人にはそれぞれ事情が有るから面白い
ぞろぞろと皆して部室を出て行くと、黄美絵先輩は早速翠ちゃんの元へと行き、優しく話し掛ける。
「それじゃぁ・・・翠ちゃん、一緒に帰りましょうか。」
黄美絵先輩にそう言われると、翠ちゃんは怯えた顔をしながら、「はい・・・。」と頷いた。
「なんだ?翠も一緒に帰るのか?」
会長が首を傾げながら聞くと、黄美絵先輩は申し訳なさそうな顔をして、会長に謝る。
「ごめんなさいね、葵君。今日は翠ちゃんと2人だけで帰る約束をしているの。ちょっと大事なお話が有るから・・・。」
「そうか・・・それなら仕方ないな・・・。」
そう言いながらも、会長は残念そうな顔をさせ、少し寂しそうな表情をした。
(翠ちゃん・・・明日生きて登校出来るのかなぁ・・・。)
白澤君は心の中で心配をしながらも、寂しそうにする会長が気になり、白澤君なりに気を使った。
「会長、方向が同じなら、一緒に帰りませんか?」
すると会長は、先程までの寂しげな表情からは打って変って、キリッとした顔をさせ断った。
「いやっ!いい!僕は生徒会の方へ顔を出してから帰るから、お前は黒木と帰れ!」
「会長・・・どうしても俺と黒木を仲良しさんにさせたいんですね・・・。」
分かりやすい会長の考えに、白澤君はハァ・・・と溜息を吐きつつも、仕方なさそうな顔をした。
「分かりましたよ・・・。黒木、不本意だがお前と帰ってやるよ。」
今回は意外にも素直に会長の言う通りにする白澤君に、黒木は少し気持ち悪そうな顔をさせた。
「なんだよお前!絶対嫌だとか叫びもせずに・・・。もしかしてっ!・・・本当はお前も俺に気があったりすんのかよ・・・。」
そんな黒木の発言に、白澤君は黒木の倍気持ち悪そうな顔をさせる。
「100回輪廻転生しても絶対に有り得ないからっ!そうじゃなくて・・・またグダグダとなるのも面倒臭いし、それにお前がどの程度まで授業内容を理解しているのか、知っておきたいしね。ノート取るの俺なんだから・・・お前のレベルに合わせなくちゃいけないだろ?」
白澤君の言う事にムッと腹を立てながらも、黒木も仕方なさそうに承諾した。
「ま・・・まぁ・・・確かにそうだしな・・・。わっ分かったよ!帰ればいいんだろ!俺も不本意だけどお前と帰ってやるよ!」
こうして白澤君は黒木と一緒に帰る事になり、黄美絵先輩、翠ちゃんが一緒に帰る事となった。会長は一人生徒会室へと向かって行った。
黒木から成績レベルの話しを聞きながら、駅へと歩く白澤君。どうやら黒木は、授業+自習をして、なんとか授業内容に付いて行けているみたいだった。一般的に見れば成績は優秀な方だが、黄泉高等学校の生徒としては、位置的には下の方だ。
「成程ねぇ・・・。って事は、俺は事細かくノートに授業内容を書かなくちゃいけないって事か・・・。もう録音した方が早い気もするけど・・・それだけじゃ無理なんだろうなぁ・・・。」
ハァ・・・と溜息を吐き、改めて面倒臭いと思ってしまう白澤君に、黒木はほんの少しだけ、申し訳なさそうな顔をする。
「てっ手間掛けさせちまうけど・・・。じゃなきゃ最初の試験から、酷い点数取るハメになっちまうんだよ・・・。」
恥ずかしそうにしながらも、先程までとはまた違う言葉使いに変わる黒木に、白澤君は呆れた顔をした。
「お前さぁ・・・だからキャラ変わり過ぎだよ・・・。何?俺相手だからそんな口悪いの?それともまだ自分発見出来ていないとか・・・?」
「お前相手だからに決まってんだろーがっ!」
キッパリと言い切る黒木に、白澤君の口元はヒクヒクと引き攣る
「あ・・・そう・・・。まぁ別にいいけど。俺そんなチッポケな事気にしたりしないから・・・。」
フンッと黒木から顔を背けると、黒木も同じく、フンッと白澤君から顔を背けた。ギクシャクとした雰囲気の中、しばらくは2人歩いていたが、白澤君はふと頭の中に疑問が過った。
(あれ・・・?そう言えば黒木って・・・何で翠ちゃんとは普通に仲良さそうに話してたんだろう・・・。あれだけスイーツ(笑)軍団とかに悲惨な目に遭わされていたら、普通女嫌いとかにでもなると思うんだけど・・・。)
じっと考えた後、チラリと黒木の方を見ると、どうせ教えないだろうと思いながらも、一応聞いてみた。
「なぁ、何でお前って、翠ちゃんとは仲いいの?お前のあの口調だと、赤城先輩以外の学校の奴等は、全員嫌ってる感じだったのに。」
すると意外にも、黒木はすんなりと素直に答えて来た。
「あぁ・・・翠は他の奴等とは違ったからな。俺の事、そう言う変な目で見たて来たりしてこなかったし、追い回す所か、逆によく匿って貰ってだんだよ。俺と普通に話ししてくれんのって、翠だけだったからな。」
「ふぅ~ん・・・。じゃあお前の友達って、翠ちゃんしか居なかったんだ。」
白澤君の言葉に、黒木は顔をムッとさせると、睨み付けながら言った。
「やっぱりお前ムカつくな・・・。」
白澤君は黒木の言う事等気にせず、更に聞いて来る。
「でも、最初は普通に男友達とかも居たんだろ?そいつ等もお前に告白とかして来たのか?」
黒木は白澤君を睨み付けたまま、不機嫌そうに答えた。
「居たに決まってんだろーが!別に告白はされてねぇよ。ただ・・・俺と一緒に居ると、自分達までホモ呼ばわりされるのが嫌で、俺と話してくれなくなったんだよ。」
そう言うと、寂しそうな顔をしながら俯いた。白澤君はまたチラリと黒木の方を一瞬見ると、今度は翠ちゃんとの関係の事について聞いてみた。
「お前・・・翠ちゃんとはどうやって知り合ったの?同じクラスだったとか?翠ちゃん、やけにお前の事詳しかったけど・・・。」
「翠とは・・・1年の時に同じクラスだったんだよ。あいつ静かな奴だったから、そんなに存在感とかも無くて、図書室に逃げ込むまでは、同じクラスって事も知らなかったんだよ。そんな余裕も無かったし・・・。」
「図書室に逃げ込む・・・?」
俯いたまま言う黒木の話しに、白澤君は不思議そうに首を傾げた。
(翠ちゃんが存在感無いってのは・・・微妙だけど・・・。まぁ大人しいタイプだって事は分かるな・・・多分・・・。)
「じゃあ・・・図書室に逃げ込んだ時に、初めて翠ちゃんとちゃんと話したって事?お前の安全地帯は、図書室だったのか?」
黒木は俯いたまま頷くと、淡々と話し出した。
「うちの中学の図書室って、真面目グループの奴等の溜まり場だったし、すげぇ怖いおばさんが見張りに居たんだよ。だから勉強以外の目的とかで来る奴等は、即効追い出されてたから、あんま他の連中は近づこうともしなかったんだよ。だから俺は図書室なら安全かもって思って、逃げ込んだんだ。翠は図書委員だったんだよ。同じクラスだったし、俺の状況分かってた翠は、怖いババァに見付からない様って、図書倉庫に匿ってくれたんだ。」
「ふぅ~・・・ん。でもよく警戒しなかったなぁ。監禁されて襲われるとか思わなかったのか?」
俯いていた黒木は、勢いよく顔を上げ、白澤君の方を向くと、力強く言った。
「けっ警戒したよっ!・・・でも、翠は明らかに他の奴等が放っている犯罪者臭はしてなかったし、俺の手を引いた時のあいつの顔を見たら、何かよく分かんねぇけど・・・こいつは大丈夫だって思ったんだよ!」
微かに頬を赤く染めながら言う黒木に、白澤君はフッと一瞬鼻で笑った。
(いやいや・・・翠ちゃんも明らかに同じ匂いを漂わせているぞ。黒木って本当、分かってないと言うか・・・馬鹿と言うか・・・。いや実際馬鹿なんだけど・・・。)
「まぁ・・・それから翠ちゃんと話しをする様になったって事か?」
クククッと小さく笑いながら言って来る白澤君に、黒木は不機嫌そうな顔をしながらも、頷いた。
「そ・・・そうだよ。そんで同じクラスだって知ったんだよ。教室じゃ話したりはしなかったけど・・・倉庫ん中に隠れてる時は、色々話してたんだ。あいつは俺の事、か・・・可愛いとか女みたいとか・・・そう言う事全然言って来なくて、逆に俺の事心配してくれたんだよ。その・・・悩みとか・・・聞いてくれたり・・・。俺も翠の悩みとか聞いてたし・・・。」
そう言うと、又も顔を赤く染め、白澤君から顔を背けた。意外にも質問には素直に答える黒木に、白澤君は少し驚きながらも、更に聞く。
「悩み?お前のは聞いたから分かるけど・・・翠ちゃんの悩みって?・・・そう言えば・・・確か部室で、お前翠ちゃんに『友達が出来てよかったな』的な事言ってたよなぁ・・・?」
「よく覚えてんな・・・そんな事・・・。マジで記憶力とかいいんだな。やっぱムカつく・・・。」
顔を赤くさせながらも、口元を引き攣らせる黒木に対し、白澤君は自慢げにフンッと鼻で笑った。そんな白澤君の態度により一層ムカつきながらも、黒木は質問に答える。
「み・・・翠は、友達とか作るの下手糞だったから、それで悩んでたんだよ。積極性とかはあったから、自分から話し掛けたりはしてたみたいだけど、その後いつも長続きしないって言うか・・・話してくれなくなっちまうって。」
そんな黒木の答えに、白澤君は遠い目をしながら言った。
「あぁ・・・分かる気がするよ・・・。俺が翠ちゃんと普通に一緒に過ごせて居るのって・・・有る意味同好会メンバーの濃い人達のお陰みたなもんだから・・・。」
言い終えた後、自然と溜息が零れる。そんな白澤君の事を気にせずに、黒木は更に言った。
「だから・・・この高校を受験する事決めたのって・・・赤城先輩を追い掛けてって理由が確かに一番あったけど、翠の事が心配だったからってのも・・・あんだよ・・・。」
黒木はまた俯くと、そんな彼の言葉に、白澤君は少し関心をしてしまった。
「へぇ・・・お前ちゃんと翠ちゃんの事も気に掛けてやってたんだ・・・。自分の身と赤城先輩の事しか頭に無いと思ってたけど・・・。」
「みっ・・・翠には世話になったし、唯一のまともな友達だったからな。あいつは中2ん時にこの高校の推薦が決まってた様なもんだったから、そこに赤城先輩も入学するって話し聞いて、俺も絶対同じ高校に入らなきゃって思ったんだよ!」
俯いたまま言って来る黒木に、白澤君はゆっくりと黒木から顔を逸らすと、静かな声で言った。
「ふぅ・・・ん。翠ちゃんにちゃんと友達が出来るか、見守る為って事か・・・。」
黒木は無言で頷くと、恥ずかしそうにスタスタと、少し足早に歩き始めた。そんな黒木の後ろから、白澤君はボソリと呟いた。
「でも・・・お前も翠ちゃんも・・・いいじゃん。・・・一人でも思ってくれる友達が居たんだから・・・。俺と違って・・・。」
後ろから微かに聞こえて来た白澤君の声に、黒木はふっと振り返ると、不思議そうに聞く。
「なんだ?お前何か言ったか?」
「別に・・・何も言っていないよ。」
白澤君も足早に歩き出すと、黒木の横を通り過ぎた。黒木は首を横に傾げると、慌てて白澤君の後を追う様に歩き始める。
駅へと到着すると、2人はホームの中へと進んだ。電車が来るのを待っている間、白澤君は思い出したかの様に、黒木に自分の意思と気持を、ハッキリと伝えた。
「あぁ、それから!俺は赤城先輩の事を愛していないし、どちらかと言えば鬱陶しいと思っているから。赤城先輩も、俺の事を愛している訳じゃなくて、ただ単に仲良しさんのお友達と思っているだけっ!だからって、嫌っている訳でも無いから、俺に嫉妬したり敵視したりするのは止めろよ!こっちが迷惑だ!それと、例え女の子みたいに可愛い顔をしていても、性別が男な限り、好きになったりする事は絶対に有り得ないからっ!俺ノーマルだし。」
キッパリと言い放つ白澤君の言葉に、黒木は不貞腐れた顔をしながらも、頷いた。
「わ・・・分かってるよ・・・。お前と話すまでは、俺よりお前の方が、赤城先輩はタイプで良いのかって勘違いしてたから・・・。凄く・・・仲良くしてたから・・・つい・・・。」
「お前・・・あれが仲良くしてる様に見えたのか?明らかに俺の顔引き攣ってたじゃんっ!俺逃げてたじゃんっ!・・・てか・・・タイプって・・・だから赤城先輩もノーマルなんだって・・・。」
顔を思い切り引き攣らせながら言っていると、電車の到着を知らせるアナウンスが聞こえて来た。ゆっくりと遠くからこちらへ近づいて来る電車を見つめながら、白澤君はふと黒木に尋ねる。
「そう言えば・・・お前赤城先輩と同じ中学出身って事は、住んでる所も同じなんだよなぁ?」
「はぁ?そうに決まってんだろーが。なに当たり前の事聞いてんだよ。」
呆れながらに黒木が言うと、目の前に電車が停まる。ゆっくりと電車のドアが開くと、黒木と白澤君は車内へと乗り込んだ。
「そっか・・・。だよね・・・。」
白澤君はボソリと呟くと、ドアの前に立つ黒木の方に体を向ける。そしてドアが閉まる合図のベルが鳴り終わった瞬間、首を傾げて不思議そうな顔をして立っている黒木の体を、思い切りドンッと車外へと押した。
「え?ちょ・・・。」
黒木は車外に放り出されると、そのままドアが閉まり、ゆっくりと電車は動き出した。ガタンゴトン、と音を立てながら動く電車を追い掛けながら、黒木はホームで必死に叫んでいる。
「白澤っ!お前っ!なにすんだよ!なんで追い出されなきゃなんねぇーんだよおおぉぉ!」
遠のいて行く黒木を窓から見つめながら、白澤君はホッと息を漏らした。
「危ない危ない・・・。俺の降りる駅がバレるとこだったや・・・。俺の方が降りるの先だからな・・・。朝は時間ズラしてるから、奇跡的にまだ赤城先輩と鉢合わせになってないし・・・。」
こうして白澤君は、本日も無事に家に帰って行った。
農園部へと寄っていた黄美絵先輩と翠ちゃんは、校門に向かい2人並んで歩いていた。翠ちゃんは黄美絵先輩から、少し離れながら歩いている。
「ごめんなさいね。私の用事に付き合わせてしまったせいで、帰りが遅くなってしまって。」
ニッコリと優しく微笑みながら言って来る黄美絵先輩に、翠ちゃんは怯えた様子で何度も首を横に振った。
「いっ・・・いいえっ!いいんです!特に急いでもいなかったので・・・平気ですっ!」
そんな翠ちゃんを、黄美絵先輩は可笑しそうにクスリと笑うと、また優しい笑顔を浮かべて言う。
「そんなに怯えなくても大丈夫よ?別に獲って食おうって訳ではないのだから。」
「は・・・はぁ・・・。」
黄美絵先輩にそう言われる物の、やはりまだどこか恐ろしく、翠ちゃんはそっと黄美絵先輩の側から更に離れた。
「あの・・・農園部で新米の予約をしていましたけど・・・。何の為にです・・・か?」
恐る恐る聞いて来る翠ちゃんに、黄美絵先輩は嬉しそうな表情をさせながら言って来た。
「食べる為に決まっているじゃない?新作映画鑑賞用に、必要だから。」
「はぁ・・・。食べるのは分かるんですけど・・・。」
翠ちゃんは不思議そうな顔をしながらも、これ以上は聞いてはいけない様な気がし、そのまま口を閉ざした。
(新作映画鑑賞用って・・・何の事だろう・・・。観賞するのに新米って必要なの?必要だっけ?どうしよう・・・気になるけど・・・それが常識とかだったら、私物凄く非常識な女だと思われてしまうかもしれない・・・。)
頭の中で悶々と考えながら歩く翠ちゃん。そんな翠ちゃんに、黄美絵先輩は部室でコッソリと翠ちゃんに言った話しをし始めた。
「貴女・・・可愛い物が好きみたいだけど、黒木の事も好きなの?」
直球で聞いて来る黄美絵先輩に、考え込んでいた翠ちゃんはハッと我に返り、慌てて否定をし出した。
「ちっ!違います!確かに可愛い物は好きですけど、黒木君はお友達で、好きとかって・・・そう言う訳じゃ・・・。」
顔を真っ赤にさせ、体をモジモジとさせている翠ちゃんの姿に、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑った。
「あらあら?それは好きですって言っている様な物よ?」
翠ちゃんは更に顔を真っ赤にさせると、声を震わせながらも、必死に訴えた。
「ほっ・・・本当に、好きとかってそう言う訳じゃないんです。私・・・中学の時は黒木君しか友達が居なくって・・・。そのっ、自分の事で大変だったのに、そんな私の事を心配してくれている黒木君が・・・うっ・・・嬉しくて・・・。あ・・・あれ?嬉しいとは少し違いますね・・・。なっ何て言うんだろう・・・その・・・。」
オドオドとし始める翠ちゃんを、黄美絵先輩は更に可笑しそうにクスクスと笑った。
(それを好きって言うんじゃないかしら?・・・まぁ、まだ本人にも自覚が無いみたいだけれども・・・。)
「大事なお友達って事かしら?」
オドオドとしている翠ちゃんに、黄美絵先輩はニッコリと微笑んで言うと、翠ちゃんは嬉しそうな表情をさせて頷いた。
「そっ・・・そうですね。そんな感じです。」
すると黄美絵先輩は、ニコニコと優しく微笑んでいた顔を止め、無表情までとはいかない普通の表情をさせると、不思議そうに聞いた。
「でも白澤君は貴女の親友よねぇ?中学から同じ黒木が、大事なお友達と言うのは分かるけれども、どうして白澤君はいきなり親友なのかしら?」
「あぁ・・・黒木君が教えてくれたんです。皆『親友』って言葉に弱いから、誰かと仲良くなる時は、親友だって言えばいいって・・・。それで・・・。あっ、でも勇人君の事は、本当に良い友達だと思っています。こんな私と、仲良くしてくれるし・・・。でも実際に大事な友達は、黒木君の方ですけれど・・・。勇人君には申し訳ないけど。」
そう言ってニッコリと翠ちゃんは笑うと、黄美絵先輩もニッコリと笑った。
「そう、黒木が余計な事を吹き込んだのね。白澤君も哀れねぇ~。・・・貴女・・・意外と冷たいのね。」
黄美絵先輩の言葉に、翠ちゃんショックを受けると「違います!違います!」と何度も言いながら、口をパクパクとさせた。そんな翠ちゃんの様子を、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑いながら言う。
「冗談よ。でも貴女、可愛い物が好きって事は、黒木には隠しているんでしょう?仲良くしているのも、可愛い黒木を鑑賞する為かしら?」
クスクスと笑いながら言って来る黄美絵先輩に、翠ちゃんは慌てて否定をした。
「違いますっ!確かに・・・私可愛い物が好きだし・・・その事を黒木君に隠してもいますけど・・・。隠しているのは、黒木君が自分の可愛い顔にコンプレックスを持っているから・・・。その・・・黄美絵先輩が言った様な、そう言う誤解をされるのが嫌だし、純粋に黒木君と仲良くしていたいからです。」
ゆっくりと顔を俯かせると、小さく溜息を吐き、顔を沈ませた。暗く沈む翠ちゃんに、黄美絵先輩は煮え滾らない様子で、悩まし気な表情をさながら聞いた。
「よく分からないわねぇ・・・。純粋に黒木と仲良くしていたいのは分かるのだけども・・・結局黒木と仲良くなった切っ掛けは、黒木が貴女の好きそうな可愛らしい顔をしていたからでしょう?観賞していたい気持ちはあったんじゃないの?」
黄美絵先輩の鋭いツッコミに、翠ちゃんは顔を真っ青にしながら一気に上へと上げると、思わず口元が引き攣ってしまった。
(やだ・・・何?この人・・・。人の心でも読めるの?どうして私が黒木君と仲良くなった切っ掛けが分かるの?)
