個人的趣味で作られた部室は統一性が無い
扉の奥は、まるで中世ヨーロッパのお城の中の様な、豪華なリビングとなっていた。天井には豪華なシャンデリアがぶら下り、高級なソファーやテーブルと様々な家具の数々。まるで別世界にでも来たかの様な感覚になったと思いきや、部屋の左奥の角には、何故かスターバックスのカウンターが置いてあった。
「先輩・・・なんでスタバが有るんですか?物凄く浮いているんですが・・・。部屋の統一性を感じられないんですが・・・。」
会長と黄美絵先輩によりリフォームをされたと言う話を聞いていた為、白澤君は無駄に豪華な室内だと言う事は、多少想像をしていたので、豪華さに関しては然程驚かなかった。
しかし、ある程度想像通りの室内ではあったのだが、スタバのカウンターの意外さには流石に驚く。
「あぁ・・・これは葵君のリクエストで設置したのよ。彼、スタバが大好きだから。」
白澤君の質問に答えたのは、先に部室へと入っていた、黄美絵先輩だった。黄美絵先輩は既にソファーに座り、優雅にコーヒーを飲み寛いでいる。
「あ・・・えっと・・・黄美絵先輩。葵君って、会長の事ですか?」
恐る恐る聞いてみると、黄美絵先輩はニッコリと笑い、頷く。
「会長にとっての最高の贅沢は、大好きなスタバのキャラメルフラペチーノを飲みながら、大好きなB級ホラー映画を見る事なのだよ。」
嬉しそうに両手を広げながら言う赤城先輩。そんな彼に、白澤君は溜息混じりに言った。
「なんで赤城先輩が嬉しそうに言っているんですか・・・。それにしても、最高の贅沢がそんな事だなんて・・・謙虚な人なんですか?会長って?」
「まぁ、贅沢の感覚や価値観は、人によって違うからね。会長の場合はそれだって事なだけさ。それより、君も入会したら、ちゃんとスタバの全メニューが作れる様に、覚えなくちゃいけないのだよ!白澤君!」
そう言うと、ガッシリと白澤君の両肩を掴んだ。
「ちょっ!全メニューを覚えるって・・・なんでですか?俺別にスタバにバイトしに来た訳じゃありませんよ?」
顔を引き攣らせながら言う白澤君に、黄美絵先輩ニコヤカに微笑みながら言う。
「飲み物係は、後輩の役目だから。赤城君が入って来る前は、自分達で作らなくちゃいけなかったから、大変だったのよ。」
また優雅にコーヒーを飲み乾すと、飲み終えたカップを赤城先輩へと差し出した。
「赤城君、おかわり。」
「はいっ!すぐに作りますねー。」
赤城先輩は白澤君から離れると、素早く黄美絵先輩の持つカップを受け取りに行き、カウンターへと移動をする。そして手慣れた様子で、作業をし始めた。
「それって・・・只のパシリじゃないですか・・・。」
うんざりとする白澤君を余所に、赤城先輩は出来上がったコーヒーを黄美絵先輩の元へと運びながら、嬉しそうに言う。
「いやぁー俺1人で皆の分を作っていたから、結構大変だったんだけど、白澤君が入ってくれるお陰で、少しは楽になるよ。」
「だからっ!まだ入ると決めた訳じゃありませんって!」
焦りながら言う白澤君だったが、すっかり白澤君が入会をすると言う前提で、赤城先輩は嬉しそうに部室内を案内し始めた。黄美絵先輩も同じく、案内をしに行く赤城先輩に、「頑張ってね。」とニコヤカに手を振る。
「じゃあまず、部室内の説明からするよ。ここは見ての通り、皆がマッタリと寛いで雑談をしたり、企画の相談をする場所なんだけど、この右側の扉を開けると廊下になっていて、そこから色んな部屋へと入る事が出来るのだよ。」
部屋の右奥に有る扉をガチャッっと開けると、一直線に続く廊下を指差した。
「ちょっ!だからまだ・・・。」
白澤君の言葉等聞く耳持たず、赤城先輩は更に案内を続ける。
「まずこの最初の扉のある部屋、ここは機材置き場だよ。まぁ・・・倉庫みたいな物かなぁ~。殆ど俺用の・・・ハハハッ。」
そう言うと、笑いながら扉を開け、中を白澤君に見せてあげる。
「ちょっと先輩・・・人の話し全く聞いていませんよね?」
白澤君は扉の中を覗こうともせず、冷めた表情で赤城先輩の後ろに立っているだけだ。
「あれ?中見ないの?」
不思議そうに首を傾げて言う赤城先輩に、白澤君は深い溜息を吐き、仕方なさそうに中を覗いた。
「はぁ・・・もういいですよ・・・。見ればいいんでしょ?見れば・・・。・・・って、何ですかこれ?」
部屋の中を覗いた白澤君は、驚いたと言うより呆れた顔をした。
「マスクだらけじゃないですかっ!しかもどれも見た事有る様な物ばかり・・・。これって・・・。」
「そう、俺のコレクション達だよっ!ここは俺の宝物置場♪」
自慢げに言う赤城先輩は、「凄いだろっ!」と言わんばかりに、白澤君に驚きと関心を求める様な眼差しで見つめて来る。しかし白澤君の顔は眉間にシワが寄り、物凄く嫌そうな表情だ。
