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歓迎会は大体歓迎する側の自己満足

 次の日、新入生全員は体育館に集められ、校内説明会が開かれた。体育館と言っても、舞台の上には巨大なスクリーンが設置されており、そこに映写機で映像を映しながらの説明だ。手元には分厚い説明書の様な物が手渡され、そこには校内地図も乗っている。赤城先輩の言っていた通り、説明会はうんざりする程長かった。

 予め大体の事は赤城先輩から説明を受けていた為、白澤君にとっては大して苦では無かったが、細かい校則等に関しては、真面目に聞いていた。そしてその校則とやらがまだ特殊で・・・。出席日数に関しては、普通の高校では一年間で大体190~200日程必要とされているが、この黄泉高等学校では、その半分でいいらしい。

 しかし2年間の校内平均点キープか、何らかの実績を残さなければならないと言う事が有る為、残りの校内活動はその事に費やす為らしい。授業を受けるも良し、必要な授業だけ受け、後は図書室での自主勉でも良し。スポーツ推薦で入学した者達は、部活動に専念をし、実績を残す為の、活動時間が費やせると言う訳だ。ありがたくもあるが、自己責任と言う事でも有る。

 他に風紀等に関しては特に厳しい規則も無く、『個性を大切にする』事が我が高校のスローガンらしく、制服改造、頭髪、ピアス等も自由だが、女子は女子制服を、男子は男子制服を着用する事は当然義務付けられている。ただし校外での問題は自己責任。校内の施設を一般貸出しする際は、生徒が管理、活動をする。と言った事位で・・・まぁ要するに、全て投げやりにし生徒任せにしている、と言う事だ。自己判断力と柔軟性のある考えを身に付けさせる為らしいが、この説明を聞く限り、会長と黄美絵先輩が部室を改造出来た事も頷ける気がした。

 体育祭や文化祭、修学旅行と言ったどの学校にも有る学校行事は、この学校にも同じ様に有るらしい。その時は全員参加。そこは普通の高校と変わらない。

 他に変わっている物としては、授業内容だ。一般の高校同様の授業の他に、教養を身に付ける為の授業が有る。所謂マナー講座の様な物だ。言葉使いや立ち振る舞い、正しい挨拶の仕方から、冠婚葬祭時の対応、高校生にはまだ早すぎる様な気もするが、進学校ならではの授業なのだろう。

 確かに特殊では有るが、どこよりも自由な学校とも言える。それと同時に、その自由さを利用して遊びまくり退学になってしまうか、やるべき事を遂げ、残りの学生生活を有意義に過ごし、卒業後の目的に専念が出来るかの、どちらかに分かれてしまう。これぞ正に自己責任学生生活だ。

 そんな長ったらしい説明会を終えた新入生達は、グッタリとした様子で、疲れ切った顔をしながら各々の教室へと戻って行った。

 白澤君のクラスはAクラス。成績別に分かれている訳ではなく、全くのランダムで決められたクラス分け。白澤君も少し疲れた様子で教室へと入ると、自分の席へと向かった。机の上にはそれぞれダンボールが置いて有り、中を覗いて見ると、数々の教科書等がギッシリと詰め込まれている。

 (これを一度に持って帰るのは、流石に無理だなぁ・・・。)

 はぁ・・・と軽く溜息を吐くと、隣の席からも同じ様な溜息が聞こえて来た。フッと溜息の聞こえて来た右隣の方を向くと、茶髪のセミロング位の長さの髪をした、可愛らしい女の子が座っている。

 白澤君は彼女の方をジッ見つめていると、白澤君の視線に気付いた彼女は、白澤君の方へと顔を向けた。そしてニコッと笑うと、その顔は更に可愛らしくなり、白澤君の頬は少し赤く染まってしまう。

 「これ、今日全部は持って帰れませんね・・・。」

 柔らかい優しい声でそう言うと、困った顔をしながら、またニコッと笑った。

 「あぁ・・・そうですね。置き勉とかしても大丈夫みたいだし、何日かに分けて持って帰ろうかなって思っていますよ。」

 白澤君も優しい笑みを浮かべながら言うと、彼女は笑顔のまま頷いた。

 「そうですね・・・。そうするしか、無理ですしね。・・・あっ・・・自己紹介まだでしたね。私、仲井翠って言います。隣の席だし、よろしくね。」

 そう言ってニッコリと笑うと、白澤君も少し照れながら自己紹介をした。

 「あぁ!俺は白澤勇人です。こちらこそよろしく。えっと・・・君は、どこか部活とか・・・同好会とかに入るの?」

 白澤君は既に半ば強制的にB級ホラーを愛でる会の同好会に入れられてしまっていた為か、何故か他の人はどうするのか・・・と言う事が気になりつい聞いてしまった。

 「翠でいいですよ。あぁ・・・私は、部活動は余り興味が無いから・・・。成績推薦で入学したし、良い大学目指して勉強・・・かな。」

 「そうなんだ・・・。えっと・・・あの・・・。翠・・・って呼び捨てもいきなりあれだし・・・その・・・。」

 少し戸惑いながら言う白澤君に、翠はハッした顔をし、恥ずかしそうに俯きながら言った。

 「そっ・・・そうですよね。男の人だし・・・会ったばかりで・・・。じゃぁ翠ちゃん・・・って呼んで下さい。」

 「え・・・?いや・・・翠ちゃんって言うのも・・・。仲井さんじゃダメなのかな?」

 (なんか大人しそうな子だけど、発言は大胆だな・・・。)

 おっとりとした雰囲気の翠ではあったが、所々積極的な発言をする彼女に、白澤君は少し対応に困りながらも言う。すると翠は、突然顔を真っ赤にしながら席を立ち上がり、大声で叫び出した。

 「だっ!駄目です!苗字では呼ばないで下さいっ!」

 突然の翠の叫び声に、教室中の生徒が一瞬固まり、驚いた様子で一斉に翠の方を見る。周りの視線に気付いた翠は又もハッとし、慌てて「何でもないです、すみません。」と謝り、ゆっくりと顔を下に向けたまま座った。

 「えっと・・・何で苗字で呼んだら駄目なの?」

 白澤君は突然の叫び声に少し驚きはした物の、他の生徒達程動じる事は無く、優しく問い掛けてみた。異常者だらけの同好会メンバーに会って居たお陰で、多少の予想外の出来事には慣れている様子だ。

 翠は今度は少し小声で、俯いたまま恥ずかしそうに説明をした。

 「あの・・・仲井って、旅館の仲居さんと同じ呼び方じゃないですか・・・。だから仲井さんって呼ばれると、旅館の人みたいな感じがして嫌なんです。何か尽くさなきゃいけない様な気になってしまって・・・。」

 (この子の思考回路も相当変わっているな・・。)

 心の中でうんざりとしながらも、白澤君は笑顔で優しく言ってあげる。

 「そっか、分かったよ。じゃぁー翠ちゃんって呼ぶね。」

 白澤君がそう言うと、翠ちゃんは顔を上げ、嬉しそうにニッコリと笑い頷いた。

 「はい!そうして下さい。」


 気が付くと、周りは部活動や同好会の話題をしている者達が多かった。運動推薦で入学をしている者達は、既にどの部への入部かは決まっている様だったが、そうでないその他の者達は、吹奏楽部に入りたいだの、美術部に入るだのと、色々と話している。中にはあの変な同好会への入会希望者も居る様子で、「俺絶対字幕職人同好会に入るんだ。」と言っていたり、「私はデコ盛り製作会に入って稼ぎまくる。」と言っている者も居た。他にはバイトを始めるだの、適当に成績をキープしながら遊びまくるだのと、様々な意見が飛び交っている。皆高校生になり、その先の学生生活に夢を膨らませている様子だ。

 そんな彼等の様子を、白澤君は思い切り冷めた視線で見つめていた。

 (チッ・・・お前等はいいよな・・・。これから好きなだけ選択枠が有るんだから・・・。俺なんかもう入学式の時点で、進路が確定しまったのに・・・。)

 恨めしそうな顔をしている白澤君に気付いた翠ちゃんは、恐る恐るどうしたのか尋ねてみた。

 「あ・・・あの。白澤君、どうしたの?そんな怖い顔して・・・。」

 少し怯えた様子で聞いて来る翠ちゃんにハッとし、白澤君は焦って笑顔を作り慌てながら言った。

 「え?あぁ、何でも無いよ。ほら、皆部活やらの話しで盛り上がっているなぁ~って思ってさ。」

 白澤君の笑顔を見た翠ちゃんは、ホッと安心し、ニッコリと笑った。

 「あぁ・・・明日は新入生歓迎会で、色んな部活や同好会の見学日だからね。なんか、文化祭みたいに色んな部とかがアピールで出し物とか出して、お祭りみたいらしいから楽しみなんだよ。」

 「へぇ~そうなんだ・・・。結構本格的な勧誘合戦なんだね。」

 関心をする白澤君に対し、翠ちゃんはクスクスと笑った。

 「さっきの説明会で言ってたよ?白澤君、ちゃんと聞いてなかったんだ。」

 「え?あっ・・・そうだっけ?ははは・・・校則とかはちゃんと聞いてたんだけどね。」

 恥ずかしそうに頭を掻きながら言うと、翠ちゃんは更にクスクスと笑い、その後ホッと肩を撫で下ろした。

 「でもよかった・・・。さっき白澤君、凄く怖い顔をしてたから・・・。私が無理やり名前で呼ばせているせいかなって・・・ちょっと心配してしまったから・・・。」

 「え?あぁ、全然違うよ!翠ちゃんは関係無いから、大丈夫だよ。」

 優しく翠ちゃんのせいではない事を言ってあげたつもりであったが、どうやら翠ちゃんは違う方向へと白澤君の言葉を解釈してしまう。

 「私は・・・関係無い・・・。そう・・・ごめんなさい。そうだよね、私みたいな一女子生徒が、いきなり白澤君の中に入り込める訳・・・ないよね・・・。勝手に馴れ馴れしくしてしまって・・・ごめんなさい。友達になれるだ何て勘違いして、白澤君の中では無関係の人間だもんね・・・私・・・・。」

 悲し気に俯く翠ちゃんの姿に、白澤君は物凄く面倒臭そうな顔をした。

 (うわぁ・・・赤城先輩並みに面倒臭いかも・・・。ジャンルは違うけど、かなりのマイナス思考だ。と言うより自虐過ぎる・・・。)

