表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
桜の舞う頃
16/33

 車は西大寺公民館の駐車場にやってきた。そこかしこにある桜の樹が、綺麗な花を咲かせていた。これだけ咲いていると、やっぱり絵になるものだと少し嬉しくなった。

 荷物を降ろして、持っていく準備を始める。由衣は飲み物の入ったボックスを持とうとした。どのくらい入れてあるのか分からないが、持つと割合重かった。

「由衣ちゃん、それは僕が持つよ」

 慎介が由衣からボックスを受け取った。

「由衣さんはこれ持って」

 桃香は由衣にブルーシートを渡した。これはとても軽かった。折り畳まれていて特に持ち難い事もない。由衣は桃香を見た。桃香は食べ物が入っているであろう、四角い包みを軽々と持ち上げた。由衣の視線に気がついた桃香は、「別にこれも重くはないけどね」と言って笑った。

「そうなの? 割合重そうだけど」

「そりゃあ、由衣さんには重いかもね」

 桃香はニヤニヤしている。

「……ま、まあ」

 由衣はからかわれた様な気分になったが、気にせずにブルーシートを持っていく仕事を開始した。

 ——しかしブルーシートって……もっとこういう時用のシートって無かったのかな?


「それにしても、良くなったねえ。松葉杖はもう全く不要かい?」

 一緒に歩いていた慎介が言った。

「そうですね。今はもう全然使わないです」

「良くなったねえ。この調子で完全に回復できるといいね」

「そうですね。もうちょっと良くなると走れるかもしれないですね」

「おお、そうかい」

 のんびり歩いていると、桃香が二人の所に寄ってきた。

「ねえ、由衣さん。由衣さんって<若返り>なんだよね」

「そうだけど」

「どのくらい若返ったの?」

「うーん、大分若くなったけど」

「大分? 何歳くらい?」

「……二十以上かな」

「えー? 結構若返ったんだな……ってことは歳は何歳? もしかして結構おばさん?」

「ま、まあ……」

 桃香は由衣が元は男であった事は知らない様子だった。

「由衣さんってさ、なんていうか……お人形さんみたいなんだよね」

「そ、そう?」

「うん。すごい華奢で、抱きしめたら壊れてしまいそうな……」

 確かに屈強な印象のある桃香に抱きしめられたら壊れかねない。

「まあ……弱っちいのは認めるけど、そもそも強そうな桃花ちゃんにだとホントに壊れそう……」

「あ、それちょっと酷くない? あたし、これでも女の子よ」

 桃香は少し膨れた顔をした。

「あはは……ご、ごめん」

 ——なんかヤバかったかな? と思っていたら、空いていた右手をすっと出して胸を触られた。

「お返しー、おっ、なかなか大きいじゃん」

「——あ、もう! ちょっとー」

 由衣が抗議しようとするも、クスクス笑う桃香は早足で行ってしまった。


 公園の中ほどの辺りの適当な木の近くに持ち物を置いていく。まずブルーシートを広げて、その上に弁当などの荷物を置いた。

 そして、みんな座って飲み物や食べ物を広げて、お花見の開始である。

「由衣さん、あっち行ってみない?」

 飲み食いを始めて少しした頃、桃香はそう言って川の向こう側の寺の方を指差した。

「あ、うん」

 由衣は頷き立ち上がった。

「ちょっと由衣さんと散歩してくるね」

「気をつけて行くのよ」

「わかった」

 桃香と由衣は親達の所を離れて、寺の方に向かった。

 ここ西大寺観音院は、先程の西大寺公民館南側の向洲公園と隣り合わせになっている。桜並木の南端に寺と公園を分けている川を渡る為の橋がある。ここを渡ると寺側の敷地である。

