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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
蝉時雨
26/33

「こんにちは。初めまして——いや、そんな事はないかしら?」

 聖美と紹介された女性は、笑顔で私に挨拶する。先ほど車を運転していた女性だ。

「うーん、どうでしょう。初めましてかもしれませんね……」

 年齢は由衣より上だと思われた。とはいえ、五十歳まではならない気がした。多分四十代半ばくらいではないかと予想した。小柄でぽっちゃり体型のおばさんだ。

「噂に違わぬ可愛らしさねえ」

 聖美は不敵な笑みを浮かべながら、由衣の姿をジロジロと眺めている。

「そ、そうでしょうか……」

 由衣は、この種のおばさんというのは面倒臭い人が多いと思っていた。話がやたら長引いたり、あれこれ答えに困る様な質問を平気でしたり――あまり関わりたくないと思い、特に話を続けなかった。


 それから両親と叔父達が世間話に花を咲かせ始めると、由衣はその場を離れて墓地の奥側の方に行った。誰かの側にいるより少し離れていた方が、面倒が無くて良いと思ったからだ。それに聖美と距離を置きたかった。

 日差しもあって結構暑い。この姿になって以来、余り汗をかかない由衣でも額にうっすらと汗が滲む。

「ねえ、あなた。今日も本当に暑いわねえ」

 不意に後ろから声をかけられた。振り向くとそこには中年女性がいる。先ほどの女性、従姉妹の聖美だ。

「あ。そ、そうですね……」

 少し笑顔を作って答えた。

 すると聖美の方から近づいてきた。

「<若返り>って本当にいるのねえ。テレビでは見たけど、実際に会った事は無かったから」

 聖美はそう言って、由衣を見た。

「わたしもほとんど会った事は無いので、そんなものだと思います」

「そうなのかしら。そういえばうちの近所には<老化>の人がいるのよ。私より若いのにお爺ちゃんになってしまって」

「そうなんですか。<老化>の人ってかなり多いと聞いた事があります」

 現在の国内の患者数は大体、<老化>が一万人、<若返り>が千五百人程度と発表されている。この通り<若返り>は<老化>と比較して、とても少ない。

「聞いた話じゃあ結構辛いらしいわねえ。あなたもよく耐えてきたわね。大したものだわ」

「まあ、なんとか……」

 由衣は少し照れて愛想笑いした。

「それにしてもあなた、本当に可愛いわね。そのワンピースもとても似合ってるし」

 聖美は由衣の姿を見て話を変えた。

「あ、ありがとうございます」

「背も私より高いし。顔がねえ、ちょっと美形過ぎなのよねえ。若返りってそんなに美人になれるの? 羨ましいわねえ」

 聖美は由衣の姿を褒めちぎった。由衣はどうしたものかと考えるが、愛想笑いしかできなかった。やっぱり聖美が羨ましがるのは当然で、由衣とは反対に、いかにもな中年おばさんという容姿で、小柄で丸っこい体格だった。

