(一)
広告
命の灯火、買います。売ります。
あなたの寿命、使い道がないのなら、わたくしどもの店に売ってはくださいませんか?
失礼なとお怒りになりましたのなら、申し訳ありません。
ですが、こちらも商売。この広告が目に入ったというのなら、あなたも我がお客様。
わたくしどもの店で、あなたの命、残りの寿命、灯火のカンテラに仕立ててはみませんか?
―――(母が持って来てくださった雑誌に)妙なチラシが、混ざっているものだと思いました。
夜着から伸びる骨が浮き出した蒼白く細長い手が、ぺらりと弱々しく、チラシを裏面へ翻す。
穏やかに死を受け入れ、諦めとともに覚悟を決めた静かな眼が、素早くチラシ上の文字を熟読する。
―――『命灯堂』……ここに行けば、私の人生も、無駄にはならないかもしれない。
青年には、その広告が、一縷の希望に見えた。
痛む胸を抑える。彼の余命は、治療しなければ、あとわずかだ。
彼はもう、生きていることも辛かった。
唯一、自分を可愛がってくれていた母にまで、今日、見捨てられることが決まった。
親戚一同だって見放した青年の命。誰も救うものなど、求めてくれるものなど、いやしない。
家族の生活費を削り、生まれた時から病ばかりのこの身体。生かすことに、なんの意味があるのだろう?
母はもう、息子の入院費を払えないとのたまった。
ならば今、死せずとして、なんとする!
―――死んで親孝行となるならば……
「わたくしは、いなく、なって、差し上げ、ましょう。それが唯一、わたくしに出来る、恩返しの、親孝行、となるならば……」
痛みがひどくなり続ける胸から、こみあげる悔恨の涙をこらえて歯を食いしばる。
「親に、迷惑をかけ通しで、もうしっ、わけ、ないッ……!!」
胸を抑え、顔を手で覆い、彼は、泣きじゃくる。
そして、喀血した。
―――早く死ぬことが、両親への唯一の恩返しとなるならば、わたくしは、死出の旅路に、命の灯火をカンテラに仕立てて、残りの命を必要とする方に売りましょう。
死にゆく者の、生きることのできない人生を、生きることができる方へ。
ともしびを、つなぎましょう。あなたの、命を、つなぐのです。
生きたいと、死にゆく身ながら、それでもなお、生きたいと渇望する方が。あなたの命を灯して仕立てたカンテラと一緒に。あなたの使い残した『余生』を、生きるために生きることに、使われることでしょう。
この御話に、ご興味がございましたら、我が店をおたずねください。
××××年 ○月 ×日 発行。
【命灯堂】
『個性的な不思議なお店』と企画に提示されて思いついたのは、命の灯火を売り買いする店主のお話でした。
広告は、売りたい人、買いたい人によって、文面が変わる不思議な仕組みという設定。
序文の広告文は、電子書籍で無料で購入した泉鏡花の『金時計』より発案。
モチロン、文面はまったく違います。
ご興味があれば、よろしければ、ご自身の眼で確かめてくださいな。
あちらは小難しい文面ですから、お読みになられるのに、少し、御苦労なさるかもしれませんが。(私も最後まで、読まないといけませんね……。最近、ネット小説ばかり読み漁って、積みあがった本がいっぱいです)
さて、お次は、明日の午後六時に投稿することにいたしましょう。
ここまでお読みいただき、誠にありがとうございます。