映画の視聴時には性格が出る物
白澤君と黄美絵先輩は、農園部から新米を受け取ると、部室へと戻って来た。白澤君は重そうに、炊飯器を抱えての帰還だ。お米は既に炊き上がっている。
(重い・・・まさか炊飯器事とは思ってもいなかった・・・。だから俺を連れて行ったのかよ!)
ゆっくりと重そうにテーブルの上へと炊飯器を乗せると、少し痺れた手を何度もブラブラと振った。そんな白澤君の姿を見て、赤城先輩は優しく白澤君の頭を撫でた。
「ご苦労様。重かっただろう?視聴室へは、俺が運ぶよ。すぐにコンセントを刺さないと、せっかくの炊き立てご飯が冷めてしまうしね。」
「はぁ・・・お願いします・・・。」
疲れ切った声で返事をすると、会長の姿が見えない事に気付いた。
「あれ?会長はもう視聴室に居るんですか?」
赤城先輩は炊飯器を持ち上げると、そのまま視聴室へと向かいながら言う。
「うん。もうスタンバッているよ。俺達も早く移動しよう。」
そのまま3人は視聴室へと移動をすると、赤城先輩の言う通り、会長は既に視聴室のソファーの真ん中へと堂々と座り、いつでも映画を見られる体勢になっていた。膝の上には大きな箱に入った、ポップコーンまで置かれている。
「あぁ、やっと来たか。早く君等も準備をしたまえ。」
嬉しそうに、既に少しずつポップコーンを食べながら、3人を手招きする会長。黄美絵先輩はそのままソファーへと向かい、会長の右隣に座ると、テーブルの上に置いてあったスタバのメニューを手にした。
赤城先輩は炊飯器を電子レンジの隣に置くと、炊飯器のコンセントを刺し、棚からお茶碗と箸を取り出し、ご飯をよそい始める。
「そうね・・・じゃあ今日は、ホワイトモカにでもしようかしら。ホットの方で。」
メニューを見ていた黄美絵先輩は、まるでレストランで注文をするかの様に、メニューの中からドリンクを選ぶと、それを白澤君に向かいニッコリと笑い言った。
「え?あぁっ、はい。分かりました。えっと・・・会長は何にしますか?ついでに赤城先輩の分も作っちゃいますよ。赤城先輩は?」
白澤君は本当に店員にでもなってしまった様な気分になりながらも、慌ててスタバのカウンターの中に入り、まだドリンクを用意していなかった会長と、別の作業をしている赤城先輩の分も聞いた。
「ああ、僕はキャラメルフラペチーノ。」
「あっ、俺の分はいいよ、自分で作るから。白澤君は、先に会長と黄美絵先輩の分を作ってくれ。」
赤城先輩はよそったご飯と箸を黄美絵先輩の前へと置くと、そのまま自分もスタバのカウンターの中へと入った。
「白澤君は何にする?俺と白澤君の分は、俺が作るよ。その方が、効率がいいし早いだろう?」
せっせと注文を受けたドリンクを作っていた白澤君は、少し横へとずれ、赤城先輩の入るスペースを開けると、少し考えながら答えた。
「あぁ・・・じゃあお願いします。う~ん・・・そうだなぁ・・・。じゃあ俺は、コーヒーフラペチーノでお願いします。」
「了解。」
赤城先輩もドリンク作りの作業に取り掛かると、会長はカウンターの方を振り向きながら言って来た。
「よし、じゃあ2人共、作業をしながらでいいから聞いていてくれ。本日見る映画のタイトルは『ジェイソンvsマイケル』だ!皆の大好きな、13日の金曜日のジェイソンと、ハロウィンのマイケルの2人の殺人鬼による、正に夢の対決!そこで、だ!映画を見る前に、どちらが勝つか予想でもしようじゃないか。」
「まぁ!風紀委員対風紀委員ね!」
黄美絵先輩は嬉しそうに言うと、両手をパンッと叩いた。
「俺はジェイソンだと予想をしますねっ!なんと言っても、彼はフレディーにも勝利しているっ!」
