仲直りの仕方は人それぞれ違う
放課後、赤城先輩は白澤君にしつこく言われた通り、部室へと向かった。心無しか重い足を引きずりながら部室の前まで行くと、じっと大きな扉を見つめる。ゴクリと生唾を飲み込み、扉を開けようとするも、中々手が動かず、その場に硬直してしまう。
赤城先輩は一端大きく深呼吸をすると、意を決して扉を開けようとした。その瞬間、鼓動は一気に高鳴り、全身に緊張が走った。
ギギ・・・と扉の開く音がすると、赤城先輩は恐る恐る部室内を覗きこみ、戸惑いながらも中へと入って行った。一歩一歩踏み出す足が重く、ゆっくりと中まで行くと、後ろからバタンッと扉がしまる音が響く。その音に思わずビックリし胸が跳ね上がると、勢いよく後ろを振り返った。
「な・・・なんだ・・・。扉が閉まっただけか・・・。」
ホッと息を吐いて前を向き直すと、いつの間にか目の前には会長の姿が在った。
会長の姿を目にした赤城先輩は、一瞬その場に固まってしまう。そして目を潤ませながら、声を震わせ会長の側へと近づいた。
「か・・・会長・・・。そっ・・・そのお姿・・・は・・・。」
目の前の会長の姿に、赤城先輩の体は感激の余り震えた。
「その・・・ちょっとした・・・償いのつもりだ・・・。白澤が・・・これを着て見せたらお前が喜ぶと・・・言っていたから・・・。」
会長は顔を真っ赤にしながら言うと、赤城先輩は更に感動をし、その場に膝まずいた。
「俺の・・・俺の夢にまで見た会長のお姿・・・。」
涙ながらに言う赤城先輩の目に映ったのは、プレゼントをした淡いピンク色のワンピースを身に纏い、カラコンも外した会長の姿だった。
青い瞳にふんわりとした可愛らしいワンピースを着た会長は、女の子らしくて正に西洋人形の様に可愛かった。
「白澤君・・・グッジョブ・・・。」
赤城先輩が馬鹿な事を呟いていると、会長は体をモジモジとさせながら、恥ずかしそうに言う。
「その・・・変じゃ・・・ないか?どうもこう言う服装は・・・イギリスに居た頃以来だから・・・そのっ、慣れていなくて・・・。」
そんな会長に、赤城先輩は目を輝かせながら嬉しそうに絶賛をした。
「とてもお似合いですよ!誰よりもお似合いですよ!やはりこう言う可愛らしい洋服は、会長の様な可愛らしい方が着てこそ本来の可愛らしさを発揮出来ると言う物です!俺のセンスに狂いはなかったっ!」
興奮気味に赤城先輩が言うと、会長は更に恥ずかしそうなにしながら、顔を少しムッとさせて言った。
「そっ、そんなに、可愛らしいと言う言葉を連発するな!余計・・・その、恥ずかしくなる・・・。」
そう言って顔を俯ける会長の姿に、赤城先輩は感無量の様子だ。
(なんとっ!会長が恥じらいを・・・かわゆいぞ!この上なくかわゆいぞ!このかわゆい会長は俺の物だっ!絶対に誰にも渡さんぞ!)
心の中で新たに決意をすると、赤城先輩はゆっくりと立ち上がった。そして今度は落ち着いた様子で、柔らかい笑顔を浮かべて言う。
「会長、俺がプレゼントをした洋服を着てくれて、ありがとうございます。とても嬉しいです。」
そう言ってニッコリと笑う赤城先輩に、会長は俯いたまま、照れ臭そうに言った。
「その、なんだ・・・。お前には悪い事をしてしまったからな・・・。それに、今まで貰った洋服達にも・・・。洋服は着て貰う為に有るのに、僕はそれを粗末にしてしまっていた。送る者の気持ち事・・・燃やしてしまった。だからこれは、そのお返しとお詫びにだ。もう・・・捨てたり燃やしたりはしない。」
「会長・・・。」
赤城先輩は感激をすると、そっと目に滲んだ涙を拭った。会長はゆっくりと顔を上げ、赤城先輩の顔を見ると、真剣な目をし、昨日の事を謝る。
「赤城・・・昨日は・・・その・・・。すまなかったな・・・。心の中では分かっているつもりだったが、抱きつかれた時に・・・まだ分かっていないと悟り驚いてしまった・・・。それで・・・自分でもどうしたらいいのか分からず、気が付いたら逃げてしまっていた。そのせいでお前を傷付けたのならば、謝る。すまなかった。」
そう言って頭を下げる会長に、赤城先輩は慌てて言った。
「やっ止めて下さい!会長!会長は悪くはありません!俺が・・・俺が会長のお気持ちも考えずに、自分の気持ちばかりが先走って、押し付けてしまったのがいけないのですよ。悪いのは俺の方です。頭を上げて下さい。」
会長はゆっくりと頭を上げると、今度は赤城先輩が頭を深く下げていた。
「本当に、申し訳ありませんでした!黒木が会長に抱きついたのを見て、俺はカッとなり、自分の感情を抑える事が出来なくなってしまっていました。」
赤城先輩がそう言うと、会長はそっと赤城先輩の頭に手を置いた。
「もう頭を上げろ。お互いに、まだまだ未熟だったと言う事だ。どちらが悪いとかではなく、どちらも反省すべき所を反省すればいい。」
頭の上から会長の優しい声が聞こえると、赤城先輩は涙を一粒落とし、ゆっくりと頭を上げた。目の前で優しく微笑む会長に、赤城先輩は嬉しそうにニッコリと笑った。
「そうですね・・・。反省は・・・大事ですからね。」
赤城先輩がそう言うと、会長は嬉しそうに笑った。そして会長は右手を赤城先輩に差し出すと、赤城先輩は会長の右手を左手でギュッと握り、2人は握手を交わす。お互いにニコリと微笑み、握手をした手が離れると、会長は頬を少し赤く染めながら、赤城先輩の顔から視線を逸らして言った。
「なぁ・・・赤城・・・。その、なんだ・・・もう一度、言ってみてはくれないか?」
「もう・・・一度?」
赤城先輩は不思議そうに首を傾げると、会長は更に顔を赤くさせ、恥ずかしそうに言う。
「その・・・あれだ。昨日僕に言った言葉と言うか・・・お前の・・・気持ちと言うか・・・・その・・・なんだ、あれだ、そう・・・あれ・・・。」
最後の方は口をモゴモゴとさせながら言っていると、赤城先輩はニッコリと笑い、頷いた。
「はい、喜んで言いますよ。俺は何度だって、会長への想いを言います。」
赤城先輩がそう言うと、会長は恥ずかしそうに体事後ろを向き、真っ赤に染まった顔をパンッパンッと掌で強く叩いた。もう一度クルリと赤城先輩の方に体を向けると、力強く立ち、臨戦態勢に入る。
「よしっ!いつでも来い!心の準備は出来ているぞっ!」
力強く会長が言うと、赤城先輩も力強く頷き、同じく臨戦態勢に入った。
2人して互いの顔を見つめ合うと、額に微かに汗が滲む。会長はゴクリと唾を飲み込むと、ゆっくりと口を開く赤城先輩から目を離さない様にする。
「会長・・・いや、葛城葵さん・・・。」
赤城先輩は会長の名前を呼ぶと、一度深呼吸をし、高鳴る鼓動を抑えながら再び言う。
「葛城葵さん。俺は、貴女の事が好きです。ずっと前から好きでした。愛しています。」
赤城先輩の言葉を聞き、会長の胸は一気にドキドキと高鳴ると、顔を真っ赤にするも今度はその場から逃げない様、ギュッと足を床に踏み込んだ。そして大きく深呼吸をすると、ゆっくりと目を閉じ、もう一度赤城先輩の顔を見る。
まだ胸はドキドキしている物の、先程までよりは少し落ち着き、会長はニコリと笑った。
「よしっ!今度は大丈夫だった!逃げなかったぞ!」
会長が嬉しそうに言うと、それまで緊張をしていた赤城先輩はクスリと笑い、一気に体の力が抜けた。
「そうですね、今度はちゃんと逃げずに、踏み止まる事が出来ましたね。」
クスクスと嬉しそうに笑いながら赤城先輩が言うと、会長もクスクスと笑い出す。
「そうだな。ちゃんと互いの顔を見合わせて聞けば、怖がる事も、逃げる事も無いんだな。」
そう言って会長はフゥ・・・と息を吐くと、穏やかな表情をさせて言う。
「赤城、お前の真剣な気持ちは、よく分かった。ちゃんと伝わったよ。でも僕は・・・。」
「いいんですよ、会長。俺は答えを求めている訳では有りません。只・・・ちゃんと伝えたかっただけですから、無理に答えを出す事は有りませんよ。」
会長の言葉を遮り、赤城先輩が言うと、会長は小さく首を横に振った。
「いや・・・ちゃんと最後まで言わせてくれ・・・。僕は、赤城の気持ちはとても嬉しい。だが・・・僕もそうかと言えば、正直まだよく分からない。それでも・・・それでも、男で一番好きなのは、間違い無く赤城だ。」
そう言ってニッコリと笑うと、赤城先輩は涙を浮かべながら、嬉しそうに無言で頷いた。
「それに・・・。」
会長は言い掛けると、少し恥ずかしそうにしながら続ける。
