馬鹿との出会いは最悪な物と決まっている
春、それは別れの季節、旅立ちの季節。そして出会いの季節、始まりの季節。薄紅色に染まる桜と共に、人々は新たなる出会いを迎え、新しい人生の扉を開ける。それは特に学生に訪れる、別れと出会い。
中学から高校へと進学する時、卒業式で別れを惜しんで泣いていた事等すっかり忘れ、如何に高校生活をより快適に楽しく過ごすかと言う事だけを考える様になる。これでバイトが出来るだの、彼氏彼女を作るだの、帰宅部になれるだのとまぁ・・・義務教育からの解放に浮かれる者達が集う、『黄泉高等学校』入学式。『よみ』ではなく『よいずみ』高等学校だ。
なんとも縁起の悪い名前の学校に入学をして来た者達の中に、一人の少年が居た。そして少年の前には、制服を着て頭に映画『スクリーム』のマスクを被った男が一人。明らかに浮いているその男を、周りは異様な視線で見つめ、通り過ぎて行く。そんな周りの視線の事等気にもせず、男はゆっくりと少年の側まで歩み寄って来た。そして少年の目の前まで来ると、不気味なマスク越しにじっと見続ける。
「あの・・・なんか用ですか?」
目の前に立ち竦むマスクの男に、少年は問い掛けてみる。マスクの男は更にゆっくりと少年に近づき、籠った声で話して来た。
「君、ホラー映画とか・・・好きかい?」
「は?・・・あぁ・・・まぁ好きですけど・・・。」
突然の質問に、戸惑いながらも答える少年に、マスク男はまたまた更に少年に近づき問い掛ける。
「じゃあさ、B級ホラーとか・・・好き?」
何かを期待するかの様に、少年の答えを待つマスク男。少年は首を傾げた後、無言で頷いた。と同時に、マスク男は少年の両肩をガッシリと掴み、すがる様に言う。
「じゃあさっ!君、『B級ホラーを愛でる会』に入らない?」
少年の目の前に、スクリームの顔が押し寄せる。少年は顔を引き攣らせながら、マスク男の体を、必死に自分の体から離そうとした。しかしマスク男はしっかりと少年の肩を掴み、離そうとはしてくれない。
「ね?入ろう!入らないかい?ねっ!」
ユサユサと少年の体を揺らしながら、必死に訴えて来るマスク男。
「ちょっ・・・まっ、待って下さい!その前に離して下さい!離れて下さい!」
少年も同じく必死に訴える。それでも離れないマスク男に、少年は力一杯マスク男の体を押した。
「離れて下さいってー!」
叫び声と共に、マスク男はそのまま後ろに押し倒され、ドンッと言う音を立て、気持ちよく尻餅を付いてしまう。
「っタタ・・・。」
痛そうにお尻を摩るマスク男に、少年は冷たく言い放った。
「いい加減にしろよ、変態め・・・。」
そのままその場を後にしようとすると、マスク男は四つん馬のままガッシリと右足を掴んで来た。少年はマスク男を睨み付けると、またも冷たく言い放つ。
「しつこいよ。」
そして掴まれた右足を思い切り振り払った。するとマスク男は、今度は土下座をし出し、めげる事無く少年にお願いをし始める。
「頼む!好きなら入ってくれ!1年生が入ってくれないと、来年俺1人になっちゃうんだよ!」
少年は土下座をするマスク男にゆっくりと近づくと、男の被るマスクを両手で掴み、それを勢いよく上へと引っこ抜いた。
「その前に、このマスク取って下さい!怖いんですよっ!」
スポッと言う音を立て、マスク男のマスクが抜けると、マスクの下から現れた顔に少年は驚き、手に持つスクリームのマスクは、地面へと転がる。
「あ・・・凄い美少年・・・。」
マスクの下は、同性でも見惚れてしまう程の、美しい顔立ちをしていた。すると男は少年の言葉に、恥ずかしそうにアタフタとし始める。
「あっあのっ・・・。止めて、その美少年とかって単語、使わないでっ。なんか申し訳ない様で、子っ恥ずかしい様で・・・体がムズムズするから。」
ウネウネと体を捻じらせながら言う男の姿に、少年は可笑しそうにクスクスと笑った。男は照れ笑いをしながらも、ゆっくりと立ち上がり、服に付いた砂を払う。
「あのう、もしかして部活の勧誘ですか?2年生・・・ですか?」
マスクの下の以外な人相に免じ、少年は少しだけ話しを聞いてあげようと思った。こんな美少年が、あんなふざけたマスクを被ってまで勧誘をしているのだから、よっぽど切羽詰まっているのだろうか・・・とも思え、少しの同情もあった。
「え?あぁ・・・俺は2年生だよ。あっ、ごめんね・・・いきなりで驚かせちゃったのかなぁ?ハハハ・・・。」
ヘラヘラと笑うその男は、どこか抜けているというか、ズレている様な気がした。
「あの・・・もしかしてそのマスク被って、ずっと勧誘してました?」
「え?うん、そうだけど?ほらっアピールってヤツかな。でも皆すぐに逃げてしまって、話も聞いて貰えなくて・・・。ハハ・・・。」
あぁ・・・この男はただの馬鹿なのかもしれない・・・。そんな事を思いながらも、少年はこの馬鹿な男に助言をしてあげた。
「先輩、マスク被らないで勧誘すれば、沢山人が集まりますよ。特に女子とか。じゃ、俺はこれで・・・。」
そう言い残し、少年はその場を後に立ち去って行った。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!なんか前14行目位に、『話を聞いてあげようと思った』って書いてなかった?あったよね?話し聞こうよっ!」
慌てて少年を追いかけ引き止めると、今度は少年の両手をガッシリと握り、縋る様な眼差しで言った。
「話し・・・聞こうよ。ね?」
*以下略*
「つまりは、部員は3年生が2人で、2年生が先輩1人だけで、来年3年生が卒業してしまえば、先輩だけになってしまうから・・・って事ですよね?で、3年生2人は卒業したら関係ないからどうでもいいけど、1人が嫌なら自分で探せ、と言われたと?」
「そうなんだよ・・・。流石に1人は寂しいからさぁ・・・。」
マッタリと缶コーヒーを飲みながら、校庭のベンチに座り、いつの間にかすっかりと馴染んで話をしている2人。話しと言うより、後輩が上級生の相談に乗っている、と言った感じになっている。
「1人が嫌なら、他の部活に移ればいいじゃないですか。それに、そんなに焦って勧誘しなくても、後から入って来る人も居るかもしれないですよ?今日まだ入学式な訳だし。」
「そんな呑気な事言ってられないんだよ・・・。この学校で勢力の大きい運動部は、人員を確保したら、移転が出来ない様に契約書を書かせている所が多いから・・・。それに俺、今の会が好きだしね。」
深く溜息を吐く馬鹿な男の話しに、少年の顔は引き攣る。
「何それ?そんな事許されるんですか?てか、皆同意してるんですか?」
