世界構築魔法ノススメ
僕の暇潰しに付き合ってくれるかい?
良かった。君ならそう言ってくれると思っていたけど、いざ訊こうと思うと少し緊張するものだよ。でもやっぱり時間を無為に費やすことほどつまらないことはないからね。
もしかしたらつまらなく思うかもしれないけれど。
これは昔の、僕が学生だった頃の不思議な話。
――神様に出会った話をしようと思う。
その日はいつも通りの朝だった。
わざわざいつも通りと言うのも変かもしれない。
何故なら当時の僕は日常なんてものを意識したことはなく、在り来たりなことを言えば生きている実感もなかった。今でこそ時間を無為に過ごすななんて言っているけれど、当時は僕も無為に生きていたんだよ。
僕は生きているということを意識せずに生きていた。
一見矛盾しているように聞こえるかもしれない。でも、これはおおよそ大多数の人にとっても共感を得られる事実じゃないかと思う。
生きるということの意味を、その概念の意義を考えることなく恩恵を享受できるもの。良くも悪くもそれが生命だからね。
とにかくあの頃の僕は、感慨もなくただ暇なだけの現実を淡々とこなすだけの生活を送っていた。
さっきも言った通り当時僕は学生だったが、その生活も特筆すべきことのない至って地味なものだった。突拍子のないことを思い付くでもなく、賑やかなコミュニティで積極的に身の振り方を学ぶでもなく、異性と深い関係になるわけでもなく、逆に人と関わり合いにならない選択をしたわけでもなく、ただ無感動に日付だけが進んでいくだけの毎日だった。気がついたら一日が経っていて、それを気にも留めていなかったんだ。
当然生に実感のなかった僕は、飽きていただとか何らかの刺激を期待していたとか、そういう非日常を願う感情すらなかったように思う。
何故なら人は生まれながらにして無数の縁やしがらみを得て社会的地位や待遇を定められるからだ。自分の生活は自分だけのもので、他の何者にも代わることはできない唯一の居場所。周りの人間関係が変わることはあっても、自分が自分であることに変わりはないからね。
故に僕は、その居場所をただ粛々と自分なりに謳歌していた。それを否定はしないし、できない。特別なことがなくても、人は案外そんな日々を楽しんでいるもので、僕も例に違わずそうだった。
気が付くと僕は不思議な空間にいた。
何処をどう通ってどんな理由でそこに辿り着いたのかはわからないけれど、いつのまにか僕はそこにいたんだ。それどころかあの時の僕は、自分が誰なのかもわかっていなかった気がする。
気になるかい? 慌てなくても順を追って話すよ。
そこは役所の受付窓口のような場所だった。
ああいう場所は思いの外広く見えるだろうけど、不思議とその場所はあまり広いという感覚はなかった。ただ、妙な違和感と気持ち悪さは感じていた。その場所にいるのは僕だけで、とても静かだった。
変なところに迷い込んでしまったと思ったよ。
人は他人でも近くにいないと不安になってくる。それを実体験するには絶好のシチュエーションだったけれど、あれはもう二度と体験したくない感覚だったね。それはそれで別の興味も湧いてくるけれど。
僕はとりあえず色々と場所を移動しながら人の姿がないかを探した。その途中で僕は最初から感じていた違和感の正体に気付いた。
影がね、なかったんだよ。
僕だけじゃなく、その辺に置いてある物全てに影がなかった。それどころか光源になるような蛍光灯や電灯が一つもなかった。隙間なく光で満ちていて、影ができるようなスペースがなかったのかもしれない。
不思議というより、やっぱり気味が悪いだろう?
