厄介事からは更に厄介事を招く
入学式から2週間程が経ち、既に授業も本格的に始まり、白澤君は学校生活にも同好会活動にもすっかりと慣れていた。
あの第1回視聴会からは、全員で映画を観る事はなく、個人的に見たい映画を勝手に観ていたりと、その後の活動内容は意外にも気軽で自由であった。しかし部室へは毎日足を運ばされていた。一日でも早く慣れる為にと、赤城先輩が毎日放課後、白澤君の教室まで迎えに来ていたのだ。逃げようとする物ならしつこく叫びながら追いかけて来る為、白澤君は諦めて自ら部室へと足を運ぶようになった。そして今日も、授業が終わり白澤君は嫌々部室へと向かおうと、教室を出ようとしている。
(あぁ・・・ダルい・・・マジ面倒だ・・・。)
体を重そうに持ち上げ、椅子から立ち上がると、隣に座る翠ちゃんが心配そうにこちらを見ている事に気付いた。
「あの・・・勇人君、大丈夫?なんか・・・顔色悪いみたいだけど・・・。」
「え?あぁ、大丈夫だよ。ちょっと今から同好会活動かと思うと・・・気が重いだけだから・・・。」
そう言って遠い目をすると、翠ちゃんは更に心配そうな顔をする。
「同好会活動って・・・そんなに大変なの?なんか・・・厳しい練習とかしてるの?もしかしてっ!・・・いっ・・・イジメられてる・・・とか・・・?」
「イジメ・・・?あぁ・・・別にそう言う訳じゃないけど・・・扱き使われてはいるかな・・・。雑用係だし、ドリンク係だし・・・掃除したり買い出し行かされたり肩揉みさせられたり会長の子守させられたり・・・主に黄美絵先輩に・・・。」
ブツブツと言うとその後大きな溜息を吐き、ガックシと首をうな垂れた。そんな白澤君の姿に、翠ちゃんは声を震わせながら恐る恐る聞いた。
「あの・・・もしかして・・・。その・・・ちょっと前まで上級生の人が、毎日勇人君の事、迎えに来てたじゃない?顔とかは見えなかったけど・・・勇人君の倍背とか高い人だったし・・・。もしかして・・・そっ・・・その人にイジメられているとか?強引に毎日連れ出されて、キョッ脅迫とかされているの?」
涙ぐみながら言って来る翠ちゃんに、白澤君は更に遠い目をし、うんざりとした顔になる。
「あのね、翠ちゃん・・・。人の話し聞いてた?別にイジメられている訳じゃないって。ただ一、女の先輩に扱き使われているだけだよ。毎日迎えに来てた馬鹿は、只の馬鹿だから、そんな翠ちゃんが心配する様な事はないよ・・・。それと俺、別にそこまで背小さくないから。」
最後の方は恨めしそうに言うと、鞄を手に取りそのまま翠ちゃんの横を通り過ぎようとした。が、その瞬間、翠ちゃんは白澤君の鞄をガッシリと掴んだ。
「ごめんなさいっ!」
鞄を力強く掴みながら、突然声を張り上げ謝って来る翠ちゃんに、白澤君は驚きと困惑をしながらも、引き気味に言う。
「え?ちょっ・・・何で急に翠ちゃんが謝るの?またどんな勘違いしたの?」
翠ちゃんは涙目になりながら、申し訳なさそうな顔をして、白澤君の顔をじっと見つめ出した。
「私が・・・私がもっと早くに気付いてあげられていたら・・・。親友なのに!私は勇人君の親友なのに、勇人君がこんなにも苦しんでいる事に気付いてあげられなくて・・・ごめんなさいっ!私・・・私・・・親友失格だわっ!」
今にも泣き出してしまいそうな翠ちゃんに、白澤君は思いっきり引いてしまう。そして教室に居る周りの生徒の視線が何とも痛々しく、白澤君は恥ずかしそうに顔を真っ赤にしながら、慌てて翠ちゃんの訳の分からない誤解を解こうとする。
「あ、あのね、だから人の話しちゃんと聞いてた?俺は別にイジメられていないからっ!苦しんでもいないし、翠ちゃんは何も悪くないしっ!ちょっと疲れていただけだよ。だからほらっ・・・えと・・・翠ちゃんはちゃんと親友だよ!ね?」
何時もなら一秒でも長く教室に留まりたかったが、今は一秒でも早く教室を出て行きたくて仕方がない。周りの生徒はヒソヒソと話しながら白澤君達を見ている。傍から見れば、白澤君が翠ちゃんを泣かせている様に見えているに違いない。なんだか自分が悪者に見られている様な気がし、とても恥ずかしい上に嫌で仕方がなかった。
白澤君はなんとか翠ちゃんを落ち着かせようとするが、翠ちゃんの勘違い暴走は止まらない。
「そんなに疲れちゃう程、その女の人に奴隷の様に扱き使われているの?その人は・・・もしかしたら女王様とかなの?勇人君、望んでもいないのに調教とかされているの?」
「ちょっ!なんでそっち方向に思考が流れるんだっ!違う!違うからっ!誤解を招く様な事言わないでよっ!」
思わぬ誤解の方向性に、白澤君は慌てて否定をしながらも、更に恥ずしそうに顔を真っ赤にさせた。
「女王様?」
「調教だって・・・。」
「やだ・・・そっち系の趣味なの?」
ヒソヒソと聞こえて来る周りの話し声に、白澤君は株がどんどんと下落している上、変なレッテルを張られつつあると感じ、最悪な気分になった。
(マズイ!マズイぞ!ただでさえ変人だらけの同好会に入っているから、クラスでは成るべく目立たない様に大人しくしていたのに・・・。物静な生徒として過ごそうとしていたのに・・・これでは目立ってしまう所か、変な奴扱いされてしまう。まだ高校生活始まって2週間ちょっとしか経っていないってのに、このままでは残りの学生生活の殆どが地獄と化してしまう!またっ・・・あぁ・・・また・・・。不登校になるのか・・・?せっかく同じ中学の奴が誰も居ない高校を選んだのに・・・。)
ふと中学時代の事が頭の中を過ると、白澤君の表情は少し悲し気に変わる。真っ赤に染まっていた顔が一気に元の色に戻ると、フゥ・・・と一息入れ、今度は落ち着いた口調で、改めて翠ちゃんの誤解を解こうと説明をした。
「あのね、同好会活動は凄く楽しいよ。イジメられていないし、扱き使われているのも、俺の事を親ってくれているからなんだよ。先輩達は皆、可愛い1年生が入って来て浮かれているだけなんだ。皆優しくて良い人ばかりだから。だから、翠ちゃんが思っている様な事は、何も無いんだよ?俺、あの同好会も先輩達の事も大好きだから。」
そう言い、優しくニッコリと微笑んで見せた。全て翠ちゃんの変な誤解を解く為の、心にも無い嘘だらけの言葉だったが、そんな白澤君の言葉を聞いて、翠ちゃんは少し安心をした様子で、ゆっくりと鞄から手を離しホッと一息を吐く。
「そう・・・なんだ。ごめんなさい・・・私ったら、また変に勘違いしちゃって・・・。そうだよね、勇人君が私の想像する様な事されている訳ないもんね。どちらかと言うと、勇人君ってSっぽいし、入学式の時点でもう入会を決めていた同好会なんだもん、楽しいに決まってるよね。本当、ごめんなさい。私ったら、すぐに先走っちゃうから。」
恥ずかしそうに両手で顔を覆い、俯く翠ちゃんの姿を、白澤君は冷たい眼差しで見つめた。
(全部嘘だけどね・・・。てか、この子は一体どんな事を想像していたんだ・・・。Sっぽいって・・・どんな目で俺の事見てんだよ。まぁしかし・・・なんとか誤解を解けたみたいだからよかった。)
ホッとすると同時に、なんともやり切れない気持ちだ。
「なんだ、違うのか。」
「翠の勘違いだったみたい。」
「でも白澤君ってSなんだ・・・意外。」
「SМ同好会とかじゃないんだ・・・。」
またヒソヒソと話す周りの者達の会話を聞き、白澤君は更にホッと安堵する。周りの生徒達の誤解も、無事解けた様子だった。
(しかし俺がS説と言う事が芽生えてしまった・・。)
全ての誤解が解けたと言う訳ではなさそうだったが、注目からはなんとか逃れられ一安心をする白澤君。それでも早くこの場から立ち去りたい気持ちはまだ有り、そそくさと改めて教室を出ようとした。
「それじゃあ、俺もう行かなきゃいけないから・・・。また明日ね、翠ちゃん。」
そのまま翠ちゃんの横を通り過ぎようとした瞬間、またもガッシリと鞄を掴まれてしまう。白澤君は露骨に嫌そうな顔をして、翠ちゃんの方を向くと、とてつもなく不安そうに聞いた。
「あの・・・まだ何か?」
翠ちゃんはゆっくりと顔を上げると、意を決した様な表情をさせ、力強く言った。
「私もっ!私も一緒に行く!」
突然の翠ちゃんの発言に、せっかく一安心をしていた白澤君に、またも一気に不安で最悪な気持ちが押し寄せる。
「え・・・。何で?」
「だって、やっぱり心配だから!もしかしたら私に気を使って、そんな楽しいフリをしているのかもって思っちゃって!私みたいな一女子生徒が何の役にも立たないだろうけど、せめて親友の安否だけでも確認したいの。それ位は出来るから!」
真剣な眼差しで訴えて来る翠ちゃんに、白澤君の顔は思い切り引き攣った。
(駄目だ・・・完全に誤解が解き切れていない・・・。と言うか、この子の思い込みが強すぎる。それより・・・このままではまた注目の的とされてしまう。とにかく教室を出よう!)