赤城先輩は作業をしながら、自信満々に答えた。するとそれに反論をするかの様に、黄美絵先輩が言う。
「あら?でもあれは引き分けだったわよ?だって最後に、フレディーはウィンクをしたじゃない。まだ生きていたから・・・。私は、マイケルだと思うわ。彼の殺し方は、素手が多いし、肉弾戦となったらマイケルの方が上なんじゃないかしら。」
「成程・・・今の所1対1に分かれたか・・・。白澤っ!君はどちらだと思う?」
何度も頷き、嬉しそうに聞いて来る会長に対し、白澤君は冷めた口調で全く別の意見を言った。
「いや・・・その前に、どうしてそんな下らない対決をさせようと思ったんですか?製作側は・・・。ジェイソンvsフレディーはネタとしてはよかったんですから、そこで止めておくべきなんじゃないですか?エイリアンvsプレデター2の二の舞になるだけですよ・・・。その後もヴァンパイアvs何とかとか、色々と出ましたが、お色気で終わっただけだったじゃないですか・・・。」
フウ・・・と息を漏らすと、出来上がった会長と黄美絵先輩のドリンクを、2人の元へと運んだ。
「今はそんな意見を聞いているんじゃない!観終わった感想会は後でちゃんとやるんだから、その時にでも言え!」
会長はムッとした表情で言うと、拗ねる様にソッポを向いてしまった。白澤君は2人の前にドリンクを置くと、そのまま黄美絵先輩の隣へと座り、仕方なさそうに答えた。
「じゃあ、俺はジェイソンですかね。ジェイソンには再生能力が有るから、ただ単に頑丈でしぶといってだけのマイケルには、勝ち目が無いんじゃないですか?」
すると会長は、また嬉しそうな顔をして言って来る。
「そうか!君はジェイソンか!これで2対1になったな。」
「それで、会長はどちらだと思うんですか?」
同じく白澤君と自分の分のドリンクを作り終えた赤城先輩は、白澤君の前にドリンクを置くと、自分は会長の隣へとチャッカリ座り、嬉しそうに顔をニコニコとさせながら聞いた。
「僕は黄美絵と同じく、マイケルだと思う!なんと言っても、彼の移動スピードはジェイソンを上回るからな!それに走るしっ!なにより仕事の早さが違う!マイケルの方が手際いい!」
キラキラと目を輝かせながら言う会長は、本当に楽しそうだ。今この瞬間が、会長にとっては一番の幸せなのだろう。そんな会長の姿を、3人は微笑ましく見つめていた。
(あぁ・・・この人、本当にこれが一番の贅沢で幸せなんだ・・・。可愛らしい贅沢だなぁ・・・。)
白澤君は正に親心の様な気持で見守ってしまう。
「まぁとにかく、結果は見てのお楽しみだ!それでは、早速白澤にとっては、記念すべく第1回視聴会を始めるとするか!」
そう言うと、会長はリモコンで室内の灯りを消した。室内が真っ暗になると同時に、巨大なスクリーンには映像が映し出され、上映会が始まったのだった。
映画が序盤に差し掛かるにつれ、いつの間にか白澤君以外の全員は、真剣な眼差しで映画にのめり込む様に見入っていた。白澤君はと言うと、最初の迫力の有る音量と、大スクリーンの映像に「おぉ!」と感激をし、少し興奮気味で見ていた物の、徐々にとその興奮も冷め、すっかりと自宅のPCの前で、いつも通りに映画を見ている様な感覚になっていた。その原因の一つとしては、途中何度か隣に座る黄美絵先輩から、ご飯やドリンクのおかわりをメモで要求され、ちょこちょこと席を立っていたと言う理由も有る。赤城先輩も白澤君と同じ様に、会長からドリンクの追加を要求されていたが、ソファーに戻るとすぐに映画の世界へと入り込んでいた。
(しかし・・・こうちょこちょこと一々立っていたら、気が散って映画になんか集中出来ないよ・・・。赤城先輩、器用だなぁ・・・。やっぱ慣れなのかな?)
