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由衣の冒険2  作者: 和瀬井藤
白い吐息の季節
11/33

 一月三日、父親である光男が、初詣に行こうと言い出した。母親である宣子も意外と乗り気だった。由衣は行きたくなさそうである。

「新年を迎えたわけだし、行こう」

「そうねえ。由衣ちゃん一緒に行こう」

「うーん……どこに行くつもり?」

 由衣は重要な事を聞いた。

「稲荷に行こう。最上稲荷」

「稲荷……」

 由衣は嫌そうな顔をした。最上稲荷は行きたくなかった。何故行きたくないかと言えば、行き帰りが大変だからだ。

 最上稲荷、または高松稲荷ともいう。総社市の中心部から北に外れた山の上にある。岡山県内の神社では初詣の参拝者数は一番多い。場所がそもそも田舎で、道もあまり多くなく、この時期に凄まじい数の自動車が殺到する為、稲荷に続く国道一八〇号線は大渋滞になる。由衣は渋滞が大嫌いで、渋滞するくらいなら大幅に回り道した方がいいとさえ思っているくらいだ。

「最上稲荷は良くない。そもそもあそこは上までかなり歩かないとダメだし。松葉杖で登るのは危ないし、他の人に迷惑」

 由衣は行きたくないので、精一杯のダメな理由を言った。

「そうねえ……確かに。駐車場から遠いのは無理だわ」

「うーん、でもなあ……」

 光男は諦めきれない感じだ。何故そこまで最上稲荷にこだわるのかは判らないが、由衣が行くのなら無理だろう。

「吉備津神社も厳しいな。護国神社でいい」

 吉備津神社も山の中腹にあり、割合長い階段を登らなくてはならない。それに稲荷ほどではないが、ここも長い渋滞に悩まされる事になる。

「護国神社か……」

「あそこは登らないから良いわねえ」

 岡山縣護国神社は、岡山市の中心部から東部にあり、いわゆる東山峠にある神社だ。規模もそこそこで参拝者数も並なので、初詣も行きやすい。由衣は入院前には初詣には護国神社に行っていた。

 護国神社なら由衣も行くというので、護国神社に行く事になった。


「じゃあ行くか」

 それぞれ準備して、車に乗り込む。由衣の弟である善彦は来ない。相変わらず引きこもっている様だ。

 今日も相変わらずとても寒い。由衣は完全装備である。服は下着、Tシャツ、シャツ、セーター、フリースと着込んで、これにダウンジャケットを羽織って、マフラーを巻いていた。これだけ着ても少し寒かった。以前はこんなに着るとむしろ暑いくらいだったが、今の体になってからは寒さに滅公弱い。そうそう、それからポケットにカイロを入れている。

 移動は由衣の愛車、スバルのフォレスターで出発する。運転は光男だ。宣子は免許を持っていないし、由衣も取り消されたままである。

 まっすぐ西大寺を目指し、西大寺からは県道28号線、いわゆる西大寺線を通る。思ったより車も多くなく、特に渋滞もない。三十分も経たずに到着した。多いと県道から神社へ続く道路に渋滞がある場合があるが、これも大したことは無かった。割合すぐに駐車場の所まで辿り着けた。ぱっと見で二、三カ所空いているので、そのうちの一カ所に駐車した。

「思った程混んでなくてよかったわ」

 宣子は割合スムーズに来れた事が嬉しい様だった。

「さむっ……」

 ドアを開けて外気に触れると、やっぱり寒い。かなり着てきたが、それでも寒いと思った。それに風が冷たい。

「由衣ちゃん、杖。松葉杖。どう、歩ける?」

「大丈夫だよ」

 車の乗り降りも慣れたもので、特に補助して貰わなくても落ち着いてやれば何も問題ない。


 車を降りて、神社の方に行くと、すぐに大きな鳥居がある。この鳥居の周辺に六、七ヶ所の屋台がある。たこ焼きだの、焼き鳥だの、フランクフルトだの、食べ物ばかりのようだった。これはどうでもいいので、由衣は無視して進んでいく。

 少し入った所にもう一ヶ所鳥居があって、その鳥居の向こうに拝殿が見える。参拝者はそんなに多くなく、混んでいる印象は無い。やはりここで良かったと思った。小さな子が由衣の事を珍しそうに見ている。前から歩いてくる老夫婦も由衣を見ながらすれ違った。以前からそうだけど、やっぱり杖で歩くのは目立つな、と思った。

 手水舎で手と口を漱ぎ、拝殿へ向かう。鳥居をくぐれば、あとは百メートルあるかどうかだろう。由衣はここから杖無しで歩いていく事にした。宣子に松葉杖を渡し、意気揚々と歩いていく。——ほら、へっちゃらだ。どこまでも歩いていける! 歩いていけるんだ。と、そして拝殿の前にやってきた。いや、正確には拝殿の前に列を作っている人達の最後尾だ。二、三十人くらいだろうか。——そんなに長い行列ではないけど、少し待たなきゃ……と考えて一番最後尾にいる女性の後ろに立った。が、少しすると辛くなって、うっかりバランスを崩した。宣子があっと思って支えようとするが間に合わなかった。由衣は前の情勢に抱きつく様にもたれ掛かってしまった。急な事に驚く女性。