 白澤君は引き攣る顔を無理やり笑顔へと変え、歪に笑いながらも誤解を解こうとした。

 「あー・・・違うよ。そう言う意味じゃなくて、翠ちゃんが原因で怖い顔をしていたって訳じゃないって事だよ。・・・あっ!俺の中学出身で、この高校に入学した人って、俺1人しか居ないから、皆同中の人とか居ていいなぁ~って思ってさ。」

 はははっとワザとらしく笑うと、翠ちゃんは俯いていた顔を上げ、安心した表情をする。

 「あ・・・そうなんだ・・・よかった。ごめんなさい、私・・・すぐに勘違いをしてしまうと言うか・・・全てにおいて自分が元凶の原因なんじゃないかって思ってしまって・・・。ダメだね、治さなきゃって思うんだけど・・・。」

 そう言うと、恥ずかしそうに笑う。そして白澤君の顔はまた微妙に引き攣った。

 「でも、同じ中学出身の人が居ないって、ちょっと寂しいね。周りは知らない人ばかりって事になっちゃうから・・・。」

 翠ちゃんのその言葉に、白澤君は少し間を置いてから誤魔化す様に答えた。

 「あぁ・・・まぁそうだけど・・・。一から友達作るのも楽しいかなって思うし。それに、もう翠ちゃんと友達になれたしね。」

 白澤君はどこか寂し気な表情で笑うと、そんな彼の事等気付きもせず、翠ちゃんは白澤君の言葉に物凄く嬉しそうな顔をして言った。

 「あっ、ありがとう。私の事、もう友達だなんて・・・。私も、白澤君とはもう親友みたい。私、友達作るの下手糞だから・・・凄く嬉しい。」

 そう言うと、恥ずかしそうに頬を赤く染めた。照れる翠ちゃんを余所に、白澤君の表情はまだ少し寂し気なまま、そのままの感想を心の中で言った。

 (うん、分かる気がするよ・・・。大胆な発言をする癖に変なマイナス思考持ってるもんね・・・。てかもう親友とか・・・早過ぎじゃねぇかよ・・・。)

 白澤君の心の声とは裏腹に、翠ちゃんは又も嬉しそうに大胆発言をする。

 「あ・・・じゃぁ・・・私も白澤君の事、勇人君って呼ぶね。名前で呼び合った方が、親友っぽいしね。それに私だけ名前で呼ばれるのって・・・不公平って感じだし。」

 少し恥ずかしそうにニッコリと笑う翠ちゃんに、白澤君は無表情になり適当に答えた。

 「あーはいはい。どうぞ好きに呼んで下さい。親友だもんね・・・。」


 *以下略*


 説明会も終わり、各クラスで明日の新入生歓迎会に関する簡単な説明が終わると、後は自宅へと帰るだけだった。

 今日一日は全て説明会に費やされ、明日の午前中はクラス事でのオリエンテーションが行われる。と言ってもそれぞれの係を決めたり、学級委員を決めたりするだけらしい。そして午後から新入生歓迎会の祭が始まると言う訳だ。上級生は、午前中にその準備をするらしいが、特にどこにも属して居ない者達は、それぞれ自主勉強をするか、バイトとして出し物をする部やらの手伝いをしてもいいとの事。本格的な授業は明後日からだ。

 チャイムの音と共に、白澤君は疲れた顔をしながら、ゆっくりと席を立ち教室を出ようとした。

 「あっ、勇人君。また明日ね。」

 教室を出て行く白澤君に向かって、翠ちゃんは笑顔で手を振って来た。

 「え?あーうん。また明日ね、じゃあね。」

 白澤君も後ろを振り返り、翠ちゃんへと笑顔で手を振り挨拶をする。二人して「バイバイ」と互いに手を振り合うと、白澤君はそのまま廊下へと出て、下駄箱へと向かった。

 長ったらしい説明のせいで、グッタリとした様子で廊下を歩く1年生があちこちに見られる中、白澤君はキョロキョロと周りを警戒し、見渡しながら歩いていた。

 (B級ホラーの奴等・・・居ないよな?特に赤城先輩とか・・・流石に今日部室へ連れて行かれるのは勘弁だ・・・。疲れてるのに・・・。)

 何かから隠れる様にコソコソと進んで行く白澤君。そしてやっと下駄箱へと辿り着くと、ホッとした様子で靴に履き替え、校門へと向かった。

 (よかった・・・。無事真っ直ぐ帰れそうだ・・・。)

 ホッと肩を撫で下ろし、安心をした様子で校門へと歩いて行く白澤君。そんな彼の期待を裏切るかの様に、しばらく進むと、校門の前に数人の人だかりが出来ているのが目に付いた。そしてその視線の先には、嫌でも目立ってしまっている残念なイケメンが飛び込んで来る。白澤君の顔は一気に引き攣り、その人だかりを避ける様に校門を潜ろうとした。

 しかし、そんな白澤君に気付いた、残念なイケメン事赤城先輩は、思い切り大きな声で、両手を大きく上へと上げブンブンと振りながら、白澤君の名前を叫んで来る。

 「おおぉぉーい!白澤くぅーん!」

 白澤君はもの凄く嫌そうな顔をし、赤城先輩の呼ぶ声に気付かない振りをして、ソソクサと学校を出て行く。そんな白澤君の姿に、赤城先輩は慌てて何度も白澤君の名前を叫びながら、追いかけた。

 「ちょっ!白澤君!白澤君てばぁー!」

 自分の周りに出来た人だかりを掻きわけながら、赤城先輩は白澤君の後を追うと、ガッシリと白澤君の左腕を掴んだ。

 アッサリと赤城先輩に捕まってしまった白澤君は、ガックシと首をうな垂れ、力無く問い掛けた。

 「何か・・・用ですか・・・?」

 すると赤城先輩も、力無く白澤君に問い掛ける。

 「白澤君こそ・・・何で、逃げるの・・・?」

 しばらく沈黙が続くと、白澤君はうんざりとした顔をして言う。

 「俺・・・今日は物凄く疲れてるんですよ。お願いだから大人しく帰して下さい。」

 「え?イヤッ、ちょっと待ってよ。俺はただ伝言を、伝えに来ただけだよ。」

 何かを誤解している様子だった白澤君に、赤城先輩は少し慌てて言った。そんな赤城先輩の態度に、白澤君は不思議そうに首を傾げる。

 「伝言?連行しに来たんじゃないんですか?」

 「違うよぉー!会長が、今日は流石に疲れているだろうから、明日部室へ来る様にって・・・。」

 予想外の赤城先輩の言葉に、白澤君の表情は緩み、安心をした様子だ。

 「あぁ・・・そうだったんですか。俺てっきり部室へ連れて行かれるのかと思っていましたよ。でも会長・・・ちゃんと分かってるんですね。今日は流石に疲れてるって。」

 すると赤城先輩は、又も何故か自分の事の様に、自慢げに話して来る。

 「そりゃ会長だって1年の時、あの長ったらしい説明会を受けているからね。その時の苦労を知っているからこそっ!の気遣いだよ!」

 「だから何で赤城先輩が偉そうに言っているんですか・・・。」

 はぁ・・・と溜息を吐く白澤君を余所に、赤城先輩は話の続きをし出す。

 「明日は、午前中はオリエンテーションだろ?だから、それが終わって午後から部室に来る様にね。色々と覚えて貰わないといけない事も有るしね。」

 「え?午後って・・・午後は新入生歓迎会ですよ?」

 「何言っているんだい?君はもう我が同好会のメンバーなんだから、そんな物参加する必要ないだろう?あれはただの部と同好会の勧誘アピールセレモニーなんだから。」

 呆れた表情をしながら、ハハハッと笑う赤城先輩。白澤君の顔は唖然としつつも、慌てて言った。

 「え?ちょっ!ちょっと待って下さい!でも新入生歓迎会ですよね?歓迎会って事は、俺も歓迎される立場ですよね?てか歓迎されたいんですけど!」

 「歓迎会と言っても、屋台みたいな出し物や講演会があるだけだよ。それを色々と見て周り、どの部や同好会に入るか決めるんだ。だから、君には関係ないよ。」

 サラリと冷たい事を言い、ニッコリと微笑む赤城先輩の顔を、思い切り殴ってやりたい気持ちだったが、そこは抑え白澤君は更に慌てながら言う。

 「だからって、俺だって見てみたいですよ!お祭りみたいで楽しいって聞いているし。それ位参加してもいいじゃないですか!俺だって新入生なんだからっ!」

 必死に訴える白澤君を見て、赤城先輩はハッとした表情をし、不安そうな顔をさせた。

 「白澤君・・・君・・・もしかして・・・。浮気するつもりかいっ?我が同好会に入っていながら、他の同好会に浮気するつもりかいっ?」

 少し涙目で馬鹿げた事を言い出し、訴えて来る赤城先輩に、白澤君の表情は一気に白けてしまう。

 「人の話しちゃんと聞けよ・・・馬鹿城先輩・・・。」

 「ダメだよっ!浮気はダメだ!良くないよっ!やっぱり君を、歓迎会に参加させる訳には絶対にいかないっ!」

 両手でガッシリと白澤君の両手を握りしめる赤城先輩。白澤君は、完全に歓迎会への参加は出来なくなってしまった事を悟り、物凄く残念そうな顔をして仕方なく言った。

 「分かりました・・・分かりましたよ・・・。午後に部室へ行けばいいんですね。行ってやりますよ・・・。」

 その言葉を聞いた赤城先輩は、ホッと肩を撫で下ろすと、嬉しそうな顔をした。

 「よかった・・・浮気は思い止まってくれるんだね。あぁ!心配しなくとも、君の歓迎会なら、我が同好会メンバーでちゃ~んとしてあげるから、ね!」

 (ね!じゃねぇ~よ・・・。最悪だ・・・。)

 白澤君はうんざりとした顔で、赤城先輩言う。

 「それより、その我が同好会は歓迎会に参加しないんですか?午後からって事は、俺も出し物の手伝いとか?」

 不機嫌に言う白澤君とは裏腹に、赤城先輩は爽やかな笑顔で答える。

 「あぁ・・・我が同好会は参加しないんだよ。新入生歓迎会では、お金取れないしね。それに何より、会長が人員をそこまで欲していないから。ほら、殆ど会長の趣味の為の場だから。」