軽く溜息を吐きながらも、チラリと隣に並ぶ他のメンバーの様子を見てみる。すると黄美絵先輩は、グロシーンになるとガツガツと美味しそうに白米を頬張っていた。対する会長は、緊張を有するシーンに差し掛かると、口の中に投げ込もうとしていたポップコーンを手にしたまま、ポッカリと口を開け固まっている。
(うわぁ・・・黄美絵先輩マジでグロおかずにご飯食べてるよ・・・。てかあんなに食べて、よく太らないな・・・。会長はまた・・・何とも分かりやすい典型的な視聴者様なんだ・・・。本当に上級生か?子供が特撮映画見ている様にしか見えんぞ・・・。)
そして最後に、一番奥に座る赤城先輩の様子を見てみると、赤城先輩は映画を見ながら真剣な様子で、メモ用紙にカリカリと何かを書き込んでいた。
(赤城先輩・・・感想書いてるのかなぁ・・・?メモ、ちゃんと取ってるんだ・・・。真面目だな・・・。しかし・・・それにしても・・・。)
白澤君はうんざりとした顔をし、改めて3人の視聴姿を縦一列に目にすると、ハァ・・・と深い溜息を吐いた。
(何だこの光景は・・・。こんな映画の視聴姿、映画館でも人ん家でも見た事ないぞ・・・。俺としては映画よりも、この人達を見ていた方が面白いかも・・・。)
そしてもう一つ、溜息を吐いた・・・。
途中何度か隣からは、クスクスと笑い声が聞こえて来た。黄美絵先輩だけでなく、会長の笑い声も交じっている。赤城先輩は相変わらずウンともスンとも言わず、ひたすら映画をジッと見続けては、メモを取っているだけだ。そしていよいよ映画も終盤に差し掛かると、時折一斉にドッと笑い声が溢れ返った。今まで無言でひたすら見続けていた赤城先輩も含め、突然3人はゲラゲラと大笑いをし出す。白澤君は突然の3人の笑い声に驚きながらも、フッとスクリーンの方を見ると、映像を目にした白澤君もまた、思わず声に出し、クククッと笑ってしまった。それはジェイソンとマイケルの取っ組み合いのシーンだった。
*B級ホラー映画を見る時の、正しい礼儀作法。*
笑える場面は声に出し思い切り笑い、心から楽しむ事。映像のシュールさ、セリフの掛け合いの下らなさ、チート技を使った時等、思わず「ちょっw」と言ってしまいたくなる時は、気持ちよく大笑いをしましょう。礼儀です。
映画が終わり、エンドロールが流れ出すと、白澤君は思い切り両腕を上へと伸ばした。少し固まった体を伸ばし解すと、今度は体全体を伸ばそうと、その場に立ち上がろうとする。そんな白澤君を、会長は右手を翳しながら慌てて止めた。
「待て!まだ終わってはいないぞ!ちゃんとエンドロールを最後まで見て、映画は終了だ!」
白澤君は慌てて腰を下ろすと、会長に言われた通りにエンドロールをジッと見た。赤城先輩も黄美絵先輩も、その場に座ったまま背伸びはしている物の、ちゃんとエンドロールを見ている。
(皆真面目だな・・・。ちゃんとエンドロール最後まで見るんだ。途中退席は許されないのか・・・。)
白澤君は関心をしながらも、少し退屈そうに長いエンドロールを見つめる。
(俺には何で最後までエンドロールを見なきゃならんのか、分からん・・・。まぁたまにCパートが有る時もあるけど・・・大抵はキャストやスタッフの名前が並んで終わりってだけだしな・・・。皆退屈じゃないのかなぁ・・・。)
チラリと横目で会長の方を見ると、会長はまだ真剣な眼差しでスクリーンを見つめていた。少なくとも会長は退屈ではない様だ。
*B級ホラー映画を見る時の、正しい礼儀作法2。*
エンドロールも最後までちゃんと観ましょう。Cパートが存在する時が有ります。何よりEDが内容に比例して、やたらと神曲だったり、洒落ていたりする時が有る為、語り合う時に話題についていけなくなってしまいます。礼儀です。
長いエンドロールもようやく終え、会長の手で部屋の明かりが点けられると、皆一斉に立ち上がり、その場で背伸びをし始めた。
白澤君も、やっと終わったと一息吐いてから、ゆっくりと立ち上がり、腕を大きく天井へと向け伸ばす。
「さて・・・と。片づけを済ませたら、すぐに感想会をするからな。」
会長はパンパンッと2回手を叩くと、赤城先輩はテーブルの上を片付け初め、黄美絵先輩はディスクを取り出し、隣の部屋の保管棚へと向かった。会長は機材の片付けへと入っている。白澤君も慌てて、赤城先輩と一緒にテーブルの上とカウンターの片付けをし出した。4人協力し合っての片付けと言う事も有り、あっという間に終わると、隣の部屋から戻って来た黄美絵先輩が、白澤君に言う。
「白澤君、ディスクは奥から順番に、あいうえお順に並べてあるから。」
「あっ、はい。分かりました。」
カウンターの上を布巾で拭きながら返事をすると、黄美絵先輩はニッコリと笑い、会長と一緒に視聴室を出て行った。
「さぁ、俺達も会議室へ行こう。感想会をしなきゃいけないからねっ!」
赤城先輩は何束も有るメモを手に取ると、視聴室の電気を消してから、白澤君と共に会議室へと向かった。白澤君は赤城先輩の後ろに続きながらも、感想会で何を言えばいいのかを、ひたすら悩み考えていた。
(感想って・・・何を言ったらいいんだろう?絶対普通の感想とか言っても、却下されるんだろうなぁ・・・。って事はマニアックな感想って事か?・・・マニアックな感想って・・・どんな感想だよ・・・?取り合えず、他の3人の感想を聞いてから決めよう!)
