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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
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 由衣はバスを降りた。目の前には教えてもらった、藤井の会社である「藤井工業」の建物がある。

 ——結局、来てしまったか。

 由衣は昨日一日、藤井工業の事を調べて、散々考えて、結果今日来てみる事にしたのだった。

 岡山市北区に藤井の会社はあった。周囲には割合住宅が多く、街の中にある工場の様だ。両隣にも町工場と思われる工場があるし、昔からある町工場地帯なのかもしれない。

 正面から見て右側に事務所と思われる二階建ての建物があって、その奥の波形スレートの大きな建物が工場だと思われる。左側は少し開けた敷地で、その奥が駐車場になっていた。四台止まっている。四台しかないというのは……思ったより少ないが、従業員は何人いるのだろうか。徒歩や自転車の人もいるのだろうけども。

 由衣は少し緊張の色を滲ませつつ、事務所のドアを叩いた。


「やあ、早川さん! よく来てくれたね。今日は最高の日だよ!」

「は、はあ……」

 由衣は終始ハイテンションの藤井に動揺していた。そんな由衣をよそに、藤井は机で電話をしていたひとりの男を招いた。

「紹介しよう。この男は小宮山という。僕の右腕さ。最高のね!」

 藤井は瘦せぎすの背の高い中年の男を紹介した。

「小宮山です、初めまして。早川さん」

 小宮山と名乗った男は、そう言って右手を由衣の前に出した。

「は、初めまして。よろしくお願いします」

 由衣は少し緊張気味に小宮山と握手した。

「小宮山さん、最高だろう! こんなチャーミングな姿だが腕は最高だ! これで我が社は天下を取れる! ははは!」

「あ、いや……最高だとか……こ、困ります」

 由衣は戸惑いを隠せなかった。――まだ何もしていないのに。しかもデザインの仕事なんて、まだした事がないのに。そして、そもそもわたしはこの会社で働くとは言っていない。

「社長、早川さんが困っている。まだ決めていないのに、早とちりしてはいけない」

「ははは、まあそうだね。でも嬉しいよ」

 小宮山の諫言にも大して気にする様子もない。

「——社長、例の件だが……早めに連絡が欲しいとさっき電話があった。もういい加減に返事をしといた方がいい」

「おっと。それか……わかった。じゃあ早川さん、小宮山さんに案内してもらってくれないか」

 そう言うと藤井は、机の並んでいる方に歩いって行った。

「では工場の方を見ていってください」

 小宮山は微笑むと事務所の奥のドアの方に案内した。


 事務所の奥にあるドアから渡り廊下になっていて、工場の中に入っていけた。

「ここが、我が社の作業場です」

 小宮山に作業場の中へ案内されると、機械の作動音や加工の際の大きな音が鳴り響いていた。

 由衣は周囲を見渡した。建物自体は古いが、中は割合広い。少し薄暗い様な雰囲気は、まさに町工場という印象だ。大きなシャッターのある中央付近は開けており、あのシャッターの向こうが会社の正面に出られるのだろう。中央部以外は、工作機械やら、部品や機器を置いたスペースなどになっている。

 それにしても、扇風機が数台置いてあるものの、工場内はやはり暑い。四人程いる作業している従業員も汗だくで作業に従事していた。それぞれ、ひとりは金属板をレーザー切断機? と思われる機械で切断加工している。もうひとりは細かい部品をチェックしているのだろうか。残りの二人は製品か何か機械の部品と思われる加工品を、クレーンで別のところに移動させていた。

 由衣は、この暑さは作業場では当たり前だと思いつつも、やっぱり辛いなと思った。

「思ったより人が少ないですね」

「もうひとりいて、全員で五人います。ただ、それでも人手不足は否めません。募集はかけているんですが」

 小宮山は苦笑した。

「どこも大変ですね」

「早川さんは、どの様な仕事を?」

 由衣は、どうしようかと考えた。迷う。何て答えよう……。

「ま、まあ……鉄工所で働いていました」

「鉄工所で。女性ではなかなか珍しいですね」

「まあ、そうですね……」

 小宮山はそれ以上聞いてはこなかった。内心ホッとしつつ、由衣は苦笑いした。


「早川さん、これを見てくれ! これは僕が設計した。組み立て式のラックユニットだ」

 後からやってきた藤井は、そう言って細かい部品などを由衣に見せた。

「これとこれを、こう繋いで。これはこうやって固定するんだ。ほら!」

 藤井はパーツを自ら組みつつ、由衣に説明して見せた。由衣も手に取って組んでみた。

「どうだい?」

「いいですね。組みやすいと思います。それにシンプルで……でも、これは……」

 由衣はちょっとした問題点を指摘した。

「痛いところを突かれたね。そうなんだ。それが問題で製品化出来ないでいる」

「……うーん」

 由衣はしばらく思案した。

「でもね。君がこいつの問題を解決してくれると考えているんだ。それだけじゃない。もっと大きな仕事をしてくれると、僕は考えているんだ!」

 ——このラックユニットの問題点は解決出来る。由衣は確信していた。と同時に、

 ——もしかしたらこの会社なら、やっていけるかもしれない。いい仕事が出来るかもしれない。

 由衣はそう考えた。人数が少ないベンチャーの方が思い通りに仕事しやすい。由衣みたいなタイプは、大勢の中では能力を発揮し難いし、そういう面でも仕事をしやすい環境かもしれない。

 ——だが、本当にここでいいのか? 本当にここで……。

「来て欲しいんだ。早川さん。君が必要だ、どうしても必要なんだ!」

 藤井は真剣な眼差しで由衣を見つめていた。由衣の心は揺らいでいた。ずっと揺らいでいた。由衣はどうにも決断力が無い。ひと晩中迷うだろう。

 ——多分、今日は眠れそうにない。

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