 「まぁ・・・確かにそうですね。スタバカウンターとか設置してる位なんだし・・・。てかお金取れないからって・・・まぁいいですけど・・・。」

 途中言い掛けて止めると、白澤君はハァ・・・と深い溜息を吐く。

 「それにしても・・・自分の趣味を満喫する為に同好会を立ち上げたと思えば、それで上映会をして稼いだり、メンバー集めには興味無い癖に、字幕職人は欲しいとか・・・。よく分からない人ですね、会長って・・・。てか単に我儘なのか?いや・・・自分が男だと言い張っている時点で普通じゃないんですけど・・・。」

 なんだか会長の人間性が不思議で仕方なくなって来た白澤君は、右へ左へと首を傾げながら考え始めた。そんな白澤君の姿に、赤城先輩は満遍ない笑みで言う。

 「何言ってるんだい、白澤君!それが会長なのだよっ!」

 「分かったから、いい加減この手を離して下さい。」

 白けた目で言う白澤君に、赤城先輩は困った顔をしながら、そっと白澤君の手を離した。


 ようやく自宅へと帰って来た白澤君は、自分の部屋に入ると、制服のままベッドへと倒れ込んだ。倒れると同時に、どっと疲れが押し寄せて来る。

 あの後、赤城先輩は「一緒に帰ろう」と、しつこく付き纏い、ストーカーの様に後をずっと付いて来た。結局仕方なく駅まで一緒に帰ったが、最悪な事に乗る電車の方向までもが同じだった為、一度一緒に車両に乗り込み、ドアが閉まると同時に赤城先輩をホームへと突き落とし、置去りにして帰って来た。

 「はぁ・・・絶対に家は知られちゃいけない・・・。あの馬鹿さ加減だと毎日遊びに来そうだ・・・。」

 とてつもなく深い溜息を吐くと、フッと頭の中に恐ろしい言葉が過った。

 「もしかして・・・赤城先輩は『ホモ』なのか?・・・やたら手とか握って来るし・・・。」

 走馬灯の様に今までの赤城先輩の行動が頭に浮かぶと、一瞬背筋がゾッとし、悪寒が走った。

 「ま・・・まさか・・・ね。・・・だって赤城先輩・・・会長の事・・・。」

 疲れからか、瞼が重くなり、白澤君はそのまま眠ってしまった。


 新入生歓迎会当日、午前中のオリエンテーションを終え、クラス内は午後からのイベントに胸を弾ませ、楽しみにしている者達で溢れ返っていた。

 教室内がざわめく中、白澤君の顔だけは暗く沈んでいる。そんな白澤君に、翠ちゃんは嬉しそうな顔をして誘って来る。

 「勇人君、よかったら一緒に周らない?」

 白澤君はゆっくりと翠ちゃんの方に顔を向けると、力無く答えた。

 「あぁ・・・ごめん、無理。俺今から部室に行かなくちゃいけないから・・・。」

 そして溜息を吐く白澤君を、翠ちゃんは不思議そうに見つめ、首を傾げながら聞いた。

 「部室?・・・白澤君、もうどこかの部に入部していたの?」

 「部と言うか・・・同好会に・・・半ば無理やり入会させられたんだ・・・。」

 又も深く溜息を吐くと、そのままガックシと首をうな垂れる。そんな白澤君とは裏腹に、翠ちゃんはまた嬉しそうな顔をして言って来る。

 「そうだったんだ!もう同好会に入っていたんだね。早いなぁ~。行動力があって・・・いいね。ねぇ、どこの同好会に入ったの?」

 何故か目を輝かせながら聞いて来る翠ちゃんに、白澤君はゲンナリとした顔をし、小声でボソリと一言だけ言った。

 「・・・B級ホラーを愛でる会・・・。」

 「B級ホラーを?へぇーそんな同好会が有るんだね。なんだか楽しそう。」

 更に嬉しそうにする翠ちゃんの態度に、白澤君は無言で首を横に振った。そしてゆっくりと席を立ち、ヒラヒラと力無く翠ちゃんに手を振ると、教室を出て行ってしまった。翠ちゃんも釣られて手を振るが、ハッと自分の発言に気付き、思わず両手で口を塞いだ。

 「ど・・・どうしよう・・・。もしかして・・・私となんかと周りたくなかったんじゃ・・・。だからあんな嘘を・・・。私・・・私・・・何て無神経なの・・・。」

 涙目になりながら、自分の失態に後悔をしまくり、頭を両手で抱えたまま、机の上に蹲ってしまう。

 

 翠ちゃんがまたそんな下らない誤解をして後悔をしている事等知らず、白澤君は気の抜けたまま部室へと向かっていた。チラリと窓の外を見ると、あちこちに屋台や沢山のバルーンが有り、その周りを新入生が楽しそうに取り囲んでいる。恨めしそうにその様子を見つめながら、白澤君は同好会専用の別館へとやって来た。すると同好会別館のロビー内にも、チラホラと新入生の姿が見られる。

 「あれ?何でこんな所にも1年生が・・・。」

 不思議に思いながらも、白澤君は左館エレベーターへと向かい、B級ホラーを愛でる会の在る、6Fへと向かう。チンッと言う音と共にエレベーターが開くと、そのままあの無駄にデカイ扉の前へと進んだ。

 「相変わらず無駄にデカイな・・・。」

 扉の前で溜息を吐くと、覚悟を決めたかの様に、一気に扉を開け中へと入る。すると中にはスタバのカウンター内に、赤城先輩1人だけが居た。赤城先輩は白澤君の姿に気が付くと、嬉しそうに笑顔で手を振って来る。

 「やぁ~白澤君!来たねぇー!」

 無駄に明るい赤城先輩に、白澤君は軽く溜息を吐くと、ゆっくりと赤城先輩の居るスタバカウンターへと向かった。

 「ちゃんと来てやりましたよ・・・。って・・・会長と黄美絵先輩は?」

 キョロキョロと辺りを見渡す白澤君に、赤城先輩はニッコリと微笑んだ。

 「会長は視聴室に居るよ。黄美絵先輩は用事を済ませてから後から来るから、まずはメニュー覚えから始めようっ!」

 ニコニコと嬉しそうに微笑む赤城先輩の顔にムカつきながらも、白澤君は不機嫌に言う。

 「いきなりですか・・・。まぁ別にいいですけど・・・。それより、ロビーに何人か1年生が居たんですけど・・・。」

 「あぁ、同好会の見学者だよ。部室での活動がメインの同好会が多いからね。出店とかしている所も有るけど・・・まぁほら、同好会の売りは財力だから、設備の整った部室を見て貰った方が手っ取り早いんだよ。うちの同好会の名前は隠してあるから、誰も来る事は無いしね。」

 そう言って、ハハハッと笑う赤城先輩に、白澤君は「はぁ・・・。」と呆れ気味に返事をした。

 (財力って・・・他の同好会もそんなに設備がいいのか?同好会と言うより、プチ企業って感じだな・・・。)

 他の同好会の生態までもが不思議に思えて仕方なくなって来た白澤君であったが、考えるだけ無駄だと悟り、余り気にしない事にした。

 「それじゃあ・・・はい、これ。」

 突然白澤君の目の前に、赤城先輩はニッコリと笑いながら、一冊のファイルを差し出して来た。白澤君は不思議そうにしながら差し出されたファイルと手にすると、パラパラと中を捲る。

 「何ですか?これ・・・?」

 「レシピだよ。ドリンクのレ・シ・ピ!」

 そう言われて、今度は中をじっくりと見ると、確かに色々な種類のドリンクの作り方が載っている、レシピが書かれていた。

 「取り合えず、そこに載っているレシピは全部覚えてね。新作が出たらファイルに加えて置くから、マメにチェックもしてね。」

 「はぁ・・・覚えればいいんですね。」

 やる気無さそうに、ゆっくりと一枚一枚ページを見ていると、本当にスタバにバイトに来た気分になって来てしまう。しかし深く考えたら負けだ!と思い、白澤君は何も考えない様にし、只ひたすらレシピを頭の中に詰め込む。真面目にレシピを覚えている白澤君の姿に、赤城先輩は感激した様子で、ニコニコと嬉しそうに白澤君を見つめながら言った。

 「白澤君・・・ようやく腹を括ってくれたんだね・・・。」

 少し涙ながらに言って来る赤城先輩に、白澤君は気持ち悪そうな顔をする。

 「そう言う物言い止めて下さい・・・。人聞きが悪い上に気持ち悪いです。」

 顔を引き攣らせる白澤君の事等気にもせず、赤城先輩は更に嬉しそうな顔をしながら、説明をし始めた。

 「そうだっ!どこに何が置いて有るかも覚えておかなくちゃねっ!取り合えず、この下は冷蔵庫になっていて、ミルクとかジュースとか、生クリームが置いて有るんだ。それからここ!ここは冷凍庫で、氷が入っている。カップとかはここね。」

 チョコマカと動きながら、楽しそうに説明をする赤城先輩の姿を、白澤君はただ冷めた目で見ていた。

 (この人はそんなに嬉しいのか・・・飲み物係が増えて・・・。どんだけパシられてたんだ・・・。)

 なんだか色んな意味で、赤城先輩が哀れに思えて来た白澤君だったが、この2日間でこの男によってされてきた行動を思い返すと、同情までは出来ない

 「あぁ・・・それより、会長は視聴室で何してんですか?何か映画でも見てるんですか?」

 少し赤城先輩の動きが目触りになって来た白澤君は、話を逸らすかの様に会長の事を聞いた。すると赤城先輩の動きはピタリと停まり、満遍ない笑みで答えて来た。

 「会長は今、機材の整備をしているよ。白澤君にすぐに機材の扱いを教えてあげれる様にって、メンテナンスをしているのだよ。だから一通りのメニューを覚えたら、視聴室に行ってね。会長は教え方がとても上手だから、きっと君もすぐに覚えられるよっ!」

 そう言ってまたニッコリと笑う赤城先輩の表情は、なんだかとても穏やかに見えた。

 (・・・やっぱりこの人・・・。)

 白澤君は昨日眠ってしまう前に、ふと頭に過った事を思い出し、それを赤城先輩にストレートに問いただしてみた。

 「赤城先輩って・・・会長の事好きなんですか?」

 突然の白澤君の質問に、赤城先輩の顔は真っ赤になり、アタフタと慌てた様子で言って来た。

 「なっ!何をいきなり言い出すんだい?しっ・・・白澤君、そんな事有るはずないだろうっ!」

 慌てる赤城先輩の姿を見て、白澤君の顔からはニヤリと不適な笑みが零れる。

 (そんな事有るんだ・・・やっぱり・・・。)

