真実はいつだって単純だったりする
白澤君は学校で会長と別れると、駅へと向かい帰りの電車に乗った。しかしいつも降りる自駅を通り過ぎ、2駅先の駅で降りる。
電車を降りると、手元に有る地図を見なが、慣れない駅のホームを歩いて行く。
「えっと・・・2番出口は・・・。」
白澤君はキョロキョロと周りを見渡しながら歩くと、1人見知らぬ町の中を歩いて行った。
手描きで書かれたシンプルな地図と住所を頼りに、目的地へと向かっていると、日は沈み出し、辺りは段々と薄暗くなるに連れ、街灯の電気が灯り始める。途中何度か道を間違えながらも、白澤君はようやく目的地の家まで辿り着くと、すっかり日は沈んでしまっていた。
「やっと着いた・・・。てか分かりにくいなぁ・・・会長の書いた地図・・・。」
白澤君は地図を片手に1件の家の前に立つと、表札には『赤城』と書かれている。
「ここで・・・合ってるんだよな?でも真っ暗だなぁ・・・誰も居ないのかな?赤城先輩、まだ帰ってないのか?」
赤城先輩の家まで来た白澤君だったが、家の灯りは一つも点いておらず、真っ暗でシン・・・と静まり返っていた。
白澤君はインターホンを押して鳴らしてみるも、反応は無く、家には誰も居ない様子だ。
「親もまだ帰って来ていないのかな?・・・仕方ない、待つか・・・。」
白澤君は軽く溜息を吐くと、赤城先輩の家の玄関の前に座り、家の者の帰りを待つ事にした。
赤城先輩の帰りを待つ間、白澤君は黄美絵先輩の事を考える。
(黄美絵先輩らしくなかったな・・・ハッキリと言わないなんて・・・。黄美絵先輩の気持ち・・・か・・・。もし俺が思っている通りだったら、俺無神経過ぎかも・・・。でもそれが勘違いだった時の事考えると・・・恥ずかしいしなぁ・・・。自惚れは止めよう・・・。)
ハァ・・・と深く溜息を吐くと、空を見上げた。空と言うより、夜空に変わってしまっていた空には、星が輝いてる。白澤君は星空を見つめながら、黄美絵先輩が言っていた言葉を思い出す。
(ケーキのお返し・・・何なんだ?突然昔話をするなんて・・・珍しいな、黄美絵先輩が自分の事を話すなんて・・・。ケーキ・・・ケーキ・・・。)
そう思いながら、ボォ~と星空を見つめていると、白澤君の頭に中に小さい頃の自分の姿が浮かんだ。
「星・・・そう言えば昔・・・星型をしたチョコレートで飾られた、豪華なケーキを食べたっけ・・・。美味しかったなぁ・・・苺が甘くて・・・。」
その瞬間、白澤君はハッと気付き、思わず口元を手で押さえた。
「あの時の女の子・・・黄美絵先輩・・・?」
-11年前ー
「お父さん・・・お母さん・・・どこ~?・・・どこ行っちゃったの・・・?」
見慣れない街並の中、両親と逸れてしまい、不安な気持ち一杯で道をうろついている幼少期白澤君。右を向いても左を向いても、知らない家ばかり。
今にも泣き出してしまいそうな顔をしながら、歩いていると、何処からか楽しげな音楽が聞こえて来た。
「何だろう・・・あそこに居るのかなぁ・・・?」
音楽が聞こえる方へと向かうと、お城の様な立派な家の前まで到着をする。その家の中から、聞こえて来る音楽。
幼少期白澤君は、開いていた大きな門を潜ると、周りをキョロキョロと見渡しながら奥へと進んだ。進むに連れて、音楽の音が段々と大きくなってくる。
何処が道で、何処が庭なのかも分からない敷地内の広さに戸惑いながらも、木々をかき分けながら進んだ。
まるで不思議の国のアリスの様に、迷い込んだ大きな庭から抜け出すと、目の前には綺麗な衣装を着た、沢山の大人達の姿が現れる。そして沢山の御馳走に、真ん中には星型のチョコレートチップが沢山散りばめられた、大きなショートケーキが置いてあった。
突然華やかなパーティー会場へと到着をした、幼少期白澤君は、まるで別の世界にでも迷い込んでしまった様に思ってしまう。
「凄い!映画の中みたい!!」
目の前の非日常的な光景に感激をしていると、ケーキの側でジッと立っている、可愛らしドレスを着た女の子の姿を見付けた。
女の子は側に寄って来る大人達に、凛とした態度で行儀よく挨拶をしている。そんな女の子の姿を見て、幼少期白澤君は不思議そうに首を傾げた。
「ねぇ、お姉ちゃん。」
幼少期白澤君は、女の子に近づき話しかけた。
後ろから突然話しかけられ、ふっと女の子は後ろを振り返る。
「あら?貴方、始めてみるお顔ね。どちらの方の御子息様かしら?」
とても丁寧な口調で、ニッコリと微笑みながら言う女の子に、幼少期白澤君は更に不思議そうに首を傾げてしまう。
「変な話し方。」
「え・・・?変?」
少し戸惑う女の子に、幼少期白澤君は、周りをキョロキョロと見渡しながら聞いた。
「ねぇお姉ちゃん、僕のお父さんとお母さん知らない?ここには居ない?」
「お父様と・・・お母様?貴方のお名前を教えてくれるかしら?そうしたらきっと分かるわ。」
ニッコリと微笑みながら、優しく言う女の子に、幼少期白澤君は少し不満そうな顔をしながら答えた。
「白澤勇人。4歳だよ。」
名前を聞いた女の子は、首を少し傾げながら考える。
「白澤・・・白澤・・・。確か今日のパーティーには、白澤と言う方は居ない様な・・・。少し待っていてくれるかしら?使用人に確認をして貰うから。」
「しよう?これパーティーなの?」
幼少期白澤君がそう言うと、女の子はハッと気付き驚いていしまう。
「貴方・・・もしかして迷子?」
そう聞かれ、幼少期白澤君は無言で頷いた。
「そう・・・困ったわねぇ・・・。どこから入り込んで来たのかしら・・・。お家の住所か電話番号は分かるかしら?」
女の子は少ししゃがんで、幼少期白澤君の目線に合わせて聞くと、幼少期白澤君は顔を俯けて、首を小さく横に振った。
「お父さんのお友達の家に、皆で遊びに来たから・・・。」
