみんな知ってるだろうに……由衣は冷めた目で画面を見ていた。

 ――この病気の更に怖いのは、これが『いつ』、『何が原因で』発症するのか未だはっきりしていないという事です。

 ――でも癌だとか、他の病気からっていうのを聞いた事ありますが……と、ゲストの俳優が言った。

 ――そうですね。去年秋頃にそういう発表もありましたが、実はこれも確実にそうだ、と決まっている訳ではないのです。データを色々調べた結果、その割合が多いという事なのですねー。

 ――じゃあ、もしかして僕が明日いきなり<老化>したりとかあるんですか? ……お笑い芸人は大袈裟な表情と手振りで質問した。

 ――そうですね。明日いきなり老人になる訳ではないですが、症状が出始めてもおかしくはないという事です。

 ――ええー! スタジオがざわめく。ゲストの驚きの表情が個別に画面にアップに映し出されていく。

 ――そういう事で、何がきっかけになるとも限らない為、現在の所、基本的に予防策はありません。そして……先ほどの通り、誰にでも<老化>の可能性があるのです。

 ――うわ……怖いですね。 イケメンのアイドルがアップになった。

 ――新年早々、いきなり怖い事聞かされるなあ~。お笑い芸人が笑顔で言った。スタジオに笑い声が響く。

 ――では、<老化>の症状の経過ですが、こうなります。大型モニターには複数の項目がリスト上に並べられた表が表示された。

 ――発症から収束まで、一番多いのが約五、六ヶ月くらいの場合ですね。短いと三ヶ月、長い場合は一年もかかる場合もあるそうです。

 ――一年は相当ですね。ずっと入院とかいうと……大変じゃないですか。ベテラン女優が言った。

 ――まあ、日常生活には困る程身体的影響はないので、ずっと入院する訳ではない様ですけどね。実際、通院のみで入院はしない人の方がはるかに多いです。

 ――そうなんですか。

 ――それから症状の進行度合いですが……これもマチマチですね。ただ期間が長いほど老化の度合いは大きいです。三ヶ月の患者さんは十年程度の加齢だったとしても、一年の患者さんは二十年もの加齢となる場合もあるそうです。

 ――一年だと自分、ヨボヨボのおじいちゃんになってまうやん。それ怖すぎやろ……。お笑い芸人は震える様な仕草をした。

 ――そうなんですよね。ただ期間に必ず比例するとも限らない場合もあるそうです。

 ――さて次ですが……現在の<老化>患者の人口です……こちらをどうぞ。大型モニターにグラフが表示される。

 ――現在、世界で約二十万人と言われています。そのうち日本では……約五千人と言われていますね。

 ――二十万人って、そんなにいたんだ……。ベテラン女優が驚きの表情で言った。

 ――そうなんですね。それに今も患者数は増えています。専門家の話ではこのままのペースで増え続けると……なんと十年後には百万人を確実に超えるだろうとも言われています。

 ――ええー! スタジオに騒めきが広がった。

 ――何らかの予防、及び治療が確立出来ないと、この様な事になっていくのではないかとの事ですね。

 ――もしかして、来年はもっと増えたりとかいう事も? ……例えば去年は十万人だったのが、今年に発病された方は二十万人に増えたとか。ベテラン俳優が言った。

 ――そうですね。はっきり言って、現在その傾向であると言われています。倍とまで行かなくても、前年から一・五倍くらいには増えるのではないかという、専門家の意見もあるそうです。

 ――うわっ! 怖! マジで? 様々な驚きの言葉が出てくる。

 ――そして、まだ恐ろしい症状は続きます。ではここで一旦CMを。


 ――<老化>の症状ですが、他にもあります。次はこれ。VTRに切り替わる。学者と紹介された男性が映し出される。

 ――<老化>ですが、<老化>の患者は……子供を作ることが出来ません。

 ——ええっー! スタジオでは一斉に声が上がる。そして再びVTRに戻った。

 ――<老化>の患者さんというのは、男女共に性行為自体は可能ですが、男性の方の精液には精子が含まれていません。いわば無精子症という状態になります。また、女性は卵子が受精出来ないのです。

 ――じゃあ、<老化>の方は子孫を残せないという事ですか?

 ――そうですね。そういう事になります。

 ――男女どっちもって事は、患者さんではない人とでもダメって事ですか? 学者が「そういう事です」と言うと、ええっー! という驚きの声が上がる。

 ――それは……なんていうか辛いですよね。……少し深刻そうな顔をした女優が言った。

 ――どうしてそういう事になっているんですか? ベテラン俳優が言った。

 ――現時点ではまだその理由はわかっていません。世界中で研究を進めていますが、子供を作る事が可能だと思われる患者さんは一人もいないです。

 ――うわ、ヤバいですね。そんなんめっちゃ辛いやん。

 ――地元の友達が去年結婚して、これから子供何人か欲しいね、とか言ってたんですけど、もしどちらかでも<老化>したら、もう子供出来ないって事ですよね。

 ――そうですね。この辺りは今後、色んな問題が出てくるかもしれないですね。

 ――<老化>は肉体的な苦痛は無いものの、やっぱり突如老いてしまうというのは、精神的には大変な苦痛ですし、メンタル面ではケアが必要ですね。

 ――なんかめっちゃ暗くなっちゃいましたね。もうシーンって……。芸人が言うと、みんな笑い出した。

 ――では次は<若返り>についてですね。その前にCMです。

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