口元を引き攣らせる翠ちゃんの顔を見た黄美絵先輩は、ゆっくりと翠ちゃんの方を向き、ニッコリと笑った。
「そろそろ・・・本当の事を言いましょうか?翠ちゃん。」
ニッコリと微笑む黄美絵先輩の顔を見て、翠ちゃんは後退りをしながら、首をガックシと落とし頷いた。
「はい・・・。正直に白状します・・・。」
この人からだけは逃れられないと悟り、翠ちゃんは涙ながらに言った。その言葉に、黄美絵先輩は満足そうな顔をさせる。
*以下略*
「実は私・・・可愛い物には本当に目がないんです・・・。でも過激派グループの人達とは違うので・・・それをどうこうしたいとか、しようとも思ってはいません。只・・・見ているだけで幸せなんです・・・。」
校庭のベンチに2人座り、翠ちゃんは黄美絵先輩に自白し始めた。
「私は、見ているだけで満足なんです・・・。逆にそう言う可愛い物は、大事に扱わないといけないと思うので・・・。だって、あんな可愛い物や人が傷付いたら、価値が下がっちゃうじゃないですか!重要文化財と同じなんですよ?」
徐々にと興奮しながら話す翠ちゃん。そんな翠ちゃんの話しに、黄美絵先輩は半ば呆れながらも、ニッコリと微笑みながら言った。
「分かったから少し落ち着きなさい?だから葵君の事も、あんなにも目を輝かせながら見つめていたのねぇ。貴女・・・目で犯すタイプなのね。」
「めっ・・・そんな・・・私はそんなつもりじゃ・・・。」
プルプルと体を小刻みに震わせる翠ちゃんの事等無視し、黄美絵先輩は言い続けた。
「やっぱり黒木の言っていた通り、犯罪者の巣だと言うのは、本当ねぇ・・・。翠ちゃん、ずっと黒木の事を目で犯し続けていたのね?」
そんな黄美絵先輩の言葉に、翠ちゃんは涙ながらに訴えた。
「違いますぅ!たっ・・・確かに初めて黒木君を目にした時は、凄く可愛くて・・・秘かに黒木君の事を見続けていました。でもそれは・・・私は見ているだけで幸せな気持ちになれるから・・・それだけの理由で・・・。」
「あら?やっぱり観賞していたのね?じゃぁ・・・仲良くなれて本当によかったわよねぇ。毎日が幸せな気持ちになれるんですもの。」
フフフッと笑う黄美絵先輩に、翠ちゃんは返す言葉も無く、涙目になりながら俯いた。
(もういや・・・。こんな拷問・・・耐えられない・・・。)
翠ちゃんは更に涙目になりながらも、なんとか必死に黄美絵先輩に訴える。
「あの・・・本当・・・悪意が有ってやっていた事じゃないんです・・・。それに黒木君と話す様になってからは、そう言う意味で見てはいませんでしたし・・・。少しは観賞出来る事に幸せを感じてはいましたが・・・。」
正直な気持ちを言う翠ちゃんに、黄美絵先輩は少し関心をし、カラカウのは止めて上げる事にした。
「そう・・・分かったわ。それで・・・黒木と話す様になったのはいつからなの?それまでは、只黒木の事を鑑賞していただけだったのでしょ?」
優しい口調で聞くと、翠ちゃんはゆっくりと顔を上げ、沈んだ声で話し始めた。
「それは・・・黒木君が図書室に逃げ込んで来た時からです・・・。いつも黒木君は追い回されたり、襲われたりして・・・酷い目に遭っているのを見ていて、ずっと可哀想で心配してたんです。貴重な可愛い物が傷付いてしまうって・・・。」
「あぁ・・・そちらの方が心配だったのねぇ・・・。黒木は物的な貴重品扱いだったのね。」
黄美絵先輩のツッコミの事等気付かず、翠ちゃんは悲し気な表情をさせて話しの続きをした。
「私、中学の時は1年からずっと図書委員をしていたんです。図書室は真面目に勉強をしに来る人しか居なかったので、過激派は近づかなかったし、仲のいい子が誰も居なかった私には、図書室はいい時間潰しになったので・・・。本とか沢山有るし、勉強も静かに出来るし・・・。それで・・・ある日突然、黒木君が真っ青な顔をしながら、勢いよく図書室に入って来たんです。私はすぐに、逃げて来たんだって、分かりました。」
「あぁ、図書室にはその過激派も近づかないから、安全だと思って、黒木は図書室に逃げ込んだのね?」
黄美絵先輩がそう言うと、翠ちゃんは無言で頷いた。
「実は、図書室には凄く怖い監視役の先生が居て・・・。その先生、勉強以外の目的で来る生徒は、鬼の様な険相で追い出していたんですよ。だから過激派も近づかなくて・・・。だから私、このままじゃ黒木君もその先生に追い出されちゃうって思って、気付いたら無我夢中で黒木君の事を図書倉庫の中に押し込めていたんです・・・。」
「押し込める?監禁・・・ではないのよねぇ?図書倉庫って、そんなにも狭い場所だったの?」
「あぁ・・・普通の広さですよ・・・。6畳位の・・・。」
すると黄美絵先輩は、一瞬驚くと、慌てた様子で苦笑いをしながら言った。
「あぁ・・・そうなの?ごめんなさいね・・・押し込めるなんて言うものだから・・・ダンボールか何かかと思ってしまって・・・。ホッ・・・ホホホッ。」
翠ちゃんは困った顔しながら、同じく苦笑いをすると、コホンッと黄美絵先輩は一つ咳を吐いた。
「つまり、貴女は追い掛けている人達と、その怖い先生から黒木を助けようと、とっさに図書倉庫に連れて行き匿ったと言う事ね?」
黄美絵先輩が仕切り直すかの様に解読をすると、翠ちゃんは苦笑いをしたまま頷いた。そして話しの続きをする。
「その・・・その時図書倉庫の鍵は私が持っていたので、とっさに黒木君を連れて中に入ったんです。私は自分のした事にハッと気付いて、慌てて謝ったんです。きっと・・・監禁されたんだとか、思っているんじゃないかって・・・。」
「まぁ・・・確かにそう思ってしまうわよねぇ・・・。黒木なら・・・。」
黄美絵先輩は納得しながら言うと、翠ちゃんは嬉しそうに微笑みながら言って来た。
「でも黒木君『ありがとう』って言って来てくれて・・・。それから黒木君とは話す様になったんです。と言っても・・・話すのはいつも図書倉庫に隠れている時だけでしたけど・・・。それでも、あんなに可愛いい黒木君と話せて、幸せでした。ずっと見ていられるし。確かに黄美絵先輩の言う通り、初めは観賞する為と、重要文化財を保護する為の不純な動機だったのかもしれませんが、話しをしている内に分かったんです。黒木君、可愛いだけじゃなくてとっても優しい人なんだって。私の悩み事とかも聞いてくれたし・・・。話してみたら、本当、普通の男の子で。」
そう言って、嬉しそうにクスクスと笑う翠ちゃん。黄美絵先輩は、そんな翠ちゃんの顔を、優しく微笑みながら見つめた。
「だから私、可愛いからとかじゃなくて、優しい男の子の黒木君と仲良くなれて嬉しかったんです。流石に赤城先輩の事を相談された時は、困っちゃいましたけど・・・。でもそんな事も楽しくて、本当に、純粋に黒木君とは友達として接する様になったんですよ。」
そう言って、嬉しそうにニッコリと笑う翠ちゃんは、とても可愛らしかった。黄美絵先輩も釣られてニッコリと笑うと、優しく言った。
「貴女、本当に黒木の事を大事な友達と思っているのね。だからこそ、言えないのかしら?黒木に自分が可愛い物好きだと知られてしまったら、嫌われてしまうと思ってしまって、怖いの?」
黄美絵先輩に言われると、翠ちゃんは少し悲しそうな表情をさせた。
「そう・・・ですね・・・。私・・・怖いんですよ・・・嫌われてしまうのが・・・。今は純粋な気持ちで黒木君と接していますけど、元々は・・・可愛かったから見ていただけだし・・・。その事を黒木君に知られたら・・・きっと私・・・嫌われてしまうから・・・。」
そう言うと、翠ちゃんはポロポロと涙を流し始めた。
「私・・・私・・・。黒木君に嘘は吐きたくないし、隠し事とかもしたくないし嫌だけど・・・。でも・・・嫌われてしまうのはもっと嫌だから・・・。きっと・・・きっと嫌われてしまうって思っているのだって・・・私がまだどこかで、黒木君の事をそう言う目で見ている自分が・・・居るから・・・居るって知ってるから・・・。」
両手で顔を覆い、溢れ出て来る涙を隠しながら、翠ちゃんはヒクヒクと泣きながら言った。肩を震わせながら泣いている翠ちゃんを、黄美絵先輩はそっと優しく自分の体へと寄せると、何度も頭を撫でながら、優しい声で言う。
「大丈夫よ・・・。貴女は嫌われたりしないから。貴女が黒木を想う純粋な気持ちは、ちゃんと黒木には伝わっているわ。」
翠ちゃんは黄美絵先輩の胸の中で泣きながら、声を震わせて言った。
「私・・・私・・・最低です・・・。本当の自分の事を隠して・・・黒木君を騙して・・・。それで仲良くしてるだなんて・・・。でも・・・でも言えない・・・怖くて言えない・・・。」
ヒクヒクと泣く翠ちゃんを、黄美絵先輩はギュッと強く抱きしめた。
「大丈夫。貴女は最低なんかじゃないわ。優しいのよ・・・。だから言えないだけよ。貴女は何も悪い事なんかしていないんだから・・・むしろ良い事をしてあげたじゃない?黒木を助けてあげて、話しを聞いてあげていたんでしょう?貴女は良い子だわ・・・。」
「せ・・・先輩・・・。私・・・私・・・。」
肩を震わせながら泣き続ける翠ちゃんを、黄美絵先輩は泣き止むまで、ずっと頭を優しく撫でながら、抱きしめてあげた。
(本当・・・不器用で鈍感な人が多いわね・・・私の周りは・・・。翠ちゃんも葵君も・・・まだまだ大人の女には程遠い・・・か・・・。)
心の中でそう思うと、黄美絵先輩はクスリと笑った。そしてこの状況に対しては別の事を思う。
(でも・・・こうして居る所を他の人が見たら・・・百合だとか勘違いされそうねぇ・・・。特に葵君に見られたら、とても面倒臭そうだわ・・・。)
う~ん・・・と少し悩むと、そっと自分の体から翠ちゃんを離した。翠ちゃんはまだ少しグスグスと泣いていたが、黄美絵先輩はそっと翠ちゃんの頬の涙を拭ってあげると、ニッコリと微笑んだ。翠ちゃんはゆっくりと顔を上げ、視線を黄美絵先輩へと向けると、優しく微笑んでいる黄美絵先輩の顔が目に映る。
「あの・・・先輩・・・。ごめんなさい・・・私・・・。」
思わず泣き付いていた自分に気付き、小さな声で謝ると、黄美絵先輩は更に優しく微笑んだ。
「いいのよ、気にしなくて。少しはスッキリした?」
優しい声で言う黄美絵先輩。ゆっくりと頷く翠ちゃんは、今までの黄美絵先輩の恐ろしいイメージはすっかりと消え、優しくてちょっと怖いお姉さん、と言う気がして来た。翠ちゃんはようやく涙が止まると、「あの・・・。」と言い掛ける。黄美絵先輩はそんな翠ちゃんの言葉を遮り、乱れた翠ちゃんの髪を整えながら言って来た。
「今日の事は、2人だけの秘密にしましょうね。女の子同士の秘密よ?」
翠ちゃんは無言で頷くと、黄美絵先輩はまたニッコリと微笑む。そして更に言った。
「それから、貴女にとってはとても良い事を教えてあげる。でもこの事を同好会メンバーで知っているのは、私と白澤君だけだから、誰にも言っちゃ駄目よ?約束出来る?」
「はい・・・私・・・誰にも言いません・・・。」
翠ちゃんはゆっくりと頷きながら言うと、黄美絵先輩も頷いた。
「よかった、ありがとう・・・。あのね、黒木が赤城君と結ばれる事は、絶対に無いの。それは同性同士だからと言う理由ではなくて・・・ね。翠ちゃんは黒木の恋を応援しているのかもしれないけれども・・・無理して応援する事は無いのよ?貴女は、自分の気持ちに遠慮する事なんて無いのよ。」
黄美絵先輩の言う事を、翠ちゃんは不思議そうに首を傾げながら聞いていた。
「あのね・・・翠ちゃん。赤城君はね、葵君の事が好きなの。それはもう黒木が赤城君の事しか見えないのと同じ様に・・・。赤城君は葵君の事しか見えていないのよ。赤城君の頭の中は、フリフリの可愛いワンピースを着た葵君で、埋め尽くされているのよ?だから、黒木の恋は絶対に報われないわ。」
そう言ってニッコリと笑う黄美絵先輩に、翠ちゃんはパックリと口を開けて、驚いた顔をさせながら言った。
「え・・・?拓実先輩って・・・会長の事が好きなんですか?じゃぁ・・・黒木君は一生拓実先輩に方想いのままって・・・事ですか?」
翠ちゃんがそう言うと、黄美絵先輩はクスクスと笑い、呆れた顔をして言った。
「下手したら、赤城君も一生葵君に方想いをしたままになってしまうかも、しれないけれどもね。フフフッ。」
「え?拓実先輩も・・・方想いなんですか・・・?」
更に驚く翠ちゃんに、黄美絵先輩は呆れ切った顔をさせた。
「そうなのよ・・・。葵君、物凄く鈍いし、色々と有るから・・・。だから貴女は、自分の気持ちにもっと素直になってね。黒木の為にも・・・ね?」
「黒木君の為にも・・・ですか?・・・はぁ・・・。」
翠ちゃんはよく分からない物の、なんとなく頷いた。クスクスと可笑しそうに笑う黄美絵先輩を、翠ちゃんは不思議そうに首を横に傾げながら見つめる。そんな2人の元に、話題の主の1人、会長が近づいて来くのが見えた。黄美絵先輩はそっと翠ちゃんに近付くと、耳元で囁く。
「葵君はまだしも・・・黒木には絶対に言っちゃ駄目よ?嫉妬の対象が葵君に行くと、赤城君の暴走が止まらなくなってしまうから・・・。黒木が殺されてしまうかもしれないし。」
黄美絵先輩の言葉を聞いた翠ちゃんは、無言で何度も大きく頷いた。
会長はベンチに座る2人の元まで来ると、少し嬉しそうな顔をさせて言って来る。
「なんだ2人共、まだ帰っていなかったのか?もしかして・・・僕を待っててくれたのか?」
良い返事を期待するかの様な目で言って来る会長に、黄美絵先輩はニッコリと微笑み、その期待に答えてあげた。
「えぇ、そうなのよ。実は農園部に行くのに翠ちゃんに付き合って貰って。きっとまだ葵君は生徒会室だろうから、待っていようと思ったのよ・・・。ねぇ、翠ちゃん?」
薄らとした笑みを浮かべながら、こちらを見る黄美絵先輩の顔を見て、翠ちゃんは本能的に悟り、何度も大きく頷いた。