「分かった、分かったよっ!とっ・・・取り合えず、教室を出よう!ね?」
白澤君は歪に笑いながら翠ちゃんの手を取ると、そのまま力強く引っ張り、慌ただしく教室から廊下へと出た。そのままグイグイと翠ちゃんの手を引きながら進むと、後ろから引き摺られる様に歩く翠ちゃんが、必死に何かを言っていた。
「ちょ・・・ちょっと待って!勇人君!鞄!私・・・鞄がまだ教室に・・・。」
翠ちゃんの声にハッと気付いた白澤君は、ピタリと足を停めた。
「あ・・・ごめん。一秒でも早く教室から出たかったから・・・つい・・・。大丈夫?手、痛くなかった?」
慌てるが余り強引に翠ちゃんを連れ出していた事に気付きくと、強く握りしめていた翠ちゃんの手をそっと離し、少し心配そうに聞いた。
「だ・・・大丈夫。私こそごめんなさい。皆が居る所で、あんな大声で変な事言っちゃって・・・。本当、私気が利かない駄目な女で・・・。つい・・・その・・・。」
「あぁ・・・別に気にしなくていいよ。てか翠ちゃんは言った所で自重出来ないだろうし。それにほら、周りが見えなくなる位、俺の事心配してくれていたって事なんだから、ありがとう。」
ニッコリと笑う白澤君の顔を見て、翠ちゃんは悲しそうな顔をした。
(勇人君・・・やっぱりSなんだ・・・。フォローしてくれているつもりなんだろうけど・・・私・・・責められてる・・・。)
プルプルと小刻みに震える翠ちゃんの事等気付きもせず、白澤君は優しく微笑みながら言って来る。
「俺ここで待ってるから、翠ちゃんは鞄取りに行って来なよ。それから一緒に部室まで行こう。」
「うん・・・。ごめんね、すぐ戻って来るから、ちょっと待っててね。」
そう言うと、翠ちゃんは駆け足で教室へと鞄を取りに走って行った。白澤君はそんな翠ちゃんの姿を、顔をニコニコとさせながら見送る。
(そうだ!よく考えたら、あの思い込みの激しいマイナス思考翠ちゃんに、何を言っても無駄なんだよな。だったら直接同好会を見せた方が、手っ取り早いんじゃないか。あー初めは一緒に行くなんて言い出すから、どうしようかと焦ったけど・・・。逆にそっちの方がいいな!あのまま教室でまた変な発言されるよりは。)
涙ながらに駆けて行く翠ちゃんの心境等知るよしも無く、白澤君は手っ取り早い解決方法の思い付きに、嬉しそうな表情を浮かばせた。
*以下略*
白澤君に連れられ、『B級ホラーを愛でる会』の部室の扉の前へとやって来た翠ちゃんは、目の前にそびえ立つ無駄に馬鹿デカイ扉を、口をパックリと開けたまま見上げている。
「はぁ・・・凄い・・・。なっ、なんか・・・立派な部室なんだね・・・。」
驚いた顔をして言う翠ちゃんの姿を、白澤君はクスクスと笑いながら見つめ言う。
「やっぱり驚くよね?俺もそうだったし。この階全部が、俺の入ってる同好会の部室なんだよ。」
「え・・・?この階全部が?・・・凄い・・・。」
更に驚く翠ちゃん。そんな翠ちゃんの姿は、まるで初めてここへ訪れた時の、自分でも見ているかの様で、白澤君はなんだか可笑しくてクスクスと笑った。
「えっえっと・・・入って、いいのかなぁ?」
オドオドとする翠ちゃんに、クスクスと笑っていた白澤君はピタリと笑うのを止め、少し考えてから答えた。
(・・・いきなり翠ちゃんをあいつ等に見せたら、入会希望者だって勘違いされそうだなぁ・・・。特に赤城先輩が・・・。一度俺が事情を説明してから、翠ちゃんには入って来て貰った方がいいかな・・・。)
「俺が先に行って、事情を話して来るから、翠ちゃんはちょっとここで待っててくれる?すぐに呼びに来るから。」
「あ・・・うん、分かった。そうだね、いきなりお邪魔するのも、図々しいもんね。」
翠ちゃんはニッコリと笑うと、白澤君もニッコリと笑った。そして白澤君が扉を開けて部室内へ入ろうとすると、何やら中から騒がしい声が聞こえて来る。
「あれ?今日はやけに騒々しいなぁ・・・。黄美絵先輩が赤城先輩でもイジメてんのか?」
不思議に思いながら、そっと部室内を覗いてみると、呆れた顔をしてソファーに座る会長と、可笑しそうにクスクスと笑っている黄美絵先輩の姿が見えた。白澤君は更に不思議そうに首を傾げながら、ゆっくりと室内へと入って行くと、その先の光景に思わず驚きながら後退りをしてしまう。
「なっ!ちょっ!何やってるんですか?赤城先輩っ!てか誰?その人っ!」
白澤君の視線の先には、顔を真っ青にしながら床に這い蹲り、雄叫びを上げる赤城先輩と、その赤城先輩に後ろから思い切り抱き付いている、見知らぬ男子生徒の姿があった。
白澤君の声に気付いた赤城先輩は、ハッ白澤君の方へと顔を向け、縋る様な声で助けを求めて来る。
「白澤君っ!いい所に来た!助けてくれぇー!助けてくれぇー!」
泣きそうな声で訴えて来る赤城先輩を、白澤君は避ける様に、ソファーに座る会長と黄美絵先輩の元へと近づく。赤城先輩は必死に白澤君へと手を伸ばすが、後ろからしがみ付く男子生徒のせいで、前へと進む事が出来ずにいる。
「あら、白澤君。今日は遅かったのね。」
目の前で起きている事を気にもせず、黄美絵先輩は呑気な声で言って来た。
「ちょっ・・・黄美絵先輩、何なんですかこれ?何が起こっているんですか?てかあの人誰です?」
顔を引き攣らせながら言う白澤君に、会長が面倒臭そうに説明をした。
「彼は赤城のファンらしい。突然勢いよく部室へと入って来て、赤城の姿を見るなりいきなり抱き付いて離さないんだ・・・。」
「ファンって・・・。ずっとこの状態が続いてるんですか?」
「まぁな・・・。」
呆れた顔をする会長と同じ様に、白澤君の顔も一気に呆れてしまう。
「白澤くぅ~ん!助けてっ!助けてっ!しーろぉーさぁーわぁーくぅ~ん!」
必死に白澤君に助けを求め叫ぶ赤城先輩。その後ろからは、必死に赤城先輩に抱き付き叫ぶ男子生徒の声がする。
「先輩っ!やっと見つけましたよぉ~!もう絶対離さないッス!離さないッスから!」
「嫌だっ!離してっ!離してっ!助けて白澤君―!」
「離さないッス!絶対に離さないッス!」
芋虫の様に2人連なって、ウネウネと床で葛藤をし続けている赤城先輩と見知らぬ男子生徒の姿に、白澤君は思いっきりハァ・・・と深く溜息を吐いた。
「止めましょうよ・・・。会長も黄美絵先輩も・・・。」
呆れた声で言って来る白澤君に対し、会長は面倒臭そうに答え、黄美絵先輩は嬉しそうに答えた。
「僕はお断りだ。一応初めは僕も止めたんだがな。あの男子生徒は全く聞く耳持たない上に、赤城しか見えていない様子だからな。諦めた。」
「私が止める訳ないでしょう?こんな面白い物が見られるんですもの。止めたりしてしまったら勿体無いわ。フフフ・・・。」
2人の回答に、白澤君は更に深い溜息を吐く。
「ですよね・・・。黄美絵先輩が止める訳ないですよね・・・。てか会長っ!だからって、このまま放置していても、目触りなだけですよ?何とか止めないと・・・。」
そう言って、白澤君は助けを求める赤城先輩の元へとそっと近づいた。赤城先輩は自分に近づいて来る白澤君の姿を、嬉しそうに目を輝かせながら見つめている。
「白澤君っ!白澤君っ!」
床に這い蹲ったまま、赤城先輩は必死に両手を白澤君の方へと伸ばした。白澤君は差し出された手を目の前にすると、ピタリと足を停め、一瞬じっと赤城先輩の顔を見つめると、クルリと体を回しその場からまた離れて行く。
「あぁ・・・やっぱり駄目ですね・・・。俺には無理だ。面倒臭そうだし・・・。」
そしてそのまま会長の方へと向かって行ってしまった。
「えええぇぇぇぇぇっ!白澤君っ!ちょっ白澤君っ!」