頭を抱えながら会議室へと戻ると、既に隣同士でソファーに座る、会長と黄美絵先輩の2人の姿が見えた。そして2人は当たり前かの様に、ここでも早速注文をする。
「僕はモカフラペチーノ。」
「私は、エスプレッソね。」
赤城先輩は嬉しそうに注文を受けると、足早にカウンターの中へと入って行く。対する白澤君は面倒臭そうに、カウンターへと向かった。
「会長、冷たい物ばっか飲んでると、お腹壊しますよ。映画見ている時も、ずっとキャラメルフラペチーノばっか飲んでたじゃないですか。」
「問題無い!僕の胃は丈夫だからな。」
白澤君は通り際に忠告をするも、会長はまた『問題無い』と自信満々に言って来る。ハァ・・・と溜息を吐きながらも、カウンター内の赤城先輩の隣へと立ち、今度は白澤君が、赤城先輩と自分の分を作った。
「さて、それでは早速、本日の映画の感想会へと入りたいと思う!」
相変わらず会長は偉そうな態度で仕切り始めると、ズズズッと幸せそうにモカフラペチーノを啜った。
「そうね・・・せっかくだから、白澤君からどうぞ。記念すべき初の視聴会ですものね。」
そう言って、フフフッと笑う黄美絵先輩からは、悪意が滲み出まくっていた。
(この人は・・・。人が様子見をしようとしていた事に気付いたな・・・。)
白澤君は他のメンバー、特に赤城先輩の感想を聞いてから、その感想を元に自分も感想を言おうと思っていた。
しかしその策略は見事に黄美絵先輩に見破られ、嫌がらせの様に第一打者とされてしまう。
「そうだな、せっかくだから白澤の感想から聞こう。新入会員の意見は、新鮮だしな。」
会長までもが楽しみな顔をして言い出すと、一番手を逃れる事は流石にもう出来ない。白澤君は3人の顔色を窺いながら、ジッと考えた。3人は思い切り何かを期待するかの様な表情で、白澤君の顔を嬉しそうに見つめている。
(・・・糞っ!一番手かよ・・・嫌だなぁ・・・。何言えばいいんだ?何言えば、この普通じゃない思考回路の持ち主の奴等を、喜ばせられるんだ?普通じゃない感想を言えばいいのか?って普通じゃない感想って何だよ?あぁ・・・分からない・・・思い浮かばない・・・。クソゥ~!赤城先輩め・・・ニヤニヤとした顔でこっち見やがって・・・。そんな期待する様な顔すんなよっ!)