「そっ、そうです!その通りです!あの・・・せっかく生徒会長とお知り合いになれたから、もっと親睦を深めたいと思って・・・。」
口元を引き攣らせながらも言う翠ちゃんの言葉を聞いて、会長はとても嬉しそうな顔をした。
「そうか!それは待たせてしまって悪い事をしたなぁ・・・。だが翠、お前は駅の方だが、僕と黄美絵はバスだぞ?方向は逆なんだが・・・。」
会長の言葉を聞いた翠ちゃんは、驚きながらもショックを受け、恐る恐る黄美絵先輩に尋ねた。
「え・・・?そうなんですか?」
「えぇ・・・そうよ?私と葵君はバス通学だから・・・。電車通学の貴女とは、方向が逆ねぇ。」
全く悪びれた事無く言う黄美絵先輩に、翠ちゃんは悲しそうな顔をさせながら言った。
「あの・・・だったら何で一緒に帰ると言ったんですか・・・?」
「お話をする為に決まっているでしょう?それから、農園部に付き合って貰う為。入会したら、変わりに行って貰う事も有るだろうから、覚えておいて貰おうと思って。」
ニッコリと笑う黄美絵先輩の顔を見て、翠ちゃんは騙された気分になってしまう。
「話し・・・?あぁ・・・そう言えば、黄美絵は翠と大事な話しが有ると言っていたな。何の話しだったんだ?翠・・・お前目が真っ赤だぞ?」
翠ちゃんの泣き腫らした真っ赤な目に気付いた会長は、不思議そうな顔をしながら聞いて来る。そんな会長に、翠ちゃんは慌てて誤魔化す様に説明をした。
「あ・・あぁ!えっと・・・黄美絵先輩に、相談に乗って貰っていたんですよ!それで、私感動して泣いてしまって・・・。」
苦し紛れの言い訳をすると、会長はムスッと不機嫌そうな顔をさせた。
「相談?相談なら、生徒会長でもあるこの僕にすればいいだろう!」
「葵君、翠ちゃんの相談事は、女の子のデリケートな内容だったのよ。だから男の子の葵君には、相談出来ないでしょう?」
すかさず黄美絵先輩がフォローをすると、会長は「そうか。」とアッサリと納得をした。
「え?え?・・・男の子って・・・?」
黄美絵先輩の発言に、翠ちゃんが戸惑い始めると、黄美絵先輩は翠ちゃんの方を向き、ニッコリと笑った。
「気にしないで。何でも無いから。」
黄美絵先輩にそう言われると、そう思うしか無く、翠ちゃんはそのまま黙り込んでしまう。
「それより・・・葵君随分と遅かったのねぇ・・・。何か問題でも有ったの?」
その場を誤魔化す様に、黄美絵先輩が話しを切り替えると、会長は呆れた顔をさせた。
「いや・・・生徒会の方は特に問題は無かったんだが・・・。ちょっと部室に忘れ物をした事に気付いてな。それを取りに戻っていたんだ。だがピクリとも動かなかったから、諦めて帰る事にした。」
ハァ・・・と溜息を吐くと、更に呆れた顔をさせる。そんな会長を、黄美絵先輩と翠ちゃんは不思議そうに首を傾げた。
「忘れ物?葵君、何を忘れたの?」
黄美絵先輩が不思議そうに聞くと、会長は一言だけ言う。
「赤城。」
会長の言葉を聞いた2人は、赤城先輩の事を思い出し、2人してポンッと手を叩いた。
「あぁ、そうだったわねぇ!赤城君、部室で泣いていたんだったわよねぇ・・・。話題に出て来ていたのに、存在はすっかり忘れていたわ・・・。」
「た・・・拓実先輩、まだ部室で泣いていたんですか?そう言えば・・・部室を出る時、拓実先輩の姿は無かった様な・・・。」
会長は更に呆れた顔をさせると、未だに機能停止をしている事を伝えた。
「僕も途中で思い出して、取りに行ったんだが・・・。何を言ってもどんなに体を揺らしても、ウンともスンとも言わなかったからな。諦めて置いて帰る事にしたよ。今日はもう、そっと1人で泣かせてやれ。」
会長がそう言うと、2人は無言で頷いた。
「よしっ!じゃあ僕等も帰るか。白澤と黒木はもうとっくに帰っているんだろ?翠、明日は女の子セットも忘れずに持って来いよ!」
「あ・・・はい・・・。」
翠ちゃんは力無く返事をすると、3人は校門へと向かった。
校門に到着すると、翠ちゃんは黄美絵先輩と会長にお辞儀をし、駅へと向かい歩いて行った。翠ちゃんと別れた黄美絵先輩と会長は、逆方向に有るバス亭へと向かうと、その途中、会長は何度もチラチラと黄美絵先輩の方を見ていた。
「どうしたの?葵君。言いたい事が有るなら、ハッキリ言わないと駄目なんじゃなかったかしら?」
黄美絵先輩が、頻りに自分の事を気にしている会長に気付くと、優しく言った。会長は少し恥ずかしそうにしながら、小さく頷き言い難そうに言う。
「うん・・・そうだな・・・。なぁ・・・黄美絵・・・。その・・・聞きたい事が有るんだが・・・。」
「なぁに?」
黄美絵先輩が返事をすると、会長は顔を少し赤くさせ、体をモジモジとさせながら、恥ずかしそうに聞いた。
「その・・・黒木が言っていたんだが・・・。むっ・・・胸がチクチクと痛むと、その・・・キッスがしたくなるのか・・・?」
会長の問い掛けに、黄美絵先輩は嬉しそうな顔をさせると、優しく答えた。
「そうよ。正確には、特定の相手を目の前にした時、胸がチクチクと痛んで、締め付けられる様な、嫌じゃない苦しい感覚になった時に・・・よ。」
「嫌じゃない・・・苦しい感覚とは・・・どんな感覚だ?」
更に聞いて来る会長に、黄美絵先輩は嬉しそうにクスリと笑うと、会長の顔を見て答えた。
「そうね・・・言葉では言い表しにくいわね・・・。嬉しくて恥ずかしい感覚かしら?」
「嬉しくて・・・恥ずかしい・・・?」
「そうよ、もっと簡単に言えば、胸がドキドキして、体が熱くなる・・・そんな感覚かしら。あぁ・・・風邪で熱が有る時とは違うわよ?」
嬉しそうな顔をして言う黄美絵先輩の言葉に、会長は首を傾げ、困った表情をさせる。
「そうか・・・風邪の時とは違うのか・・・。む・・・難しいな・・・。」
そんな会長の姿を、黄美絵先輩は嬉しそうにクスクスと笑う。
「黄美絵は、そんな感覚を体験した事は有るのか?」
真剣な顔をして聞いて来る会長に、黄美絵先輩は柔らかい笑顔を浮かべて答えた。
「えぇ、有るわよ。何度も・・・。そうねぇ・・・いい機会だから、ちょっと葵君に教えてあげようかしら?葵君、私をよく見て。」
黄美絵先輩はそう言って立ち止まると、会長もその場に立ち止まり、黄美絵先輩に言われた通りにジッと黄美絵先輩を見つめた。
「どう?私を見ていて、胸がチクチク痛んだり、ドキドキしたり、体が熱くなったりする?」
会長はジッと黄美絵先輩を見続けるが、黄美絵先輩の言う事は起こらず、小さく首を横に振った。
「黄美絵の言う様な症状は、一つも体に現れない・・・。だが、とても安心感は有るぞ!」
嬉しそうに笑いながら言って来る会長に、黄美絵先輩はニッコリと笑った。
「そう、安心感は有るのね。じゃぁ・・・今度は別の人で試してみて。誰でもいいわ。そうねぇ・・・白澤君と赤城君で、試してみて。」
黄美絵先輩がそう言うと、会長は不思議そうに首を傾げた。
「白澤と・・・赤城で試すのか?今みたいに、ジッと見続ければいいのか?」
「えぇ、そうよ。それでもし、どちらかに私が言った様な症状が現れたら、教えて頂だい。いつでもいいわ。それに、一度だけじゃなくて、何度でも試してみてね。」
そう言ってニッコリと笑うと、黄美絵先輩は再び歩き始めた。会長もゆっくりと歩き始めると、少し前を歩く黄美絵先輩に、不安そうに聞く。
「なぁ・・・もしどちらかにその症状が現れたら、僕はキッスがしたくなるのか・・・?」
すると黄美絵先輩は、後ろを振り向く事なく、前を向いたまま答えて来た。
「そうよ。キッスだけじゃなくて、他の事も色々としたくなるわ。でもそれはまだ葵君には早いから、症状が出た事だけを教えて頂だい。原因を教えてあげるから。」
「・・・分かった・・・。症状が出たら、黄美絵に教えるよ・・・。」
後ろから聞こえて来る会長の返事を、黄美絵先輩は嬉しそうな顔をしながら聞いていた。
次の日の朝、翠ちゃんと黒木は、言われた通りに登校をするなり、早速部室へと向かった。部室へ行くと、ソファーの上で寝ている赤城先輩の姿が有った。
「た・・・拓実先輩・・・。結局部室に泊まったんだ・・・。」
顔を引き攣らせながら言う翠ちゃんに対し、黒木は嬉しそうな顔をさせて言った。
「赤城先輩・・・自分の為に、先に来て待っててくれたのか!自分の事・・・心配してくれたのか!」
「違うわよ。昨日からずっと泣き続けて、疲れて寝ているだけよ。起こさないであげてね。それと黒木は寝込みを襲わない様に。」
感激をする黒木の気持ちを打ち壊す様な言葉を、黄美絵先輩は言いながら、奥のドアから会議室へと入って来た。
「あ・・・黄美絵先輩、おはようございます。」
翠ちゃんが挨拶をすると、黒木も慌てて挨拶をした。
「おっ・・・おはようございます!はっ、早いッスね。」
「おはよう、2人共。色々と準備をしていたから・・・。それより、ちゃんとお泊りセットは持って来たかしら?」
クスリと笑いながら黄美絵先輩が言うと、2人は何度も頷いた。
「そう、お家の人にはちゃんと許可を貰って来たの?」
黄美絵先輩は2人に確認をすると、翠ちゃんと黒木はまた何度も頷いた。
「はい、私は・・・友達の家に泊まるって言ってあるので、大丈夫です。1日だけだし・・・。」
「そう、ならよかった。黒木は?お家の人には、何て言ったの?」
黄美絵先輩は優しい笑顔で翠ちゃんに微笑みかけると、黒木の方をチラリと見た。黒木は少し恥ずかしそうにしながら、答える。
「じ・・・自分は・・・。学校で授業補習の強化合宿があるって・・・言って来たッス・・・。そっその方が、親も安心するし・・・納得するッスから・・・。」
「あらあら、そうなの?まぁ・・・黒木の場合はその方がいいわよねぇ。親御さんも過去の事で過敏になっているでしょうから・・・下手にお友達とお泊り会って言うよりは、現実味があって・・・。脅迫されて拉致られると思われても嫌だし・・・。黒木、馬鹿で本当によかったわねぇ。」
可笑しそうにクスクスと笑う黄美絵先輩。黒木はそんな黄美絵先輩を、恨めしそうな目で見ながら、ボソリと呟いた。
「脅迫されて拉致られるのは・・・合ってるッスよ・・・。」
不満そうな顔をしながら、ブツブツと言う黒木を無視し、黄美絵先輩は視聴室の説明をし始めた。
「それじゃあ、視聴室の説明をするわね。機材の使い方とかも説明をするから、ちゃんと覚えてね。もし壊してしまったら、弁償だから大事に扱ってね。2人共付いて来て頂だい。」
黄美絵先輩はそう言うと、入って来たドアの方へとまた戻り歩き出した。2人は黄美絵先輩の後に続き進むと、視聴室の中へと入って行く。視聴室に入った2人は、広い室内と設備に驚き、口がパックリと開いてしまう。
「す・・・凄い設備・・・。」
翠ちゃんが驚きながら言うと、黒木は翠ちゃんの言葉に共感し、無言で大きく何度も頷く。
「あの・・・ここに泊まるんですか・・・?」
翠ちゃんは驚きながらもどこか不安そうに聞くと、黄美絵先輩はニッコリと優しく笑い頷いた。
「そうよ。でも心配しなくても大丈夫よ?どうせ寝る時間なんか無いのだから・・・。」
サラリと言う黄美絵先輩の言葉に、黒木は顔をドンヨリと沈ませながら言った。
「ま・・・マジでオールッスか?自分は3日間寝れないんッスか?」
「一応仮眠時間は1日4時間設けるわ。好きな時に取って貰って構わないけれども・・・ちゃんと目覚ましはセットしてね?ズルして寝てしまうのは構わないけれど・・・後で感想がちゃんと言えなかったらバレてしまうから。それに観る本数が多いから、寝ている暇は無いと思うけれども。」
そう言ってクスクス笑う黄美絵先輩が悪魔に見え、黒木の顔は更に沈んでしまう。
「あの・・・質問いいですか?」
翠ちゃんがそっと右手を翳しながら言うと、黄美絵先輩は「なぁに?」と聞いた。
「あの・・・まだ観ていない作品じゃなきゃ駄目だって言っていましたけど・・・。もし観た事有る作品を、まだ観ていないと言って、観た振りをする事だって出来るじゃないですか?それは・・・どうやって見分けるんですか?」
尤もな意見を言う翠ちゃんに、黄美絵先輩はニッコリと笑って答えた。
「それはその人次第かしらねぇ?葵君は、基本的に人を疑うって事をしないから、翠ちゃんが抱く様な疑問を持たないのよ。私は只葵君の言う事に従うだけだから、それは貴方達にお任せするわ。それに・・・。」
そう言いながら、作品置場のドアを開けた。
「ここには山程ホラー映画が置いてあるから、きっと観てみたい作品が沢山有ると思うわ。」
翠ちゃんと黒木は、そっと作品置場の中を覗くと、ズラリと並ぶB級ホラー映画の数々に、更に驚いた顔をさせた。そして翠ちゃんは中に入ると、少し興奮気味に、置かれている作品を手に取りながら言った。
「凄いっ!こんなに有るんですね!あっ!これ、前から観てみたかったヤツだ!ああっ!これも!いつも貸出中で観れなかったヤツっ!」
嬉しそうに作品を見て周る翠ちゃんの姿に、黄美絵先輩も嬉しそうな顔をしながら見つめた。対する黒木は、只茫然とその場に立ち竦み、声を震わせながら言う。
「こ・・・これを・・・。こん中から3日間分の映画を選んで・・・観るんッスか・・・?マジでノイローゼになるそうッスよ・・・。」
そんな黒木に、黄美絵先輩は薄ら笑いを浮かべながら、皮肉交じりに言って来る。
「あらあら、黒木・・・。これは赤城君も乗り越えた事なのよ?赤城君がやった事を、貴方は拒むの?それは赤城君自体を否定している様な物ねぇ~。」
黄美絵先輩の言葉にハッとした黒木は、真剣な眼差しへと変わり、拳を強く握りしめながら言い放った。
「なっ何言ってるんッスか!赤城先輩が成し遂げた事なら、自分も成し遂げなければならないッス!赤城先輩が味わった戦いの苦難を、自分も同じ様に味わいたいッスよ!」