赤城先輩は白澤君にも見捨てられてしまい、泣きそうな声で叫んだ。大ショックを受け、その場に凍り付いてしまった赤城先輩の事はもう無視をする事にし、白澤君は廊下で待っている翠ちゃんについて、会長に話し始めた。
「そう言えば会長。実は今日、クラスメイトの一人が、俺が同好会でイジメにあってるんじゃないかって、変な勘違いをしちゃっている子が居て・・・。それで、いくら説明をしても納得してくれないんで、直接同好会活動を見て貰った方が早いと思って連れて来たんですけど・・・見学させてもいいですか?あっ!勿論入会希望者って訳じゃないですからねっ!入会希望者ではありません!誤解を解く為の見学です!」
大事な事だと思い、入会希望者では無いと言う事を二度言い、会長に説明をすると、会長は少し不機嫌そうな顔をさせた。
「なんだ!我が同好会はどこよりも仲良し同好会なんだぞ!そんな誤解をされるとは、屈辱だな!」
顔をムッとさせる会長に、白澤君は別の誤解が生まれない様、翠ちゃんの性格についても説明をした。
「あぁ・・・実際誤解をしているのはその子一人だけで、他からはそんな事思われていませんよ。と言うか・・・その子、思い込みが物凄く激しい上にマイナス思考で、妄想癖が有るんですよ。」
「なんだ?と言う事はそいつの妄想か?ならば確かに、直接我等の仲良しっぷりを見せてやらないと、納得しないだろうな。」
白澤君の大げさとも言える説明を受け、今度は納得をする会長の姿に、白澤君はホッ肩を撫で下ろした。
「よかった・・・まぁそう言う事なので、くれぐれも変な有りもしない事実を吹き込んだりしないで下さいね。黄美絵先輩っ!」
ジロリと黄美絵先輩の方を見ると、黄美絵先輩は顔をニコニコとさせながら、小さく頷いた。
「嫌だわ白澤君。私だって、この同好会を悪く思われるのは心苦しいわよ。間違っても白澤君が赤城君とSМプレイを楽しんでいるとか・・・そんな事言ったりしないわ。」
クスリと笑う黄美絵先輩を見て、白澤君の顔は真っ青になる。
「黄美絵先輩・・・今日はもう帰った方がいいんじゃないですか?」
「嫌よ。こんな楽しい事が2つも訪れている日に、帰れるはずないじゃない。」
「じゃあせめて、今日は喋らないで下さい。」
「それも嫌。」
グッと歯を食い縛る白澤君に、フフフ・・・と薄ら笑いを浮かべる黄美絵先輩。互いに睨み合いが続く中、すぐ後ろからは赤城先輩と見知らぬ男子生徒の雄叫びが聞こえる。
(糞っ!どうしてこう面倒な事が重なるんだ・・・。依りによって翠ちゃんを連れて来た日に馬鹿が騒いでいるとは・・・。日を改めて貰うにも、それはそれでまた誤解されそうだしな・・・。)
頭の中で苦悩する白澤君。騒ぎ続ける赤城先輩と男子生徒に、一方では悶々としたオーラを互いに放ち続けている白澤君と黄美絵先輩。そんな周りの様子を、呆れた顔をして見つめていた会長は、ふと入口から誰かが覗き込んでいる事に気付いた。
「おい、白澤。お前の言っていたクラスメイトと言うのは彼女の事か?」
「え?」
会長が入口の方を指差すと、白澤君と黄美絵先輩は同時に、指の差された方へと顔を向けた。するとそこには、扉からそっと室内を覗き込んでいる、翠ちゃんの姿が在った。
「あぁ!翠ちゃんっ!」
驚いて思わず大声で名前を呼んでしった白澤君に、会長は更に呆れた顔をしながら言って来る。
「なんだ白澤・・・外で待たせていたのか?一緒に来たのなら、一緒に入って来れば良いものを・・・。全く、女の子を待たせるとは失礼な男だな。」
「あ・・・いや・・・。ちゃんと説明をしてからと思って・・・。てか俺連れて来たって言いませんでしたっけ・・・?」
ハハハ・・・と苦笑いをしながら困った顔をする白澤君に、更に黄美絵先輩がからかう様に言った。
「あらあら、女の子だったのね。翠ちゃん・・・って言うの?可愛らしい子ねぇ~。白澤君の彼女かしら?」
「ちっ!違いますよ!クラスの友達ですっ!」
顔を真っ赤にしながら言う白澤君を、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑った。
「えっと・・・あのぅ・・・。」
翠ちゃんは恐る恐る扉から顔を出して話し掛けると、白澤君は足早に翠ちゃんの方へと向かった。そして翠ちゃん元まで行くと、小声でコソコソと話し出す。
「ごっ・・・ごめんね翠ちゃん、待たせちゃってて。」
白澤君に釣られ、何故か翠ちゃんも小声で話してしまう。
「あ、いいの・・・。ちょっと遅かったから心配になって。あの・・・やっぱりいきなり行ったら迷惑だった・・・のかな?」
「そんな事はないぞっ!中に入るといい!そして我らが仲良しっぷりを存分に見るがいい!」
突然後ろから聞こえた会長の大きな叫び声に、白澤君も翠ちゃんも驚き、体が一瞬ビクッと跳ね上がってしてしまう。
「ちょっ・・・会長!いきなり大声で叫ばないで下さいよ!ビックリしたじゃないですかっ!」
慌てて後ろを振り向くと、すぐ後ろには会長と黄美絵先輩が立っていた。白澤君はその事にも驚いてしまう。翠ちゃんは体を小刻みに震わせながら、そっと扉の後ろに隠れた。
「あら?そんなに怯えなくても大丈夫よ?驚かせてしまったわね、ごめんなさい。ちょっと今一部立て込んでいるのだけれども・・・どうぞ、気にしないで中に入って。」
黄美絵先輩が優しく微笑みながら翠ちゃんに言うと、翠ちゃんは恐る恐る扉から体を出し、ゆっくりと中へと入って行った。
「あの・・・失礼します・・・。」
翠ちゃんが部室内へと入ると、3人はその先の奥を隠すかの様に、翠ちゃんの目の前に一斉に横一列に並んだ。
「あの・・・。」
どうしたのかと聞こうと思った瞬間、目の前に立ちはだかる3人の向こう側から、2人の男性の叫び声が聞こえ、不思議そうに首を傾げては、その奥を覗き込もうとした。しかしその度に、目の前の3人が邪魔をして、見る事が出来ない。
「あの・・・奥の人達・・・。もしかして・・・喧嘩でもしているんです・・・か?」
恐る恐る聞いて来る翠ちゃんに、3人は慌てず冷静に説明をした。
「いいえ、喧嘩ではないわ。ただちょっと、見るには心の準備が必要な光景なのよ。」
「こちらとしても、まだ状況がハッキリと把握しきれていないからな。それに一人は我が同好会のメンバーではない。全くの他人だ。」
「そうそう、会長の言う通り、もう一人は俺達も知らない生徒なんだよ。あぁ、ちなみに下に居る方が、うちのメンバーの人だから。」
ニコニコと微笑みながら言って来る3人の言葉に、翠ちゃんは更に不思議そうに首を傾げた。
「光景?・・・下って・・・。」
すると奥から、赤城先輩の叫び声が聞こえて来る。
「白~澤~くぅ~ん!白澤くぅ~ん!会長うぅぅぅ~!助けてえぇぇぇー!」
「あぁ!ほらっ!今叫んでいた人が、うちの同好会メンバーの人だよ。もう一人は違うからね。」
ニッコリと笑いながら言う白澤君に、翠ちゃんはオドオドと怯え始める。
「え?あの・・・え?今・・・助けてって・・・。」
そんな翠ちゃんの気を逸らすかの様に、会長は白澤君に掛かっている誤解について話し出した。
「君は白澤がイジメられていると思っていると聞いたが、それは違うぞ!彼は我が同好会の大切な人材なのだよっ!なんと言っても白澤は優秀だからな。僕は優秀な人材は大歓迎だ!」
「え?あぁ・・・はぁ・・・。」
突然違う話しをし出す会長に、翠ちゃんは顔をキョトンとさせながら、ついなんとなく頷いた。しかしやはり奥の様子が気になる様で、チラチラと視線は奥へと行っている。
「それにとてもよく働いてくれるのよ?それはもう犬の様に。文句は多いけれども、素直で良い子だし。まぁ、発言は素直過ぎるけれども。・・・そう言えば・・・赤城君たら、私の名前だけ呼ばないなんて・・・失礼ねぇ・・・。」