その時、不意に背後に気配を感じたんだ。
振り返るとそこには女性が一人立っていた。
驚きはなかったよ。焦って平常心くらい無くしそうなものだけれど、驚くほど僕は落ち着いていた。
彼女を最初に見た時、不思議な女性だと思った。
ただ奇妙なことに、目の前にいるはずの人間のシルエットを認識し、その細部の造形までを把握しているはずなのに、その容姿に対して具体的な感想を抱けなかった。
綺麗可愛いの類かと言われればそのように思えるし、そうでないと言われればそんなものなのかと思う。年下と言われれば小柄にも見えるし、年上と言われれば大人びて見えてくるような気もしていた。
まるであの時の自分の判断には独立性がなく、その基準が外的要因に左右されているようだった。
ただ奇妙だとは思ったものの、不思議なことに深くは気にならなかった。
「ようこそ、創世管理局へ♪」
彼女はにこりと笑ってそう言った。
何のことかと思ったけど、それまで妙に静かだったせいもあって、彼女の声が聞こえて少し嬉しかった。
僕がどう反応すべきなのか迷っていると、彼女はそのまま喋り続けた。
「私は案内係のオーラタ・クオンダム、と申します。お気軽にオーラとお呼び下さいね♪」
先言した通り容姿からは判断できなかったが、その名前はあまり聞き馴染みのない音だった。コミュニケーションに支障が出ることも危惧したけど、少なくともその二言三言は違和感なく通じていた。
「こちらへどうぞ~♪」
少し嬉しそうにそう言ったオーラさんは窓口の横のドアを開けて、その先の通路に僕を案内してくれた。
白い通路だ。
でも白と言っても鳥の羽毛のような滑らかな白でも絹のように艶やかな純白でもない。まるで何も記されていない紙のような透けた白色の通路だった。買ってきたばかりの印刷紙を壁紙代わりに天井や壁、床に敷き詰めたような感じだ。
廊下は果てしなく続いていた。
それこそ地平線まで続いているような、絵画美術で消失点ってあるだろう? 遠近法とか一点透視図法で、一番奥が点のようになって消えているような構図だよ。あんな感じにずっとずっと先まで続いていたんだ。
今思うと怖くなりそうなものだけど、その時は何故かオーラさんについていくことしか考えていなかった。
その時の感覚は、記憶喪失になった人間がナースに病院の中を案内される感覚に似ているのかもしれない。実体験したことはないけど、何しろ自分のことがよくわからなかったからきっと当たらずと言えども遠からずだったと思う。
僕は彼女について歩く間、右斜め前のオーラさんの横顔を見ていた。そうしていると色んな疑問が頭に浮かんでは瞬く間に消えていった。
ここは何処なのか。何故ここにいるのか。自分は誰なのか。あなたはいったい何者なのか。
でも不思議とそんな疑問は長く続かないんだ。口に出すこともなく、自問自答したわけでも自己完結したわけでもなくどうでもいいことを忘れていくみたいに思い出せなくなっていく感じだった。
どのくらい経ったのか、時間を意識していなかったからよくわからないけれどもきっと五分程度なんだろうね。
僕の視線に気付いたのか、オーラさんは振り返って「不安ですか?」と訊ねてきた。
「この仕事長くやっていますけど、ここに来た人は皆そんな顔をするんです。何となく不安で、色々聞きたそうな、そんな顔」
察しがいいのかそうでないのか、よくわからない人だった。
しかしいざ何かしらの質問をしてみようとすると、その質問はたった一本の指で遮られたんだ。僕の唇に人差し指を当てて言葉を遮ったオーラさんは、まるで言わずともお見通しとばかりに悪戯に微笑んだ。
「ここは創世管理局。造物主を目指す者、新たに世界を拓くことを夢見る者、神たりえる素質を与えられた者が訪れる始まりの夢。それらの創世者を総称してクレアートルと呼んでいますが、ここは彼らをサポートするために創られた機関なのです」
オーラさんはさも当たり前のようにそう言ったんだよ。不思議と言う以上に変だった。造物主だの神だの機関だの、この人は何を言っているんだろうと思った。
でも、そこで引き返そうとは思わなかった。
「私を含め、ここにいるのは世界構築のエキスパートチームなんですよ! …………とはいえ、各員には自身の管轄世界がありますから全員非常勤なんですけどね」
オーラさんはそこだけ少し申し訳無さそうな表情になった。
それにしても世界を構築するとは大きく出ているだろうと思うだろう? 当然僕もそう思った。だけどやっぱり、ただ奇妙だとは思ったものの、不思議なことに深くは気にならなかった。
しかしそんな一抹の疑問が顔に出ていたのか、オーラさんは「説明はこの辺りでもできそうですね」と言って手近な部屋のドアを開いて僕を招き入れた。
そこにドアなんてあっただろうか、今となってはよく覚えていないけれど、とにかく手近な部屋だ。
その部屋はとても小さかった。部屋の中央にはテーブルと二脚のパイプ椅子が無造作に置かれていて、奥にはガスボンベ式の簡易コンロと流し台が備え付けられていた。
空いてる物置代わりの部屋か殺風景な給湯室のような感じだった。
「どうぞ、お掛け下さい。こんなところで構わなければ」
特に遜色ないと思った僕はパイプ椅子を引いて、テーブルを挟んでオーラさんの向かいに座った。不思議なことに部屋には明かりらしきものが見当たらなかったが、それでもさっきの窓口のあるホールと同じように部屋の中は明るくオーラさんの顔もよく見えた。
「×××××さんはこの世界をどう思いますか?」
初めにそんな質問を投げかけられた。
どうと言われてもよくわからない、僕はそう答えた。正直何故僕がそこにいるのかもわからなかったから、そうとしか答えようがなかったのだ。
「私には酷く中途半端で不完全で不安定なものに見えます。あなたはここに来て今までに何を見ましたか?」
受付窓口とその奥に並んでいたデスク、細々とした事務用品類、そして白い通路に、この部屋。ドア、テーブル、コンロ、流し、窓……。
僕は見てきたものを思い出せる限り列挙した。
「それと、あなたと私。それらがこの世界に於ける全て、だとします」
いきなり何を言い出したのだろう、そう思った。
コンロがあるなら火がつくはずで、それならガスボンベと着火用の電池があるはずだ。流しがあるなら水が出るはずで、それなら浄水場や下水道、水源があるはずだ。窓があるなら、それは空間を内と外で区切る目的がなければならない。
今考えると難癖のような事ばかりだけど、この時僕は自分でも不自然だと思うようなそんな答えを返した。僕が考えたものにしては、妙にくどい答えだと思うだろう?
