001:始まりの出会い
あらすじやキーワードを一度ご覧になってから大丈夫そうだと思った方だけどうぞ。
魔女の一族には女しか生まれないという。その魔女には七人の娘がいた。では魔女はいかにして子を成したのだろうか。
曰く、魔界に住む他種族の雄と交わった。
曰く、土塊に自らの魔力を注ぎ生み出した。
曰く、ヒトの雄をその美貌で誑かし孕ませた。
もしこれを魔女本人が聞いていたとしたらこう答えるだろう。
──そのどれもが正しいようで真実ではない、と。
***
魔女は自分がどうやって生まれたかを知らない。気がついたときにはすでに人間で言う5歳ほどの姿をしていた。しかし言葉も話せなければ、自分が何者なのかもわからなかった。ただ身の内にある膨大な熱量だけが確かなものだった。それが何かはまだわからなかったけれど。
どこへ行くのかどこに行くべきなのか、それさえもわからないままただひたすら何日も歩き続けていたある日、突然目の前に男が現れた。そのときには『男』という存在すらわからなかったが。とにかく男が現れた。
「おい、娘」
「…………」
言葉はそのとき初めて聞いた。知らないはずなのに不思議と意味がわかった。しかし返事の仕方を知らなかった魔女は仁王立ちの男を見上げるだけだった。
「言葉が話せないのか?」
「…………」
「まあいい。突然魔界に現れた正体不明の魔力はお前だな、一緒に来い。こないならばこの場で殺す」
これが、のちに魔王となり魔界を牛耳っていく吸血一族の長、ワルグルドとの出会いだった。
ワルグルドは当時の魔王より魔界に突然生まれた謎の巨大魔力の根源を見つけ始末しろという命を受けて、その根源であった魔女の目の前に現れた。魔女が内に感じていたものの正体は、溢れんばかりの魔力だったのだ。
使う術すら知らない魔女にその力を隠すことも制御することも出来るはずがなくワルグルドはあっさりと見つけることが出来た。よくわからない危険因子は早々に始末してしまおうと思っていたワルグルドだったが、魔女を見てその考えはすぐに捨てた。何故なら魔女が、身に持つ凶悪な力に反してあまりにも純粋でまっさらな魂を持っていたからだ。
今は何にも染まっていないこの娘を我が手中に納めることが出来ればこの先必ず切り札になる。危険性よりも利用価値を見出したワルグルドは「教育」という名目で彼女を拾ったのだ。
魔女は何も知らないまま吸血鬼の根城に連れて行かれそのままそこで暮らすことになった。そして言葉や世界について魔力の使い方など生きることに必要なものからそうでないものまで、さまざまな知識をワルグルドから与えられた。彼は魔王城にて役職を持つ多忙な身だったが、その僅かな時間を割いて魔女を育てた。
そうして幾ばくかの時間を経て、魔女は人間でいうところの15歳ほどの少女になっていた。たくさんの知識が与えられ、知らないことは少なくなってきたが未だに自分の正体はわからない。けれどそんな魔女のことを“魔女”と呼んだのは、ワルグルドだった。
『魔を扱う女』と言う意味らしい。魔界に住む種族でこれほどの魔力を持っている雌は自分だけだという。……だから魔女は彼女ひとりだった。
そのころには魔女は家族というものも知っていた。吸血一族はあまり個々の家族としては成り立っていなかったが一族としてのつながりはとても深く、同胞とそうじゃない者では扱いが天と地ほどの差があった。一応、長であるワルグルドの養い子として表面上は尊重されていても、現実問題あまりよく思われていないということは知っている。結局彼らは長の体面を守っているに過ぎない。
「ママーだっこー」
「あらあら、甘えん坊さんねー。もうすぐお兄ちゃんになるっていうのに」
そんなことを考えていた魔女の前に、吸血鬼の親子が通った。母親はぷっくりと膨れた腹を大事そうに抱え微笑んでいる。その足に甘えるように縋り付いている息子は母親によく似ていた。
家族、か。…わたしも家族が欲しい。一人は寂しい。吸血鬼のみんなは良くしてくれるけれど、わたしは彼らの家族ではないし彼らもそうは思っていない。なら、わたしも自分の家族がほしい。生まれのわからないわたしは親の存在も知らない。いるのかすら危うい。でも子供なら。
──女は子を抱き育むものだ。
とあの人は言っていた。わたしは女だから、あの母親のようになれるのではないだろうか?
そう思った魔女はいてもたってもいられずに自分を拾ったその者を探した。自分にすべてを教えてくれたその者を。
「ワルグルド! 子とはどうやって成すのだ!」
***
ぐすっぐす。
夜の闇が落ちた部屋に少女のすすり声が響く。その音を子守唄にぎぃーこぎぃーこと揺り籠が揺れた。
「あ、あんな……、あんなことになるなんて思ってなかった……」
ぐすんぐすん。少女は話しながらまた“あんなこと”を思い出してしまったのだろう、途切れかけた涙が再びその頬を伝った。
「おう…びっくりしたよな…なんにも知らなかったんだろ…」
部屋には少女だけではなかった。ふさふさの耳としっぽを持つ体格のいい青年がいた。青年は泣きじゃくる少女をなだめながら、ある事と必死に戦っていた。今夜は満月。勝てる気はしなかった。
「ガラムぅぅぅ!!」
「うわっ」
涙腺が決壊した少女は隣にいた青年に抱きついた。いきなりのことに他に気を取られていた青年は少女を抱えきれず床に倒れ込んでしまった。
「す、すまん、つい」
そう言って真っ赤な目の少女に上目遣いで謝られたとき、何かがプチッと切れる音を青年はどこか遠くで聞いた。…ような気がする。
***
「もう男なんぞに気は許さん。二度と近づくものか!」
少女はもう大人の女と言ってもいい頃合いになっていた。背中に赤子を抱え片方の手で籠を揺らす。もう一方の手は何やら土の塊をこねくり回している。
「誰かの手を借りずとも子を生してみせるわ!」
ただならぬオーラを放ちながら少女……もとい魔女は、土塊を今自分が抱えている赤子ほどの大きさにし、形を整えていく。
「ふむ。こんなものでよいかな」
出来上がった土塊は何かに似ていた。まるで人の子のような。
七人目の娘が生まれるところまで書き終わっておりますので毎日更新します。(予定)
今回は魔女の生まれと三人目までをざっくりと。