4節 あなたの名前
「こんなに負けが見えている戦も珍しいわね」
ユェナは、朱槻ル哥が世界中からかき集めた革命軍の残党を見渡し、拭い去れない不安を抱いていた。
ミューデンから援軍の要請は拒否されました、と隻腕になったサミュフ騎士団長から聞いたユェナは、もう駄目だと俯く。また、敗北する。そして待つのは死、のみ。
(せっかく、目覚めたのに……。神は、私に平穏でのどかな暮らしを与えるつもりなど毛頭無いということかしら……)
「ミューデンも、500年前に一度組織に敗北した革命軍を軽く見てるんだろ」
集結したかつての仲間たちを眺め、ル哥は焚き火の炎に手を翳す。
「勝てば仲間、負ければ無視。ミューデンも、なかなかシャドウ・システムらしい性格を備えてるもんだ。ま、膨大な数の部下を取り纏めるには、それくらいの厳しさと身勝手さが必要なんだろうけどな」
「……スルトは、どう考えているの? 負け戦とわかっていて、応じた理由は……」
ユェナにはわからなかった。いくら自分にシャドウを戻す為とはいえ、数でも力でも圧倒的に勝っている組織軍に真っ正面から挑むなんて。
ル哥は星空を見上げ、遠い昔の出来事を思い浮かべる。
「……俺、家族はもうユェナしかいないんだよ」
「そんなことないわ。スルトには、アカツキルカとしての家族がいるじゃない」
「あんなの、家族でもなんでもない」
ル哥は両手を握り、歯をギリギリと鳴らす。
「朱槻の両親には、一度だって息子として扱ってもらったことはなかった。姉や兄もいたけど、やっぱり両親と対応が同じで。だから俺も、家族を家族だと思わなくなった。それは、本当の家族じゃないから――俺の両親は500年前に処刑され、姉は長い眠りについていたからなんだよ」
「ルカ……」
「いや、俺はスルトだよ。スルト・デアブルクだ。ユェナの双子の、弟だ」
双子。こんなに似ていない双子はこの世にいないだろう。名字も、顔も、年齢も、人種さえも違う双子など。
「羨ましいな、やつら」
「氷と、氷の姉のことね」
「どうしても被っちまう。500年前の、俺たちと」
「……そうね」
「だが情けはかけない。こっちだってユェナの命がかかってる。あっちも同じ心構えだろう」
「でも、あの双子の後ろには組織が……」
「大丈夫」
ル哥は微笑み、何度も「大丈夫」を繰り返す。
「策がある。少ない軍勢で俺は、組織の大軍を唸らせてやる」
力強く宣言するル哥は、500年前よりも逞しくなっている。しかしユェナはル哥の瞳に陰鬱の輝きが宿っていたことを見逃さず、明日に迫る決戦に怯えた。
*
「何かが起きない限り、10割の確率で組織が勝利かと思ってたけどな……」
開戦早々、戦場の中心部の様子を望遠鏡で観察していた世槞は革命軍の動きに妙な感覚を抱く。
まるで防御する様子が無く、捨て身の攻撃を仕掛ける影人たち。動きにまとまりがなく、各々が勝手な判断で動いているような――騎士にあるまじき行為だ。
「なぁ、影。革命軍の者共は、始めから戦いに勝利するつもりなんか無いのかもしれない」
世槞は自分の影に向けて疑問を呈す。
“負け戦に応じたことには、理由がある。新良の指示に馬鹿正直に従ったことも。それは――戦での勝利ではなく、戦利品だけを調達すること……だと思われます”
「やつらの目的は、始めから私ただ1人」
それならば、騎士たちの無謀な動きにも納得が出来る。捨て身の攻撃で大打撃を与えると共にこちら側の軍をそこへ集中させ、梨椎世槞へ至る道を切り開くこと。
闇炎を手に入れた後は、すぐにでも戦線離脱をするつもりだろう――部下を見捨ててでも。