拳をプルプルと震わせ、興奮気味に宣戦布告をする黒木に、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑った。
(本当、黒木は馬鹿ねぇ~。黒木は入会試験を受けても、もう同好会のお手伝いさんは決まっているから、余り意味が無いのに・・・。殆ど只の嫌がらせで受けさせているだけなのにすっかり忘れてしまって・・・。まぁ・・・葵君は真面目な気持ちで受けさせているみたいだけど・・・。一番楽しくて仕方がないのは白澤君ね・・・。)
クスクスと可笑しそうに笑っている黄美絵先輩を、黒木は不思議そうに首を傾げて見ていた。黄美絵先輩はまだ微妙に笑いながらも、室内の説明の続きを淡々とし始める。
「それじゃぁ・・・一通り説明するわね。お手洗いはここ。洗面台も付いているから、歯磨きとかも出来るわよ。それから食料と飲み物はここね。電子レンジも有るから、温めて食べれるわ。流石にお風呂は無いけれど・・・それは我慢してね。それから・・・テーブルの上にペンとメモ用紙が有るから、好きなだけ使ってメモを取って貰って構わないわ。映画の感想のね。」
黄美絵先輩の説明を、2人はうんうん、と頷きながら真面目に聞いていた。
「じゃあ機材の使い方の説明をするわね。」
そして全ての機材の説明もし終えると、黄美絵先輩はパンッと手を叩いて、ニッコリと笑った。
「ここまでで、何か質問は有るかしら?」
黄美絵先輩がそう言うと、黒木は恐る恐る尋ねて来た。
「あの・・・いいッスか?着替えとかは・・・どこですればいいんッスか?」
黒木の質問に、黄美絵先輩は呆れた様子で素っ気なく答えた。
「作品置場の中ででもすればいいわよ。それに、どうせ2日間は貴方1人なんだから、気にする事も無いでしょう?翠ちゃんがそう言う質問をするのは分かるけれども・・・男の貴方にされてもねぇ・・・。」
黄美絵先輩にそう言われると、黒木は恥ずかしそうに顔を俯けた。
「あのっ!私も・・・いいですか?」
今度は翠ちゃんが質問をし出すと、黄美絵先輩は優しく微笑みながら聞いた。
「なぁに?翠ちゃん。何でも聞いて。」
「えっと・・・。私、1日だけだから着替えとか・・・持って来なかったんですけど・・・。仮眠を取る時・・・そのスカートだから・・・その・・・。」
頬を赤くさせて、恥ずかしそうに言う翠ちゃんに、黄美絵先輩は棚の中から毛布を取り出すと、そっと翠ちゃんに差し出した。
「はい、これを使ってね。これで隠せばいいし、風邪も引かないでしょう?まだ春先でも、夜は少し冷えるから。」
黄美絵先輩から毛布を受け取ると、翠ちゃんは嬉しそうにお礼を言った。
「あ・・・ありがとうございます。」
ニッコリと微笑む黄美絵先輩に、ニッコリと笑う翠ちゃん。そんな2人を見ていた黒木は、物凄く不満そうな顔をさせて言って来た。
「あの・・・物凄く自分の時と態度違い過ぎないッスか?自分も毛布欲しいんッスけど・・・。」
「毛布は一つしかないから、貴方は翠ちゃんが終わるまで我慢しなさい。」
黄美絵先輩に冷たく言われると、黒木はガックシと首をうな垂れ「はい・・・。」と一言だけ返事をした。
「それじゃ~2人共頑張ってね。開始は10時から。それまでは作品選びでもしていてね。あぁ!見た映画のタイトルも、ちゃんとメモを取る様にね。終わる頃には、迎えに来てあげるから、ゆっくりとしていって。」
黄美絵先輩がそう言うと、2人は「はい。」と返事をした。
「あぁ・・・それから、翠ちゃん。ちょっと・・・。」
黄美絵先輩は翠ちゃんを呼ぶと、黒木から離れた。翠ちゃんは首を傾げながら黄美絵先輩の元へと行くと、黒木には聞こえない様に、小声で黄美絵先輩は翠ちゃんに言う。
「これ・・・お守りに持っていなさい。もし黒木に魔が差して、襲って来た時の為にね。」
そう言って、そっと翠ちゃんの手に、メリケンサックを手渡した。
「あ・・・あの・・・。あ・・・ありがとうございます・・・。色んな意味で使わない事を・・・祈っています・・・。」
翠ちゃんは顔を引き攣らせながら、メリケンサックを受け取ると、そっとスカートのポケットの中に入れた。
「頑張ってね。色々と・・・。」
ニッコリと微笑み、黄美絵先輩が言って来ると、翠ちゃんは不思議そうな顔をしながら「はぁ・・・。」と返事をした。
「それではお2人さん・・・ご検討を・・・。じゃぁねぇ~。」
黄美絵先輩はゆっくりと視聴室のドアを閉めると、その後ガチャッと鍵を閉める音がした。翠ちゃんと黒木は、その音を聞いて顔を青ざめさせた。
「マジで・・・鍵閉めやがったよ・・・。信じらんねぇ・・・。」
「本当に・・・監禁されてしまった・・・。」
2人唖然とその場に立ち竦むと、しばらくは只茫然としていた。
「まぁ・・・ここで突っ立ってても仕方ないし・・・。観る映画でも決めようぜ。」
黒木が溜息を吐きながら言うと、翠ちゃんもハァ・・・と溜息を吐き、頷いた。
「そ・・・そうだね・・・。」
2人はトボトボと、元気無く作品置場へと向かって行った。
黄美絵先輩は廊下へと出ると、ポケットの中から携帯電話を取り出し、どこかへと電話を掛けた。
「あぁ、私よ。今から3日間、24時間体制で防犯カメラの監視をして頂だい。・・・えぇ、よろしく。」
そう言って電話を切ると、クスリと笑った。
「フフッ・・・。本当は葵君にも内緒で、あそこには隠しカメラを設置して有るのよね。葵君は甘いから・・・皆が皆、貴女みたいに純粋な心の持ち主って訳じゃないのよ?」
クスクスと笑いながら、会議室へと向かうと、そっと携帯電話をポケットの中に仕舞った。
会議室に戻ると、未だにソファーの上でスヤスヤと眠る赤城先輩の姿を見て、ハァ・・・と深く溜息を吐く。黄美絵先輩は思いっきり赤城先輩のお腹を蹴飛ばすと、少し怒り気味の声で言った。
「赤城君、いい加減起きなさい!」
突然お腹に激痛が走った赤城先輩は、ハッと目を覚まし、痛そうにお腹を抱えた。
「い・・・痛い・・・お腹痛い・・・。あれ?い・・・いつの間に眠ってしまったんだ?こんな所で寝ていたから、お腹壊してしまったかなぁ・・・。」
黄美絵先輩に蹴飛ばされた事等気付かず、何度もお腹を摩りながらゆっくりと置き上がると、目の前に立つ黄美絵先輩の姿に気付いた。
「あ・・・黄美絵先輩っ!おはようございます!」
元気よく挨拶をすると、ニッコリと笑った。黄美絵先輩もニッコリと笑い、ヘラヘラと笑う赤城先輩に冷たい口調で言う。
「おはよう、赤城君。貴方、昨日はせっかく葵君が迎えに行ってあげたのに、気付きもしなかったみたいねぇ。」
黄美絵先輩にそう言われると、赤城先輩は物凄くショックを受けた顔をし、頭を抱きかかえながらもがき始めた。
「なっ・・・なんと言う事だ!俺とした事が!余りの悲しみとショックから、せっかく会長が来てくれた事にも気付かず、現実に戻れずに過ごしていたとは!」
黄美絵先輩はまたハァ・・・と溜息を吐くと、赤城先輩が機能停止している間の事を話してあげた。
「翠ちゃんと黒木は、今入会試験を始めたわよ?白澤君は、3日間の授業内容を、黒木の為にノート製作をする事になったわ。葵君は、朝2人の担任と警備員の長に事情説明をしに行ったから、今は授業を受けていると思うわ。」
簡単に説明をすると、赤城先輩の隣へと座った。
「私は2人に視聴室の説明。もうそれも終わったから、今日はもうここでゆっくり過ごすわ。」
黄美絵先輩の話を聞いた赤城先輩は、もがくのを止め、ゆっくりと黄美絵先輩の方を向いた。
「え?あれ?もう・・・そんな所まで進んでいたんですか?では、俺の仕事は!」
「無いわ。葵君が貴方はいいって。」
冷たく言い放たれる黄美絵先輩の言葉に、赤城先輩はガックシと首をうな垂れると、悲しそうな声で謝る。
「すみません・・・。役立たずですみません・・・。」
黄美絵先輩は呆れた顔をすると、隣で俯く赤城先輩の肩を、軽くポンッと叩いた。
「貴方は葵君に謝って来なさいな。」
赤城先輩は俯いたまま、無言で頷くと、また「すみません・・・。」と謝る。そんな赤城先輩に、黄美絵先輩は微かに微笑みながら、赤城先輩にとっては良い話をしてあげる事にした。
「あのね、赤城君・・・。まぁ・・・黒木の事は諦めなさい。でも翠ちゃんが入会する事によって、貴方は少しは・・・楽になるのよ?」
赤城先輩はゆっくりと顔を持ち上げると、不思議そうに首を傾げる。
「翠ちゃんが入会をすると・・・白澤君が更に大変になってしまうと思いますが・・・。」
そんな赤城先輩の返答に、黄美絵先輩はクスクスと笑い出した。
「やっぱり・・・赤城君は赤城君よねぇ・・・。白澤君を生贄にした癖に、最終的には結局白澤君の事を心配するなんて。」
「はぁ・・・本当、彼には悪い事をしてしまったと思っているので・・・。ワザとでは無いとは言え、結果的に白澤君が生贄になる形になってしまったのは事実ですから。」
照れ臭そうに、頭をポリポリと掻きながら言う赤城先輩。黄美絵先輩はクスリと笑うと、柔らかい表情で赤城先輩を見つめた。
「実はね、私、翠ちゃんを応援してあげようと思うの。彼女、まだ自分の気持ちにハッキリ気付いてはいないみたいだけれども・・・。黒木が翠ちゃんとくっ付けば、貴方は楽になるでしょ?」
黄美絵先輩がそう言うと、赤城先輩は余り驚いた様子も無く、優しく微笑みながら言った。
「あぁ・・・やっぱり黄美絵先輩も気付いたんですね。俺も中学の時からそうではないかと思ってはいたんですが・・・。いやぁ~その時は黒木から逃げるのと、会長を見守る事に必死で、そんな余裕は無くて。」
ハハハッと笑う赤城先輩に、黄美絵先輩は薄ら笑いを浮かべ、低い声で言った。
「やっぱり・・・貴方、葵君の事ストーカーしていたのね・・・。」
「ちっ!違います!断じて違いますよ!俺は只、会長の愛用しているレンタル屋に、同じ様に行っていただけでありっ・・・。」
慌てて弁解をする赤城先輩に、黄美絵先輩は可笑しそうに笑い出すと、ニッコリと微笑み言った。
「冗談よ、冗談。赤城君も気付いていたのは、ちょっと意外だったわ。なら、2人で翠ちゃんを応援してあげましょう?お互いの為にも、ね?」
赤城先輩は照れ臭そうにしながらも、ゆっくりと頷いた。
「そ、そうですね。黒木の為にも、その方が良いですし・・・。って・・・あれ?お互いの為とは?」
最後の黄美絵先輩の言葉に、赤城先輩は顔をキョトン、とさせた。黄美絵先輩はそんな赤城先輩の問いは無視し、話しをする。
「白澤君の事は、私と葵君が守ってあげるから、貴方は葵君を守ってあげて。それが貴方の仕事よ。」
黄美絵先輩にそう言われると、赤城先輩は勢いよく立ち上がり、力強く言った。
「はいっ!当然です!任せて下さい!」
「良い返事でよろしい。」
黄美絵先輩は満足そうにニッコリと笑うと、赤城先輩もニッコリと笑った。
「もう貴方は行きなさい。どうせ3日間は、視聴室は使えないから、その間活動はお休みだし、翠ちゃんは私が迎えに行くから。」
「あぁ・・・はい。それじゃぁ・・・失礼します。」
赤城先輩は黄美絵先輩に深くお辞儀をすると、カウンター内に置いてあった鞄を取りに向かった。
「あぁ!そうだわ!白澤君に、土曜日の朝10時に、部室に来る様に伝えてくれる?黒木が解放される日だから・・・皆でお迎えをしようって葵君と決めたの。すっかり白澤君に言うのを忘れてしまっていたから。貴方もちゃんとその日は来てね。」
思い出したかの様に黄美絵先輩が言うと、赤城先輩は「はいっ!」と元気よく返事をした。
「あぁ、それなら、入会試験中は、活動は休みだって事も、伝えておきますね。白澤君は知らないでしょうから。」
カウンターからヒョッコリと顔を出しながら、赤城先輩が言うと、黄美絵先輩はその事も思い出した様な顔をし、頷いた。
「そうね、そう言えばその事も言っていなかったわねぇ。白澤君、きっと泣いて大喜びするでしょうねぇ。」
黄美絵先輩はクスクスと笑うと、赤城先輩は寂しそうな顔をした。
「そうでしょうね・・・。白澤君、大喜びしそうで・・・なんだか悲しいです・・・。」
赤城先輩はトボトボと顔を俯かせながら、部室の出入口へと向かうと、後ろから黄美絵先輩がまた思い出したかの様に、急に言って来た。
「ああそうだわ!赤城君、もし葵君がジッと貴方の事を見つめて来たら、貴方も見つめ返してあげてね。目を逸らさずに。」
突然の黄美絵先輩の話しに、赤城先輩は不思議そうに首を傾げながら、クルリと黄美絵先輩の方を振り向いた。
「何故ですか?俺はいつだって会長の事を見つめていますが・・・?」
「何でもいいから、そうして頂だい。」
黄美絵先輩は振り返る事無く言うと、赤城先輩は更に首を傾げ「はい。」と一言だけ言い、部室を後にした。
「そうすると、貴方に都合の良い事が起きるかもしれないからよ。私にもね。」
誰にも聞こえない位小さな声で呟くと、黄美絵先輩はクスリと笑った。
「それにしても・・・。葵君の愛用しているレンタル屋さんって・・・確か葵君の家の近所よねぇ・・・?赤城君・・・電車に乗ってわざわざ行っていたのかしら・・・。本当にストーカーだったのね・・・。」
黄美絵先輩は鞄の中から消臭スプレーを取り出すと、赤城先輩が座っていた場所に、何度も吹きかけた。
昼休みの時間になると、赤城先輩は慌ただしく教室を飛び出し、3年生の教室が在る階へと向かった。勢いよく階段を駆け上がり、一気に会長の居る教室へと向かうと、ゾロゾロと何人かが教室から出て来る姿が見えた。赤城先輩はその中に会長の姿はないかと確認をしながら、会長の教室まで行くと、ザッと教室内を見渡す。しかし教室の中にも会長の姿は見当たらず、赤城先輩は不思議そうに首を横に傾げた。
(あれ?もうお昼を食べに、食堂にでも行ってしまわれたのか?)