「それに、白澤から出された宿題の答えは、見付けた。」
そう言って、照れ臭そうに笑う会長の姿を、赤城先輩は首を傾げながら見つめ、不思議そうに聞いた。
「白澤君からの、宿題・・・ですか?それは・・・なんでしょうか?」
会長はニッコリと笑うと、元気よく答えた。
「結婚式だ!」
「結婚・・・式・・・ですか?」
赤城先輩は更に不思議そうにすると、会長は嬉しそうな顔をして言う。
「白澤に言われたんだ!もし黄美絵の結婚式に、家族や親戚以外の男と一緒に行くとしたら、誰と行くかと。大好きな黄美絵が、花嫁さんになる日だ。それを誰と一緒に祝いたいか、考えた。深く考えるなと言われたから、何も考えずに想像してみたんだ。そうしたら、自然とふと頭に浮かんだ。頭に浮かんだ者は、白澤だったよ。」
会長がそう言うと、赤城先輩は残念そうな顔をした。
「そうですか・・・白澤君でしたか・・・。」
沈む赤城先輩を余所に、会長は更に嬉しそうに続ける。
「僕は何となく納得をしたよ・・・。白澤は・・・僕と黄美絵が励まし続けていた相手だ。」
会長の言葉を聞いた赤城先輩は、ハッと白澤君のチャットの話しを思い出した。
「あ・・・チャットのメンバー・・・。」
赤城先輩がポツリと言うと、会長は少し驚きながらも、嬉しそうに頷いた。
「なんだ・・・お前も知っているのか。そうだ、チャットのメンバーだ。だから僕は、白澤なんだと思ったんだ。僕と黄美絵で白澤を励まし、白澤はそれで元気になった。そう言う事が有ると、妙な絆と言う物が生まれる。困難を乗り越えた者達だ。だから黄美絵の結婚式には、共に困難を乗り越えた白澤と一緒に、その一員である黄美絵を祝ってやりたい。だから黄美絵の結婚式には、白澤と一緒に行く。」
会長がそう言ってニッコリと笑うと、赤城先輩は微かに微笑んだ。
「そうですね・・・そう言う絆は、とても強いですからね。」
少し寂しそうに赤城先輩が言うと、会長は今度は照れ臭そうにしながら、また話し出した。
「だがそれは、1人しか連れて行けないからだ。何人でもいいなら、我が同好会員全員と行く。それに・・・逆の立場になった時の事を、想像してみたんだ・・・。僕が・・・花嫁になった時だ。それで・・・その・・・その隣には、誰が居るだろうかと・・・考えた。そうしたら・・・そうしたら、すぐに赤城の顔が頭に浮かんだ!これは・・・答えになるだろうか?」
そう言って、会長は照れ臭そうに笑った。赤城先輩は微かに顔を赤く染めると、目を輝かせ、嬉しそうに何度も大きく頷く。そしてゆっくりと会長の側に近づくと、そっと会長の体を優しく抱きしめた。
「それが・・・会長の出した答えなら・・・会長が正しいと思うのであれば、正解です。」
会長は頬を赤く染めながら、そっと赤城先輩の背中に小さく手を回すと、ゆっくりと目を閉じた。小さく高鳴る鼓動を感じると、これまでとは違い、とても安心感を覚えた。
「今度は・・・泣かないし怖くもない。とても・・・嬉しいし、とても安心をする。まだ僕は、恋と言う物がどんな物かよく分からないが・・・お前が僕に、教えてはくれないか?」
そっと小さな声で赤城先輩に言うと、赤城先輩は優しい声で言った。
「恋は目に見える物では有りません。感じる物ですよ。だから・・・会長が恋だと感じれば、それは恋なのですよ・・・。」
「なら・・・僕は赤城に恋をしている・・・。そう願いたい・・・。」
赤城先輩はゆっくりと会長から体を離すと、優しく微笑んだ。
「これからは、それを見付ける為に、俺と一緒に居てくれませんか?」
会長はゆっくりと頷くと、嬉しそうに笑って言った。
「これからは、僕の事を下の名前で呼んでくれ。黄美絵の次に、名前で呼ぶ事を許可する!お前は昇格だ!赤城!」
赤城先輩もニッコリと嬉しそうに笑うと、頷きながら言った。
「それなら、俺の事も、是非下の名前で呼んで下さい。葵さん。」
会長は恥ずかしそうにしながらも、ゆっくりと頷き言った。。
「あぁ・・・分かったよ・・・タカギ・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「葵さん・・・俺の名前が変わってしまっていますよ・・・。タしか言えていません・・・。」
赤城先輩はガックシと首をうな垂れ、悲しそうにシクシクと泣くと、会長は顔を真っ赤にしながら、頭を掻きむしった。
「すまん・・・練習する・・・。」
時計の針が午後3時を回る頃、黄美絵先輩は家の自室のソファーに座り、ボゥ・・・と窓の外を眺めていた。
平日の昼過ぎと言う事もあり、外に人気は無く、静まり返っている。
「いいお天気・・・。静かだし・・・ゾンビ日和ね・・・。」
ポツリと独り言を言うと、コンコンッと部屋のドアをノックする音がした。黄美絵先輩はソファーに座ったまま「どうぞ。」と一言だけ言うと、ドアから家のメイドのおばさんが入って来た。
「お嬢様・・・あの、お嬢様宛にお届け物が届いているんですが・・・。」
メイドのおばさんは、そう言って手に持つ四角い箱を黄美絵先輩に見せると、黄美絵先輩はどうでもよさそうに言う。
「あぁ・・・その辺の机の上にでも、置いといて頂だい。」
「はい・・。」
メイドのおばさんは言われた通り、黄美絵先輩の座るソファーの前の机に、そっと荷物を置くと、軽くお辞儀をし、部屋をから出て行こうとした。
「あの、また葛城様からお電話が有りましたら、どう致しましょうか?」
心配そうにメイドのおばさんが言うも、黄美絵先輩は窓の外を見つめたまま、素っ気なく答えた。
「留守だと言えばいいわ・・・。」
「しかし・・・。」
「留守だと言ってちょうだい!」
黄美絵先輩は顔をムッとさせながら、少し強く言うと、メイドのおばさんは仕方なさそうに頷いた。
「分かりました。お夕飯は、ちゃんと食べて下さいね。私が旦那様に怒られてしまいますから・・・。」
そう言うと、メイドのおばさんは部屋から出て行った。黄美絵先輩は、手元にあったクッションをドアに向かって思い切り投げつけると、不機嫌な顔をする。
「実際のメイドなんて・・・あんなおばさんばっかり・・・。なにが怒られるよ。事務的に報告しているだけの癖に・・・。」
そのまま倒れ込む様にソファーに横たわると、溢れ出す涙を唇を噛みして、ぐっと堪えた。
「最低ね・・・最低な事ばかり・・・。葵君の喜びの報告なんて・・・聞きたくないわよ。人に偉そうに言っている癖に・・・自分の気持ちもちゃんと言えないで・・・。相手の気持ちも聞く事が出来ないで・・・逃げてばかりで・・・。私・・・本当最低・・・。パパもママも最低。仕事ばかりで・・・。」
黄美絵先輩はそっと涙を拭うと、机の上に置かれた荷物をチラリと見た。
「どうせ・・・パパからでしょ。なによ・・・物やお金を与えれば、良い父親だとでも思っているの?」
横になったまま、片手で荷物を机の上から突き落とすと、四角い箱の角がグシャリと潰れた。黄美絵先輩は、目の前に転がり落ちた荷物をそっと覗くと、上に書いて有る宛名を見て、慌てて起き上った。そっと潰れた箱を机の上に戻すと、驚きながらも悲しそうな顔をする。
「白澤君・・・から?」
差し出し人には『白澤勇人』と書かれており、そっと潰れた箱を開け、中を覗いてみると、そこには半分潰れたワンホールのケーキが入っていた。
ケーキは苺が沢山乗ったショートケーキで、真ん中には大きな星の形をしたチョコレートが乗っかっている。
「このケーキ・・・。白澤君・・・もしかして思い出したの?」
黄美絵先輩は微かに嬉しそうに微笑むと、そっとケーキを箱の中から取り出した。
「よかった・・・星が割れていなくて・・・。」
ケーキを箱の中から取り出すと、その下にメッセージカードが有る事に気付き、そっとケーキを机の上に置くと、カードを手に取った。
カードには『教えてくれたお礼に、3時のお菓子です。携帯の電源を入れて。』と書かれていた。
「3時の・・・。」
黄美絵先輩はふと時計を見ると、針は3時5分を指している。もう一度カードを見ると、クスリと笑った。
「紅茶を入れなくちゃね・・・。」
そして戸惑いながらも携帯電話の電源を入れると、今まで溜まっていたメールが一気に受信された。その殆どが会長からのメールだったが、その中に一通だけ有る、白澤君からのメールを開いた。
