表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
17/20

 3節 信じる

 組織が戦場として指定した場所は、日本国の最南端に位置する瑚省島という無人島だ。すでに迎撃軍――約400人を全て瑚省島に動員していた新良殺芽は、世槞の到着が遅いことに立腹していた。

「貴女、自分の立場がわかっているの? 弟が人質に取られたも同然なのよ?!」

 新良は世槞の背後に立つ少年を指差し、ヒステリックに叫ぶ。

「うっせぇな……」

「なに? なにか言ったかしら?!」

「いえ、なにも」

 小声で文句を垂れた後に何食わぬ顔で佇む。そんな普段通りの姉の姿を見て紫遠も幾分か心にゆとりを持つ。

 新良は「全く、この双子は!」とブツブツ言いながら、湧き上がる怒りを抑える。

「戦の前に尋ねておくことがあるの。貴女にわかることなのかは不明だけど、その属性は」

「闇炎のシャドウは私を選びました。私こそが、本物の闇炎を司るシャドウ・コンダクターです」

 世槞は迷いの無い口調で、はっきりと言う。

「では、貴女は生まれながらに闇炎を司っており、他の誰かに無理やり宿らされたわけではないと宣言出来るのね?」

「はい」

 新良は世槞の表情を凝視した後、頷く。

「わかった。問題は、貴女が地獄の火刑人のような凶悪なシャドウ・コンダクターになるか否か、よ。組織は闇炎という属性を警戒しているの。今の貴女のままじゃ将来が有望すぎて怖いわ」

「そうですね。もし仮に、の話ではありますが――この戦いに勝利した後、弟にシャドウを戻してくれなかったら……私、暴れますよ」

 世槞は新良を睨みつけ、新良も同じく睨み返す。

「……減らない口だこと。ハァ、だから私、双子ってヤなのよ」

 新良は右手をヒラヒラと上下させ、世槞と紫遠に対し「向こうへ行け」という意思をジェスチャーで示す。

「持ち場についたら、こちらが合図を出すまで待機していなさい」

 瑚省島を横断するように流れている大河。その脇に迎撃軍の駐屯地があり、世槞の持ち場は駐屯地に近い岩場だった。戦いの中心となる平野からかなりの距離がある。あくまで囮の世槞に対し、誰も戦力を期待していないようだ。

「ま、その方がいいよ。姉さんは弱いから」

 駐屯地にて、熱いコーヒーを淹れながら紫遠は相変わらずの発言をする。

「また余計な一言を……。紫遠は開戦したらここから出たらダメなのよ? 今のあんたは弱いんだから!」

 言い返してやった、と世槞は満足そうに駐屯地内を歩くが石の多い不安定な地面にブーツのヒールを引っ掛け、転倒する。

「あだっ」

 世槞は支給された軍服に袖を通してはいたが、なんだか自分が組織の一員に組み込まれたような気がして、先程から気分が優れない。

「それに……なによ、このヒールは! 10センチはありそう」

 白く光沢のある軍服に白いブーツ。デザインに凝っていることに薄々気付いてはいたが、戦いにおいて動きにくいキラーヒールを採用するなんて、デザイナーは何を考えているのか。

 顔面から転倒してしまったが為に鼻を赤くし、痛そうに抑える姉の姿を横目で見ながら、紫遠はコーヒーをすする。

「せっちゃん、背が高くなったねぇ」

 駐屯地に現れるは、いつも神出鬼没な青年。自分のことをお節介なお兄さんと称し、なにかにつけては世槞の世話を焼く。

「純粋に背が高くなっただけなら良いけどね。これ、ヒールだから」

「へぇ、便利じゃん。ボクら男性陣の軍服のヒールは低いんだよねぇ。あ、当然か」

「なにが便利なのよ。さっきもこれのせいで転んだぞ」

「便利だよ。ヒールで相手の顔とか首とか腹とか局部を蹴ってみな? すごい威力を発揮するからあッ」

「……誰かの趣味が反映されたデザインみたいだな、コレ。それより、寄生型に占拠された戸無瀬はどうなったか知ってる? 友達や愁の安否が心配なんだけど」

 可ノ瀬はウンウンと何度も頷き、重ねた両手の甲に顎を乗せる。

「それがねぇ不思議なことに、ボクが戸無瀬高等学校へ辿り着いた頃には、寄生型は全て始末された後だったんだよねぇ。しかも、無事だった学校関係者の記憶改竄も成されていた」

「……?」

「最初はせっちゃんがやったのかと思ったけど、コンダクターとして日の浅いキミにこんなに鮮やかな後始末は行えない」

「わ、悪かったな」

「寄生型の出現に伴い、未感染の学校関係者を避難させた後に記憶操作を施し、尚且つ寄生型を素早く始末した敏腕コンダクターが戸無瀬にはいたようだ。しかも、組織に属していない。……報告がなかったからねぇ」