 白澤君は更に顔をニヤニヤとさせながら、ワザとらしく言った。

 「いえね・・・初めは黄美絵先輩目当てだったのかなぁ~って思っていたんですけど、先輩が会長の話しをしてる時、やたら自慢げに言って来たりするしで・・・。あぁっ!会長目当てだったのかって思って・・・。」

 そんな白澤君の言葉に、赤城先輩の顔は更に赤くなり、必死に白澤君に訴えて来た。

 「何をっ!何を言っているんだぃ?おっ・・・俺はほらっ!数々のマスク達の為にヌウ会したのだおっ!」

 所々声が裏返ってしまっている赤城先輩。白澤君は、必死に笑いを堪えながら更に攻撃を続けた。

 「あぁーそう言えば、赤城先輩って、どういう経緯でこの同好会に入ったんですか?宣伝も勧誘もしていないのに、1年生が見つけるのって中々大変なんじゃ・・・。」

 (って標識に書いてあるから見ればすぐ分かるんだけどね・・・。)

 すると赤城先輩は、コホンッと一つ咳をしてから、自らを落ち着かせ、顔を真っ赤にしたまま冷静さを装って答える。

 「それはね、俺がホラー映画が好きだから、これだけ変わった同好会が有るのならば、ホラー映画の同好会も絶対に有るだろうっ!と思って探し当てたのだよっ!」

 顔を赤くしながら自慢げに言い終えると、赤城先輩はニヤリと笑った。

 (嘘だな・・・。)

 心の中で呟くと、白澤君の表情は一気に冷め、無表情で赤城先輩の顔を見つめる。赤城先輩は少し戸惑いながらも、棒読みで言った。

 「オレガ愛シテイルノハ、マスク達ダヨ!」

 白澤君はニッコリと笑うと、赤城先輩もニッコリと笑った。

 「分かりました。赤城先輩が愛しているのは、会長なんですね。」

 しばしの間の後、赤城先輩は体中を真っ赤にさせ、両手で両耳を塞ぎ「アアアアァッァアァァアァl!ァァアアァァァァイアァアィアアアー!」と叫びながら悶え苦しみ始めた。

 赤城先輩にトドメを刺し終え、満足をした白澤君はまた無表情に変わり、その場を離れスタスタと視聴室の方へと向かった。

 「俺会長の所に行って来ますね。メニューもう覚えたから。」

 そんな白澤君の言葉等耳には入らず、赤城先輩はスタバカウンターの中で悶え続けていた。


 視聴室へ繋がる廊下を歩きながら、白澤君はクスクスと笑っていた。

 「これであの赤城先輩の弱点を二つも握ったぞ。ふふっ・・・しかし分かりやすい人だなぁ~・・・。大体マスクなんて、同好会にわざわざ入らなくても、個人的に手に入れる事だって出来るのに。あれ?でもレア物だったら、黄美絵先輩のコネとか使った方がいいのか?」

 ブツブツと独り言を言い、色んな事を考えながら進む。

 「でもよく考えたら、あれだけ分かりやすい反応をする赤城先輩だ・・・。黄美絵先輩は絶対に赤城先輩の会長への気持ち、気付いているだろうなぁ・・・。会長自身はどうなんだろう・・・?今まで見た様子じゃ、気付いてなさそうだったし・・・。てか会長の生態自体も不明だしなぁ・・・。」

 う~ん・・・と悩みながら歩いていると、あっと言う間に視聴室の扉の前へと到着する。白澤君はゆっくりと扉を開けると、そっと覗きこむ様にしながら中へと入って行った。

 「えっと・・・会長・・・。」

 中に入り、小さな声で会長を呼んでみるが、何の反応も無い上に、中には誰も居ない。白澤君は不思議そうに、辺りをキョロキョロと見渡した。

 「あれ?誰も・・・居ない・・・。トイレかな?」

 視聴室の扉を閉めると、ゆっくりとソファーの方へと近づいた。ソファーを覗き込んでみるが、やはり誰も居ない。白澤君は更に不思議そうに首を傾げ、クルリと扉の方を振り返った。すると角に脚立が見え、そのまま上へと視線を昇らせると、天井に会長が張り付いているのが目に入った。

 「うわぁっ!会長っ?何してるんですか?」

 突然現れた壁に張り付く会長の姿に、白澤君は思い切り驚いてしまう。白澤君の叫び声に気付いた会長は、クルリと首を白澤君の方へと向け、落ち着いた様子で言って来た。

 「あぁ、来たか。ちょうどよかった、悪いが手伝ってくれないか?」

 「手伝うって・・・何をですか?」

 戸惑いながらも会長の元へ近づくと、不自然な会長の体勢に気が付く。

 「会長・・・あの・・・。何でスピーカーにしがみ付いてるんですか・・・?」

 会長は天井に取り付けられたスピーカーにコアラの様にしがみ付き、手足が微かにプルプルと震えていた。よく見ると、脚立は下の方に斜めにずり落ちており、不安定に壁に立て掛けられている。

 「えっと・・・。」

 更に戸惑う白澤君に、会長は手足をプルプルと震わせながらも、やはり落ち着いた様子で言う。

 「いや、スピーカーのネジが揺るんでいたから、締め直してしたんだが、脚立がずり落ちてしまってな。降りられなくなってしまった。」

 「降りられなくって・・・何冷静に言ってるんですか?てかいつからしがみ付いていたんですか?」

 白澤君は慌てて脚立を会長のすぐ足元へと戻すと、そのまま脚立を両手で押さえ、しっかりと固定をした。

 「いつから?さぁ?・・・取り合えず限界までは我慢していたが・・・。悪いな。」

 そう言いながら、会長はゆっくりと足を脚立へと下ろし、スピーカーから手を離した。両手でしっかりと脚立を掴みながら、ゆっくり降りて来る会長に、白澤君は思わず視線を上から下へと逸らした。

 (みっ・・・見えてしまう・・・。)

 少し顔を赤くしながらも、白澤君は俯いたまま会長に言う。

 「あっ・・・赤城先輩が会議室に居るんですから、助けを呼べばいいじゃないですか。」

 「残念ながらこの部屋は防音壁になっている。どんなに叫んでも声は届かんよ。」

 よっ!と脚立から飛び降り、無事地面へと着地をした会長は、パンパンッと制服に付いた埃を叩いた。

 「あの・・・腕とか大丈夫ですか?」

 少し心配そうに聞く白澤君に、会長ニコッと笑い「問題無い。」と答える。

 (問題無いって・・・思いっきりプルプルしていた癖に・・・。絶対次の日筋肉痛だろう・・・。)

 やはりよく分からない人だ・・・と思いながらも、白澤君は会長にメニューを覚えた事を伝えた。

 「取り合えず、一通りのメニューは覚えたので・・・こっちに来たんですが・・・。」

 すると会長は、関心をした様子で、満足そうに何度か頷いた。

 「そうか!うん、やはりお前は優秀だな。赤城もすぐにメニューを覚えたが、やはり我が同好会メンバーはこれ位優秀でなくては。」

 そう言うと、また何度か頷く。

 「ならば早速機材の扱いについて教えよう。お前ならすぐに覚えられるよ、白澤。」

 そして会長から機材の使い方の説明を受けた。使い方と言っても、映写機の操作方法や、スピーカー等の接続方法。他にはスクリーンの清掃の仕方等、意外と基本的な物ばかりだった。

 「何か、もっと細かい機械的な作業かと思っていましたけど、新しいゲーム機の操作方法みたいな感じなんですね。」

 少し拍子抜けの様子の白澤君に、会長はクスリと笑うと、偉そうに言って来た。

 「1年生にそこまでの専門的な作業等させないよ。取り合えずは、いつでも自分で見る事が出来る様にする事が先決だ。精密なメンテナンス等は、上級生の役目だ。君は少しずつ覚えていけばいい。壊されでもしても嫌だしな。」

 「それは嫌味でしょうか・・・。」

 口元が引き攣る白澤君であったが、確かにどれも高そうな機材ばかりだった為、新入りにすぐに任せるには、不安と言う所は有るだろうとも思った。

 「あぁ!そう言えば!お前っ赤城から聞いたぞ!」

 突然思い出したかの様に、会長はムッとした顔をさせた。

 「お前、他の同好会に浮気しようとしたらしいな!けしからんっ!実にけしからんぞっ!」

 怒りながら言って来る会長に、白澤君は物凄く嫌そうな顔をする。

 (あの馬鹿・・・会長には何でもベラベラと喋りやがって・・・。お前の事も言いフラしてやるぞ・・・。)

 「あの、会長・・・違いますよ。俺はただ、歓迎会がどんな物か見てみたかっただけですよ。それを赤城先輩が勝手に勘違いして・・・。」

 困りながらも説明をする白澤君であったが、会長の怒りは収まる様子は無い。それ所か、更に怒り気味に言って来る。

 「お前は馬鹿か?入部、入会が決まっている者が歓迎会等に参加する等、言語道断!興味本位で見て周る事は、浮気かスパイの何者でもないぞ!」

 真剣な眼差しで訴えて来る会長に、白澤君は一気に体の力が抜け、面倒臭そうに取り合えず謝っておいた。

 「はぁ・・・すみませんでした・・・。俺知らなかったので・・・それだけで浮気だのスパイ扱いされる事・・・。」

 力無く言う白澤君の姿が、会長の目には反省をしている様に写った様で、会長はムッとした顔から穏やかな表情に戻り、ふぅ・・・と息を吐いてから言った。

 「うん、まぁ反省しているのならいい。これからは気を付ける様にな。」

 そう言って、白澤君の肩をポンッと叩くと、白澤君は「はい・・・。」と一言答え首を下へと落とした。

 (何なんだ・・・この人達の思考回路は・・・。どうなっているんだ・・・。冷やかしとかならまだ分からんでもないが・・・何故浮気やスパイなんだ・・・。解せぬ・・・。)

 はぁ・・・と深く溜息を吐く白澤君の姿を見て、会長はまだ叱られて落ち込んでいるのかと勘違いをし、更に白澤君の気分を沈ませてしまう様な言葉で励まして来た。

 「もう気にするな。終わった事だ。ちゃんと反省をしているのなら、気にする必要は無い。誰にだって一つ位過ちは有るさ。」

 そう言って、グッと親指を上へ立てる会長の姿は、白澤君の心を酷く痛め付けた。

 (自覚が無いだけにタチが悪い・・・。)

