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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
桜の舞う頃
15/33

「お花見? 観音様のところで?」

 由衣は怪訝な表情をして宣子に聞き返した。

「そうなのよ。兄さんがねえ。みんなでしないかって」

 観音様というのは、岡山市東区の西大寺にある<西大寺観音院>の事だ。隣に西大寺公民館とその南側に向洲公園という公園があり、この公園に桜並木がある。そんなに賑わっている感じはしないものの、時期に通りがかると所々で花見をしている人達がいる。

 今は三月下旬で、岡山でも開花宣言があって、実際街ではあちこちに桜の花が目立つ様になっていた。

「うーん、でもねえ……」

 いつもの事だが、由衣は返事を渋った。由衣はどうもこういうイベントを好まなかった。全く嫌いな訳でもないが、あまり結局的に参加したくない。由衣はこういうイベントで騒いで楽しむ性格ではないのだ。

「由衣ちゃんが来てくれる事みんな楽しみにしてるわ。ねえ、行こう」

「うーん……」

 どうも宣子は由衣を人前に連れて行きたがる。可憐な容姿の由衣は、とても見栄えがするので、宣子が周りに見せたがるのはおよそ想像がついた。帰ってきてからは、特に内向的というかインドアな傾向があるので、その辺りを何とかしたいと思っているのかもしれない。

 どちらにせよ、押しに弱い由衣は結局うやむやの内に参加する事になっていた。


 翌日。午前十時頃……家の前に車が止まる音が聞こえた。由衣が窓の外を見ると、家の前にミニバンが止まっている。親戚の角川夫妻の迎えが来たようだ。

 由衣は窓から離れて、ベッドに座り込んだ。玄関のベルが鳴った。「はーい」という宣子の声が聞こえて、バタバタと廊下を駆けて行く音が聞こえた。

 少しして、部屋に宣子が入ってきた。

「由衣ちゃん、そろそろ行こうか」

「……わかった」

 のろのろとベッドから腰を上げた。由衣は今日初めてスカートで外出する。まだ薄着には早いので、上はシャツにカーディガンを羽織って、一応コートも持っていく。忘れ物がないか確認して部屋を出た。


 家の前に止まっている車は、日産のミニバン『セレナ』だ。叔父の慎介が無理を言って買ったらしい。妻の晶子は、買い換えるなら小型の車でいいと言ったらしいが、子供達が孫を連れて帰省した際に、一緒に遊びに行きたいという事だそうだ。それでこの八人乗りのミニバンに拘った。慎介の望み通りのお出かけが今後有るかは分からないが。

 先月に納車したばかりらしく、慎介は満面の笑顔だ。

「やあ、由衣ちゃん。今日はみんなで楽しもう! やっぱりいいねえ、八人乗りだからみんな一緒に行けるんだよ。ははは!」

 さっきからずっと笑顔の慎介だった。

「この車はセレナですか?」

「お! 由衣ちゃん分かるかい。そうなんだよ。先月納車したばかりでねえ。まだピカピカなんだ」

 由衣は運転席側の窓から中を見る。やっぱり新車は綺麗だ。しかし、おじさん達は何故にレースのシートカバーを付けたがるのだろう? と少し思った。ちなみに由衣の父である光男もレースのシートカバーだ。

「さあ、由衣ちゃんも後ろに乗ってくれ」

 そう言って、慎介は後部座席のスライドドアを開けた。

 由衣は開けて貰ったドアの中を見た。そこには見知らぬ女性が二人いた。目の前には高校生くらいの少女、その奥には少女の親くらいの年齢の中年女性が座っている。

「あ、どうも……」

 由衣は少し慌てて言った。

「こんにちは。ああ、もしかして……のんちゃんとこの……」

 奥のおばさんが言った。

「そうよ、うちの由衣ちゃんよ」

 由衣の後ろから宣子が自慢げに言った。

「へぇ……ホント可愛らしいわねえ、由衣ちゃんっていうのー、背高いわねえ。桃香と同じくらいあるんじゃないの」

「確かにあたしくらいあるね」

 手前の少女は、隣に座っているおばさんに言った。そして由衣の方を向いて微笑んだ。

「あたし、伊藤桃香って言います。よろしくお願いします」

 そう言ってお辞儀した。

「まあまあ、礼儀正しいのねえ」

 宣子は嬉しそうに伊藤桃香を褒めている。

「やあねえ、礼儀も何も空手ばっかりやって片付けも出来ないのよねえ。この子は」

「もう! お母さん、変な事言わないでよ」

 桃香は隣の女性に文句を言った。どうやらこの二人は親子の様だ。


 伊藤桃香はこの四月から高校三年生になるという。現役女子高生だ。しかし、空手をやっているというその容姿は、やっぱりスポーツマンだと感じさせる体格だ。とても強そうで、由衣などが一撃喰らおうものなら命に関わりそうなくらいだ。

 その強そうな見た目と裏腹に、性格は明るい。よく喋るし、よく笑う。誰とでも仲良くなれるクラスの人気者なのだろう。

 美人な顔立ちではないものの、精悍で格闘家の印象にぴったりだった。


「早川由衣さんだっけ。よろしく!」

 桃香は由衣に向かって精悍な顔つきを綻ばせた。

「あ、う、うん。よろしく……」

 由衣も作り笑いして対応した。少し引きつっていたかもしれない。

「さあ、由衣ちゃんは二列目だね。宣子は三列目に座ってくれ」

 慎介が由衣と宣子に指示を出す。

「あ、わたしは三列目でいいです。……いや、三列目がいいです」

 由衣が言った。多分三列目の方が気楽だと思ったからだ。知らないおばさんと隣はどうも嫌だった。

「そうかい?」

「あたしも由衣さんと一緒に座りたいです」

 桃香が言った。由衣と一緒に座りたいらしい。

「うーん、じゃあそうしてくれるかい」

 慎介はそう言って、二列目のシートを前に移動させて三列目に乗り込めるようにした。

「由衣さん、お先にどうぞ」

「あ……う、うん」

 モタモタしながら三列目に乗り込んだ。続いて桃香が乗り込む。流石はミニバンで、大して狭いとは思わなかった。

「じゃあ出発としようか」

 運転席に座った慎介は、後ろを振り向いて言った。そうして車は由衣の家を出発した。


「いやあ、今日は綺麗なご婦人方ばかりで、僕は緊張するなあ」

 慎介は運転しながら笑顔で言った。

「もうっ、お世辞ばっかり言っちゃって」

 何て言いながら、笑顔のおばさん達。由衣はこういうノリについて行けない。申し訳程度に愛想笑いをして窓の外を見ていた。

「由衣さん、白いね」

「え?」

「肌の色。綺麗だね」

 桃香は由衣の顔をマジマジと見つめている。

「あ、まあ……入院が長かったから……」

「二年以上入院してたって聞いたよ。大変だったんだろうなー」

「うん、まあ……やっと去年退院できて……」

「よかったね。それでもよくなってるんでしょ、体調」

 桃香は由衣の手を取って触った。桃香の手のぬくもりが感じられる。同時にガッチリとした空手家の手の感触があった。

「少しづつだけどね。最近は自分の足で歩ける様になったし」

「前はダメだったの?」

「うん、松葉杖がないとまともに歩けなかったんだ」

「予想以上に大変だったんだねえ」

「……ま、まあ」

 桃香は由衣を見た。そしてニコッと笑う。由衣も愛想笑いをする。――高校生か……うまくやれるかなあ……。

 由衣は少し不安な気分が漂っていた。

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