「朱槻ル哥にとって、姉の命さえ無事であれば……他はどうでもいい。――私にも似たような思考を持つ弟がいるから、大方予想はついてたよ」
これは素直に嬉しいと喜ぶべきか、もっと別のことに興味を抱きなさいと叱りつけるべきか。
世槞は1人クスクスと笑いながら、影の中から漆黒の剣を取り出す。
「罠にはめられたのは、革命軍ではなく組織の方だろって言いたいんだろうけどさ……そう上手くはいかせない」
“世槞様、私の名を”
世槞はにんまりと笑う。
「あともう少し」
立ち上がり、自分の元へ血眼になって突進してくる革命軍の影人たちを見据え、再び頷く。
「もう少しなんだよ」
漆黒の剣を鞘から引き抜く。紅蓮剣フィアンマの刃が影人たちを映し出した時、世槞は周囲に僅かな隙も無いほどに囲まれていた。その中に、色素の薄い髪色をした少年の姿がある。
「……意外だ。てっきり、お前の傍にはあの氷使いが控えているのかと思ったが」
ル哥は紫遠の姿を探すが、どこにも見つけられない。
「紫遠は……私の弟は、ここには来ない」
「考えたくはないが、怖じ気づいて逃げ出したか?」
これは挑発だ。しかし世槞はそれには乗らず、溜め息混じりに言う。
「逃げ出してくれてたら……良かったんだけど。あいにく、弟は私のことになると馬鹿になるから」
「?」
「弟は、私を組織から護る為にシャドウを剥がされたよ」
ル哥は目を見開いた。
「シャドウを剥がされるのって、すごく辛いんだろ? あんたの姉を見てるからわかる」
紫遠が世槞に心配かけさせないように何でもないフリをしていたことには、とうに気付かれていたようだ。
「私を護る為にそこまで必死になってくれてるのに、私がここで死んだりしたら、それは弟への最大の裏切りになる。そして、私も弟を護る為にお前らに勝つんだよ!」
シャドウは未だ召喚出来ない。だが、揺るぎない強い意思が凄まじい炎となって周りの景色を飲み込む。
景色と同様に炎に飲み込まれるかつての同志を見渡し、ル哥は500年前の闇炎を思い起こす。
「……俺たちが本来憎むべきは組織なんだろう。お前たちも組織に利用されてるだけの哀れな双子であることも理解した。でもそれ以上に哀れなのは、お前が闇炎を司って生まれたことだ」
世槞は眉をひそめる。
「哀れ、なんかじゃないわよ」
「へっ。互いに、譲れないもんがあるなぁ……」
ル哥は雷鞭スィルリスタを振りあげ、シャドウの名を叫んだ。
「ジオ! その女を殺して闇炎のシャドウを取り戻せ!」
“……任せろ”
またあの巨人か、と世槞は後方へ飛び退き、距離を取る。
“世槞様”
「ん?」
岩の陰に隠れ、シャドウの声に耳を傾ける。
“ご存知の通り、スルトと革命軍の意思は違います。それを我々にも応用しましょう”
「つまり?」
“組織の目的は革命軍の始末。世槞様は、ユェナ様……いえ、ユェナだけを”
「なるほどね。ユェナさえ殺せれば、ル哥はともかく革命軍の戦意は削ぐことが出来る」
世槞は望遠鏡でユェナの姿を探す。彼女は戦場から遠く離れた岩山の頂でル哥の無事を祈っていた。彼女の傍らには隻腕の騎士がいるが、あれは世槞を瀕死に追いやった騎士団長だろう。
「地獄の火刑人らしからぬ姿だわね。あれじゃあ、ただのか弱い女じゃねぇの。しっかし、あんな遠い場所まで……行けるかな」
“行くしかないのです。貴女と、貴女の弟の命を救う為には”
覚悟はとうに決めた。後は、戦場を駆け抜ける勇気だけだ。
(力があれば……)
誰かが名前を呼んでいる。
自分の名前ではないし、そうであるかもしれない。
漆黒の剣を振るうのは自分か、そうでないかもしれない。
『――貴方の名前は』