「ほら・・・君も知っていると思うけど、うちの学校の運動部、優秀な成績を残せば、将来プロとして活躍出来る事が、約束されている様な物なんだ・・・。だから皆自分から部に入り契約書にサインをするんだよ・・・。」
馬鹿な男はまた深く溜息を吐くと、ガックシと首をうな垂れた。
「まぁ・・・確かに運動での推薦で入学した人、多いとは聞いていますが・・・。でも全員ではないでしょう?残りは成績での推薦が多くて、一般試験での入学者は少ないって聞いていますよ?俺も成績推薦だし・・・。」
「そうっ!だから運動推薦以外のその他に入って貰おうと頑張っているのだよー!」
馬鹿な男は大きく両腕を大の字に広げ、少年に抱きつこうとするが、少年はすかさず馬鹿な男のハグをかわす。そして不機嫌そうに言った。
「なんで俺がその他だって分かったんですか?」
少年へのハグが空振りに終わった馬鹿な男は、ベンチに顔を擦り付けながら言って来た。
「それはほら、君眼鏡してるから・・・ガリ勉タイプかな?って思って・・・。」
少年はベンチから立ち上がると、横たわる馬鹿な男を見下して言った。
「そう言うの、偏見って言うんですよ。せっかく美形なんだから、そう言う変な行動止めたらどうですか?宝の持ち腐れですよ。」
すると馬鹿な男は、またも子っ恥ずかしそうに、寝そべったまま体をくねくねと捻らせる。
「だからぁー止めてっ!美形とかそう言う単語言わないでっ・・・。体がムズ痒くなるからー。」
芋虫の様にくねくねと動く馬鹿な男の姿を見て、少年は深い溜息を吐くと、馬鹿な男の体を持ち上げ、普通に座らせた。そしてまた馬鹿な男の隣に座り直すと、ふとした疑問に気付く。
「・・・そう言えば・・・。部活動って、確か5人以上居ないと認められていないんじゃないんですか?今の所、そのB級ホラー何とかって・・・3人しか居ないじゃないですか。3人なら同好会止まり・・・じゃぁ・・・。」
不思議そうに首を傾げると、馬鹿な男も同じ様に首を傾げた。
「え?そうだよ?同好会だよ?さっきから言っているじゃないか、会って。」
「え?」
しばしの間、2人の間に沈黙が訪れる。
ポンッ!と少年が手を叩くと、閃いたと言わんばかりに自信満々に言う。
「あぁ!同好会から、正式な部へと格上げをする為に、勧誘をしていたんですね!」
成程、成程と、納得をする様に何度も頷く少年に、馬鹿な男は顔をニコニコとさせながら否定をした。
「違うよ。3年生が卒業したら、俺1人で寂しいからだよ。何度も言っているではないかい。」
少年はニッコリと笑うと、馬鹿な男もニッコリと笑った。そして少年は立ち上がり、その場を後に去って行ったのだった・・・。
「ちょっ!ちょっと待ってよ!勝手に終わらせないでよっ!最後まで話を聞いてよー!」
馬鹿な男は後ろから少年にしがみ付くと、またも必死に訴える。少年は馬鹿な男を体から離そうと葛藤をするが、男は中々離れようとはしない。
「なんだよっ!部にしたいからとか、そう言う真剣な理由ならまだしも、1人が寂しいからなんてふざけた理由で、誰が入るかよっ!」
「待ってよ!君は知らないんだっ!この学校でその他がどう生き残れるかをおぉー!」
少年は力の限り馬鹿な男を振り払うと、男はまたも突き飛ばされ、尻餅を付いてしまう。ハァハァと2人揃って息を切らせながら、しばらくはその場で睨み合いが続いた。
*以下略*
「言って置きますけど、別に缶コーヒー奢って貰ったから、話を聞く訳じゃありませんから。」
不貞腐れた顔で馬鹿な男に手渡された缶コーヒーを飲みながら、少年は改めてベンチに座った。馬鹿な男もその隣に座り、仕切り直しと言った所だ。
「大丈夫、分かっているから・・・。俺も言って置きたいんだけど、決して部を作る為に奮闘をする青春物って訳ではないからね・・・。」
ズズッと2人缶コーヒーを啜ると、シュールな光景がそこには在った。
「それで・・・何なんですか?その・・・その他が生き残るとか・・・なんとか。」
チラリと横目で馬鹿な男を見ると、男は手に持つ缶コーヒーをギュッと握りしめ、険悪な顔をした。そしてゆっくりと語り出す。
「その他・・・そう、それは成績優秀であり将来のエリートと約束をされた者達。その為日々勉学に励み、筋肉馬鹿の運動部達とは違い、放課後は充実した資料と最新のPCが揃う図書室での活動と言う者達の集い。しかし!そんな彼等も娯楽を求める!そうっ!それが文化部だ。運動部と文化部の戦争は古くから続く因縁!しかしそんな長年の戦に嫌気がさし、そこから脱退し自由を求める者達が増えた・・・。しかし彼等は行き場を無くし、運動部と文化部の狭間に押し潰され・・・やがては消えて行った・・・。バイトに明け暮れる者、図書室に引き籠る者・・・。そんな彼等が素晴らしき学園生活を取り戻す為に立ち上げたのが、『同好会』!どこかに属すと言う事で、自分達の居場所を確保するのだよ!分かるかい?」
延々とした説明をすると、瞳孔を見開き、物凄い眼力で少年の方に顔を向けた。少年は後退りながらも、「はぁ・・・。」となんとなく返事をする。
「いいかい?このままでは、君も行き場の無い浮浪者学生になってしまうのだよっ!どこかに属さなくては!」
力説を終えると、馬鹿な男は缶コーヒーを一気に飲み干し、ガックシと首をうな垂れ、またまた深い溜息を吐く。
「だからさ・・・1人になるのって・・・凄く辛いんだよ・・・。」
涙ながらに言う馬鹿な男に、少年は呆れて何も言えない。
(要するに、来年自分が浮浪者学生になるのが嫌だから、俺に入ってくれ・・・と言う事か・・・。もっともらしい説明をしても、結局言っている事は最初と同じじゃないか・・・。)
心の中で解釈をすると、少年もまた、深い溜息を吐いた。そして2人同時にまた溜息を吐く。
少年は悲し気に俯く馬鹿な男の方を、チラリと見た。
(まぁ・・・俺は他の部に入ればその浮浪者学生にはならないんだろうけど・・・。部活って、面倒臭いんだよなぁ・・・。高校って、部活動の参加は自由って言うのが売りみたいな物のはずなのに、この学校はそうでもなさそうだし・・・。)
首を右へ左へと傾けながら考える。そして不意に思い浮かんだ疑問を、馬鹿な男にぶつけてみた。
「あっ、そう言えば先輩。その同好会って、部活動の様に毎日参加とかなんですか?その・・・練習とかあったり、大会とかあったり。」
少年の同好会に対しての質問に、馬鹿な男は嬉しそうに顔を上げ、目を輝かせながら言って来た。
「え?入ってくれるの?興味、有るの?」
キラメク馬鹿な男の顔に、うんざりとした表情で少年は言う。
「質問に答えて下さいよ。参考までに聞くだけです。」
少年の話し等全く効く由も無く、馬鹿な男は少年の手を取り、嬉しそうに言う。
「よしっ!じゃあ早速、部室に案内するよ。見学してみようっ!」