不満そうな顔をして、チラリと奥を見る黄美絵先輩に、白澤君は顔を引き攣らせながら言った。
「失礼なのは黄美絵先輩ですよ・・・。褒めてるのか貶してるのか、分からない様な発言はしないで下さいよ。会長みたいにもっと分かりやすく褒めて下さいっ!」
「あら?葵君のは露骨過ぎるのよ。もっとリアリティがあった方が、それらしくていいでしょう?」
「黄美絵!僕は自分の思っている事を、そのまま素直に伝えただけだぞ!優秀ならばなんでもいいんだから。」
「ちょっ!会長っ!その発言は問題有りです!優秀ならなんでもいいって・・・俺じゃなくてもいいみたいな言い方じゃないですかっ!」
「あぁ・・・すまん・・・。白澤を忘れていたよ。正確には優秀な白澤ならなんでもいいだ!」
「それでも問題有りですよっ!」
「あら?それなら問題無いわよ。だって優秀な白澤君なら、例えどんなに性格が家畜であろうと、ヘタレであろうと許されるって事ですもの。フフフ。」
「フフフって・・・。黄美絵先輩、そこ笑う所じゃありませんよ・・・。それに優秀だからって何でも許されていたら、俺の方が悪役になっちゃいますよ!」
いつの間にか、あぁだこうだと言い合っている3人に、クスリと小さく笑う、翠ちゃんの笑い声が聞こえた。
「クスクス・・・。あっ!あぁ・・・ごめんなさい。」
可笑しそうにクスクスと笑う翠ちゃんに気付いた3人は、言い合うのをピタリと止め、不思議そうに翠ちゃんを見つめる。
「ウフフフッ・・・。ごめんなさい・・・。いえ、本当っ・・・私の勘違いだったんだって思って。皆さん、開き直った不倫相手同志みたいに、凄く仲が良いから。」
ニッコリと笑う翠ちゃんの顔を見て、3人はホッとすると、お互いに顔を見合わせてニッコリと笑った。そして発言の一部に関しては、敢えて触れないでいた。
「よかったな白澤。無事誤解は解けたみたいだぞ。」
「案外簡単だったわねぇ。」
「よく分からないけど、ありがとうございます。なんか・・・結局いつも通りだったんですけど、その方がよかったみたいですね。」
意外にもアッサリと無事翠ちゃんの誤解が解けた事に、白澤君はすっかりと安堵すると、さっそうと翠ちゃんを帰そうとした。
「まぁそう言う事だから、翠ちゃんが心配をしている様な事は何も無かったって事で・・・。それじゃ、翠ちゃん、また明日ね。」
白澤君はニッコリと笑い、翠ちゃんを部室の外へと出そうとすると、翠ちゃんはそれを拒み、ずっと気になり続けていた奥の2人の事を聞いて来た。
「いや・・・でも奥の人達は何なんですか?楽しそうにしている勇人君を見れて、安心はしたんですが・・・。やっぱりその・・・気になるんですが・・・。」
翠ちゃんの発言に、白澤君は小さく舌打ちをした。
(チッ・・・。このまま流れで帰そうと思っていたのに・・・。)
それは会長と黄美絵先輩も同じ事を思っていた。
「そんなに気になるのなら、見せてあげてもいいのだけれども・・・。悲鳴とかは止めてね?・・・勇人君って・・・呼んでいるのね?本当、2人は名前で呼び合う程、仲がいいのねぇ。」
優しく微笑みながら言う黄美絵先輩であったが、心成しか、いつもより声が低く聞こえた。
(あれ?・・・黄美絵先輩、なんか怒ってる・・・?)
ここで黄美絵先輩に不機嫌にでもなられ、せっかく誤解が解けたのに、また余計な事を言われでもしたら厄介だと思い、白澤君は何となく名前について説明をした。
「あぁ・・・翠ちゃん、苗字で呼ばれるのが嫌みたいで・・・それで俺、名前で呼んでるんですよ。翠ちゃんも、自分だけだと不公平だのなんだのって事で、俺の事名前で呼んでいるんです。」
白澤君がそう言うと、黄美絵先輩はニッコリと笑った。
「そう。なら私も、『翠ちゃん』って呼ばせて貰うわね。」
「あっ!はいっ!あっ!自己紹介がまだでしたね!ごめんなさいっ!私、1年で勇人君と同じクラスの、仲井翠と言います。」
翠ちゃんは慌てて自己紹介をすると、ペコリとお辞儀をした。
「私は3年の林田黄美絵と言います。よろしくね。」
黄美絵先輩はニッコリと微笑み、右手を翠ちゃんに差し出すと、翠ちゃんは恐る恐るその手を掴み、握手を交わす。交わされたその手を、黄美絵先輩はギュウギュウと力強く握り絞めた。
(い・・・痛い・・・。強い・・・。何?私・・・何か失礼な事でも言ったの?)
涙ぐみながらに握手をする翠ちゃんの手が解放された時には、手は少し赤くなってしまっていた。
「僕はこの同好会リーダーであり、この学園の生徒会長を務める、同じく3年の葛城葵だ。会長とでも呼んでくれ。」
続いて会長が自己紹介をすると、翠ちゃんはハッとし、ジンジンと少し痛む右手を思わず後ろに隠して挨拶をした。
「あっ!よろしくお願いします。生徒会長・・・だったんですね。だから会長って呼ばれていたんだ・・・。あのっ・・・すみません、生徒会長とは知らずに・・・。入学式では、生徒会の挨拶とかも無かったので・・・。」
「あぁ、気にするな。まぁ他の学校と違い、我が学園は新入生に対し、生徒会が挨拶等をすると言う、無駄なイベントは無いからな。知らなくて当然だ。我が学園の生徒会は、裏方での仕事が多い。だから全校生徒の前に登場する時は、重要事項の発表が有る時か、緊急の用が有る時だけだ。」
「あぁ・・・そうなんですか・・・。」
小さい体で自信満々に説明をする会長の姿に、翠ちゃんは少し驚きながら頷いた。
(何て言うか・・・。見た目と態度のギャップが凄い・・・。)
心の中でそう思いながらも、可愛らしい会長の姿を見ると、なんだかとても癒されてしまう。黄美絵先輩の後だから余計にだ。
「あぁ・・・それから・・・。」
会長が言い掛けると、奥からまた赤城先輩の叫び声が聞こえて来た。
「助けてぇ~!いい加減助けてよぉ~!放置プレイは嫌あぁぁぁ~!」
「今そこで叫んでいる奴が、2年の赤城だ。もう一人は知らない奴。」
会長が変わりに赤城先輩を紹介すると、翠ちゃんは『赤城』と言う名前に反応をした。
「赤城?・・・って・・・。もしかして、赤城拓実・・・先輩ですか?」
「そうだが・・・なんだ?君は赤城の事を知っているのか?」
会長が少し驚いた様子で聞くと、翠ちゃんは嬉しそうに頷いて答えた。
「はいっ!拓実先輩と、同じ中学出身なんですよ。そっかぁ~・・・。同じ高校だって事は知っていたんですけど、勇人君と同じ同好会に入っていたんだ。」
嬉しそうに話す翠ちゃんに、3人は驚いた顔をする。
「え?翠ちゃんって、赤城先輩と同じ中学だったの?」
その中でも白澤君は一番驚いた様子で言うと、翠ちゃんは顔をニコニコとさせながら言って来た。
「うん、そうだよ。拓実先輩、中学でも人気があって有名で・・・。結構、私の中学からこの高校に入学している人って、多いみたい。」
「へっ・・・へぇ~・・・。」
白澤君が顔を引き攣らせると、黄美絵先輩はまるで白澤君の心でも読んだかの様に、白澤君が言いたかった事を変わりに言い出した。
「って事は・・・貴女の中学出身者は、相当の変わった思考回路の持ち主が多いって事かしら?」
クスクスと不適に笑う黄美絵先輩に、白澤君と翠ちゃんは2人揃って引いてしまう。
(黄美絵先輩・・・俺と同じ事を思っていたのか・・・。と言うか、それを本人目の前に口にするとは・・・流石だ・・・。って自分達を棚に上げてよくそんな事言えるな・・・。)
白澤君の顔が更に引き攣ると、翠ちゃんの体はまた小刻みにプルプルと震え出す。
(何?私・・・何か嫌われる様な事したの・・・?それとも同じ中学出身者は、慣れ合いとかするから嫌いとか?もしかして・・・私が拓実先輩と同じ中学だったからいけないの?)