「そう・・・。ならお父様のお友達のお家の番号は?」
「知らない・・・。」
幼少期白澤君がそう言うと、女の子は困った顔をしてしまう。そしてしばらく悩んでいると、ハッと思い出す。
「そうだわ!ご両親の携帯番号は分かるかしら?」
すると幼少期白澤君は、難しそうな顔をして、首を傾げた。
「けいたい?何それ?」
その言葉に、女の子は深い溜息を吐いてしまう。
「困ったわねぇ・・・。あぁ!ご友人のお名前は分かる?」
「友人?お父さんのお友達の事?」
「えぇ、そうよ。お友達のお名前は、分かるかしら?」
すると幼少期白澤君は、嬉しそうに頷いた。
「うん、分かるよ!えっと・・・た・・・たっ・・・たきつみさんって人。」
「たきつみさんね。ここで待っていて、すぐに調べさせるから。」
そう言うと、女の子は近くにいた使用人の元へと駆け寄った。
しばらくして、女の子が幼少期白澤君の元へと戻って来ると、女の子は嬉しそうな顔をして言って来る。
「勇人君・・・だったかしら?この辺りでたきつみさんって方は、一軒だけだったからすぐに分かったわ。よかったわね、珍しい苗字で。今使用人が電話をしたから、ご両親がすぐに迎えに来てくれるそうよ。」
「本当に?お姉ちゃん、ありがとう。」
幼少期白澤君は嬉しそうに女の子にお礼を言うと、女の子も嬉しそうにニッコリと笑う。
「ご両親がお迎えに来るまで、勇人君もパーティーを楽しんでいってね。今日は私のお誕生日のパーティーなの。」
「お姉ちゃんのお誕生日なの?おめでとう!プレゼントは何貰ったの?お父さんからは何貰ったの?」
誕生日を言う言葉を聞いて、幼少期白澤君は更に嬉しそうに笑い、あれこれと聞いて来る。女の子は少し困りまがらも、真ん中に置かれた大きなケーキを指差した。
「お父様からは、あのケーキを頂いたのよ。他にもプレゼントは頂いたけれども、あのケーキには、私の好きな物が沢山詰められているのよ。」
「お姉ちゃんの好きな物?」
「そうよ。苺に、お星様、それから貴方にはまだ分からないでしょうけれども、私が好きなパテシェに、特別オーダーで作って頂いた物なのよ。」
自慢げに話す女の子に、幼少期白澤君は不思議そうに尋ねた。
「ねぇ、何でまだ食べてないの?」
「それは、お祝いに来てくれたお客様達に、お見せする為よ。お父様はこんなにも私の事を、想って下さっていると言う・・・。」
と、女の子が言い掛けている途中、幼少期白澤君は不満気に言った。
「お姉ちゃん、何で嘘ばっか吐いてるの?」
「え・・・?」
突然の幼少期白澤君の言葉に、女の子は戸惑ってしまう。
「何を言っているの?」
「お姉ちゃん、さっきから喋り方変だし、よく分からない事ばっかり言ってる。皆でケーキ食べればいいのに、何で食べないの?本当は食べたい癖に。」
すると女の子は、ムッとした顔になり、両手を腰に当てて偉そうに言って来た。
「貴方みたいな子供には分からないでしょうが、これはお持て成しなのよ?これが大人の世界って物なのよ。プレゼントをお披露目して・・・。」
「何で子供なのに、大人の世界に居るの?お姉ちゃん子供でしょ?」
不思議そうに、眉を寄せながら聞く幼少期白澤君に、女の子は更にムッとしてしまう。人がせっかく一般市民に親切にしてやったのに、何を偉そうに・・・と思うと、余計腹が立って来た。
「父の為に居るの。親の名誉を守る為に居るのよ。その為に私は大人の世界に居るの!子供の貴方には分からないわ!」
少し強い口調で言い返すと、幼少期白澤君は不貞腐れた顔をする。
「お姉ちゃんって、本当に嘘吐きだね。本当はケーキ一杯食べたい癖に。僕嘘吐きって嫌い!お母さんも言ってたよ、嘘を吐く子は悪い子だって。お姉ちゃん悪い子なんだ。」
そう言ってソッポを向いた。
それから女の子は何も言い返して来なくなってしまい、幼少期白澤君はそっと女の子の方を向いた。すると女の子は、今にも泣き出してしまいそうな顔をしている。その顔を見た幼少期白澤君は、言い過ぎてしまった事に気付き、悲しそうな表情を浮かべて謝った。
「ごめんね・・・。」
ポツリと呟くと、女の子の瞳からは、ポロポロと涙が溢れ出して来てしまう。
ドレスのスカートを、ギュッと両手で掴んで静かに泣く女の子に、幼少期白澤君はそっと近づき、少し背伸びをして女の子の頭を撫でた。
「食べたいなら食べたいって言えばいいよ。嘘吐いても食べれないよ?ちゃんと本当の事言えば、貰えるよ。」
幼少期白澤君がそう言うと、女の子は泣きながら呟いた。
「分かってない・・・。アンタ何かには分かんない・・・。私は・・・我儘言っちゃダメなの・・・。」
ヒクヒクと泣く女の子の姿に、幼少期白澤君は困ってしまうと、周りをキョロキョロと見渡した。
「ねぇ、お姉ちゃんのお父さんって、どの人?」
顔をニッコリとさせ、女の子に聞くと、女の子は泣きながら指を差した。指差したその先には、立派なスーツ姿で沢山の人に囲まれている、凛々しい男性の姿がある。
幼少期白澤君は、その男性の元へと駆け寄ると、周りに集まる人達の事等気にもせずに、男性に嬉しそうに話しかける。
「ねぇ、おじさん!お姉ちゃんがね、ケーキ食べたいって。食べてもいい?僕も食べたいんだけど、僕も食べてもいい?」
突然の幼少期白澤君の発言に、泣いていた女の子は、驚きのあまりピタリと涙が止まってしまう。
「ちょっ・・・ちょっと!」
慌てて幼少期白澤君を止めに行こうとすると、女の子の父親はニッコリと微笑み、幼少期白澤君の頭を優しく撫で始めた。
「あぁ、いいよ。2人で沢山食べなさい。」
優しい声で言う女の子の父親に、幼少期白澤君は嬉しそうに頷く。女の子の父親は、幼少期白澤君の手を引いて女の子の側まで行くと、女の子の頭を優しく撫でながら言った。