シャドウには名付け親がいるらしい。その名を一生、滅びるまで使う。名付け親はその属性の初代使い手だ。
(私は、何代目だろうか)
シャドウの中に眠る記憶は、歴代の主人たちの生涯。主人が生まれ、死すまでを見守るシャドウは、次に相応しい主人を探す旅に出る。
(そうやって私の元へ<戻ってきた>シャドウの名前は――)
青色の絵の具を薄く伸ばしたような晴れ空が、濃灰色に包まれ始める。厚い雲が上空を支配し、白金色の稲光が雲の中を駆け巡る。
ル哥の影から現れた雷神トールは、岩の上に立つ世槞を――いや、世槞の影を遥か高見から見下ろす。
“我らが行くべき道は、いつから違ったのだろうな。いや、最初からお前は、我々と違う道を目指していたのか”
それは問い掛けのようでもあり、独り言のようでもある。
“何を言ってる”
対する闇炎のシャドウの言葉は、ひどく落胆したものだ。
“我らシャドウの役割は、世界の均等を保つべく戦う主人の、忠実なる下僕でしょう。それが誇りでもある。貴方がた革命軍が掲げる目標――妥当組織は、貴方の主人と姉が生まれた意味を根底から否定するものですよ”
“……それでも”
巨人は両手を広げ、目を閉じて曇天を仰ぐ。
“私は主人の意思に従う。たとえそれが、世界を破滅へと導こうとも”
すぅ、と息を吸い込む。その中には、自分なりの信念も込めていたようだ。
“……我が名はジオ。雷を司りしシャドウ・コンダクター、朱槻ル哥様の下僕なのだからな!”
雷が落ちる。岩を破壊し、大地を削る。世槞はフィアンマを避雷針代わりとして雷を自身から跳ね退け、走った。
「?! 逃げた……? ジオ、追え!」
ル哥はジオの手の平に飛び乗り、赤い髪を追う。
世槞は戦場の中心部へとわざと逃げ込む。世槞の姿に気付いた新良が素早く首根っこを掴み、ここは危ないと叫ぶ。
「新良さん、あの巨人の足止めをお願いします!」
「へ……?」
走る速度に合わせて揺れる大地。世槞が指差す先に姿を現した雷神トールに、迎撃軍全員からの緊張を感じ取る。
「雷神! 道理で姿が見えないと思ったら……。って、梨椎! どこ行くの!」
新良の手からするりと抜けた世槞は、敵味方が入り乱れる戦場を、脇目も振らずに走り抜ける。
左右から騎士とグレムリン型の影人が迫る。世槞は片方をフィアンマで貫き、片方を足を捻って蹴り飛ばす。腹を押さえ、地面にうずくまったまま微動だにしないグレムリン型を見て、世槞は10センチあるヒールの意味をやっと理解した。
(普通に蹴っただけなのに、この効果。女性特有の武器だな、これ)
しかし新良殺芽もヒールの高いブーツを履いていたことを思い出すが、おそらく男性の中でそれを履いているのは新良だけだろう。
“ジオとスルトは組織軍が多少の足止めをするはず。世槞様、その隙に”
「わかってる!」
ル哥と初めて遭遇した日は、いきなり痛手を負わされた為に身体の反応が鈍かったが、たっぷり3日間休んだ今は違う。覚醒が中途半端とはいえ、並外れた身体能力は十二分に発揮されている。
世槞は七叉と柊に擦れ違い様に軽くウインクを送り、首を傾ける彼らを置き去りにして戦場を離れた。
「あとは岩山……この上に」
見上げた頂がキラリと光る。光は徐々に麓へと接近し、それが刃の輝きであると判断した世槞は剣を握る手に即座に力を込める。
金属と金属が激しいスピードでぶつかり合い、神経に障る音を喚き散らす。
重そうな大剣をフィアンマに押さえつけるのは隻腕の騎士サミュフだ。ユェナの危険を察知し、急ぎ下山してきたようだ。
(百戦錬磨の騎士団長でも、隻腕になればさすがに力も劣るな)
世槞は体内に宿る闇炎を手に集中させるイメージを浮かべ、フィアンマの刃を伝ってサミュフに送り込む。