黄美絵先輩に恐怖する2人を余所に、会長は続けて翠ちゃんに聞いた。
「赤城は中学でもあんな感じだったのか?」
会長の質問に、翠ちゃんは恐る恐る尋ねた。
「えっ?あの・・・あんな感じとは・・・?」
「こんな感じだ。」
そう言うと、会長は翠ちゃんの目の前から退き、今までずっと隠していた魔の部室の奥を見せた。翠ちゃんの目の前には、赤城先輩が後ろから男子生徒に抱きつかれ、2人揃ってもがいている姿が映る。一瞬固まる翠ちゃんを、3人は生温かい目で見守った。
「あぁ・・・。えぇ、こんな感じです。」
すると特に驚きもせず、意外にも普通に答えて来る翠ちゃんに、何故か3人は納得をしてしまう。
「流石変人中学出身者・・・。」
白澤君がボソッと言うと、それを聞いていた黄美絵先輩は、クスクスと小声で笑った。
「そうか、こんな感じか。うん、変わらないと言う事は良い事だな。」
翠ちゃんの言葉を聞き、うんうん、と何度も頷く会長。そんな会長を不思議そうに翠ちゃんは見つめると、その後ふと赤城先輩にしがみ付く男子生徒の方を見た。
「あれ・・・?」
そして見覚えの有る男子生徒の髪色に、翠ちゃんはジッと考え始める。男子生徒は赤城先輩の背中に顔を埋めていた為、後ろ姿しか見えなかったが、その髪の色は真っピンク色に染められていた。
「もしかして・・・黒木君・・・?」
翠ちゃんがそう言うと、赤城先輩に抱き付いていた男子生徒はハッと気付き、ゆっくりと顔を上げた。その顔は女の子の様な顔立ちをしており、なんとも可愛らしかった。
「あ・・・可愛い・・・。」
思わず白澤君が口にすると、黒木と呼ばれた男子生徒は顔を真っ赤にさせ、一気に赤城先輩から離れ立ち上がり叫んだ。
「かっ!可愛いとかって言うな!」
恥ずかしそうにしながら、ハッキリと顔を晒したピンク色の髪の男子生徒を見て、翠ちゃんは一気に嬉しそうな表情に変わる。
「やっぱり!黒木君!どうしたの?こんな所で・・・。あぁ・・・拓実先輩が居たからか。」
今までで一番嬉しそうな顔をする翠ちゃんを見て、白澤君は「あぁ・・・」と思いながら聞いた。
「何?翠ちゃん、知り合いなの?」
「え?あぁ・・・うん。黒木君も、同じ中学出身なの。」
ニッコリと笑う翠ちゃん。白澤君、会長、黄美絵先輩は、横たわる赤城先輩とニコニコと笑っている翠ちゃん、それに黒木君を見て、同じ事を思い納得をした。
(あぁ・・・やっぱり似た者同士集まるのかなぁ・・・。)
そんな3人の元に、赤城先輩は体を引きずりながら、ゆっくりと近づく。
「お前こそ、なんでこんな所に居るんだ?お前もこの同好会メンバーなのか?」
少し強い口調で、黒木君は翠ちゃんに聞くと、翠ちゃんは柔らかい笑顔で答えた。
「あぁ・・・違うの。私は見学と言うか・・・。親友の安否を確認しに・・・。」
「親友?・・・って・・・お前友達出来たんだな。よかったじゃないか。」
そう言うと、黒木君は嬉しそうに笑った。そんな黒木君の笑顔を見て、翠ちゃんは更に嬉しそうに微笑む。
「親友?白澤、翠はお前の親友なのか?」
会長が首を傾げながら聞くと、白澤君は軽く溜息を吐きながら答えた。
「えぇ・・・まぁ・・・。いきなり親友にされたんですよ・・・。」
ガックシと首をうな垂れる白澤君の姿を、黄美絵先輩は可笑しそうにまたクスクスと笑う。
「ちょっ!黄美絵先輩っ!笑わないで下さいよ!言ったでしょう?翠ちゃんは物凄い勘違い妄想なんだって・・・ってっ!」
言い掛けている途中、突然ガッシリと赤城先輩が足を掴んで来た。驚いた白澤君は思わず赤城先輩の顔を、勢いよく蹴り飛ばしてしまった。バシッと言う気持ちのいい音の後、ゴンッと床に頭をぶつける音がした。赤城先輩はゆっくりと顔を上げると、半泣きになりながら、恨めしそうな目で見上げ、白澤君の顔を見つめる。
「し・・・白澤君・・・酷い・・・。どうして助けてくれなかったんだい?俺は・・・俺は・・・あんなにも君の名前を叫んでいたのに・・・。」
「あぁ・・・そっちか・・・。すみません先輩。条件反射でつい蹴飛ばしちゃいました・・・。あっ!ワザとじゃないですからね?」
少し申し訳なさそうにしながら言う白澤君に、赤城先輩は再びガッシリと両手で白澤君の足にしがみ付き、訴える。
「違うよ白澤君っ!そっちじゃない!どうして助けてくれなかったんだい?俺達仲良しさんじゃなかったのかいっ?」
縋りつく赤城先輩を、白澤君は物凄く面倒臭そうな顔をし、赤城先輩の顔から目を逸らした。そんな様子を見ていた黄美絵先輩は、この上ない程に可笑しそうにクスクスと笑っている。
「黄美絵先輩・・・。」
今度は白澤君が恨めしそうな顔をして黄美絵先輩を見る。
「赤城、余り白澤を責めるな。あの場合は誰にもどうする事も出来なかったんだぞ!」
会長が、床に這い蹲り白澤君にしがみ付く赤城先輩に言うと、赤城先輩は悲しそうな表情を浮かべながら、今度は会長にとしがみ付いた。
「会長うぅ~。酷いですよぉ~!」
泣き付く赤城先輩に対し、会長はゆっくりとその場にしゃがむと、何度も赤城先輩の頭を優しく撫でた。
「よしよし、今度詫びに、お前の欲しいマスクを何でも入手してやるから、今回の事はもう忘れろ。」
会長に頭を撫でられながら、赤城先輩は何度もコクコク、と小さく頷いた。そんな2人の様子を、黄美絵先輩と白澤君は微笑ましく見つめる。
「あらあら・・・前回と立場が逆になってしまっているわねぇ。フフフ・・・。」
「本当ですね・・・。って・・・その事はもう言わないで下さいよ・・・。」
白澤君は恥ずかしそうに顔を黄美絵先輩から逸らすと、突然目の前に拳が近づいて来るのが見えた。
「え・・・?」
気付いた時にはガシッと大きな音が聞こえ、白澤君の体は宙に浮き、そのまま後ろの壁へと激突してしまう。ドカッと言う大きな音と共に、眼鏡が床に転がり落ちると、左頬がジンジンと痛み出し、初めて自分が殴られた事に気が付いた。
「白澤っ!」「勇人君!」
会長と翠ちゃんの叫び声にハッとした白澤君は、ゆっくりと拳の飛んで来た方を見ると、目の前には拳を突き立てたまま立つ、ピンク色の髪の黒木君の姿が在った。
「お前・・・何なんだ・・・。さっきからお前は何なんだよ!赤城先輩に失礼な事ばかり言って、その上顔蹴飛ばしておいてヘラヘラして・・・。何なんだっ!」
怒りに満ち、声を震わせながら怒鳴る黒木君に、白澤君は訳が分からずただ茫然としているだけだ。黒木君の怒りは更に激しくなり、白澤君へとぶつける。
「お前何様なんだよ!何の権利が有って赤城先輩にそんなに偉そうにしているんだ!お前は何なん・・・ぐあぁっ!」
怒鳴りつけていた途中、黒木君の顔面に、突然ドカッと盛大な蹴りが打ち込まれた。黒木君はそのまま勢い余って、後ろへと倒れ込んでしまう。鼻からタラリと血が流れると、目の前が一瞬クラクラとした。見事なハイキックを喰らわせたのは、黄美絵先輩であった。黄美絵先輩はゆっくりと倒れ込んだ黒木君に歩み寄ると、今までで一番低い声で静かに言う。
「貴方こそ、一体何様で何なの?何の権利が有って勝手に人の部室に押し入り、メンバーにしがみ付いて活動妨害をした挙句に、白澤君をぶん殴っているの?ここは私と葵君のお城なの。迷い込んだ子猫なら可愛がってあげるけど、躾けのなっていない野良犬には容赦しないわよ?一平民生徒が城荒らしとは、いい度胸ねぇ。」
