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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
帰宅
7/33

 十月二十三日、月曜日。今日は山陽医科大学病院への通院日だ。由衣は退院後も、当分は検査の為に定期的に病院に行かなくてはならない。まだ退院から一週間も経っていないが、早速一回目の検査がある。

 午後からの予約になっているので昼前に家を出発すると、移動中の車の中で「どこかで昼食を食べて行こう」と父の光男が言った。しかしなるべく昼食は食べずに来て欲しいと言われていたので、そのまま直接行く事になった。「後で一緒に」と言うのだけど、検査時間は割合長いらしいし、由衣は「先に食べてて」と言った。結局、両親は検査中に昼食という事にした様だ。


「こんにちは、早川さん。久しぶり……っていう程ではないですね」

 由衣の担当看護師であった島崎は微笑んだ。相変わらずの優しい笑顔に、ホッとした気分になった。

「そうですね。ついこの間だし」

「どうですか? 家での生活は」

「まあまあですかね……でもちょっと母が……」

「母が?」

「ええ。もうちょっと放っておいてもらいたいんですが……」

「それだけ早川さんの事が大切で、心配なんですよ」

「でもね……うーん」

 そうこう話しながら歩いているうちに、総合内科の岡本准教授の診察室に到着した。岡本は由衣の担当をしていた医師だ。

「さあ、入って」

 島崎はドアを開けて、由衣を部屋の中に入れた。入ると待合室になっていて、奥にある衝立の向こうに岡本がいるみたいだ。まだ診る患者がいるので、由衣はしばらく待たされた。およそ一時間ほど経った頃、島崎が来て岡本の前に案内した。

「こんにちは、早川さん。体調はどうですか?」

 数日ぶりの岡本は特に何も変わっていない。よく知った顔である。

「特にどこも悪くないです」

「食欲はどうですか?」

 由衣は原因は不明だが、常時空腹感の無い症状があった。お腹が空かないのである。これに<若返り>後の少食化とが相まって、殆ど食べられない状態だった。今はいくらか回復しているが、まともに食べられない状態には変わりない。

「うーん、まあ……あまり変わっていないです。お腹空かないですし……」

「そうですか、ただ初期の頃よりは改善しているし、無理せずじっくりやっていくのが良いでしょうね」

「はい」

 それから更に十分か二十分くらいの問診の後、検査室に移動して各種検査を行うことになった。


 案内されてやってきたのは『第二特別検査室』なる部屋だ。由衣が初めてみる部屋だった。

「こんなところがあったんですね」

 中に入ると、周りを見渡しながら由衣は言った。

「そうよ、由衣はずっと病室か別の検査室だったわね」

 由衣の事を呼び捨てで呼ぶ、この気さくな看護師は原田といい、島崎同様に由衣の担当だった。

 由衣は特殊な患者であった為、専用の病室が用意されそこにかなりの機器が設置されていた。その為、病室で出来無い部分のみ個別の検査室へ行っていた。この特別検査室はすべての検査機器が集結しており、主に通院者用でもあった。