ヒクヒクと口元を引き攣らせながらも、白澤君は一斉に批判の声を浴びる事を覚悟し、意を決したかの様にグッと膝の上に置いた拳を握り込んだ。そして心の中で覚悟を決めると、ゆっくりと自信無さそうな声で感想を述べ始める。
「えっと・・・。そっ・・・そうですね・・・。ジ・・・ジェイソンとマイケル、それぞれの殺し方の特徴が・・・その、よく出ていたと思います・・・。ちょっと似た者同士の殺人鬼だったので・・・差が分かりやすく出ていてよかったんじゃないですかねぇ?・・・えっと・・・それから・・・その・・・。おっ!おっぱい要因がちょっと少なかったんじゃないかなぁ~何て・・・思ったりしちゃったり?・・・ハハハ・・・。」
最後は苦笑いをしながら誤魔化す様に言うと、3人はジッと白澤君の顔を見て、少し驚いた表情をしていた。
(しっ・・・しまった・・・。おっぱい要因とか・・・何馬鹿な事言ってるんだ・・・俺・・・。)
白澤君の口元は更に引き攣り、しくじってしまったと悟る。しかし3人の表情は、驚いた顔から嬉しそうな顔へと変わり、予想外の反応を示した。
「すっ・・・凄いな白澤君っ!おっぱい要因の少なさは俺も言おうと思っていたんだよぉ~!まさか先に言われちゃうとは、思ってもいなかったよ!君はそう言うの、絶対心の中で思っても口にしないタイプかと思っていたから。ムッツリっぽいしっ!」
「あらあら!白澤君にあの繊細な殺し方の差が分かるなんて・・・意外だったわ。もっと固物の様に、脚本がどうとか、CGがどうとか詭弁を言うのかと思っていたのに。あぁ!ならあれは分かったかしら?マイケルの方が、3回も素手で殺した数が多かったのよ?」
赤城先輩と黄美絵先輩は、白澤君の感想を絶賛するも、言葉の中には失礼な発言も交じっている。しかし批判の嵐だと思っていた白澤君にとっては、そんな失礼な発言も、いつもの無礼な先輩達と何ら変わりはなく、気にはならない。それ所か、ホッと安心をした様子だ。
「え?あれ?えっと・・・これでよかったんですか?」
少し困惑をしつつも、自分の述べた感想が正しかった事に一安心をし、自然と表情も柔らかくなる。そんな白澤君の感想を、会長は一番嬉しそうな顔をして褒めて来た。
「白澤っ!お前は本当にB級ホラーが好きだったんだなぁ?偉いぞっ!そして嬉しいぞっ!お前は心得ているっ!大抵の下らん映画好きの輩は、演出がどうだの、CGがどうだのと、迫力やスケールばかりに囚われてしまう!最悪なのは、B級映画に対して予算が無いのかだのと戯言を抜かす!」
突然熱く語り始める会長に、白澤君は少し引き気味ながらも、何となく頷いた。そして会長の熱弁は更に続く。
「B級ホラー映画とは!如何に低予算でよい物を作るか、と言う事が大事なんだ!だからこそ、糞演出、糞脚本、糞CGが当たり前で有り、そんな当たり前の事を今更グダグダと言う奴なんかは見る資格も無い!帰れっ!と言いたい。大事なのはテンポ!カメラワーク!オチ!そしておっぱい要因の可愛さ!時折入る無駄にメッセージ性の有るセリフに、シリーズ物は殺人者や化物に対する監督の愛着!そこがまた良い・・・。そして何より、気楽に見れて下手なコメディー映画よりも笑える要素と言う事が、一番良い所なんだ!そうっ!下らなさだ!あの下らない面白さこそが、B級ホラーの最高に面白い所なんだっ!」
全ての力を出し切り言い終えると、会長は少し疲れた様子で、ハァハァと息を切らせていた。
「はぁ・・・まぁ確かに、深く考えずに観れるのが良い所では有りますからね・・・。」
白澤君は会長の熱弁に圧倒されながらも、何となく共感をし、何となく返事をした。
*B級ホラー映画を見る時の、正しい礼儀作法3。*
考えるんじゃない!感じるんだ!
そんな白澤君の返事に、今度は赤城先輩が熱く語り出す。
「分かっているじゃないかぁ~白澤君っ!そうだよっ!何も考えずにただボーっと観ていて笑いたい・・・そんな時にB級ホラーは最高なのだよっ!突然の有り得ない展開に、やたらと気合いの入ったグロシーン・・・。かと思いきや!もう一方の映画では突然グロシーンがショボくなったりと、臨機応変!そして清々しい殺され方!おっぱい要因の醜さにガッカリするも、予想外に内容が面白かったりと、B級ホラーは何度も見事に視聴者を裏切り続けて来てくれたっ!その中にもパターン化された物を見出し、予測して行くのが楽しいんだ!」