その表情は、いつもの薄ら笑いでも不適な笑みでも無く、全くの無表情だった。その顔は黒木君だけにしか見えず、黒木君は余りの恐ろしさで、顔が一気に真っ青になりその場に固まってしまう。
茫然としたまま、その場に座り込む白澤君の元に、会長と翠ちゃんが駆け付けた。
「白澤っ!平気か?傷を見せろ!」
会長が白澤君の左頬を見ると、頬は真っ赤に腫れ上がってしまっていた。翠ちゃんは床に落ちた眼鏡を拾い、割れていない事を確認すると、そっと白澤君の顔に掛けた。
「勇人君、大丈夫?ごめんね・・・これにはちょっと事情が有って・・・。黒木君も、勇人君達の事情とか知らないから、きっとカッとなって殴っちゃったの・・・。」
申し訳なさそうにして言う翠ちゃんに、会長はムッとした表情をさせると、怒りながら言った。
「事情だと?そんな物知るかっ!こちらの事情を知らないからと言って、いきなり殴り掛かってもいいのか?僕等はただ仲良くしていただけなのに、あいつが勝手に勘違いをして、一方的に怒って殴って来ただけだろう!」
「それは・・・そうなんですけど・・・。」
翠ちゃんは戸惑いながらも、チラリと黒木君の方を見ると、赤城先輩がゆっくりと立ち上る姿が見えた。
「会長の言う通りです・・・。これは、黒木が悪い・・・。」
赤城先輩は立ち上がりながら言うと、ゆっくりと倒れ込んだ黒木君の元へと行き、勢いよく黒木君の胸座を掴んだ。
「黒木っ!白澤君に謝れ!翠ちゃんや俺はお前の事を知っているが、他の人達は知らないんだ!何も知らない奴を、お前は自分の感情任せに殴ったんだ!ちゃんと謝れっ!」
真剣な眼差しで言う赤城先輩に、黒木君は悲しげな表情をさせると、制服の袖で鼻血を拭き取った。そして俯いたまま、声を震わせながら言う。
「嫌・・・です・・・。自分は・・・自分は・・・あいつが許せないッス。だって・・・赤城先輩は自分よりあいつを・・・。」
微かに体を震わせると、一つ、二つと黒木君の目からは涙が零れ落ちた。
「ちゃんと謝るんだ!じゃなきゃ、お前とは2度と口も利かないぞっ!」
赤城先輩は更に黒木君に怒鳴り付けるも、黒木君はそのまま口を閉ざしてしまう。そんな黒木君の姿に、黄美絵先輩は呆れた声で言った。
「本当・・・躾けのなっていない駄犬ね・・・。赤城君、早く捨ててきて。」
「ダメです!ちゃんと白澤君に謝ってからじゃないと・・・。」
赤城先輩がそう言うと、黄美絵先輩は冷たく言い放つ。
「私が捨ててこいって言っているの。これは命令よ。」
黄美絵先輩の言葉に、赤城先輩は何も言えず黙り込んでしまう。一瞬静まり返った空気が漂うと、突然白澤君の声がした。
「あぁ、別にいいですよ。謝らなくても。って言うか、謝らないで下さい。」
ようやくハッと我に返った白澤君は、重そうに体を起して立ち上がると、眼鏡をキチンと掛け直した。
白澤君の発言に、周りは驚いた表情をさせる。
「おいっ、白澤・・・。謝らないでいいって・・・お前はいいのか?ムカついたり、腹が立ったりしないのか?」
「そうだよ白澤君!君が一番怒っていいんだよ?」
会長と赤城先輩にそう言われると、白澤君はクスリと笑い、ゆっくりと黒木君に近づきながら言った。
「めちゃくちゃムカついてるし、腹だって煮えくり返っていますよ。ちょっと突然の出来事で、頭ん中真っ白になっちゃって・・・。状況が分からなくて、色々と整理してたんですよ。」
「勇人君っ!あの・・・。」
翠ちゃんは何かを言おうとするが、何を言えばいいのか分からず、そのまま俯いてしまう。そんな翠ちゃんの事等気にもせず、白澤君は黒木君の前へと立ちはだかった。黒木君は、ずっと視線を下に向け、白澤君を見ようともしない。
「赤城先輩、こいつを放して離れて下さい。黄美絵先輩も・・・少し離れてくれませんか?」
白澤君にそう言われると、黄美絵先輩は無言でそっとその場から離れた。
「君は・・・何をするつもりだい?」
少し心配そうに白澤君を見つめながらも、赤城先輩は掴んだ黒木君の襟元をそっと放し、その場から離れる。白澤君は一度大きく息を吸うと、一気に吐き出し、深呼吸をした。
「黒木って言ったな・・・。俺は肉体派じゃないから、喧嘩とか苦手だし、力だって弱い。お前を殴り返しても、ヘナチョコパンチが来るだけで全然痛くないだろうな・・・。それじゃあお互い様って訳にはいかないし、平等でも倍返しでも無いから、俺は殴らないよ。その変わり、一生俺に謝り続けてもらう!その為にも謝らなくていいっ!」
黒木君は白澤君の言っている意味がよく分からず、眉間にシワを寄せながら不思議そうに見上げた。すると白澤君は、ニンマリと不適な笑みを浮かべていた。その表情に、思わずゾッとしてしまう。そして白澤君は続けた。
「お前は暴力を振るったから、俺も暴力を振るう。ただし!俺の場合は言葉の暴力だっ!お前が嫌って程俺に謝りたくなる言葉の暴力を、一生言い続けてやるよ。だから謝らなくていい。言ってる意味が分かるか?馬鹿そうなお前に・・・。どんなに謝り続けても本人がそれを拒み続ければ、お前は一生俺に許しては貰えないって事だよ。」
そう言ってニタリと笑う白澤君を、赤城先輩は眉間にシワを寄せながら見つめた。
(白澤君・・・相変わらず性格悪いなぁ・・・。)
遠くからは、クスクスと笑う黄美絵先輩の笑い声が聞こえて来る。会長は呆れた様子で溜息を吐いた。
(あぁ・・・きっと泣いちゃうぞ・・・。僕も泣いちゃったもん・・・。ない・・・いやっ!泣いていない・・・泣いていない・・・。)
プルプルと顔を左右に振る会長の姿を、翠ちゃんは不思議そうに見つめた。
独特の雰囲気が漂う部室内にハッと気付いた黒木君は、この時初めて自分が部外者だと言う事を実感した。
赤城先輩を追い掛け、部室へと入って行った時は、目の前の赤城先輩に夢中だった為気付かなかったが、例え知る人が2人居ようと、ここは間違いなく知らない場所。そして自分は勝手に人の家に土足で入り込んだ、不法侵入者なのだと悟った。只の帰り打ちに遭った押し込み強盗なのだと。
しかし哀れ、気付いた時には時既に遅し。黒木君はようやく白澤君の言っていた言葉を理解した。ここには自分の味方等一人も居らず、今から自分は責められまくるのだと・・・。
「よしっ!じゃぁまず・・・手始めに何でお前がそんな目に悪い腐ったピンク色の髪のをしているか、から始めよう・・・。」
そう言って白澤君は軽く息を吐くと、フッと鼻で笑った。黒木君はゴクリと生唾を飲み込むと、ゆっくりと白澤君から後退りをする。白澤君はニッコリと笑い、黒木君に向かって笑顔で言った。
「君、可愛いね。本当、女の子みたいだ。きっと女の子のフリフリの服とか着たら、めちゃくちゃ似合っちゃうんだろうね。どうだろう?メタモルフォーゼの甘ロリワンピとかなんか。きっと凄く似合って可愛いよ。」
白澤君の発言に、黒木君の顔は真っ青になり、口元を引き攣らせながら言う。
「なっ・・・何言ってんだよお前・・・。なんでお前みたいな奴が・・・メタモルフォーゼとかって言葉知ってんだよ。」