馬鹿な男の馬鹿な発言に、少年は心の底からムカつき、ワザとらしく男の嫌がる単語を連発する。
「わぁー嬉しいなぁー。こんな美形な先輩と歩けるなんて、美少年好きの女子に妬まれちゃうやぁー。美しい先輩は羨ましいなぁーこのイケメンめぇー。」
嫌味に満ちた笑顔をし、棒読みで言うと、馬鹿な男は顔を真っ赤にしながら地面に這い蹲り、頭を抱え悶え始めた。
「止めてえー!止めてぇぇー!そんな単語連発して言わないでえぇー!体がムズ痒いよぉー!」
体中砂塗れになりながら悶える馬鹿な男を、少年はクククッと笑いながら見下ろす。
「大体、部室なんて有るんですか?有ったとしても、同好会なら、部室とは言わないでしょう?部活動じゃないんだから・・・。」
悶える美形の男の姿を、楽しみながら見つめ、のんびりと缶コーヒーを飲む少年。その少年の足元で、美形の男は這い蹲ったまま、ニッコリと笑い答えた。
「あぁ・・・ちゃんと有るよ。まぁほら、呼び方は部室の方が分かりやすいからってだけで・・・。あっ後、練習とか大会とか・・・そう言った類の物は無いから安心していいよ。気軽に参加出来る!これが同好会の良い所だからね。」
ニコニコと微笑む美形の男に、少年はしばし冷たい眼差しで見下ろし続けた。しばらく見下すと、砂塗れになり地面と抱き合う美形の男が、何とも哀れに思えて来る。ハァ・・・と軽く溜息を吐くと、仕方が無いと言うより、正直どうでもよくなり、呆れた顔で言った。
「分かりました・・・。入る入らないはまだ置いといて、どう言った同好会なのか、話しを聞きますよ。まぁ・・・。」
少年がまだ話をしている途中、美形の男は勢いよく立ち上がり、砂塗れのまま少年に思い切り抱き付いた。
「そうかー!入ってくれるんだね?ありがとうっ!本当っにありがとうー!」
ジャリジャリと音を立てながら、少年の顔に砂付きの美形の男の顔が擦り付けられる。
「ちょっ!やめっ・・・止めて下さいっ!砂がジャリジャリして痛いし気持ち悪いですよ!それに話はまだ途中・・・っ。」
嫌がる少年の事等気付きもせずに、美形の男は嬉しさの余り、少年に頬ずりをし続ける。そんな気持ちの悪い美形の男を、少年は必死に引っぺがそうとした。
しばらくは2人の噛みあわない葛藤が続くと、美形の男はようやく少年の体から離れ、体中に付いた砂を叩き払い除けると、乱れた髪と制服を整えた。
「さて、それでは早速部室へと案内するよ。」
そう言ってニッコリと笑うと、目の前の顔中砂塗れになっている少年を見て、不思議そうに首を傾げた。
「あれ?君そんな顔してたっけ?眼鏡がズレているよ?」
優しく少年の顔に付いた砂を掃ってあげると、そっとズレた眼鏡を元に戻した。
「うん。これでよしっ。」
満足気に微笑む美形の男に、少年は白けた顔をしたまま、「帰ります。」と一言だけ言って立ち去ろうとした。
「待ってっ!ごめんなさいっ!謝るからっ!ごめんなさいっ!だから待って!」
美形の男は、背を向け歩き出そうとする少年の腕に、必死にしがみ付きながら謝り出した。少年は深い溜息を吐くと、呆れた様子で言った。
「はぁ・・・。先輩がどういう人なのか、この短時間でよく分りましたよ・・・。夢中になると、周りが見えなくなるタイプでしょう?」
美形の男は少年の腕にしがみ付いたまま、涙ながらに何度も頷いた。少年は更に呆れた顔をすると、掴まれた腕をそっと退け、美形の男の方に体を向けた。
(悪い人ではないんだよな・・・多分・・・。必死過ぎると言うか・・・馬鹿なんだよな、絶対。)
申し訳なさそうに俯く美形の男の姿に、呆れと同情を通り越し、憐れみを覚え、少年は体の力を抜いて優しく言った。
「ちゃんと話は聞きますよ。でもその前に、先輩の名前、教えて下さい。自己紹介がまだでしたよね?そこから始めなくちゃ、ダメですよ。」
少年の言葉に、美形の男はハッとすると、嬉しそうに微笑み、自らの名を名乗った。
「あぁ・・・そうだね・・・。そうだったよね・・・。初めまして、俺は2年の赤城拓実。ようこそ、黄泉高等学校へ。よろしくね。」
そしてニッコリと笑い右手を差し出した。少年も穏やかな笑みを浮かべ、自己紹介をする。
「俺は新入生の白澤勇人です。こちらこそよろしくお願いします、赤城先輩。」
そして差し出された右手を掴み、2人は握手を交わした。こうして少年白澤勇人は、スクリームのマスクを付けていた馬鹿な美形の男、赤城拓実と出会ったのだった。
「あの・・・これで終わりとかじゃないからね?これから部室へ行って、話しを聞くんだからね?」
「ええ、一応ちゃんと分かっていますよ。赤城先輩。」
「ハハハハハ・・・。」
「ふふふふふ・・・。」
2人は互いに笑い合いながら、お互いに握った手を、ギシギシと力強く握り絞めた。
*以下略*
赤城拓実の案内で、白澤勇人は部室へと向かう。進学校と言う事もあり、校舎も校庭もとても広く、設備も施設もとても充実している。運動部、文化部共に活動をする為の施設があちこちに在り、自主勉強の為の図書室は別館として存在しており、市の図書館並みに大きい。まるであらゆるエリートの育成施設の様だった。
キョロキョロと周りを見渡しながら、校内の大きさに驚き、関心をしながらも歩く白澤勇人。縁起の悪い学校名の癖に、中身はとてつもなく凄い学校なのだと、改めて実感をする。
「それにしても・・・本当、凄いですね、この学校。金持ち学校って訳でも無いのに、こんなにも凄い設備が充実していて・・・。」
「卒業生が、皆素晴らしい実績を残しているからね。卒業後も、実際に様々な分野で活躍をしているし、そう言った者達を育てる為の学校であり、だからこそ推薦入学者が多いんだよ。お金が無いが為に、せっかくの素晴らしい才能や能力を育てられない者達を腐らせてしまわない為にと、この学校が作られたんだよ。だから、優秀であれば、誰でも入る事が出来る。」
赤城拓実の説明を聞きながら、白澤勇人は校内の長い廊下を歩いていた。その途中、ふと窓の外を見ると、巨大なドーム型の建物が目に入った。
「先輩、あの建物は何ですか?」
足を停め、不思議そうにドームを指差すと、赤城拓実は窓の方へと近づき、説明をしてあげる。
「あぁ・・・あれはグラウンドだよ。」
「グラウンド・・・?外にも有りましたよね?」
更に不思議そうに首を傾げると、赤城拓実は淡々と説明をし始めた。
「主に野球部とサッカー部専用のグラウンド。雨の日の練習場としても使われるけど、公開試合の時や、大会の時によく使われるんだ。他にも、水泳部専用のプールが有ったり、演劇部や吹奏楽部専用のホール、美術部専用の展示室や、研究室が有ったりもするんだよ。」
赤城拓実の説明に、白澤勇人は唖然としながらも、関心をする。