赤城先輩はまた辺りを見渡すも、会長の姿は無い。
「あれ?赤城君じゃない。どうしたの?3年生の教室に来て・・・。あぁ、同好会の事で来たの?」
1人の3年女子生徒Aが赤城先輩に話し掛けると、赤城先輩はハッと声のした方を振り向き頷いた。
「あぁ、はい、そうなんですが・・・。会長はどちらに居られるか、知りませんか?」
「会長?会長なら・・・チャイムと同時に教室を出て行ったけど・・・。多分生徒会室じゃない?来月の予算議会の日程が、決まらないとか言ってたから。ずっとその調節で、昼休みは生徒会に集合掛けてたし・・・。」
「生徒会室・・・分かりました!ありがとうございますっ!」
赤城先輩は女子生徒Aに深くお辞儀をすると、また勢いよくその場から駈け出して行った。
「どう・・・いたしまして・・・。」
女子生徒Aは、駈けて行く赤城先輩に驚きながら、小さく手を振った。
赤城先輩はそのまま、生徒会室が在る棟へと走って向かった。ゼェゼェと息を切らしながら走っていると、途中チンマリとした女子生徒が、生徒会室の方へと向かい歩いている姿が見えた。
「会長・・・。かっ会長ううぅー!待って下さああぁぁぁーい!」
赤城先輩は叫びながら駆け寄ると、前に居た会長は、赤城先輩の声に気付き、ピタリと足を停めた。
「・・・?赤城か・・・?」
会長がクルリと後ろを振り返ると、そこにはゼェゼェと息を切らせながら、物凄い険相で立つ赤城先輩の姿が在った。
「どうしたんだ?そんなに怖い顔をして・・・。やっと復活したのか・・・。」
会長はそんな赤城先輩の姿に見慣れた様子で、至って普通の態度で聞くと、赤城先輩は少し息を整えてから、ゆっくりと喋り出した。
「はい・・・その事で・・・。ちょっ・・・ちょっと待って下さいね・・・。」
まだ息を切らせながら言う赤城先輩に、会長は小さく頷いた。赤城先輩は何度も大きく息を吸っては吐いてと繰返すと、ようやく落ち着き、息が整ったのを確認して、改めて会長に言う。
「その事で、会長に謝らなければ!と思いまして!黄美絵先輩から聞きました!せっかく会長自ら迎えに来て下さったのに、気付きも出来ずに・・・本当に、すみませんでしたっ!」
そう言って、会長に向かい深く頭を下げると、会長はフゥ・・・と息を漏らした。
「気にするな。あれは仕方がなかったからな。まぁ、お前も被害者でもあった訳だし・・・落ち込むのも無理はない。僕は気にしていないから、お前も気にする必要はないぞ。」
会長がそう言うと、赤城先輩はゆっくりと頭を上に持ち上げた。再び顔を上げると、その瞳はキラキラと輝き、とても嬉しそうな表情をしている。
「か・・・会長・・・。ありがとうございます・・・。」
感激をする赤城先輩とは裏腹に、会長は少し呆れた表情をさせて言った。
「お前・・・そんな事を言う為に、わざわざ走って来たのか?」
赤城先輩の瞳の輝きは衰える事無く、更に輝かせながら元気よく返事をする。
「はいっ!これは当然の事ですから!あぁ!それとご報告に・・・。白澤君に、土曜日の登校と、3日間の活動休止の事は、俺の方から伝えておきますので。」
そう言うと、ニッコリと満遍ない笑みで微笑んだ。
「あぁ・・・そうか。白澤にはまだ伝えていなかったからな。頼む。」
会長に言われると、赤城先輩は「はいっ!」と元気よく返事をし、またニッコリと微笑んだ。嬉しそうに顔をニコニコとさせている赤城先輩の姿を見て、会長は黄美絵先輩に言われた事を、突然ハッと思い出した。
(これは・・・黄美絵からの宿題をするいいチャンスなんじゃぁ・・・。)
会長は口をパックリと開けると、無言で大きく頷いた。そしてゴクリと生唾を飲み込むと、少し緊張をしながらも、ジッとニコニコとしている赤城先輩を見つめ始める。急に真剣な眼差しで見つめ始める、会長に気付いた赤城先輩は、キョトンと不思議そうな顔をし、首を傾げながら聞いた。
「どうしたんですか?会長。」
しかし会長は返事をする事は無く、ひたすら無言で見つめ続けて来る。赤城先輩は更に不思議そうな顔をした後、またニッコリと優しく微笑んだ。
「どうしたんですか?あぁ・・・会長は、今日はお弁当なんですか。生徒会の皆さんと食べながら会議ですか?大事な会議が有るのに、呼び止めてしまって、すみませんでした。」
柔らかい優しい笑顔で言って来る赤城先輩の姿に、会長は一瞬胸がドキッとし、思わず手に持っていたお弁当を、その場にドサッと落としてしまう。
「あぁ・・・会長・・・お弁当落としてしまいましたよ?中がグチャグチャになっていなければいいんですが・・・。」
赤城先輩は落ちた会長のお弁当を拾い上げると、ニッコリと笑いながら差し出した。
「はい、どうぞ。会長。」
お弁当を差し出すも、会長はその場に固まったまま、ピクリとも動かない。
「会長?どうしたんです・・・?」
赤城先輩が首を傾げると、会長は一瞬顔を真っ赤にさせ、突然バッと赤城先輩の手からお弁当を奪うと、そのまま振り向く事無く、一気に掛けて行ってしまった。
突然の出来事に茫然と立ち竦む赤城先輩は、一瞬何が何やら分からず固まるも、部室を出る時に黄美絵先輩に言われた事を、ハッと思い出す。
「しっ・・・しまった!今会長は俺の事を見つめていたのか?そうなのか?ああぁぁーしまったあああぁぁぁー!きっと俺が真剣に見つめ返さなかったから、会長は怒って逃げて行ってしまったんだあぁぁあぁぁぁー!」
赤城先輩は両手で頭を抱えると、その場に崩れ去り、何度も床にゴンッゴンッと頭を打ち付けた。
「俺の馬鹿!俺の馬鹿!俺の馬鹿!この未熟者めっ!」
赤城先輩は泣きながら、床に頭突きをし続けた。
一方駆けて行った会長は、生徒会室の前まで来ると足を停め、ゼェゼェと息を切らしながら、ドアの前に佇んだ。
「はぁ・・・はぁ・・・。お・・・思わず・・・反射的に走って逃げてしまった・・・。」
会長はそっと胸に手を当ててみると、ドキドキと鼓動が速く打っている音がした。
「こ・・・これは、走ったせいだ・・・。体が熱いのだって、走ったせいだ・・・。」
ゆっくりと呼吸をして、息を整えると、生徒会室のドアへと背を向け凭れ掛る。
(何故・・・僕は逃げてしまったんだ・・・?赤城の笑顔を見ていて・・・一瞬胸がドキッとした・・・。だがドキドキじゃない・・・チクチクでもない・・・。でも・・・でも顔が熱かった・・・。あれは何だったんだろう・・・。黄美絵の言っていた、症状の一つだろうか・・・。)
会長はふと手に持つお弁当を見ると、ゆっくりと凭れ掛っていたドアから離れた。
「中・・・グチャグチャになってないといいな・・・。」
そしてゆっくりと、生徒会室の中へと入って行った。
放課後、全ての授業が終わり、白澤君は科目事に作ったノートを一つにまとめ、机の中に仕舞った。
「あぁ・・・手ぇ痛い・・・。こんなに授業内容ノートに書いたのって、久しぶりだなぁ・・・。」
右手をブンブンと振って解すと、首を左右にコキコキと鳴らした。鞄を持ってゆっくり席から立ち上がり、今日も同好会活動か思うと、気が重くなりながらも、教室を出ようとドアへと向かった。するとドアの方で、見覚えの有る光景が目に入ると、顔を思い切り引き攣らせる。周りの女子生徒は嬉しそうな顔をしながら、通り間際にチラチラと視線を走らせ、ざわついていた。そしてその視線を集めている人物が、出入口の向こう側にソワソワとしながら立っている。間違いなく赤城先輩だ・・・と悟ると、白澤君は鞄で自分の顔を隠しながら、こっそり教室を出ようとした。
白澤君が出入口に差しかかると、赤城先輩は白澤君の姿に気付き、嬉しそうに微笑みながら話し掛ける。
「やぁ~白澤君!お疲れ様。」
赤城先輩が鞄で顔を隠す白澤君の肩を、ポンッと叩こうとした瞬間、白澤君は猛ダッシュでその場から走り去って行ってしまった。
「え?ちょ・・・ちょっと待って!待ってよ!何で白澤君まで逃げるんだい?」
赤城先輩は慌てて白澤君を追い掛けるも、白澤君は足を停める事無く走り続ける。
「な・・・何で赤城先輩がまた教室まで迎えに来てるんだよっ!連行しなくてもちゃんと行くのにっ!」
白澤君は顔を引き攣らせながら、必死に追い掛けて来る赤城先輩から逃げた。そんな白澤君を、赤城先輩も同じく必死に追い掛けながら、必死に叫ぶ。
「ちょっ・・・ちょっと待って!君は何か誤解をしているよおおぉぉぉー!俺は只、伝言を伝えにいぃぃー!」
後ろから叫んで来る赤城先輩の言葉を聞き、白澤君はピタリと足を停めた。
「伝言・・・?連行じゃないのか・・・?」
白澤君はゆっくりと後ろを振り返ると、ゼェゼェと息を切らせながら、物凄い険相で近づいて来る赤城先輩の姿が見えた。
「ヒイイィィィッ!」
赤城先輩の物凄い顔にゾッとし、白澤君は思わず悲鳴を上げると、その場に尻餅を着いてしまう。赤城先輩は白澤君の元まで到着すると、ゼェゼェと息を切らせながら言った。
「や・・・やっと追い付いた・・・。ど・・・どうして・・・逃げるんだい・・・?ゼェゼェ・・・。」
「あぁ・・・いえ、反射的に・・・。てかそんな怖い顔して追い掛けて来ないで下さいっ!怖いですよっ!そして息荒いですっ!」
「しっ・・・仕方がないではないか・・・息が荒いのは・・・。走って来たんだし・・・。凄く走って来たんだし・・・。」
まだ息を切らせながら言って来る赤城先輩に、白澤君は「あぁ・・・確かに。」と言うと、ゆっくりと立ち上がった。
「でも赤城先輩って・・・足速いですねぇ・・・。なんかいつもすぐに追いつかれちゃう・・・。」
少し不満そうな顔をさせながら白澤君が言うと、赤城先輩は息を整えてから、ニッコリと笑って言った。
「それは、白澤君の足が遅過ぎるだけだよ。それに、俺はいつだって全力で追い掛けているからね!」
赤城先輩の発言にムッと腹を立てると、白澤君は思い切り不満気な顔をさせ、素っ気なく聞いた。
「それで?伝言って何ですか?どうせ同好会の事でしょう?」
「あぁ、そうなんだ。実は今、君も知っての通り2人は入会試験の最中なんだけど・・・その間視聴室は使えないからね。入会試験中の3日間は、同好会活動はお休みなのだよ!」
赤城先輩が伝言を言うと、それを聞いた白澤君の顔は一気にパァッと明るい表情へと変わり、この上なく嬉しそうな顔をさせ、元気な明るい声で言う。
「そっ、そうなんですか?3日間、休みなんですかぁ~?そうかぁーそうなんだぁー!休みなんだぁー!って事は、部室にも行かなくてもいいっ!って事ですかぁ~?」
案の定大喜びをする白澤君の姿に、赤城先輩は顔を沈ませ、物凄く悲しそうな顔をしながら頷いた。
「うん・・・だから部室にも行かなくても・・・いいんだよ。・・・白澤君・・・そんなにも大喜びしなくても・・・。」
暗く沈む赤城先輩とは真逆に、白澤君はアハハハハッと嬉しそうに笑いながら、その場で軽くスキップをした。
「あぁっ!赤城先輩、わざわざ伝えに来てくれて、ありがとうございますっ!」
白澤君は満遍ない笑みで、赤城先輩にお礼を言いながら軽くお辞儀をすると、赤城先輩の顔は更に暗く沈んでしまう。
「白澤君・・・初めて俺に心から感謝してくれたのは嬉しいけど・・・。他の事でがよかったなぁ・・・。」
そんな赤城先輩の声等聞こえない様子で、白澤君はスキップをしながら帰ろうとした。すると赤城先輩は、嬉しそうに帰ろうとする白澤君に、慌ててもう一つの伝言を伝える。
「あぁ!それともう一つ!会長が、黒木を皆でお迎えするから、土曜の朝10時に部室に集合、との事だよ!」
それを聞くと、白澤君の動きはピタリと停まり、今度は物凄く嫌そうな顔をしながら、ゆっくりと赤城先輩の方を向いた。
「マジですか・・・?学校が休みの日に・・・わざわざ黒木の為に部室に登校するんですか・・・?有り得ない位面倒臭いじゃないですか・・・。」
そんな白澤君の姿にも、赤城先輩は悲しそうな顔をさせながらお願いをする。
「白澤君・・・お願いだから来てね。俺が黄美絵先輩に殺されちゃうから・・・。会長の為にも・・・ね?お願い・・・。」
一気にテンションが下がってしまった白澤君は、悲しそうにお願いをする赤城先輩の為では無く、自分が黄美絵先輩に殺されない為にと、仕方なさそうに了承をした。
「分かりましたよ・・・。行けばいいんでしょ、行けば・・・。俺だって黄美絵先輩に殺されたくは有りませんから・・・。ちゃんと行きますよ。」
白澤君の返事を聞いた赤城先輩は、ホッ肩を撫で下ろしながら、嬉しそうな顔をした。
「よかった・・・ちゃんと来てね?あぁ・・・それから、今日はもうこのまま帰るのかい?」
赤城先輩がそう聞くと、白澤君はまた素っ気なく答えた。
「帰りますよ。帰るに決まっているでしょう?せっかく同好会活動が休みなんだし・・・。」
「そうかっ!だったら一緒に帰らないかい?ちょっと買い物をしてから帰ろうと思うんだけど、せっかくお休みなんだし、白澤君も一緒に行こうよ!」
赤城先輩は嬉しそうにニッコリと笑いながら言うと、白澤君もニッコリと笑って言った。
「嫌ですっ!それは行きませんっ!」
キッパリと断る白澤君に、赤城先輩はその場に膝を着くと、必死に白澤君に泣き付き始めた。
「何故だい?一緒にお買い物行こうよっ!俺達仲良しさんなのに、学校の外では仲良く遊んだ事が、まだ一度も無いではないか!」
「それは俺が故意にしているから無いんですっ!」
白澤君は必死にしがみ付いて来る赤城先輩を引き離しながら言と、赤城先輩は更にしがみ付きながら言って来た。
「何故だっ!何故俺を避けるんだ!俺は君と仲良くお買い物したり、映画観たり、ブランコで遊びたいだけなのに!そんなに俺と仲良くするのが嫌なのかい?」
大声で叫ぶ赤城先輩に声に、周りに居た生徒達は思わず一斉に2人の方を見た。周りの視線に気付いた白澤君は、恥ずかしそうに顔を真っ赤にさせると、慌てて赤城先輩に言う。
「わっ、分かりましたっ!分かりましたよっ!行きますから、離れて落ち着いて下さいっ!」
白澤君の言葉を聞いた赤城先輩は、一気に顔を上げ、白澤君の顔を見つめると、嬉しそうな表情をさせ言って来た。
「ほっ・・・本当かい?一緒にお買い物・・・行ってくれるの?」
「行きますから、早く離れて下さいっ!注目浴びて恥ずかしいんですけど!」
赤城先輩はそっと白澤君の体から離れると、スッと立ち上がった。
「よしっ!ならば早速行こうか!」
乱れた制服をサッと直し、ニッコリと微笑みがなら言って来る赤城先輩に、白澤君は顔を真っ赤にさせたまま頷く。
「さっさと行きましょう・・・。切り替え早いなぁ・・・相変わらず・・・。」
白澤君は嫌々赤城先輩の隣を歩き、2人は校門へと向かっていた。すると自分達の前を歩く、会長の姿を見付けた白澤君は、ポツリと呟いた。
「あ・・・会長・・・。会長も今帰りなのか。」
赤城先輩は『会長』と言う言葉に思い切り反応をすると、辺りをキョロキョロと見渡し、会長の姿を発見すると、ゴクリと生唾を飲み込んだ。
(会長・・・。前回は不覚にも失敗をしてしまったが・・・今度こそ・・・。)
赤城先輩は意を決し、力強く頷くと、猛ダッシュで会長の元へと駆け寄った。突然走りだした赤城先輩を、白澤君は訳が分からず慌てて追い掛ける。
後ろから勢いよくこちらに向かって来る、赤城先輩の存在に気付いた会長は、その場に足を停めると、同じくゴクリと生唾を飲み込んだ。
(あ・・あれは・・・赤城・・・。よしっ!前回は失敗してしまったが、今度こそ!)
