表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
ワーキング
19/33

「気に入ってもらえたかい?」

 後ろから声がして由衣は振り返った。そこには三十代半ばくらいの男が笑顔で立っていた。背が高く少し瘦せ型のスマートな体型の男だった。黒のTシャツにブルージーンズ、白いスニーカー。とてもカジュアルな格好である。

「それはね、僕が作ったんだよ」

 男は自信に満ちた表情で言った。

「え? そ、そうなんですか……」

 由衣は作り笑いをしながら、——面倒だな、と思った。つい、ちょっとよく見てみようって思った途端に、まさか作者に遭遇するとは……相変わらずのタイミングの悪さに辟易した。


「君、中学生かな? ふぅん、君の様な歳の子に興味を持って貰えるとは嬉しいねえ」

「は、はあ……まあ」

 どうしたものか、と考えていると、

「あら、藤井さん。どうしたんですか……おや? 早川さんも」

 現れたのは柴田だった。

「――やあ! これは梨紗ちゃん、実はねえ。この子がね。僕の作品に興味があった様なのでね、当然、僕もこの子に興味を持ったのさ」

 藤井と呼ばれた男は、ニコニコしながら鷹揚に語った。由衣は柴田と話しているのを幸いに、そっと去ってしまおうと考えた。

「早川さんは、そういう……なんていうか、鉄とかにこだわりがあるみたいですからね。やっぱり気になるんでしょう」

 そう言って、そっと帰ろうとした由衣を見た。柴田の視線を受けた由衣は、足を止めざるをえなかった。

「て、鉄っていうか……」

 柴田は由衣が金属加工の職人であった事と、鉄工所務めである事を知っているのでそういうのだが、鉄にこだわりって……目の前の男には、一体どういう風に理解されるのか……。

「へえ! これは驚いた。その歳で鉄にこだわりがあるとは。それも女の子で! ふぅん、これは将来が楽しみな子だねえ! へえ!」

 藤井はとても嬉しそうに由衣を見た。興味津々なその瞳に、由衣はどうやらすでにこっそり逃げてしまうのがとても困難である事を認識して困ってしまった。

 ――柴田さんのバカ……。


「君、早川さんっていうの? 下の名前は何ていうのかな?」

「……由衣って言います」

「ふむ、由衣ね。早川由衣ちゃんか。いい名前だね! とっても素敵だよ」

 さっきからそうだが、藤井は身振り手振りが大げさだ。多分目立ちたがりで、自画自賛が好きそうな感じがする。

「歳はいくつだい? ……そうだな、十四、五歳くらいかな?」

「ま、まあ……そんなとこかな……」

 由衣は適当にごまかそうとしたが、

「四十二歳だったと思いますよ」

 そんな意図など知るはずもない柴田はすかさず言った。

「よ、四十二?」

「ええ。早川さんは<若返り>なんですよ」

「ああ、なるほど。それで。でもそれだと随分辛かったろう」

「はは……いや、まあ……」

「しかし僕よりも年上だとは。最近は見た目ではわからないね」

 藤井は手を上げて微笑んだ。

「あの、藤井さんは何の用ですか? どこも悪くなさそうですか……」

 さっさと自由の身になるべく、由衣は話を変えた。

「ははは、お見舞いだよ。取引先の人でさ。この間から入院しててね」

「ああ、なるほど」

「君は? まだ通院しているのかな」

「まあ……そんなとこです。検査してますから」

 由衣は少し不快な気分になった。この藤井という男は、さっきわたしの方が年上だと言っていた。にも関わらず、未だに上から目線だ。下手に出る必要はないが対等のはず。この容姿だし、はっきり言って侮られている様に感じた。