「黄美絵、ケーキが食べたかったのか?お前の為に用意したケーキなんだから、好きな時に食べればいいのに。」
「お父様・・・。」
黄美絵と呼ばれた女の子は、恐る恐るそっと父親の顔を見上げると、その表情はとても穏やかで優しい顔をしていた。
父親は取り皿の上ににケーキを乗せると、飾り付けの星型のチョコチップと苺を、沢山その上に盛り付けた。
「ほら、お前の好きな苺を、沢山乗せてやったぞ。」
そう言ってお皿を手渡して来る父親に、黄美絵は嬉しそうに笑うと、「ありがとう、お父様。」と何度もお礼を言った。
「ほら、君の分も。」
黄美絵の父親は、幼少期白澤君の分のケーキも、盛り付けて渡してあげる。
「ありがとう、おじさん!」
幼少期白澤君と黄美絵は、近くの椅子に座ると、2人揃って嬉しそうにケーキを食べた。
美味しそうにケーキを頬張る黄美絵の姿を見た、幼少期白澤君は、可笑しそうにクスクスと笑い出す。
「な・・・なぁに?」
少しムッとしながら黄美絵が聞くと、幼少期白澤君は嬉しそうに言った。
「ね、だから言ったでしょ?ちゃんと食べたいって言えば、貰えるよ。お姉ちゃん子供なんだから。大人の世界に居るのは変だよ。」
黄美絵は顔を少し赤くさせ、俯くと、無言で頷いた。
「お姉ちゃん、もう嘘吐いちゃダメだよ?」
幼少期白澤君が笑顔で言うと、黄美絵もニッコリと笑って頷いた。
「えぇ、もう吐かないわ。」
「約束だよ?」
「えぇ、約束!ちゃんと約束するわ。」
「じゃぁ、指きり!」
そう言って、幼少期白澤君が小指を差し出すと、黄美絵も小指をそっと差し出し、2人は指切りをした。
お互いに顔を見合わせ、ニッコリと笑っていると、1人の使用人が黄美絵の元へとやって来た。黄美絵の元まで来ると、隣に座る幼少期白澤君に言う。
「ご両親がお迎えに来られましたよ。」
「本当?お父さんとお母さん、来たの?」
幼少期白澤君は、嬉しそうに椅子から立ち上がった。
「えぇ、ご両親の所まで連れて行ってあげるから、一緒にいらっしゃい。」
そう言って、使用人は手を差し出すと、幼少期白澤君は嬉しそうに差し出された手を握る。
手を引かれて行こうとする、幼少期白澤君の姿に、黄美絵は寂しそうな顔をした。そして椅子から立ち上がり、「あ・・・。」と何かを言おうとするが、言葉が出て来ない。
悲しそうに俯いていると、突然目の前から、「ねぇ、お姉ちゃん!」と幼少期白澤君の声が聞こえた。慌てて顔を上げると、目の前にはニッコリと笑っている、幼少期白澤君の姿がある。
「お姉ちゃんに、良い事教えてあげる。」
小声でそう言うと、黄美絵は不思議そうに首を傾げた。
幼少期白澤君は、そっと黄美絵の耳元に手を翳すと、誰にも聞こえない様に小声で囁く。
「女の子って、皆お姫様なんだって。それでお姫様は我儘を言ってもいいんだって。お姉ちゃんも女の子だから、我儘を言ってもいいお姫様なんだよ。隣の家のりかちゃんが教えてくれたんだ。」
そう言い、そっと黄美絵の側から離れると、ニッコリと笑った。
「お姫様・・・?」
黄美絵はポツリと呟くと、幼少期白澤君は嬉しそうに頷く。
「じゃあね、お姉ちゃん!ケーキ美味しかった!ありがとう!」
幼少期白澤君は、大きく黄美絵に手を振りながら、使用人に連れられその場から去って行った。
「女の子は・・・皆お姫様・・・。」
黄美絵は幼少期白澤君の後ろ姿を、頬を赤く染めながら、じっと見つめ見送った。
ー*-
小さい頃の出来事を思い出すと、黄美絵先輩が話していた昔話しを改めて思い出し、その中に出て来た男の子が自分だったのだと気付く。
「だから・・・ケーキのお返しか。そんな昔の事、まだ覚えてたんだ。」
白澤君はクスリと笑うと、嬉しそうな顔をした。
「なんだ・・・ちゃんと俺も、線の中に入ってたんじゃん・・・。そっか、そっか・・・。黄美絵先輩、俺が言った『女の子はお姫様だから我儘でいい。』って言葉、鵜呑みにしちゃったのかな。だからあんな女王様みたいな性格になっちゃったのか?」
そう思うと、何だか可笑しくてクスクスと小さく笑った。笑いながら、白澤君は一直線の関係の同好会メンバーの事を改めて考えると、ピタリと笑いが止まり、嫌な事に気が付いた。
「あ・・・あれ?って事は・・・元凶は俺・・・て・・・事・・・?」
*以下略*
すっかりと夜も更けた夜道の中、赤城先輩はトボトボと顔を俯けながら、自宅へと帰って来た。灯りが一つも点いていない家の前まで来ると、更に気持ちが落ち込んでしまう。赤城先輩は力無く玄関へと向かうと、玄関の前で座り込んでいる白澤君の姿を見付けた。
「白澤君・・・?」
赤城先輩の声に気付いた白澤君は、ハッと顔を上げ立ち上がると、一気にうんざりとした顔をする。
「赤城先輩・・・やっと帰って来た・・・。もうっ!何時だと思ってるんですか?十時過ぎてますよ・・・。家の人も誰も帰って来ないし、俺ちょっと寝ちゃってましたよ・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は戸惑いながらも、慌てて玄関の鍵を開けた。
「ずっと待っていたのかい?すっ・・・すまなかったね。待って、今鍵開けるから、中に入ろう。」
赤城先輩は玄関を開けると、白澤君を家の中に入れた。疲れた様子で白澤君が家の中に入ると、赤城先輩はアタフタと慌てながら、家の中の電気を点ける。
「えっと・・・取り合えず、そこのソファーにでも座りなよ。あぁ!何か温かい飲み物でも入れるね。コーヒーでいいかな?それとも、お茶の方がいいかい?」
慌しく言って来る赤城先輩に、白澤君はリビングに有るソファーに座ると、力無く答えた。
「何でもいいですよ・・・。それより、こんな時間までどこ行ってたんですか?」