会長も意を決し、その場に力強く立つと、赤城先輩を待ち構えた。
赤城先輩が目の前までやって来ると、会長はまたジッと赤城先輩の顔を見つめ始める。赤城先輩も同じく、会長の目の前に立ちはだかると、無言でジッと会長の顔を見つめ始めた。2人は無言で、真剣な眼差しでお互いを見つめ続ける。白澤君がようやく2人の元まで辿り着くと、悶々とした雰囲気の中、2人が見つめ合っている光景を目にし、不思議そうに首を傾げた。
「・・・?どうしたんですか?2人共そんな怖い顔して睨み合って・・・。喧嘩でもしてるんですか?」
2人の凄まじい熱気から、見つめ合うと言うよりは、睨み合いに見えてしまった白澤君。しばらくは2人の睨み合いが続いていたが、よくよく赤城先輩の目を見てみると、その瞳はキラキラと輝いている。白澤君はチラリと会長の顔を見てみると、一瞬ポッと会長の頬がピンク色に染まった。その瞬間、又も会長はその場から逃げる様に、一気に掛け出して行ってしまう。そんな会長の姿を見た白澤君は、「あぁ・・・。」と自分の中で納得をした。
「な・・・何故だ・・・。またも逃げられてしまった・・・。今度はちゃんと見つめ返したのに・・・。」
赤城先輩は再び敗北をしてしまった事にショックを受け、その場に崩れてしまう。悲しそうに地面に横たわる赤城先輩に、白澤君は上から見下ろしながら聞いた。
「何やってたんですか?見つめ返すって・・・どう見ても睨み合いにしか見えませんでしたけど・・・。」
赤城先輩はゆっくりと白澤君の顔を見上げると、涙ながらに言って来た。
「いやね・・・よくは分からないが、黄美絵先輩に言われたのだよ・・・。会長がジッと見て来たら、同じくジッと見つめ返す様にって・・・。しかし逃げられてしまった・・・。しかも2回目・・・。」
そんな赤城先輩の話しを聞いて、白澤君は少し考え込んだ。
(・・・あぁ・・・そう言う事か・・・。成程ねぇ・・・。)
何かを納得すると、悲しそうに横たわる赤城先輩に、笑顔で言った。
「赤城先輩、それ続けた方がいいですよ。失敗してもいいんで・・・。むしろ回数が多い方がいいですよ。」
白澤君の言葉に、赤城先輩は顔をキョトンとさせ、悲し気な顔をしたまま首を傾げた。
「あれ・・・?分かりませんか?多分黄美絵先輩が、会長にジッと見つめてみる様に、って事を言ったんですよ。会長に恋心が芽生えているかどうか、試す為に。」
「恋・・・心・・・?」
更に赤城先輩が首を傾げると、白澤君はハァ・・・と深い溜息を吐き、呆れた顔をさせた。
「先輩も負けずと鈍いですねぇ・・・。だからぁー、会長が赤城先輩の事を見つめて、ドキドキしたりするかどうかを、試しているんですよっ!もし会長の胸がドキドキしたら、それは赤城先輩に恋をしているって言う、証拠になるんですよ?だから先輩も、何度でも会長を見つめ返してあげた方が、その確率は上がるかもしれないって事ですよ。」
白澤君の説明を聞き、ようやく理解をした赤城先輩は、口をパックリと開け納得した様子で、何度も大きく頷いた。
「成程!そうだったのか!」
「そうだったんです・・・。てか赤城先輩・・・会長と違って恋愛経験有るんでしょ?なんでそんな事にも気付かないんですか・・・?」
呆れながらに言って来る白澤君に、赤城先輩はハハハ・・・と苦笑いをしながら、ゆっくりと立ち上がった。
「いやぁ~会長の場合は、まず女の子だと言う自覚を芽生えさせる事に、必死だったからね・・・。そう言う基本的な事は・・・すっかり・・・。」
恥ずかしそうに苦笑いをする赤城先輩の姿に、白澤君からはまた深い溜息が零れた。
*以下略*
「で?買い物をするお店って・・・ここ・・・ですか・・・?」
学校の隣町に在る、ショッピング街へと来た白澤君と赤城先輩。赤城先輩に連れられ辿り着いたお店の前で、白澤君は思い切り顔を引き攣らせていた。
「うん、ここだよ?ちょっと前から目を付けていたワンピースが有ってねっ!」
嬉しそうな顔で言いながら、お店を指差す赤城先輩。指の差された先のお店は、ピンク色の看板に、中にはフリフリの洋服や髪飾り、小物等がズラリと並んでいる、甘ロリ系の女性用洋服店だった。思い切り男が入れない様な雰囲気を醸し出している、なんともスイーツ(笑)臭たっぷりのその店に、赤城先輩は入ろうとしていた。
「あ・・・あの・・・。俺外で待ってるんで、先輩は買い物済ませちゃって来て下さい・・・。」
その店に後退りをしながらも白澤君が言うと、赤城先輩は悪びれた様子も無く、当然の様に白澤君の腕を掴む。
「何言っているんだい?せっかく来たんだし、一緒に行こうよ。君の意見も聞きたいしさ。」
そう言ってグイグイと白澤君の腕を引っ張り、店の中に入ろうとした。白澤君は必死にその場に足を踏ん張り、これ以上体が引きずられない様にと抵抗しながら訴える。
「あっ・・・赤城先輩はもう手遅れかもしれませんがっ、俺はまだ汚れていないんですっ!1人で入って下さいよおぉー!俺には恥ずかしくって無理ですってっ!」
そんな白澤君の必死の訴え等気にもせず、赤城先輩は更に力一杯白澤君の体を引っ張りながら、言って来た。
「心配しなくても大丈夫だよ!俺はここの常連さんだから!」
「全然大丈夫じゃないじゃないですかっ!特にアンタの頭があぁっ!」
白澤君は叫び声を上げるも、お店の中へと無理やり引きずられて行ってしまった。
お店の中は、正に乙女ワールドで、内装も可愛らしく、店全体が花柄と薄ピンク色に染まっていた。中に居るお客さんも、レースの沢山着いた洋服を身に纏い、洋菓子の様なフワフワとした甘い雰囲気を醸し出している。そんな所に男子制服を着た男が2人。どう見ても思い切り浮いているが、赤城先輩は全く気にする事なく、お目当ての洋服の置いて有る所へと向かう。
白澤君は恥ずかしそうに顔を俯けながら、そそくさと赤城先輩の後を、隠れる様に付いて行った。そんな2人の男の姿に気付いた1人の店員が、赤城先輩に近づき、話し掛けて来る。
「あら?赤城君じゃない。いらっしゃい。」
ニッコリと優しい笑顔を浮かべながら、親し気に話し掛けて来る店員に、赤城先輩もニッコリと笑い、親しそうに話し返した。
「あぁ、こんにちは。今日はちょっと、前から気になっていたワンピースを買おうと思って来たんですが・・・まだ残っていますか?」
「あぁーあのワンピースね?それなら、まだ沢山有るわよ?人気が有ったから、また入荷したの。」
「そうなんですか!いやぁ~よかったぁ~。」
嬉しそうにニコニコと微笑みながら、普通に店員と話しをしている赤城先輩に、白澤君は思い切り引いていた。
(赤城先輩・・・末期だ・・・。名前呼ばれてるとか・・・マジ常連なんだ・・・。)
気持ち悪そうに、顔を引き攣らせている白澤君の存在に気付いた店員は、白澤君の顔を見てニッコリと笑った。
「いらっしゃいませ。赤城君のお友達?珍しいわね、赤城君が誰かと一緒に来るなんて。」
白澤君は思わず店員から顔を背けてしまうと、少し頬を赤くさせた。
(て・・・店員さんまで、なんかフワフワして女の子らしい・・・。なんか余計恥ずかしいんだけど・・・。)
白澤君は何も言わず、恥ずかしそうに顔を逸らして俯く。
「こらこら、白澤君。リカさんに失礼だぞ?」
赤城先輩は少し顔をムッとさせて言うと、店員リカはクスリと笑いながら言った。
「いいのよ。まぁ、男の子がこんな可愛らしいお店に入るのは、恥ずかしいもんね。えっと・・・サイズはSでよかったわよね?ちょっと待っててね、今持って来るから。」
「すみません・・・。あぁ、お願いします。」
赤城先輩が軽くお辞儀をすると、店員リカは洋服を取りに向かった。赤城先輩は顔を赤くしながら俯く白澤君に、少し不機嫌そうにしながら言う。
「駄目じゃないか白澤君。店員さんに失礼だぞ?ここのお店は、いつもサービスして可愛いリボンとか付けてくれる、良いお店なんだから・・・。特にリカさんは、いつも一緒に選んでくれている人なのだよ?」
白澤君はゆっくりと赤城先輩の顔を見ると、赤く染めた顔を青色へと変え言った。
「赤城先輩・・・店員の名前も知ってるんだ・・・。どんだけ常連なんですか?しかもサイズも把握されているし・・・。」
(・・・?サイズ・・・?)
白澤君はふと店員リカの言った『Sサイズ』と言う言葉を思い出すと、不思議そうに赤城先輩に聞いた。
「先輩、Sサイズって言っていましたけど・・・。小さくないですか?それじゃあ赤城先輩の体には入りませんよ?・・・せめて・・・Lとかじゃないと・・・。」
そんな白澤君の言葉に、赤城先輩はパックリと口を開け、呆れた表情をさせた。
「君は何を言っているんだい?黒木じゃないのだから、俺が着る訳ないだろう。会長にプレゼントをする為に、このお店でよく買い物をしているのだよ?」
すると白澤君は、「あぁ!」と言い、恥ずかしそうに頭をポリポリと掻いた。
「そっ・・・そう言えば・・・黄美絵先輩が言っていました・・・ね。赤城先輩、会長に可愛いリボンとか洋服、よくプレゼントしてるって・・・。あぁー・・・その為の買い物でしたか。だったら初めからそう言って下さいよ。俺変な勘違いをしちゃったじゃないですか・・・ハハッ・・・。」
白澤君は苦笑いをすると、赤城先輩も苦笑いをした。
「これでよかったかしら?」
苦笑いをしている2人の後ろから、店員リカがワンピースを片手に再び現れた。2人はパッと店員リカの方を向くと、手に持つワンピースを見て、赤城先輩は嬉しそうな顔をして頷く。
「あぁ!はいっ!それです、それっ!それ下さい!」
ワンピースは淡いピンク色で、スカートの裾には花柄のプリントの着いた、シンプルながらも可愛らしい物だった。
「あぁ・・・可愛いですねぇ・・・。」
思わず白澤君は感想を口に出して言ってしまうと、店員リカは嬉しそうに笑った。
「でしょ?人気有るんだ、これ。またプレゼント用に包装すればいいかしら?」
「はい、お願いします!」
赤城先輩が元気よく返事をすると、店員リカはニッコリと頷き、ワンピースを持って、レジカウンンターの方へと向かった。
「やっぱり白澤君も、あのワンピース可愛いと思うかい?会長に似合うと思うだろう?」
嬉しそうな顔をして言って来る赤城先輩に、白澤君はしまったと思い、口に出してしまった事を後悔しながらも、無言で頷いた。
(しかしあのワンピースは、無残にも燃やされてしまうんだろうな・・・。)
赤城先輩ではなくワンピースを哀れに思うと、小さな溜息が自然と零れた。
「あぁ、そうだ!せっかくだから、白澤君も何か買って行ったら?付き合ってくれたお礼に、俺が奢ってあげちゃうよ?」
白澤君から賛同を得たからか、やけに機嫌が良さそうに言う赤城先輩。そんな赤城先輩の申し出を、白澤君は丁重に断った。
「いいえっ結構ですっ!買って貰っても意味が有りませんし、使い道も有りませんからっ!」
「そんな遠慮しなくともいいのに。何でも好きな物を選びたまえ!」
「遠慮している訳じゃ有りませんっ!」
(全く・・・どこのオヤジだよ・・・。キャバ嬢に貢いで機嫌取りするオヤジかよっ!)
呆れながらも口元を引き攣らせていると、ふと周りに並ぶ洋服を見渡した。フリフリの沢山の可愛らしい洋服に囲まれている自分。その中から何でも好きな物を買ってくれると言っている赤城先輩。パッと見る限りどれもそれなりに高そうな値段。買って貰った後の使い道・・・。白澤君は顔をニヤリとさせると、不敵な笑みを浮かべた。
「あぁ・・・赤城先輩、やっぱり何か買って下さい。せっかく来たんですしね。」
いい悪巧みを思い付いた白澤君は、ニッコリと笑顔を見せて赤城先輩に言った。赤城先輩はそんな白澤君の笑顔に、嬉しそうな顔させると、喜びながら言って来る。
「そうか!やはりせっかく来たのだから、何か購入していかなければね!2人が始めたお外で遊んだ思い出の品にもなるし!」
「そうですよねぇ~。良い記念品にもなりますしねぇ。」
ワザとらしい明るい声で言うと、白澤君はレジカウンターで包装をしている、店員リカの元へと近づき話し掛けた。
「店員さん、この店で一番レースが多くて、女の子らしくて可愛いワンピースってどれですか?」
白澤君の問い掛けに、店員リカは包装をしながら、嬉しそうに微笑みながら答えた。
「あら?お友達もプレゼント?そうねぇ・・・やっぱりストロベリーのワンピースかなぁ?」
「なら、それ下さい。サイズは・・・えっと、Mで大丈夫だと思います。包装はしなくてもいいので、支払いはそのワンピースと纏めてお願いします。」
白澤君に言われると、店員リカはニッコリと笑い頷いた。
「はい、分かりました。ちょっと待っててね。」
そう言って、包装をし終えると、白澤君の注文をしたワンピースを取りに向かった。レジカウンターへと戻って来ると、手にしたワンピースを白澤君に見せる。
「これだけど、いいかしら?」
ワンピースはあちこちにレースが施されており、全体にイチゴ柄のプリントが着いた、赤色の物だった。それを見た白澤君はまたニヤリと笑い、満足そうに頷いた。
「はい、それでお願いします。」
店員リカはワンピースを袋に詰めると、赤城先輩の注文した商品と別々に、レジカウンターの上に乗せる。
「はい、こっちが赤城君の商品ね。おまけに同じ色の髪飾りのリボンを入れておいたから。お友達にもね。」
「ありがとうございます。」
白澤君は商品を受け取ると、店内で物色をしている赤城先輩を呼んだ。
「先輩、支払い。」
白澤君の声に気付いた赤城先輩は、慌ててレジカウンターへ行くと、鞄の中から財布を取り出した。
「あぁ・・・もう出来たんですか?えっと・・・あぁ!白澤君ももう決まったんだね。」
自分の分を手に持つ白澤君は、顎でクイッと、レジカウンターの上に置かれた赤城先輩の商品を差した。
「おぉ!また今回も可愛らしい包装で・・・。」
満足そうに赤城先輩は商品を受け取った。
「またおまけにリボン入れておいたからね。えっと・・・お会計は一緒でよかったのよね?」
店員リカがそう言うと、赤城先輩はニッコリと微笑みながら頷いた。
「はい。じゃぁ、赤城君の方が7千6百円で、お友達の方が1万4千円。合計で、2万1千6百円になります。」
値段を聞いた赤城先輩は、財布からお金を取り出そうとしていた手を、一瞬ピタリと停めた。
「・・・え?白澤君・・・俺より高いの買ったの?」
ゆっくりと白澤君の方を向く赤城先輩に、白澤君はニッコリと微笑んだ。
「だって何でもいいって、先輩が言ったんじゃないですか?」
赤城先輩は「あぁ・・・そうだったね・・・。」と頷くと、ションボリとした顔で、財布の中からそっとカードを取り出した。
「カード払いで・・・お願いします・・・。」
*以下略*
買い物を済ませた2人は、近くのカフェでお茶を飲み、寛いでいた。本当ならさっさとそのまま帰りたかった白澤君であったが、奢って貰ったと言う事も有り、流石にこのまま帰るのも悪い気がし、もう少しだけ赤城先輩に付き合う事にした。
マッタリとした中、赤城先輩は嬉しそうに顔をニコニコとさせている。余程白澤君と校外で遊べた事が、嬉しい様子だ。
「赤城先輩、高校生の癖にカード持ってるんですか?」
白澤君は、先程カード払いをしていた赤城先輩の姿に、少し羨ましそうな顔をさせて言った。すると赤城先輩は、困った表情をさせながら、言い難そうに言う。
「あぁ・・・家は両親が不在の時が多いからね。それで何か有った時の為にと、持たされているのだよ・・・。」
「ふぅ~ん・・・。」
突然挙動不審になる赤城先輩の様子に、白澤君は余り聞かれたくは無さそうだと思い、話題を切り替える事にした。
「そう言えば赤城先輩って、会長の事いつから好きなんですか?やっぱり高校に入ってから?」
せっかく落ち着いて話せるいい機会でもあるし、赤城先輩から色々と聞いてみようと思った白澤君は、やはり一番気になる会長との関係性について聞いてみた。すると赤城先輩は、恥ずかしそうに照れ出し、頭を掻き毟りながら答えて来た。
「いやぁ~実は会長の事は、俺が中学の時から知っていたのだよ。その時から・・・かなぁ・・・ハハ・・・。」
「へぇ・・・じゃあ、高校に入学する前から好きだったって事ですか。」
意外にも長い赤城先輩の方想いに、一途さを感じた白澤君は、少し関心をしてしまう。
