六
翌日、iPhoneを最新機種に買い換える為にショップを訪ねる。
アップルの主力製品、iPhoneは先月ニューモデルが発売されたばかりだ。iPhone7Sプラス、iPhone7S、の二種類だ。特にアイフォーン7Sプラスは人気がある。
去年のiPhone7の時に画面サイズを変えずにボディ外寸を小型化した為、使い易くなっていた。
メモリーが64ギガから256ギガまでとなり、由衣の5Sでは最も容量の大きかった64ギガが最も容量の小さいメモリーとなってしまっている。
それからカラーのラインナップがホワイト、ブラック、ゴールド、ローズゴールドの四種である。特に今回の7Sでシルバーがホワイトに、スペースグレーがブラックになった。特殊な塗装技術で剥げにくく、特にホワイトは金属の質感のまま、色は白という凄い状態だ。当然一番人気だそうだ。ブラックも同様だが、ホワイトほど注目されてはいない様だった。
由衣は今回、ホワイトにする事にしていた。まだ写真でしか見ていないが、すごく良いと思っていた。メモリーは128ギガにする事にしている。256ギガは容量が大き過ぎ……というのもあるが、親に代金を払ってもらうのに256ギガの値段は躊躇してしまった。
そして今日買いに行くのである。
「いらっしゃいませ」
ショップに入ると、若い女性店員らしき人から声を掛けられる。小さい店舗だからか、店員はその人ともう一人カウンターの向こう側にいる女性だけしか見えない。母も私に続いて店内に入る。
「どの様なご用件でしょうか?」
「あの……iPhoneはありますか?」
由衣は少し控えめな声で聞いた。
「はい。一部、在庫が無いモデルがありますが、どのモデルか決めていますか?」
「えっと……iPhone7Sのシルバーです」
「メモリーはどうしますか?」
「……128ギガで」
「すいません……128ギガは今在庫が無くて……64ギガか、256ギガならありますが。もしくはカラーをブラックにされるのなら……」
――どうも128ギガのホワイトは無いらしい。う~ん、どうしよう。
「由衣ちゃん、どうするの?」
由衣が考え込んでいるのを見た、宣子が聞いた。
「すいません、待っていただければ取り寄せる事も出来るのですが」
「どのくらいですか?」
「来月半ばくらいになるのですが……」
店員は言いにくそうだった。
――来月半ばって殆ど一ヶ月待ちじゃないか……それなら256ギガにというのは……。由衣は宣子を見て、「……ちょっと」と言って相談した。
「結構高いんだけど……いいかな?」
「由衣ちゃんがどうしてもそれが欲しいのなら、それにしたら良いと思うわよ」
少し思案して、店員の方を向いた。
「——じゃあ、256ギガで」
「あ、はい。iPhone7Sのホワイト、256ギガモデルでよろしいでしょうか?」
「はい」
由衣はこのモデルで決める。
「すいません、ではこちらへ」
店員は笑顔でカウンターのところまで案内した。
とうとう手に入れたiPhone7S。しげしげと眺める。旧モデルとなったiPhone7と比べて外観は然程変わらない。
最大の進化は性能面の向上と3Dタッチの強化だろう。6Sの時に搭載された3Dタッチは更に進化している。ソフトに奥行きの概念がかなり本格的に搭載され、ハード面でも今までにないタッチ操作で縦横無尽に扱える。言葉ではなかなか良い表現が見つからないが、6Sの押し加減で違うアクションどころでは無い。やっぱり進化したものだと思う。今後もどんどんそういう方向に進化していくのかな。
それから、今回はケースも保護ガラスもつけない事にした。今までは職場でも使う事があるので、壊さない様にケースに入れて使っていたが、これからはそういう仕事は出来ないだろうから、もう必要ないのではないかと思った。少々の事は気にしない。
