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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
桜の舞う頃
13/33

 三月の上旬、なんとなく春を意識する時期だ。実際はまだあまり暖かい訳でもない。もう二週間くらいなると桜の開花が始まる。そう思うと、まだ寒いとはいえ確実に春の気配が近づいているのだと感じられた。


 そんな日の午前中、由衣は長船駅の前にいる。長船駅は由衣の家から最も近い最寄りの駅だ。最後に乗ったのは一体何時の事だっただろうか? もしかして十年くらい前だったかも? と考えて、改めて田舎の車社会の中では電車は使わないものだな、と思った。

 入り口から入って、左側には切符売り場がある。二台ある自動券売機のうち、一台は初老の男性がお金を入れて金額のボタンを押していた。隣は誰もいないので由衣はそこの前に立つ。岡山駅までの運賃は四一〇円だ。早速お金を入れてボタンを押すと切符を買った。

 由衣は振り返って駅舎の中を見渡した。さっき切符を買っていた初老の男性は改札口からホームに出て行く所だ。券売機の反対側にはベンチや飲み物の自動販売機がある。ベンチには二十代と思われる男女が座って楽しそうに雑談している。その二人の近くで四、五十代のサラリーマンが腕時計を見た後、携帯電話を取り出してどこかにかけていた。

 由衣はiPhoneをコートのポケットから取り出した。ホームボタンを押して時間を見る。ディスプレイに表示された時間からすると、もう七分でやってくるみたいだ。由衣は改札口を抜けてホームに出た。

 適当なところに立って待っていると、大して待つ事無くやってきた。周囲を見ると、先ほど切符を買っていた老人がいるだけだった。この駅から乗るのは由衣と老人だけな様だ。

 電車の乗降口が開くと由衣は乗り込んだ。久しぶりに乗った電車の中はとても暖かかった。よく暖房が効いている。もしかしたら少し暑いと思う人がいるかもしれないが、由衣には丁度良かった。中には殆ど人はいない。座れる座席は沢山あった。由衣はとりあえず、入ってすぐ左隣の席に座った。

 由衣が座るとほぼ同時にドアが閉まり動き始めた。


 由衣は車内を見渡した。本当に久しぶりである。ガタゴトと音を立てて走り続ける電車。窓の外を見ると、普段見慣れない景色が見える。学生時代には当たり前だった景色は、今ではもう思い出の中の懐かしい風景になっていた。殆ど乗客のいない車内は電車の音以外はとても静かで落ち着いた空間だった。

 しかし、邑久、大富と過ぎて西大寺駅にやってきた時に状況が変わる。ホームの様子が見えてきた時、そこに大勢の人がいるのが見えた。ゆっくりと止まる電車。乗降口の前には十人以上の人がいた。

 ドアが開くと共に入ってくる人達。駅を出発する時には、長船駅で乗り込んだ時の閑散とした車内が嘘の様だ。にわかに騒がしくなってきた。

 沢山空いてた座席も全て埋まってしまった様だ。由衣の隣には、OLと思われる若い女性がすぐに座ってしまった為、もう空いていない。

 次の大多羅駅、東岡山駅、高島駅と、次第に乗客は増えていく。由衣は駅で降りられるだろうかと、少し心配になった。ドアの前で立っている人達の混雑ぶりは、由衣にはとても我慢できそうにないくらいの酷さで、早いうちに座れて本当に良かったと思った。


 岡山駅に到着する。ドアが開くと一斉に皆降りていく。あっという間に人がいなくなり、由衣も慌てて電車を降りた。

 ホーム出てきて改札を探す。が、とりあえず階段を上っていかなくてはならないだろうと考えて、近くにあった階段を上って人の流れに沿って一緒に歩いていく。本当にこっちでいいのだろうかと不安になってきた時、視線の向こうに改札口が見えた。

 ――良かった。あった。

 由衣は意気揚々と改札口に向かう。沢山の人が慣れた手つきで素早く改札口を通り抜けていく。由衣はうまくできるだろうかと思い、段々と緊張してきた。切符を挿入口に入れようとして、案の定うまく入れられない。普通にすれば何でもないはずなのだが、変に緊張した結果、入れ損なって落としてしまった。