「ホラーさん・・・へ?会ってお話がしたいので、今日の6時に、黄泉公園の展望台の上で待っています。必ず来て下さい・・・って・・・これ、本当に私宛に?」
黄美絵先輩は驚きながらも、不思議そうにすると、受信日を見た。日付は確かに今日になっているが、昨日から電源を切っている事を思うと、後から受信したせいかもしれない・・・とも思う。しかし時間を見て見ると、12時半過ぎになっている。
「12時半・・・。昨日だとまだ私が、白澤君に話す前だから・・・やっぱり今日・・・って事よね・・・。」
慌てて他の会長からのメールを開いて読むと、そこには昨日部室で赤城先輩とあった事や、その後白澤君と話した事、黄美絵先輩を心配する内容等が書かれていた。そして今日の事も書かれており、『どうしたらいいか』と何度も送られ、最後のメールには『白澤と会ってやってくれ』と書かれていた。
「そう・・・葵君、大変だったのね・・・。それなのに私の心配までしてくれて。なによ、喜びの報告って・・・。私、葵君がこんなにも悩んでいたのに・・・無視なんかして最低・・・。本当・・・私って最低な女ね・・・。」
黄美絵先輩は微笑みながら涙を流すと、会長にメールの返信をした。『白澤君と会います』とだけ・・・。
午後6時、白澤君は一端家に帰って着替えてから公園まで行くと、展望台の上でじっと黄美絵先輩が来るのを待っていた。辺りは薄暗くなっているが、心なしか日が落ちるのが遅くなっている気がした。
白澤君はポケットから携帯電話を取り出すと、受信メールを開き、会長から送られて来たメールを見る。そこには『黄美絵から会うとメールが来たぞ』と書かれていた。白澤君はじっと文章を見つめると、ハァ・・・と軽く溜息を吐き、携帯電話をポケットにしまう。
「本当に・・・来るのかなぁ・・・。もう6時だよ・・・。」
少し不安な気持ちになりながらも、柵の上に肘を置き、下に広がる街を見つめながら待ち続けた。
一つ、二つと街の灯りが増え始めると、いつの間にか辺りは真っ暗になっている。近くの街灯の灯りがハッキリと浮かび上がる頃には、既に7時を過ぎていた。白澤君は半分諦めながらも、会長のメールを信じ待ち続けていると、後ろから足音が聞こえて来た。白澤君はゆっくりと後ろを振り返ると、暗闇の中に人影が見え、こちらに近づいて来る。人影は街灯の明かりに照らされると、ハッキリとその姿を映した。
「黄美絵先輩・・・1時間も遅刻ですよ。」
白澤君はホッ肩を撫で下ろしながら言うと、ニコリと微笑んだ。黄美絵先輩は微かに微笑みながら、白澤君の側まで行くと、ニッコリと笑う。
「ごめんなさいね。女の子は仕度に時間が掛るのよ。他かが1時間位待てない男なら、もう用済みだったのだけども・・・貴方はちゃんと待っていてくれたのね。よかった。」
そう言うと、白澤君の隣に立った。白澤君は困った顔をしながら笑うと、黄美絵先輩の方を向いて言った。
「何時間でも待ちますよ。相手が黄美絵先輩なら、本当に用済みにされそうですしね。」
「そう?」
黄美絵先輩は小さくクスクスと笑うと、白澤君もクスリと笑った。
「なんか・・・新鮮ですね。黄美絵先輩の私服姿って、初めて見るや。」
白澤君がそう言うと、黄美絵先輩はニッコリと笑って言った。
「初めてじゃないでしょう?昔見ているわよ。」
すると白澤君は、可笑しそうに笑いながら言った。
「初めてですよ。あの時は、ドレスみたいな服着てましたから、私服とは言えませんよ。」
そんな白澤君の言葉を聞き、黄美絵先輩は少し恥ずかしそうな表情を浮かべた。
「やっぱり・・・思い出したのね。あんな昔の事、よく覚えていたわね。」
黄美絵先輩がそう言うと、白澤君はゆっくりと夜空を見上げながら言った。
「先輩の話しを聞いて・・・それから星空を見て思い出したんですよ。沢山の星型のチョコレートで飾られた、大きなケーキが、凄く印象的だったので覚えていたんです。それに凄く美味しかったし。」
「なぁに?覚えていたのはケーキだけ?その隣に居た可愛らしい女の子は、印象的じゃ無かったのかしら?」
そう言って黄美絵先輩はクスリと笑うと、白澤君は慌てて黄美絵先輩の方を見て、恥ずかしそうに言った。
「勿論、印象的でしたよっ!綺麗なドレスを着た可愛い子が、なんか・・・偉そうにしていたので・・・。でも視線はチラチラケーキの方に行っていて・・・可笑しかった。」
クスッと白澤君が笑うと、黄美絵先輩はクスクスと笑い出した。
「そう・・・私、そんなにケーキの方に視線が行っていたのね?知らなかった・・・。まだまだ未熟だったのね。フフフッ。」
可笑しそうに笑う黄美絵先輩の姿を見て、白澤君も思わずその時の事を思い出し、クスクスと笑い出した。
「本当、食べたそうな顔していましたよ。見ているとその内ヨダレが出て来そうで、目が離せなかったや。」
「そう?そんなに食べたそうな顔していた?でもヨダレは出ていないわよ。ちゃんと我慢したもの。」
ちょっとした懐かしい話しをして、2人は可笑しそうに笑っていると、しばらくして黄美絵先輩はフゥ・・・と息を吐き、笑うのを止めると、ニコリと微笑み白澤君の顔を見つめた。白澤君も笑いを止め、黄美絵先輩の顔を見ると、黄美絵先輩は穏やかな声で言った。
「ケーキ・・・どうもありがとう。美味しかったわ。でも・・・ケーキのお返しに本当の事を話したのに、そのお返しにケーキを貰うなんて・・・。私がお返しをした意味が無いわよ。」
「いいんですよ。あれは全部ひっくるめてのお返しだったので・・・。」
そう言うと、白澤君は軽く頭を下げ、お辞義をするとニッコリと笑って更に言った。
「もう1人のホラーさんへの、お返しも含めてですので。黄美絵先輩、ありがとうございました。」
黄美絵先輩は驚いた顔をすると、戸惑いながらも言う。
「それは・・・葵君だったから・・・。葵君にお礼を言ったんじゃなかったの?」
そんな黄美絵先輩に、白澤君は優しい笑みを浮かべると、会長と話していた事を話した。
「会長は、ホラーさんは会長と黄美絵先輩の、2人で1人だったんだって言っていました。俺も・・・そう思います。だって優しく慰めてくれたり、励ましてくれた『ホラーさん』は、黄美絵先輩の優しさだったから。だから『もう1人のホラーさん』の、黄美絵先輩にもちゃんとお礼が言いたかったんです。」
そう言ってニッコリと笑う白澤君の顔を、黄美絵先輩は薄らと涙を浮かばせ無言で見つめた。
白澤君はそっと黄美絵先輩の側に寄ると、少し顔を赤くしながら、じっと黄美絵先輩の瞳を見つめ、穏やかな声で言う。
「いつも励ましてくれて、いつも慰めてくれて、いつも優しい言葉をくれて、時には怒ってくれる・・・。顔も知らない、本当の名前も知らなかったけれど、貴女は憧れの人でした。PCの画面の中の貴女はとても優しく、いつでも真剣に話しを聞いてくれていました。文字と文字による、画面越しでの会話。それでも伝わって来る、優しさ。いつか文字での会話ではなく、直接貴女と話しをしたいと思う様になりました。お互いの顔と顔、目と目を見つめながら、声と声での会話をしたいと。そして貴女の顔を見て、自分の声で伝えたいと・・・。そう、願い続けました。ありがとう・・・。」
白澤君の言葉を聞いた黄美絵先輩の目からは、自然と涙が零れ落ちて来た。黄美絵先輩は流れ落ちる涙等気にせず、白澤君と互いに瞳を見つめ合った。そしてニッコリと微笑むと、震えた声で言う。
「どう・・・致しまして・・・。元気になって・・・本当によかった。」
黄美絵先輩はそっと涙を拭うと、またニッコリと笑った。白澤君は恥ずかしそうに顔を俯けると、ポケットの中からハンカチを取り出そうとする。すると黄美絵先輩は、白澤君の目の前にハンカチをそっと差し出した。
「ハンカチなら、もう借りているわ・・・。もう少し・・・借りていてもいいかしら?」
黄美絵先輩は涙を流しながら言うと、白澤君は優しく微笑み、嬉しそうに頷いた。
「はい、もう黄美絵先輩にあげますよ。ずっと借りていて下さい。」
白澤君がそう言うと、黄美絵先輩は手に持ったハンカチで涙を拭い、ニコリと笑う。そして2人は柵の前に並んで立つと、下に広がる街灯を見つめた。
「綺麗ね・・・。」
黄美絵先輩がポツリと言うと、白澤君は無言で頷いた。
「作り物の星だけど・・・綺麗・・・。」
また黄美絵先輩が言うと、白澤君は黄美絵先輩の肩を叩き、上を指差した。
「本物の星も、綺麗ですよ。」