「おっと、ごめん。もしかして何か偉そうな感じがしたかい? 僕はいつもこうなんだ、すまないね」

「い、いや……まあ……」

 即座にこれとは……何を考えているかを見透かされた様で、ますます印象が悪くなった。

「ま、まあ。わたし、帰らないと……」

 由衣は愛想笑いして、この場を立ち去ろうとした。

「もう帰るの? 僕は君に興味があるんだ。もちろん君の姿にじゃないよ。確かに君はとても可愛らしいけどね。僕が興味あるのは、君があの花瓶で興味を持っている事だ」

 ――何なんだ、この人は……。

「早川さん。よかったら……確か、ここにはカフェがあったよね。何か飲みながら話したいな」

 藤井は満面の笑顔で由衣に話す。

 ――女の子はこういうのに弱いのだろうか。しかしわたしには、単なるチャラいナンパ男にしか感じない。由衣は今も、頭では男の頃から変わっていないので当然だった。

「ぜひ聞かせて欲しいのだよ! そう、君の事をね」

 藤井は急に鋭い視線を由衣に投げかけた。由衣はその迫力に気圧される。

「え、ええ……まあ、はい……」

 由衣は断るつもりだったのに、結局承諾してしまった。毎度の事だが、結局こういう押しの強い人間には押し切られて、引っ張られるのだ。——我ながら情けない、と思い悲しくなった。


 カフェは今いた病棟の一番端にある。由衣も何度か利用しているので知っていた。

「早川さんは、あの花瓶のどの部分が気になった?」

「……うーん」

「ちょっとわかりにくいかな。形かな? それとも仕上がり? 品質?」

「ま、まあ……そうですね」

「ふぅん、本当かい!」

 藤井は嬉しそうに手を叩いた。

「あの四角い板の集まりを、うまくあの形状に隙間なく合わせられる、設計と製造技術の高さ……」

 由衣は、どう言ったらいいか……考えながら答える。

「これは、これは! 予想以上の人だね」

「まあ一応、製品のデザインなんかに興味があって……」

 由衣は金属加工職人であった事は伏せておいた。それを言うと、世間には殆ど知られていない<性転換>について説明しなくてはならなくなる様な気がしたからだ。

「へえ……デザインにね。早川さんはデザインとはどうあるべきかな? かっこいい、センスのいいっていうのかな」

「……違います。いや、全部違うとは言わないけど……デザインは、機能の一部だと思います」

「――ほう?」

「優れたデザインは、その製品の実用を最大限に機能させられる事。そして、それが言ってみれば、かっこいいだとか、センスがあるだとか、そういう事だと思います」

「それは面白い考えだね! いわゆる機能美ってやつだな」

「まあ、そうですね。わたしはそうあるべきだと思っているだけです」

「早川さんは、デザインの仕事をどのくらいやってきたの?」

「……わたしは特にはやってません。まあ、その……趣味で考えてただけです」

「――これは驚いた。いいね、凄くいい。早川さん、今はどこで働いているの? そこ止めてうちに来ない? 僕はね、さっきの花瓶なんかの様なインテリアや雑貨を製造する会社をやっててね。君みたいな人材を探していたんだよ」

 ――こ、この人は……一体何なんだ。さっき、あれこれ聞いてきたと思えば、すぐ後には自分の会社に来ないかって……そもそもちゃんと考えて言っているのだろうか。思いつきで言っている様な気がしてならない。というか会社経営者だったのか。芸術家か何かと思ってた……。

「いや、まあ……」

 由衣はどうしたらいいか迷って、まごまごしていた。

「今すぐに決断してくれとは言わないよ。それに一度会社を見てからじゃないと決められないだろうし。よかったら試しに一度、ウチに来てみないかい? まだ小さな会社だけど、これから大きくなる予定なんだ!」

 藤井は身振り手振りで熱っぽく語る。まあ、大層熱心な人だが……。

「ふむ、そうだな。これにでも……」

 藤井は側にあった紙ナプキンにサラサラと住所を書き始めた。

「いつでもいい。そう、いつだって歓迎するよ。僕は君にとてつもない可能性を感じたんだ」

 藤井はそう言って、紙を由衣に渡して微笑んだ。


「由衣ちゃん、どうしたの? 元気ないわ」

 宣子は由衣の顔を心配そうに眺めた。

「別に、なんともないよ。ホントに」

「そうなの? ならいいんだけど……」

 由衣はご飯を食べながら、今日の昼間の事をずっと考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