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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
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18/33

 部屋に入ると、そこはいわゆる小さな会議室の様な部屋だった。

一番奥に向かって三メートルくらいの折りたたみテーブルが、横二列に五台並べてあり、計十台が設置してあった。テーブル一台に椅子が二脚なので、全部で二十人座れる様だ。会議室と違うのは前の方のテーブルには、数台のノートパソコンが置いてあるのと、部屋の片隅に事務机があって、そこにデスクトップパソコン……iMacが設置してある事だ。このiMacは二十七インチの方だろうか、やはり結構大きい。

「——早川さん、パソコンの置いている机のところへ座ってください」

 そう言って柴田は、iMacのある机の方に歩いって行った。

「それから……パソコンの電源入れてください。電源はわかりま……ああ、すいません。わかりますよね」

「ええ、当然わかりますよ」

 由衣はどこに座ろうかと思って、とりあえず真ん中辺りに座った。目の前にはとても有名なリンゴのマークの付いたノートパソコンである。由衣は目の前のパソコンを開いた。とても薄いノートパソコンで、これはアップルのMacBookだ。もしかしたらこの春に発表された新型かもしれない。……それはともかくとして、由衣はキーボードの右奥にある電源ボタンを押した。すぐに聞きなれた起動音が鳴り、デスクトップ画面が目の前に表示される。

 由衣が目の前のMacBookを眺めていると、後ろでドアが開く音がした。

「——やあ、待たせたかい」

 入ってきたのは岡本だった。

「では始めようかな。柴田さん、準備はできてるかな」

「はい」

 柴田は返事すると岡本に席を譲った。

「――早川さん。実は今回は新しい検査を導入する事になってね。既に何人かの患者さんにも受けて貰っているんだけど――そんなに大げさなものではないのですよ」

「そうなんですか……パソコンで何かするんですか?」

「そうです。これは『<老化>及び<若返り>疾患による知能向上検証実験用知能診断試験』、まあ簡単に言うと『知能テスト』と言ったらいいのかな」

「知能テスト?」

「そうです。もしかしたら早川さんもニュースなどで耳にしているかもしれないが……」

 岡本はiMacのディスプレイを見ながらキーボードを打っている。

「最近<老化>及び<若返り>の患者の方々は、知能面で優れていると言われる事があります。必ずしもそうだとは限らないとも言われているのですが……世界的には病気の解明をする為にも必要な事であり、各国で行われつつあるようです。山陽医大でも全ての患者さんにやって貰う事になったのです」

「はあ……しかし、本当に良いのですか?」

「うーん、まあこれからそれを実証していくという事ですから。実際はどうなのかはこれから分かっていく事でしょう」

「そうなんですか」

 由衣はiMacに向かい合う岡本を見た。

「——僕としては知能の高さが云々よりも、患者さんの苦痛を取り除く事と、少しでも早く完治できる様になればと思っています」

 岡本も由衣の方を見て笑顔になった。

「先生はやっぱり医者なんですねえ」

「ははは、その為に僕はここにいるのです」


 由衣は目の前の画面を見つめていた。そこに表示されているテスト用ソフトの画面……これは。

 ……実は由衣はこのテストを知っていた。既にネットでは噂があった。公にはまだ報道されていない。アメリカの大学で開発されたものだ。<老化>や<若返り>の患者は、その症状の副作用と思われる効果により、脳の活性化が見られ、それに伴って通常の人よりも高い知能を持っている可能性があるという報道は前にあった。先月の初め頃だったと思う。明確な研究結果が出ている訳ではない為、それの実証用のソフトを開発しているというのを、ネットでは噂されているのを度々見かけていた。


「画面に問題が出てくるので、それに答えてください。それを判定して数値を出します。その数値の高さで程度を判断するのです」

 岡本はパソコンを操作しながら言った。

 由衣は画面を見つめて問題が出るの待った。そして第一問……由衣は画面に表示された質問に合わせて、キーボードを使って答えを入力していった。全部で五十問ある。かなり多い。しかも文章を入力して答える問題が多い。選択問題もあるが……結局、全部答えるのに一時間以上かかった。