「はぁ~・・・本当に凄いんですねぇ~・・・。でも学生の為だけにそんなにも施設整えて、どっからそんなお金が出て来るんです?この学校の学費、普通の私立と変わらないはずなのに・・・。」
当然の疑問を抱く白澤勇人に、赤城拓実はハハハッと笑いながら言った。
「学生の為だけに使っている訳じゃないからね。貸出しもしているんだよ。ほら、よく市の施設を一般や団体に貸出ししているだろう?東京ドームとか、公会堂とか・・・あれと同じだよ。その貸出料で経営をしているのだよ。他にも、卒業後に活躍をしている者達の、実績と更生による寄付とか。」
ニコヤカに言う赤城拓実とは裏腹に、白澤勇人は引き気味ながらも言う。
「経営って・・・学校経営と同時に企業経営をしているって事ですか?・・・て言うか、実際寄付じゃないですよね?綺麗な言葉使っているけど、物凄く黒い物が見えるんですが・・・。」
改めて物凄い学校なのだと実感をした白澤勇人は、同時に物凄い不安を覚えた。
「実際の学園生活ってどんな感じなんですか?こんなに黒い学校って事は、やっぱり色々と厳しそうですが・・・。」
物凄く不安そうな顔をして聞くと、赤城拓実は至って爽やかな笑顔で答えた。
「普通だよ?その辺の高校と同じだよ。特に厳しい校則も無いし、3年になるまでに何らかの実績が残せなければ、退学になるだけだよ。」
ハハッと爽やかに笑い軽やかに吐く言葉に、白澤勇人の顔は一気に青ざめた。
「普通じゃないじゃないですかっ!実績が残せないと退学だなんて学校、普通は有りませんよっ!てか何の実績を残せばいいんですかっ?」
慌ただしく叫ぶ白澤勇人に、赤城拓実は相変わらずの笑顔で軽い口調で言って来る。
「何でもいいんだよ。何か功績を残せば。それか、2年間試験で常に校内平均点以上をキープし続ければ、大丈夫だしね。」
ニッコリと微笑み、目の前で軽々しい口調で重大な事を淡々と話す男に、白澤勇人は只唖然とするだけだ。そしてこれからの学園生活に、とてつもない不安を覚えた。
「ちっ・・・ちなみに、平均点って何点なんですか?」
恐る恐る聞くと、「一科目大体90点」と一言だけ答えが返って来る。その答えを聞いた白澤勇人は、ホッと肩を撫で下ろした。
「なんだ・・・90点かぁ・・・。だったら大丈夫だ。よかった・・・。」
ホッと安堵する白澤勇人に、今度は赤城拓実が驚いた様子で聞く。
「大丈夫って、随分余裕みたいだけど・・・白澤君って中学の時成績どれ位だったんだい?」
「え?・・・いや・・・100点以外は取った事ありませんけど・・・。」
サラリと答える白澤君に、赤城拓実は窓に頭をゴツゴツと何度もぶつけながら、ブツブツと言い出した。
「へぇ・・・オール100点・・・。へぇ・・・凄いね・・・いいね・・・。へぇ・・・俺いつも99点止まり・・・へぇ・・・。」
落ち込む赤城拓実を、白澤君は面倒臭そうに、なんとかフォローをしようと試みるが、何も言葉が出て来ない。かと言ってこのまま放って置いても、更に面倒臭そうだったので、なんとか話題を切り替えようとした。
「あ・・・えっと・・・。あっ!そう言えば、赤城先輩って、もう何か実績を残したんですか?もう2年生だし、後1年しかないしっ。あーでも平均点キープしているから、大丈夫ですよねー。」
歪ながらも頑張って笑顔を作り言うと、赤城先輩は窓から頭を離し、クルリと白澤君の方へと体を回した。最後に顔を白澤君へと向けると、その顔は腹立つ程に嬉しそうな笑顔で満ちている。
「実はねっ!俺はもう既に残しているのだよっ!聞きたいかい?何をしたか、聞きたいかい?」
聞いてくれと言わんばかりに訴えて来る赤城先輩に、白澤君の顔はうんざりとする。だからと言って、このまま無視をしても、断ったとしても、またしがみ付きしつこく言って来る事は目に見えていた為、仕方なさそうに聞いた。
「何やらかしたんですか?」
素っ気なく言うと、赤城先輩は自信満々に両手を大きく広げ叫んだ。
「去年のバレンタインに、設立以来過去最高の数のチョコを受け取ったのだよっ!」
満足気に叫び終えると、褒めてくれと言わんばかりに、白澤君の瞳を見つめる。そんな赤城先輩を白い目で見つめる白澤君。どうやら実績や功績と言う物は、本当に何でもいいらしい。
「何?馬鹿なの?死ぬの?」
「・・・・・・・・・・。」
*以下略*
気を取り直して部室へと案内をされる白澤君。延々と続く長い廊下をしばらく歩くと、目の前に渡り廊下が見えて来た。その廊下の先には、何やら校舎とは作りの異なる建物が在る。パッと見は博物館の様な建物だ。
「この渡り廊下の向こうに在る別館が、同好会専用の建物だよ。この中に、色んな同好会の部室が在るんだ。」
建物を指差し説明をする赤城先輩。そんな赤城先輩の説明を聞き、白澤君の口はポッカリと開いてしまう。
「同好会専用の建物って・・・同好会の為に専用の建物が在るんですか?正式な部でも無いのに・・・。」
驚く白澤君を余所に、赤城先輩はハハハッと笑いながら言った。
「何度も言う様に、この学校は実績さえ残せれば何でもいいんだよ。だから同好会の活動中に、実績を残すって言う手段だってあるんだ。人の特技は様々だからね。同好会の建物も、その為の提供であり、何より同好会の数が多いから、丸ごと一軒提供してしまった方が、学校側も手っ取り早いんだよ。ハハハ・・・。」
そう言うと、スタスタと渡り廊下を進んで行った。
(要するに、全てを投げやりにしているいい加減な学校・・・と言う事でも有るのか・・・。)
白澤君は唖然としながらも、赤城先輩の後に続き渡り廊下を渡ると、同好会専用の建物の中へと入って行った。
入口に入ると、そこはサロンの待合室の様な作りになっており、奥の壁には何やら病院に有る院内案内表示の様な物があった。白澤君はその表示に近づくと、マジマジと見ながら書かれている文字を読み上げる。
「何々?スイーツ(笑)を滅ぼす会左F2、育毛研究会右F4、ネトウヨ同盟会右B1、デコ盛り製作会右F2・・・って・・・。何なんですか?このふざけた同好会ばかりの表示は・・・。」
うんざりとした顔で聞くと、赤城先輩も表示に近づく。
「あぁ・・・それぞれの同好会の部室への、案内標識だよ。この建物、右館と左館に別れていて、地下1階から6階まであるんだ。」
そう言ってニッコリと笑った。白澤君は口元を引き攣らせながら、バンバンと表示を叩きながら怒り気味に言う。
「そうじゃなくてっ!何でこんな糞みたいな同好会しか無いんですかっ?只の趣味の集まりじゃないですかっ!こんなの放課後にでも何でもやればいいじゃないですかっ!誰特ですかっ?」
「そりゃぁ・・・俺特じゃない・・・?」
