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 5節 対策会議

「悪いな、紫遠。わざわざシャドウ・システムの総本部――ヴェル・ド・シャトーまで出向いてもらって」

 地獄の火刑人が世界に放たれてから3日後。

 梨椎紫遠が案内人ナビゲーターにより招かれたのは、森の奥にある古教会だ。打ち捨てられて何百年といった様相。しかし、重厚なる両開きの扉を開いた途端、そこは<近未来の大都市>となった。

 本日は曇りである。雨雲が広がる中、古教会の中は爽快に晴れた青空が広がり、その下には高層ビルがいくつも建ち並ぶ。宙を幾重にも交差する道路、しかし木々の配置も怠っていない様はまさに人が求めて止まない理想郷。

 広さは日本国の面積の半分くらいあるという。よって本部内での移動は専用のシャトルに乗る必要がある。

「構わないよ。地獄の火刑人軍の動向については、僕も気になっているから」

 七叉は慣れた足取りでシャトルステーションへ向かい、とあるブロックへ移動した。

「さぁここが対策会議室だ。メンバーはかなり増えた」

 高層ビルの一室、大きなモニターが備え付けられたホールの真ん中にて対策班の面々が揃ってこちらを見据えていた。全員、白色を基調とした近未来の軍服を着用している。あれが組織に属する者の隊服であるらしい。メンバーの年齢はバラバラだが、一応、国籍は日本で統一されている。

 ホールに入るなり、端にいた少年が遠慮がちに声をかける。

「氷の使い手……梨椎紫遠さんですね?」

 一目で年下とわかる、優しげな少年だ。

「そうだけど、なに」

「僕は錬金を司るシャドウ・コンダクター、柊ゆうです。よろしくお願い致します」

 頭を下げ、礼儀正しく振る舞う柊ゆうに対し、紫遠は感心したように挨拶を返す。

「僕は氷を司るシャドウ・コンダクター、梨椎紫遠です。以後、お見知り置きを……」

 ホールの扉が再び開き、高いピンヒールをコツコツと鳴らしながら男性が入室する。

「さぁ、皆集まったようね。対革命軍の対策会議――始めるわよ」

 男性は唇に橙色のルージュを引いていた。集まったメンバーの前に立ち、取り仕切る。やたら背が高く、女言葉を使用してはいるが奇妙な威圧感があり、この前の通信の相手がこの男性であることに紫遠は気付く。

「革命軍?」

 男性は地獄の火刑人の元に集結していた仲間たちのことをそう呼んでいた。

「あら、その声は。貴男が例の氷を司る子ね。うふふ、なかなか可愛いボウヤじゃないの。10年後が楽しみ」

 紫遠は言いたいことを全て瞳に込め、七叉を見る。

(あの人は新良殺芽あたらあやめ、鎖を司るシャドウ・コンダクターだ。委員会っていう、組織の中枢を担う権力集団の1人。察知された世界異変の修正は、主に委員会により任命されたコンダクターが派遣されて行う)

(そんなことを聞いたんじゃないよ。任務の時から思っていたけど、あの虫酸が走るような喋り方と立ち振る舞い、どうにかならないの?)

(それは個性だから無理だ……。いや、気持ちはわかるけど)

「――ちょっと、ボウヤたち。聞こえてるわよ」

 眼前を何か煌めくものが高速で過ぎ去る。壁に衝突し、ガシャリ、と落ちるのものは、よく見ると鎖だ。少しでも眼球に触れると失明してしまうほどの速度と鋭さである。どうやらワザと外したようだ。警告のつもりで。

「シャドウ・コンダクターが集まるこの場所で、念話は何の役にも立たないのよ。声に出して会話してるのと同じなの。それくらい、わかってるでしょ」

 念話とは、声を出さずに思うだけで相手の脳に意思を伝えられるシャドウ・コンダクターの特殊能力の1つだ。第三者や影人に聞き取ることは不可能だが、同じシャドウ・コンダクターには聞き取られてしまう。