「いや・・・ずっと学校に・・・。それより白澤君の方こそ、こんな時間まで何故俺の家の前に?」
コーヒーを入れながら赤城先輩が言うと、白澤君は溜息混じりに言った。
「何故って・・・赤城先輩の帰りを待ってたに決まってるじゃないですか。家に行ったら、まだ帰ってなかったみたいだったんで・・・帰って来るのを待ってたんですよ。でも全然帰って来ないし・・・。」
赤城先輩はコーヒーを白澤君に渡すと、申し訳なさそうな顔をして言う。
「あぁ・・・それは悪い事をしてしまったね・・・。急用かい?だったら、携帯に電話でもしてくれればよかったのに。」
すると白澤君は、乱暴に赤城先輩からコーヒーを受け取ると、顔をムッとさせ、不機嫌そうに言った。
「電話しましたよ!メールも!でも赤城先輩、携帯の電源切ってたでしょ?」
「え?あれ・・・?そうだったかなぁ・・・?」
赤城先輩はハハハ・・・と苦笑いをしながら言うと、そっとポケットの中から携帯電話を取り出した。すると白澤君の言っていた通り、携帯電話の電源は落とされている。
赤城先輩は携帯電話の電源を入れると、ションボリとした顔で、白澤君に「ごめんなさい。」と謝った。
「本当・・・普段は自分から電話しまくってる癖に・・・たくっ。それで?こんな時間まで、学校のどこに居たんです?俺が部室に戻った時には、既にどこかに行っちゃってたみたいですけど・・・。皆姿が消えて心配してましたよ?あぁ!言っておきますけど、ちゃんと事情は知っていますからね!」
呆れた顔で白澤君が言うと、赤城先輩は恥ずかしそうにポリポリと頭を掻きながら、白澤君の隣に座って言った。
「いや・・・実はあの後・・・『スイーツ(笑)を滅ぼす会』の部室へ行き・・・。その・・・ずっとスイーツ(笑)雑誌をビリビリと破いていたのだよ・・・。」
それを聞いた白澤君は更に呆れた顔をし、深く溜息を吐いた。
「つまり、イジけてそいつ等と一緒に、スイーツ(笑)撲滅活動をしてたんですか?こんな時間まで、何地味で根暗な事やってるんですか?」
呆れ切った顔で白澤君に言われると、赤城先輩は言い返す言葉も無く、ハハハ・・・と恥ずかしそうに笑う。
「そ・・・それで?白澤君は、俺に何の用事だったんだい?」
苦笑いをしながら言う赤城先輩に、白澤君は軽く溜息を吐くと、素っ気なく言った。
「先輩にちゃんと明日学校に来る様に、言いに来たんですよ。それから会長からの伝言を伝えに・・・。」
「会長からの・・・?心配しなくとも、俺はちゃんと明日学校に登校するよ。なんと言っても、中学の時は皆勤賞を取っているからね!」
赤城先輩がニッコリと笑顔で言うと、白澤君はまた軽く溜息を吐き、呆れた様子で言った。
「先輩・・・本当嘘が下手ですよね。休む気満々じゃないですか。そんな無理して笑顔作っても、目が真っ赤ですよ。どんだけ泣いたんです?」
白澤君に指摘され、赤城先輩は思わず手で両目を隠してしまう。
「それから、会長からの伝言です。明日の放課後、必ず部室に来る様にとの事です。赤城先輩に大事な話しが有るそうなので・・・。それから、見せたい物も有るみたいなので。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩はそっと両目から手を退かし、不安そうな顔をして聞いた。
「会長が・・・そう言っていたのかい?」
「はい、そうですよ。だから赤城先輩は、明日絶対に学校に来て、放課後は部室に行って下さいね!何なら俺が先輩の教室まで、迎えに行きましょうか?」
「いや・・・いいよ。ちゃんと行くから・・・。」
俯きながら赤城先輩が言うと、白澤君は少し心配そうな顔をした。
「先輩、大丈夫ですか・・・?俺は部室で何が有ったのか・・・詳しくは知りませんが・・・。そんなに心配しなくても、会長なら大丈夫ですよ。ちゃんと気持ちも落ち着いて、家に帰ったし・・・それに、赤城先輩に謝りたいって言っていましたし・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は俯いたまま、小さく首を横に振った。
「いや・・・謝るべきなのはこの俺だよ・・・。会長のお気持ちも考えずに、自分の気持ちを押し付けてしまって・・・。強引だったな・・・反省しなくては・・・。」
そう言って悲し気に俯く赤城先輩に、白澤君は掛ける言葉が見付からず、同じ様に俯いてしまった。
(いつもならここで、嫌味の一つでも言ってやればいいんだろうけど・・・。今の先輩、本当に傷付いてるみたいだから・・・。変な事言って余計傷付けるのも、嫌だな・・・。)
白澤君はそう思いながらも、何か赤城先輩の元気が出る様な事は無いかと、必死で考える。白澤君がオドオドとしていると、赤城先輩は白澤君の方を向き、寂し気に微笑みながら言って来た。
「白澤君が会長を宥めてくれたんだね?ありがとう。すまなかったね、迷惑を掛けてしまって・・・。」
「いえ・・・あの・・・。」
白澤君も赤城先輩の方を向くと、泣き腫らした後の赤城先輩の顔を見て、チクリと胸が痛む。白澤君はまた俯くと、何ともやり切れない気持ちになり、逃げる様に話題を逸らした。
「あのっ・・・赤城先輩のご両親って、いつもこんなに帰りが遅いんですか?・・・って・・・あぁ、確か留守にする事が多かったんでしたっけ。・・・出張・・・とかです?」
ニッコリと笑いながら白澤君が言うと、赤城先輩は寂しそうに笑った。そんな赤城先輩の表情を見て、白澤君は申し訳なさそうに俯き言った。
「すみません・・・余計な事ですよね。」
「いいよ、気にしなくとも・・・。実は両親は、日本には居ないんだ。仕事の関係で、今は海外に住んで居てね。だから俺は、1人暮らしをしている様な物かな。」