力無い赤城先輩の返答に、白澤君も力無く溜息を吐く。何から何までふざけ切っている・・・そう思うと、自然と体中の力が抜け、脱力感が襲って来た。そんな白澤君の事等きにもせず、赤城先輩は嬉しそうな顔をして、表示の一番上を指差した。
「そして此処!左館6階に在るのが、我等が『B級ホラーを愛でる会』の部室なのだよ!」
嬉しそうにニコニコとする赤城先輩の顔は、初めて水族館にでも来たガキの様だった。
「はぁ・・・なんだか他の同好会の名前を見た後だと、先輩の同好会がまともに思えますね・・・。」
うんざりとしながら言うと、赤城先輩は更に嬉しそうな顔をして、目を輝かせて言って来る。
「だろう?うちの同好会はねぇ、B級ホラー好きの為の、B級ホラー好きの為だけに存在する、B級ホラー好きには溜まらない同好会なのだよ!」
「先輩・・・言いたい事は分かりますが、それは説明にはなっていませんよ・・・。」
白けた顔で言う白澤君であったが、赤城先輩の目の輝きは滲む事がない。
「何より我が同好会の最大の長所は、旧作から新作まで、好きなだけB級ホラーが見放題!と言う事なのだよ!」
大分興奮気味に力説をし始める赤城先輩に、白澤君は思い切り引いた様子で、徐々に近づいて来る赤城先輩から離れながら返事をする。
「はぁ・・・先輩はよっぽど好きなんですね・・・。と言うかそれは当たり前の事なんじゃ・・・。」
「その上!我が同好会には、この学校で一番人気の『林田黄美絵』先輩が居るのだよ!」
ハァハァと息を切らせながら言い終えると、赤城先輩は軽く咽た様子で、何度かコホコホと咳をした。赤城先輩の力説を聞き終えた白澤君は、キョトンッとした顔をし、首を傾げると、またも当然の疑問が頭に過り、その疑問を問い掛けてみた。
「あのう・・・。ふと思ったんですが、B級ホラー好きの人って結構居ますよね?自分も含めてそうだけど・・・。それに、その学校一の人気の人が居るのに、何で3人だけなんですか?」
当然と言えば当然の疑問だ。そしてその白澤君の疑問を聞いた赤城先輩は、それまでの熱気を一気に失い、氷点下に晒されるかの様に急激に顔を青ざめ落ち込んだ。
「それはね・・・会長のせいなんだよ・・・。」
力無く言う赤城先輩に、白澤君は更に不思議そうに首を傾げる。
「会長?それは部長みたいな役職の人ですか?」
赤城先輩はガックシと首をうな垂れたまま、話し出した。
「そう・・・会長は我が同好会のリーダーであり、この学校の生徒会長でもあるのだよ・・・。」
「生徒会長?そんな人が、こんな馬鹿げた同好会に入ってるんですか?」
驚く白澤君を余所に、赤城先輩はゆっくりと顔を上げ、遠い目をした。
「馬鹿げた・・・。それ、会長に言ったら殺されるよ・・・?この同好会を立ち上げたのは会長だし・・・。会長は三度の飯よりB級ホラーが大好物なんだよ・・・。そして黄美絵先輩は、会長の彼女なんだぁ・・・。」
ハァ・・・と深く溜息を吐くと、またガックシと首をうな垂れる。そんな赤城先輩の姿を見て、白澤君はニヤリと笑い、嬉しそうに言う。
「あぁ~・・・先輩、その黄美絵先輩って人に、振られちゃったんですね?その人に憧れて入いったはいいが、既に彼氏持ちで、かと言って諦められないから、ズルズルとそのまま在籍しているとか?」
クククッと悪意丸出しに笑うが、赤城先輩は一気に顔を持ち上げると、右手を前に翳し、真剣な眼差しでキッパリと否定をした。
「イヤッ!それは無い!俺が愛しているのは、様々な殺人者達が被るマスク達だ!我が同好会にはその数々のマスクが勢ぞろいしている!正に俺にとっては楽園の何物でもな・・・。」
「あーはいはい、分かりましたよ。だから最初に会った時もマスク被っていたんですね。」
白澤君はこれ以上喋らしても下らない答えしか返って来ないと悟り、まだ言い掛けている赤城先輩の言葉を遮り言った。と同時に、赤城先輩を馬鹿に出来なかった事への悔しさを噛み締める。
「それで?どうして会長のせいで3人なんですか?」
話を元に戻そうと聞くと、赤城先輩はまたしても顔を暗く沈ませ、落ち込んでしまう。
「あぁ・・・それはね・・・。会長が黄美絵先輩目当てに来る奴等を、片っ端から排除しているんだよ・・・。それと同時に、中途半端なB級ホラー好きは要らないと言って、入会試験として3日間休む事無く映画を見させ、その全ての作品の感想を完璧に言えた者しか、入れないから・・・。」
ゲッソリとした顔で言う赤城先輩を見て、白澤君の背筋はゾッとした。間違いなくこの人も、その入会試験を受けたのだと、顔を見れば分かってしまう。顔を青ざめる赤城先輩に釣られてではなく、自然と青ざめる自分の顔に気付くと、白澤君はそそくさとその場を出ようとした。・・・が、赤城先輩にガシッと腕を掴まれてしまう。
「どこへ行くんだい?白澤君!ここまで来たからには、もう逃がさないよっ!」
ギシギシと腕を力強く掴む赤城先輩。必死にもがき振り払おうとするが、ビクともしない。以外に力の有る赤城先輩に、白澤君は焦りと怯えを覚えながらも、必死に訴えた。
「おっおっ俺っ!別にそこまでして入りたい訳じゃ有りませんからっ!それにまだ見学の段階でしたよね?そうでしたよねっ?」
しかし白澤君の訴えは赤城先輩に届く事は無く、赤城先輩は腕を掴んだまま、ズルズルと白澤君の体を引っ張り、左館へと進んで行った。
「ちょっまっ!待って下さいよっ!先輩はマスクの為にあの拷問を耐えられたかもしれませんが、俺にはあんな拷問を受けてまで入いる、メリットが有りませんよおおぉぉぉー!」
必死にもがきながら叫ぶが、赤城先輩は強制連行を止めようとはしない。それ所か、赤城先輩の力はどんどんと強くなる。
「嫌なんだっ!来年1人は嫌なんだ!1人ぼっちは嫌なんだよっ!」
涙声で叫びながら白澤君を連行する、赤城先輩。そんな赤城先輩の言葉に、ハッと思い付いた白澤君は、それを大声で叫んだ。
「そっ・・・それなら、3年生が卒業してからは先輩がリーダーだから、入会の仕方を変えてしまえばいいじゃないですかっ!先輩程の美貌なら、先輩目当てで入って来る女子が沢山居ますよおおおぉぉぉぉー!」
白澤君の叫び声と共に、赤城先輩の体はピタリと停まった。そしてそのまま床へと倒れ込み、いつもの如く悶え始める。
「止めてっ!止めてっ!美貌とかって単語は止めてっ!」
アウアウと言いながら、頭を抱えクネクネと体を捻じ曲げ悶え苦しむ赤城先輩。その姿に、白澤君は「あぁ・・・。」と思い出す。
(そうだ・・・この先輩、美形とか美少年とかって単語が、苦手だっけ・・・。これから無理やり何かされそうになったら、この単語を連発してやればいいんだ・・・。これはいい攻略法を手に入れたぞ!)