白澤君がそう言うと、黄美絵先輩は白澤君が指差す方をゆっくりと見た。見上げて見たその先には、沢山の星がキラキラと輝いている。
「本当・・・綺麗ね・・・。」
黄美絵先輩は自然と笑みが零れると、嬉しそうに星空を見つめた。白澤君も星空を見つめながら、嬉しそうに見つめている黄美絵先輩にそっと話した。
「ここ、結構高い場所に在るじゃないですか?だから街灯とかが多くても、ちゃんと夜空の星も見えるかなって思って、待ち合わせ場所をここにしたんです。よかった・・・ちゃんと見えて・・・。」
黄美絵先輩は少し驚いた顔をしながら、白澤君の方を向くと、不思議そうに尋ねた。
「どうして・・・そんなに拘ったの?星なんて、繁華街じゃなければどこでも見えるじゃない。」
白澤君も黄美絵先輩の方を向くと、ニッコリと笑って言った。
「だって先輩、星好きでしょう?」
「え・・・?好きだけど・・・どうして知っているの?葵君から・・・聞いたの?」
驚きながらも戸惑う黄美絵先輩に、白澤君は照れ臭そうに言った。
「いえ・・・だって、先輩言ってたじゃないですか。あのケーキには、自分の好きな物が詰ってるって・・・。苺に、星型のチョコチップ・・・。あんなに沢山の星型のチョコチップが有るって事は、星が好きなんだなぁ~って思って。」
そう言ってハハハ・・・と恥ずかしそうに笑う白澤君の姿に、黄美絵先輩もクスリと笑った。
「本当、貴方は人をよく見ているわね。良い勘してるわ。」
黄美絵先輩にそう言われると、白澤君は更に恥ずかしそうにしながら言う。
「実はこの場所、赤城先輩に教えて貰ったんですよ。どこか・・・星が沢山見える場所はないかって・・・。俺・・・黄美絵先輩の気持ちとかって・・・考えた事が無かった・・・。だから、ちゃんと黄美絵先輩の気持ちを考えた場所がいいなって思って・・・。それで黄美絵先輩が、星・・・好きそうだったので・・・。」
黄美絵先輩は嬉しそうに微笑むと、優しく白澤君の頭を撫でた。
「そう・・・どうもありがとう・・・。とっても・・・嬉しいわ。」
そう言って白澤君の頭から手を退かすと、少し顔を赤くさせ俯いた。白澤君は顔を真っ赤にさせて俯くと、照れ隠しをする様に言った。
「それでっ、そのっ・・・この場所を教えて貰ったのはいいんですが・・・。実はこの場所って、赤城先輩がよく会長にフラれた時、1人コッソリ泣きに来ていた所みたいなんですよっ!ほらっ、学校からも近いし・・・。だからっそのっ・・・コッソリ来る時は、赤城先輩が泣いている姿が無いか、確認してからの方がいいですよ。」
黄美絵先輩はクスリと笑うと、可笑しそうに頷いた。
「そうね・・・先客で赤城君が泣いていたら・・・鬱陶しいものね。」
そう言ってクスクスと可笑しそうに笑う黄美絵先輩に、白澤君も顔を赤くさせたまま、小さく笑った。
人気の無い静かな公園の展望台に、2人の小さな笑い声が響くと、思わず2人はハッと周りを見渡してしまう。
「赤城先輩・・・居ないですよね?」
苦笑いをしながら白澤君が言うと、黄美絵先輩は可笑しそうに言った。
「居ないみたいね。今日は・・・フラれなかったのね。」
そしてお互いに顔を見合わせると、クスリと笑った。
「赤城君が居ないって事は・・・葵君、今日は頑張ったのかしら?」
黄美絵先輩がそう言うと、白澤君はハッと気付いた顔をし、慌てて黄美絵先輩に聞いた。
「黄美絵先輩、ちゃんと知ってるんですか?会長と赤城先輩の事・・・。」
すると黄美絵先輩は困った顔をしながら、自分に呆れた様子で言う。
「詳しくは・・・知らないのよ。葵君からのメールを見ただけだから・・・。私ったら・・・ずっと葵君からの連絡を無視してしまっていたから・・・。駄目よね、葵君が頑張っていた時に・・・私は・・・。」
そう言うと、ゆっくりと顔を俯けた。そんな黄美絵先輩に、白澤君は優しい笑顔をして言う。
「逆によかったと思いますよ。会長は、一度ちゃんと自分1人で考える時間が必要だったんですよ。そのお陰で・・・今日は頑張れたんです。今日放課後、赤城先輩から一度も電話もメールも来て無いんですよ。それって、嬉しさの余り忘れているか、ショックの余り屍になっているかの、どっちかじゃいないですか?どちらにしても、会長は頑張って赤城先輩と向き合ったって証拠です。」
「そうね・・・きっとそうね。葵君は、本当は強い子だものね。」
黄美絵先輩はゆっくりと顔を上げると、ニコリと微笑んだ。白澤君も微笑むと、黄美絵先輩は柵の上に置かれた白澤君の手の上に、そっと自分の手を乗せ重ね合わせた。
「私も・・・頑張らないと駄目ね。人に偉そうに言っている癖に、自分が弱虫じゃ・・・どうしようも無いものね。」
そう言ってニッコリと笑うと、白澤君の心は思わずドキッとしてしまう。白澤君は段々と高鳴る鼓動の音を感じると、また自然と顔が赤くなってしまい、とっさに黄美絵先輩から視線を逸らした。黄美絵先輩は重ねた白澤君の手をギュッと強く握ると、軽く息を吐いてから小さい声で言う。
「私は・・・貴方の事が好きよ・・・。」
微かに聞こえた黄美絵先輩の言葉を耳にし、白澤君は顔を赤くさせたまま、ゆっくりと黄美絵先輩の顔を見ると、その顔もまた赤く染まっていた。
黄美絵先輩は恥ずかしそうに笑うと、白澤君の顔から視線を外す事無く言う。
「いつからだなんて・・・下らない事は聞かないでね。私にだって・・・分からないんだから。」
そう言って恥ずかしそうにする黄美絵先輩が、いつも以上に綺麗に見え、白澤君は無言で見つめ続けてしまう。
黄美絵先輩はそっと握り締めた手を離すと、ゆっくりと白澤君から顔を背け、俯いた。すると白澤君は、とっさに離された黄美絵先輩の手を握った。手を握られた黄美絵先輩は、ハッと勢いよく白澤君の方を向くと、白澤君はじっと黄美絵先輩の顔を見つめている。
白澤君はギュッと強く黄美絵先輩の手を握ると、自然と自分の気持ちが零れ出た。
「俺も・・・好きです・・・。」
白澤君の言葉を聞いた黄美絵先輩は、目を潤ませながら驚くと、何かを言おうとした。その瞬間、白澤君は黄美絵先輩が何かを言う前に言う。
「いつからだなんて・・・下らない事は聞かないで下さい。先輩に言われて・・・俺・・・今分かったんですから・・・。」
黄美絵先輩は優しく微笑むと、無言で頷いた。白澤君はそっと握り締めた黄美絵先輩の手を離すと、恥ずかしそうに手の甲を口元に当て、黄美絵先輩から視線を逸らして言った。
「あのっ・・・その・・・。俺よく分かんないですけど・・・。黄美絵先輩も・・・会長も俺の憧れの人だったんですけど。きっと俺・・・そう言うの抜きで・・・先輩の事が・・・好き・・・なんだと・・・思います・・・。」
恥ずかしそうに顔を赤くさせて白澤君がそう言うと、黄美絵先輩は顔を赤くするも、嬉しそうに微笑み、ニッコリと笑って言った。
「私もよ。私も・・・そう言うの抜きで、貴方の事が好き・・・。」
そう言うと、黄美絵先輩は白澤君の胸の中に、そっと抱き付いた。トクトクと音を立てる自分の鼓動を、黄美絵先輩は心地よさそうに聞く。
白澤君は黄美絵先輩に抱き付かれ、その場に硬直してしまうと、胸の鼓動がバラバラに高鳴り出してしまう。大きな音になったり、小さな音になる白澤君の鼓動を耳にしていた黄美絵先輩は、ふと不思議そうに白澤君の顔を見上げた。
「白澤君?」
黄美絵先輩はそっと白澤君の体から少し離れ、白澤君の顔をハッキリと見ると、その顔は真っ青になっており、直立したまま固まってしまっていた。
「あらやだ・・・どうしましょう・・・。」
黄美絵先輩は白澤君から離れると、ガチガチに固まっている白澤君の姿を見て、軽く溜息を吐いた。
「貴方・・・童貞だったのね・・・。これから先が大変そうねぇ・・・。」
そうぼやくと、しばらくは動きそうに無いからソッとして置こうと思い、街のネオンを鑑賞する事にした。
次の日の放課後、白澤君は緊張をした様子で、同好会専用の棟の1Fエレベーターの前に立ち、何度も深呼吸をしていた。息を吸っては吐いてと、大きく深呼吸をすると、意を決した顔をし、エレベーターのボタンと押そうとする。その瞬間、後ろからポンッと軽く肩を叩かれた。驚いた白澤君は、一瞬からだが跳ね上がってしまい、勢いよく後ろを振り返る。すると後ろには、黄美絵先輩がニッコリと微笑みながら立っていた。
「おはよう、白澤君。」
黄美絵先輩が笑顔で言うと、白澤君は顔を真っ赤にさせながら、慌てて挨拶をし返した。