「でも赤城先輩と会長って・・・中学違う上に、住んでる所も逆方向ですよね?どうやって知り合ったんです?」
不思議そうに尋ねる白澤君に、赤城先輩は少し言い難そうに言った。
「いやね・・・レンタル屋さんで・・・。」
「レンタル屋?・・・どこの?」
白澤君は首を傾げると、赤城先輩は更に言い難そうに、白澤君から視線を逸らして言う。
「えっと・・・会長が愛用をしている、レンタル屋さん・・・かなぁ・・・。会長の家の近くの・・・。」
「って・・・なんでそんな遠くのレンタル屋まで行ってるんですか?赤城先輩の家の近くにだってあるでしょう?」
赤城先輩の発言に、白澤君は驚きながらも、不思議そうに顔をキョトンとさせた。すると赤城先輩は、困った顔をしながら言う。
「いやね、これには理由があってだね・・・。」
白澤君はジッと赤城先輩の顔を見ると、何となく思った事を口にした。
「それって・・・やっぱりあの変態中学が原因で・・・とかですか・・・?」
白澤君に図星を突かれた赤城先輩は、ハハハ・・・と苦笑いをしながら頷いた。
「本当・・・どんだけ変人の集まり中学なんですか・・・。あぁ・・・赤城先輩も、黒木みたいにスイーツ(笑)軍団に追いかけ回されたとか?」
ハァ・・・と溜息を吐きながらも言う白澤君に、赤城先輩は静かに俯きながら話した。
「いや・・・俺の場合はちょっと違うなか。まぁ確かにスイーツ(笑)軍団にはしつこく付き纏われたりはしたけど、実際に追い回されて襲われた相手は黒木だけだったからね。」
そう言うと、少し懐かしそうな顔をさせた。
「どう言う事です?」
白澤君は不思議そうに聞くと、赤城先輩はニッコリと微笑んだ後、恥ずかしそうにしながらも話し出した。
「実は・・・恥ずかしながら、中学の時と今の俺は、全く違っていたんだよ。まぁ・・・今は素の俺なのだが、中学生の頃の俺は、何と言うか・・・自分を作っていたんだ。キャラ作りとでも言うのかなぁ。」
「キャラ・・・作り・・・ですか?」
赤城先輩の言っている事が、まだよく分からず、白澤君は首を傾げると更に不思議そうな顔をした。
「いやぁ~ほら、俺ってば、こんな外見だし、成績も優秀でそこそこ運動神経も良かったから・・・。中学に入学してすぐに、勝手にイメージが出来上がってしまって・・・。優しくて頼りがいの有る、男らしい完璧な理想の男性像って言うテンプレを付けられてしまったのだよ。」
顔を赤くしながら、恥ずかしそうに言う赤城先輩に、白澤君は何となく納得をした。
(まぁ・・・確かに見た目からしたら、そんなイメージは湧くよな・・・。頼りがいが有るのと男らしいって所は・・・間違っているけど・・。)
「でも実際の先輩って、情けないし変人だし、腰が無駄に低い癖にすぐに暴走しちゃう、ホラー映画好きの根暗じゃないですか?本当、全然違いますね。」
「白澤君・・・なにもそこまで言わなくても・・・。」
サラリと酷い事を言う白澤君に、赤城先輩は悲しそうに顔を俯けた。
「ほら、今だって、ちょっと言われた位ですぐに落ち込んじゃうし・・・。」
更に白澤君が指摘をすると、赤城先輩は申し訳なさそうに頷いた。
「そうなのだよ・・・。だからあの恐怖の単語を散々言われていた時は、実際の俺とは全く違う事への申し訳なさから、そのイメージに答えなければと思ってしまっていてね。」
「あぁ・・・だから美・・・あの単語を言うと悶え苦しむんですね・・・。トラウマとかってヤツ?」
思わず『美形』と言いそうになってしまった白澤君は、ここで悶えられても恥ずかしい上に面倒臭いと思い、とっさに言葉を言い換えた。白澤君の言葉に、赤城先輩はコクリと頷くと、話しの続きをする。
「だからさ、頑張って周りの期待に答えようと、俺なりに努力をしたのだよ・・・。周りが思う様な自分を演じて、間違ってもホラー映画マニアだなんて事がバレない様にと、地元から離れたレンタル屋さんにわざわざ足を運んでいたのだよ。地元だと、知り合いに会ってしまう可能性が有るからね。」
「その上マスクマニアのオタクですもんね・・・。知ったら皆幻滅するでしょうね・・・。女の思い込みって激しいから。」
白澤君が付け加えると、赤城先輩は涙ながらに頷いた。
「そうなのだよ!彼女達の妄想は物凄く恐ろしいのだよ!特にスイーツ(笑)軍団は、俺が犬に吠えられてビックリしただけでも『そんなの赤城君じゃない!』とか言って責めて来るのだよ!」
泣きそうな顔をして言う赤城先輩に、白澤君は引き気味ながらも、少し同情をしてしまう。
「た・・・大変だったんですね・・・。黒木と言い・・・。」
「それで遠くのレンタル屋に行っていたのだけれど・・・。そこで会長と出会ったのだよ!」
そう言うと赤城先輩は、今度は目を輝かせながら、嬉しそうな顔をした。白澤君は白けた顔をしながら、素っ気なく言う。
「あぁ・・・ホラーコーナーで出会ったんですね・・・。」
白澤君の発言に、赤城先輩は驚いた表情で少し興奮気味に言った。
「おぉ!その通りだよ!よく分かったね、白澤君っ!」
「アンタ等の趣味を考えると、嫌でも分かりますよ。」
冷めた口調で言う白澤君の事等気にする事無く、赤城先輩は会長と初めて出会った日を、熱く語り始めた。
「あれは中学2年生になったばかりの事だったよ。いつもの様にレンタル屋さんに行き、俺が作品を物色していたら、突然会長が俺の腕を掴んで言って来たのだよ・・・。『万引きはよくないぞっ』と・・・。俺は慌てて振り返ると、そこにはお人形さんの様に可愛らしい会長の姿があったのだよ!そして会長の持つカゴの中には、沢山のホラー映画が入っていたのだ!俺はその可愛らしい容姿とカゴの中のホラー映画とのギャップに、衝撃を受け!感動をしたのだよ!」
胸に手を当てながら、熱弁をする赤城先輩の発言の一部に、白澤君は慌ててツッコミを入れた。
「ちょっ、ちょっと待って下さい?万引きって・・・。万引きはよくないって、赤城先輩万引きしようとしてたんですか?」
慌しく言う白澤君とは裏腹に、赤城先輩はニッコリと笑い、呑気な声で言った。
「あぁ・・・実際には会長の勘違いだったのだよ。俺が余りに怪しい格好で、挙動不審にしていたから。」
「って・・・どんな格好していたんです?」
「帽子を被ってサングラスをし、マスクを装着していたのだよ。万が一知り合いに見られても、俺だと分からない様にね。レンタル屋さんは、定期的に変えていたから、その日行ったレンタル屋さんは初めての来店だったからね。周りに知り合いが居ないか、警戒をしながら物色をしていたのだよ。」
白澤君は思い切り呆れた顔をすると、ハァ・・・と深く溜息を吐いた。
「そりゃ万引き犯と間違われても仕方ないですよ・・・。」
赤城先輩はハハハ・・・と苦笑いをすると、話しの続きをした。
「いやぁ・・・恥ずかしながら、会長にも同じ事を言われてしまったよ・・・。それで、知り合いに見付からない為にと事情を説明したら、会長の怒られてしまってね。」
「怒られる・・・?初対面に喝を入れるとは・・・会長らしいと言えば会長らしいですね・・・。」
白澤君は更に呆れた顔をするも、赤城先輩は逆に嬉しそうな表情をさせ、興奮気味に言った。
「その時の会長の姿は、なんとも凛々しく・・・そしてかわゆかった・・・。会長に自信満々に、『ホラー好きを隠すと言う事は、ホラー好きの自分を恥じていると言う事だ!それはホラー映画を侮辱している事!ホラー映画に失礼だぞ!』と言われた時に、俺は自分の愚かさに気付いたのだよ!」
「どんだけ『ホラー』を連発しているんですか・・・会長は・・・。それで惚れてしまったと・・・?」
白澤君が呆れながらに聞くと、赤城先輩は、今度は落ち着いた口調で話した。
「いや・・・その時はまだ。只同士に出会えた事に、喜びを感じていただけだったよ。それ以来、俺はそのレンタル屋さんに通う様になったのだけど、そこで会長と会う度に、会長はオススメの作品とかを教えてくれてね。その時、学校での話しとかも聞いてくれたんだ。会長はいつだって真剣で・・・。オススメの作品を言っている時も、俺の話しを聞いている時も、真剣な態度で俺と接してくれていて。俺はそれが、とても嬉しかったのだよ。何と言うか・・・ちゃんと本当の俺を見てくれている様な気がしてね。」
そう言って、赤城先輩はニッコリと笑うと、白澤君も釣られてニッコリと微笑んだ。
「あぁ・・・何となく分かる気がしますよ。会長って、どんな下らない話とかでも、常に真剣に取り組む所が有りますからね。まぁ無垢と言うか・・・純粋と言うか・・・。」
白澤君の言葉に、赤城先輩は満遍ない笑みを浮かべると、とても嬉しそうに言った。
「そうなのだよ!俺はそんな純粋な会長に見惚れてしまったのだよ。それと同時に、羨ましくもあったんだ。自分に自信を持っている会長の事が。だから会長に、『有りのままの自分を受入れてくれる者こそが、真の友人だ!』って言われた時には、本当にその通りだと思ってね。凄く納得もしたし。それから学校で、自分のキャラを作るのを止めたのだよ。有りのままの自分で居ようってね。」
「先輩・・・そうだったんですか・・・。」
白澤君は柔らかい笑顔を浮かべて言うと、遠い目をした。
(つまりは、今の赤城先輩を作った原因は、会長・・・と言う事か・・・。)
「赤城先輩、何事にも限度って物が有りますよ?自分を出し過ぎるのも、問題有りますよ?」
白澤君が優しい笑顔を浮かべながら言うと、赤城先輩は一気に顔を沈ませ、悲しそうに言った。
「白澤君・・・今までの俺の話を聞いていて・・・感想がそれかい?」
「赤城先輩は自分をさらけ出し過ぎなんですっ!ちょっとは自重して下さいよ・・・。周りに迷惑が掛かるんですから。」
一気に冷めた表情をさせて、言って来る白澤君に、赤城先輩は更に悲しそうな顔をすると、テーブルの上に置かれた白澤君の両手を、ガッシリと握り締めた。
「白澤君・・・これでも自重しているよ・・・。翠ちゃんに比べたら、自重している方なのだよ?」
白澤君は握り締められた赤城先輩の両手を、ブンブンと振り払うと、不機嫌な顔をさせる。
「だから、こう言う事するの止めて下さいっ!傍から見たら変な誤解を受けるじゃないですかっ!まだ黒木の方が自重していますよ。アイツは人前では襲って来ないんでしょう?」
「それは高校に入ってからの話だよっ!中学の時は、見境無く襲って来たのだよ!」
テーブルをバンバンッと叩きながら訴える赤城先輩に、白澤君は呆れた顔をさせた。
「だから、黒木は高校に入って自重する様になったんじゃないですか。赤城先輩は、中学の途中から自重しなくなっただけでしょ?・・・全く・・・。」
白澤君は目の前に有る飲み物を、ズズズッと啜ると、軽く溜息を吐いた。赤城先輩は悲しそうに俯きながら、拗ねる様にストローを齧っている。2人の間にしばしの沈黙が続くと、白澤君は思い出したかの様に、急に赤城先輩に尋ねた。
「あ・・・そう言えば、赤城先輩も、やっぱり会長を追い掛けて、この高校に入ったんですか?」
白澤君の質問に、鼠の様にカリカリとストローを齧っていた赤城先輩は、一気に顔を上げると、嬉しそうに答えて来た。
「あぁ!それはね、会長に誘われたのだよ!」
「・・・会長に・・・ですか?」
「そうっ!例のレンタル屋さんで、会長が黄泉高等学校に入学した事を教えてくれた時に、『そこは自由の学園だから、お前も周りの目を気にする事無く過ごせる。自分はホラー映画の同好会を立ち上げるつもりだから、お前も優秀なら来るといい。』って言われてね。それで俺は、この高校の推薦を受けたのだよ!他にも志望校は有ったけど・・・会長のお誘いだったし、会長が立ち上げると言っていた同好会に、とても興味が有ったからね。」
そう言って、赤城先輩はニッコリと笑った。
(しかし黄美絵先輩目当てだと思われ、入会試験を受けさせられてるんだよな・・・この人・・・・。会長はレンタル屋で会っていた事を忘れていたのか?)
そう思いながらも、ニッコリと微笑む赤城先輩の姿を見て、白澤君は自分を見ている様な気分になり、思わず自分が今の高校に入学をした理由を、赤城先輩に告白してしまう。
「俺も・・・誘われたんですよ。自由の学園だから、周りを気にする事無く過ごせるって・・・。不登校で引きこもりの過去が有っても、気にする奴なんか誰も居ないから、その事でとやかく言って来る様な、低俗な奴なんか居ないし、安心して学園生活を送れると・・・。」
突然ポツリと言って来た白澤君の告白に、赤城先輩はニッコリと笑い、穏やかな表情を浮かべて言った。
「へぇ~白澤君も、誰かに誘われて入学したんだね。じゃあ俺達、似た者同士さんだね。」
優しい笑顔を浮かべて言う赤城先輩を、白澤君はジッと見ると、少し俯きながら尋ねた。
「あの・・・どうして・・・聞かないんですか?先輩も・・・会長達も、何で俺が不登校で引きこもりだったのかを・・・。」
すると赤城先輩は、クスリと笑うと、優しい口調で言って来た。
「それは、君を誘った人が言った、そのままの理由だよ。そんな小さな事を気にする人は、誰も居ないからね。」
「でも俺は、皆の過去の事とか、色々と聞いていますよ?やっぱり俺は気になっちゃうし・・・。意外に皆、素直に教えてくれるし・・・。」
「それは白澤君が、好奇心旺盛だからだよ。個性の一つなんじゃないかな?皆が簡単に教えてくれるのだって、誰ももう、自分の過去の事なんか、そこまで気にしていないからだよ。まぁ・・・黄美絵先輩みたいな完全秘密主義者も居るけど、ほらっ!過去の事なんかに拘っている暇なんか無い位、学校生活が楽しいだろう?」
赤城先輩は嬉しそうに言うが、白澤君は逆に顔を暗く沈めてしまう。
「・・・そう思うと、俺は誰よりも酷い奴なのかもしれませんね・・・。人の過去の話をネタに、楽しんで遊んでいるんですから・・・。」
珍しく落ち込む白澤君の姿に、赤城先輩は少し困った顔をしながらも、優しく言った。
「でも君は、その事を誰かれ構わず、言い振らしたりしている訳では無いだろう?只自分の中で楽しんでいるだけで。黄美絵先輩だって、面白半分で俺や黒木をカラかってはいるけど、それを皆に言い振らしたり、本当の意味でのイジメをしている訳では無いのだから。只皆、自分なりに楽しく過ごしているだけだよ。」
赤城先輩がそう言うと、白澤君はクスリと笑い、少し照れ臭そうな顔をした。
「赤城先輩って・・・嘘が下手ですよね。何だかんだ言って、皆結構自分の過去の事、気にしてるじゃないですか?俺の事聞かないのは、俺が聞かないで欲しいってオーラを出しているからでしょう?一応俺に、気使ってくれてるんですか?」
赤城先輩は恥ずかしそうに頭を掻き毟ると、顔を少し赤くさせた。
「いやっ・・・全部が全部、嘘と言う訳ではないのだよ?ほらっ!実際君だって、誰かに言い振らしたりしている訳ではないのだし・・・。何と言うか・・・そのっ・・・。」
慌てながら言う赤城先輩に、白澤君はクスクスと笑うと、ニッコリと微笑んだ。
「ありがとうございます、赤城先輩。赤城先輩の良い所って、本当優しい所なんですね。」
「白澤君・・・。」
珍しく素直な態度で褒めて来る白澤君に、赤城先輩は感激をしながらも、校外で一緒に過ごしてよかったと、改めて実感をした。
「本当、今日は白澤君を誘ってよかったよ。やはり外で遊んだお陰で、より仲良しさんになれたし・・・。何より白澤君が自分の性格の悪さを実感していた事が、分かったからね。」
涙ぐみながら、感激をして言って来る赤城先輩の言葉に、白澤君の顔は一気に白け、冷たく言い放った。
「先輩・・・さっきの言葉撤回します・・・。やっぱり先輩は只の馬鹿城先輩です。」
感動のシーンが一気に崩れ去ると、赤城先輩は「しまった!」と頭を抱え、つい本音まで言ってしまった事への後悔が押し寄せた。不機嫌そうにソッポを向く白澤君の機嫌を、なんとか戻そうと、赤城先輩は必死に良い話題は無いかと考える。するとハッと、自分の言った『似た者同士さん』と言う言葉を思い出した。
「そっ・・・そう言えば、白澤君は誰に誘われたんだい?俺は会長だったのだけど・・・白澤君は?」
一生懸命爽やかな笑顔を作り、問い掛けると、白澤君はゆっくりと赤城先輩の方を向き、素っ気なく答えた。
「さぁ?誰だか知りませんよ。」