「あっ……」

 由衣は青ざめて、拾おうとしゃがみこむ。しかしオロオロしている由衣は、切符をうまくつかめない。そこへ半泣き状態の由衣の側から、すっと腕が伸びて切符を取り上げた。

「大丈夫? 入れてあげるね」

 大学生くらいの女性が代わりに切符を挿入口に入れてくれた。由衣は立ち上がって、すぐに改札を通り抜けた。そしてすぐ後に通り抜けてきた女性に、

「あ、ありがとうございました」

 と、お礼を言った。

「いえ、どういたしまして」

 由衣に微笑んで、颯爽と行ってしまった。やっぱり慣れている人は凄いと感心した。


 改札を出て、その先の変化ぶりに唖然とした。――あれ、わたしは岡山駅に来ていたはず……。由衣はもうかなり長い間電車に乗っていなかった為、岡山駅も長らく来ていなかった。色々と改装しているのは聞いていたが、まさかここまでとは……時の流れは早いものだと変に感心した。

 とりあえず自分が駅構内のどの変にいるのかがわからず、オロオロしていたが人の歩いていく方向について行けばと思って歩いていくと、外に出られた。

 一時はあまりの変貌に焦ったが、外に出られれば、比較的わかると思われる。次は路面電車だ。


「寒い……」

 外は当然、とても寒かった。早く路面電車のところに……と乗り場に急ぐ。時計を見ると、記憶している時刻表にはあと五分そこらで発進する様だ。先に横断歩道が見えるが、由衣がそこまで来た時には青に変わっていて、すぐに横断出来た。

 由衣は岡山駅前の電停から路面電車に乗り込んだ。中には人は多くない。七人ほどがいた。座席も空いているので、早速座った。

 由衣の目的地は清輝橋で、清輝橋方面では一番先の所になる。これからしばらく路面電車に揺られて短い旅に出る。

 ……由衣は薄っすらと意識が戻ってきた。由衣は左側にもたれて居眠りしていた。暖かい車内の心地良い空間に眠気を誘われた様だ。

 左側には……人がいる。他の乗客だ。

「す、すいません!」

 慌てて隣の乗客に頭を下げた。

「ああ、いえ……別に良いですから……」

 大学生と思われるカジュアルな格好の若い男性は苦笑しながら言った。由衣は窓の外を見た。クレド岡山が見える。岡山中央郵便局もだ。まだ清輝橋までは少しある様だ。

 先ほどの件ですっかり目が覚めた由衣は、もう居眠りする事なく、目的地まで電車に揺られていた。


 清輝橋の電停に到着すると、乗降口の所で運賃一四〇円を払って降りた。

 由衣はiPhoneのグーグルマップで場所を改めて確認して目的地へと歩いた。人通りは割合あって、サラリーマンと思われるスーツ姿の人、派手な格好の何をやっているのかわからない人、様々だ。

 のんびり歩く街の中。少し古い商店街は時折、冷たい風が吹き抜けて、由衣の体を凍えさせた。

「結構寒いな……」

 由衣は歩きながら左右に目線を動かした。同じように歩く人達。みんな寒そうだった。

 周囲を見ると、どうも閑散としていた。昔の商店街なんだろう、いわゆるシャッター街という言葉がぴったりな場所だった。ここをずっと進んで行った先に目的の場所があった。


「ここだ」

 由衣は一軒の店舗の前に立った。店の前には小さな看板があり、こう書いてある。

 <中村雑貨店>

 とてもわかりやすい店名だ。もう少し捻ってもいいのではと思うくらいだった。

 ここは由衣が入院していた頃、偶然知り合い親しくなった<老化>の男性の店だった。三日前に定期検査で病院を訪れた際に再開して、「是非遊びにいらっしゃい」と言われ、やってきたのだ。

 中村雑貨店は店名通り、雑貨を販売している店だ。ただ売り物はどこにでもある様なものではなく、海外メーカーや著名デザイナーによるデザインの製品であったり、基本的に高額なものが多い。店舗は古い印象だが、店内は雰囲気もあって、外からのイメージとは裏腹に非常に洒落た空間になっていた。

 由衣は入り口から入ってすぐに目に付いたのが、ダネーゼの商品達だ。由衣が所有している製品もある。どう言う経路で仕入れているのかは不明だが、有名なデザイナーズの雑貨が所狭しと並んでいる。奥にはイームズのシェルチェアも見える。家具も少し取り扱っているのだろう。

 由衣が店内を見渡すと人の姿が無い。客はいない様だ。では、中村がどこにいるのか……奥に見えるレジのところに人影が見えた。

「あ、あの。中村さん」

 由衣が声をかけると、気がついて顔を上げた。

「——お、来たかい。可愛い友人よ」

 そこには笑顔の中村の姿があった。

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