「ぐぬ、またこの炎か。小癪な!」
サミュフは焦りを込めて大剣を振るい、フィアンマごと地面をゴロゴロと転がる世槞を忌々しげに追う。
素早く立ち上がった世槞はしかし、額を抑えて目を瞑っている。痛いわけではない。
「……誰かが、名前を呼んでるんだ」
「なにを意味のわからぬことを! 簒奪者の名など、誰も呼んでおらん!」
サミュフは隻腕であることをカバーするように、休む間もなく地面を蹴る。
「違う。私の名じゃない」
戦場を抜けたル哥とジオが、こちらへ向けて高速で迫る。七叉が放つ白い光も、柊が放つ黄金の光も、ジオには届かない。
“世槞様”
静かに、落ち着いた声。
世槞は片腕で両目を覆いながら、微かにビクリと肩を震わせた。
「名前を……その誰かは、とても優しげに、でも……時には、厳しく……ああ、そうか」
雷鳴が騒ぐ。おそらくすぐ近くに迫っているはずだ。しかし、世槞にはどこか遠い音のようにしか聞こえない。雷鳴も、怒号も、剣を振るう音も、全ては背景音に過ぎない。
(――わかった)
世槞は口元だけでニヤリと笑む。
雷が迫る。剣が迫る。
世槞は漆黒の剣を己の影に突き刺し、腹の底から最大声量で呼ぶ。
「――羅洛緋!!」
ら、ら、く、ひ。
誰かは、その名を、呼んでいたのだ。
紫色の火柱が世槞の足元より燃え上がる。雷を、剣を退け、天に昇りて厚い雲を裂く。
火柱の中に現れるは巨大な漆黒の扉。細かいレリーフが施されているが、どんな模様なのかを確かめることは出来ない。何故なら、僅かに開いた扉の隙間から、ギラリと輝く緋色の瞳がこちらを射抜いていたから。
“我が名は羅洛緋……”
耳障りな音を立てて扉が開く。扉の向こうにいたナニカは、扉が完全に開ききることが待てないように内側から突進し、顔をねじ込む。
「あ……」
扉が全開する。表世界へと勢いよく飛び出した漆黒の獣は、先程まで世槞の影から聞こえていた声の持ち主である。
“我が名は羅洛緋。闇炎を司りしシャドウ・コンダクター、梨椎世槞様の下僕である!”
体長4メートルの漆黒の獣は一見するとオオカミのようであるが、オオカミに頭は3つもないし、尻尾でさえ2本も無い。これは神話上にしか姿を現さない獣――地獄の門番ケルベロスである。
ケルベロスはその何トンもの重さのある太い足でサミュフを踏みつけ、ぐちゃり、という音と共に生命を断つ。頭上から悲鳴が聞こえた。仲間を目の前で失った、悲痛な叫び声。見上げると、ユェナと目が合った。
世槞が名を叫ぶ声は、地中奥深くに眠る怪物を呼び覚ましたのだ。
「…………!!」
開いた口が塞がらないのは、世槞自身も同じである。
(これが、私の……シャドウ)
「嘘だ。でたらめだ」
ル哥が声を震わせる。
「ユェナの羅洛緋は、ケルベロスじゃない。そんなおぞましい姿じゃなかった!」
世槞は首を傾ける。ル哥は何を言っているのだろうか。
“お久しぶりですね、スルト”
「……羅洛緋……」
世槞がシャドウの名前を思い出したことにより、ル哥の記憶も連動して羅洛緋の名を思い出したようだ。
“残念ですが、ユェナが私にお望みになられていた姿――火蝶は、ユェナの代限りで終わったのです。このケルベロスの姿こそが、初代闇炎の使い手がお望みになられた――本来の私の姿”
シャドウの姿は、コンダクターが自由に決めることが出来る。覚醒し、初めてシャドウを呼び出す場合、姿は先代の使い手が望んだ姿のまま現れる場合がほとんどだ。しかし闇炎のシャドウ――羅洛緋は、ユェナが望んだ姿ではなく、初代が望んだ姿で出現していた。
「火蝶を否定したのか、お前は。それは、ユェナを否定したことになるぞ……」