「す、すいません!」

 抱きついたままでオロオロしている由衣。いったい何事だろうかと振り向く女性。見覚えのある顔だった。

「あ! し、柴田さん」

「は、早川さんじゃないですか。早川さん、大丈夫ですか?」

「ま、まあ、なんとか……」

 由衣は苦笑しながら答えた。

 柴田は、由衣が入院していた時の担当の看護師だ。看護師になってまだ五年に満たない若手である。背が高くスマートな体型で、淡々とした物腰の女性である。

「あらまあ、これはどうも……新年おめでとうございます」

 宣子が柴田だと気がついて挨拶した。続いて光男も挨拶する。

「あ、これは……あけましておめでとうございます」

 柴田も挨拶した。

「この方々は?」

 柴田の連れらしい中年の男性と女性が柴田に聞いた。

「去年退院した人でね。この人は<若返り>の人なのよ」

 柴田は由衣の事を簡単に説明した。

「この二人は私の両親なんです」

「まあまあ、それはそれは……」

「これはこれは……」

「いやはや……云々……」

 親どうしで雑談している様だった。

「こんな所で会うとは……偶然ですね」

 柴田は少し笑った。

「そうですね。まさか柴田さんだとは」

「どうですか? 体調の程は」

「良いと思います。歩ける距離もどんどん伸びているし。春までに松葉杖は卒業したいです」

「頑張ってください。早川さんならきっと大丈夫です」

「ありがとうございます」

 しばらく話をしながら並んでいると、あと数人で順番がやってくるくらいまできた。

「もう少しですね」

「さあ、五円玉を出しとかないと……」

 柴田は財布を取り出して、五円玉を三枚出した。

「ふふふ……五円玉三枚で、十分ご縁がありますように……」

 そう呟く柴田に何やら気迫が感じられた。

「ど、どうしたんですか? 柴田さん……」

「いえ、何も……これで今年は……ふふふ」

 由衣はこれ以上声をかけるのをためらった。

「由衣ちゃん、はい。五円玉」

 信子は由衣に五円玉を一枚渡した。

「一枚だけ? うちも二枚か三枚でも……」

「気持ちの問題だから別にいいじゃない」

 宣子は笑顔で言った。

 そして順番がやってくる。まず柴田の両親が参拝した。次は由衣と柴田が参拝する。柴田は鬼気迫る勢いで手を合わせていた。一体、何をお願いしているのだろうか……。


「早川さんは何をお願いしたんですか?」

「わたしは、体が完全に戻りますようにって。柴田さんは?」

「私は……まあ、その。ひ、秘密です」

 実は「彼氏が出来ますように」と必死にお願いしていたのだが、その後その願いが叶ったかどうかは……。


 その後、由衣と柴田は歩いた。親達には、ちょっと話がしたいからと言っておいた。由衣は息を吐く。白い吐息が由衣の目の前に広がっては消えていった。

「子供の頃はよく息を吐いて遊んでましたね」

 柴田が言った。

「怪獣が火を吹くイメージですよね。わたしもやってたなあ……」

「ふふ、みんな同じ事やってますね」

「小学生はホントこういうの好きだなあ」

 由衣は再び息を吐いた。柴田も息を吐いた。白い息が広がっては消えていく。

「空が白いですね。もしかして降るかもしれないですよ」

「雪ですか? この寒さなら本当に降りそうだなあ……」

 由衣は松葉杖を使いながら柴田と歩いた。

 冷たい風が由衣の体を通り抜け、目の前で枯葉を舞い上がらせた。そしてまた、ひらひらと舞い落ちる別の枯葉が風に飛ばされて空に舞った。

 由衣はゆっくり顔を上げた。そこには薄く曇った白……いや、透き通った薄灰色が視界を包んでいた。


 向こうで由衣と柴田の両親が呼んでいる。

「そろそろ行きましょうか」

 柴田は由衣を見て言った。

「そうですね。大分寒くなってきたし」

 由衣は冷たい風に吹かれて、震える仕草をした。

「天気予報だと、今後まだまだ寒い日が続くみたいですね。風邪ひかないように気をつけて下さい」

「勘弁してほしいなあ……」

 由衣は苦笑した。

「あ、雪だ……」

 由衣ははらはらと落ちてくる白い雪に気づいた。手を広げると、数粒の雪が手のひらに落ちた。そして、ゆっくりと由衣の体温で溶けていく。いつの間にか風は止んでいた。

「今日は寒かったですから」

「本当に寒かったですね」

 由衣と柴田は白い空を見上げて少し笑った。

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