寂しそうに笑いながら言う赤城先輩に、白澤君は少し驚いた様子で言う。
「え?海外って・・・じゃあ赤城先輩の家って、2つ有るって事ですか?」
そんな白澤君の言葉に、赤城先輩はクスリと笑った。
「そうだね、そう言う事になるのかな?あぁ・・・でも本宅は、ちゃんとこの家だよ。ずっとって訳ではないから、向こうの家は、今は借りているだけだし。」
「借りて・・・マンションとかって事です?いつ帰って来るんですか?」
白澤君の質問に、赤城先輩は寂しそうな顔をして答えた。
「さぁ・・・いつだろうね・・・。まだ分からないんだ。父が金融関係の仕事をしていてね、それで海外支社に転勤になったのだよ。」
それを聞いた白澤君も、寂しそうな表情をさせた。
「それって、引っ越したって事じゃないですか・・・。いつから海外に行ったんですか?」
「あぁ・・・俺が中3の時にかな・・・確か。本当は家族皆で行くはずだったんだけどね、俺は今の高校の入学が決まっていたし・・・。何より、俺はこの高校で、会長と学園生活を過ごしたかったからね。俺だけ残る事にしたんだよ。父は家事とかが一切出来ない人だったから、母は父に付いて行ったんだ。父の事が心配でね・・・。俺はほら、なんと言っても優秀だから、勉学に家事も完璧にこなせてしまうからね!」
赤城先輩はそう言うと、寂し気に微笑んだ。白澤君はそんな赤城先輩の笑顔が妙に痛く感じ、また俯いてしまう。
「でも・・・子供を1人置いて行くなんて・・・。」
悲しそうな顔をして言う白澤君に、赤城先輩は優しい声で言った。
「これは俺の我儘だから、仕方がないよ。それに、父も母も定期的に電話や手紙をくれて、ちゃんと俺の事を気に掛けてくれている。優しい両親だよ。」
「それでも、やっぱり勝手です。親はいつも勝手です。子供の都合なんて考えないで・・・。赤城先輩の入学は、転勤になる前に決まっていたじゃないですか。だったら・・・せめて母親だけでも残るべきですよ・・・。」
少し不満そうに白澤君が言うと、赤城先輩はニッコリと優しく笑った。
「そうかもしれないけど、両親だって、子供を養う為に仕事をしているんだよ?俺達はまだ未成年なのだし・・・自立するまでは、親の都合に合わせてあげる事も大事だよ。」
そう言う赤城先輩の顔を、白澤君はチラリと見ると、また俯いた。
(でもそれじゃぁ・・・先輩は甘えたり、叱ってくれるはずの親が居ないじゃないか・・・。家に帰っても誰も居なくて、ずっと1人で寂しくないのか・・・?寂しい・・・。あぁ・・・そうか・・・。だから先輩は・・・あんなにも学校で・・・。無駄にメールや電話をして来るのも、寂しかったから・・・なのか・・・。)
白澤君はふと今までの赤城先輩の行動を思い出すと、納得をしてしまう。それと同時に、悲しくも羨ましくもあった。寂しさを隠して、毎日明るく笑っている赤城先輩の事が。そして何より、好きな人の為にそこまで出来る赤城先輩が、とても羨ましく思えて仕方が無かった。
「すみません・・・余計な詮索してしまって。家庭の事情とかって、人それぞれ有りますからね・・・。」
俯きながら言う白澤君に、赤城先輩はニッコリと笑顔で言った。
「気にする事は無いよ。会長も黄美絵先輩も知っている事だしね。それによく有る話しだよ。まだ両親が生きているってだけで、とてもありがたい事だよ。」
すると白澤君は、ゆっくりと顔を上げ赤城先輩の顔を見ると、微かに微笑んだ。
「先輩が羨ましいですよ。そうやって前向きに考えれて・・・。俺は・・・駄目ですね・・・。俺はそう言う風に考えられません・・・。俺は・・・一層の事居なくなればいいって思っちゃいました・・・。」
そう言ってまた悲しそうな顔をする白澤君。赤城先輩は不思議そうな顔をしながらも、戸惑いながら聞いた。
「白澤君は・・・ご両親が嫌いなのかい?」
白澤君は赤城先輩から顔を逸らすと、小さい声で一言だけ言った。
「嫌い・・・です・・・。」
白澤君は棚の上に置かれた家族写真を見付け、それをじっと見つめた。写真の中の赤城先輩は、とても幸せそうな笑顔で写っている。
白澤君は少し羨ましそうな顔をすると、ゆっくりと話し出した。
「俺・・・両親だけじゃなくて、中学の時の奴等も、近所の奴等も皆嫌いです・・・。皆人が変わった様に・・・掌を返して態度が変わったから・・・。」
「それは・・・君が不登校をしている時の事・・・かい?」
赤城先輩が聞くと、白澤君は頷き、俯いて話した。
「正確には、不登校になった原因のせいで・・・です。俺、小学校の時から仲がよかった友達が居たんですが・・・。所謂、親友ってヤツですよ。翠ちゃんが言う様な親友じゃなくて、本当の親友。何でも話し合える、気の合う友達です・・・。でも中学に入ってから変わっちゃって・・・。」
「白澤君、無理に話す事は無いのだよ・・・。」
優しく赤城先輩が言うと、白澤君は小さく首を横に振った。
「いいえ・・・。自分だけ話さないのって、フェアじゃないし・・・。それに、赤城先輩は知っておいた方がいいんです。会長の・・・その、会長とも関わりの有る話しなんで・・・。それから黄美絵先輩とも。」
「会長と・・・黄美絵先輩?」
「はい。俺も知ったばかりですが・・・。前に言った事有りましたよね?不登校の時、チャットをしている相手が居て、その人に、今の高校を勧められたって・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は2人で買い物に行った時の事を思い出し、頷いた。
「あぁ・・・そう言えば・・・。そんな事を言っていたね。」
白澤君は頷く赤城先輩の顔を、真剣な表情で見ると、少し言い難そうに言った。
「その・・・実はその相手が・・・分かって・・・。それで、その・・・会長・・・だったんですよ。」