「なに最初に一番どうでもいい所を紹介してるんですか・・・。てか別に紹介しなくてもいい場所じゃないですか・・・。」
冷たく言う白澤君に、赤城先輩は体を大の字に大きく広げ、力強く言った。
「なにを言っているんだいっ!ここは一番大事な場所なのだよ?この中には、もはや入手不可能と言う貴重なレアマスクが沢山有るのだよっ!君にはこのマスク達の価値が分からないのかいっ?」
力説をする赤城先輩に対し、白澤君は冷めた表情でサラリと言った。
「だったらなんで鍵掛ってないんですか?そんなに貴重な物が置いてあるなら、鍵くらい付けましょうよ・・・。」
白澤君の当然とも言える発言に、赤城先輩は大の字のまま固まってしまった。
「あ・・・そう言えば・・・。鍵・・・付いて無いや・・・。」
やはりこの男は只の馬鹿だ・・・と再確認をした白澤君は、うかつな盲点に気付き「しまった・・・しまった・・・。」と頭を抱えながら何度も呟く赤城先輩を無視し、廊下の先へと進んで行く。
「まぁ何となく部室の構造は理解出来ましたよ。廊下を出て部屋の数は3つですか・・・。多分2つ目の部屋が視聴室ですよね?一番広そうだし・・・。」
すると後ろから、赤城先輩の叫び声が聞こえる。
「3つじゃないっ!4つだよっ!マスク部屋を入れて4つ!」
後ろから叫びながら、赤城先輩は慌ただしく白澤君の元へと駆け寄った。
「4つだからっ!」
白澤君の目の前まで来ると、またも力強く叫ぶが、白澤君は「はいはい。」と軽くあしらい、2つ目の部屋の扉を勝手に開けた。
扉を開けると、白澤君の予想通り、中は視聴室になっていた。中はまるでプチ映画館の様で、大きなスクリーンにプロジェクター、幾つものスピーカーと完全武装のホームシアター状態になっている。部屋の真ん中にはフカフカの大きなソファーが連なり、ソファーの前の大きなテーブルの上には、何故か数本の赤と黒のペンと紙が置いてあった。
「うわぁ~本格的過ぎる・・・。凄いな・・・これで映画見たら、かなりの迫力が有りますね、絶対!」
流石にこの内部には関心をし、驚く白澤君に、赤城先輩はまたも自慢げに説明をし始めた。
「そうだろう?凄いだろー!スピーカーは9.1chも有るのだよ!しかも3D眼鏡も有るので、3D映画までもがここでは楽しめる!その上・・・。」
「それより、なんでペンと紙がテーブルの上に置いてあるんですか?」
赤城先輩の説明を遮り、白澤君はシステム以外の質問をする。
「え?あぁ・・・それはメモ用だよ。映画を観終わった後は、必ず感想文を書かなくちゃいけないから・・・。それよりっ!」
「それより、なんでここにもスタバのカウンターが置いてあるんですか?」
又も赤城先輩の言葉遮り、白澤君は部屋の角に有るスタバのカウンターを、うんざりとした顔で見つめた。やはりと言うか、この視聴室内にもスタバのカウンターは設置されている。
「あぁ・・・わざわざ会議室まで行って作って持って来るのは、手間だし時間が掛ってしまうからだよ・・・。それよりねっ!」
白澤君の質問に答えた後、今度こそはと、拳を握り力強く言おうとした。
「え?あそこ、会議室だったんですか?リビングみたいな所だと思ってたや・・・。」
やはり白澤君に遮られてしまい、又しても説明の続きをさせて貰えない。赤城先輩はガックシと首をうな垂れ、今度は力無く言った。
「一応企画の会議とかするから・・・会議室って事になっているんだよ・・・。それより・・・俺の話しを聞いてくれ・・・お願い。」
悲し気に訴える赤城先輩の姿に、白澤君は面倒臭そうな顔をする。どうせろくな話しではないだろうと思い、無視をしておきたい所ではあったが、ここで無視をすれば泣き出しそうでもあったので、適当に聞いてあげた。
「それより何ですか?勝手に話していていいですよ。俺はこの中見学しているんで。」
そう言うと、室内に置かれた機材やスピーカー等をじっくりと見ながら、視聴室の見学をし始めた。
室内は本当に広く、スタバのカウンターの横にはお菓子棚まで設置されている。その中には定番のポップコーンやクッキー、ポテトチップスと沢山のお菓子が詰め込まれており、他の棚には3D眼鏡が収納されていた。そして何故か、お茶碗に箸、真空パックの白米があり、電子レンジまでもが設置されている。白澤君は不思議そうにそれらを見つめていた。
赤城先輩は室内をウロツク白澤君に、後ろから付いて周りながら少し嬉しそうに話の続きをし始める。
「それよりねっ!この部屋の左手に見えるドアの向こうは、作品置場になっていて、数々のB級ホラー映画が置いてあるのだよ!そこには新作から旧作まで、観たいB級ホラーが全て揃っている!凄いと思わないかい?ねっ?思うだろー!」
金魚の糞の様に白澤君にくっ付いて説明をする赤城先輩。そんな赤城先輩の事等気にもせずに、白澤君は赤城先輩の言う作品置場となっている、ドアの方へと向かった。
