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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
桜の舞う頃
14/33

 中村は笑顔で迎えてくれた。

「よく来てくれたねえ。早速来てくれるとは嬉しいな」

「お邪魔じゃなかった……ですか?」

「当然だよ。いつでも歓迎するよ」

 三日前に定期検査で再び中村と再開した際、その時に住所を聞いていた。中村を訪ねて行くのは、由衣にはひとりで出かけるのに丁度良かった。電車で岡山駅まで行って、次は路面電車に乗ると、かなり近くまでやってくる事ができ、そんなに街中をうろうろする必要が無いのだ。

 中村は、<老化>の患者である。由衣と同じ年齢であるが、彼は少し白髪が混じった中年の姿である。容姿年齢は五十四歳で、発病時が四十歳だった為、三級である。症状はそこまで重くない。

「さあ、上がって。寒かっただろう。暖かいコーヒーを飲んでくれ」

「……あ、はい」


 中村は由衣を店の奥に招いた。レジの向こう側で靴を脱いで上がると、奥に向かって廊下がある。この廊下に入ってすぐ左側にドアがある。このドアを開けると応接間になっていた。

 応接間は広くなく、八畳程度である。そこに黒い合皮シートのソファがテーブルを挟んで対面で設置していいた。壁にはどこかの風景を写した写真が飾ってあった。

 ソファに座ったところで、部屋のドアが開いた。四十代くらいの女性がコーヒーを持って入ってきた。

「いらっしゃい。早川さん……でしたよね」

「は、はい」

 女性はニッコリ笑ってコーヒーカップを由衣と中村の前に置いた。

「紹介しよう。僕の妻だ。和子という」

 中村は笑顔で自分の妻を紹介した。結婚してから、そろそろ十五年くらいなるという。子供はいない。中学生の時の同級生であり、高校生の頃からずっと交際しており後に結婚に至ったという。

「……何だか仲良さそうで、羨ましいですね」

 由衣は二人に笑顔を振りまきながら、心の中では本当に羨ましく思っていた。――わたしは高校時代に彼女なんていなかったのにな……今もだけど。


「それにしても……中村さんって、雑貨屋をやっていたんですね」

 そう言って、由衣はコーヒーを一口飲んだ。少し苦いが美味しかった。

「あまり経営状況は良い訳ではないけどね」

「そうなんですか? でも楽しそうですよ」

「ははは、まあ僕も好きで始めた商売だからね。確かに楽しい事だねえ」

 中村は少し照れ臭そうに笑った。

「若い頃からこういうのが好きでね。いつか商売してみたいと思っていたんだ」

 中村はテーブルに置いてあった、パントンチェアのミニチュアを手にとってしみじみと話していた。ミニチュアのカラーはクリアレッドで、プラスチックだが、ガラス細工の様に見えた。テーブルにはもう一つクリアブルーのものも置いてある。

 ふと視線を動かすと、部屋の隅に設置してあるラックには、複数の椅子のミニチュアが飾ってあった。

「沢山あるんですね、ミニチュア」

 由衣の視線に気がついた中村は、自分もラックの方を見ながら、

「そうだね。割合高額だが、出来が良くてね。若い頃に随分散財してねえ。いつの間にかこんな数になってしまったよ」

 ラックにはイームズのものなど、約二十から三十個ほどの椅子のミニチュアがあった。

 ——沢山コレクションしているなあ……と、由衣はラックの方を見ながら思った。

「あれは売り物ではないよ。残念ながら売れないな」

 中村は冗談めかして言った。

「あはは……いや、どちらにせよ、買えるほどお金持ってないですから……」

 

