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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
蝉時雨
24/33

 八月三日、今日はボーナス支給日だ。入社してまだ対して間がない由衣にも、いくらかの寸志が貰えるらしい。

 一体いくら貰ったのかと思えば、約三万円だった。予想より、以外と多かった。由衣の考えでは、藤井工業は零細企業だと思っているので、この勤務期間では無くても当たり前だと思っていたからだ。そもそもボーナス自体が無くてもおかしくないとすら思っていた。

「こんなに貰っても良いんですか?」

「当然だよ! 早川さんには今後も活躍してもらわないといけないんだ。むしろ少ないくらいだ」

「あ、ありがとうございます」

「今後の我が社の躍進は早川さんの腕にかかってるんだ。期待しているよ!」

 藤井はそう言った後、ガッツポーズをした。

 由衣はせっかく貰ったのだから、帰りがけに門田書店に寄って欲しかった本を数冊買って帰る事に決めた。エラリー・クイーンの新訳版が数冊発売されているのだ。


 日曜日は当然会社が休みで、由衣も朝からのんびり部屋でくつろいでいた。土曜日は基本的に休みだが休日出勤の時がある為、連休になるとは限らない。由衣が小宮山に聞いた話では、土曜は比較的出勤の場合が多いが、日曜は基本的に出勤は無いと言っていた。

 倉岡工業では土日はほぼ休みで、休日出勤が殆ど無かった。しかし藤井工業では月に二、三回は休日出勤がある為、給料の手取りは割合多かった。

 由衣の給料は日給月給という形式だ。基本給は二十万円である。年齢を考えるともう少しあってもいいかと思うが、残業や休日出勤が必ずある様なので、手取りは二十万円前半くらいはある。まあ、とりあえずはこんなものだろうと納得していた。


 YouTubeを見て、更に定期的に見ているブログをいくつか見て回った。そして、またニュースサイトを閲覧する。そして、由衣は寝耳に水な記事を見つけた。

「え? これって……どういうこと?」

 由衣はパソコンのディスプレイに映し出された事に目を疑った。そこにはこう書かれていたのだ。

『<若返り>で自動車免許を取り消された〇〇さん、再び免許を獲得』

 これは免許を取り消されていた患者の人が、教習所に行って再び免許を交付された、という記事の見出しである。六月に自動車免許の再交付は再度試験を受けることで出来ると決まった。その為に政府が発行した書類を持って直接試験や、教習所に行くことになる。これを持っていくと、試験料や教習料を国が払ってくれる事になる。

 由衣はこれが届くのを待っていた。が、最近は仕事が忙しいので、あまり気にしていなかったのだ。そうしていると、この記事である。

「ちょっと!」

「どうしたの?」

「自動車免許の書類は? もう届いてもいいはずなんだけど」

「え? 免許……さあ、どうなんだろうねえ」

 宣子は居間の方に行って、ゴソゴソと探し始めた。

「うーん、あるのかねえ……」

「それがないと免許を取りに行けないから困るんだって」

 少しして、「あ、これは?」と封筒を一枚出してきた。由衣はそれを受け取ると、そこには自分の名前が書いてある。すぐに封筒を開けて中の紙を取り出した。……間違いない。これだ。なんとこれは先月に届いているらしかった。

「これ、もう届いてから大分経ってるみたいんだけど」

 由衣は少し睨むような目で宣子を見た。

「そうなの?」

「そうもなにも、こんな事されたら困る! これが届かないせいで、いつまで経っても車の運転が出来ないんだし」

「でも、まだ運転なんて危ないんじゃ……」

「そういう問題じゃないでしょうが!」

「そ、そんなに怒らないでも……」

「だったら怒らせるような事するな!」

 由衣は散々不満をぶつけて部屋に戻って行った。


 由衣はベッドに寝転んで、先ほどの事を考えた。——本当にうちの親ときたら、いい加減で困る。あれもこれも適当にやって、うやむやにしてしまうのは、どうにかならないものか……。

 以前からだが、由衣と両親とは物事の考え方が大分違う。流されやすい性格の割に、とにかく白黒つけたい由衣に対して、宣子と光男は曖昧にして誤魔化す。由衣は、事をはっきりしないと進展しないと考えるのだ。原因をはっきりさせて、対策を施してはじめて解決するものだと考えていた。

 また、準備に力を入れ、万全の体制で挑む由衣に対して、宣子と光男は、全く事前の準備をしない。いきなりやって、その場しのぎなのだ。例えるならば、車でドライブに行って燃料が少なくなるとする。まだいくらか持ちそうでも、由衣はすぐにスタンドを探してまず補給するが、親達は燃料切れギリギリになるまで何もしない。ガス欠の寸前になって、初めてガソリンスタンドを探すのだ。由衣は、両親のそういう性格に馴染めなかった。どうも合わない。

 考えていると、由衣は悲しくなってきた。ある程度はしょうがないとも思っていたが——しかし、こういうものをいつもの調子で適当に扱われたのでは困る。もしこれが期限付きだったとして、今なら教習費用を国が負担してくれるが、期限後は自己で負担せよとなったら、親達はどうするのか? 多分文句だけは言うのだろう。本当に困ったものだ。

 ドアを叩く音が聞こえた。

「何?」

 ドアが開くと、宣子が入ってきた。

「由衣ちゃん……ごめんね。お母さんね……」

 申し訳なさそうな顔で言う。

「今度から気をつけてくれないと」

「ごめんね、由衣ちゃん。本当に……」

「わかったから、もういいから。……ひとりにしといて」

「ごめんさない」

 宣子は部屋を出ていった。

 由衣は思った。――これであっさり許してしまうから、また同じ事を繰り返すんだろうな……やっぱり情けないな……ダメな早川由衣はいつまで経ってもダメだ。

 自己嫌悪に陥って、泣きそうな気分になった。

 ——やっぱり、いい加減距離を置いた方がいいな……。


 そんな事があったが、ともかくとして自動車免許を再取得出来る様になった。

 そういう事で、先ほど瀬戸内市内にある教習所に連絡してそこに通う事にした。どのくらいで終了出来そうなのか聞いてみたら、およそ二週間程度だろうと言われた。行けない日が多いともっと遅くなるだろうが、大体その程度ではないかと言われた。

 由衣の様な<若返り>患者の教習所は新規からよりも簡単になるそうで、必要事項も新規より少ないという。

 ただ、仕事が……由衣はもう働いている。しかも岡山市内で、現在は電車とバスで通勤しているので、通勤時間がとても長かった。一時間くらいかかるのだ。教習所通いと両立出来るだろうか? それが心配だった。

 厳しいかもしれない、と思いつつも明日から始まる。とにかくやってみるしかない。


「すいません、今日は教習所行きますから、もう帰ります!」

 由衣は二階から降りてきて、一階の事務所にいた小宮山に行った。

「ああ、早川さん。お疲れ様」

「はい、お疲れ様です」

 由衣を見て微笑む小宮山と挨拶を交わして事務所を出た。工場の休憩所から工場作業員の同僚達が着替え終わって出てきていた。

「お疲れ様でーす」

「お疲れー。教習所?」

「そう」

「頑張ってねー」

「はーい」

 由衣に向かって手を振る彼らに、手を振り返して、早足で会社を出た。バスの時間が十七時五分なので、急がないと間に合わない。

 由衣は走った。最近はもう走ることさえできるのだ。——走れるって本当にいい。そう思いながら、バス停に急いだ。

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