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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
蝉時雨
27/33

 由衣は、宣子に外にへ行ってくると伝えて、外へ出た。

 玄関で再びスニーカーを履いて、庭の方へ出て行く。このまま右手の方に向かえば車の止まっている方。左は庭の奥の方になる。玄関から覗いてみるに、納屋と思われる少し古い建物があり、その向こうには田んぼか畑の様だった。

 納屋がある方が気になったので、左の方に行ってみる事にした。

 やっぱり外は暑い。由衣の額に薄っすらと汗が滲んだ。建物のそばには影があるので、なるべくそこを歩く事にした。納屋の前までやって来て、更にその向こうを見ると畑が見える。手前に畑に抜ける細い通路があるので、そこを進んで畑の前に出てきた。畑は今は特に何も栽培していない様で、土だけの素っ気ない状態だ。

 今立っているところの手前が傾斜のついた段差になっていて、一メートルくらい傾斜を下がったところから畑がずっと広がっていた。側に四角に加工した石を段々に寝かせておいてあり、それを階段にしている。ここから畑に降りられる様だ。

 由衣は下には降りず、傍の植木の隣に立って遠くを眺めていた。丁度納屋の影になっている上に、風が通り抜ける為か割と涼しい。目の前には、とても田舎らしい風景がずっと広がっている。この辺りは山と山に挟まれた谷の様な地形なので、田んぼと畑の向こうは直ぐに山だ。

 ——古き良き田舎の情景といったところだろうか。——眼前に広がりし我が心の故郷よ、今ここに……などと、由衣は少し冗談めかして気取っていた。

 しばらく佇んで涼んでいると、いきなり強い風が吹き抜けた。被っていた麦わら帽子が飛びそうになったので直ぐに帽子を抑える。危うく飛ばされそうになったが、手で押さえる方が早かったので間一髪だった。

 そうしていると、後ろから声をかけられた。

「こんな所で何をしているのかしら?」

 由衣は、何やら嫌な予感がして、チラッと後ろを見ると、案の定——従姉妹の聖美だった。

 ――またこのオバサンか……まったく面倒だな、と思うが当然声には出さない。

 すぐに由衣の側にやってきて、

「あら、結構涼しいわねえ。いい場所見つけたじゃない。あなた」

 と由衣の顔を見てニヤニヤしながら言った。

「ええ、ここ涼しいですよね……ふふ」

 頰にかかった髪を払って、聖美に笑顔を見せた。愛想笑いもそこそこに適当に相手してやれ、と思っていたが、次に飛び出した聖美の言葉は由衣の予想していない言葉だった。

「でもねえ、こんな所でサービスしなくてもいいんじゃない?」

「え? サービス……何がですか?」

 聖美はニヤッとして、由衣の顔を覗き込んだ。突然の聖美の得意顔に由衣はたじろいだ。――何をいきなり意味不明な……と、何だかバカにされているような、不愉快な気分になってきたので聞き返した。

「あなたのカワイイお尻……丸見えよ。うふふ」

「えっ?」

 由衣はどこから見えたのか、あたふたして身の回りをキョロキョロしていると、聖美は「これよ」と言って、わたしの後ろに手を回して植木に引っかかったスカートを取った。先ほどの強い風が吹いた時だろう、ワンピースの後ろの裾が側の植木に引っかかって、スカートが捲れ上がったままになっていたのだった。腹の高さくらいの枝に引っ掛かっていたので、完全に丸見えだったと思われる。

 由衣はみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。

「あ、ありがとうございます……」

 ――お尻というか、下着丸見えの状態で、格好付けて佇んでいた……そう思うと、顔から火を吹きそうなほど恥ずかしかった。

「大丈夫よ。多分私しか見てないから」

「そ、そうですか」

 さっきの格好悪い姿を思い出すと、恥ずかしくてまともに聖美の顔を見れなかった。

「可愛いお尻だったわよ。でもほら、ちょっとそのパンティは子供っぽいわねえ。可愛いけどね」

 聖美はニヤニヤしながらわたしの顔を見ている。

 子供っぽいって……余計な御世話だと思いつつ、どんな下着を履いていたっけ? と由衣は思った。

「あ……いや、その……まあ何でもいいじゃないですか」

「まあそうだけど。でもあなたには似合ってるわよ」

「そうですか……」

 由衣は、自分の容姿が子供なのはわかっているし、それで似合っているもないと思った。

 聖美は由衣の隣に並ぶと、目の前の風景を眺めた。そして由衣の方を見て、

「あなた。ちょっと歩かない?」

 と言った。

「え? あ、はい」

 聖美は目の前の石段を下りていく。由衣もそれに続いて下りていき、畑の前にやってきた。そこから畑の側を通って歩くと、小さな道に出た。軽トラが一台ようやく通れるかという程度の砂利道だ。

 由衣はこの道を聖美と一緒に歩いていた。しばらく歩くが、お互い特に何も喋らない。

 夏の匂いが辺りに漂う。由衣たちの前を通り抜けた風が、その夏の匂いを遠くに運んでいく。遠くでは車の通り過ぎる音が時々聞こえた。近くの木に蝉がいるのか、終始蝉の鳴き声が聞こえていた。