白澤君の言葉を聞くと、赤城先輩は驚きながらも、どこか悲しそうな顔をした。
「そう・・・か。そうだったのだね。よかったではないか!相手が分かって。しかも会長とは、灯台本暗しとは正にこの事だね!」
赤城先輩は明るく嬉しそうに言うが、どこか無理をしている様に感じ、白澤君の顔は沈んでしまう。
「先輩・・・そのっ、何て言えばいいのか分からないけど・・・。確かに俺はチャット相手に憧れを抱いていましたが・・・好き・・・とか、そう言う事とは違います。本当に、只の憧れで・・・だから会長だったって知ったからって、会長が好きとか・・・そう言う事じゃ・・・。」
戸惑いながら言う白澤君に、赤城先輩は優しくニッコリと微笑んで言った。
「分かっているよ、大丈夫。そうでなければ、わざわざ俺の家まで来て、こんな遅くまで俺を待っていたりしないからね。そうだろう?」
白澤君は微かに微笑むと、無言で頷いた。そして話しの続きをし始める。
「その・・・チャットをやり始めたのは、俺が学校に行かなくなって少し経ってからでした・・・。その・・・誰かに話しを聞いて欲しくて・・・それで適当に検索したサイトのチャットルームに書き込みをしたんです。『誰でもいいから話しを聞いてくれる人』って・・・。そうしたら、会長がその書き込みを見付けて、それからずっと話しを聞いて貰っていました。その時、俺のハンネーはヒキ男君で、会長のハンネーはホラーさんでしたよ。ホラーさんは、真剣に俺の話しを聞いてくれて・・・励ましたり、慰めてくれたり、怒ってくれたりしました。それが・・・凄く嬉しくて・・・。」
白澤君の話しを聞く赤城先輩は、穏やかな表情をさせ、優しい声で言った。
「とても会長らしいね。白澤君は運が良い、会長に見付けて貰えて。」
そう言ってニッコリと微笑むと、白澤君も微かに微笑んだ。
「はい・・・。その時の俺って、自分も周りの奴も大嫌いで、皆死んじゃえばいいって思う位落ち込んでいたんで・・・。本当、真剣に聞いてくれた事が嬉しかったんです。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は少し悲しそうな顔をして言った。
「そうか・・・そんなにも落ち込んでしまう事が、有ったんだね・・・。」
「はい・・・。その・・・小学生の時って、友達同士の間で、成績が良い悪いとかはあんまり気にしないじゃないですか・・・。只『頭が良いね』とかその程度で・・・。でも中学に入ると、その成績がハッキリと数字で出る様になって、所謂明確な差ってやつが、分かっちゃうじゃないですか。皆が皆、その事を気にしたり、それで仲が悪くなる訳じゃないですけど・・・。」
そう言って白澤君は顔を俯け黙ってしまうと、赤城先輩が変わりに白澤君の言いたい事を言った。
「君の友人は、その事を気にしてしまったんだね?」
赤城先輩に言われ、白澤君は俯いたまま頷くと、また話し出した。
「そいつ、凄く明るい奴で・・・。いつも面白い事言ったり、常に皆の中心に居て頼られて・・・誰からも好かれていました。色んな知識が有った俺の事を、物知りで凄いって言ってくれて、俺は行動力の有るあいつの事を凄いって言って・・・。それからいつも一緒に居ました。何でも共有して、何でも話して、それが楽しくて、それであいつは、中学も高校も・・・大学も同じ所へ行って、ずっと一緒に楽しく過ごそうって言っていたんです。俺もあいつも、その事を疑う事なんて有りませんでした。だってその時はまだ小学生でしたし・・・。中学に入って最初の頃は、あいつが分からない問題を教えてやったりして、あいつもそれを嬉しそうに聞いていて・・・まだよかったんです。でも・・・。」
白澤君は少し眉間にシワを寄せると、悲しそうな表情をした。
「でも・・・最初の試験が終わった時からです・・・。俺の点数はオール100点。あいつの点数は赤点だらけ・・・。ハッキリと成績の差が出てしまった時に、お互いに気付いたんです。同じ高校になんか行ける訳ないやって。でも俺は気にしませんでした。気にしないで、あいつと仲良くしていました。でもあいつは気にしていたみたいで・・・。頑張って勉強しないとって言っていたんです。だから俺もあいつに勉強を教えてやっていた。でも段々・・・俺を避ける様になって・・・。そしたらある日、『元々出来が違うんだから、もういいよ。』って言って来たんです。もう無理して同じ高校に行こうとする必要は無いって・・・。それで俺、最低な事言っちゃったんです。『なら俺がお前の行ける高校に合わせるよ。』って・・・。本当、最低ですよね・・・。」
そう言って、白澤君は悲しそうな笑顔をした。
「白澤君・・・。」
赤城先輩も悲しそうな表情を浮かべると、白澤君はクスリと笑った。
「でもちゃんと後で謝りましたよ。無神経な事言っちゃったなって思って。あいつも、その時は気にしなくていいって言ってくれました。それで仲直りしたと思っていたんです。でも・・・全然違った・・・。あいつ、中学に入ってからずっと、俺が成績が良い事が、気に入らなかったみたいなんです。自分より頭が良くて、それで周りから何かと頼られる俺に、ムカついていたみたいで。小学生の時と、立場が逆転しちゃって・・・。俺はそんな事も気付かないで、あいつに話し掛けていました。」
「それは・・・その子が君に勝手に嫉妬をしていたと言う事だろう?君はちゃんと無礼を詫びたのだし、君が悪くは・・・。」
赤城先輩が言い掛けている途中、白澤君はまた眉間にシワを寄せながら遮る様に言った。