「由衣さんって、前は松葉杖で歩いてたって聞いたけど」

「うん。寝たきりが長かったからかな……歩くのが苦手になってしまって」

「そうなんだ。腕は大丈夫だったの?」

「うん、腕の方が回復が早かったなあ。それに足は腕と違って、転ばないようにバランスをとりながら歩かないとダメだし。それに体重を支えなきゃ」

「ああ……なるほど。それで」

「でも今は大丈夫。長く歩き続けられる訳ではないけど、疲れたら休めばいいし」

「走る事は出来ないの?」

「流石に走るのはまだ……厳しいな」


 二人は橋を渡って、まっすぐ歩いた。本殿の裏を通って、西側の方にやってくる。

「あ、三重の塔だ」

 由衣は視線の向こうに聳え立つ塔を見つけた。

「やっぱ大きいね。確か五重の塔とか、どこかに無かったっけ?」

 桃香が呟くと、

「岡山だと備中国分寺にあるね」

 由衣が答えた。

「どこだっけ? 国分寺って……」

「総社だよ。古墳とかある所」

「ああ、そうそう総社だったけ。って、そういえば遠足で行った事があるような……」

「わたしもある。多分中学生だったかな」

 由衣は三重塔の石段を二段程登って、その場に腰をかけた。桃香も隣に座った。

「なんかさ。写真撮りたいね」

「写真ねえ……」

「あ、すいませーん!」

 桃香は観光かと思われる若い女性が、近くを歩いているのを見つけて声をかけた。

「あたし達を写真撮って欲しいんですが」

「いいですよ」

 大学生と思われる女性は、快諾してくれた。桃香は自分のスマホの写真アプリを起動して手渡した。ちなみに桃香のスマホはiPhone6Sだ。

「いいですかー」

 女性は構えると、二人に声をかける。

「はい」

 由衣と桃香は石段に座って、並んでポーズをとる。——由衣は特にポーズらしいポーズは取っていないが。

「行きますよー」

 シャッター音が鳴った。

「もう一枚」

 再び音が鳴る。

「ありがとうございます!」

 お礼を言いながら桃香は女性に駆け寄った。女性は笑顔でスマホを桃香に返すと、手を振って行ってしまった。

「いいねえ! 由衣さん、写真あげる。メルアド教えて」

「あ、うん」

 別にメールに添付せずとも画像を送る事は出来るが、由衣は特に言わなかった。説明が面倒だし。

 先ほどの写真が由衣のiPhoneに送られてくる。由衣と桃香が隣に並んで座っている写真だ。桃香の明るい笑顔が可愛らしい。

「あっち行ってみよう」

 桃香は敷地の南側にある石門の方を指差した。この石門は外の道路に繋がっている訳ではなく、門の外は噴水がある。昔はどうだったのか不明だが、現在では門としての用はしていないみたいだ。石でできているので、やはりヒンヤリしており、他の場所よりも寒く感じた。

「何かさ、ゴツいね」

「そうだね」

 石門から北を見ると、真正面にそびえるのが本堂だ。ここはいわゆる<裸祭り>の名前で有名な<西大寺会陽>のメイン舞台でもあり、まさに観音院の中心部である。

 由衣と桃香は本堂の方に歩いて行った。

「やっぱ、これだけは別格って感じだね」

 本堂は背も高いが幅もある為、やはりそれなりに威容を感じる。由衣達は、手前の石段を登って行き、上の舞台に上がった。そこでまた二人で並んで座った。

「由衣さんってさ、学校にはもう行かないの?」

「うーん、学校ね……出来るなら大学にはチャレンジしてもいいかも」

「いいじゃん。由衣さんって本当は大人なんだし、試験楽勝でしょ!」

「いや、そうでも……頭そんなに良くないしなあ……」

「大丈夫、大丈夫だって。由衣さんなら出来る」

「簡単に言うけどねえ……」

 由衣は苦笑した。


「さ、そろそろ戻らないと……」

 そう言って、桃香は立ち上がった。

「そうだね」

 由衣が答えると、桃香は階段を降りていった。由衣もゆっくりと腰をあげる。

 そして立ち上がってしまうと、目の前のずっと遠くの空を眺めた。切なくなる程に遠い空。由衣は、ふうっとひと息つくと階段を降りていった。

「由衣さーん、戻ろうよ」

 階段の下にいた桃香が由衣を見上げて言った。

「うん」

 由衣は一歩づつゆっくりと階段を降りていく。もう普通に階段の上り下りはできるが、それでも少し気を使う。

「お待たせ」

 由衣が降りてくると、桃香は何を思ったか突如ニヤニヤし始める。

「どうしたの?」

「ふふ……由衣さん、正統派だねえ。純白とは」

「へ?」

 由衣は、何を言ってんだろ……と思いつつ、自分が今日履いているのが白い下着だった事と、すぐ下に桃香がいた事を思い出した。

「あっ……下から覗いたなっ!」

「あはは、だってさ。上向いたら見えたんだもん、偶然だって」

 由衣は早足で逃げる桃香を追いかけて行った。


「あなた達、どこまで行ってたの?」

 桃香の母が二人に聞いた。

「ちょっと向こうの三重塔の所までね。あ、この唐揚げ美味しそう」

 桃香はそう言って箸で、鶏の唐揚げをひとつ取って口に放り込んだ。

「うん、最高!」

「あら、嬉しいわあ」

 晶子は桃香の満足げな顔に顔を綻ばせた。


「わあ、キレイねえ」

 晶子が舞い散る桜の花びらを見て言った。先ほど強めの風が吹いて、落ちていた花びらが舞い上がったのだ。

 ひらひらと落ちていく薄い桜色が景色を包んだ。

「こういうのって良いわねえ」

「そうだなあ。やっぱりお花見してる気分が出るからね」

 慎介は嬉しそうだ。

「由衣さん、肩に一枚付いてるよ」

 桃香に言われて見てみると、確かに一枚だけ由衣の方にくっついていた。

 由衣は肩に付いた一枚の花びらを摘んで、目の前にやった。摘んだ指を緩めると、春風にさらわれて小さな花びらは空に舞い上がった。

 由衣は宙を舞う花びらをいつまでも眺めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