そうしたらオーラさんは急に立ち上がって、流し台とコンロに歩み寄った。
そして徐に流しの下の戸棚を開けて奥から片手鍋を取り出して、水道の蛇口を捻って水を出し、七分目まで水を張ったその鍋をコンロで火にかけたんだ。
「この世界は、私の友人が創り出して管理している世界なのです」
オーラさんは振り返らずにそう言った。
その時、パチンと音がした。それはコンロのガスボンベを取り付ける部分の金属製の蓋を上げる音だった。だがそこにはあるはずのものが入っていなかった。火はまだ点いているのにその燃料となっているはずのガスボンベがなかったんだ。
「あなたにとって不可思議なこの現象の理由は、ありません。強いて説明するなら、これが成立する世界なのです。ちなみに、この通り水道も下にパイプは繋がっていません。それで成立する世界なのです」
オーラさんは流しの下を開けて、その棚の奥を見せてくれた。よく見るS字に曲げられた水道管、つまり排水トラップがそこにはなかった。
さすがに理解に苦しんだよ。物理的に。
それではまるで、無から有を創り出しているようじゃないかと言い返した。そうしたら間髪容れずに「まさにその通りです」という答えが返ってきた。
「このように無から有を創り出せるような世界を構築することも、造物主や神、それらのクレアートルなら可能です。しかし私から見れば、この世界は中途半端で不完全、そして不安定な世界です。何故なら、理論体系が確立していないから。摂理が不合理だからです」
摂理とは自然界を支配している法則のことだよ。万物に適用されるあらゆる科学的法則のことでもある。簡単に説明するなら、物は地面に向かって落ちるとか、水は容器に合わせて自在に形を変えるとか、一般的な意識しない常識に近いところもある。
「この世界には、今この世界の構成及び管理に携わった私の友人が……端的に言えば設定した物しか存在しない。謂わば、あなたと私はこの世界のゲストというわけです。クレアートルの役割についてはこれで大体ご理解いただけたと思いますけど……どうですか?」
多分この時、僕は彼女の言ったほどの内容は理解はできていなかった、けれどただ無言で頷いた。突拍子もない話だったけど、その続きを知りたかったからだ。ちょうど読んでいた本のページをめくるような感覚だったのかもしれない。
事実それは言い得て妙だったんだけどね。
「この世界を構成している重要なファクターは構想・理論・観測者です。第一に構想ですが、これは漠然とした世界のイメージとでもいいましょうか。世界を創造するのは造物主の想像力、最低条件さえ満たしていれば、理論上どんな世界でも作ることが可能だと言われています」
どんな世界でもという言葉に少しだけ興味を惹かれてね。
「世界構築には時に膨大な知識を必要とします。世界を構築するというのはつまり摂理を作ることとほぼ同義ですから、如何に整合率の高い方程式を組むことができるかにかかっているんです。これが第二のファクター、理論ですね。一応世界における全ての物質・現象・概念を全て感覚的に構築して不都合のない程度の表層理論のみで定義することは可能ですから、必ずしも学術的な解釈に依存するとは限りませんけど、理解の容易な摂理であればある程より良いですね。感覚的に構成された世界ほどのちに破綻する可能性も高くなる。造物主はその世界に対して全能ですが、その他に関して全能ではないので」
わかりにくいと思うだろうけど、かいつまんで言えば行き当たりばったりのような取ってつけた摂理を作らない方が世界は安定するということらしい。
「それに観測者ですね。これは必須というよりは、世界を安定させる要素として重要な役割を持ちます。この観測者とはクレアートルの客観視に対して世界を主観的に捉える存在であり、場合によってはクレアートル自身が世界の観測者になることも可能です」
観測者は、世界を主観的に捉える存在。
造物主は自身の創った世界に於いて全能でも、それ故に全能でないことができない。まるで言葉の上でのロジック、詭弁のように聞こえるがそれは実際正しい。全能であり、全知であるが故に未知曖昧な事物事象に対して未知であることができない。全てをその意識に捉え続けていなければならないということだ。
いくら神とて世界一つ分の情報を脳内でリアルタイム更新なんてされたら、負担がかかって当然だ。ましてあそこを訪れるような素人の付け焼き刃では荷が重いと感じる前に破綻してしまうだろう。