「そうよね。いつも良い意味で裏切ってくれるから、止められないのよねぇ~。それに後はキャラの濃さかしら?良いキャラをしている人程生き残って欲しいと思っていても、死んでしまったり、もうこいつさっさと死ねよ!って思う位のウザ女程最後まで生き残ってしまったりとまぁ・・・登場人物への感情移入がしやすいって所も良い所かしら。」
黄美絵先輩も交じり、今見た映画の感想会ではなく、何故かB級ホラー映画自体の評論会へと路線がズレて行ってしまう。
「おぉ!それは分かるぞ黄美絵!こいつ真っ先に死にそうだなって奴が、意外に最後まで生き残った時には、何故か観ているこちらが嬉しくなってしまうんだ。それに主役とかではなく、敵の方を応援してしまいたくなる時も有る。ゾンビ頑張れっとか!」
「これぞB級ホラーマジックですよねぇ!悪役が本当に悪の時も有れば、主役が家畜だったりする時も有るので、逆に悪役の方が正義に見えて来ちゃったりするんですよねっ!」
ワイワイと楽しそうにB級ホラーについて語り出す3人に、白澤君は1人蚊帳の外だ。
「えっと・・・あの・・・感想会は・・・?」
どうしたらいいのか分からず、戸惑う白澤君の事等気付きもせずに、3人は楽しそうに話し続ける。
「しかし最近はB級ホラーでもヒット作が出る事が多いからなぁ・・・。昔と違い人気が出てしまって続編が次々と作られると、予算も上がって本来のB級ホラーの良さが薄れてきてしまっている。」
「そうねぇ・・・最近はリメイクとかも増えたし。画質や技術は向上するけれども、ただのホラー映画に成り下がってしまう事が多いのが残念だわ。」
少し残念そうな顔をする会長と黄美絵先輩に対し、赤城先輩は戦意を失う事無く言った。
「でもリメイク版でも、意外に良い作品は有ったりしますよ?ハロウィンとかのリメイク版は、マイケル氏の幼少時代を細かく描かれていましたし。」
「でもやっぱり私は元祖の方が好きだわ。当時だからこそ出来た無茶苦茶さが良いのよ。それにリメイクをしてはいけない作品も沢山有るし。キラー系は特によ!」
「今は規制が多かったりするしな。何より当時の役者だからこそ出せた味と言う物が有る!残念ながら亡くなってしまった者も多いし、別の者が変わってその役をやるとなれば、当たり外れが激しい!」
「いや・・・えっと・・・。」
何とか話の中に入り、本来の目的はどうなったのかを聞きたい白澤君であったが、入り込める隙が無い。
「まぁだが、最近の新しいB級ホラー作品にも、現代だからこそ出来る良さも有る!本来のB級ホラーの定義を忘れる事無く、新たな発想で作られた作品は、僕は好きだな。」
自分で言って自分で納得をする様に、何度も頷く会長。そんな会長に、今度は赤城先輩が残念そうな顔をさせて言った。
「しかし最近のB級ホラーは、ヒットした作品名を捩った物が多いですよぉ。特にソウと似たような内容の映画は増えていますし。『死のゲーム』って言っておけばいい、みたいな感じで・・・。」
「その中から面白い作品を見付け出すのが楽しいんじゃないか!赤城は分かっていないな。パッケージの売り文句やタイトルに釣られて借りてみて、意外に内容は全く別物で面白いケースも有るんだぞ。」
会長と赤城先輩が熱く討論をしている中、黄美絵先輩は思い出したかの様に言った。
「あら?でもよく考えると、今日観た作品はリメイクでも続編でも無いわよね?と言う事は・・・似類した作品になるわね。でも意外に楽しめたわ。ヒロインの頭の悪さっぷりが痛快だったわ。ウフフッ!」
そう言って、可笑しそうに笑う黄美絵先輩。突然本来の話しに戻った黄美絵先輩の発言に、白澤君はチャンスだ!と思い、透かさず声を張り上げ会話へと割り込んだ。
「あのっ!これって今観た映画の感想会ですよね?本題からズレていませんかっ?」
すると一斉にシンッ・・・と静まり返り、会長は呆れた顔をして言った。
「お前は何を言っているんだ?だから今その感想会をしているじゃないか・・・。」
フゥ・・・と呆れた様子で溜息を吐く会長の姿に、白澤君の体は固まってしまった。
「え?でも・・・何かB級ホラー全体の話をしていませんでしたか?・・・その・・・ジェイソンvsマイケルに関しての話しの内容は全く無かった様な・・・。」
困惑をしながらも言う白澤君の肩を、ポンッと赤城先輩が軽く叩いた。
「白澤君、話の流れって物が有るだろう?会議じゃないんだから、深く考えたら負けだよ。」
赤城先輩の言葉に、白澤君は何となく納得をし、理解した。それと同時に、真面目に感想を考えていた自分が馬鹿らしく思えて仕方が無かった。