「さあ更衣室に入った。で、この検査衣に着替えるわよ。そうそう、下着は脱がなくていいわ。別に脱いでもいいけどね」

 原田はニヤニヤしながら言った。

「いや、脱ぎませんよ……」

 ――一言多いなあ、と思いつつも楽しい人だし、嫌な感じはしない人だ……と由衣は思った。原田に手伝ってもらって着替えると、更衣室を出て、検査を始めた。


 約一時間後……検査の全行程を終えて、服を着替える。着替えも原田が手伝ってくれた。

「どう? 女の子の格好。スカート履かないの?」

「いや、まあ……ちょっと外では。家では履いてるんですけど」

「そうなの?」

「そもそも外で足が出てしまうのが……前はスカートなんて履かないし」

「ああ、まあそうよねえ。でも全然違和感ないと思うわよ」

「そりゃあ、この姿だし。気持ちの問題ですよ」

「まあ慣れよ、慣れ。早く慣れてさ、私に飛びきり可愛いミニスカ姿見せてよね」

「うーん。いや、まあ……そのうち」

「次の検査にはスカートで来なさいよ。ミニでよ、ミニで」

「それはちょっと……」

 由衣は忘れ物がないか確認して、原田と共に部屋を出た。


 再び岡本の診察室に向かった。

「特に問題はないですね。今後も健康には注意してください。特に、これから寒くなってくるでしょう。寒さの対策はよくしておいてください。」

「はい」

「次は……来月の十一月十日になりますね。また次も元気な姿を見せてください」

「はい」

 由衣は笑顔で返事した。

「さあ、向こうでご両親が待っていますよ」

 島崎が言った。両親は既に戻ってきているらしい。

「じゃあ、先生ありがとうございました」

「はい。ではまた来月」

 由衣は島崎に付き添われて診察室を後にした。

 途中、無骨な花瓶が飾ってあった。大小の正方形の金属板を溶接でつなぎ合わせて円筒形の花瓶の形を作っている。由衣の興味を惹いて、しばし見ていると、

「それは誰だったかしら……教授の知人の方の寄贈でね。他にも数箇所に飾ってあるんですよ」

「そうなんですか」

「他も見ます?」

「いや、いいです……」

「そうですか」

 島崎は正面玄関のところまで付いてきてくれた。

「早川さん、次は少し間が空くので忘れないように気をつけてくださいね」

「はい、どうもありがとうございました」

 宣子は島崎にお辞儀した。由衣も続いてお辞儀する。そうして島崎と別れて駐車場に向かった。そして山陽医大を後にした。


 家に戻って、少し経った午後三時頃。長井がやってきた。少し前に電話があって「これから訪ねても良いか」と聞くので、構わないというと、これから行くと言った。

 長井は、由衣の勤め先である「倉岡工業」の人で、由衣(この頃は”文彦”だったが)がリーダーとなっている班の現場監督をしている人物だ。温厚な性格で由衣ともうまくやれていた。由衣が長い間休職状態であり、大分苦労しているのだろうと予想される。

「こんにちはー」

 長井の声が聞こえる。

「あら、もう来たのね」

 宣子はそう言って玄関に向かった。そして宣子が取り次いで、由衣の自室になっている応接間に招き入れられた。由衣はベッドに腰をかけていた。

「やあ、早川さん。久しぶり……って程でもないかな」

「そうですね。前にお見舞いに来た時から、二週間くらいだし」

「何用ですか? あ、その椅子へどうぞ」

「うん、様子を見に来たんだけど。家に戻ってきてどう?」

 長井は勧められた椅子に座りながら言った。

「まあ、特にどうもないですよ。まだ満足に体が動かないけど」

「まだ松葉杖がないと歩けないのかい?」

「そうですね。ここからトイレに行くくらいは杖無しでも問題ないですが、家を出て近所の自動販売機に飲み物を買いに行くくらいだと厳しいです」

「まだまだ大変そうだね」

「そうですね」

 由衣はそう言って、自分の髪を触った。

「相変わらずだけど、やっぱり本当に早川さんか迷ってしまうよ」

 長井は少し照れた様な表情で言った。

「自分でもありえないくらいの変わり具合ですからね。しかし……長井さん、何か疲れてませんか?」

「まあ、なかなかね……」

 長井は苦笑した。

 現在、倉岡工業の早川斑は若手の大越をリーダーに下請業者の川口と加藤がいる。大越は職人としては有望だが、若いせいもあって経験が浅い。川口は、倉岡工業の下請業者である飯田工業から派遣されて来ている職人だ。川口興業という会社の社長でもある。要するに倉岡工業の孫請けである。加藤は川口興業の若手の見習いだ。

 由衣の入院前にいた石田が半年くらい前に辞めていて、現在三人でやっている。川口がベテランなので、大越の至らない部分をフォロー出来ているが、川口は足場や据え付け作業が本来の業種の為、溶接などの金属加工の専門作業となると厳しかった。そう言った作業は大越が頑張るしかないのだが、大越もまだ経験不足もあり、出来る仕事と出来ない仕事があった。

「厳しいんだよ。ホント……」

「でもまあ、頑張ってくれとしか言いようがないですが……」

「うん、まあ……それでちょっと相談があるんだけど」

「なんですか?」

「体の調子が良くなったら、せめて指導役としてでも復帰できないだろうか」

「うーん、指導役ですか。それも正直難しいと思うけど」

「難しいのは分かるけど、どうにかならないだろうか。早川さんが動く必要はないんだよ」

「……でもね」

「すぐにとは言わない。じっくり考えて欲しいんだ」

「まあ……でも無理だと思うけどね」

 その後、しばらく雑談を交わして長井は帰っていった。由衣はベッドに寝転がった。

 由衣は職場復帰の要請にはある程度予想していた。自分の代わりが務まる職人が確保できない場合、先ほどの様な事を言われる可能性も考えていた。しかしこの体では指導なんて無理だと考えている。それに由衣は教えるのが下手だった。この病気でこの様な姿になって、いろいろと考える所があった。そして……由衣はもう職場復帰したくなくなっていた。

「由衣ちゃん、そろそろご飯よ」

 宣子が部屋に入ってきた。由衣は宣子を見て、それから壁掛け時計を見て、そしてベッドから立ち上がった。

「わかった」

 そう言ってゆっくり歩き出した。

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