4節 渦を巻く謎
午後の昼下がり。月詩市の隣りにある街、月夜見市。そこの戸無瀬高等学校、人気の無い屋上に赤髪の少年はいた。
「おはよう、七叉。今朝は大変だったね」
赤髪の少年――梨椎紫遠は、今しがた屋上への扉を開けた七叉に対し、僅かにそちらへ振り返って口を開いた。七叉は寝不足が目の隈となって表れた顔を向け、
「本部に戻ってから対策会議が始まってしまってな……結局、一睡もしてない。そっちは? 少しでも眠れたか?」
と、力無く言った。
「少しだけ、ね。でも、気分はかなり良くなったよ」
「そうか、それは良かった」
七叉は「ははは」と乾いた笑いを天に向け、
「続報だ」
と、急に真面目な顔になり、声のトーンを落として言う。
「昨晩、月夜見市内にて闇炎を司るシャドウ・コンダクターの目撃報告が組織に入っていたらしい」
「……? それ、妙だね」
「だろ? 闇炎を司るシャドウ・コンダクターといえば、地獄の火刑人ただ1人。報告が入った頃は、地獄の火刑人は鳴我豆研究所の安置室に寝かされていたはず。それとも、新たなる闇炎の使い手が生まれたのだろうか……」
「それは有り得ない。主人が死なない限り、シャドウは次なる主人の元に仕えることは出来ないし、第一、同じ属性を持ったシャドウ・コンダクターが同時期に同一の世界上に出現することは絶対に無い」
「……だろ? しかし、紫色の炎といえば闇炎しか無い。もしかしたら、誰かが闇炎のシャドウを引き剥がし、第三者に無理やり宿らせたのかもしれない。人工的に闇炎の使い手を作り出す為に」
「それは禁断とされている手法の1つだね。ということは、地獄の火刑人といえど、現在はただの人間か……それも、かなり衰弱した」
紫遠は「なるほどね」と、喉のつっかえが取れたかのように納得し、自分の中だけでの疑問を消化していた。
「しかし、一体、誰が何の目的でそんなことをしたんだろうな。組織の内部犯行であることは間違いないだろう。地獄の火刑人の仲間が救い出すことをあらかじめ予測した上での防衛策ならまだ良いが、そうであるならば必ず委員会に報告が上がるはず」
「報告が無いということは勝手な単独行動であり、闇炎のシャドウを利用して何か良からぬことを考えている可能性があるね」
「そんなやつは組織にはいないと思いたいところだが、あいにく俺はそんな無茶苦茶なやつを何人か知っている」
容疑者候補は多いが、犯人を探すよりも簡単な方法がある。それは、闇炎の使い手を探し出すこと。
「ゆえに、近く月夜見市が地獄の処刑人軍に襲撃されるだろう――紛い物の闇炎の使い手を捕らえる為に」
「…………」
「もちろん、地獄の火刑人を封印出来なかった組織の責任でもあるから、軍隊を総動員して応戦する。ついでに闇炎の使い手も捕獲するよ」
直にこの街は戦火に包まれる、と七叉は緊張の面持ちで言う。
「自分にとって大切な人間たちは、早めに避難させておくべきだぞ。月の都からな」
紫遠は黙り込み、残暑が厳しい初秋の空を見上げた。