 例え会長と言えども、身勝手な思考回路で悪者扱いをされるのは流石に少し腹が立つ。なので白澤君は会長に対しても、少し反撃に出る事にした。

 「そう言えば、会長は何で自分の事、男だって言い張っているんですか?戸籍上女なら、立派な女性じゃないですか。」

 しかし会長はそんな白澤君の攻撃に動じる事無く、当たり前の様に自信満々で答えて来た。

 「何を言っているんだ。言い張っているのではなく、僕は列記とした男だ。」

 そう言って腕を組む会長の姿は、とても凛々しく男前だ。だからと言って、白澤君もここで引き下がるはずもない。

 「いや・・・でも黄美絵先輩も赤城先輩も、会長が本当は女だって事分かっていますよね?2人共会長の言う事に合わせているって言っていましたよ?」

 「それはお前に気を使って言っていたのだろう。僕が女子生徒の制服を着ているからな。」

 断固としてめげる事も無く、折れる様子も無い会長に、白澤君は少し本気で腹が立ち、決定的な言葉を口にした。

 「だったら会長、ち○こ付いてるんですか?」

 禁句とも言える白澤君の言葉に、流石に会長も少し動揺をした様子で、頬を少し赤く染めながら、恥ずかしそうに答えた。

 「つっ・・・付いているよ・・・。」

 そう言いながらも目が泳いでいる会長の姿に、白澤君は顔をまたもニヤリと不適な笑みを浮かべさせ、更に攻撃を続けた。

 「あぁ、付いているんですか!ですよねぇー!男なら当然ですよねー!だったら証拠に見せて下さいよ。」

 言い終えた後、ジッと無表情で会長の顔を見つめると、会長は更に動揺をしながらも、モゴモゴとした声で恥ずかしそうに言って来た。

 「い・・・今は・・・ダメだ・・・。その・・・。工事中だから・・・。」

 会長は白澤君の顔から視線を逸らすと、ギュッとスカートを両手で握り絞めた。

 (工事中って・・・手術でもするつもりなのか?)

 会長の発言に、白澤君は少々引き気味ながらも、改めて問いただす。

 「本当は自分が女だって事、自覚してるんですよね?」

 すると会長は、顔をムッとさせながら必死に訴えて来る。

 「違う!僕は男だぞっ!何度も言わせるな!」

 微かに体を小刻みに震わせている会長の目には、薄らと涙が滲んでいた。そんな会長に気付かずに、白澤君の攻撃は続く。

 「じゃあせめて、上だけでも脱いでみて下さいよ。平気ですよね?男同士なんだから。」

 冷たい口調で言う白澤君に、会長は涙目になりながら、白澤君の顔を睨み付けると、プルプルと手を震わせながら、上着のボタンへと手を掛けた。

 「いっ・・・いいぞ!平気だぞっ!おっ・・・男同士なんだからなっ!」

 上着のボタンを外し始めた会長に、流石の白澤君も慌て出し、会長を止めようとした。

 「あぁっ!いいですよ!本当に脱がなくても!冗談っ!冗談なんですから!」

 慌てて会長を止める白澤君だったが、会長はボロボロと泣き出し、叫びながら上着を脱ぎ続ける。

 「ぼっ僕は、男なんだ!だっ・・・だから・・・これ位何て事はないっ!証拠を・・・証拠を見せるんだぁー!」

 うぅ・・・うぅ・・・と泣く会長に、白澤君は困った様子で必死に会長を宥め始めた。

 (やっ・・・ヤバイっ!どうしよう、泣かせてしまった・・・。上級生を、しかも生徒会長を!悪ふざけが過ぎたっ!)

 「会長っ!落ち着いて!とにかく落ち着きましょう!分かりましたっ!会長は男です!男ですから、脱がないでいいし、泣かなくてもいいですよっ!」

 必死に宥める白澤君だったが、会長は何とか服を脱ぐのを止めた物の、泣き止む様子が無い。ヒクヒクと泣きながら、会長はその場に座り込むと、更に泣き始めてしまった。白澤君はどうしたらいいのか分からず、アタフタとしていると、背後から禍々しい気配が押し寄せて来るのにハッと気が付き、すぐ後ろから怒りに満ちた恨めしそうな声が静に聞こえて来た。

 「し~ろ~さ~わ~くぅ~ん。会長を泣かせたねぇ~・・・。」

 その声にゾッとした白澤君は、恐る恐るゆっくりと後ろを振り返った。するとすぐ後ろには、鬼の様に恐ろしい顔をした赤城先輩が、両手を前へと伸ばしながら近づいて来ている。余りの鬼面に驚いた白澤君は、顔を真っ青にしながら、恐る恐る赤城先輩に聞く。

 「あ・・・赤城先輩・・・いつからここに・・・?」

 「会長の泣き声が聞こえたんだよぉ~。君ぃ~・・・会長に何をしたんだぁ~い・・・。」

 今にも首を絞めて来そうな位、怒りに満ちた赤城先輩に、白澤君は慌てて説明をし出す。

 「あっいやっ・・・何もしていませんよ?ただ・・・会長が何で男だって言い張るのか聞いていて・・・その・・・ふざけて証拠をって・・・。」

 白澤君は思わず尻餅を付くと、アタフタと赤城先輩から逃げる様に後ろへと下がった。すると上着を脱いで泣いている会長の姿を目の辺りにした赤城先輩は、更に怒りに満ちたオーラを発し、白澤君へと迫り寄る。

 「君・・・もしや会長を襲ったんじゃぁ・・・。」

 今までに無い位の低い声で言って来る赤城先輩に、今度は白澤君が涙目になりながら、必死に訴えた。

 「ちっ違いますっ!断じて有りません!会長が自棄になって脱ごうとしたから、止めたんですよー!」

 必死に訴える白澤君であったが、赤城先輩の耳に届く事は無く、赤城先輩は白澤君に飛び付こうとした。その瞬間に、会長が赤城先輩にギュッと抱き付き、泣き付いて来た。

 「うぅ・・・赤城ぃー赤城っぃー!白澤がっ・・・白澤が僕は男じゃないって・・・。僕は男だもん・・・ち○こ見せろってぇー・・・。うぅ・・・うわああぁぁぁぁ・・・。」

 泣きじゃくる会長に、赤城先輩は優しく会長の頭を撫でながら、先程までの声とは打って変って甘ったるい声で、笑顔で宥め始めた。

 「よしよし・・・大丈夫ですよ、会長。会長はちゃんと男の子ですから。皆ちゃぁ~んと会長は男の子だって、分かっていますよ。」

 赤城先輩にしがみ付きながら、ヒクヒクと泣く会長を抱きしめている赤城先輩は、この上ない程に幸せそうな顔をしていた。

 (あぁ・・・白澤君にちょっとだけ感謝・・・。)

 顔をニコニコとさせていた赤城先輩であったが、白澤君の方を向くと同時に、又も鬼の様な面へと変貌する。

 「白澤君っ!会長になんて事を言うんだいっ!セクハラ発言だよ!」

 又も低く怒り溢れる声で言うと、白澤君は怯えながらも叫ぶ。

 「すっ・・・すみません!自分でもちょっと言い過ぎたと思っていますよ!反省していますっ!てか何で会長の泣き声聞こえたんですか?ここ防音壁じゃなかったんですか?」

 すると赤城先輩は、フッと笑った後、カッと目を見開き、恐ろしい程の険相で叫んだ。

 「例えどんなに分厚い壁だろうが、どんなに離れていようが、会長の泣き声ならば俺には聞こえるのだよっ!俺の会長レーダーが反応を示すんだ!白澤君っ!防音壁だからって調子乗ってイヤらしい事をしようとしても無駄だぞっ!俺の耳は誤魔化せない!」

 「しませんよ!イヤらしい事なんてしませんよ!する訳ないでしょう?そんな犯罪的な事!」

 後退りしながらも叫ぶ白澤君に対し、赤城先輩は会長を抱きしめたまま、ズイッと白澤君へと顔を近づけ、静かに警告をした。

 「白澤君・・・今度会長泣かせたら・・・卒業まで毎日仲良くお手手繋いで登下校だからね。お昼も毎日一緒に食べるんだからね!朝は家までちゃんと迎えに行くから・・・。帰りはそのまま君の家の近くの公園で、夕飯の時間までブランコして遊ぶから・・・。いいね?」

 物凄く下らなくて馬鹿げている警告だったが、白澤君にとってはとてつもない恐怖でしかなかった。あの赤城先輩なのだから、本当に実行をしそうだったし、何よりこの面倒臭くてうっとおしい赤城先輩と、常に共にしなければならない様な物なのだから、ウザさもストレスも百倍だ。白澤君は半泣きになりながら、何度も謝った。

 「ご・・・ごめんなさい!ごめんなさいっ・・・もう二度としませんよ!これからはちゃんと自重します・・・。」

 余りの赤城先輩のギャップに、驚きと恐怖で、白澤君の目からは、自然と涙がボロボロと流れ出して来てしまった。赤城先輩は会長の頭を何度も優しく撫でながら、涙を浮かべ呟く。

 「可哀想に・・・会長・・・。さぞ怖かったでしょうに・・・。すみません、俺がしっかりしていなかったせいで・・・。不甲斐ない・・・何と不甲斐ないんだ・・・俺は・・・。」

 そして赤城先輩は己への悔しさから、静かに涙を流した。会長は相変わらず赤城先輩にしがみ付き、ヒクヒクと泣きじゃくっている。何ともシュールな光景だ。

 3人揃って泣いているシュールな光景を、いつの間にか黄美絵先輩はニッコリと微笑みながら、不思議そうに見つめ入り口に立っていた。

 「あら?・・・えっと・・・何の遊びかしら?」

 用事を済ませ部室へと来た黄美絵先輩は、何故か視聴室で皆仲良く泣いている光景を目にし、全く状況が掴めずに困った様子でいる。

 「えっと・・・。そんなに泣ける映画でも、見た・・・のかしら?」

 首を傾げ、問い掛けてみるが、誰一人返事をする様子が無く、黄美絵先輩はまたニッコリと笑い、その場を後にした。

 「放っておきましょう、面倒臭そうだし・・・。」


 *以下略*


 会議室にメンバー全員が集合をすると、黄美絵先輩はニッコリと笑い、優しい口調で言った。

 「そう、そんな面白い事があったの・・・。酷いわ・・・そんな楽しい事があったのに、私を呼んでくれないなんて。」

 「楽しくないですよ!全然!大変だったんですからねっ!」

 「そうですよ?黄美絵先輩。会長は物凄く怖い思いをしてしまったんですから・・・。白澤君のせいで・・・。」

 白澤君と隣同士に座る赤城先輩は、チラリと横目で白澤君の顔を見た。そんな赤城先輩を、白澤君は思い切り睨み付ける。

 「まぁいいじゃないか。もう終わった事だ。それに僕はもう気にしていない。」

 黄美絵先輩の隣に座り、何事も無かったかの様に、会長はホットキャラメルマキアートを啜っている。泣きやんだ3人は、すっかり今まで通りの態度へと戻り、黄美絵先輩に今までの一部始終を説明していた。

