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 1節 終わらない悪夢

 半ば逃げ帰るように自宅の扉を開いた。時刻はすでに朝方であり、5時を回っていた。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 呼吸が荒く、動悸が激しい。視界も光が点滅するようにチカチカとして見え辛く、廊下の置物に足を引っ掛けて転んだ。

(助けて……)

 そう強く願う。だが何から助けて欲しいのか、誰に助けてもらいたいのか、明確なものがあるわけではない。ただ漠然と、この恐怖から逃れたい――その一心で少女は這いつくばって廊下を進む。

 2階へと続く階段のあるメインホールはだだっ広く、暗闇にただ1人だと不安や恐怖が増幅する。

 少女は掴んでいたスーツケースを必死に引きずり、階段に足をかけた――その時である。背後に気配を感じ、即座に振り返った。

「…………」

 メインホールのちょうど中央に位置する場所に、少女と酷似した少年が立ってこちらを見ていた。

「――お帰り、姉さん」

 それは、少女の双子の弟だった。ドキリ、とした。どうしてこんな時間に弟がここにいるのか。今は、誰にも会いたくないのに。

 少女は乱れていた呼吸を整え、平静を装う。

「……ああ……」

 しかし、生返事をすることしか出来ない。

「予定より遅い帰宅だね」

「……うん。紫遠、お前は夜遊びか? こんな時間に帰宅なんて」

「まさか。僕は姉さんとは違う。のっぴきならない事情があったのさ」

「ああ、そう」

 早く、1人になりたい。

 その一心で階段に振り返り、スーツケースを力いっぱいに持ち上げる。

「土産話は要らないからね。どうせ姉さんのことだ。くだらないことしか、してきてないだろう」

 弟は少女の横を軽やかにすり抜け、自室に入る。少女はその姿を見届け、安堵の溜め息を吐いた。


 ここは月の都と呼ばれる三大都市の1つ、月夜見市つくよみである。両隣には月詩市つきしらべ月世野市つきよのがあり、どれもが地名に『月』の字を冠しているが故に、総称して月の都と呼ばれている。

 少女の自宅は月夜見市の郊外にあった。一軒家とはいっても洋館と表現した方がしっくりくるほど大きな家であり、近代日本を代表するモダンな建築様式を採用している。

 広い庭を囲う鉄格子の表札には、『梨椎』という文字。執事やメイドを雇っているわけでもなく、洋館に住まうはたった3人の家族――兄弟だけだった。

 この3兄弟の特徴は、髪が赤いこと。


 なんとか辿り着いた自室の扉を開け、多少、気分を落ち着かせる。酸素をいっぱいに吸い込んで呼吸を整え、平静を保とうとする。

(……休まないと)

 残暑厳しい季節にしては冷え切ったベッドの中に潜り込み、ギュッと目を閉じる。早く寝よう、寝てしまおう。自分に暗示をかけるように、少女は心の中で何度も呟いた。


――夢を見た。これは悪夢である。

 抗いようのない運命だったとは思わない。自分があと少し、あと少し早くに気付いていれば防げたかもしれない。

 だからこそ悔しくて、悲しくて、怖くて。


「――――!!」

 少女は、夢の中からも逃げることを余儀なくされていた。飛び起き、反動でベッドから転がり落ちる。心臓の鼓動がやけに早くて、呼吸が苦しい。時計を見ると、午前6時。まだ1時間ほどしか眠っていないらしい。あともう少し眠ろうかと考えたが、また悪夢を見てしまうのかと思うとこのまま再度の眠りにつける勇気がなかった。

「……クソ」

 あいつを殺さない限り、この悪夢は終わらない。

 少女は壁に頭をつけ、低く唸った。

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