「ねえ、今は体は問題ないの?」

 聖美から口を開いた。

「そうですね。体調は別に悪く無いです」

「そう。良かったわね——いや元に戻れた訳でも無いし、必ずしも良い訳もないのかしら」

「うーん、まあ今のところはこの状態で安定していますし、また症状が進行しない限りは問題無いです」

 今のところ、症状が止まってから再び進行するという例は聞いた事がない。その為、由衣もすでにあまり気にしていなかった。

「ふぅん、そうなのかしら。あなたって、以前とはやっぱり大分違うの?」

「違います。多分同一人物とは思えないくらい」

「そうなんだ。見てみたいわねえ。あなた、写真とかないの?」

「いや……まあ、無いですね」

「スマホで自撮りとかしないのかしら?」

 そう言って、聖美は自分のスマホで自撮りする様なポーズをした。

「そういうのは……あんまり興味がなくて」

「そうなの? 残念ねえ……」

 ——例えあっても見せる事は無い。変な風に思われても嫌だし。と由衣は思った。

「やっぱり暑いわねえ。セミもうるさいし」

「そうですね、日陰に入りたいです」

「あなた、汗かいてるわねえ。拭いてあげるわ」

 聖美は、ポケットからハンカチを取り出して、由衣の頬を軽く拭いた。

「あ、すいません」

「いいのよ。あらこっちも」

 聖美は首筋の辺りを拭いた。

「あ、あの……」

「ここもね」

 今度は由衣の胸を拭き始める。服の上から撫でる様に拭いていく。

「——あ、あの。いや、そこはいいです!」

 由衣はすぐに聖美と距離をとった。

「遠慮しなくてもいいのよ。まだ拭けてないじゃないの」

「いや、だからもういいですってば!」

 由衣は頬を染めて抵抗する。聖美は由衣を見てニヤニヤしていた。

「なかなか触り心地よかったわ」

「それってセクハラじゃないですか」

「拭いてあげてるだけじゃない、そんなことないわよ。それにセクハラなんて心外ねえ。スキンシップよ。スキンシップ」

 由衣は、どこかで聞いたことのあるセリフに嫌な予感を感じつつ、今後、聖美から常に一定距離を保つことに決めた。


「——あ、魚だ」

 由衣は側を流れる用水路の中に魚を見つけた。それを聞いた聖美が用水路を覗き込む。

「どこ?」

「あそこ。あの木の枝みたいなのが落ちている手前」

「あ、本当ねえ。フナかしら? あら、いっちゃった……」

「さあ、魚とか詳しくないですから」

「やっぱり田舎は生き物の宝庫ねえ」

「そうですね。蝉とかもいるし、って蝉はどこにでもいるか」

「うちの近所は木が多いからうるさいわよ。特に大きいのが幅を利かせてるわねえ」

「クマゼミですかね。うちの周囲にも多いですよ」

 他愛ない雑談を歩きながらしていて、ふと時間が気になってiPhoneをポケットから取り出す。

「もう結構時間経ってるけど、どうするのかな?」

 由衣は聖美に言った。聖美は腕時計を見て、

「あら、もう五時前ねえ。まだかなり明るいけど。もしかして探してたりして」

「帰りましょうか」

 由衣が言った。

「そうねえ。戻りましょ」

 由衣と聖美は来た道を引き返した。


 戻ってくると、玄関の周辺にみんな集まっていた。ようやく帰る事になって、玄関の外まで出てきて、また雑談を始めているのだった。

「あら、どこに行ってたの?」

 聖美の母が、戻ってきた聖美に聞いた。

「ちょっとその辺を歩いてたのよ。由衣と一緒に。ねえ?」

「ええ、そうです」

 由衣も同意した。それからまた座談会が始まる。——いつになったら帰るつもりなのか……ありがちとはいえ、由衣はウンザリしていた。そうしていると、珠代が近づいてきて突如話を振られる。

「由衣ちゃんがねえ、こんなに可愛くなってるとは思わなかったからねえ! おばさん、本当にびっくりしてるんよ。それに大きゅうなって、まあ!」

 玉代は、由衣を見て頭を撫でた。由衣の方が背が高いので、少し撫でにくそうだった。由衣はとりあえず愛想笑いをした。

「——さあ、帰るか。それじゃあな」

 光男はそう言って手を挙げると、車の方へ歩いて行った。素早く善彦がそれに続く。

「さ、由衣ちゃんも行きましょ。じゃあみなさん、今日はどうもありがとうございました」

 宣子は笑顔を振りまいて、親戚達にお辞儀をすると、由衣と一緒に歩いていく。

 車の後部座席に座って、窓の外を見る。聖美がこっちを見ている。

「今日はどうも。聖美さん」

「ええ。機会があったら遊びに行くわね。それともウチに来てもいいのよ。いっぱい色んな事教えてあげるわ。由衣」

「は、はあ……」

 何を教えるつもりなのか不明だが、嫌な予感がするし、とりあえず遊びに行く事は無いかな、と思った。

 車が動き出すと、由衣は窓を閉めた。静かになる車内。光男と宣子が昼間の事を色々話していた。由衣はずっと窓の外を見ていた。

 少し日が落ちてきた頃、家に到着して車から降りると、外は相変わらず蝉の鳴き声がうるさく響いていた。

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