「違うんですよ。それが原因じゃないんです。あいつは・・・影で俺の悪口を言う様になりました。俺はそんな事も知らずにあいつと話していたんですよ。それである日、俺はその事を知りました。凄く・・・腹が立ったし・・・ムカついた・・・。赤城先輩の言う通り、勝手な嫉妬で、皆に有りもしない事を言いまくって・・・。俺の気持ちを踏みにじったと思って・・・。だから・・・だから文句を言ってやろうと・・・屋上に呼び出した・・・。」
白澤君はじっと赤城先輩の顔を見つめると、今にも泣き出しそうな顔をして、声を震わせながら言う。
「それで・・・言い合いになって・・・。俺、勢いで言ってしまったんです・・・。『死んじまえ。』って・・・。そしたらあいつ・・・本当に死んでしまいました・・・。目の前で・・・俺の目の前で屋上から飛び降りやがったんですよ・・・。」
そう言うと、白澤君の目からは涙が零れ落ちて来た。赤城先輩は眉間にシワを寄せながら、只悲しそうな顔をしている。そんな赤城先輩の顔をじっと見つめながら、白澤君は泣きながら言った。
「信じられますか?本当に死んだんですよ?誰も・・・そんな事言われた位で・・・誰も本当に死ぬなんて思わないじゃないですか?喧嘩の言い合いで言った言葉なんて・・・真に受けて実行する奴なんか・・・居るとは思わないじゃないですか!でもあいつは死んだんです!俺の・・・俺の言葉を真に受けて・・・あいつは死んじゃったんですよ!」
泣き叫ぶ様に言うと、両手で顔を覆い、白澤君は唇を噛み締めた。
赤城先輩は白澤君の体を抱き寄せると、ギュッと強く無言で抱きしめた。白澤君は赤城先輩の服をギュッと強く握ると、体を震わせながら言う。
「俺・・・俺・・・あいつの事が好きだったんです・・・。だから本気で・・・同じ高校にだって行きたかった・・・。もっと・・・自分が頭悪いフリをしておけばよかったって・・・。」
泣きながら言う白澤君に、赤城先輩は少し驚いた様子で、そっと白澤君に聞いた。
「あいつって・・・女の子だったのかい?」
白澤君は何度も大きく頷くと、ヒクヒクと泣きながら言った。
「俺・・・自分の好きな子を殺したんですよ・・・。でも・・・でも・・・あいつも俺の事好きだったって・・・聞いて。だから嫌だったって・・・俺がどんどん離れて行く様な気がして・・・。馬鹿みたいじゃないですか・・・。他かが成績のせいで・・・お互いに好きだったのに・・・すれ違って・・・。結果が最悪だなんて・・・。俺が勢いで言った言葉は・・・あいつにとっては凄く重くて・・・傷付く事だったなんて・・・。知らなかった・・・。」
赤城先輩は更に白澤君を強く抱きしめると、悲しそうな声で言った。
「だから君は・・・自分を責めてしまったんだね・・・。」
白澤君はまた何度も大きく頷くと、赤城先輩の体の中に顔を埋めた。
「残ったのは『人殺し』って言うレッテルだけでしたよ・・・。警察が来て・・・ハッキリ自殺だったって言われても・・・周りは皆俺が殺したって言って・・・。近所でも噂して・・・だから学校にも外にも出なくなった・・・。そんな俺に・・・両親は最初から俺なんか存在して居なかった様に・・・関わろうともしなくなって・・・。」
赤城先輩はギュッと唇を噛み締めると、何度も白澤君の頭を優しく撫でながら言った。
「ずっと苦しんでいたのだね・・・。でも・・・君は人殺しではないし、ちゃんと立ち直った。とても偉いよ。とても・・・頑張ったんだね。」
しばらくの間、白澤君はずっと赤城先輩に泣きついていると、涙を啜りながら、ゆっくりと顔を上げた。赤城先輩は白澤君の涙を拭ってあげると、優しく微笑み言った。
「それで・・・チャットをして会長と出会ったのだね・・・。会長に、沢山話しを・・・君の気持ちを聞いて貰ったんだね。」
白澤君はゆっくりと頷くと、ヒクヒクと泣きながら言う。
「俺は・・・俺は悪くないって・・・。反省すべき事はちゃんと反省して・・・詫びるべき所はちゃんと・・・詫びたんだから・・・。俺の事・・・許してくれるって・・・言ってくれたんです。その時・・・俺、初めて誰かに許して貰えた気がして・・・。それでやっと自分の事も許せる様になって・・・。」
「そうか・・・。俺も、そのホラーさんの言う通り、君はもう悪くないと思うよ。君も・・・その女の子も、その時はまだ未熟な子供だったんだ。お互いの気持ちを上手く伝える術を知らない・・・子供だっただけなんだよ。」
そう言って、赤城先輩は優しくニッコリと微笑んだ。白澤君は袖で涙を拭うと、鼻を啜りながら言った。
「あ・・・ありがとう・・・ございます・・・。」
赤城先輩は更にニッコリと笑うと、何度も白澤君の頭を撫でた。
「こちらこそ、話してくれてありがとう。君が人の気持ちに敏感なのも・・・やたらと気にするのも・・・そのせいだったのだね。お陰で俺の恋は、少し前に進んだよ。」
優しい赤城先輩の声に、白澤君は自然と笑みが零れると、涙を零しながら微笑んだ。
「俺、先輩が会長の事好きになった気持ち・・・今ならよく分かります。ホラーさんは・・・こんな俺の事褒めてくれたんです。『優秀な事は良い事だ。』って・・・。凄く皮肉ですよね・・・。そのせいで俺の好きな子は死んじゃったのに、それを褒めるなんて・・・。でもホラーさんは、それを誇っていいて言うんです。優秀だと・・・過去の過ちを繰り返したりはしないからって。凄く自信満々に!そんなに自信満々に言われたら、それもそうだなって思っちゃいますよ。凄く・・・純粋だから、そんなに自信たっぷりに言えるんですよね・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は嬉しそうな笑顔を浮かべて言った。
「そうだよ。後ろめたい事が有ったら、そんなにも自信に満ちて言う事は出来ないのだよ。悲しいけれど、人と言うのは悪い事の方が沢山思い付いてしまう・・・。真っ白ではいられないんだ・・・。だけど会長は、真っ白なのだよ。だからこそ・・・俺は会長の事が愛おしい・・・。純粋で、真っ直ぐな会長の事がね。」