クスクスと嬉しそうに笑うと、這い蹲る赤城先輩の元にそっと近づき、彼の耳元で囁いた。
「この美少年・・・。」
白澤君の囁きと共に、赤城先輩は更に体をくねらせ、顔を真っ赤にして「アアァァー!アァァァー!」と雄叫びを上げながら悶え苦しむ。その姿を、白澤君はケラケラを笑いながら見下ろした。
「さぁ~先輩。これ以上この脅威の単語を言われたくなければ、大人しくこの腕を掴む手を離して下さい?」
床で悶え苦しみながらも、赤城先輩はしっかりと白澤君の腕をまだ掴んでいた。そんな状態でも離しはしなかったのだ。しかし白澤君の脅迫に屈する事無く、赤城先輩はゼェゼェと息を切らし、涙目になりながら腕を離す事無く訴える。
「いっ・・・嫌だ!今ここで離してしまえば、二度と君に会う事は出来ないに決まっている!」
険しい顔をして言う赤城先輩。白澤君はその言葉を聞いて、残念そうに軽く溜息を吐くと、ニヤリと笑った。
「そうですか・・・。なら仕方有りませんねぇ~。」
クククッと不敵に笑い声を上げると、白澤君はあの単語を口にしようとする。赤城先輩は顔を青ざめながらも、なんとかしなければ・・・と必死に対策を考える。そして白澤君が口を開こうとした瞬間、赤城先輩はそれを遮る様にとっさに叫んだ。
「君にもっ、メリットが有る!」
赤城先輩の叫びと共に、白澤君は思わず口を閉ざした。
「君にも、我が同好会に入る事で、ちゃんとメリットが有るんだ!」
必死に訴えかける赤城先輩に、白澤君はフンッと鼻で笑うと、氷の様に冷たく言い放った。
「見苦しいよ先輩。時間稼ぎ?」
冷たい視線で見下す白澤君に怯えながらも、赤城先輩は賢明に訴えた。
「違うよー!ちゃんと有るんだよ!思い出したんだっ!我が同好会の特権を!」
握りしめた腕を、今度は両手で握り絞め、すがる様に言う。
「白澤君さぁ・・・海外旅行とか・・・好きかい?」
泣き付く様に言って来る赤城先輩の姿に、何とも情けない男だと感じ、顔を引き攣らせながら頷いた。
「まぁ・・・旅行は好きですけど・・・。と言うか、海外旅行なんて、高くて行った事有りませんよ。」
白澤君の言葉に、赤城先輩は暗闇の中に一寸の光を見付けたかの様に、情けない顔から一気に希望に満ちた顔に変わる。そんな赤城先輩の表情に、白澤君は更に顔を引き攣らせた。
「そうかぁー!海外旅行に行った事がないのかぁー!この貧乏人めー!ハハハッ!」
嬉しそうに言う赤城先輩に、心の底からムカついた白澤君は、あの単語を連発しようとした。そんな白澤君に気付いた赤城先輩は、すかさず土下座をし出し、必死に謝る。
「嘘です!ごめんなさい!嬉しさの余り調子に乗りました、ごめんなさい!」
「腕を掴んだまま土下座しないで下さい・・・。中腰になってキツイんですけど・・・。」 「あ・・・あの・・・ごめんね?痛かった?」
恐る恐る聞いて来る赤城先輩に、「別に・・・。」と冷たく一言だけ返すと、先程の話しの続きを聞く。
「それで?特権に海外旅行って、何ですか?」
素っ気なく聞く白澤君だったが、赤城先輩はついさっきまで申し訳なさそうにしていた事等、すっかりと忘れ、また嬉しそうな顔をして答えて来た。
「実はね、我が同好会の活動の一環として、現地視察があるのだよ!」
「現地・・・視察・・・?」
白澤君は首を傾げるも、何となく言いたい事は分かる様な気がした。B級ホラーとは言え、映画同好会でもあるのだから、実際の撮影現場の見学をしに行く・・・と言った物だろうと。
「そうっ!実際に撮影をされた場所に足を運び、見学をしに行くのだよ。流石に撮影現場の見学は、色々と難しいけど、撮影のあった場所や、舞台となった街とかに行く事があるんだ。そしてそれ等の殆どが、海外!だから、必然的に海外旅行に行ける・・・と言う訳。」
「成程・・・思っていたのとは少し違っていましたが、確かに舞台となった場所に行く事は、映画ファンとしては嬉しくて楽しい事ですよね。」
珍しく真面目に同好会の説明をする赤城先輩の話しに、白澤君はうんうん、と納得をしながら頷いた。そして赤城先輩の誘惑は更に続く。
「しかもっ!なんと旅費はタダなのだよ!」
タダと言う言葉に、白澤君は思い切り反応を示した。
「タダ?マジですかっ?え?何でタダなんですか?誰かが変わりに出してくれるんですか?それとも部費みたいな物が出るとか?」
少々興奮気味に聞くと、赤城先輩は顔をニヤリとさせ、得意気に説明をし始めた。
「フッフッフッ・・・その理由はね・・・。黄美絵先輩の家は凄くお金持ちで、その上かなりの親馬鹿だから、黄美絵先輩の親が娘の趣味の為に惜しみなく資金提供をしてくれるからなのだよ!」
どうだ参ったか、と言わんばかりに、赤城先輩は偉そうに腰に手を当て、胸を張った。唖然とする白澤君は、驚きと共にどうしようもないバカバカしさを覚える。
「それって・・・かなりの親馬鹿もいい所ですよね・・・。娘のアホみたいな趣味の為に、メンバー全員の旅費を持つんですか?まぁ・・・こちらとしてはありがたいけど・・・。黄美絵先輩の親って、何の仕事してる人なんです?」
なんで赤城先輩が偉そうに言っているのだ・・・と言ってやりたかったが、そんな事を言えばまた面倒臭そうだったので、黄美絵先輩への疑問だけを言った。すると赤城先輩は、腰に手を当てたまま、首を傾げる。
「さぁ?知らない。」
「えぇ?知らないんですか?同じ同好会メンバーでしょう?」
呆れながら言うと、赤城先輩は頭をポリポリと掻きながら、少し困った様子で言う。
「いやぁ・・・あの人学校以外でのプライベートな事は、余り話してくれないから・・・。聞いたら首絞められるし・・・。」
「首絞められるって・・・。」