(なる程・・・感想会とは名ばかりで、ただ単にB級ホラーについて語り合うだけなのか・・・。確かに、他の作品と比較している内に話が脱線してしまう事はよく有る事だけど・・・。適当に話しながら流れで今日観た作品の話しになれば、またその流れでその話しをするだけって事か・・・。確かに深く考えたら負けだ・・・。って事は、俺は固く考え過ぎなのか?・・・俺ってやっぱり固物なのかなぁ・・・。)
ハァ・・・と深く溜息を吐くと、体中の力が抜けて行ってしまった。物凄い脱力感に襲われながらも、もう真面目に考えるのは止めようと思い、適当に思った事をそのまま投げやりに言った。
「てか、最近の作品にはカリスマ的殺人者が居ないから駄目ですね。単発で観る分にはいいけど、それをヒットしたからって無理やり続編を次々と作るから、駄作に成り下がってしまうんですよ。結局は最終的には今回の様な、昔から居るカリスマ殺人者に頼ってしまって・・・。まぁファンによる復活の声も有るんでしょうが、俺的にはそろそろ新しいカリスマ殺人者が生まれて欲しいですよ。変に捻り加えたり、謎解きだの真犯人だの新たな敵だのとか、どうでもいいんですよね。俺は王道が好きなんですよ!王道が!」
言い終えると、テーブルの上に置いてあるスターバックラテを手にし、ズズッと啜ると、気だるそうな顔をした。そんな白澤君の姿を、3人はマジマジと見つめながら、それぞれ心の中で思う。
(心得ているな・・・。白澤君、本当は誰よりもB級ホラー好きなんじゃないか。人並みとか言っていた癖に・・・この嘘吐きめっ。てか白澤君・・・相変わらず性格悪いなぁ~・・・。)
と赤城先輩は思った。
(なる程・・・これは新たな意見だな。やはり新人の意見は新鮮でいい!白澤は王道が好きなのか。殺人鬼好きと言う事は、赤城と同じか・・・。ゾンビは嫌いだろうか?僕はゾンビ系が好きなんだが・・・。)
と会長は思った。
(あらあら、開き直ったみたいね。でも赤城君と同じで殺人鬼好きとは、ちょっと残念。私はオカルト系やゴースト系が好きなのだけども・・・。フフッ、でも私と一緒で、リメイクや無駄な続編は反対派みたいだし、よかったわ。)
と黄美絵先輩は思った。そして白澤君も心の中で思う。
(気軽に考えよう!メンバーの事も、活動の事も、全て気軽に考えて気楽で居るんだ!これからは気を使わない、真面目に考えない、深く考えない!この三原則で行こう!)
各々がそれぞれに思いながら、感想会の続きが再開された。
あーでもない、こーでもないと言い合いながら、本日観た映画の話題へと入ると、赤城先輩はメモをちょこちょこを見ながら意見を言う。黄美絵先輩がグロシーンについて語りだしたり、白澤君は直球に意見を唱え反論をしたりと、いつの間にか白澤君もすっかりその場に馴染んでいた。
しばらくは各々の意見が飛び交っていたが、気が付くと会長がずっと黙り込んでしまっている事に、赤城先輩が真っ先に気付いた。
「会長、どうしたんですか?いつもなら会長が一番熱く語っているのに、今日は静ですね・・・。」
しかし赤城先輩の呼びかけにも何の反応も示す事無く、会長は黙り込んでずっと俯いたままだった。
「葵君、どこか体調でも悪いの?大丈夫かしら?」
流石の黄美絵先輩も、心配そうに声を掛けるが、会長は何も答えない。そんな会長の姿を見ていた白澤君は、呆れた顔をして言った。
「会長・・・我慢しないで、トイレ行ったらどうですか?お腹痛いんでしょう?」
会長はゆっくりと顔を上げると、冷や汗を掻きながら真っ青な顔をしていた。そして力を振り絞りながら言って来る。
「い・・・嫌だ・・・。話しを・・・きっ・・・聞き逃・・・す・・・。」
苦しそうに言う会長に、白澤君は更に呆れた顔をして言う。
「会長が戻って来るまで、話しはストップしておきますから・・・。」
「そっそうですよ会長っ!待っているんで、トイレに行って来て下さい!お腹痛いなら、何で言ってくれなかったんですかぁ~!」
赤城先輩は泣きそうな顔になりながら、物凄く心配そうに言うと、会長の元へと駆け寄った。
「葵君、行ってらっしゃいな。大丈夫よ、抜け駆けしない様に私が見張っているから。」
黄美絵先輩は優しく会長の頭を撫でながら言うと、会長は小さく頷き、赤城先輩に支えられながら、お腹を抱えゆっくりとトイレへと向かった。
「だからお腹壊すって言ったのに・・・。」
ハァ・・・と白澤君は軽く溜息を吐くと、トイレの中へと入って行く会長を見守る。
(いつから我慢していたんだろう・・・。やっぱり限界までか?)