左側の壁にはドアが2つある。その内奥のドアを開けてみると、その中はトイレになっていた。
「うわぁ・・・トイレまで設置ですか・・・。正に痒い所にも手が届く状態ですねぇ・・・。」
呆れながらも関心をする白澤君。至れり尽くせりのこの視聴室に、一体幾ら費用を掛けたのだろうと、想像をしてしまう。そして想像をするだけ、自分では考えられない金額なのだろうと思い、考えるのを止めもう1つのドアを開けてみた。するとその中は、赤城先輩の言う通り作品置場になっており、沢山の棚の中にズラリとDVDからBRが並んでいた。
「凄い数だ・・・これ全部ホラー映画なんですか?」
ゆっくりと部屋の中に入り、立ち並ぶディスクを見渡してみると、知っている名前の作品から、初めて見る様な知らない作品までもが有る。
「ああ、そうだよ。凄いだろう!世の中にはこんなにも沢山のB級ホラー映画が存在するのだよ!ここには日本未公開の作品も置いてあるからね。」
驚く白澤君の姿に、赤城先輩は嬉しそうな顔をした。この『B級ホラーを愛でる会』の最大の売りの一つ、作品の充実さを、自慢出来たと言う事と、これで入会意識が高まったであろうと確信をしたからだ。
赤城先輩は、「こんなに凄いのなら入会します!」と言う白澤君の言葉を待ち望むかの様に、目を輝かせながら白澤君の顔をじっと見つめた。しかし当然の事ながら、赤城先輩の希望通りの言葉は出ては来ない。
「日本未公開の作品?・・・て事は、字幕は無いって事ですか?」
キョトンとした顔で白澤君は尋ねると、赤城先輩は目を輝かせたまま、首を横に傾げて言った。
「そうだよ。日本でも発売されている物なら字幕は有るけど、海外でしか上映、発売されていない物は、当然字幕も吹き替えも無いよ。」
「ふぅ~ん・・・まぁ、俺英語、フランス語、イタリア語、ドイツ語位は分かるんで別に問題有りませんけど・・・。赤城先輩は分かるんですか?」
同じく白澤君も、キョトンとした顔のまま首を傾げ、赤城先輩に尋ねる。すると赤城先輩は、輝かしていた瞳をキリッと真剣な眼差しに切り替え、白澤君の両肩をガッシリと掴んだ。
「君さ、俺の事物凄い馬鹿だと思っていない?思っているだろう!一応俺も成績推薦で入学している身なんだけど。ちなみに俺は韓国語、アラビア語までマスターしているよ!」
「アラビア語って・・・。何なんですか、そのマニアックな言語マスターは・・・。」
真剣な眼差しでアホな事を言って来る赤城先輩に、白澤君はまたもうんざりとした顔をする。そんな2人の下らないやり取りを、棚の影からコッソリと覗いている人物が1人・・・。その人物は、ゆっくりと棚の影から姿を現し、2人の元へとそっと近づいて行った。そして白澤君の後ろに立つと、自信に満ち溢れた声で言う。
「ちなみに僕はタイ語、オランダ語、ベトナム語、ポルトガル語、インドネシア語までマスターしている。」
2人の会話に便乗し、言語マスター自慢に突如加わって来たのは、小柄な可愛らしい顔をした、少年の様な人物であった。
白澤君は突如後ろから聞こえて来た声に驚き、勢いよく後ろを振り返った。そして目線を少し下にズラすと、両腕を組んでとてつもなく偉そうな態度で立っている、焦げ茶色のショートカットヘアをした、小柄な人物に気付く。
「え?・・・あの・・・。」
不意打ちの登場に、戸惑ってしまう白澤君。赤城先輩はその人物の姿を確認すると、同じく白澤君同様、戸惑いながら言った。
「あ・・・あれ?今日は生徒会の方で来れないかもしれなかったんじゃ・・・なかったんですか?」
「余りに下らない議題だったから、副会長に任せて来た。それに棚の整理を今日中に済ませておきたかったしな。」
そう言うと、白澤君の元へと更に近づき、マジマジと顔を見つめて来た。
「成程・・・どうやら一匹捕まえて来たみだいだな。君にしては上出来だぞ、赤城。」
顔を近づけられ、思わず後ずさりをしてしまう白澤君。そして更に戸惑いながら、赤城先輩に聞いた。
「えっと・・・どちら・・・様です?・・・赤城先輩・・・。」
白澤君の質問に、ハッとした赤城先輩は、勢いよく小柄な人物の元へ駆け寄り、両手をその人物の方へと翳して白澤君に紹介を始めた。
「彼が我が同好会のリーダーであり、この学校の生徒会長でもある、葛城葵先輩だよ!白澤君っ!頭が高いぞっ!」
腰を屈めて力みながら言う赤城先輩に、腕を組んで胸を張り、両足を開き偉そうに立つ葛城葵。その光景に何とも言えないシュールさを感じた白澤君であったが、それ以前に赤城先輩の『彼』と言う言葉が気になった。
「え?ちょっ・・・ちょっと待って下さい。生徒会長って・・・この同好会のリーダーって女性だったんですか?黄美絵先輩が『葵君』って言っていたから、てっきり男かと・・・。てか何で赤城先輩も『彼』って?あの・・・その・・・女子制服・・・着てるじゃないですか?」
