006:運命?
急展開、かな?
男の名はソリィルと言った。魔女は男の腕を振り払って逃げようとしたがその力は強く魔法を使わねば外せそうにない。しかしここは人の集まる街中。魔女と知れればどうなることか。男は魔女が名前を教えれば離すというので、しょうがなく名乗った。
腕は離されたが今度は手を繋がれてまた逃げられなくなる。話が違うと喚けば、ここで離せばあんたは逃げてもう二度と会えなくなるだろう、と言った男に魔女は二の句が告げなかった。まさにその通りであったから。
「で、どういうつもりだ」
魔女は街にある喫茶店に連れてこられていた。目の前にはソリィルが座っている。出口に近い方に座った男に、こいつ本気でわたしを逃がさないつもりだ…魔女は内心頭を掻き毟りたくなった。
「……貴女は、訳有りだろう?」
だからなんだと思う。確かに魔女は訳有りだ。訳は色々ありすぎて何を指してるかすらわからない。
「だから?」
「俺は、貴女に一目惚れした。だから、貴女を苦しめるものから救いたい」
男の目は真剣で、からかいや冗談だろうと笑うことすら憚られる。そんな瞳で見つめられたのは、初めてのことだった。そして、そんなことを言われるのもまた、初めてだった。
「お前にどうこうできることじゃないよ」
魔女は男が少し哀れになった。ただの人間に魔女が背負うあれこれは重すぎる。でもその目は、自分なら出来るという根拠のない自信に満ちていたから。
哀れに思う。
──ただ、ほんのすこしだけ、うれしかった。
「それはやってみなきゃわからないだろう」
「やってみなくてもわかる。それに自分でなんとか出来る。お前の助けはいらん」
「絶対に俺の助けが貴女には必要だ」
「なんでそう言い切れる?」
「貴女が、……いや、」
「──スヴィが俺の運命だから、だ」
あんまりな言い草に、魔女…スヴィは笑いそうになった。こんなにも馬鹿馬鹿しいと思ったのは自我を持ってから初めてだ。だが、その笑いは口から出ることはなかった。男が言葉を放ったその直後、店の外から轟音が魔女の耳を突いたために。
「なんだ!? 今の音は!」
慌ただしく席を立つ男。それに反して魔女はゆっくりと立ち上がる。魔女にはそれが何か、よくわかっていた。
「ついに見つかってしまったなぁ……」
軋んだ音を立てて開いた扉の先にいたのは、黒衣の男。物凄いオーラを放ちながら威風堂々とそこにいた。現れた衝撃でか周りの民家は軒並み壊れている。怪我人もいるようだが、幸い死者はいないようだった。そのことにホッとすると、魔女は気を入れ直した。
「久しぶりだなァ、魔女よ」
「………お久しぶりでございます、ワルグルド様」
「このようなところで会うとは思っておらなんだ…だが、まあいい。帰るぞ、我が根城へ」
轟音と共に現れたのは、魔女の拾い親であり育ての親、そして吸血鬼一族の長であり今や魔界の王に君臨するワルグルドその人であった。
「王に、なられたのですね」
「知っておったか」
ええ、さきほど。口の中で呟く。ぐるぐると街を練り歩いていた時に、たまたま耳にしていた。あれほど嫌がっていた魔王になるとは、と魔女は少しだけ驚いた。だがそれも当然だろうと思った。この人の器は臣下などで治るものでないと知っていたし、何れは収まるところに収まるだろうとも思っていたから。
「わたしは戻りませぬ。わたしにはわたしの居場所がありますので」
「何を戯言を抜かす。お前の居場所は我の元だ。それ以外許したつもりはない。そしてこれからも許すつもりはない」
魔王から発される威圧が増す。ただの人に耐えられるものではないそれを魔女は受け止めていた。そのこめかみにはじっとりと汗が浮かんでいる。さしもの魔女も真っ向からでは叶う相手じゃない。
とはいえ魔王にやすやすと捕まるつもりもなかった。家には自分の帰りを待つ可愛い子供たちがいる。母は強し、とはよく言ったものだ。
二人以外に動くもの、いや動けるものがいないと思われたその空間を、突如打ち破るような閃光が走る。
ガキンッッッ
火花を散らして剣が交わる。魔王に斬りかかるその男は……──
「っ、ソリィル……?」
何故? 何故この男、動ける? いやそれよりも何故、魔王に斬りかかるなどと…!
魔女の不安を嘲笑うかのように只人であるはずの男は、魔王に対して一歩も引かずむしろ押しているようにも見えた。
剣戟の音が惨状と化した街に響く。魔王と男の一進一退の攻防に魔女は逃げることも忘れて釘付けになる。男に手を貸してやりたくてもあまりの隙のなさに、それは邪魔にしかならないと魔女は思った。
「人間のくせに少しはやるようだな」
「魔王がこんな国の真ん中に現れるなんてどういうつもりだ、不可侵条約を侵して戦争でも始めるつもりか!」
「探し物を見つけた。そして、それを取りに来ただけだ。他に意味などない」
「それはあの人のことか……!」
「《あの人》? ハッ、それはあそこにいる我のモノのことか?」
「チッあの人はモノ、じゃ、ない!」
ガギィイイン!!
目まぐるしく打ち合わせながら男は、魔王の言葉に憤った様子で剣を叩き込む。勢いに押されながらも魔王はそれをゆるりと受け流した。
「……いいや、アレは我が見つけ拾い、育てた我のモノだ。それに人間よ…、あれはただのヒトではない」
「なん……だと……!」
「アレは、我に勝るとも劣らない力を持った、魔女だ。ヒトとは比べ物にならん」
────……ああ、バレてしまった。
魔女は何故か、魔王に見つかったとわかった時よりも深い絶望を感じていた。同時に胸がぎゅうぎゅうと締め付けられるような痛みを覚えた。
「──だからッ、なんだって言うんだ!」
バキンと剣が折れる音がしたのを最後に、その空間から音が消えた。
魔女に何が起きているのか、一瞬わからなかった。…いや、信じられなかった。
それは真ん中ほどからボッキリ折れた剣を持って佇む魔王も同じようだった。
「まだやるか? やるなら剣が折れてようとも容赦はしないぞ」
「…………くそっ。 覚えておれ、次はこうはいかん!!」
魔王様の台詞が負け犬すぎてどうしよう。
もしかしたらこのあたりから直しが入るかもしれません。