 「それにしても・・・白澤君、中々の勇者よねぇ?葵君にそんな大胆発言をするなんて。」

 ニコニコと嬉しそうな顔をしている黄美絵先輩は、正に他人事の様な口調だ。

 「葵君、生徒会長としても個人としても、結構人気有るから・・・ファンの子達に殺されなければいいのだけれども・・・。私、心配だわ。」

 そう言って、白澤君の顔を見ると、またニッコリと微笑んだ。白澤君は口元を引き攣らせながら、顔を俯けて言った。

 「それは・・・黄美絵先輩が言いふらさなければ大丈夫だと思いますよ・・・。」

 改めて会長を泣かせてしまった事を後悔する白澤君。黄美絵先輩は「ウフフ・・・」と不適に笑っている。

 (この人・・・絶対に言いふらす・・・。)

 心の中で確信をすると、明日から学校へ行くのが憂鬱になり、溜息しか出て来ない。そんな白澤君に助け舟を出したのは、被害者の会長だった。

 「黄美絵、この事はこの4人だけの秘密にしてくれ。僕も他の者には知られたくないからな。」

 会長がそう言うと、黄美絵先輩は詰らなさそうに仕方なく頷いた。

 「そう?まぁ・・・葵君がそう言うなら、仕方ないわね・・・。」

 残念そうな顔をする黄美絵先輩を見て、白澤君の口元は更に引き攣る。

 (やっぱり・・・言いふらすつもりだったんだ・・・。最悪だこの人・・・。)

 やはりこの中で一番恐ろしいのは黄美絵先輩だ!と再確認をした白澤君は、黄美絵先輩にだけは、絶対に逆らわないでおこうと、心の中で誓った。

 「まぁでもっ!白澤君もこの通り反省をしている様だし、会長も許して下さると申しているし、この事はもう終わりって事でいいじゃないですか!ね?」

 あれ程までに怒り狂っていた赤城先輩も、その場を和まそうとし始めた。そんな赤城先輩の姿に、白澤君はちょっとだけ感動をする。

 「あ・・・赤城先輩・・・。ありがとうございます。ただの馬鹿で変態で何一つ良い所が無いと思っていましたが・・・先輩でも、一つ位良い所が有るんですね・・・。」

 「白澤君・・・君はやはりもう少し反省をした方がいいね・・・。」

 感激な瞳をする白澤君と、悲しそうな瞳をする赤城先輩。そんな2人の姿を、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑っている。

 「あぁ・・・でも、意外でしたよ。会長にあんな可愛らしい一面が有るなんて。赤城先輩に泣き付いている時は、やっぱり女の子なんだなぁ~って思いましたよ。」

 白澤君はすっかり前科の事等もう忘れ、可愛らしかった会長の姿を思い出し、ニコニコと嬉しそうに言った。しかし会長もまたいつもの調子にすっかりと戻り、いつも通りの言葉を発する。

 「お前は何を言っているんだ?僕は男だぞ。それに僕は泣いて等いない。」

 そう言ってホットキャラメルマキアートを啜る会長の目は、兎の様に真っ赤になっている。

 (この人はまた・・・。振り出しに戻っている・・・。しかも泣いた事を無かった事にしている・・・。)

 一気にうんざりとした表情に変わる白澤君であったが、これはもう諦めるしかない・・・とも思い、赤城先輩や黄美絵先輩が会長の言う事に合わせている、本当の理由が少し分かった気がした。

 「まぁまぁ、もういつまでもダラダラとこの話をしていても飽きてしまうから、そろそろ本題に入りましょうよ。」

 黄美絵先輩がそう言うと、会長と赤城先輩は思い出したかの様にハッとし、2人してニッコリと笑った。

 「それもそうだな。忘れる所だった。」

 会長はニヤリと笑うと、白澤君の顔をじっと見つめた。白澤君はただ不思議そうに首を傾げるだけだ。

 「本題?何の話ですか?」

 「黄美絵に頼んでいた用事の事だよ。」

 そう言うと、会長は更に嬉しそうにニヤニヤと笑う。

 「用事?あぁ・・・そう言えば、黄美絵先輩何の用事だったんですか?」

 白澤君が不思議そうに黄美絵先輩に問い掛けると、黄美絵先輩はニッコリと笑い、手に持っていた紙袋の中から、一枚のDVDを取り出した。

 「これよ。これを取りに行っていたの。」

 「何ですか?・・・それ・・・。」

 黄美絵先輩の持つDVDは、パッケージに入れられてはいるが、表紙は真っ白で何も書かれていない。

 「超最新作のホラー映画だよっ!海外で公開されたばかりの物だから、日本ではまだ未公開の作品なのだよっ!」

 赤城先輩は物凄く嬉しそうな顔をして言うと、早く観たくて待ちきれない様子だ。

 「凄い・・・そんな物入手出来るんですか?」

 驚いた顔をして言う白澤君に、黄美絵先輩はクスクスと笑いながら答えた。

 「海外に住んでいる知り合いに頼んでいたの。本当はブルーレイにしてって言ってあったのだけれども・・・まだ公開中だからDVDしか無理だったみたい。」

 そう言うと、黄美絵先輩は少し残念そうに、小さく溜息を吐いた。

 「え?いや・・・。公開中って事は、DVDにするのだって無理なんじゃ・・・。」

 更に驚く白澤君に対し、黄美絵先輩は当然の様な口調で言って来た。

 「あら?関係者に頼めば簡単よ。そうそう、字幕も吹き替えも当然無いけれど・・・白澤君は大丈夫だったわよね。言語は英語だし。」

 「はぁ・・・まぁ・・・。」

 気の無い返事をすると、考えてはいけない事が頭の中に過る。

 (一体幾らお金を積んだんだ?・・・と言うより、関係者に知り合いが居るって事は、よっぽど顔が広いのか?黄美絵先輩の家って・・・どれ位お金持ちなんだろう・・・。そもそも親は何の関係の仕事をしているんだ?・・・気になる・・・。ダメだ!一度気になってしまうととことん気になってしまう!だからと言って聞く事も出来ないし・・・。)

 頭の中で葛藤をしている白澤君の事等気にもせず、会長は自慢げに話して来た。

 「実はな、こう言ったまだ海外で公開中の映画を取り寄せる事は、滅多にないんだ。特別な時だけでな。」

 会長が話し出すと、白澤君はハッと我に返り、驚いた顔をした。

 「え?常習犯じゃないんですか?」

 「君は人聞きの悪い事を言うなぁ・・・。」

 少しムッとした顔をする会長に、白澤君は慌てて「すみません・・・。」と苦笑いをしながら謝った。そして会長が話しの続きをしようとした瞬間、会長ではなく赤城先輩が説明をし始めた。

 「実はねっ!新入会員が入ったお祝いにって、会長が黄美絵先輩に頼んで取り寄せたんだよ!つまりこれは、白澤君の為に取り寄せた映画って事なんだっ!言っただろう?ちゃんと君の歓迎会は我が同好会でしてあげるってっ!」

 赤城先輩は嬉しそうに両手を上に上げ、万歳をすると、そのまま白澤君へと抱き付こうとした。白澤君は抱き付こうとして来る赤城先輩を、自分の体に近づけない様に、必死に両手で顔と体を押さえ付ける。

 「もうっ!一々抱き付こうとしないで下さいよ!気持ち悪いなぁ~・・・。」

 嫌がる白澤君を余所に、赤城先輩は強引に白澤君に抱き付くと、何度も頬ずりをした。その度に白澤君の顔は引き攣り、気色悪そうにしている。2人がそんな馬鹿な事をしていると、会長は物凄く不機嫌そうな顔をして立ち上がり、赤城先輩に向かって大声で怒鳴り付けた。

 「赤城っ!だからそう言うウキウキワクワクな話は、僕がするんだから、勝手に先に言うなよっ!人の楽しみを横取りするなっ!」

 会長に怒られた赤城先輩は、ゆっくりと白澤君から離れると、ションボリと俯いて「ごめんなさい・・・。」と今にも泣きそうな震えた声で謝る。

 (ウキウキワクワクって・・・会長は子供かよ?)

 まるで子供が子供に叱られている様に見え、白澤君は呆れた表情をさせた。しかし自分の為に映画を取り寄せてくれたと言う事は、素直に嬉しかった為、ここはこの場を和ます為にもと、お礼を言う事にした。

 「あっ・・・ありがとうございます。会長、黄美絵先輩!俺の為にわざわざ取り寄せてくれて。なんだか記念品を貰った様な気分ですよ。嬉しいです!」

 そう言ってニッコリと笑って見せるが、3人からの返答は白澤君の心を打ち砕く物だった。

 「あら?誰もあげるなんて言っていないわよ?これは部室に置いておくから。」

 「まぁ実際は進級祝いで取り寄せたんだがな。君が入って来たから、君への入会祝いへと変更したんだ。流石に1日で取り寄せるには無理があるし。前から頼んでいた物が丁度タイミングよく届いたんだ。」

 「白澤君・・・どうして俺の名前は入っていないの?」

 冷たく言い放つ黄美絵先輩に、淡々と暴露をする会長の言葉を聞き、白澤君の顔は一気に無表情へと変わった。赤城先輩についてはもうツッコム気力すら無い。

 「最低ですね・・・アンタ等・・・。さっきの言葉取り消します。」

 

 *以下略*


 「それでは!早速視聴へと移りたいと思う!白澤も分かっているとは思うが、観終わった後は、全員で感想会が有るから、ちゃんとメモを取る様に。頭の中で覚えてもいいが、映画に夢中になってしまうと、どうしても細かい所までは覚えられないからな。それから、視聴中の私語は厳禁!何か用事が有る時は、メモに書いて見せる様に!」