「おっ、おはようございますっ!そのっ・・・おはようございます。」
2回も言うと、黄美絵先輩は可笑しそうにクスリと笑い、エレベーターのボタンを押した。
「昨日は放置して帰ってしまって、ごめんなさいね。でも白澤君ったら・・・全然動かないんですもの・・・。流石にあのまま居続けるのは、ちょっとね。」
黄美絵先輩がそう言うと、白澤君は恥ずかしそうに俯きながら謝った。
「いえ・・・なんかすいませんでした・・・。き・・・気付いたら黄美絵先輩が居なくてビックリしましたが・・・。時計を見て更にビックリしましたよ。俺、3時間近く・・・固まってしまっていたんですね。なんか・・・思考回路が完全に停止してしまっていたみたいで・・・その・・・。」
そう言って軽く頭を掻くと、黄美絵先輩はクスクスと可笑しそうに、笑いながら言って来る。
「ビックリしたのは私の方よ。だって白澤君・・・抱き付かれた位で固まってしまうんですもの。考えてみたら、当然よね。だって中学時代はずっと引きこもり生活だったから・・・。当然、童貞に決まっているわよ・・・。」
「あああぁぁぁ!いいですっ!それ以上は言わなくても分かりますっ!しっ、仕方が無いじゃないですか。だって・・・その・・・そんな機会有る訳無いし・・・。」
白澤君は慌てて黄美絵先輩の言葉を遮ると、更に顔を赤くさせ恥ずかしそうにした。
その間にエレベーターが到着をし、2人はエレベーター内に乗り込むと、部室の在る6Fへと向かう。エレベーターの中で2人並んで乗っていると、黄美絵先輩はクスッと笑った。
「きっと皆、驚くでしょうね?」
嬉しそうに黄美絵先輩が言うと、白澤君は顔を俯けたまま、微かに微笑んで言った。
「そうでしょうね・・・。でも、別に特別変わったって事が有る訳じゃないし・・・。」
「あら?変わったわよ!貴方が私の彼氏になったのだから、周りの対応も変わってくるんじゃない?」
黄美絵先輩は嬉しそうにニッコリと笑い言うと、白澤君は驚いた顔をして、黄美絵先輩の方を向いた。
「え?・・・俺・・・黄美絵先輩の彼氏なんですか?」
キョトン、とした顔で白澤君が聞くと、黄美絵先輩は少し呆れつつも、笑顔で言う。
「当然でしょう?だって貴方も、私の事が好きだと言ったじゃない。両想いなら、当然彼氏彼女の関係になるのが、自然の流れよ。だから貴方は、夕べから私の彼氏です。彼氏になったからには、いつも以上に働いて貰うわよ。」
そう言ってニッコリと笑う黄美絵先輩に、白澤君は少し戸惑いながらも「はい・・・。」と頷いた。
(彼氏と言うより・・・ペットになったって気がしてならないんだけど・・・。いつも以上に働いてって・・・黄美絵先輩の今までの彼氏は、どんだけ扱き使われていたんだろう・・・。)
頭の中でふと思うと、白澤君の顔は自然と青ざめてしまう。そんな白澤君に、黄美絵先輩はクスリと笑って言った。
「心配しなくても、奴隷の様に扱き使ったりしないわよ。私の話し相手として、沢山働いて貰うだけよ。」
それを聞いた白澤君は、一瞬心が読まれたのかと思い、ドキッとするも、ホッと安心をした様子で息を吐いた。
「あ・・・あぁ・・・。そう言う意味ですか。それなら、喜んで話し相手になりますよ。」
そう言って微かに笑うと、黄美絵先輩はニッコリと嬉しそうに微笑んだ。
気付いたらエレベーターは6Fへと到着し、2人はエレベーターから降りると、部室へと向かって歩く。黄美絵先輩はそっと白澤君の手を握って歩くと、白澤君は照れ臭そうに顔を黄美絵先輩から逸らすも、そっと手を握り返した。2人仲良く手を繋いで歩いていると、黄美絵先輩が珍しく自分の事を話し出した。
「私ね、家では話し相手が居ないのよ・・・。父も母も仕事が忙しくて、殆ど顔を合わせないし、家のメイドはおばさんだから話しも合わないし・・・。葵君とは電話でよく話すけれど・・・やっぱり弱音を吐いたり甘えたりした時だって有るじゃない?男の人に!だから白澤君には、沢山甘えてしまうかもしれないわね。」
そう言って少し恥ずかしそうに笑うと、白澤君は黄美絵先輩の方を向き、ニッコリと笑った。
「それは俺の方かもしれませんよ。なんか黄美絵先輩に、頼ってばかりになっちゃいそうな気がします。・・・ご両親って・・・やっぱりお偉いさんだから忙しいんですか?メイドが居るなんて・・・本当、黄美絵先輩の家ってお金持ちなんですね・・・羨ましいな。庶民の俺が相手でマジいいのかな?って不安になりますよ。」
冗談混じりに言いながら、クスクスと笑うと、黄美絵先輩は軽く溜息を吐いた。ゆっくりと白澤君の顔を見つめると、不機嫌そうな表情をさせて言う。
「羨ましくなんか無いわよ。只お金が有るってだけで、それ以外には何にも無いのよ?私は一人っ子だから、両親が甘いのは分からなくも無いけど・・・。愛情を物やお金でしか示していないのよ?拳で示されるよりはマシかもしれないけれど・・・夜枕元で絵本を読んで欲しいわよ。」
そう言って顔をムッとさせる黄美絵先輩に、白澤君は更に可笑しそうにクスクスと笑って言う。
「あぁ、だからこの同好会の旅費とかも出してくれるんですね。愛情の一環として!いいじゃないですか?小言を毎日言われるよりはずっとマシですよ。」
「もうっ!分かっていないわねぇ!」
黄美絵先輩は顔をムスッとさせ、不機嫌そうに言うと、プイッと白澤君から顔を逸らした。そんな黄美絵先輩の姿に、白澤君は嬉しそうに微笑むと、繋いだ手をギュッと強く握った。
「なんか嬉しいです。先輩が自分の事を、俺に話してくれて。俺の事は、もう全部知ってると思いますが・・・俺は黄美絵先輩の事まだ全然知らないから、そうやって話してくれると、凄く嬉しいですよ。」
そう言ってニッコリと笑う白澤君の顔を、黄美絵先輩は顔を微かに赤く染めながら、そっと見つめた。そして照れ臭そうに言う。
「彼氏には・・・その特権が有るのよ。本当に心を許した相手だからこそ、話すのよ?私の泣き事は・・・家の事が多いから、普段は言わないだけなのよ。」
「へぇ・・・黄美絵先輩って、なんで秘密主義者なんだろうって思っていましたが・・・。それが泣き事だったから、言わないだけだったんですね。」
白澤君が意外そうに言うと、黄美絵先輩は頷き、恥ずかしそうに顔を俯けた。
(なんだ、強がってただけなのか。最初の頃は怖い人だと思っていたけど、こうして話してみると、普通の女の子なんだな・・・。)
そう思うと、白澤君はクスリと笑った。
*以下略*
2人が部室の扉の前まで来ると、そっと繋いでいた手を互いに離した。白澤君と黄美絵先輩は顔を見合わせると、お互いに少し緊張をした顔をしている。
「えっと・・・会長と赤城先輩は・・・ちゃんと来ていますかねぇ・・・?」
不安そうに白澤君が言うと、黄美絵先輩も不安そうな顔をして言った。
「来ているとは思うけれど・・・。あの後どうなったのかは、お互い知らないものね。私達の事だって・・・黒木や翠ちゃんも全然知らないでしょうから・・・。」
2人してその場で溜息を吐くと、白澤君は力無く言った。
「まぁ・・・取り合えず入りましょう。居ないなら居ないで、居たら居たで教えればいいだけですし・・・。」
「それもそうね・・・。」
黄美絵先輩も力無く言うと、2人はゆっくりと部室内へと入って行った。
部室内へと入ると、目の前に広がる光景に、2人は目を真丸くさせ驚き、その場に固まってしまう。
「な・・・!これは・・・。」
真っ赤に染まった室内に、白澤君は後退りをしながら、自分の目を疑ってしまった。対する黄美絵先輩はキラキラと目を輝かせ、感激をしている様子だ。
「あらあらまぁまぁ!何て素晴らしい光景なの!」
目の前に広がる光景は、其処等中に血が飛び散り、会長、黒木、翠ちゃんは血塗れになりながら、無残にも床へと転がっていた。そしてその真ん中には、血で塗り尽くされた斧を手にし、返り血を浴びた赤城先輩が茫然と佇んでいた。
地獄絵図の様な光景に、白澤君はゴクリと生唾を飲み込むと、そっと足元で転がる会長に近づこうとする。すると赤城先輩が、ゆっくりと白澤君達の方を向き、擦れた声で言って来た。
「白澤君・・・黄美絵先輩・・・。やっと・・・来てくれたのですね・・・。」
フラフラと体を左右に揺らしながら、足元をふら付かせて近づいて来る赤城先輩に、白澤君は思い切り深く溜息を吐いた。そして白けた顔をして、素っ気なく言う。