葛城葵は、胸はペッタンコであったが、間違い無く女子生徒の制服を着ていた。確かに少年の様な顔立ちをしてはいるが、可愛らしい顔でまつ毛も長く、色白で人形の様だった。
戸惑いを見せる白澤君に、葛城葵はムスッとした顔をして言う。
「君は何を言っている。僕は男だ。」
葛城葵の言葉に、白澤君は更に混乱をする。男の子に見えなくもないが、体格や肌質は女の子その物で、もしかしたら男の娘なのか?とも思ってしまい、頭の中は混乱しまくっていた。そんな戸惑う白澤君に気付いた赤城先輩は、そっと白澤君の耳元に近づき、葛城葵に聞こえない様にヒソヒソと話し掛けた。
「白澤君、会長は正真正銘の女の子だよ。本人は男だと言い張っているから、俺達はそれに合わせているんだ。だから君も・・・ね。」
せっかく葛城葵に気を使い、聞こえない様に小声で言ったのに、白澤君はそんな赤城先輩の行為を無意味化する様に大声で驚いて言ってしまう。
「はぁ?何で女なのに男だって言い張っているんですか?てか男だって自分で言うなら、女子制服じゃなくて男子制服着ればいいじゃないですか!」
「白澤君・・・。」
赤城先輩はガックシと首をうな垂れ、自分の行為が無駄にされた事に落ち込んでしまった。そして葛城葵は更にムッとした顔をし、不機嫌そうに言う。
「戸籍上は女性になっているからな。校則に従い女子生徒の制服を着ているんだ。生徒会長が校則を守らなければ、他の生徒に示しが付かないだろ。」
意外にまともな事を言う葛城葵に、白澤君は関心をしながらも、頭の中はまだ混乱をしていた。
(自分が女だと言う自覚は有るのか?生徒会長として言っている事はまともだけど・・・性別に関して言っている事はまともじゃないなぁ・・・。常識が有る様で無い様で・・・。よく分からない人だ。)
いまいちよく生態の分からない葛城葵に、白澤君はどう対応したらいいものかと悩む。首を傾げながら悩む白澤君に、葛城葵は不機嫌そうな顔から、少し笑顔を見せると、自己紹介をした。
「まぁ君が戸惑うのも分かるが、とにかく僕は男だ。そして『B級ホラーを愛でる会』のリーダーであり、この学園の生徒会長も務めている、3年生の葛城葵と言う。僕の事は会長とでも呼んでくれ。僕の事を葵と名前で呼ぶ事を許しているのは、黄美絵だけだからな。」
そう言うと、白澤君に右手を差し出し、握手を求めて来た。白澤君はとっさに会長の手を握り、握手を交わすと、同じく自分も自己紹介をした。赤城先輩にまた勝手な事を言われる前に・・と。
「あぁ・・・初めまして。新入生の白澤勇人です。この同好会の見学に来ました。まだ入会するとは決めていませんから。まだ検討中の者です!決定はしていませんから!」
しつこい位にあくまで見学者だと言う事をアピールしまくった自己紹介をすると、ニッコリと笑い、赤城先輩の方を向いた。赤城先輩はとても残念そうな顔をしている。案の定、赤城先輩が会長に、白澤君の紹介をしようと思っていたらしい。
「なんだ、見学者なのか。ならば僕が我が同好会の説明をしてあげよう。」
赤城先輩や黄美絵先輩とは違い、会長は白澤君の言葉をまともに聞いてくれた。
今まで散々まだ検討中だと訴えていたにも関わらず、他の2人は勝手に入会希望者と決めつけ、話しを進めていたが、ここに来てようやくまともに会話の出来る相手に出会えたと思った。
「よかった・・・会長がまともに話しを聞いてくれる人で。ここまで赤城先輩に、無理やり連れて来られたんですよ。」
安心感からか、自然と体の力が抜け笑顔が零れる。そんな白澤君の姿に、赤城先輩は寂しそうに言った。
「白澤君・・・俺にはそんな優しい笑顔、見せてくれないよね・・・。」
「当然です!」
笑顔から厳しい顔つきに変わり、赤城先輩の方を振り向くと、ジッ睨み付けた。
「まぁ彼の場合は、切羽詰まっていた事もあるから、許してやってくれ。」
会長が赤城先輩のフォローをしてあげると、赤城先輩は物凄く嬉しそうな顔をした。
「それに僕としては、半端な者は要らないからね。僕の説明を聞いて、それでも入りたいと思うのならば、入会試験を受けてくれ。」
会長の『入会試験』と言う言葉に、白澤君は思い出したかの様に顔を青ざめさせた。海外旅行に釣られ、すっかり忘れてしまっていたが、確か入会をするにはあの拷問に耐えなければならない。それにどうも会長の話しを聞いていると、そこまで新しいメンバーを欲しがっている様には思えず、むしろ入らなくても構わない、と言っている様に聞こえた。
「取り合えず、ここでは何だし、会議室へでも行こうか。そこで説明をしてあげるよ。」