“そうですね”
ル哥は顔を伏せたままジオに寄りかかる。
「羅洛緋」
現在の主人に名を呼ばれ、羅洛緋はググッと首を下に向ける。
“真なる覚醒、おめでとうございます。さあ、我が主人よ――ご命令を”
世槞は生唾を飲み込み、軽く深呼吸をする。
「ユェナ・デアブルクを……お前の先代の主人を殺す。その手助けを」
羅洛緋は緋色の瞳に世槞の姿を映し出し、長い睫毛の間から岩山の頂に控えるユェナを捉える。
“了解しました”
「やめろぉぉ!!」
ル哥の悲しき悲鳴に弾かれたジオが雄叫びをあげ、羅洛緋の首を掴みあげる。しかし左右に残った自由の利く首たちがジオの腕に噛みつき、引きちぎる。断面から噴き出すものが血の雨を降らす。
“ぐおっ……羅洛緋……”
闇炎のシャドウの出現に気付いた革命軍たちが、迎撃軍との戦争を放り投げてこちらへ加勢に迫る。
“ジオ。もはや我々は、相容れぬ存在ですよ”
羅洛緋は太い手足で加勢に来た影人をなぎ払い、あるいは引き裂き、口から闇炎を吐き出して一掃する。
“私の主人は世槞様です。世槞様が望むことに私は従う。――ユェナ、スルト、ジオ。貴方がたを、世界を傾かせる不安因子及び我が主人の命を脅かす者として、始末させて頂く!”
羅洛緋は地面を蹴り、ジオに馬乗りになる。ジオが地面に倒れるだけで地震が発生し、上手く立っていられない。
“世槞様、ここは私にお任せください。貴女はユェナの元へ!”
「あ、ああ……!」
フィアンマを握ったまま戸惑う主人を、羅洛緋は優しく諭す。
“大丈夫です。私の名前を思い出し、完全なる覚醒を果たした今の貴女は――組織人に引けを取らぬほど、お強い!”
世槞は頷き、フィアンマを鞘に納めて背に背負うと、岩山を駆け上る。こんな険しい山肌だというのに、世槞の身体はどこまでも軽く、前へ前へと進む。
「炎の救世主様の元へは行かせないぞ!」
上空からはコンドル型の影人が世槞を地上へ突き落とそうと嘴を繰り出す。
「……ごめん」
世槞は身を翻して嘴を掴み、胴体を山肌に叩きつけると、コンドル型はそのまま地上へ落下してゆく。覚醒し、漲った力の前ではコンドル型など赤子同然であった。
世槞は速度を上げ、一気に頂に足をかける。
「…………」
そこにはただ1人、弱り果てながらも鋭い眼光で世槞を睨む女性の姿。かつて地獄の火刑人と恐れられ、国の改変を望んだ力強い女性。歪んだ方法ではあったが、彼女の元へは多くの支持者が列を成していた。
女性はふんわりとしたローブで全身を覆い隠してはいるが、衰弱していることまでは隠せない。
――殺すことは、いとも容易いだろう。
世槞は剣を構える。
「似てないな」
「…………」
前世では双子だった姉弟。弟だけが生まれ変わり、外見も年齢もてんでバラバラであり、親族だと表現することすら無理がある。
(なんだか、皮肉)
それでも彼らは双子のつもりなのだ。姿形が変わっても、魂だけは双子であった記憶を宿しているから。
「あんたに恨みは無いよ。あんたはあるようだけど」
「…………」
「恨みは無くても、私にはあんたを殺さなくちゃならない理由が出来た。お願い、死んでほしい」
「…………」
一歩、二歩、近付く。
ユェナはやはり世槞を睨んだまま。
「同じ目で、フレイ国王のことも睨んでた? 自分の不幸な生い立ちを憎んだ? でも、もう、終わったことよ。全て終わった。お前が憎んだ世界も、国も……今は全く別の新しい世の中なんだ。スルト・デアブルクが朱槻ル哥として生まれた世界なんだよ」
「――――」
ユェナは目を伏せた。
(負けを認めたのかしら)
これで、終わる。
世槞はフィアンマを引き、勢いをつけた。だが。