「赤城先輩・・・なに馬鹿な事やってるんですか・・・。てか、これ誰が掃除すると思ってるんですか?責任持ってちゃんと自分で掃除して下さいね。」
すると赤城先輩は、慌てて白澤君の側まで駆け寄り、泣き付く様に叫んだ。
「違うよ!俺じゃないっ!最初にやったのは黒木だよ!だから掃除は、黒木が責任を持ってするよ!」
赤城先輩がそう言うと、床に血塗れで倒れていた黒木が、顔を真っ青にしながら慌てて起き上り、訴える。
「なっ!自分だけッスか?翠も一緒にやったんッスよ?それに赤城先輩だって便乗したじゃないッスか!連帯責任ッス!」
すると足元に転がっていた会長も、ゆっくりと起き上り、残念そうな顔をして言う。
「なんだ・・・やはり白澤達も騙せなかったな・・・。即バレじゃないか・・・。」
「やっぱり・・・拓実先輩が犯人役って言うのが・・・リアリティが無くて駄目だったんじゃないですか?」
そう言って翠ちゃんもゆっくりと起き上ると、顔に付いた血糊をハンカチで拭き始めた。皆してガッカリとした様子で、その場から立ち上がると、詰らなさそうな顔をする。そんな死体役の人達に、黄美絵先輩は嬉しそうな顔をしながら言った。
「あら?死体は十分リアリティが有ったわよ?血の塗り方とか、飛び散り方とか、本物そっくりだったもの。只・・・赤城君も死体になっていた方が少しは信じたかもしれないわねぇ・・・。」
「ま・・・赤城先輩がやるとギャグになっちゃいますからね・・・。人選ミスですよ。」
白澤君は黄美絵先輩の言う事に納得をしながら言うと、赤城先輩は悲しそうに斧を床に落とした。
「な・・・何故だ!俺が犯人だと、意外性が有って結構リアルに感じちゃったりしないかい?ほらっ、普段虫も殺せなさそうな男が、実はサイコ殺人鬼だったとか、よく有る話しではないか!」
赤城先輩は必死に訴えるも、白澤君と黄美絵先輩は呆れた顔をして首を横に振った。赤城先輩はガックシと首をうな垂れると、悲しそうにトボトボとソファーへと向かい座る。黄美絵先輩は室内を見渡すと、ハァ・・・と息を吐いて困った顔をして言った。
「それにしても・・・本当、掃除が大変そうねぇ・・・。」
「俺は絶対手伝いませんよ。てか・・・そもそも何でこうなったんですか?皆制服にまで血糊着けて・・・落ちなかったらどうするんです。」
白澤君も呆れながらに言うと、血糊塗れの全員の制服を見つめた。
「あぁ・・・それなら大丈夫。水性のヤツだから、洗濯すれば落ちるよ。」
ニッコリと笑いながら翠ちゃんが言うと、白澤君は軽く溜息を吐く。
「水性って・・・制服白なんだから、ちゃんと漂白剤使うかクリーニングに出さないと、綺麗に落ちないよ。」
呆れた顔で白澤君が言うと、会長は自信満々な笑顔を見せて言った。
「問題無い!活動中の一環として汚れた制服ならば、学園から新しい制服を無償で支給して貰えるからな!」
すると黒木が、驚いた顔をしながらも嬉しそうに会長の側まで駆け寄り、少し興奮気味に言う。
「ま・・・マジッスか?そんな制度有るんッスか?しまった・・・だったらもっと沢山血糊塗ればよかった・・・。遠慮して背中とかに塗るのは止めちまった。」
頭を抱えながら後悔をしている黒木に、白澤君は更に溜息を吐いた。
「それで、何でこう言う状態になったんですか?」
改めて白澤君が聞くと、会長は淡々説明をし出した。
「いやな・・・僕と赤城が部室へ行った時には、既に黒木と翠が死体となっていたんだ。しかし余りにお粗末でな。それで僕が手本を見せてやろうと指導していたんだが・・・。せっかくだから白澤と黄美絵で実戦をしてみようと言う事になってだなぁ・・・。」
会長の説明を聞き、白澤君はチラリと翠ちゃんの方を見ると、今度は翠ちゃんが慌てて説明をし出した。
「あっあのっ・・・黒木君とサプライズ的な事をしようって相談して・・・。それで殺人が起きた様に見せて驚かせようって事になったんだけど・・・。すぐに会長達にはバレちゃって・・・。それで・・・。」
「そしたら、会長と赤城先輩が『甘い』って言って、室内にも血糊撒き散らし出したんだよっ!自分等は最初は床とか汚さねぇ様に、制服と顔にだけ塗ったんだ。だからこんなに汚したのは、自分等じゃねぇよっ!」
慌てて黒木も説明をすると、黄美絵先輩は物凄く呆れた様子で言う。
「全然駄目ね・・・黒木と翠ちゃんは・・・。ドッキリをするなら、徹底的にやらなくちゃ!そんなチャチなやり方じゃぁ・・・葵君も私も騙せないわよ・・・。もっとこう・・・ソファーが切り刻まれていたり、机がひっくり返って物が散乱していたりと、抵抗をした後も演出しなくちゃ!血の飛び散り方とかは、葵君が指導しただけあってリアルだったけれども・・・。まぁ、一番の誤算は赤城君が犯人役だったって事ね。」
再び赤城先輩の役の批判を言うと、ソファーに座り落ち込んでいた赤城先輩は、悲しそうに泣いてしまう。白澤君は顔を引き攣らせると、そっと黄美絵先輩の言った。
「黄美絵先輩が参加していなくて、マジでよかったですよ・・・。部室破壊しないで下さいね。」
会長は黄美絵先輩の言う事に、納得をする様に大きく頷くと、残念そうな顔をして言う。
「まぁ、僕もそれ位やりたかったんだがなぁ・・・。何しろ時間が無かったからな。それに黒木と翠は、僕等を元気付けようとやった事らしいから、これは連帯責任として、全員で掃除をするぞっ!」
そう言ってニッコリと笑うと、白澤君は物凄く嫌そうな顔をした。
「俺・・・関係無いのに・・・。」
ボソリと白澤君が言うと、翠ちゃんは申し訳なさそうにしながら言う。
「あっ・・・あの、ごめんなさい・・・。なんか皆落ち込んでいるみたいだったから・・・。少しでも元気付けようと思って・・・それで・・・。私も黒木君も、何の役にも立てないから、それ位なら出来るかなって思ったの・・・。でも逆に迷惑掛けちゃって・・・。」
「自分等だって、メンバーなんだから、少し位は役に立ちたかったんだよっ!だから・・・翠と一緒に考えて、用意だってしたのに・・・。まさか駄目だし喰らってこんな有様になるなんて・・・予想外だったんだよ・・・。」
そう言って黒木も少し申し訳なさそうにすると、白澤君は溜息を吐いて仕方なさそうな顔をして言った。
「メンバーだったら、ちゃんと徹底的にやれよな。この人達のホラー好きを考えたら、本物の死体でも持って来ないと、喜ばせられないよ。エイリアンの一匹でも捕まえる意気込みじゃないと。」
そう言ってニッコリと笑うと、黄美絵先輩と会長はクスクスと笑い出した。
「確かに、白澤君の言う通りねぇ。それ位の気合いが無いと、メンバーとしては付いて行けないわよ?赤城君は未だにジェイソンの捕獲を諦めていないし。」
「黄美絵は、無理やり悪魔払いの見学をしに行く位だしな。」
黄美絵先輩と会長が可笑しそうに笑いながら言うと、白澤君は顔を引き攣らせた。
「な・・・マジでそんな事やってるんですか?俺半分冗談のつもりで言ったのに・・・。」
苦笑いをする白澤君に、会長は嬉しそうに言う。
「それがこの同好会だからなっ!だから黒木と翠の発想は悪くは無いぞ!」
そんな会長の言葉に、黒木と翠ちゃんは互いに顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。白澤君はクスリと笑うと、呆れた顔をしながらも、嬉しそうに言う。
「発想じゃなくて、2人の気持ちは悪くないですね。・・・掃除、しましょうかっ!」
そう言うと、全員ニッコリと笑って頷いた。
*以下略*
汚れた部室内を全員で掃除をしていると、白澤君は泣きながら床を掃除をする赤城先輩の元へ、そっと寄った。
「赤城先輩・・・。」
コッソリと小声で話し掛けると、赤城先輩は沈んだ顔をして白澤君の方を振り向いた。
「あぁ・・・白澤君・・・。何だい?そんなに俺、演技下手糞だった?」
赤城先輩がそう言うと、白澤君は少し口元を引き攣らせながらも、また小声で言う。
「その事はもういいですよ・・・。それより、昨日は大丈夫だったんですか?一度も連絡無いから、少し心配しましたよ。」
それを聞いた赤城先輩は、一気に目を輝かせると、嬉しそうに言って来た。
「あぁ、その事か。それならば、心配をする事は無いよ!ちゃんとデジカメで写真に収めたからっ!白澤君、ありがとね。」
白澤君は軽く溜息を吐くと、呆れた顔をして言った。