会長はそう言うと、スタスタと歩き出し、会議室へと向かって行ってしまった。白澤君と赤城先輩は、会長の後に続く様に、少し距離を置いて会議室へと向かう。その途中、白澤君は小声で赤城先輩に耳打ちをする様に尋ねた。
「先輩・・・もしかして、俺って会長に歓迎されていません?」
白澤君の質問に、赤城先輩も同じく白澤君の耳元で小声に答える。
「あぁ・・・君が男だからだよ。黄美絵先輩目当てじゃないかって、疑われているんだよ、きっと。俺の時も最初は君と同じ感じだったよ。」
赤城先輩の答えに「あぁ・・・。」と白澤君は納得をした。確か黄美絵先輩は会長の彼女で、黄美絵先輩目当てに来る男は片っ端から排除してる、と赤城先輩から聞いている。自分もその一人ではと、思われているのだろう・・・と思った。と同時にまた白澤君の頭の中を混乱させる様な疑問が浮かんだ。
「あれ?先輩、黄美絵先輩って女ですよね?会長も、女ですよね?・・・彼女って・・・同性同士じゃぁ・・・。」
もしや2人は同性愛者か何かなのか?と思い、コッソリと赤城先輩に聞いてみると、赤城先輩は小声でクスクスと笑いながら答えた。
「心配しなくても、あの2人はレズとかって訳じゃないよ。まぁ会長は俺もよく分からないけど、黄美絵先輩は会長の言う事に合わせてあげているだけだから・・・。あの2人、幼馴染みたいだよ?だからどちらかと言えば、黄美絵先輩が会長の面倒を見てあげているって感じと言うか・・・。」
赤城先輩の話しに、白澤君は不思議そうに首を傾げる。
「会長って、そんなに謎だらけな人なんですか?黄美絵先輩もプライベートな事は話さないって言うし・・・そんなに秘密主義者が多いんです?」
「いや・・・秘密主義者はどちらかと言えば黄美絵先輩だけだよ。会長は聞けば大体の事は話してくれるし、黄美絵先輩も会長の事なら教えてくれるよ。自分の事は絶対に言わないけどね・・・。」
そう言うと、赤城先輩はゲッソリとした顔をした。黄美絵先輩は自分の事は、本当に何も教えてくれないのだと、赤城先輩の顔を見れば分かる。
「じゃぁ、会長から黄美絵先輩の事聞いたらどうですか?」
そっと耳元で言う白澤君に、赤城先輩は顔をゲッソリとさせたまま言って来る。
「本人が言いたがらない事を、会長が話す訳ないじゃないか。会長は黄美絵先輩大好きだから・・・。」
ガックシと首をうな垂れる赤城先輩の姿に、白澤君は不思議そうに首を傾げた。2人がそんな内緒話をしている間に、会長はとっくに会議室へと着いており、ソファーで寛ぐ黄美絵先輩の隣に座っていた。
*以下略*
「さて、まずは我が同好会の主な活動について説明でもしようか。」
ソファーに座り、当然赤城先輩が作ったキャラメルフラペチーノを飲みながら、会長は早速説明をし始める。隣に座る黄美絵先輩は、顔をニコニコとさせただ黙って座っているだけだ。白澤君は2人の前に赤城先輩と共に座り、どこか不安そうな顔をしている。
「基本的には先程の視聴室で映画を観て、その作品の感想を書き留める。映画自体は自分の好きな時に観てもいいが、新作が出た場合は全員で視聴し、その感想と評価を後に語り合う・・・と言った所かな。」
淡々と説明をする会長に、白澤君は只黙って頷いた。
「後は校外活動として、劇中の舞台となった場所への見学へ行ったりもするが・・・。」
校外活動の話しになった途端、白澤君は嬉しそうに反応を示した。
「あぁ!それって、海外へ行ったりするんですよね?赤城先輩から聞きました。」
何かを期待するかの様に、嬉しそうな表情で言うと、逆に会長は白けた顔をした。そして横目でチラリと赤城先輩の方を見ると、不機嫌そうに言った。
「なんだ・・・既に赤城が説明をしたのか・・・。我が同好会の最大の売りは、僕が説明をしてその反応を見るのが楽しかったのに・・・。」
楽しみを取られ、つまらなさそうにする会長を見て、赤城先輩は焦った様子で必死に言い訳をしながら謝った。
「すっすみません、会長っ!いやぁ~そうでも言わないと、彼部室まで来てくれなかったので・・・。ああっ!でも彼、物凄く驚いて、物凄く良い反応をしていましたよっ!」
「俺そんなに物凄い反応してましたっけ・・・?」
赤城先輩の言葉に、少し恥ずかしそうに言う白澤君の顔は赤くなってしまう。そんな白澤君の顔を見た会長は、少し嬉しそうに笑った。
「その様子じゃ物凄い反応をしたみたいだな。まぁいい・・・君の今の真っ赤な顔を見れただけでも、良しとするよ。」
「なっ!なんですかそれ・・・。」
白澤君は更に顔を真っ赤にし、恥ずかしそうに俯いてしまう。黄美絵先輩は、そんな様子を可笑しそうにクスクスと笑っていた。
「でも、赤城君から海外での活動の事を聞いているなら、その資金源の事も聞いているでしょう?」
クスクスと笑いながら言って来る黄美絵先輩の言葉に、白澤君は俯いたまま頷いた。