動揺する黒木君の姿を見て、白澤君はニヤリと笑った。
「あぁー・・・やっぱり・・・。お前そう言う可愛らしい洋服とか物とかって詳しいんだ。あれかな?もしかして女装趣味が有るとか?いや、違うな。俺が初めにお前を可愛いって言った時、お前怒ったもんな。逆に女の子みたいに可愛い顔がコンプレックスなんだよ!あれかな?周りに無理やり女装とかさせられてた口か?小さい頃はいつも女の子の格好させられてたんだろぅ。」
グッと歯を食い縛る黒木君の表情を、ニヤニヤとした顔で見ながら、白澤君は続けた。
「周りに無理やり女の子の洋服を着せられて、男の格好をしていても女の格好をしていても男に告白とかされて・・・。オカマとかホモとか言われまくったんだろ。それで少しでも男らしく見られようと、髪を染めたはいいが、お前の脳ミソは既に可愛い物に洗脳されてしまっていて、無意識に可愛らしいピンク色を選んでしまったって所かな?男らしく有りたいのに、可愛い物を選んでしまう矛盾した自分に葛藤でもしてんのか?」
「うっ・・・五月蠅いっ!可愛い可愛いって連発するな!」
顔を真っ赤にさせながら叫ぶ黒木君の事等気にもせず、白澤君の攻撃は続く。
「お前『可愛い』って言葉が苦手なんだぁ~。やっぱりコンプレックスなんだな。可愛らしい自分の顔が大っ嫌いで、無意識に可愛い物を選んでしまう自分はもっと大嫌いで。周りからはオカマやらホモやら言われて・・・。可哀想になぁ~。あれ?でもお前って・・・赤城先輩の事が好きみたいだったけど・・・。じゃあお前は、本物のホモになったって事か!」
ケラケラと笑う白澤君を、黒木君ではなく翠ちゃんが止めに入った。
「止めて!勇人君、お願いだからもう言わないであげて!黒木君は本当に女の子みたいな自分の顔が嫌なのっ!そのせいで周りの女子からはセクハラを受けるし、周りの男子からもセクハラを受けるし!それに拓実先輩への想いは真剣なんだからっ!・・・・・・あ・・・・。」
翠ちゃんは無我夢中で言ってしまった自分の失言に気付き、しまったと思わず口を両手で塞いでしまう。そんな翠ちゃんの言葉に、黒木君はジワジワと涙を流し、静かに泣き出してしまった。
「ありがとう、翠ちゃん。変わりにトドメを刺してくれて。」
ニッコリと笑う白澤君の顔を見て、翠ちゃんはガックシと首をうな垂れる。
「私・・・私・・・。もう一言も喋らない・・・。」
「ひっ・・・酷いよ翠・・・。お前が・・・お前がバラすなんて・・・。」
ヒクヒクと泣く黒木君に、翠ちゃんは掛ける言葉も無い。
「あらあらまぁまぁ!黒木って、赤城君の事が真剣に好きだったのね!憧れているだけかと思っていたけれども・・・。愛!しているのね!」
ワザとらしく言う黄美絵先輩に、会長は悪気無く言った。
「黄美絵!愛に性別は関係無いぞ!例え男同士であろうと、そこの愛があれば子は産めなくともいつかは報われる!」
2人の言葉に、黒木君はやはり敵ばかりだったと悟り、更に泣き出してしまう。
「まぁあれですよ。翠ちゃんも知っていると言う事は、同じ中学出身の奴は皆知っているって事ですよ。だからほら、多分本人が嫌なのは、否定し続けていた周りのホモ疑惑が本当になってしまった事ですよ。校内でそんな噂を聞かなかったのは、本人が自重して赤城先輩と2人きりの時以外は、大人しくしていたからじゃないですか?」
白澤君が淡々と解説をすると、黄美絵先輩と会長は納得をする様に頷いた。
「と言う訳で黒木っ!お前は今日から女子生徒の制服を着て登下校をしろっ!」
白澤君が力強く言い放つと、黒木は泣きながらブルブルと顔を何度も左右に振りながら訴えた。
「嫌だっ!もう嫌だ!もう女の格好なんかしたくない!」
すると会長が、生徒会長らしい意見を言って来た。
「白澤、それは駄目だ!校則違反になるからな!僕だって已むを得ず女子生徒の制服を着ているんだぞ。」
会長の言葉に、白澤君はチッと舌打ちをした。
(そうだ・・・会長は校則には五月蠅いんだったな・・・。てか自分が偉そうに何を言っているんだ・・・相変わらずこの人は・・・。)
「そう言えばそうでしたね・・・。じゃぁ仕方ない、ならこう言うのはどうですか?この同好会のお手伝いさんとして、メイド服を着せて雑用をさせるって言うのは。」
白澤君の提案に、黄美絵先輩はパンッと両手を叩き、嬉しそうに何度も頷いた。
「あらぁ~それはいいわね!可愛らしいメイドさんが居るのは、良い事だし役にも立つわ。どうかしら葵君?」
会長はしばし考えると、じっと黒木の顔を見ながら言った。
「うん・・・。まぁB級ホラー好き以外の者が居るのは賛同出来ないが・・・。あのパンチを見る限り、黒木は力も有るだろうし、役には立ちそうだからなぁ・・・。正式なメンバーと言う事ではなく、お手伝いさんとして居るのなら、構わないかな。」
「ちょっと待って下さい!会長っ!俺は反対です!」
慌てて反対表明をする赤城先輩に、白澤君は顔をムッとさせ不機嫌そうに言った。
「なんですか?赤城先輩。会長がいいって言っているのに、反論するんですか?」
「違う!そうじゃなくて!俺はどうなるんだっ!黒木が毎日部室に来ると言う事は、俺は毎日男に抱きつかれると言う事なのだよっ!白澤君っ!俺に犠牲になれと?」
物凄く嫌そうな顔をする赤城先輩の姿を見て、黒木は更に泣き出してしまう。
「あぁ・・・しまった・・・。」
赤城先輩も慌てて口を両手で塞ぐと、黄美絵先輩と白澤君は可笑しそうにクスクスと笑った。
「いいじゃないですか、赤城先輩。ずっとしつこく付き纏われていたんでしょう?だったらハッキリと嫌いだ!男は好きじゃない!って言う意思を示すチャンスですよ!」
白澤君はワザと大きな声で言うと、チラリと黒木の方を見た。黒木は顔を俯かせ、体をプルプルと小刻みに震わせている。そしてゆっくりと泣きながら顔を上げ、口を開いた。
「ご・・・ごめんなさ・・・。」
「あぁ、謝らなくていいから。」
すかさず謝ろうとする黒木を阻止すると、白澤君はニヤリと笑った。
「こんなの・・・。こんなの只のイジメじゃないかっ!」
黒木が泣き叫ぶと、白澤君は平然とした顔をして、当たり前の様な口調で言って来た。
「え?あぁ・・・そうだけど?俺はお前の事イジメてるの。言っただろ?言葉の暴力で仕返しするって・・・。言葉の暴力は精神的負荷を与える事だよ。あぁ、でも他の人達は別にお前をイジメてるって訳じゃないよ?黄美絵先輩は便乗して楽しんでいるだけ。会長と赤城先輩は、悪気は無いけど無意識に腹の立つ失礼な事を言ってしまっているだけだよ。」
それを聞いた黒木は、周りに立ち並ぶ異人変人だらけの同好会メンバーを見渡すと、狼の群れに囲まれてしまった気分になり、思い切り泣き叫びながら土下座をし出した。
「う・・・うわああぁぁー!ごめんなさいっ!ごめんなさい!自分が悪かったッス!反省しているんで、許して下さい!」
必死に謝る黒木に対し、白澤君は笑顔で言った。
「だから、謝らなくていいって。俺絶対許さないから。」
ニッコリと微笑む白澤君に、赤城先輩は流石に少し黒木が気の毒に思え、なんとか白澤君の怒りを少しでも沈めようと試みる。
「まぁまぁ・・・白澤君。本人もちゃんと反省している様だし、少しは許してあけなよ。」