「観測者は必ずしも造物主と同一ではないので、世界の全容を知り得ないことも多々あります。これは観測者が世界の内側にいる生物個体と根本的に同じ存在だからであり、その能力の限界を超えて世界を知覚することができないからです。故にそれを逆手に取って、観測者を中心に高精度な部分と低精度な部分を必要に応じて適宜再配置することで、世界全体の負荷を緩和することで世界の擬似的な安定化を図ることができます」
あらゆる物は観測者がそれを知覚することで初めてそこに存在する、という仮説があるんだ。一般的には人間がその観測者の役割を担うのだけど、つまりはそういうことだね。
この世界は広い。それでも一人の人間がある時点で観測できる範囲は限りがあり、感覚器官に頼った観測だけではその範囲も狭い。だからこそたった一人、あるいは少人数の観測者のためだけの世界と割り切れば、その周りだけを高精度にして、観測できない部分だけを低精度で構築する。そうして創られた世界は、世界一つ分に比べればたかが知れてるということだね。
「私の名前は、オーラタ・クオンダム。ですが、今のあなたには名前がありません。それが何故かわかりますか?」
その説明を終えたオーラさんは徐に立ち上がると、僕に向かってそう訊ねてきた。ただ僕はその答えを持っていない。
当然、僕はまたわからないと答えた。
「この世界は少し特殊な仕様になってまして、ここではクレアートル以外は名前を持つことができません。逆に名前を持たない者がここにいるということは、造物主となる高い潜在性を持っているということです」
オーラさんが言うには、この空間は造物主の素質を持つものを召喚し、サポートをしているのだという。世界を構成するには必要な予備知識がいくつもあり、サポートを受けないと、構築する世界の完成度に大きな影響が出る。場合によっては全体の整合性が崩壊、あるいは自然消滅、あるいは構築中構築後の事故発生率に差が出ることもあるらしい。
尤も、それも本人の才覚次第で個人差があるらしい。
「心配しなくても大丈夫。誰もができることです。勿論向き不向きや天賦の才、作業量等でも構築された世界の質や完成度は大きく異なってきますが、それをサポートするのが私たちの仕事なのです。安心して、困った時は頼って下さいね♪」
オーラさんのその言葉を最後に――
目が覚めたよ(笑)
気がついたら僕は机に突っ伏して寝ていた。
あれが夢だったのかどうだったのか僕にはわからないけど、あの場所を境に確かに僕の世界は変わった。
世界を創るとか観測者とか最初はやっぱりよくわからなかったけどね。
それでも、それが本当ならこういうことだったんだと思う。
今の僕が創世者、クレアートルの成功例として認められるのかどうかは、僕には未だにわからないんだけどね。
それでも言葉で世界を創るのは楽しいと思えるから。
聞いてくれてありがとう。
さて、そろそろ行こうか。
※フィクションです(笑)
皆さん、Creatorとして頑張ってください(--*
人はだれでも言葉という魔法で、自分の世界を作り上げることができますよ←苦しい
ちなみにCreatorはラテン語です。
オーラタ・クオンダムも同じラテン語が元ネタです。気になった方は調べてみると面白いかもしれないですね
どうでもいいですが、二度と(笑)を本文中で使いたくないと実感しました。←
第四回小説祭り参加作品一覧(敬称略)
作者:靉靆
作品:煌く離宮の輪舞曲(http://ncode.syosetu.com/n4331cm/)
作者:東雲 さち
作品:愛の魔法は欲しくない(http://ncode.syosetu.com/n2610cm/)
作者:立花詩歌
作品:世界構築魔法ノススメ(http://ncode.syosetu.com/n3388cm/)
作者:あすぎめむい
作品:幼馴染の魔女と、彼女の願う夢(http://ncode.syosetu.com/n3524cm/)
作者:電式
作品:黒水晶の瞳(http://ncode.syosetu.com/n3723cm/)
作者:三河 悟
作品:戦闘要塞-魔法少女?ムサシ-(http://ncode.syosetu.com/n3928cm)
作者:長月シイタ
作品:記憶の片隅のとある戦争(http://ncode.syosetu.com/n3766cm/)
作者:月倉 蒼
作品:諸刃の魔力(http://ncode.syosetu.com/n3939cm/)
作者:笈生
作品:放課後の魔法使い(http://ncode.syosetu.com/n4016cm/)
作者:ダオ
作品:最強魔王様が現代日本に転生した件について(http://ncode.syosetu.com/n4060cm/)