三
翌日、由衣は宣子に二階の自分の部屋にある物を幾つか持って降りたいと言った。
「取りに行くのはいいけど、階段大丈夫かしら……私が補助したらいけるかな」
ちょっと心配そうな宣子は、
「ただ、その荷物を降ろすのだけは、自分でやっちゃダメよ。善彦にやらせるわ」
と言った。
「まあ別にいいけど……」
由衣は手すりを持って一段、一段とゆっくり上がっていく。隣では宣子が手を添えて支えてくれている。
由衣は数分かけて登りきったら宣子に言った。
「じゃあ、後はまた呼ぶから」
「手伝おうか?」
宣子は何か手伝いたいみたいだった。しかし由衣は、自分の部屋を漁るのに他人の手を借りるのは避けたかった。
「いや、いい」
「大丈夫なの?」
「大丈夫だって」
「本当に?」
「本当に大丈夫。無理はしないから」
宣子はかなり心配性になっている様だ。
「辛かったら早めに言うのよ」
「うん」
階段を降りていく宣子を見送ると、自室のドアの前にやってくる。さてどうなっているのか……期待と不安が頭をよぎりながらドアノブに手をかけた。
ドアを開けると、記憶通りの姿だった。
入って右側にパソコンを置いている机と椅子。左側にはベッドがある。布団は無い。多分洗濯するかして戻していないんだろう。仕事用の作業服なんかもそのまま積まれていた。大量の本や部屋の奥に掛けられている服等もまだあった。
由衣はパソコンの置いてある机の側に来た。ぐるりと眺めてみるに、置いてあるものは特に変わっていない。
手前にあるオフィスチェアを手にとった。著名な工業デザイナーの椅子である。デザインが好きな由衣は、若い時に結構無理をしてこの椅子を買った。もう大分くたびれてきているものの今でも気に入っている。そんな事をふと思って座った。
そして目の前のノートパソコン”MacBookAir”を開く。電源を入れると、マックのお決まりの起動音が流れる。少ししてパスワードの入力画面になり、パスワードを入れた。
——そうそう、この壁紙。入院前のそのまんまだ。何だかホントに懐かしい。
それから暫くあちこち見て、持って降りる物の選別にはいる。パソコンは持って降りる事にする。軽量のノートパソコンだし余裕だろう。
机の下の引き出しを開けると色んなものが入っている。エアガンがあった。”グロッグ17”という拳銃だ。手にとってみると割合重い。――あれ、こんなに重かったっけ? と、少し意外に思ったが、それだけ力が落ちているという事なのだろう。当然の事とはいえ、少しショックだった。これは面白いので持って降りる事にした。
その他、いろんな小物類などを集めてくる。それから……文庫も持って降りる事にする。買うだけ買って、読んで無いのが結構あった。入院時に持ってきて貰っていたのもあるのだが、ここに残されたままの本もまだ二、三十冊はあった。
それから他にも細かいものを幾つか選んで、部屋の隅に置いてあった段ボール箱に入れた。これらは以前通販などで購入した際の梱包を捨てずにいたものだ。全部入れると結構重く、持ち上げられなかった。パソコンと細かい雑貨類を入れた軽いものと、文庫など割合重量のあるものを別のダンボールに入れた。
そうしていると、誰かが階段を上ってくる音が聞こえてきた。
「由衣ちゃん、お昼よ。どうする? 上に持ってきて食べる?」
そういって部屋に入ってきた。
「いや、もう一応集めたし。丁度いいから降りる」
「どれを持って降りるの? この段ボール?」
「そうだよ」
宣子はふたつある段ボールの中を覗き込む。そして片方をちょっと持ち上げてみた。思ったより軽く上がったみたいだ。
「これはそんなに重くないねえ。これは私が降ろしてあげる」
そう言って一旦軽い方の段ボール箱を降ろすと、
「さあ、降りましょ」
由衣は宣子と一緒に一階に降りる。ゆっくりと確実に手摺を持って一段づつ降りた。
「大丈夫?」
「う、うん……なんとか」
途中、一旦座り込んでひと休みした。それからまたゆっくりと降りていく。
予想はしていたが、はやり階段は登るより降りる方が難しいと思った。