「だから・・・そんな馬鹿な事を聞いてるんじゃ有りませんよ・・・。ちゃんと会長と話しは出来たんですか?」
赤城先輩はハッとした顔をすると、慌てて白澤君の腕を掴み、コソコソと隠れる様にしゃがみながら、カウンター内へと入って行った。
「その事なら、大丈夫だよ。俺の気持ちはちゃんと伝わり、葵さんは前向きに検討して下さるみたいだ。まだ・・・恋人同士と言う事にはならなかったけれど・・・それを目指してお互いに頑張る事になったよ。」
赤城先輩は照れ臭そうに言うと、白澤君はキョトンとした顔で首を傾げた。
「葵さん・・・?」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は嬉しそうな顔をして言う。
「あぁ・・・俺は昇格したのだよ。下の名前で呼ぶお許しを貰ったんだ。」
ニッコリと笑って言う赤城先輩に、白澤君も自然と笑顔が零れ、嬉しそうに言った。
「そうですか・・・よかったですね。」
2人がコソコソと話していると、奥から会長の呼ぶ声が聞こえた。
「おーいっ!タカギっ!氷を持ってきてはくれないか?絨毯に沁み込んでしまって中々落ちない。」
会長の呼び声に、白澤君はまたキョトン、とした顔をして首を傾げた。
「タカギ・・・?誰それ?」
すると赤城先輩が、悲しそうに俯きながら右手を翳して言った。
「俺の事です・・・。葵さん・・・まだちゃんと名前で呼べないんだ・・・。」
白澤君は顔を美妙に引き攣らせながら、呆れた様子で言う。
「あぁ・・・拓実と赤城が混ざってるのか・・・。先輩も下の名前で呼んで貰えるんですね・・・。言えてないけど・・・。」
白澤君と赤城先輩は氷を持ってカウンターから出ると、せっせと一生懸命絨毯を拭いている会長の姿を、不思議そうに他の3人が見つめていた。
「あ・・・あぁ・・・皆誰の事か分からないんだ。だよね・・・。」
顔を引き攣らせながら白澤君がボヤクと、赤城先輩はトボトボと肩を落としながら、会長の所へと氷を運んだ。
「おいっ、白澤!タカギって、誰だよ?」
近くに居た黒木が、ボウッと立っている白澤君に聞くと、白澤君は素っ気なく答えた。
「今氷を会長の所に届けに行った人の事だよ。」
「え・・・?赤城先輩?先輩、名前改名したのか?」
首を傾げて黒木が言うと、白澤君はそんな黒木を無視をし、会長の所に氷を届けに行ってしまった。
ようやく室内の掃除を終えると、皆は後片付けに入る。汚れた雑巾を濯いで、バケツや斧を倉庫にしまうと、会長はカウンターで汚れた顔を洗っていた。そんな会長の元に、そっと黄美絵先輩が近づく。黄美絵先輩は会長にタオルを差し出すと、ニッコリと微笑んだ。
「あぁ・・・ありがとう、黄美絵。」
会長は黄美絵先輩からタオルを受け取ると、濡れた顔をゴシゴシと拭く。顔を洗ってサッパリした様子の会長に、黄美絵先輩は申し訳なさそうに言った。
「葵君・・・その・・・ごめんなさいね。ずっと連絡を無視してしまって・・・。その、貴女が大変な時に・・・何にも知らなくて・・・。」
そう言って顔を俯ける黄美絵先輩に、会長はニッコリと笑って言った。
「気にするな。黄美絵も黄美絵で、大変だったんだし・・・仕方ないさ。それに、僕は今まで黄美絵に頼ってばかりだったからな。自分1人で考えて頑張る、いい機会だったんだ。お陰で少し、自分の気持ちに自信が持てた。」
黄美絵先輩は会長の言葉を聞き、ゆっくりと顔を上げると、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。赤城君とは、上手く行ったみたいね。」
そう言ってニッコリと笑うと、会長は恥ずかしそうに俯きながら言う。
「その・・・上手く行ったというか・・・ちゃんと向き合う事が出来たんだ。それで・・・色んな事を理解したし、気付く事も出来た。まだまだこれからだが、前に踏み出す事位は出来たよ。」
「そう・・・よかった。」
黄美絵先輩は更に嬉しそうに笑うと、優しく会長の頭を撫でた。会長は照れ臭そうに顔を少し赤くさせると、ゆっくりと黄美絵先輩の方を向く。そして心配そうな顔をさせて黄美絵先輩に聞いた。
「その・・・黄美絵は・・・もう大丈夫なのか?その・・・。」
黄美絵先輩はクスリと笑うと、ポンポンッと数回会長の頭を叩いて言う。
「大丈夫よ。じゃなきゃ、今日白澤君と一緒に部室に来たりしないわよ。ごめんなさいね、余計な心配を掛けてしまって。」
そう言ってニッコリと笑うと、会長は嬉しそうな顔をしてニッコリと笑った。
「そうか、もう大丈夫か。よかった・・・黄美絵が元気になって、よかった。」
黄美絵先輩と会長は、お互いに顔を見合わせ、またニッコリと笑うと、2人して嬉しそうな顔をする。
「それでね、葵君に報告が有るの。ちゃんと葵君には知っておいて貰いたいから・・・。」
黄美絵先輩がそう言うと、会長はニッコリと笑ったまま聞いた。
「報告?なんだ?」
黄美絵先輩は軽く頬を染めながら、照れ臭そうに言った。
「実はね、私・・・白澤君とお付き合いする事になったの。その・・・恋人同士に、なったのよ。」
すると会長は、驚きながらも嬉しそうな顔をした。
「そうか・・・そうかっ!黄美絵の想いが実ったんだな!良かった!」
「葵君、喜んでくれるの?」
「当然だっ!黄美絵が幸せなら、僕も嬉しい!それに・・・もう僕はちゃんと自分の事を分かっている。女の子だと言う事も、黄美絵は友人として好きだと言う事も、それに・・・本当の恋も・・・分かり掛けている。だから黄美絵は、僕の事は気にしないで、これからは自分の気持ちを大切にしてやってくれ。」
会長はニッコリと満遍ない笑みで笑うと、黄美絵先輩も嬉しそうにニッコリと笑って頷いた。
「うん、ありがとう。」
会長は勢いよくカウンターから出ると、ソファーへと向かい、いつもの自分の座る指定の位置に立った。そして両手を腰に当て、胸を張って室内に居る全員に向かい、大きな声で叫ぶ。
「全員注目っ!そして集合だっ!」
会長の声に、室内に居たメンバー全員が会長の方を一斉に見と、不思議そうにしながらぞろぞろと会長の周りに集まった。
黄美絵先輩も不思議そうな顔をして会長の隣に行くと、首を傾げて聞く。
「葵君・・・どうしたの・・・急に。」
会長はニッコリと笑い、目の前に群がるメンバーの中に居る、白澤君を指差した。
「白澤っ!前に出ろっ!僕の隣に来い!」
「え?・・・俺・・・?」
白澤君は自分を指差すと、訳が分からないまま言われた通りに会長の隣へと移動した。
会長は左右にそれぞれ立つ、黄美絵先輩と白澤君の腕を掴むと、ニッコリと笑い、目の前の他のメンバーに、嬉しそうに報告をした。
「皆喜べ!黄美絵と白澤は、めでたく恋人同士となった!これからは、色々と2人に配慮する様に!分かったなっ!」
会長が大声で言うと、黄美絵先輩と白澤君の顔は真っ赤になってしまい、他の3人は驚いた顔をしながらアタフタと慌てだした。
「なっ!白澤っ!お前いつの間にチャッカリ女作ってんだよ!聞いてねぇぞっ!」
「勇人君・・・いつの間に黄美絵先輩と・・・。黄美絵先輩も・・・そうだったんだ。私っ、私何も知らなくて・・・ごめんなさい。ごめんなさい・・・。無神経な女でごめんなさい!」
全く事情を知らなかった黒木と翠ちゃんが一番驚くと、何故か翠ちゃんは謝り出してしまう。赤城先輩は嬉しそうな顔をしながらも、興奮気味に言う。
「白澤君っ!そうだったのか!そうだったのかい?実は葵さんに気が有るのかな?ってちょっと不安になったりもしたけれど・・・黄美絵先輩の事を愛!していたのだね!水臭いなぁ~だったら仲良しで有る俺に相談してくれればよかった物を!」
そんな赤城先輩の発言に、白澤君は更に顔を真っ赤にしながら、恥ずかしそうに慌てて言った。
「ちょっ・・・馬鹿城先輩!愛とか恥ずかしい事言わないで下さいよっ!会長もっ!何なんですか?」
「そうよっ!葵君、なにもこんな公開処刑みたいな事しなくても、すぐに『リア充を爆死させる会』が嗅ぎ付けて、全校生徒に嫌でも知れ渡る事になるのに・・・。」
黄美絵先輩も顔を真っ赤にしながら慌てて言うと、その発言に、白澤君の顔は一気に真っ青に染まってしまう。
「え?ちょっ・・・何ですか?その『リア充を爆死させる会』って・・・?てか全校生徒に知れ渡るって・・・どう言う・・・。」
しどろもどろに白澤君が言うと、会長が冷静な顔で説明をして来た。