 気を取り直し、白澤君にとっては記念すべき第一回の視聴会が行われる事になった。会長は偉そうに説明を終えると、満遍ない笑みを浮かべている。

 (この人が一番楽しみにしている・・・。)

 少々白けた顔をしている白澤君は、ウキウキと軽くスキップをしながら歩く会長の姿に、何だか妙な親心の様な物を感じた。

 (あぁ・・・会長は放って置けないタイプなのか・・・。だから赤城先輩・・・。先輩、面倒見は良さそうだしな・・・。)

 何となく心の中で納得をすると、チラリと赤城先輩の方を見た。すると赤城先輩もまた、軽くスキップをしている。

 (違うな・・・同類って事だ・・・。)

 微妙に顔を引き攣らせると、今度は黄美絵先輩の方を向いた。黄美絵先輩は、いつもと変わらず、普段通りの禍々しいオーラを出しているだけだ。黄美絵先輩は白澤君の視線に気付くと、白澤君の方を向き、ニッコリと笑った。白澤君の体は、思わず一瞬ビクッと跳ね上がってしまう。そして黄美絵先輩は、思い出したかの様に、急に両手をパンッと叩いた。

 「ああっ!そうだわ!忘れていたわ!」

 ニッコリと笑い、両手を合わせたまま、ゆっくりと白澤君の元へと近づく。

 「私、新米を取りに行くのをすっかり忘れていたわ。白澤君、一緒に取りに行ってくれないかしら?」

 そう言って、白澤君の顔に自分の顔を近づけると、薄ら笑いをしながら小声でボソッと言った。

 「断らないでね。」

 その声はとても低く、脅された白澤君は、顔を青ざめると、黄美絵先輩から視線を逸らし、何度も頷いた。

 「はい・・・喜んでお供します・・・。」

 白澤君の返事に、黄美絵先輩は満足そうな顔をする。

 「なんだ、ここへ来る途中に、貰って来なかったのか?」

 会長の問い掛けに、黄美絵先輩は先程の表情からは打って変って、優しい笑顔をして会長の方を振り向いた。

 「すっかり忘れてしまっていたの。ごめんね葵君。ちょっとだけ待っていてね。」

 「そうか、それなら仕方が無いな。その間、僕は赤城と準備をしているよ。」

 「お願いね。赤城君も。」

 優しい笑顔で赤城先輩に言うと、赤城先輩は右手を頭に翳し、力強く返事をする。

 「はいっ!任せて下さいっ!」

 黄美絵先輩はまたニッコリと笑うと、白澤君の襟を掴み、半ば無理やり引きずる様に、部室を後にする。白澤君は声にならない声で、口をパクパクとさせながら、黄美絵先輩に引きずられて行く。

 (殺されるっ!殺されるっ!)

 そんな白澤君の心中等当然知るよしも無く、会長と赤城先輩は2人揃って、顔をニコニコとさせながら手を振り、見送った。


 黄美絵先輩に連れられ、白澤君は校庭に在る農園へと向かっていた。どうやら農園部が存在するらしく、黄美絵先輩はいつもそこから新米を貰っているらしい。白澤君は黄美絵先輩の後ろを3歩下がりながら歩き、恐る恐る黄美絵先輩に話し掛けてみた。

 「あの・・・新米なんか貰って、どうするんですか?」

 白澤君の問い掛けに、黄美絵先輩は真っ直ぐと前を向いたまま答えて来る。

 「どうするって・・・食べる為に決まっているでしょう?私、ホラー映画を見る時は、いつも白米を食べながら見るの。あぁ・・・勿論おかずはグロシーンよ。あれだけで3杯はいけちゃうわ。」

 「はぁ・・・要するに、ポップコーン変わりみたいな物なんですか?」

 引き気味ながらも言うと、今度はチラリと白澤君の方に顔を向けて言う。

 「そうね。ほら、よく映画を見る時は何かを食べながらじゃないと、落ち着かないって人いるでしょう?私の場合は、白米なのよ。」

 そしてニッコリと笑うと、また顔を前へと戻した。白澤君は確か視聴室にお茶碗と箸、それから真空パックのご飯と電子レンジが有った事を思い出す。

 「白米・・・ですか・・・。それって、新米じゃないとダメなんですか?確か視聴室に真空パックのご飯が有った様な・・・。あれは黄美絵先輩用だったんですね・・・。」

 「新作映画を見る時は、新米にするのよ。ほら、新新でなんだかいい響きでしょう?」

 前を歩く黄美絵先輩から、クスクスと楽しそうな笑い声が聞こえる。

 しばらくは2人無言のまま、農園へ向かって歩いていると、突然黄美絵先輩は少し真面目な口調で、後ろを振り向く事無く話し出した。

 「ねぇ・・・白澤君。貴方にお願いがあるのだけども・・・。葵君に、もう女の子だとか、男の子じゃないとか、迫ってイジメたりしないであげて。」

 「え・・・?」

 突然の黄美絵先輩の真剣なお願いに、白澤君は少し驚き、戸惑いながらも言う。

 「あっあの、別にイジメていた訳じゃ有りませんよ。それに、もう強引にそう言う事を言ったりするつもりは有りません。また会長に泣かれたら困るし・・・何より赤城先輩が厄介だし・・・。」

 悪夢を思い出したかの様に、顔を曇らせた。すると黄美絵先輩は白澤君の方を向き、優しく微笑んだ。

 「よかった。」

 そんな黄美絵の姿は、今までの恐ろしいイメージとはまるで別人の様で、禍々しいオーラも発していなく、逆にとても穏やかな感じがした。白澤君は、今ならなんだか黄美絵先輩に色々と話を聞けそうな気がし、何故会長が男だと言い張っているのかと言う事を、聞いてみる事にした。

 「あの・・・黄美絵先輩・・・。どうして会長は、自分の事を男だって言い張っているんですか?せっかく可愛いのに・・・。」

 すると黄美絵先輩はクスリと笑い、白澤君をからかう様に言う。

 「あら?可愛いだなんて・・・もしかして、白澤君も葵君に気があるの?」

 クスクスと笑う黄美絵先輩に対し、白澤君は慌てて言った。

 「ちっ違いますよ!そう言う意味で言ったんじゃありません!・・・って・・・もって事は、やっぱり黄美絵先輩も、赤城先輩が会長の事が好きって事、知っているんですね?」

 「まぁね・・・彼分かりやすいから。」

 やはり・・・と思いながらも、これだけ周りは気付いているのに、会長本人は全く気付いていないと言う事に、なんだか少し赤城先輩が哀れに思えて来た。

 「葵君ね、中学に入っても全く胸が大きくならなくて、それが凄くコンプレックスだったみたいなの。」

 先程の白澤君の質問の答えを話し出す、黄美絵先輩。そんな黄美絵先輩の言葉を聞いた白澤君は、思わず黄美絵先輩の胸へと視線が行ってしまった。黄美絵先輩の胸はとても大きく、その辺のグラビアアイドルよりもスタイルが良い。

 「それは・・・黄美絵先輩の隣に居たから余計なんじゃないんですか・・・?」

 会長を不憫に思いながら、思わず思った事をそのまま言ってしまう。自分の発言にハッと気付いた白澤君は、また当然の事を言うなと黄美絵先輩に怒られてしまう・・・と思い、慌てて謝ろうとした。しかし黄美絵先輩は怒る様子も、脅す様子も無く、クスクスと笑っている。

 「嘘よ。今のは嘘。ちょっと自分のスタイルを自慢してみただけよ。」

 「はぁ・・・嘘・・・ですか・・・。」

 可笑しそうに笑う黄美絵先輩の姿に、白澤君は安心をすればいいのか、自分がからかわれた事に落ち込めばいいのか、どう反応をしたらいいのかが分からず、ただ茫然とするだけだ。

 「本当はね、小学生の頃なの。そうね・・・私と葵君が、初めて会った時かしら・・・。」

 「小学生・・・?黄美絵先輩と会長って、幼馴染って聞いていましたが、初めて会ったのは小学生の時だったんですか?」

 「ええ、そうよ。」

 そして黄美絵先輩は、想い出話を懐かしむ様に、話してくれた。

 「葵君、昔は自分の外見の事で、よく男の子にからかわれていたみたいなの。背とかも小さかったし・・・見ての通り肌も白くてお人形さんみたいでしょ?今思えば、好きな子をイジメちゃう餓鬼の恋心だったのかしら?とも思うけれども・・・。私と葵君は違う小学校に通っていたのだけど、たまたまその日は、一般市民の公園の見学に行っていてね。」

 「え?いや・・・一般市民の公園の見学って・・・。それは何の行事ですか?」

 普通に想い出話をする黄美絵先輩の発言の中に、普通では無い言葉が交じり、白澤君は思わず顔を引き攣らせ、反応をしてしまう。そんな白澤君のツッコミを、黄美絵先輩はゆっくりと振り向き、ニコリと笑顔一つで黙らせる。

 (いけない・・・これ以上聞いたら首を絞められる・・・。)

 白澤君は黄美絵先輩の笑顔の意味を悟ると、口を閉じ、無言で手を差し出し話しの続きをお願いした。

 「それでね、その時葵君が、何人かの男の子達にイジメられていたの。葵君、泣いていて・・・可哀想だったから、その場に居た男の子達全員を取り合えず排除したのだけれどもね・・・。中々泣きやんでくれなくって・・・。昔から泣き虫だったみたいよ。」

 (排除・・・排除って、何をしたんだ?小学生に小学生が一体何をしたんだ?)