結局その後、会長はしばらくトイレに留まり、中々出て来なかった為、本日の感想会は終了する事となった。終了の合図は、会長がトイレの中から苦しそうに言って来た。
赤城先輩は保健室から薬を貰って来ると、それを黄美絵先輩に渡した。
「2人はもう帰っていいわよ。後は私が付いて居るから。」
黄美絵先輩にそう言われると、赤城先輩は自分もと駄々をこね始めた為、白澤君が無理やり赤城先輩を引きずり部室を出て行った。それでも赤城先輩は部室へ戻ろうと暴れ出すので、白澤君は仕方なく耳元で「美形」と連発をし、機能停止をさせた。
外で行われていた新入生歓迎会もすっかりと幕を閉じ、片付けへと入っている中、白澤君は何度も復活をする赤城先輩を、その度に機能停止させ引きずって校庭を歩く。校門を出ても尚、諦めずに部室へと戻ろうとする赤城先輩に、白澤君はうんざりとした顔をしながらも、逃がさない様にしっかりと襟元を掴みながら言った。
「赤城先輩、会長は今お腹壊しているんだから、下痢なんですよ?そんな姿、男になんか見られたくないでしょう?」
「何を言っているんだい?白澤君っ!会長は男なんだから、そんな事気にするはずないだろう!俺が側にいてあげないとっ!」
必死に進行方向とは逆に進もうとする赤城先輩に、白澤君は思い切り溜息を吐く。
(都合のいい時だけ男扱いかよ・・・。ったく・・・仕方がないなぁ・・・。)
このまま赤城先輩を家まで送るのもかなり面倒臭いし、かと言って放置をすれば黄美絵先輩に殺されるだろうと思い、白澤君は余り使いたくはなかったが、仕方なく最終兵器を使う事にした。
「いいですか赤城先輩!会長にだってプライドが有るんですよ!自分の惨めな姿を、下級生に、特に赤城先輩に!見せたいとは思わないでしょう?ずっと我慢していたのだって、哀れな自分の姿を尊敬してくれている赤城先輩に見せまいと、会長の赤城先輩に対する心使い故に、必死に堪えていたんですよ!それを赤城先輩は、無駄にするんですか?愛する人!の気遣いを、無下に扱うんですか?」
すると白澤君の言葉にハッとした赤城先輩は、ピタリと動きを停め、その場に立ち竦んだ。
「そ・・・そうか・・・そうだったのか!会長は・・・俺の為にずっとお腹痛いのに、我慢していてくれたのか・・・。俺はそうとも知らず・・・。今戻れば、せっかくの会長の気持ちを、俺は踏みにじってしまう事になる・・・。」
そして赤城先輩は頭を抱え込むと、その場に崩れ落ちてしまった。
(いや・・・俺別に、赤城先輩の為とは一言も言っていないんだけど・・・。どんな解釈したんだよ・・・。まぁいい、これで大人しく1人で帰ってくれそうだし。)
白澤君は赤城先輩の肩に手を掛けると、優しく微笑みながら言った。
「さぁ先輩、帰りましょう。先輩が1人で真っ直ぐ家へ帰る事により、会長の気持ちは報われるんです。」
赤城先輩は肩に置かれた白澤君の手を握り締めると、涙目になりながら頷き、ゆっくりと立ち上がった。
「うん・・・俺帰るよ・・・。白澤君、ありがとうっ!気付かせてくれて、ありがとうっ!」
そして赤城先輩は満遍ない笑みを浮かべると、白澤君に大きく手を振りながら、家へと帰って行った。そんな赤城先輩に、白澤君も笑顔で手を振り、赤城先輩の姿が見えなくなったのを確認すると、途端に笑顔が消え無表情へと変わる。
「よかった・・・やっと帰ってくれたや・・・。単純馬鹿でよかった・・・。俺も帰ろう。」
そのまま白澤君も、家へと向かい帰って行った。こうして無事、白澤君の記念すべき第1回視聴会は、終了したのだった。ジェイソンとマイケル、どちらが勝ったのかは、ご想像にお任せをする。