「どうだい? 体の方は良くなってきているのかね」

「そうですね。今年に入ってしばらくは、まだ杖が無いとちょっと歩くのが不安な時があったんですが、今は全く使って無いです」

 由衣はそう言って、ソファに座ったままで歩くような仕草をした。

「ほう、それは良くなったんだねえ。やっぱり楽だろうね、不要な方が」

「ええ、それに杖使ってると目立つし、あんまり好きじゃ無いです」

「ははは、だろうねえ」

「中村さんはどうなんですか? <老化>は見た目は歳を取っても、体力が落ちるとか、そういうのは無いとも聞きますが……」

「うん、そうだね。僕は特に見た目通りに衰えてるとは特に思えないよ。まあ、僕の場合は症状がそこまでひどく無いのもあるのだろうけどね」

 中村は右腕を上げてガッツポーズをとった。

「そういえばね、最近というか結構前からだけど、この病気のせいなのか頭が冴えているんだよ。老いた姿になって——皮肉なものだね。逆に頭は冴えていくって」

「ああ、なるほど。中村さんもそうなんですね。わたしも何だか記憶力が良くなった様な」

 由衣は確かに頭が良くなっている実感があった。実はここに来るまでの時刻表とか、地図とか暗記してきたのだ。

「ははは、もしかしたら病気の副作用だったりするのかもね」

 中村は頭を撫でながら笑った。


 由衣と中村は店舗の方に移動した。由衣が売っているものを見たいと言ったからだ。若い頃からデザインに興味と関心があった由衣は、この雑貨店の商品は大変に興味を引くものだった。

 割と古い建物だが、内部は雑多な様で洒落たレイアウトで店舗内が構成されていた。照明なども雰囲気を作る事に貢献していた。しかし客はいなかった。

「うちは通販がメインなんだ。ご覧の通り、実店舗もあるけど」

「そうなんですね。それで店舗にはあまり人がいないのかな……」

「そういう訳でもないけど、今時はやっぱり店にやってくるお客さんは少ないな。場所もいまいちだし、駐車場も少ない」

「ああ、なるほど」

「通販で買ったほうが届けてくれる分面倒がないだろうからね。


「何か買ってくれるかい?」

 中村は近くにあった、小さなペン立てを手に取って微笑んだ。

「ええ、そうですね。良さそうなものが沢山あった様に思うし。お金が足りるか分からないけど……」

 店内を中村と共に見てみる。そう広く無い店内には大量の商品が、所狭しと並んでいる。

「これなんてどうだい?」

 中村は小さなキーホルダーを差し出した。なんとも言えない不思議な形をしている。手に取った感じ、どうやらアルミ製で削り出して加工したものの様だ。サイズは一センチから二センチ程度のもので大きくはない。

「面白い形してますね。うーん、結構良く出来てるなあ」

「なかなか良いだろう」

「ええ、いくらするんですか? って二四〇〇円ですか……割としますね」

 由衣は付いていたタグの値段を見て少し驚いた。

「それがなかなかネックでねえ。気に入った人は大抵買ってくれるんだが、ちょっと手を出しにくい値段だ」

 中村は苦笑いである。

「でもまあ、私はこれいいかも。買おうかな」

 しかし、ちょっと高いなと思っていた。でもまあこの店のものは、高額なものが多いしこれにしようと考えた。

「これはね、岡山の会社の製品なんだよ」

「そうなんですか?」

「その会社の社長が僕の知り合いでね。それで、ここでも取り扱ってて」

「へえ……それにしても、凄いですね。加工の具合からして大量生産は難しいんじゃないかな」

「うん、小さい工場……と呼べるレベルにないかもしれないが、彼の工場じゃあ大量生産は無理だろうね」

「中小企業ですか?」

「中小というか、町工場くらいかもね」

「そんなに小さな会社なんですか……でも加工技術と設計は悪くないな」」

「ふむ、まあ良かったらまた紹介しよう」

「そうですね、また機会があったら……」

 由衣はこのキーホルダーを購入した。


 由衣は時計を見るともう午後四時半を過ぎていた。店の外を見ると少し暗くなっている様に思えた。

「もう四時過ぎてる……もうそろそろ帰らないと……」

「うん、そうだね。名残惜しいが、暗くならないうちに帰った方が良いだろう。いや、もう遅いか……」

 中村も外を見て、そろそろ夕暮れ時なのを確認した。もう一時間もすれば暗くなるだろう。

「君の容姿で夜中に歩くのは、ちょっと危ないね。タクシー呼ぶかい?」

「いや、大丈夫ですよ。沢山人もいるし、問題無し」

「そうかい? 気をつけて帰るんだよ」

「はい」

 由衣は荷物を確認して店の外に出る。中村夫妻も出てきた。

「じゃあ、中村さん。また……」

「うん、いつでも遊びにおいで。待っているよ」

 由衣は手を振って別れを告げた。大通りに出て、道路の向こうのビルの隙間から夕日が見える。夕焼け空の下、由衣はバスを待っていた。家に着く頃には日が暮れてそうだ。

 ――何か小言を言われそうだなあ……そんな事を考えて夕日を見ていた。

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