赤城先輩が白澤君の肩を軽くポンッと叩くと、白澤君は赤城先輩を見る事無く、一言だけ言った。
「黙れ美少年。」
「わあああぁぁぁー!止めてえぇー!止めてえぇぇ!そんな単語言わないでええぇー!」
見事帰り打ちにあった赤城先輩は、顔を真っ赤にしながらその場で悶え苦しみ始める。
「そもそも、赤城先輩がこんな変な生き物部室に連れ込んだりするからいけないんですよっ!それに、こう言う特殊な問題を抱えているなら、先に言って下さいよ。いきなりじゃ対処法に困るじゃないですかっ!」
白澤君の言う事に賛同をした会長は、悶える赤城先輩に向かって少し怒り気味に言う。
「白澤の言う通りだぞ!赤城っ!プライベートの事をとやかく言うつもりはないが、他のメンバーに迷惑が掛かる可能性が有る事は、先に話しておくべきだ!何より!この生徒会長でもある僕に何故相談しなかったんだ!僕はそんなに頼りないか!」
怒りの矛先が別の方向へと進んでしまっている会長に、白澤君は溜息を吐いた。
(いや・・・会長・・・。頼られなかった事の方がムカついているのか・・・。と言うか・・・赤城先輩の気持ちを考えると、会長には相談出来ないだろうに・・・。)
会長の言葉を聞いた赤城先輩は、悶え苦しみながらも、必死に会長に訴えた。
「ちっ・・・違います会長!会長はとても頼りになる方ですよ!だけどこの件に関しては、まさか部室まで押し入って来るとは思ってもいなくて・・・。部室は安全地帯だと思っていたので!」
「部室が安全地帯って・・・。先輩普段校内ではどう回避していたんですか?」
呆れながら言う白澤君に、赤城先輩はニッコリと笑って答えた。
「あぁ・・・。成るべく誰かと一緒に居る様にしていたんだよ。さっき白澤君が言った通り、人と一緒に居れば黒木も襲って来ないからね。だからほらっ、特に白澤君と一緒に居たじゃないか。」
顔を赤くしたまま、ニコニコと笑いながら言って来る赤城先輩に、白澤君は頭の血管がブチッ、と一つ切れる音がした。そして怒りに満ちた声で赤城先輩に詰め寄りながら言う。
「ちょっと待って下さい?・・・って事は・・・俺が初対面の黒木にあんなにも憎悪を込められ殴られたのは・・・。黒木は前から俺の事知っていたって事ですか?いつも赤城先輩と一緒に居るから、その嫉妬から・・・と言う事ですか?・・・って事は・・・。」
「ちょっ!ちょっと待て白澤君っ!君は何か勘違いをしているよ!決して、君が犠牲になったと言う訳じゃないのだよ!」
赤城先輩はキッパリと白澤君の言おうとしている事を否定するが、逆に白澤君の怒りを煽ってしまう。白澤君は思い切り怒りながら叫んだ。
「犠牲になってるじゃないですかっ!俺ただ単にトバッチリを受けただけじゃないですかっ!てかっ!全ての元凶は赤城先輩じゃないかっ!」
白澤君に怒鳴りつけられると、赤城先輩は半ベソを掻きながら白澤君にしがみ付き、必死に謝り始めた。
「違うっ!ワザとじゃないんだよぉ~!ごめんよぉ~!ごめんよ白澤君っ!まさかこんな事になるとは思っていなかったし、白澤君を部室に連れ出す為にも一緒に居たのは事実なんだよ~!お願い怒らないで!」
必死に白澤君に泣き付く赤城先輩に、黄美絵先輩は首を傾げると、ふと疑問に思った事を口にした。
「あら?でもそうすると・・・よく白澤君は今まで無事だったわよねぇ?校舎裏に呼び出されてボコボコにされたりとかも・・・しなかったのでしょう?」
黄美絵先輩の言葉に、会長も「確かに・・・。」と思い、泣きながら土下座をし続ける黒木に尋ねた。
「黒木、お前は何故そこまで白澤に嫉妬をしていたのに、手を出さなかったんだ?まぁそこは立派ではあるが・・・腕っ節の強いお前なら、白澤等秒殺だろ?」
「ちょっ・・・会長・・・。秒殺って・・・失礼ですね、本当。」
白澤君は会長の発言に顔を引き攣らせるも、確かにそうだと思い、チラリと黒木の方を見た。すると黒木は、床に擦りつけていた頭を一気に上げ、ハッキリとした口調で叫んだ。
「そんなの!そんな事したら、赤城先輩に嫌われてしまうからに決まってるじゃないッスか!赤城先輩は暴力が嫌いッス!好きな人が嫌いな事は出来ないッスよ!それだけ自分は赤城先輩の事を愛しているッス!」
真剣な顔で大声を張り上げ告白をする黒木に、周りは一斉に引いた。
(うわぁ・・・開き直ったよ・・・こいつ・・・。しかもキャラ変わってるし・・・。てかお前俺殴ったじゃん!出来ないとか言って殴ったじゃん!)
更に顔を引き攣らせる白澤君。黄美絵先輩はクククッと笑っている。
(凄いわ!凄く面白い事になって来たわ!これは絶対この子を入れないと!告白よ!赤城君に男が愛の公開告白よ!)
会長は目をパチクリとさせながら、驚いた表情をしていた。
(なんと言う真剣な愛だ!僕は応援した方がいいのか?応援しなくてはいけないのか?赤城はこの男と結ばれるのか?)
そんな周りの様子を、翠ちゃんは心配そうに見つめていた。
(ど・・・どうしよう・・・。私のせいだわ・・・私のせいで・・・。黒木君だけじゃなく拓実先輩も、勇人君も苦しめてしまっている・・・。私・・・私・・・自殺とかした方がいいのかなぁ?それとも黒木君を殺して楽にしてあげた方がいいのかなぁ・・・。)
恐ろしい妄想をしている翠ちゃんの事等誰も知るよしも無く、周りは黒木に釘付けだ。そして黒木の赤城先輩への愛の告白は続いた。
「赤城先輩!自分は、真剣に愛しているッス!男とか女とか関係無いッスよ!自分は赤城先輩に助けられたあの日から、ずっと先輩の事だけを見て来ました!赤城先輩を追って、頑張って勉強してこの高校にも入ったッス!ほんの少しでもいいので、自分のこの気持ち、受け取って欲しいッス!」
目をキラキラと輝かせながら言って来る黒木に、赤城先輩の顔は真っ青になってしまう。
「や・・・止めてくれっ!俺は至ってノーマルなんだ!女の子が好きなんだ!君の敬愛する気持ちは嬉しいが、受け取れないよっ!」
すると後退りをする赤城先輩の背中を、会長はポンッと軽く押し、穏やかな表情で言って来た。
「赤城・・・受け止めてやれ・・・。」
優しく微笑む会長の姿に、赤城先輩はポロポロと涙を流しながら、この上なく悲し気な声で言う。
「か・・・会長うぅぅ~。酷いでずよ・・・。会長がそんなごど言うなんでえぇぇ・・・。」
赤城先輩の会長に対する想いを知る白澤君は、流石にこれは少し可哀想だと思い、赤城先輩をフォローしてあげる事にした。
「会長、押し付けは駄目ですよ。愛って言うのは、お互いが同じ気持ちだからこそ成り立ち報われる物なんですから・・・。赤城先輩にその気が無いのに、無理やり一緒にさせても、どちらも報われないですよ?」
「あぁ・・・確かに、白澤の言う通りだな・・・。いや、余りに黒木の愛が切実だったからな・・・つい・・・。すまんな赤城。」
会長が赤城先輩の頭をまた優しく撫でると、赤城先輩の表情は一気に幸せそうな顔へと変わる。そしてゆっくりと白澤君の方を向き、両腕を大の字に広げ伸ばして来た。
「止めて下さいっ!抱きつかないでいいですから!お礼なら別の形でお願いします。」
ムッした顔をして拒むと、白澤君は赤城先輩を庇った事を、少し後悔する。
*以下略*