 白澤君はビクビクと怯えながら、もう一歩黄美絵先輩から後ろへと下がった。

 「だから私、言ってあげたの。『そんなヘタレだから、すぐイジメられるのよ。男の子に泣かされるのが嫌なら、自分も男の子になって、泣かされる側から泣かす側になってしまいなさい。』って・・・。まぁ・・・それから葵君とはちょくちょく遊ぶ様になったのだけど、それからだったかしらねぇ・・・。葵君がどんどん男らしい行動や発言をし始めたのは・・・。中学生になる頃には、『自分は男だ!』って言い始めて、それから私をお嫁さんにするって言っていたかしら、確か。」

 クスリと笑い、昔の事を懐かしむ黄美絵先輩の元へ、白澤君は慌てて駆け寄ると、黄美絵先輩の前へと立ちはだかり、口元を引き攣らせながら驚いた様子で言った。

 「ちょっ!ちょっと待って下さい!それてっ!つまりは会長が自分の事を男だと言い張り出した原因って!黄美絵先輩って事じゃないですかっ!」

 黄美絵先輩はその場に足を停め、首を横に傾げると、一瞬ジッと考え、またニッコリと笑い言う。

 「あぁ・・・そうね。言われてみれば、そうなるかしら。」

 呑気に言う黄美絵先輩とは真逆に、白澤君は慌てながら言った。

 「何他人事みたいに言ってるんですか?黄美絵先輩の変な助言のせいで、会長は道を外してしまったんですよっ!そうだっ!黄美絵先輩の言う事なら聞くのなら、また会長に『ちゃんと女の子に戻る様に』って、黄美絵先輩から言ってあげて下さいよ!」

 「嫌よ。」

 アッサリと断る黄美絵先輩に、白澤君は少々怒り気味に言う。

 「どうしてですか?このままじゃ会長、結婚とかも出来ないかもしれないじゃないですか!それに赤城先輩だって報われないですよ!」

 「あらあら?白澤君が赤城君の事を想ってあげるなんて、珍しいわねぇ~。」

 「ふざけないで下さいよ!黄美絵先輩にとっては面白い遊びかもしれませんが、会長にとっては人生に関わる事なんですよ!どうして嫌なんですか?」

 黄美絵先輩に対する恐怖心の事等すっかり忘れ、白澤君は無我夢中で訴えた。すると先程までニコヤカに微笑んでいた黄美絵先輩は、途端に真剣な眼差しへと変わり、白澤君の目をジッと見つめて言う。

 「葵君ね、本当に泣き虫で弱い子だったのよ。今でもまだ泣き虫だけど、とても強くなったわ。本当は生徒会長なんて出来る程の度胸だってなかったの。でも自分は男だと言い聞かす事で、強くなれるのよ。」

 「だからって・・・このままにして置くんですか?そんなの無責任だ・・・。」

 「あのね・・・白澤君。」

 黄美絵先輩はゆっくりと白澤君に近づくと、優しく微笑み、穏やかな声で言った。

 「葵君が女の子に戻る時は、恋をした時だと思うの。だって、葵君は女の子なのだから。女の子って、恋をした時が一番女の子になるでしょ?無理やり女の子だと言い聞かすよりも、そうやって自然に女の子に戻る方が、一番葵君の為なんじゃないかなって思うの。ずっと悔しかったのよ、男の子にからかわれていた事も、それに抵抗出来なかった自分に対しても・・・。葵君、弱い自分は嫌いなの。だから今は、強くなれた自分が嬉しくて仕方が無いのよ。それを無理やり奪ってしまうのは、可哀想だわ。だから、ね?無理やり女の子だとか、言い聞かせないであげて。私からのお願い。」

 「だからって・・・。」

 優しく微笑む黄美絵先輩の姿は、本当に会長の事を想って言っているのだと感じた。だからこそ、白澤君はこれ以上何も言えないでいる。

 「きっと葵君は、イジメられていた時、王子様をずっと待っていたのよ。自分の事を助けて、守ってくれる王子様!でも王子様は助けには来てくれなかった。来たのは悪い魔女!魔女は葵君に、男の子になってしまう魔法を掛けたの。だから自分が王子様になろうと思ったのね。そして今は私の王子様をしていて、楽しいのよ。」

 「何ですか・・・?その急にメルヘンチックな話しは・・・。魔女って・・・先輩自覚有ったんですか・・・?」

 困惑をする白澤君を余所に、黄美絵先輩は嬉しそうにクスクスと笑っている。

 「それでね、私思ったの。きっと葵君の王子様は、赤城君じゃないかしら?って。」

 「・・・え?赤城・・・先輩?」

 「そう。葵君に掛けられた魔法を解いて、女の子に戻してあげる事が出来る王子様。それは赤城君じゃないかしら。」

 「どうして・・・そう思うんですか?」

 「そうね・・・女の勘かしら。」

 そう言って優しく微笑む黄美絵先輩は、いつも以上に綺麗に見えた。白澤君は無意識に黄美絵先輩に見惚れてしまい、ボーと佇んでいた。そんな白澤君の耳に、聞きなれた禍々しい笑い声が、クスクスと聞こえて来る。

 「それにね、赤城君ったら、無言の抵抗として、葵君にフリフリの可愛いワンピースやリボンをプレゼントしているのだけど・・・その度に捨てられるの。でも何度燃やされようが、破り捨てられようが、めげずにプレゼントを贈り続けているのよ。その度に泣いている癖に、あのしぶとさとしつこさですもの・・・絶対赤城君よ。フフフフ・・・。」

 いつも通りの黄美絵先輩の姿に、さっき見た黄美絵先輩は幻だったのか・・・と思い、白澤君の顔は一気に青ざめる。

 「先輩・・・そこは楽しんでいるんですね・・・。き・・・黄美絵先輩らしいや・・・ハハハ・・・。」

 黄美絵先輩の話しを聞き、更に赤城先輩が哀れに思えて仕方が無かった。これだけやっても気付かない会長の鈍さ。白澤君は、なんだか必死になってでも、赤城先輩を応援してあげなくてはいけない、義務感の様な物を感じた。

 「まぁ・・・それだけじゃないのよ?葵君があんなにも気を許す男の人って、今の所赤城君だけなのよ。」

 「え?そうなんですか?だったら、赤城先輩も少しは脈有りなんじゃ・・・。」

 少し嬉しそうな顔をする白澤君に、黄美絵先輩は逆に残念そうな顔をした。

 「どうかしら?葵君、恋と憧れの違いがまだよく分かっていないから・・・。葵君が私に対する想いは、恋心じゃなくて憧れなよ。でも赤城君に対する想いは、残念ながら私にもまだ分からないの。仕方が無いわよね。葵君、初恋もまだなのだし。」

 クスリと笑うと、少し困った表情をして見せた。そんな黄美絵先輩の話しを聞き、白澤君は驚いた顔をする。

 「え?会長って、初恋もまだなんですか?もう高校3年生なのに・・・。・・・・?ちょっと待てよ?初恋もまだって事は・・・当然彼氏とか出来た事って・・・。」

 「えぇ、無いわよ?」

 ニッコリと笑う黄美絵先輩の顔を見て、白澤君の顔は引き攣り、更に青ざめてしまう。

 「え・・・?じゃぁ・・・会長って・・・。しょっ・・・しょっ・・・。」

 白澤君は言葉を詰まらせると、ようやく黄美絵先輩の言っていた『大胆発言』の心意に気付いた。

 「えぇ、葵君はまだ処女よ。」

 白澤君の言いたかった言葉を変わりに言ってあげると、フッと薄気味悪い笑みを浮かべた。と同時に、白澤君は両手で頭を抱え、自分が会長に、本当にとんでもない発言をし、要求をしてしまっていた事への後悔が、改めて一気に押し寄せて来る。

 (な・・・俺はなんて事を!処女に向かって・・・ち○こ見せろとか上着脱げとか・・・。そりゃ泣く!泣いて当然だ!)

 白澤君はその場に崩れ落ちると、物凄く沈んだ声で黄美絵先輩に聞いた。

 「先輩・・・この事、赤城先輩は知っているんですか?」

 黄美絵先輩はその場に座り込む白澤君に合わせ、自分もしゃがむと、優しい声で白澤君の耳元で答えた。

 「えぇ、知っているわ。」

 「ですよね・・・異常でしたもん・・・あの怒りっぷりは・・・。」

 白澤君の頭上からは、クスクスと楽しそうに笑う黄美絵先輩の笑い声が聞こえて来る。しかし今の白澤君には、そんな笑い声等耳には入らなかった。自分に対しての、後悔と嫌悪感で頭の中は一杯だ。そんな白澤君の姿が、少し可哀想になって来た黄美絵先輩は、白澤君を少し元気付ける様な話しをした。

 「あのね、白澤君。実は私がこんな真面目なお願いをしたのは、赤城君と白澤君の2人が初めてなのよ。あぁ、両親や親戚は除外でね。」

 黄美絵先輩の言葉に、白澤君は少しだけ顔を上げる。

 「葵君の男発言に関する詳しい話しをしたのは、赤城君もだけれども、王子様の話しをしたのは、白澤君だけなのよ。」

 白澤君はゆっくりと顔を上げると、黄美絵先輩はとても優しく微笑んでいた。

 「え・・・?どうして・・・ですか?その・・・俺だけ・・・。」

 「だって、赤城君に王子様の話しなんかしたら、すっかりその気になってしまって、更に面倒臭くなるでしょう?」

 「はあ・・・まぁ・・・確かに・・・。」

クスクスと無邪気に笑う黄美絵先輩は、とても可愛らしく見えた。

 「それにね、本当に葵君の事を思って、心配をしてくれたり、怒ってくれる2人が嬉しかったの。葵君は、私にとってとても大切な友達だから。」

 そう言ってニッコリと嬉しそうに微笑む黄美絵先輩の姿を見ていて、白澤君の表情は自然と穏やかになっていった。

 (あれ・・・?黄美絵先輩って、こんなにも優しい感じの人だっけ・・・。何て言うか・・・。今の黄美絵先輩の方が・・・黄美絵先輩らしい・・・。変なの・・・会ったばかりの人なのに・・・どうしてそう思うんだろう・・。)

 2人の間を穏やかな風が潜り抜けると、風が頭の中の嫌な物全てを持ち去ってくれた様に感じ、白澤君の顔には自然と笑みが零れた。

 「あぁ!それから、私は今までにちゃんと何人もの彼氏が居たから、誤解しないでね。葵君には内緒にしてあるけれど。」

 そう言うと、黄美絵先輩はまたクスクスと笑い出した。

 「え?いや・・・誤解って・・・。別にしてませんよ!そんな・・・。」

 突然の黄美絵先輩の発言に、白澤君の顔は思わず赤くなってしまう。黄美絵先輩は白澤君の肩をポンッと軽く叩き、立ち上がると、右手を差し出した。白澤君は左手を伸ばし、差し出された手を掴もうとした瞬間、黄美絵先輩はニッコリと笑い言う。

 「ちなみに今はフリーです。もしかしたら、白澤君にもチャンスは有るかもしれないわね。私の彼氏の席は空いていてよ。ウフフッ。」

 そして差し出した右手を引っ込めると、そのまま白澤君を置いて、スタスタと農園へと向かって行ってしまった。白澤君は中途半端に左手を伸ばしたまま、顔を真っ赤にさせ、ただ茫然としているだけだった。

 (・・・どういう意味・・・?)

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