よくよく見ると、赤城先輩の目は泳いでいる。実際に聞き、首を絞められた経験が有るのだな・・・と確信をすると、先にこの話を聞いておいてよかったと、ホッ息を漏らした。
なんだかよくは分からないが、会長のめちゃくちゃな入会試験と言い、黄美絵先輩の凶暴性と言い、馬鹿で無駄に美形の赤城先輩と言い・・・この同好会メンバーはロクな人材が居ないと言う事だけは確信をした。
しかし無料で海外旅行、と言う事だけはとても魅力的で、実際B級ホラー自体もどちらかと言えば好きな方である事から、白澤君は入るだけなら入ってもいいかもと思った。
「でも入会試験は嫌だなぁ・・・。」
ボソリと呟くと、軽く溜息を吐き、チラリと赤城先輩の顔を見た。
「ま・・・取り合えず部室へ行きましょう・・・。詳しい活動内容は一応聞いて置きたいし・・・。どんな腐った部室か見てみたいし・・・。」
力無く言うと、オドオドとしていた赤城先輩のテンションは一気に上がり、満遍ない笑みで頷いく。そして白澤君の手を取り、軽やかなスキップをしながら左館へと進んだ。
(いやぁ~やっぱり海外旅行と言う餌が効いたなぁ~。よかった!本当によかったっ!部室へ行ってしまえば、こちらの物だ!)
ウキウキと心を弾ませながら、左館に在るエレベーター前まで一直線に突き進む。白澤君はアタフタとしながら、ひたすら赤城先輩に手を引かれ連れられていた。
どうやっても腕を離そうとはしない赤城先輩に、白澤君は流石にうんざりとし、呆れた表情で言った。
「もー・・・逃げたりしませんから、いい加減離して下さいよ・・・。それに、その海外旅行ってのは、ちょっと興味が有るし・・・。」
ハァ・・・と溜息を吐くと、そんな白澤君の姿を見て、赤城先輩は申し訳なさそうに、そっと腕から手を離した。ようやく解放された白澤君は、肩をクルクルと回し、重りが外れたかの様に身が軽くなる。両手を組み、腕を気持ちよく上へと上げ背伸びをすると、スッキリとした表情を見せた。
エレベーター前まで辿り着くと、赤城先輩は上へのボタンを押し、エレベーターが到着するのを嬉しそうに待つ。しかしその間も、握りしめた白澤君の手を離しはしない。白澤君はうんざりとした顔で言った。
「先輩・・・なんでずっと俺の手握ってるんですか?」
「逃げられない為にだよ。」
笑顔で当たり前の様に言う赤城先輩に、白澤君の顔は更にうんざりとする。
チンッと言うエレベーターが到着をする音が鳴り、ドアが開くと同時に、赤城先輩は白澤君をエレベーター内に放り投げ、すぐに自分も乗り込み、手早く閉めるボタンを押した。
「ちょっ!なにも放り投げる事ないじゃないですかっ!」
投げられた勢いで奥の壁に突撃をしてしまった白澤君は、ズレた眼鏡を直しながら怒り声を上げる。そんな白澤君の事等気にもせず、赤城先輩は機嫌良さそうに6階のボタンを押した。
「さぁーすぐに部室だからねー!心の準備はいいかい?」
後ろに立つ白澤君の方へとクルリと顔を向けると、その顔は最高に嬉しそうは表情をしていた。対する白澤君は、最高に不満そうな顔をしている。
「あのう、行ってすぐ入会試験とかじゃありませんよね?」
不機嫌そうに聞くと、赤城先輩は機嫌良さそうに答える。
「あぁ・・・大丈夫だよ。今日は会長が居るかは分からないしね。」
「会長が居ないかもしれないんですか?・・・あぁ・・・生徒会の仕事とかが有るのか・・・。」
赤城先輩の言葉に、少しだけ安心をした白澤君であったが、逆に会長が居ないのであれば、まともな説明が聞けないのでは・・・と言う不安も覚えた。
「会長が居ないとなると、説明は誰がするんです?・・・まさか・・・赤城先輩ですか?」
物凄く嫌そうな顔をすると、赤城先輩はニッコリと笑い、白澤君の頭をポンポンと軽く数回叩いた。
「大丈夫だよ。黄美絵先輩は来ているはずだから。」
「はぁ・・・。」
(自分では役不足と言う事を、少しは自覚しているのか・・・。)
少なからずこの赤城先輩よりは、まともな説明をしてくれる事を祈った。
上へ上へと昇るエレベーターの中、白澤君は学校でエレベーターに乗り移動をする事に、違和感を抱き、学校と言うよりも会社に居る様な気分になった。そしてこれから向かう先は、面接会場だと言う気がし、今更ながら緊張をして来る。何とか緊張を解そうと、仕方なく赤城先輩に話し掛けてみた。
「それにしても、校内にエレベーターまで有るなんて、本当に凄い設備ですよね。さっき居た場所も、ソファーとか置いてあったし、なんか高待遇って感じで、恐縮しちゃいますよ。」
ハハハッとワザとらしく笑うと、赤城先輩はキョトンとした顔をする。そして呆れた様子で言った。
「何言ってるんだい?当然じゃないか。優秀な者が快適に過ごせる為に、作られているんだから。それに、さっき居た場所はロビーだよ?ソファーが有るのは当然じゃないか。ずっと思っていたんだけど・・・白澤君知らなさ過ぎだよ。ちゃんと新入生校内案内の説明を聞いていたのかい?あっ!さては寝てたんだろー?あれは長いからねぇ~。校内施設の説明から、校則やら概要と沢山有るから。校内地図を使っての説明まで有るからねぇ~。ハハハッ。」
可笑しそうに笑う赤城先輩に、白澤君は白けた顔をして言った。
「先輩・・・今日はまだ入学式だって事、忘れていません?校内案内説明会は、明日です・・・。」
白澤君の言葉を聞いて、ハハハハッっと笑っていた赤城先輩の笑い声は、ピタリと止まった。
「あっ・・・あれ?あっ・・・そうだったね・・・そう言えば・・・。」
*以下略*
エレベーターが6階へと到着すると、ドアが開くと同時に、またも赤城先輩は白澤君の手を掴み、廊下へと出た。白澤君は呆れた顔をし、もう突っ込む事すら面倒臭い様子で、そのまま手を引かれるがまま進む。一直線に伸びる廊下を進んでいると、左側には窓が有るが、右側は壁しか無い事に気が付いた。