白澤君の答えに、赤城先輩は不思議そうに首を横に傾げると、キョトンッとした顔で聞く。
「知らないの?だって、誘われたんだろう?そこに人が居ない限り、誘われる事は無いのでは?パンフレットに誘われたのかい?」
すると白澤君は顔をムスッとさせ、不機嫌そうに言った。
「知りませんよ。チャットで知り合った人なんで、実際の人物は誰なのかは、知らないんですっ!」
白澤君の『チャット』と言う言葉に、赤城先輩は成程、と納得をした。
「あぁ・・・チャット相手が、黄泉高等学校の生徒だったんだね。なら、卒業生でなければ、学校のどこかで会っているかもしれないね。」
そう言って赤城先輩はニッコリと笑うと、白澤君の顔は少し赤く染まり、照れ臭そうに頷いた。
「そっ・・・そうかも・・・しれませんね。」
*以下略*
その後白澤君は何度も帰ろうとするが、赤城先輩が「まだ早い!」としがみ付きながら引き止めて来た為、仕方なくその辺をうろつく事になった。
目に留まったお店に入ると、赤城先輩が白澤君の洋服を選び始めたり、雑貨屋に入ると、赤城先輩がお揃いのストラップを買おうとして白澤君が阻止したりと、赤城先輩1人がはしゃいでいた。一方の白澤君は、疲れ切った顔をして、グッタリとしている。そんな白澤君の事等気にもせず、赤城先輩はゲームセンター内へと楽しそうに入って行った。ワクワクと胸を弾ませながら、白澤君を引きずり奥へと入ると、プリクラのコーナーまでやって来る。
「白澤君!白澤君!プリクラ撮ろうよっ!高校生の仲良しさんがする事と言えば、やっぱりこれだよね!」
目を輝かせて、子供の様にはしゃぎながら言って来る赤城先輩に、白澤君は白けた顔して言う。
「絶対に嫌ですっ!馬鹿城先輩!」
ハッキリと拒絶をする、白澤君の言葉等聞く耳持たず、赤城先輩は無理やり白澤君をプリクラの機械の中へと押し込むと、無理やり撮影をした。仕上がった写真には、満遍無い笑顔の赤城先輩と、露骨に嫌そうにしている白澤君の顔が写っていた。
赤城先輩から、プリクラの写真の半分を受け取らされた白澤君は、それを手に持ちながら赤城先輩に言った。
「赤城先輩・・・これ絶対に黒木には見せないで下さいよっ!」
白澤君は強く言うも、時既に遅し・・・赤城先輩は早速携帯の裏に、白澤君とのツーショットのプリクラを貼っていた。白澤君は思い切り顔を引き攣らせると、赤城先輩の携帯から、無理やりシールを剥がそうとする。しかし赤城先輩も必死に抵抗をし、結局剥がす事は出来なかった。
「先輩・・・絶対に!黒木には見せないで下さいよっ!」
再度強く赤城先輩に言うと、赤城先輩は顔をニコニコとさせながら、うんうんと頷く。白澤君は、本当に分かっているのか?と思いながら、深く溜息を吐いた。
「じゃぁ・・・マジで俺もう帰りますんで・・・。」
白澤君は今度こそ帰ろうと、赤城先輩に手を振ると、赤城先輩はヒラヒラと力無く振る白澤君の手を、ガッシリと掴んだ。
「駄目だよ白澤君っ!まだ番号とメアド交換をしていないではないか!」
物凄い眼力で見ながら言って来る赤城先輩に、白澤君の口元は思い切り引き攣った。
「絶対に嫌ですよ・・・。先輩絶対下らない事で、一々メールとか電話して来るタイプでしょ?」
物凄く嫌そうに白澤君が言うと、赤城先輩は真剣な眼差しで見つめながら、言って来る。
「そんな事無いよ!だってほら!同好会のお知らせとか、メールで知らせた方が早い時だってあるではないかっ!」
尤もらしい事を言い、なんとか白澤君と番号交換をしようとする赤城先輩。そんな赤城先輩に、白澤君は溜息混じりに言った。
「だったら問題有りませんよ。俺、黄美絵先輩と会長の携帯番号とメアド、知ってますから・・・。」
いつの間にか他の2人とは番号交換をしていた事を知り、赤城先輩は物凄くショックを受け、シクシクと泣きながら言って来る。
「ひ・・・酷いよ白澤君・・・。何故俺だけ・・・俺とだけまだしていないんだい?してくれないんだい?」
悲しそうに白澤君の手を掴んだまま泣く赤城先輩に、白澤君は更に溜息を吐いた。
「さっき言った言葉の通りです!・・・てか・・・そう言えば黄美絵先輩も会長も、俺のメアド知ってるんだから、一々赤城先輩に伝言役をさせなくても、メールで教えてくれればいいのに・・・。」
今更ながらに気付いた白澤君は、又も大きく溜息を吐いた。
(いや・・・黄美絵先輩は面白がって、敢えて赤城先輩に直接伝言を伝えさせに行ってるんだな・・・。会長に至っては・・・絶対に忘れているだけだな・・・。)
そう思うと、なんだかメンバー全員が、黄美絵先輩の掌の上で踊らされているだけの様な気がし、虚しくなって来た。
「白澤君!教えてくれるまで、絶対に帰さないからね!」
未だに泣きながら、必死に手を掴んでいる赤城先輩の姿に、白澤君は呆れ返って言葉も出ない。ハァ・・・と深い溜息を吐くと、仕方なさそうに、ポケットから携帯を取り出した。
「分かりましたよ・・・。その変わり、無意味な下らないメールとかはして来ないで下さいね。そんな糞メールには、返事も返しませんから・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は嬉しそうに、何度も大きく頷いた。
ようやく赤城先輩から解放され、自宅へと帰って来た白澤君は、グッタリと疲れた様子で、部屋に入ると同時にベッドの上に倒れ込む。当然電車は、赤城先輩とは別の電車に乗っての帰宅だ。
「疲れた・・・マジ疲れた・・・。これならまだ同好会活動をしてた方が楽かも・・・。」
ベッドに寝転がったまま、無雑作に鞄の中からプリクラを取り出すと、一緒に写っている赤城先輩を見て、自然と溜息が零れた。
「ハァ・・・赤城先輩・・・同級生に友達とか居ないのかよ?普通居るだろ?そいつ等と遊んで貰えばいいのに・・・。」
白澤君はもう一度プリクラに写る赤城先輩をよく見てみると、ふと思い出し、寝そべっていた体を持ち上げ、ベッドの上に座った。
「あぁ・・・そっか・・・。うちの学校って、部員は部員同士、同好会はメンバー同士・・・その他はその他で、固まってるんだっけ・・・。教室で話す友達は居ても、放課後遊ぶ友達って・・・もうそれぞれ決まってるんだよな・・・。俺が入るまで、あの同好会で男は赤城先輩1人だけだっけ・・・。」
そう考えると、赤城先輩がやたらと懐いて来るのも、仲良しさんを強調するのも、分かる気がした。
「まぁ・・・元々人数少ない同好会だけど、やっぱ同じ男が入って来て、嬉しかったのかなぁ・・・?同中でも、黒木は只のホモだし、翠ちゃんは女の子だし・・・。」
少しだけ赤城先輩の事が、可哀想にも思えた白澤君は、フゥ・・・と息と吐くと表情を柔らかくさせた。
「ま、何故か憎めない所も有るし・・・少しは仲良しさんにでも、なってあげようかな・・・。」
白澤君は携帯電話を取り出し電源を切ると、電池パックを入れる蓋を開け、その裏に、プリクラのシールを貼った。ニコリと笑うと、そっと蓋を閉め、電源を入れる。
「俺も・・・友達が出来るのは・・・嬉しいし・・・。」
ボソリと呟くと、ベッドから立ち上がり、制服の上着を脱いで家着に着替え始める。着替え終わった後、机の上のPCの電源を入れると、後ろからピピピッと携帯が鳴る音が聞こえて来た。白澤君はベッドの上に置かれた携帯を手にし、画面を見てみると、メールが一通届いている。そして送信者の名前を見て、微妙に口元が引き攣った。
「げ・・・赤城先輩・・・何早速メールして来てるんだよ・・・。」
件名には『馬鹿城先輩』と表示されている。白澤君は溜息を吐くと、呆れながら仕方なさそうにメールを開き、内容を見た。するとそこには『帰宅なう!』とだけ書かれている。それを見た白澤君の顔は、一気にうんざりとした表情に変わった。
「な・・・なうって・・・。ネット用語かよ・・・。てか、なんだよこの無意味な報告メール・・・。うぜぇ・・・これからあれか?一々下らない報告メールが送られて来るのか?・・・だから嫌だったのに・・・無視だな・・・。」
白澤君は赤城先輩からのメールは見なかった事にし、PCの前に座ると、作業を始める。某サイトを開くと、いつも使っているチャットルームの中へと入室した。
パスワードを掛け、『WH』と部屋名を書き1人の相手をじっと待ち続ける。その間も、何度も携帯から、メール通知を知らせる音がしていた。白澤君はイライラとしながらも、無視し続けていたが、我慢の限界に達し、乱暴に携帯を取ると、他の人からのメールも有るかもしれないと思い、受信メールを開いた。しかし『馬鹿城先輩』と言う文字が連なっているだけで、ガックシと首をうな垂れると、内容を見る事なく、別の操作をし始める。
「糞っ・・・赤城先輩の着信音だけ変えてやるっ!分かりやすい様に・・・。」
白澤君は赤城先輩専用着信音を、ジョーズのテーマBGMに設定すると、メールの音は悲鳴声に設定した。
「うん、これなら分かりやすい!」
再びPCの前に座ると、まだチャットルームには自分しか居ない画面を見て、溜息を吐いた。
「ハァ・・・今日も・・・来ないのかなぁ・・・。高校の入学が決まってから、一度も来てくれてないや・・・。」
寂しそうに俯く白澤君の背後から、先程設定したばかりの、ジョーズのテーマBGMが流れて来た。その音を耳にした白澤君は、一気に嫌そうな顔に変わる。聞こえない振りをして無視し続けるが、ジョーズのテーマは鳴り止む事はなく、延々と流れ続ける。余りにしつこく流れ続けるので、白澤君は仕方なく携帯を取ると、通話ボタンを押した。
「しつこいですよ、赤城先輩・・・。どんだけコール鳴らし続けてるんですか?非常識ですっ!」
電話を取ると同時に、低い声で恨めしそうに言うと、受話器の向こう側からは無駄に明るい赤城先輩の声が聞こえて来た。
「白澤くうぅ~ん!やっと出てくれたあぁぁー!酷いじゃないかっ!メールの返事が、一度も来ていないよ?」
白澤君は深く溜息を吐くと、呆れた声で言う。
「それで電話して来たんですか?俺言いましたよねぇ?下らない内容のメールは無視しますってっ!二度と報告メールはして来ないで下さいっ!それじゃぁ・・・。」
そう言って電話を切ろうとする白澤君に、慌てて引き止めようと叫ぶ、赤城先輩の声が聞こえた。
「あああぁぁぁぁ!待って!まだ切らないで!お願いっ!お願いします!今日まだ言い忘れていた事が有って!」
白澤君は仕方なさそうに、電話を切るのを止まると、嫌々聞いた。
「何ですか?言い忘れた事って・・・。」
「いやね・・・明日翠ちゃんのお迎えは、黄美絵先輩が行ってくれるから・・・。って・・・メールしたんだけど・・・見て無い?」
「見ていませんね。」
サラリと言う白澤君の言葉に、赤城先輩は悲しそうな声で言って来た。
「白澤君・・・中開いてすらしてくれなかったんだね・・・。ちゃんと見ようよ・・・。」
白澤君はまた溜息を吐くと、面倒臭そうに言った。
「分かりましたよ・・・一応ちゃんと内容も見ますから、下らない報告メールはしないで下さいね。それから、翠ちゃんの事も分かりました。だからもう切ってもいいですか?」
すると赤城先輩は、また明るい声をさせて言って来る。
「ええぇっ!せっかくだから、もう少しお話しようよ!」
顔が見えなくても、無駄に明るい赤城先輩の声だけでウザさを感じ、白澤君は冷たく言った。
「嫌ですよ。俺先輩みたいに暇人じゃないんで。それに先輩と話す事等何も無いので、失礼します!」
「そんな冷たい事言わないで!何かお話ししようよ!あぁっ、そうだ!聞きたい事が有れば何でも聞いてくれたまえ!俺が知っている範囲内なら、何でも教えてあげるよ?白澤君、人の事聞くの好きだろう?」
必死に通話を繋ぎとめようとする赤城先輩に、白澤君は仕方なさそうに、どうせだからと少し気になっていた事を聞いた。
「なら・・・翠ちゃんって、黒木の事が好きなんですか?先輩中学同じなら、知ってるでしょ?」
白澤君が質問をして来ると、赤城先輩はお話ししてくれる気になったと思い、嬉しそうな声で答えた。
「あぁ、俺もハッキリとは分からないけど、そうみたいだよ?翠ちゃん、黒木の為に色々と一生懸命やってあげていたからね。勉強教えてあげたり、俺に黒木の気持ちを必死に伝えてきたりしていたから・・・ハハハッ。あーなんか黄美絵先輩も、気付いてるみたいだったよ?」
「黄美絵先輩も・・・?まぁ、あの人ならすぐに気付きそうだな・・・。」
白澤君は一瞬じっと考えると、再び赤城先輩に聞いた。
「翠ちゃんって、昔からあんなに勘違い妄想が激しかったんですか?流石にずっとあの調子で翠ちゃんと話すのは・・・ちょっと疲れるんですけど・・・。」
白澤君の問いに、赤城先輩は少し自信無さそうに答える。
「さぁ・・・?俺も翠ちゃんとよく話す様になったのは、黒木に襲われ始めてからだからねぇ・・・。翠ちゃん、図書委員だったから、それまでは図書室で会うと普通に挨拶をして、軽く話す程度だったし・・・その時は物静かな子だったよ?俺も、急に熱く黒木の想いを語り出された時には、ビックリしたから・・・。その時の妄想は凄まじかったよぉ~!『黒木君は男の子だけど、先輩の為なら性転換だってするはずです!』とか言われちゃって・・・ハハハッ。」
最後は楽しそうに笑う赤城先輩。そんな赤城先輩の笑い声を聞きながら、白澤君はうんざりとした顔をさせた。
(って事は・・・翠ちゃんの勘違い妄想の原因って・・・黒木に有りそうだな・・・。)
ハァ・・・と深く溜息を吐くと、白澤君は赤城先輩にお礼を言った。
「そうですか、教えてくれてありがとうございます。それじゃ!」
そう言って、そのまま電話をブチッと切った。
「いやいや、余り対した事は知らなくて・・・ごめっ・・・・・・。」
赤城先輩は笑いながら言っている途中、受話器からツーツー・・・と言う音が鳴っている事に気付き、その音を聞いて、携帯を床に落とし、悲しそうに俯いた。
「白澤君・・・切った・・・。聞くだけ聞いて・・・切るなんて・・・酷い・・・。」
赤城先輩は床に落とした携帯をゆっくりと拾い上げると、通話を切り、そっと机の上に置いた。その横には、今日買った会長へのプレゼントが置かれている。プレゼントを見ると、小さく微笑み、ゆっくりと部屋から出て行った。
部屋を出て階段を下りると、下の部屋の電気は全て消されており、真っ暗だ。赤城先輩は暗闇の中リビングへと入って行くと、台所まで行き、台所の電気だけを点けた。赤城先輩以外は、誰も家には居ない。冷蔵庫を開けると、赤城先輩は嬉しそうな顔をしながら、中を覗いた。
「さぁてっと・・・。明日の翠ちゃんの試験終了お祝いに、美味しいスコーンでも焼こうかな!黄美絵先輩のお茶受けにもなるし。」
顔をニコニコとさせながら、材料を取り出していると、微笑んでいた口元は、急に無表情へと変わった。
「・・・父さんと母さん・・・いつ帰って来るんだっけ・・・。」
電話を切った白澤君は、そのまま電源も切って、ベッドの上に携帯を放り投げた。
「これでもう鳴らないな。どうせ滅多に鳴らない携帯なんだし・・・もっと早く電源切っとけばよかったや・・・。」
白澤君はPCの前に座り直すと、未だに自分しか入室をしていない画面を見て、軽く溜息を吐いた。自分もチャットルームから退席をすると、そのままPCの電源を落とす。椅子の上で膝を抱えると、真黒なPCの画面に写る、自分の顔をじっと見つめた。
「なんか・・・。」
ボソリと呟き、視線を下に降ろすと、今までに聞いた同好会メンバー達の話が、頭の中をグルリと巡った。
(なんか・・・皆どこかで繋がっているんだなぁ・・・。会長は黄美絵先輩と出会って変わって、赤城先輩はそんな会長と出会って・・・黒木は赤城先輩と、翠ちゃんは・・・まだハッキリとは分からないけど、多分黒木と出会って変わったんだ・・・。それでそれぞれが、自分を変えた切っ掛けの人を好きになって・・・。三角関係とか四角関係以前に、一直線じゃないか・・・。なんか・・・。)
「俺だけその線の中には入っていないんだな・・・。自分だけはみ出してる感じで・・・なんか嫌だな・・・。」
そう思うと、なんだか少し寂しい気持ちになり、抱き抱えた膝の中に顔を埋めた。
「てか・・・そう考えると・・・全ての元凶は黄美絵先輩じゃないか・・・。」
沈んだ声で呟くと、その後クスリと小さく笑った。