「いや、そんな事はないと思いますけど……美人かどうかなんて、人それぞれですし」

 聖美は由衣の体を上から下まで、舐めるようにじっと見ている。由衣は少し恥ずかしくなってきた。――この人いったい何なのだろう……。

「そうかしら。でもその顔なら十人に聞いて十人とも美人だって答えると思わよ。本当にアイドル顔負けだわ」

「そ、そうでしょうか……」

「本当よ」

 聖美は相変わらずニコニコして語る。

「でもさ、その足元はどうにかならないの? ちょっと似合わないわねえ」

 由衣は場所が場所なだけに、履物はスニーカーを履いていた。確かに似合わないかもしれないが――別にどうでもいいじゃないか、と思ったけど口に出しては言わなかった。

「ああ、でもこういう所を歩くから……」

「まあ確かにね。でも、もうちょっと可愛いのでもよかったんじゃない? それじゃお子様だわ」

「ま、まあ……」

 ――そんな事言われても……と由衣は答えに困った。

「ま、こんなところでそんなの気にしてもしょうがないわねえ」

 そう言って笑うと、聖美は周辺をウロウロした。

 由衣はそっと聖美から少し離れた。――この人は……はっきり言って苦手なタイプだ。

 避ける様にそっぽ向いて、更に奥側に行ったのだが、そこはちょうど陽の光が完全に真正面で眩しかった。そんな由衣の姿を見た聖美は、

「――あなた、足長いのねえ。羨ましいわ」

「え? 足ですか?」

 由衣は、――この人は唐突に何を言い出すんだろう。と思った。だがとりあえず、

「ど、どうもありがとうございます」

 愛想笑いをしながら言った。そんな由衣の疑問を見透かした様に聖美は口を開く。

「あなた、陽にあたって透けてるわよ。うふふ、セクシーよね。本当……腰の位置高いのねえ」

 日光に照らされた由衣の体型は、ちょうどシルエットで服に映し出された様になっていた。

「え? あ、いや……その……」

 由衣は、なんだか裸を見られている様な恥ずかしさがこみ上げてきて、慌てて影になっている方に移動した。

「スタイルいいし、可愛いし、ホントに羨ましいわあ」

 少しため息をつく様な素振りをして、由衣をじっと見ている。

「いえ、そんな事ないですよ」

「謙遜しなくていいのよ。あなたが素敵なのは事実なんだから。私は可愛い子見るの大好きだし。そう、あなたみたいな子よ」

 そう言って、ニヤニヤしながらこっちを見ている。

「……そ、そうですかね」

 由衣はどう答えていいか、わからなくなってきていた。どうやら聖美に翻弄されつつある様だ。

「あら、その麦わら帽子可愛いわね。素敵ねえ。あなたにとっても似合ってるわよ」

 聖美は次々と話題を変えて由衣を振り回している。会話の下手な由衣には手強過ぎる相手だった。

「――よ、良かったら被ってみますか?」

 何で答えたら良いか迷ってしまい、何故か勧めてしまう。

「遠慮しとくわ。私みたいなおばさんが被っても似合わないでしょ。あなたみたいな美少女が被ってるから似合うのであって」

「あ、いや、そんな事ないです……」

「そんな事あるわ。あら、叔父様たちもう帰るみたいね」

 親達が居る方を見ると、宣子がもう行くと言っている。

「じゃあ――あの、また今度……では」

「うふふ、また今度お話しましょうね」

 聖美に笑顔で見送られ、墓場を後にする。

 山を出たところで、行きがけに通った数件ある集落に戻ってくる。ここには光男の別の兄、要するに叔父の家がある。来る途中で、後で挨拶してくると言っていたので、やはりと言うか叔父の家に寄る事になった。


「まあ、よう来たねえ!」

 よく響く甲高い声で出迎えたのは、由衣の叔母である早川玉代という叔母である。光男の兄、利治の妻だ。この叔母は良く喋る。声も大きいし、由衣は当然苦手だった。

「まあ! えーっと、何て言ったっけ? 由衣だったかしら? ねえ、宣子さん? ああ、やっぱりそうだったよねえ! もう、最近なかなか憶えられないのよねえ、本当困ったわよねえ。まあ、由衣ちゃーん、あらまあ可愛いわねえ!」

「ど、どうも……」

 少し引きつった愛想笑いをした。この姿になって初めて会うが、反応はそんなに悪くない様だった。古い田舎の家なので、こういう病気に対して偏見があるかも、と思っていたが特には無さそうだった。

「善くんもよう来たねえ! 大きゅうなって!」

 善彦は反応なし。

「はよ、上がって、上がって。ほら、ほら!」

 殆ど引っ張られるかの様に家に上げられた。

「由衣ちゃん、ねえ、本当お人形さんみたいねえ! こんな可愛い子がいるなんてねえ!」

「そ、そうですか……」

 相変わらずだが、叔母は終始喋っている。

 中に通されると、応接間に通された。そこには既に何人かいた。

「よう来たねえ。何年振りかね」

 そう言ったのは、由衣の従兄弟になる早川泰之だ。小柄だが、強面で少し怖い。父親が亡くなっているので、この家の主となっている。子供は既に家を出ていて、夫婦と母親である玉代の三人で暮らしている。

「どうも、ご無沙汰してます――相変わらず暑いねえ」

 母が挨拶した。

「そうだねえ、本当暑いねえ」

 泰之は答えた。

「この子が、ええと、何て言ったけ? 由衣? そう由衣ちゃんか。大変だったそうだねえ。もう大丈夫なのか?」

「……あ、はい、今はもう大丈夫です」

 従兄弟なので、別に普通に答えればいいのだが、なぜかかしこまってしまう。

「それにしても不思議なもんだねえ。こんな可愛らしい姿に変わってしまうとは。俺の従兄弟だというのが信じられんよ」

 泰之は見た目はちょっと怖いが、常識的な人だ。泰之の妻も割と普通の主婦である。

「ははは……」

 泰之の笑い声に合わせて、由衣も苦笑いした。


 応接間のソファに座らされた由衣達の所に、騒がしい声がやってきた。

「由衣ちゃん、善くん! スイカ食べられえ」

 叔母が切り分けたスイカをお盆に乗せてやってきた。さも食べろと言わんばかりに目の前に持ってくる。

「……いただきます」

 特に食べたい訳ではないが、断るのは悪い気がするので、ひと切れ取って食べた。やっぱり美味しい。良く冷やされてるし。

 善彦は食べなかったが、宣子は一切れ食べて、「まあ、美味しいわあ」などとお世辞と言っていた。

 そうしていると、外で車の音が聞こえた。もしかしたら別の親戚ががやってきたのかもしれない。

 由衣はなんとなく嫌な予感がした。そしてその数分後、予想通りというか聖美の一家が姿を現した。

「あら、やっぱり来てたの」

 応接間に入ってきた聖美は、由衣の姿を見つけて言う。聖美は由衣の顔を見てニヤニヤしていた。

「まあ! 聖ちゃんは由衣ちゃんと仲がいいの?」

 よく響く大きな声で叔母が言う。

「ええ、大の仲良しなのよ。ね、由衣」

「え、ええ。――でも……会ったのは今日が初めてなんですけど」

「そうなのよ、私達気がうのよね」

 聖美は笑顔で由衣の腕を抱いた。

 由衣はつい同調してしまったが、せめてささやかな抵抗を試みた。が、全く聞いていない様だった。

「あなた、スイカ食べてるの? じゃあ私もひと切れ貰おうかしら」

「聖ちゃん、まだ沢山あるからドンドン食べてね!」

「ふふ、叔母様。そんなに沢山は食べられませんよ」

 聖美は不敵な笑みを浮かべた。

 由衣は半分ほど食べて、手を洗ってくると言って洗面所に向かった。

 戻ってくると、聖美は叔母や叔父の相手をしていて、由衣の方は見ていなかった。今のうちに外でも行ってみようと考えた。

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