由衣は車の中でずっと、このiPhone7Sを使っていた。帰る前にスーパーに寄って買い物すると行った時も、「待ってる」と言って、ひとり車の後部座席でiPhoneを弄っていた。気が付いたら宣子と光男が帰ってきて、「あれ? もう?」といつの間にか時間が過ぎていたのに気がついていなかった。
家に帰ってくると、由衣はワンピースのスカートに着替えた。紺色で端に白いラインが入ったデザインで、割合ゆったりした作りのものだ。このワンピースという服はとても楽で、部屋着としてはとても良かった。
それからベッドに腰掛けて、iPhoneでネットを閲覧する。ニュースサイトを見ていると、ニューヨークで爆発があったとかいう記事があった。どうも自爆テロだという。
こういうテロが世界各地で起こっている。物騒な世の中だ……と言っても知らないだけで、これまでもあちこちでこういう事が頻繁に起こっていたのかもしれない。テロだ、報復だ、またテロだ……こんな事をもう何年もやっている。負の連鎖というか、どうやっても断ち切れないのだろうか。
——いつも思うのだけど、テロは一般人に対して行なっている。アメリカなどの先進国の傲慢な振る舞いの犠牲者も一般人である。いつも犠牲になるのは罪無き一般人だ。テロリストに恨まれるのは政府の要人達のはずだし、政府が攻撃したいのはテロリストだけであって、平和にくらしている一般人までが犠牲になってならないはずなのに。どうしてこうなるんだろうか。
日本ではまだ、こういうテロは起こっていない。でもいつかは起こる様な気がする。今まではたまたま標的になってないだけで。それに中国も次第にきな臭くなってきているし、そっちからの影響が日本になければ良いのだけれど……いや、無い訳はないだろう。
何にせよ、今の由衣にはどうする事でもなく、ただただ傍観するだけだった。
iPhoneをテーブルに置くと、ベッドに座って文庫を手に取った。しばらくの間読書に時間を費やした。
気がつくと、もう午後五時が近づいていた。ゆっくり立ち上がって、体を伸ばす。それから松葉杖を使って歩き出し、部屋を出た。由衣はトイレに行った。
トイレから出ると、なんとなく玄関の方に行った。玄関には由衣のロードバイクがある。帰ってきた時は、長い間乗っていないのでどこかに片付けられているとも思っていたが、片付けられる事もなく置いたままにしてあった。体格が変わってしまったので、もうこのロードバイクは体に合わないかもしれないと思った。ロードバイクなどのスポーツタイプの自転車というのは、体格に合わせてフレームサイズやサドルの高さなどセッティングして乗るものだ。もしまた乗ろうと思ったら、もしかしたらフレームから買い換えなくてはならないかもしれない。
ちょっと外の風に当たろうかと思い、シューズラックからスニーカーを出して履いた。出したのは、買って貰ったばかりのGVスペシャルだ。
玄関を出て、家の前の道に出てきた。相変わらず車がよく走る。家の前の道は、この瀬戸内市の主要道路のひとつであり、自動車の往来は比較的多い。そのせいで、車を出し入れするのが大変だった。庭も狭いし、今に始まった訳ではないが住みにくい家だ。早く出たい、しかし体とお金がそれを許さない。
由衣は自分の車の前に座り込んで、フロントバンパーにもたれかかった。目の前を高校生と思われる男の子が通りがかる。ふいに由衣を見て、すぐ目を逸らして歩いていく。由衣の視界から消えていった。
それから、夕焼けに染まる西の空を見た。沈む夕日にどこか切ない思いがこみ上げてくる。これから更に陽は沈んで暗くなって夜になり、そして朝にはまた陽は昇る。時間はずっと流れている。世界はずっと動いているのだと、由衣は思った。目の前を通り過ぎる無数の自動車もそろそろライトを点けて走っている。気がつけばもう薄暗い。
「由衣ちゃん、そんな所にいたの? もう寒いでしょ。風邪引くから中に入りましょ」
玄関から宣子が出てきて言った。
「……わかった」
由衣は宣子の方を見てそう答えると、ゆっくり立ち上がってもう一度空を見た。それから家に入っていった。