地下駐車場と司令室
静まり返った廊下を歩く、若い二人の男女がいた。
男性は、腕にロングの黒コートと手にはアタッシュケースを持ち、そして白Yシャツと黒ネクタイ、上下とも黒のスーツを着ていた。
スーツの胸ポケットのプレートには『ASSF』と下に『A.O.A』と刻まれていた。
一方では、女性は男性と同じロングの黒コート、部隊の上官を思わせる緑色スーツに、胸ポケットのプレートには男性と一緒で『ASSF』と書かれているが、その下にあるプレートには『COMMANDER』(司令官)と書かれていた。
二人は黙ったまま廊下を歩き、エレベーターに乗ると女性が声をだした。
「会議に来て頂いて、ありがとうございます」
「気にしないでください、春野司令」
そう言ったのは、A.O.A隊長の蒼野 邑である。
隣にいる女性は、栗色のポニーテールで『ASSF』司令官の春野 涼巳である。
二人は、警視庁の最重要会議室で、今夜の作戦遂行のための説明を官僚達に話していた。
「……邑。今は身内だけですから敬語は止めてください。私達は幼なじみなのですから」
「……そうだな、涼巳。堅い場所は苦手だから息が詰まりそうになる」
「昔からそうでしたよね」
「まぁな」
数秒後、エレベーターは地下駐車場に着き、ドアが開いた。
「他の皆さんは?」
「全員、セーフティーハウスに集まっている。今から向かう」
「判りました。急ぎましょう」
「あぁ」
邑はドアを開けて運転席に乗り、涼巳が後部座席に座った。
エンジンをかけて、車を出した所で、 涼巳は今朝のことを思い出した。
“P.M.9:45 ”
とあるビルの十一階へ昇るエレベーターに、黒コートを羽織った若い男女三名が乗っていた。
「朝から緊急招集なんて……どうしたんだよ、全く」
そう呟く男性は、クリス・レイフォード。アメリカ出身で、白色がちょっと入った銀髪の髪を肩まで伸ばし、後ろで結んでいる。
「そう文句言わないの、クリス。これも仕事なんですよ」
クリスに言う女性の名前は、紺野 レイ。
イギリス出身のハーフで、金髪のロングヘアーでちょっと天然も入っていた。
「判っているよ。何か聞いてないのか、邑」
クリスに呼ばれた男性は、蒼野 邑。
蒼野は黒髪で髪の毛は軽く立っていた。
「どうやら今朝のコンテナ爆発事件と関係しているみたいだ」
「おいおい、あれは規制掛かった記事かよ」
「そうなると、私達の出動もあるかもしれませんね」
会話をしていると、エレベーターは目的の階に止まり、三人はASSF司令室と向かって歩いた。
邑・レイ・クリスは、作戦司令支部の前に立つと、ドア斜め横のセンサーが動き、スピーカーから合成音の声が聞こえた。
『音声確認シマス。姓名・所属・階級・認識番号ヲ』
「蒼野 邑大佐 A・O・Aチーム隊長 ASB―0001」
「紺野 レイ中佐 A・O・Aチーム副隊長 ASB―0002」
「クリス・レイフォード中佐 A・O・Aチーム副隊長 ASB―0003」
三人が言うと、合成音の声が答えた。
『照合中……ASSF特殊部隊A・O・Aチーム蒼野隊長、紺野副隊長、レイフォード副隊長ト認識。ドアロックヲ解除シマス』
軽い電子音と共にドアが開いた。
部屋は、大体十五畳近くの広さに長いソファ・テーブル、その奥には大きめデスクと黒革の椅子があった。
涼巳は椅子に座っており、その隣には黒コートに戦闘服らしき物を着た男性がいた。
「急にお呼びたてしたりして、申し訳ありません」
「早速ですが……鹿野隊長」
「はっ、このファイルを御覧ください」
三人に赤いファイルを渡した。
鹿野 隆起。髪は黒のショートで、邑達とは同い年でもあり、部隊隊長を務めていた。
赤いファイルを受け取ると、邑は聞いた。
「お前の部隊が動いたのか?鹿野。動かざる負えない状況……ASSF隠密特殊諜報部隊アルテミスが」
鹿野の部隊は、諜報部隊で敵地・敵兵力等を調べ、前線への情報提供し生還率を高める。それが、隠密特殊諜報部隊『アルテミス』である。
三人は、鹿野から渡されたファイルを開くと、数枚の写真と一枚の文章が入っており、一・二枚には、団体と一人の男が写されていたが、それよりも残りの写真に目を瞠った。
それは、邑達と同じ戦闘服を着た男性と女性が写っていたが、どれも見るに耐えない惨たらしい写真、つまり“死体”の写真である。
「……なんだよ、これ……」
クリスが絶句しながら言うと、邑が写真を見ながら言った。
「鹿野、この写真に写っている者達は、諜報部隊の隊員だろ」
「……良く判りましたね」
鹿野は軽く頷いた。