「あぁ、『リア充を爆死させる会』と言う同好会が有ってな、奴等は新しくカップルが出来ると、必ずその相手に数回嫌がらせをするのだ。それが彼等の活動だからな。まぁ嫌がらせ対象は男のみ、だが・・・自然とそのせいで皆に知れ渡ってしまうのだよ。」
淡々と説明をする会長に、白澤君は更に顔を真っ青にさせながら叫んだ。
「なっ!・・・聞いてませんよそんな事!黄美絵先輩、知ってたなら教えて下さいよ!!てか会長も、そんな糞みたいな同好会有っていいんですか?」
すると黄美絵先輩は、顔を赤くさせたまま照れ臭そうに言う。
「まぁこれは、一つの儀式みたいな物だから・・・。それに男を試される物なのよ?彼等の嫌がらせを耐え抜いた時こそ、本当の恋人になれると言われていて。女子生徒の間では意外と人気が有ったりするのよねぇ~。これに耐えられないのなら、付き合う価値無しって。」
「まぁ、嫌がらせと言っても、実際に怪我等をさせたりと言う悪質な物では無いからな。だから許可してある。」
うんうん、と頷きならがら言う会長の姿を見て、白澤君は一気に体の力が抜け、ガックシと首がうな垂れてしまった。そんな白澤君を余所に、会長は更に言う。
「だから白澤!!これからはお前の男気が試されるのだぞ!!我が同好会メンバー全員で、2人の交際を応援するぞ!!」
ビシッと親指を上に上げ、自信満々に言う会長に、白澤君はうな垂れていた顔を一気に持ち上げ恥ずかしそうに叫んだ。
「だっ!だからそう言う事言うの止めて下さいよ!」
「何を言っているんだ!こう言う事は、ちゃんとメンバーに正式報告をする物だろう!それに同じ同好会メンバー同士、協力し合わなければ!!」
全く悪気無く言う会長に、白澤君は恥ずかしさと無性に腹が立つ事から、仕返しをする様に今度は白澤君が大声で叫んだ。
「だったら会長も、ちゃんと正式報告しなくちゃいけませんねっ!赤城先輩と恋人を目指して頑張る事になったって!取り合えずはお互いに下の名前で呼び合う事から、始めたんですよね?」
白澤君がそう言うと、会長の顔も真っ赤になってしまい、言葉を詰まらせ口をパクパクとさせた。対する赤城先輩は、照れ臭そうにしながらも、顔をニヤニヤとニヤケさせ嬉しそうにしている。そんな白澤君の発言に、分かってはいたがショックを受ける黒木を、翠ちゃんが必死に慰めていた。
「そうねぇ・・・葵君もちゃんと皆に報告しなくちゃ・・・駄目よね?赤城君も、ちゃんと葵君に想いが伝わったのよね?」
白澤君に便乗する様に、黄美絵先輩も負けずと言うと、赤城先輩が顔をニヤケさせながら嬉しそうに言って来た。
「そうなのですよっ!俺の長年の想いがようやく葵さんに伝わり、そしてそれを前向きに検討して下さると!いやいや・・・これも白澤君が後押しをしてくれたお陰だよ!」
ハハハッと笑う赤城先輩に、会長は余りの恥ずかしさからその場に固まってしまい、黒木は泣きながら赤城先輩にしがみ付いた。
「それでもっ!自分が愛しているのは赤城先輩だけッスから!だけッスからね!」
必死に訴え続ける黒木に、黄美絵先輩は軽く溜息を吐くと、ビシッと力強く黒木を指差して言った。
「黒木っ!いい加減諦めなさい!いい、よく聞きなさい?今この同好会メンバーの男女比率は、ちょうど3:3です!私と白澤君は恋人同士になりましたっ!葵君と赤城君がそうなるのも時間の問題です!確実にこの同好会のリア充度は増しています!貴方もその仲間入りになりたければ、隣に居る翠ちゃんの事をちゃんと見てあげなさい!」
力強く解説をすると、それを聞いた翠ちゃんは顔を赤くさせ、慌てて言った。
「きっ、黄美絵先輩っ!いいですっ!私はいいですから!私はこのまま、黒木君と友達で居られればいいので!それに全校生徒に知れ渡るのは・・・ちょっと・・・。」
すると赤城先輩に泣き付いていた黒木は、ゆっくりと翠ちゃんの方を向くと、首を傾げて不思議そうに言った。
「翠?なんで翠が出て来るんッスか!自分が愛しているのは赤城先輩だけッス!かと言って、赤城先輩と会長の間を邪魔しようなんて、思ってないッスよ!自分は先輩の幸せを願っているッスから!」
そんな黒木に、周りは一斉に溜息を吐く。白澤君は呆れながらも、ハッキリと黒木に言った。
「お前いい加減気付いてやれよ。翠ちゃんはお前の事が好きなんだよ。」
白澤君の発言に、翠ちゃんは顔を真っ青にしながら慌てて自分の顔を手で覆い隠すと、その場にしゃがみ込んでしまう。
しかし黒木は、キョトンとした顔をし、首を傾げながら呆れた表情で白澤君に言った。
「お前なに言ってんだよ?自分だって翠の事は好きだよ。只愛しているのは赤城先輩ってだけで、翠は翠でちゃんと好きだよ。今更何言ってんだ?」
「いや・・・多分お前の言う好きと、俺の言う好きの意味は違うかと・・・。」
白澤君は少し戸惑いながら言うと、黒木は溜息混じりに言った。
「同じだろ?女の中で一番好きなのは翠なんだから。別にリア充とかには興味ねぇけど、女で仲良くすんのは翠だけだよ。違いっつたら、loveとlikeの違いだけだろ!俺はloveは赤城先輩で、likeは翠ってだけだよ!」
そう言うと、周りは一瞬シン・・・となってしまう。
「えっと・・・黒木の言いたい事はよく分かるのだけども・・・。」
困った顔で黄美絵先輩が言うと、白澤君は諦める様に言った。
「まぁ・・・翠ちゃんの言う通り、このままの方が良いって事・・・か。」
その場にしゃがみ込んでいた翠ちゃんは、勢いよく立ち上がると、顔を真っ赤にさせながら言った。
「あのっ!私はこのままでいいので、と言うかこのままの方が何かと上手く行くので・・・もうこの話しはお終いにしましょう!」
そう言うと、黒木は不思議そうに首を傾げるが、周りは何となく分かる様な気がし、無言で頷いた。
「取り合えず、本日はお祝いとして全員で新作ホラーの視聴会を開く!」
それまでその場に固まっていた会長が、突然声を張り上げ言うと、皆は一斉にクスリと笑い、元気よく返事をした。
「それは良いわね。」
「久しぶりですね、全員での視聴会は!」
黄美絵先輩と白澤君が嬉しそうに言うと、赤城先輩も嬉しそうな顔をして言った。
「黒木と翠ちゃんが入会してからは、初の視聴会ですね!」
翠ちゃんと黒木もニッコリと笑い、嬉しそうに言う。
「そうですね、私と黒木君は初参加なので、何だかワクワクします!」
「自分もっ!楽しみッスよ!ずっと雑用ばっかだったんで、本格的な活動にやっと参加出来るって感じッス!」
それまでの雰囲気とは打って変わり、皆は楽しそうにワイワイと騒ぎ始めた。
「それで、会長?本日の映画は何ですか?」
白澤君がニッコリと微笑みながら聞くと、会長は嬉しそうな顔をして、鞄の中から真っ白のパッケージのDVDを取り出した。
「本日のホラー映画は、リメイク版『エルム街の悪夢2』だ!全員、視聴会の準備に入れっ!」
会長が偉そうに叫ぶと、全員一斉に「はいっ!」と元気よく返事をした。
皆して視聴室へと移動をすると、慌しく視聴会の準備が始まる。
黒木と翠ちゃんはドリンクの用意をし、白澤君と赤城先輩は機材の準備をする。会長と黄美絵先輩は棚からお菓子を取り出すと、早速ソファーに座った。全員のドリンクが出揃い、黄美絵先輩用の白米も出されると、白澤君、赤城先輩、翠ちゃん、黒木の4人もソファーに座る。赤城先輩はペンを手にし、メモの準備をすると、会長が部屋の灯りを消した。
「それでは、視聴会の開始だっ!」
会長がリモコンを押すと映画が流れ出し、新たにメンバーを迎えた『B級ホラーを愛でる会』の、全員による視聴会が始まった。
そこにはいつも通りの、『B級ホラーを愛でる会』の光景が有った。それぞれの想い、気持ちや関係は以前とは変わり、変化をし、進歩をしていたが、視聴風景だけは相変わらず変わらない。
変わった物と変わらない物を交えながら、我が同好会活動は続く。その過程の中で、後どれ位の物が変わるかわ分からないが、それはまだまだ先の話しだ。
会長と黄美絵先輩が卒業をした後、どう変わるかは分からない。変わらないのかもしれないし、それまでにまた沢山の事が変わってしまうかもしれない。それは誰にも分からないし、止められない変化だ。
だってまだ、入学してから2カ月しか経っていないのだから。これはその2ヶ月間のお話だ。
個人的趣味で書いた作品なので、至らない点が多かったと思いますが、最後まで読んで頂きありがとうございました。