「ふむ、さすが早川さん」

 岡本は目の前のディスプレイに表示された結果を見ながら言った。

「やっぱり凄いですね」

 岡本の隣で一緒に画面を見ていた柴田も感心している様子だ。

「早川さんの数値は……193。やっぱり高いですね」

 岡本は由衣の方を見ると、笑顔で話した。

 このテストは、知力の程度を数値に換算する。この数値は、100を基準に知能が高ければ高い程数字が大きくなる。<老化>や<若返り>ではない一般的な人だと、大体80から130くらいになる。アメリカで行われたテストでは、平均はおよそ160だった。基本的には症状の重い患者程、知能が高い傾向があるとされている。また、一般人レベルの患者も大勢いる。

 由衣は平均を超えて200近い数値であり、相当高い知能を持っていると言えた。

「高いんですか?」

「うん、現在公表されている測定結果の中には、200後半までにもなる人がいると聞いています。しかし早川さんも凄いですよ」

「凄い人がいるんですね」

 由衣は少し驚いた様に言った。しかし、実を言うと由衣は、入院中から既に以前より頭が良くなっている事を自覚していた。

 明らかに記憶力が良くなっている。

 計算など、電卓が不要なくらいだ。様々な情報を記憶すればする程、頭の回転は鋭くなっていく。

 今までとは明らかに違っていた。憶えた事を全く忘れないし、これは何なのだろう? と考える事もなく、<若返り>か<性転換>の副作用という所なのだろうと予想していた。しかし治療自体とは関係がないし、他人にそれを言う事はなかった。

「どうやって数値を判別するんでしょうね?」

 由衣が言った。

「うーん、判別のアルゴリズムは僕には分からないが、何か複雑な計算がなされている様だなあ……」

「そうなんですか」

 由衣は画面に映るテスト用ソフトを見た。少し眺めて画面から目を離した。


 由衣は廊下を歩きながら、先のテストの事を考えていた。

 ――様々な研究結果により、<老化>や<若返り>の患者は高い知能を持っているかもしれない……そうしてそれを調べる為にああいうものを作った。

 どうしてあんなテストを行って、世界各国で調べているのか? 病気の解明の為か。それともただ研究者達の好奇心か。そのどちらもそうなんだろう。

 普通の人間より高い知能のを持った天才を多く抱えて活用できる国は、あらゆる面で他国より有利だ。もっと具体的に言うと、<老化>や<若返り>の中の天才達を、政治や軍隊などで利用しようとしている人達がいる可能性を考えていた。

 岡本達にはそんな事まで考えが及ばないのかもしれない。彼らは純粋に研究し、治療をしたい人達だ。だがその研究結果を利用するのは、政治家や企業だ。由衣には情報が無いので断定出来ないが、もうアメリカなんて、政府や軍には<老化>や<若返り>の天才が登用されているのかもしれない。

 実を言うと、由衣はわざと結果が低く出るよう回答を調整した。目立ちたくない由衣は、ある程度の結果になる様に敢えて間違えたりしていたのだ。もしかしたらマスコミに取り上げられるかもしれない。由衣は当然それも嫌なのだ。

 それでも優秀な結果ではある。例の200後半にまでなるような、超人的なレベルではないにせよ、この結果ならもしかしたらそういう職場にスカウトされて高収入で働けるのかもしれない。しかし由衣にはあまり気が進まなかった。

 そんな事を言っている様では、まともに仕事を探す事など出来ないと言われるかもしれない。でも由衣はできるなら誰に注目されるでもない、平穏な職場でひっそりと働きたいと思っていた。


 診察室を出て正面玄関に向かう途中、ふと目に入った。検査に来た際、いつも通る廊下に置かれた鉄製の花瓶。かなり複雑な多面体で構成された、非常に手の掛かった形状をしている。

 毎回見かけるその花瓶を、今日に限っては何の気まぐれか、立ち止まってよく見たいと思った。いつもは歩きながら横目で見ていくだけだった。

「よく出来てるなあ……これだけ複雑な立体にも関わらず、ちゃんと面がぴったり合っている」

 由衣は思わず小声で呟いた。かなり手間がかかる様に思うが、芸術品はこんなものだろう。どこの芸術家だろうか。

 そんな時、不意に後ろから声をかけられた。

「気に入ってもらえたかい? その花瓶」

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