「しかし、声を出して話すにしては阻まれる内容でしたので。リーダーである貴方が気に入らない、などとね」

 反省する素振りを見せるどころか、澄ました顔をして更なる口撃を加える紫遠。七叉は顔を青くして事の成り行きを見守る。

「……全く。可愛いのは顔だけね。腹は真っ黒だわ」

「褒め言葉として受け取っておきますよ」

 新良はハッと息を吐き捨て、気を取り直して会議を再開する。

 新良殺芽をリーダーとして結成された対策班は、地獄の火刑人について各々が持ち寄った情報を交換し合う。

「では相模。まず、あの晩の出来事を報告して頂戴」

「はい」

 七叉は紫遠と共に赴いた任務――地獄の火刑人再封印の失敗について詳細を語る。

「――よって敗因は、フレイリア王国が滅亡するに至った経緯をよく調べていなかったことに起因します。雷の使い手、影人の騎士たち……全て、500年前のフレイリア解放戦争から始まる因果かと」

「そこで私は、柊に歴史の調査を依頼したわ。表沙汰になっていない、組織によって隠蔽された闇の事実を」

 新良は柊を名指しし、柊は頷いてホールの電灯を消す。モニターだけを点灯させ、リモコンでピ、ピ、と操作する度に写真や図がモニターに映し出される。

「僕なりに色々と調べてきた結果が――これです」

 最初に映し出されたのが、500年前のフランス――フレイリア王国領の地図だ。

「500年前とも昔になれば、当時を知る組織人はいません。当然、死んでいますからね。ここで組織に残っている記録データとフレイリア王国時代から生きている影人を捕まえて情報を引き出しました」

「? 拷問でもしたのかよ」

 誰かが真顔でさらりと問い掛ける。

「いえ、それは別の方が。拷問という手荒な手法は僕の性に合いませんので」

「そうかぁ? 柊って意外と割り切れるタイプだから……」

「マオさん、黙ってください」

 柊はごほん、と咳払いをし、説明を続ける。

「まず、地獄の火刑人――ユェナ・デアブルクを筆頭とし、フレイリア王国のやり方に反感を持っていた者たちが革命軍を結成。当然、目的は打倒フレイリア王国です。そんな集団と、何故組織が戦うことになったのでしょうか」

 七叉は「確かに」と首を傾げた。地獄の火刑人本人は凶悪な存在だが、革命軍の目的は悪しき王国を打ち倒すこと。組織はそれを阻止してまでユェナ・デアブルクの封印に踏み切った。

「組織は第三者同士のいざこざには干渉しないはず……だが、干渉してまで封印に踏み切らねばならなかった理由が、ユェナ・デアブルクが凶悪、だけでは弱すぎる」

「そこで驚くべき情報です」

 柊は地図を縮小し、エーゲ海まで見えるように広げる。

「革命軍が、ミューデンとの接触を謀ろうとしていたようなのです」

 ミューデンとは、エーゲ海に浮かぶ孤島に建国された王国。別名、影人の国と呼ばれ、シャドウ・コンダクターに総本部が存在するように、影人にも総本部が存在する。それがミューデンである。影人により建国され、影人により統治されている国。

「どちらから提案が持ち掛けられたのかは分かりませんが、革命軍がミューデンの傘下に組み込まれようとしていたのは事実。ミューデンからしたら、シャドウ・コンダクターという高い戦闘力を持った影人を支配下に置けたら、これほど頼もしいものはありませんからね。革命軍側もミューデンをバックに置き、より確実にフレイリア王国を打ち倒したかったのでしょう」