「なら、後輩が飲み物係って意味も、分かるわよねぇ?それ以外の雑用も、全て後輩の仕事なのだけれども・・・その意味も、分かるわよねぇ?」
優しい笑顔で脅迫的に言って来る黄美絵先輩に、白澤君はゆっくりと顔を上げ、仕方なく納得をするかの様に頷いて言う。
「・・・分かります・・・。旅費を出して貰っている身分だからって事ですよね・・・。」
「物分かりが良くていいわ。まぁ・・・赤城君の場合は自分から率先してやっているみたいだけど・・・。」
そう言ってチラリと赤城先輩の方を見ると、赤城先輩は勢いよく立ち上がり、又も両腕を大きく上げ叫ぶ。
「当然ですよ!先輩達のお役に立てるのならば、この赤城拓実、喜んで犬の様に働きます!」
そんな赤城先輩を、白澤君は又も冷めた視線で見つめ、ボソリと言う。
「先輩・・・ドMですか・・・。分かったから座れよ・・・。」
冷たい白澤君の言葉に、赤城先輩は頭を軽く掻きながら、ゆっくりと腕と腰を下ろした。
「まぁ主な活動はこんな所だ。普段は特に特別な事をする訳でもない。」
気を取り直して会長は同好会の説明の続きを始める。
「ただ、文化祭時を含め、定期的な講演会を行う時も有る。」
「え?文化祭って・・・同好会も参加出来るんですか?それに・・・講演会?何か発表みたいな事でもするんですか?」
不思議そうに首を傾げる白澤君に、会長はニヤリと笑った。
「白澤君・・・だっけ?君は部活動と同好会の善し悪しの差が何なのか、分かるか?」
白澤君は首を傾げたまま、少し考え「部費とか?」と自信無さ気に答えた。すると会長は、フフフッと不敵に笑うと、偉そうな態度をいつも以上に偉そうにし、自慢げに力説をし始める。
「確かに部活動には部費が出て、同好会に対しては何の資金提供もされない、がっ!部活動は正式な学園活動!それ故部活動を利用しての商売が出来ない!限られた部費の中でやりくりをするしかない!しかし同好会は非学園活動!それ故同好活動を利用しての商売が出来る!部費等出なくとも、自分達で無限大に活動費を稼ぐ事が出来るんだ!だから我が同好会は、定期的に新作B級ホラーの上映会を開いている。勿論有料!入場料を貰ってね。文化祭の時は、一般人も沢山来るから、稼ぎ時・・・と言う事なんだ。」
会長は言い終えると、どうだ凄いだろう、と言わんばかりに、自信満々の笑顔を見せた。白澤君の顔は唖然とし、半ば呆れた様子だ。
「営利目的・・・って事ですか。確かに分からなくもないですが・・・映画なんて、映画館に行けば見れるじゃないですか?」
そんな白澤君の意見に、会長は深く溜息を吐き、呆れた表情で言う。
「はぁ~・・・君は馬鹿か?この学園の設備には、映画館同様の物も有るんだぞ。映研部が有るからな。彼等が自作映画を上映する為の施設だ。僕達もその場所を使って上映をする。」
「それに、私達同好会は日本未公開、未発売の映画も入手出来るから、映画館へ行っても見る事が出来ない作品を上映するのよ。だから毎回お客さんも沢山来るの。」
会長と黄美絵先輩の説明に、呆れ顔をしていた白澤君は、今度は納得をする様に、軽く頷いた。
「あぁ・・・確かに。この学校の設備ならそれ位あるだろうし・・・日本で公開されていない映画なら、観たい人もいますしね。」
納得をすると同時に、一つの当たり前の疑問が浮上した。
「あれ?あのぅ・・・でも日本未発売とかってなると、字幕も吹き替えも当然有りませんよね?それは・・・。」
不安そうに聞く白澤君の肩を、赤城先輩はポンッっと叩き、ニッコリと笑顔で答えた。
「字幕作りは俺達の仕事だよ。頑張ろうねっ!白澤君!」
ニコニコと微笑む赤城先輩に、白澤君は物凄く嫌そうな顔をする。
「うちの生徒はまだしも、他校や文化祭に来る様な一般人は馬鹿!が多くてねぇ。ネットで輸入購入出来たとしても、字幕も何もなくて結局意味も分からず映像だけ見ているって奴が多いんだよ。僕等はそこに便乗しているだけだ。」
そう言ってハハハッと笑う会長からは、思い切り色んな人間を見下しているオーラが出まくっていた。白澤君の顔はうんざりとした表情に変わり、心の中で『断ろう』と決意をする。そしてその決意を言おうとした瞬間、すかさず黄美絵先輩が言い放った言葉により、その決意を言うタイミングを逃してしまう。
「それじゃー早速入会試験でもしましょうか。」
ニッコリと微笑んで言う黄美絵先輩に、白澤君は焦って断ろうとするが、話がどんどんと勝手に進められて行った。
「そうですね。まず試験に合格したら、スタバのメニュー覚えから始めなくちゃいけないから、その時は俺が付きっきりで教えてあげるよ。」
「なんだ・・・結局君は入会するのか・・・。まぁいい。真のB級ホラー好きなら、僕も歓迎するよ。」
勝手に入会決定の方向へと進んで行く様に、白澤君はアタフタと焦りまくり出した。
「ちょっ!待って下さい!俺はその・・・。」