「あれ?・・・先輩、この階全然ドアが有りませんね。入口は反対側なんですか?」
不思議そうに聞く白澤君に、赤城先輩はニコニコと嬉しそうに歩きながら答える。
「あぁ・・・。左館6階のフロアーは、全部我が同好会の部室なんだよ。だからほらっ!」
そう言うと、ピタリと停まり、目の前に現れた両開きの扉を指差した。
「ドアはここだけ。」
扉は明らかに不自然な位置に存在をしていた。一直線の廊下の途中、無理やり増設したかの様に、廊下を遮って扉は突如現れる。その上無駄にデカイ。
「え?ここって・・・なんか物凄く不自然さを感じるんですが・・・。てか6階全部がB級ホラーの同好会部室なんですか?たった3人なのに・・・。」
唖然としながら、目の前の大きな扉を見上げた。そんな白澤君に、赤城先輩はクスリと笑い、白澤君の反応に共感をする。
「やっぱり君も同じ反応をしたねぇ~。俺も初めて来た時は、白澤君と同じ様に驚いたよ。まぁ俺の時は、まだ2人だけだったんだけどね。ハハハッ。」
愉快そうに笑う赤城先輩。そんな赤城先輩の『2人だけ』と言う言葉に、白澤君は更に驚いた顔をして言う。
「えっ?2人って・・・。確か設立者は会長だって言っていましたけど、当時は2人だけの為にこんな無駄にデカイ扉と部室だったんですか?・・・って今も1人増えただけだからそんなに変わらないけど・・・。ここどんな構造になってるんですか?元々こんな変な作り?」
唖然とする白澤君に、赤城先輩は分かりやすく説明をしてあげる。
「元々他の階と同じ作りだったフロアーを、会長と黄美絵先輩が改造したんだよ。余分なドアは取り除いて、部室を更に広くする為に、廊下の途中から新たに壁を作ってそこにこの扉も作った。だから中も、全部改造してあるのだよ。仕切られていた壁も全部ぶち壊して・・・まぁ丸っとリフォームしたって所かな。全体の形としてはL字型かな?」
淡々と説明をする赤城先輩に対し、白澤君は茫然とするだけだ。どんな腐った部室かと思いきや、とてつもなく壮大な部室だったのだから。
「リフォームって・・・一生徒が勝手にそんな事していいんですか?」
「生徒会長の特権と、黄美絵先輩の財力を持ってすれば、平気だよ。」
ニコリと微笑む赤城先輩に、げんなりとした顔で白澤君は力無く言った。
「先輩・・・それ職権乱用と、金の力で捻じ伏せてるだけですよ・・・絶対・・・。」
はぁ・・・と深い溜息を吐くと同時に、異人だらけのこの同好会メンバーが、恐ろしく思え顔が引き攣る。対する赤城先輩は呑気にヘラヘラと笑っているだけだ。そんな2人の後ろから、穏やかな女性の声が聞こえて来た。
「あら?赤城君、めでたく1人連行出来たの?」
穏やかな声で、人聞きの悪い言葉だが、決して間違えてもいない発言をする女性。白澤君と赤城先輩は、その声の主の方へと振り返った。振り向くとそこには、サラサラストレートロングヘアーの、気品溢れる綺麗な女性が立っている。女性は優しそうな笑顔で、ニッコリと笑っていた。
「うわぁ・・・また凄い美人な人・・・。」
美しい女性の姿に見惚れてしまい、思わず頬が赤く染まってしまう白澤君。自然と口に出してしまった言葉に、女性は嬉しそうに言った。
「あら?どうもありがとう。でもそれは当然の事だから。今度そんな当たり前の事言ったら、殺しちゃうわよ。」
穏やかな声で優しい笑みを浮かべ、当たり前の様にサラリと言った女性の言葉に、白澤君の顔は一気に青色へと変色をする。そして同時に悟った。
(学校一の人気で凶暴性・・・間違い無い・・・。この人が黄美絵先輩だ・・・。)
気品の中からドヨドヨとした恐ろしいオーラが漂う事に勘付き、白澤君は思わず後退りをしてしまう。そんな白澤君の事等気にもせず、赤城先輩は元気よく女性に挨拶をする。
「黄美絵先輩、おはようございますっ!彼、我が同好会への入会希望者なんですよー!名前は白澤勇人君!」
嬉しそうに黄美絵先輩に白澤君を紹介すると、白澤君は慌ててその言葉を否定した。
「ちょっ!まっ待って下さい!希望者って訳じゃ有りませんよっ!まだ見学者ですっ!」
しかしそんな彼の言葉等聞く耳持たず、黄美絵先輩は更に顔をニコニコとさせ、挨拶をして来た。
「まぁ、それはようこそ。初めまして、B級ホラーを愛でる会のメンバー、3年生の林田黄美絵と言います。1年生が入ってくれるなんて、嬉しいわ。それじゃぁ・・・入会試験頑張ってね。」
そう言い終えると、ニッコリと笑い、優雅に2人の間を通り抜け、そのまま大きな部室の扉を開け、中へと入って行ってしまった。白澤君の顔は青ざめたままだ。
「ちょっとっ!先輩っ!なに勝手な事言ってるんですか?俺は希望者じゃ有りませんよ!まだ検討中の者ですっ!」
慌ただしく赤城先輩に怒鳴り付けるが、赤城先輩は相変わらず呑気そうに、ヘラヘラとした顔をしている。
「まぁーまぁー、いいじゃないか。興味が有るって事は、希望者と同じって事だしね。」
気楽に言って来る赤城先輩に、白澤君の首はガックシとうな垂れ、体中の力がどこかへと消え去ってしまったかの様な感覚に襲われる。そして仕方なさそうに、力無く言った。
「分かりました・・・もういいですよ・・・。腹をくくって、さっさと中に入りましょう・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は嬉しそうに満遍ない笑みを浮かべ、何度も頷いた。そして大きな扉は開けられたのだ。
誰が想像出来たであろうか・・・。いや、出来る訳が無い。彼の開いた扉が、恐怖への扉を開いたと言う事を・・・。