「利害の一致というやつか。確かに、組織からしたらミューデン側の戦力アップを指をくわえて眺めてるわけにはいかない。強硬手段をとって当たり前か」

 柊は世界地図から日本地図へと画面を切り替える。

「時は流れて現在。舞台は我が日本国へ移りました。フランスから遠く離れた日本の地にてユェナ・デアブルクを封印したことには、ミューデンからも引き離すという目的があったのでしょう。しかし再封印は失敗、ユェナ・デアブルクは雷の使い手と影人化した革命軍に救出されて行方知れず。唯一の希望は闇炎のシャドウを引き剥がされているということでしょうか」

「でも、新たなる闇炎の使い手の存在が月夜見市で確認されたわ。革命軍がそれに気付けば、血眼になって捕らえに来るでしょう。いえ、もう来てるかもしれないわ――目立っていないだけで」

 殺芽は橙色のルージュを中指の腹でなぞり、舐める。

「シャドウを引き剥がされたシャドウ・コンダクターは弱り、やがて死に至ります。革命軍は今、かなり必死になっているはずよ。ですが、それは好都合と捉えるべき」

「何故かしら?」

「革命軍は闇炎のシャドウ・コンダクターというものを手土産に、再びミューデンの傘下に入ろうとしている可能性がある。当時からミューデンは闇炎の使い手を欲しがっていたようですからね。なのにユェナ・デアブルクが本来の力を取り戻せない以上、ミューデンと対等な交渉が出来ない」

「ただの影人が傘下に入るだけでは、扱いなど下っ端同然。でも闇炎を提供することで、加入と同時に確かな地位を確保する、ね。考えたものだわねぇ」

「利口な考えも、新たなる闇炎の使い手を捕まえてからでないと成し得ないこと。ゆえに、革命軍は未だ孤軍奮闘状態」

「しかし解せないわ。フレイリア王国が滅亡した今、そうまでしてミューデン側につきたい理由は何かしら」

「理由は……そうですね、革命軍ですから、今度は打倒組織といったところでしょうか。不老不死の彼らのことです。何かしら生きる目的が無いと、存在する意味がわからなくなりますから」

「なるほど。打倒組織なら、ミューデンが目指す未来さきと同じだわ」

「我々組織が成すべきことは、革命軍から月の都を守り、闇炎の使い手を保護することです」

「または、闇炎の使い手を餌に革命軍を誘き出すのも良いわね。そもそも、闇炎の使い手って……誰? 報告書には名前とか外見的特徴は記載されてないの?」

 殺芽に指示された通り、柊は専用の端末を使用して該当の報告書を検索する。

「記載は無し……ですね。ただ、月夜見市内にて紫色の炎を目撃した、としか」

「報告者は?」

「可ノ瀬朧です」

「聞いたことないわね……まぁ組織は広いからね。その可ノ瀬ってやつは呼び出せる?」

「現在は任務に就いている模様です。かなり特殊な任務らしいので、委員会の上層部を介さない限り連絡すら取れません」

「……面倒だわ。諦めましょ」

 殺芽は革命軍について今後の対策を書類にまとめ、委員会へ報告に向かう。

「打倒組織……か。あれほど人数がいる軍隊だ。意見が分裂していないことが不思議。特に500年も経過していれば、考えの1つや2つ、変わりそうなものだけどね」

 柊の結論に紫遠が疑問を呈す。

「僕はあくまで事実に基づいた情報から導き出される答えを述べただけです。歴史なんてものは、所詮は上辺だけの情報を抜き取り、そこに生きた人々の思いになんて見向きもしないのですから……」