そんな白澤君の事等お構い無しに、会長は入会試験の話へと入る。
「それじゃぁ・・・まずどの作品がいい?それ位決めさせてあけよう。風紀委員シリーズ?それともゾンビシリーズがいいか?あぁ・・・デスシリーズでもいいか。死霊シリーズにキラーシリーズの組み合わせでもいいぞ。」
「私はオカルト系シリーズがオススメだけど、続編物をぶっ通し観るのもいいわよねぇ~。」
2人の会話に流されるかの様に、思わず白澤君は話しに乗っかって答えてしまう。
「え・・・いや・・・。そう言う系のシリーズは全部観ているんですが・・・。」
そんな白澤君の言葉に、会長は少し驚いた様子で言った。
「全部観ているのか?そうか・・・まだ観ていない作品じゃなくては、純粋な感想を求められないからな・・・。観ていない作品は何だ?棚に置いてあった中に無かったか?」
会長の問いに、白澤君は先程見た棚の中の作品名を思い出しながら答えた。
「あぁ・・・あの、なんか余りメジャーじゃない国の映画位・・・ですかね。日本未公開映画もネットとかで観た事有るし・・・。」
そんな白澤君に、今度は赤城先輩が驚いた様子で聞く。
「白澤君、殆どのB級ホラーは観ているって事?」
「え?あぁ・・・はい。B級ホラー自体は結構好きですので、マイナー所まで大体は観ていますよ?」
キョトン、とした顔をする白澤君に、他の3人もまたキョトンとした顔をする。
「君は真のB級ホラー好きなんだな・・・。入会を希望するのも頷ける。」
関心をする会長に、白澤君は焦りながら言った。
「いやっ!別に先輩達程って訳じゃ有りませんよ。ただ・・・その・・・。特にやる事もなかったから、時間潰しに観ていただけですから・・・。時間だけは有ったから・・・。」
そう言うと、顔を沈め俯いてしまう。そんな白澤君に、黄美絵先輩は不思議そうに聞いた。
「時間だけはって・・・そんなに毎日暇人だったの?放課後お友達と遊んだりしていなかったのかしら?あぁ!お友達が居なかったとか?」
「・・・・・・。」
黄美絵先輩は白澤君をからかう様に言って、クスクスと笑うが、白澤君は俯いたまま黙り込んでしまう。そんな白澤君の態度にイラついた会長は、顔をムッとさせながらキツク言った。
「何だ?黄美絵が質問しているだろっ!ちゃんと答えろっ!」
「まぁまぁ、会長・・・誰にでも言いたくない事は有りますよ。無理に言わせる事は有りませんよ・・・。」
白澤君をフォローしようと、赤城先輩は会長を宥める。すると白澤君は、言い難そうにしながらも、ゆっくりと話し出した。
「あの・・・実は・・・。俺、中学の時・・・その・・・。所謂不登校だったんですよ・・・。その・・・引きこもりって言うか・・・。だから特にやる事も無くて・・・毎日映画ばっか観ていたんです・・・。映画って、観ていると時間が過ぎるのが早いし・・・何も考えないでいられるから・・・。」
そしてまた俯き、黙り込んでしまった。そんな白澤君の話しを聞いた会長と黄美絵先輩は、互いに顔を見合わせ、少し戸惑ってしまう。
しばらくの間沈黙が続くと、最初に口を開いたのは、赤城先輩だった。
「そ・・・そんな・・・。」
赤城先輩は膝に置いた両手を、グッと強く握り込み、俯かせていた顔を一気に上げ、白澤君に向かって思い切り半泣き状態で叫んだ。
「そんなのは嘘だっ!だったら何でオール100点なんだよー!学校行ってなかった癖に、何でそんなに成績良いんだぁー!俺なんか中学の時皆勤賞とっているのにっ!99点止まりなんだぞっ!」
赤城先輩の馬鹿な悔し叫びに、俯いていた白澤君の顔は一気に引き攣り、今までの沈んだ雰囲気は何だったんだ・・・と言う位にその場が赤城ワールドへと変わる。
「ちょっ!失礼な上に無神経ですよ赤城先輩!俺テストはちゃんと保健室で受けていたんで・・・。それに一応家で勉強はしていましたよ!」
白澤君の反論に、赤城先輩は更に悔しそうに涙ながらに訴えて来る。
「自主勉だと?自主勉だけで何でそんな良い成績が取れるんだよっ!分かった!さては塾だなっ!塾へ行っていたんだろう?俺は塾等には行かずとも、成績優秀だったぞっ!」
「塾なんか行っていませんって!言ったでしょう?引きこもりだったって!」
「ならば通信教育か!それとも家庭教師か!そうなんだなっ?」
「ちっ・・・違いますよ!教科書と参考書は家に有るんだから、学校へ行かなくても勉強位できますよ!」
白澤君の最後のトドメの言葉に、赤城先輩はその場に泣き崩れ、泣きながらブツブツと言った。
「何故だ・・・教科書と参考書だけで・・・何故オール100点なんだ・・・。その上映画ばかり観ていた根暗な癖に・・・。」
赤城先輩の言葉に、白澤君の顔は思い切り引き攣る。
(うわぁ・・・なんて失礼な奴だ・・・。酷い・・・。)
落ち込む赤城先輩に、慰めにもならない言葉を会長は言う。
