002:事の顛末
無理矢理要素入ります。直接的ではありませんが苦手な方はご注意ください。
「ままぁお腹すいたぁ」
「ぐるる、がうぅ」
「…………」
「ああわかったわかった、今やるよ。イドゥア、ロギニ。ハベルは何か言いなさい、もう喋れるんだろう?」
上から順に呼ばれた子供たちは母である魔女にどこか似ていた。特に三番目のハベルは。しかし残りの二人は魔女とは違う特徴を持っていた。イドゥアは血のような深紅の髪を。ロギニはぴょこぴょこと動く耳としっぽを。
魔女は子供たちにご飯をやりながら思う。どうしてこうなったのか。
「子とはどうやって成すのだ!」
扉を蹴破って入った執務室にいた吸血鬼は突然やってきた魔女に驚かなかったが、その発言には少し瞠目した。瞠目はしたものの、ああこやつももうそんな歳になったか…とこれまで手塩に掛けて育てた分ひどく感慨深い気持ちになった。
「……何故そのような事を聞く?」
これは吸血鬼にとっては一種の意思確認だった。お前にその覚悟はあるのか、という。だが魔女にはきちんと伝わっていなかったと後になって知る。
「家族がほしいのだ!」
「……………そうか、」
ならば…そのカラダに直接、教えてやろう。
そうして吸血鬼に魔女はみっちりしっかりくっきり色んなアレコレを教え込まれたのだった。結果として生まれたのが吸血一族の特徴であり中でも長の血脈のみに受け継がれるという深紅の髪を持ったイドゥアである。
あのあと魔女は吸血鬼された事に耐えきれず根城を飛び出した。この頃にはもう魔力の制御も隠滅も雑作もないことだったので誰にも見つかることなく、まんまと吸血鬼から逃げ果せたのだ。
そして、逃げられた方はといえば。
ワルグルドは元々利用価値が高い上に自分が精魂込めて育てた魔女をいなくなったからと簡単に諦めるつもりなど毛頭なかった。
権力も富も思うままの自分が、誇り高き吸血鬼一族の長である自分が、拾って育ててやったというのに。
どうして我の元から逃げ出したのだ。逃げるなど、決して許せぬ。
……そうだ。魔女を捕まえた暁には、檻に閉じ込めて、二度と逃げ出せないようにしてやろう。
その感情の生ずるところはプライドを傷つけられた怒りからなのか、はたまたもっと別なものからなのか。それは誰にもわからない。
追っ手の気配を感じた魔女はあちらこちらへと放浪していたが、あるとき体がおかしいことに気付く。すると当時世話になっていた村の女衆が子を孕んでいると教えてくれた。聞いてはいたものの実際そうなってみないとわからないこともある。そうか、これが妊娠か…と吸血鬼に閨で聞いたことを思い出しながら魔女は一人で子を生んだ。
魔女自体は出産で体が弱ることはなかったが、生まれたばかりの子はそうはいかない。だから子がある程度育つまで村に留まることにした。その村は吸血一族の天敵である人狼一族の村だった。ここならば飛び出していった魔女を探している吸血鬼に捕まらないだろうと思った。そしてその目論見は上手くいった。ここまで追っ手はやってこなかった。
人狼一族もまた同族意識の強いところだったが、子を産んだばかりの魔女はか弱く見えたのだろう村の誰もがよそ者である魔女に優しかった。弱者を見捨てない、そこが吸血一族とは大きく違うなと魔女は思った。
初めての育児はものすごく大変で時折女衆に助けられながらバタバタと日々が過ぎていく。
ようやく生活が落ち着いてくると魔女はある日、フラッシュバックに襲われた。もはや魔女にとって忌々しいものとなっているあの時の記憶だ。
吸血鬼に身を以て教えられたことは、まだ魔女の中で受け入れられずにいたのだ。慌ただしい毎日に追われて置いてきてしまっていただけで、忘れられた訳ではなかった。
訳がわからないうちに、吸血鬼から絶え間なく与えられる身体を裂くような痛みとどこかむず痒い感覚。のしかかられた身体の重み。自由の効かない手足。酸素の足りない頭は状況を把握しようとぐるぐる回る。
混乱の最中でただ一つ確かに覚えているのは、圧倒的な恐怖だった。
冷静さを取り戻した今ならばアレが一体何で吸血鬼がなんのためにアレをしたのか、魔女にもわかった。自分で言ったのだ、家族が欲しいと。アレはその答えであったと。けれど。それがわかったから何だというのだ。受け入れられるかどうかは、まったく別の問題だ。
そんな諸々を思い出して泣いていると、女衆の中でも一番に世話になっている女の息子が母に言いつけられて魔女の家にやってきた。───それが二番目の娘ロギニの父親であるガラムだ。
「ずまん……今夜はがえってぐれないが……」
明らかに涙声の魔女に、村一番の優男かつ魔女に密かな好意を寄せる彼が帰るはずもなく。男の口からするすると出る甘言に泣き過ぎでろくに頭の回らない魔女は気を許して扉を開けてしまった。あとはもう、…ご存知の通り。
好きな女の泣き顔、肉体的接触、上目遣い。そして、満月の夜。人狼一族は満月の夜になると血の気が昂り興奮しやすくなる。普段だったら押さえられることもこのときばかりはとてもじゃないが我慢できなくなってしまう。いろんな要因が重なり……──彼は本物のオオカミになってしまった。
翌日、またかと憤りを覚えながら魔女はもうここにはいられないと首がすわったばかりの娘を背負いその晩には村から出て行くのであった。
さようなら、探さないでください。と一言だけ書かれた置き手紙をもぬけの殻と化した部屋で見たのは一度家に帰っていたガラムだった。
魔女を好いていたガラムは関係を結んだからには魔女も魔女の子も自分の家族だと、一族の者に認めてもらうために帰っていたのだ。魔女の事をいたく気に入っていた母や女衆は喜んでくれたが厳格な父や男どもがなかなか納得しなかったため夜までかかって説得して、ようやく受け入れられたと喜び勇んで戻ってみればこの有様。
「そんな………」
膝から崩れるように座り込んだガラムはきつく目蓋を閉じる。そして次に開いたときに見せた瞳の色はさっきまでとはまったく違う色をしていた。
「これで終わりなんて、俺は認めない」
魔女は二度の裏切り(自分にとっては)によって、男なんて!…状態になった。
誰もいないところへ行こう。幸い、子育てに必要な知識も経験も一揃いある。もう誰の手も借りる必要はない。そう思った魔女は、切り立った山々に囲まれた深い深い森に移り住むのであった。
そこは霊峰とも呼ばれる山の麓にあるためか魔力がどんな場所よりも濃かった。これならばこの子たちを育てるにもぴったりだと思う。そしてこの土地の土に触れたとき、ある事を思いつく。この土は魔力の伝導率が異常によく、また土を塊にすることによって魔力を蓄積することが出来たのだ。
「この土を固めて己の魔力を注ぎ込めば………」
そんなこんなで苦心の果てに生まれたのが、魔女と瓜二つな娘ハベルであった。
次は四人目が生まれます。その過程とちょっと大きくなった姉妹が出てきます。