「何回もあっているからな。血で見えにくいが、『agency』の文字も何とか認識出来る」
「昨晩、『緊急連絡。未確認情報あり。情報確認する』を最後に連絡が途絶え、朝方に約数十キロ離れた港で発見されました。写真は警察が撮って証拠品も全て提出されました」
鹿野の言葉にクリスは驚いた。
「珍しいなぁ、警察がここまで協力的なんて。いつもなら『我々の管轄だ』とか言うのに」
「木野刑事を覚えていますか?」
その言葉にレイが反応した。
「え~と、確かASSFの対テロ抑制講座で来ていた刑事さんですよね?自衛隊から警察に転職して、目指すはSATだとか」
「その木野刑事から連絡がありまして、今回の事が分かりました」
邑はファイルを見ながら質問した。
「今の状態と被害は?」
「はい、部隊を派遣しましたが、再帰不能者が数名。数枚の写真や伝言と共に全滅です」
鹿野の言葉に部屋は重い雰囲気になり、邑はファイルを閉じるとソファに座った。
涼巳は静かな面持ちで言った。
「解析班に写真の男やコンテナを紙の様に壊した攻撃方法を調べさせています。木野刑事から血痕以外に緑色の液体と見慣れない金属を発見し、どうやら諜報部隊の隊員が握っていた物らしいです。腕ごと飛ばされたのをコンテナの間から発見したみたいです」
「そうか……木野刑事には後でお礼するとして……司令はどう考えます?」
「テロ……或いは何らかの抗争かと。蒼野隊長は?」
「テロが濃厚。いくつはか疑問も残るが、解析班待ちで……この後はお呼び出しかな?」
その時、デスクにあった電話が鳴り、涼巳は受話器のボタンを押した。
「はい、春野です」
『通信室です。春野司令に連絡がありました。作戦本部室に戻れますか?』
「判りました。今戻ります」
電話を切ると椅子から立ち上がり、近くに掛けていたコートを持ち、部屋を出ようとすると、
「司令、クリスと一緒に。クリス」
「了解。司令ご一緒いたします」
クリスは涼巳の隣行き、代わりに涼巳のコートを持った。
「……ありがとうございます」
二人は部屋を出ると、鹿野は邑の真向いに座り、レイは邑の隣に座った。
重い空気の中、邑が最初に口を開いた。
「警察内部からの呼び出しかな?」
「多分ね。だからクリスと行かせたのでしょ?」
「あぁ、彼氏と入れば無茶はしないだろう。涼巳も大人しそうに見えて無茶するからなぁ」
「確かに」
邑はレイと話しながらもう一度ファイルを見ながら鹿野に聞いた。
「で、情報の方はどうなんだ?」
「九割は集まっています」
「どんな?」
「緑色の液体。完全なる解析は出てないですが、合成タンパク質と合成循環オイル、それにナノマシンの残骸も検出されました」
「ロボット……それか攻撃型の義手か」
「多分、そのどちらかですね。それとボイスレコーダーから伝言も」
「伝言?誰からのだ」
「女性隊員からで、現在はICUです。音は途中飛んでいますが、お二人にもと……」
鹿野はポケットからビニール袋に入った血まみれのボイスレコーダーを出した。
「『これは、ハァハァ……諜報部隊としての……最後の言葉です』」
音声には女性隊員の荒い息と聞き取り難いが、奥から聞こえる怒鳴り声と発砲音が入っていた。
「『奴らは……生きてい……です!!気をつけてくださ……そして、鹿野隊長にレイさん、涼巳さん、邑さん……ごめ……なさい。生きて……帰還出来ま……後は任せます……キャァァァァァ……』」
鹿野はボイスレコーダーの再生を止めた。
「この言葉を最後に途絶えました。ボイスレコーダーには破損したデーターもありますので、これを修復しています」
「……彼女って、琴乃ちゃんだよね?」
その言葉に邑は黙って頷き、レイは天井を見上げた。
「琴乃達が残した情報は必ず解析します」
「あぁ、任せる。それと……」
邑は天井を見て軽く笑った。
「……客だよ。鹿野にな」
鹿野は最初から知っており何も言わず、レイは天井に向って挨拶をした。
「お疲れ様です。二瓶さん」
天井には諜報部隊の一人が来ており、鹿野も言った。
「まだまだだな、二瓶」
「……この二人には敵いません。連絡です。今夜の事について、蒼野隊長……いえ、ASSF副司令官、蒼野副司令にも来て頂けないでしょうか。それと、解析が完了しましたので、後ほど報告書が上がってきます」
「解析班に直接聞く。レイは涼巳に書類と内容を伝えてくれ」
「了解」
「頼む。それと……」
邑はもう一度、天上を見て言った。
「少しタバコを控えるんだな、二瓶」
「……頑張ります」
邑の言葉に鹿野とレイは軽く笑い、三人は部屋を後にした。