003:訪問者
今回も少々あは〜んな行為を匂わす描写があります。匂わすだけですが苦手な方はご注意ください。ちょっとギャグちっくかな?
奥深い森の中で、三人の娘はすくすくと育った。
破天荒で自由人の長女イドゥア、寡黙だが血の気の多い次女ロギニ、寡黙を通り越して無口だけれども聡明な三女ハベル。
父親の種族も何もが違う娘たちだが、割合それはそれとお互いいがみ合うことなく上手くやっているようだった。
血が好きなイドゥアと戦闘狂の気があるロギニは、事あるごとに血臭漂う肉体言語を使っていたがそれも「喧嘩するほど仲がいい」というではないか。お互い致命的になるダメージを与えないようにしている限りは魔女は喧嘩を止めることなく見守るつもりでいる。それは人狼の村で学んだことだった。
子どもの人狼たちは幼い頃から狩りの真似事を行っていた。どうすれば相手にダメージを与えられるか、同時に痛みを知り自己防衛を覚えるのだ。そうして段々と大人になっていく。痛みを知らないものは決して強くはなれない、というのが人狼族に伝わる教えでもあった。
そんな訳で、仲良く喧嘩している娘二人と、傷だらけになる二人のために薬草を作っている魔女を無言でガン見する末の娘、ハベルはどうやら調薬に興味があるようだ。
「お前も混ぜてみるか?」
魔女が問いかけると、ハベルはこくんと小さく首を縦に振った。自己主張の少ない娘がきちんと意思表示をしたことに感動を覚えつつ、混ぜていた棒を渡した。
「今椅子を持ってくるから、少し待ってろ」
「……………………はい、かあさま」
ごく、小さい声であったが返事をしたハベル。この日、魔女は上二人の娘が呆れるほどテンションが高かったという。
そんな平和な時間が流れていた魔女の家に、珍妙な来客があった。魔女の家は森の奥深い場所にある上、他者が間違っても来れないように魔女が厳重な結界を張っていた。それは吸血鬼にも人狼にも見つからないとても強力なものだ。
なのに、その招かれざる客は魔女の家に訪れた。
魔女の夢を通して。
「で、お前は何者だ」
「………ヨキ、と、いいます」
自信なさげにオドオドと名を告げる男。魔女は腕を組み仁王立ちで、正座させた男ヨキを威圧している。ヨキはそのプレッシャーを感じているのか、床から視線を上げることはなかった。
ヨキが現れた時のドタバタで起きてしまった娘三人は、柱の陰から串にささった団子のように連なりその様子を見守っている。長女は楽しそうに、次女は眠そうに、三女は何を考えているかわからない瞳で。
「ここへはどうやって来た」
「………ゅ……、……」
「聞こえん、はっきり申せ!」
「ヒッ! ぼ、僕は、夢魔なんですっ! ここへは夢を通してきてしまいました!!」
「む。お前はインキュバスなのか?」
「……はい。実は、自分でもどうやってここへ来たのかわからないのです……」
一度は上げた顔を再びしょぼんと落とすと男はここへ来た経緯を語り出した。
この夢魔、また淫魔とも言われる種族は異性の夢に潜り込み相手と至すことで精気を得、それを糧に生きる者たちだ。しかしこのヨキというインキュバスはどうも餌を得るのがヘタクソらしく、いつも精気を得る前に獲物に逃げられてしまうそう。
今日もまた獲物に逃げられてしまった夢の中で、芳しい匂いがして空腹もありそのまま釣られるように夢を彷徨っていたら、気がつくと魔女のベッドの上にいたというのだ。そしてその後、魔女が突然身体の上に現れた異物を反射に近い速度ではたき落としひと暴れして今に至る。
「───そうだったのか。うちへ来たのは事故みたいなものだな」
「……うぅ、すみません」
どうしてそうなったのかは魔女も、ヨキさえもわからない。が、来てしまったものは仕方ない。
今日はもう夜も深い。今晩は仕方ないから泊めてやり明日の朝結界の切れ間まで送ればいいだろう。そう考えて魔女はヨキに伝えた。
「リビングのソファーで良ければそこで寝ろ。明日になったら結界の切れ間まで連れて行ってやるから」
「はい…ご迷惑をおかけしま…」
──グゥウウウゥゥウウゥ
「あらまあ、こりゃすごい」
「すっ、すみません……」
「お前は餌を得るのが下手だと言っていたな。どのくらい食ってないんだ」
「えっと………、成人を果たしてから、はずっと」
「ハァア!?」
成人──つまり独り立ちしてから何も食べていないだと!?
この男、馬鹿なんじゃないか?…とても成人したてには見えない体つきをしている男がなんでここまで生きてこれたのかいっそ不思議に思うほどだ。ここにきて可哀想なほどしょぼくれる男に魔女はその母性本能を急激にくすぐられた。
項垂れるその姿が、悪戯がバレて正座されられる長女に、喧嘩中勢い余って家具をぶち壊して「あ、やりすぎた」と青褪める次女に、言いたいことを言おうとしてやっぱり言えない三女に、見えてしまった。
「…………はあ。夢の中で精気が食えればいいんだよな?」
仕方ないと言わんばかりにため息をついた魔女は男に告げる。
「わたしので良ければ食え。ただし、これっきりだぞ」
「え、」
驚き、動きを止めたヨキははっとするとブンブン首を振った。
「ありがとうございます……!」
そういうわけで、魔女は起きてしまった娘たちを寝かしつけ男に毛布をやり、自分も床についた。
二度に渡る《忌まわしきアレ》以降、そういうことはもちろんしていないし、これからもするつもりはなかったが、まあ所詮夢だし、哀れな男へのちょっとした施しだと軽く考え魔女は眠りに落ちていった。
そうして眠りに落ちた魔女の夢へヨキはやってきた。その空腹を満たすために魔女を喰らう。魔女は夢の中なのに息苦しさと重みを感じたが、夢が夢だ。気のせいだと思った。
翌朝、既視感のある妙なダルさが魔女を襲った。首をかしげながら右手に違和感を覚えふっとそちらを見ると、
「なっ、なななななななな!!!」
白く透き通るような肌をあられもなく晒して、ぐっすり眠るヨキがいた。
「なんで! お前が! ここにいるー!!!」
朝一番の魔女の怒号が静かな森に響き渡った。
次話は五女と六女が出ます。トントン拍子に話が進みます。