「まさしく、そうなのだろうね」

 柊はある確信を持って紫遠に尋ねる。

「紫遠さん、革命軍について何か気付いてるご様子」

「そんな気がしただけさ」

「僕で宜しければ、話して頂けませんか」

 紫遠は高層ビルの窓から、全てが人工の世界を眺める。

「あの集団は、リーダーとその側近以外の結束はてんでバラバラの脆い集まりさ」

「……それは」

「地獄の火刑人を救出に来た、その理由からすでに分裂している」

「その理由とは」

「雷の使い手は純粋に救出したかっただけのように感じる。その後の予定なんて、戦いとは無縁のはず」

「えーと……現在の雷の使い手は朱槻ル哥、16歳です。知っての通り、先代の雷の使い手はスルト・デアブルク。地獄の火刑人の……双子の弟です」

 柊は紫遠の表情を観察するように視線をあげる。

「紫遠さんは、朱槻ル哥がユェナ・デアブルクに特別な感情を抱いていると……そう考えているわけですね」

 紫遠は首を振る。

「それだけじゃない。感情だけでは計れないほどの、強い絆が……2人には。なんだろう。魂の結びつきかな。もしかしたら、朱槻ル哥はスルトの……」

 生まれ変わり、と言おうとした口を寸でのところで噤む。そんな確かめようのない予想を立てたところで何もならないとわかっているからだ。

「――とにかく、雷の継承者として、スルトと同等の立場を革命軍の中で確立しているはずだ。だからこそ、ただユェナ・デアブルクを救いたいだけでは軍の統制はとれない。部下の意向を汲み、進むべき道を指し示さねば反乱が起きるだろう。するとどうなる? 打ち倒されるのは、次は自分たちの方だ」

「……彼らもなかなか複雑なようですね」

 辛い時代に生まれてしまったが故の、戦うか、死ぬかの二択しか無かった人生。しかし同情などしてはいけない。世界に仇なす不安因子は、始末されることこそが正しい運命なのだから。

「革命軍との戦いは、かなり激しいものだったらしいです。組織側の被害も甚大であり、水の使い手がいなければ敗北していたかもしれない、と記述してありました」

 そして現在の水の使い手は組織に指名手配されているという、なんとも皮肉な運命さだめだ。

「ですから、氷を司る紫遠さんが協力して下さると聞いて、とても心強いと感じています」

 柊の笑顔を見て、しかし紫遠は素直に喜べない。

「500年前の戦いと、現在の戦いは違うよ。闇炎が不在だし、そして僕はどうにも――」

 あいつを殺しにくい、と少しでも思ってしまった自分を嘲笑った。

「あと、調べるべきはユェナ・デアブルクから闇炎のシャドウを引き剥がした犯人ですね」

 柊に言われ、七叉は思い出したように「そうだな」と言う。

「ま、それも闇炎の使い手から聞き出せばいい話だ。理由によっては、処刑も有り得るだろう」

 しばらくして新良が指令を抱えて戻ってくる。会議報告の結果、委員会は革命軍との全面戦争を視野に入れるということだ。ひとまずは月の都に数人を派遣し、敵の襲来を監視させる。同時進行として闇炎の使い手の捜索も行い、いつ、何が起きても迎撃が可能な体制を整えるという。

 七叉はその監視と捜索の任を賜り、補助役として紫遠にも協力が要請された。

 月の都へ戻るべく、七叉と共にシャトルステーションへ向かう。ヴェル・ド・シャトーを出る頃には、すでに雨雲は去り、晴れやかな夕空が広がっていた。

「戸無瀬へ行くよ」

 夕日に目を細め、紫遠は行き先を七叉に告げる。

「姉さんを迎えに行く。任務は、姉さんを避難させてからでもいいかな」

 数日前は姉の意思を尊重して避難を見送った紫遠だが、柊からの報告を聞いて気が変わったようだ。

 何が何だろうと避難させる、させないといけない。

「……ああ、もちろん構わない。避難場所は決めてあるのか? 世槞なら友人だし、許可を取ればヴェル・ド・シャトー内に」

「どこか適当に安全な場所を探すよ。ここはあまり好きではないから……。それに、姉さん1人を護れないで世界を守れるかい?」

「ん。まぁ……な。ともかく、この事態が収束するまではお互い無事でいよう」

「勿論。じゃあね、七叉」

 その時から夕空は、不自然なほどに赤みを帯び始める。

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