「まぁ、あれだ。元々優秀と言う事なんだろう。つまりは産まれながらに頭が良いって事だ、諦めろ。」
そんな会長の言葉を受け、赤城先輩は更に落ち込み、泣きながら会長の顔を見た。
「そんな・・・酷いですよ・・・会長。俺・・・俺だって・・・元々優秀です。」
ヒクヒクと泣く赤城先輩の姿に、黄美絵先輩はクスリと笑い、その後不適な笑みを浮かべて言う。
「あらあら、赤城君?せっかくの綺麗な顔が台無しになっているわよ?」
黄美絵先輩の『綺麗』と言う言葉に、ついさっきまで泣いていた赤城先輩、ピタリと涙を止め、ソファーから転げ落ちながらその場に又も悶え始める。
「黄っ・・・黄美絵先輩!止めてっ!止めて下さいっ!綺麗とかって単語はダメですって!いやっ!体がムズ痒いっ!」
悶え苦しむ赤城先輩の姿を、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑っている。そんな光景を、呆れた顔で白澤君は見つめていた。
「うん、まぁそれだけ観ているのならば、入会試験を受けさせても余り意味が無さそうだな。何より君は優秀だし、僕としては優秀な人材が入ってくれるのはありがたい。字幕作成作業と言う仕事が有る訳だし、成るべく色んな国の言葉が分かる者の方がいいしな。」
傍らで悶える赤城先輩と、その姿を楽しそうに見つめる黄美絵先輩を余所に、会長は入会についての話しの続きをし始めた。白澤君も同じく他の2人は敢えて無視し、会長との話しを続ける。
「え?じゃあ、入会試験受けなくてもいいんですか?」
「あぁ、君はパスして構わない。黄美絵目当てって訳でもなさそうだしな。」
会長の言葉に、白澤君は思わず嬉しそうな顔をした。あの拷問を受けずに、無事浮浪者学生にもならず、海外旅行にタダで行けると思うと、自然と笑みが零れる。
「よかったぁ~。あれ?でも会長、なんで俺が黄美絵先輩目当てじゃないって、分かったんですか?まぁ特に何もしていないけど・・・。」
不思議そうに聞く白澤君に対し、会長も不思議そうに答えた。
「あぁ・・・それは君が、何故か黄美絵の事を怖がっている様だったからな。何故黄美絵と話す時はそんなに怯えているんだ?」
首を傾げる会長に、白澤君は敢えて「ノーコメントで。」と一言だけ言った。
「まぁ取り合えず、ようこそ『B級ホラーを愛でる会』へ。歓迎するよ。入学式の日に入会とは、君も大変だな。」
そう言うと、ゆっくりと立ち上がり、改めて白澤君へと右手を差し出し握手を求めた。白澤君も立ち上がると、会長の手を握り、2人は握手を交わした。
「こちらこそ、改めて宜しくお願いします。まぁ・・・どうせ他の同好会もロクなのが無さそうだし、部活動も俺には向いていないんで、何だかんだでこの同好会に収まってよかったのかもしれませんね。これで俺も浮浪者学生にはならなくて済む訳だし。」
ニッコリと笑うと、白澤君の『浮浪者学生』と言う言葉に、会長はまた不思議そうに首を傾げる。
「浮浪者学生・・・?何だそれは?」
不思議そうに聞く会長の態度に、白澤君はキョトン、とした顔をし、赤城先輩に言われた事を言った。
「だから、どこかに属さなければ、寂しい学園生活を送るハメになるって・・・赤城先輩が・・・。」
「何だそれは?そんな事聞いた事がないぞ。高校は部活動の参加は自由だからな。どこにも属していない奴等は、良い大学を目指して勉強に励んでいるか、適当に連れだって遊びまくったりしているぞ。お前・・・赤城に騙されたな。」
呆れた顔をして言う会長に、白澤君は唖然とした。
「え?じゃあ俺・・・無理してこの同好会にも入る必要なかったんじゃ・・・。」
「しかしお前はもう入会してしまったからな。今更それを無かった事には出来ないぞ。この掴んだ手は、僕はもう離さないからな。字幕職人は1人でも多い方がいい。」
そう言うとニヤリと笑い、握りしめた白澤君の手を更に強く握った。白澤君は必死にブンブンと手を振って振り離そうとするが、会長は離そうとはしてくれない。一気に顔が青ざめると、すぐ横でまだ悶えている赤城先輩の方を向き、恨めしそうな目で見つめた。
「赤城先輩・・・。」
白澤君の声に気付いた赤城先輩は、床に這い蹲りながら、ニッコリと笑った。
「あぁ、入会おめでとう!白澤君っ!」
嬉しそうな顔をする赤城先輩に、白澤君は恐怖の単語を連発して、赤城先輩へと怒りを静かにぶつける。
「美形美形美形美少年美少年美少年美形美少年・・・・。」
「アアアアアァァァァァァァァーーーーーー!」
赤城先輩は雄叫びを上げながら、両耳を両手で塞ぎ、床に何度もガンガンと頭をぶつけもがき苦しむ。そんな赤城先輩の姿を、黄美絵先輩は楽しそうにクスクスと笑いながら見ている。会長は白澤君の手を握り締めたまま、溜息を吐くのであった。