「……誰だろ、それ」

 紫遠に目配せをしてみても、知らないと首を振る。

「さぁ。ともかく、せっちゃんのお友達や、お兄ちゃんの梨椎先生は無事だったヨー」

「腑に落ちないけど……まぁ良かったわ。愁……私たちが突然いなくなって、心配してるだろうなぁ」

 世槞は熱いココアを淹れ、ふうふうと息を吹き飛かける。十分に冷まされたところで、飲む前に「あ」と、あることに気がつく。

「そもそも、どうして朧がここにいるんだ? あんた今、任務中じゃ」

 可ノ瀬は紫遠と同じテーブルに腰掛け、空を見上げる。同じく空を見上げた世槞の視界には、正午を示す真南の太陽が映る。

「うん。手が離せない、とっても大事な任務中。だからそっちはディーレに任せたんだ。ボクは見守りお兄さんとして、しおたんと共にここで待機しとく」

 ディーレとは、可ノ瀬のシャドウの名前だ。よく見ると、可ノ瀬の足元に影が無い。かといって剥がされたわけでもない。どうやら影だけを別行動させているようだ。

「紫遠。変なあだ名で呼ばせること、よく許可したな」

 可ノ瀬は基本的に人のことを名前では呼ばず、あだ名を付ける。それも適当でいい加減なものばかりだ。

「してない。あいつが勝手にそう呼んでるだけだ。そういう姉さんこそ、せっちゃんだなんて癪に障る呼び名を許可したの?」

「するわけないだろ。朧が勝手にそう呼んでるだけ」

 双子のヒソヒソ話をニヤニヤとした表情で眺めながら、可ノ瀬は世槞が持つ通信機が震えていることを指差す。世槞が慌てて通信に出ると、想像通りの金切り声が耳をつんざいた。

『あんた、あの空が見えないの?! 今すぐ持ち場へつきなさい!』

 世槞はスピーカーを指で隠し、耳障りな新良の声を押し消す。

 新良が言う“あの空”とは、ユェナ・デアブルクとその弟が率いる軍隊のことである。

「いよいよ開戦みたい。行ってくる」

「頑張ってー」

 可ノ瀬は両手を大きく振りかぶり、まるで緊張感の無い姿に世槞は笑い声をあげる。如何に緊迫した場合でも一本調子の可ノ瀬には、ある意味安心をもらえるものだ。


「……行っちゃったね」

 赤い髪が米粒ほどの小ささになった頃、可ノ瀬は頬杖をつきながら独り言のように呟く。

「大好きなお姉ちゃんを戦場に送り出すのはどんな気分? 本当は一緒に逃げたかったのに、叶わなかったのはどんな気分?」

 駐屯地からは戦場が一望出来る。手前に迎撃軍、大河を挟んだ向こう側には革命軍が集結している。月夜見市を襲撃した時に比べ、数は増しているようだ。新良殺芽に言われた通り、朱槻ル哥は全軍を総動員したらしい。

 可ノ瀬は黙ったまま何も言わない紫遠が、一体どんな表情をしているのか気になり、顔を覗き込むようにぐるりと首を回す。紫遠は、額に片手をあて、俯いていた。

「……やっぱり」

 可ノ瀬は呆れたように、しかし優しげに言う。

「やっぱり、演技じゃなかったんでしょ」

「…………」

「さっき、せっちゃんが転んだ時……いつものしおたんなら転ぶ前に助けられたはずだ」

「…………」

「それすら出来ないほど、キミの身体は」

 冷や汗が溢れ、わけもわからず震える肢体。激しい目眩に襲われて立ち上がることも出来ず、吐き気から来る胸の苦しさが呼吸困難を引き起こす。

 今まで堪えてきたものが、一気に押し寄せてきたのだ。

「シャドウを剥がされることは、シャドウ・コンダクターにとって最大の苦しみ。魂を引き裂かれるような痛みを伴う。最大の苦痛を味わいながらもキミは、せっちゃんに心配させないが為に嘘を吐いた……」

 身体の芯から冷たくなる。これは、司っている属性に依存しているわけではない。影を失った魂が、冷え固まっているのだ。

「戦場での迷いは死に繋がる。せっちゃんに迷い無く出向いてもらえるよう、痛みに耐えてたんだねぇ」

「……君、うるさいよ」

 可ノ瀬は何度も頷く。

「まさに赤紙が届いた感覚だよねぇ。帰って来ないとわかっている父親や息子を笑顔で送り出す母親は、一体、どんな気持ちだったんだろ」

 せっかく淹れたコーヒーを飲むことも出来ず、紫遠は可ノ瀬を見ないまま低い声で言う。

「信じることにしたんだ。……姉さんは、闇炎の真なる継承者だから……革命軍などに屈するわけがない」

「へぇ、強いねぇキミは。それとも、双子の絆ってやつぅ? そうだなぁ……ボクなら……ボクなら、どうするだろ。どうしたいだろう、どうすべきだろう……」

 わかんないや、と可ノ瀬は笑い、紫遠が残したコーヒーをグイッと飲み干した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