白澤君は小さく頷くと、そっと涙を拭い、柔らかい笑顔で言った。
「俺・・・入学式の時、本当は凄く不安で怖かったんです。ホラーさんに、『そのままの自分でいればいい。前よりも優しくなれたんだから、自然と言葉と人を選べるはずだ。』って言われたけど・・・最初はそんな事分からないって思っていました。また・・・軽はずみな言葉で誰かを傷付けてしまったら・・・どうしようって思って・・・怖かった。だから入学式の時は、誰とも話せなかった。でも・・・いきなり変なマスクを被った人に話し掛けられて、変な勧誘されて。あんまり変な人だったから、そんな不安なんかすっかり忘れちゃって・・・気付いたら俺、普通に色んな人と沢山話していました。性格悪いままですけど、ホラーさんの言う通り、自然と・・・言葉を選べる様になっていたんです。あぁ・・・こいつなら大丈夫だ、とか・・・こいつには言わない方がいいな・・・とか。」
そう言ってクスリと笑うと、赤城先輩は少し恥ずかしそうにしながら、微笑んだ。
「そうか・・・白澤君の高校生活での会話相手第一号は、俺だったのか。それは申し訳ない事をしてしまったね。初めての会話が、あんな俺の泣き事だったなんて・・・。しかもマスクを被った男とは、衝撃的過ぎたかな。」
赤城先輩は頭をポリポリと掻きながら、照れ臭そうに言うと、白澤君は何度も首を横に振り、嬉しそうな顔で言った。
「いいえ・・・。最初に話した相手が、赤城先輩でよかったって思います。赤城先輩に連れられて入った同好会は、もっと変な人が居て・・・。お陰で毎日慌しくて、そんな不安なんか考えてる暇も有りませんでしたよ。だから赤城先輩にお礼が言いたいです。ありがとうございます・・・俺に話し掛けてくれて・・・。俺を・・・『B級ホラーを愛でる会』に誘ってくれて、ありがとうございます。」
白澤君はニッコリと微笑むと、赤城先輩も微笑み、嬉しそうに言った。
「俺も白澤君が来てくれたお陰で、色々と前進する事が出来たよ。君が皆の背中を押してくれたんだ。改めて、我が同好会に入ってくれた事を感謝するよ。」
赤城先輩がそう言うと、白澤君は恥ずかしそうに顔を俯けた。まだ少し涙が残る物の、必死に涙が零れ落ちるのを止め、笑顔で言う。
「赤城先輩・・・俺、先輩には笑っていて欲しい。先輩は情けなくて・・・鬱陶しいくて、面倒臭い人だけど・・・優しい人だから・・・。だから、明日絶対に会長と会ってあげて下さい。きっと良い物が見られるから。」
白澤君にそう言われると、赤城先輩は少し迷いながらも、笑顔で頷いた。そしてまだグズグズと泣いている白澤君の姿を見ると、赤城先輩は切なそうにそっと俯いた。
しばらくすると、赤城先輩は良い事を思い付いたかの様にハッと顔を上げ、嬉しそうに言う。
「そうだっ!白澤君、今日はもう遅い事だし、お家の人さえよければ、家に泊まっていきなよ!どうせこの家には俺1人しか居ないし、気を使う事も無いのだしね。」
突然の赤城先輩の提案に、白澤君は戸惑いながらも、顔をキョトンとさせて頷く。
「え・・・?あぁ・・・はい・・・。まぁ、構わないですけど・・・。どうせ教科書は学校に置いて有るし・・・。両親は・・・どうせ気にしないでしょうから・・・。俺がどこで何やってようが・・・。」
そう言って俯く白澤君の頭を、赤城先輩は軽くポンッと叩くと、ニッコリと笑って言った。
「それでも、ちゃんとご両親には連絡をしておきなさい。それに、家に泊まれば、明日は一緒に学校に行く事が出来るだろう?俺も白澤君が泊まってくれると、夜は寂しくは無いからね・・・。」
白澤君はゆっくりと赤城先輩の顔を見ると、優しく微笑むその姿にとても安心感を抱き、フッと肩の力が抜け、自然と笑顔で言った。
「はい・・・そうします。」
赤城先輩は満足そうな笑顔で頷くと、何度も白澤君の頭をクシャクシャと撫でた。白澤君は恥ずかしそうにしながらも、笑顔はとても嬉しそうだった。
*以下略*
「それではまず、何か夕食でも作って食べようか。白澤君、お腹空いているだろう?ずっと家の前で待っていたのだから。」
赤城先輩は両手をパンッと叩いて言うと、白澤君は思い出したかの様にお腹に手を置き、ゆっくりと頷いた。
「そう言えば・・・部室でお菓子食べたてからは・・・何も食べて無いや。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩はクスリと笑った。
「俺もずっと、何も食べずに雑誌を破り続けていたからね。実はお腹がペコペコだったのだよ。夕食と言うより、夜食になってしまうけれど、何か食べておいた方がいいよ。お互いに泣いて体力を消耗してしまったしね。」
そう言って、赤城先輩はすぐ隣に有る台所に向かおうと立ち上がると、白澤君も慌てて立ち上がる。
「あっ、俺も手伝います!簡単な料理位なら出来ますし・・・泊めて貰う身なので。」
「いいよ、君はお客さんなのだから、ゆっくりとしていたまえ。俺が作っている間に、白澤君はご両親に連絡をして、顔を洗ってくるといいよ。洗面所は、廊下を出て左に有るから。」
赤城先輩はニッコリと笑って言うと、そのまま台所へと行ってしまった。
白澤君は赤城先輩に言われるがまま、ゆっくりと廊下へと出ると、一度左右をキョロキョロと見渡し、洗面所へと向かった。
白澤君は洗面所へと行くと、電気を点け、ゆっくりと鏡の前へと立った。鏡に映る自分の顔は、泣き腫らしたせいで、目も目の周りも真っ赤になってしまっている。
「酷い顔だな・・・。」
鏡の中の自分に向かい、ポツリと言うと、そっと眼鏡を外し洗面台の横へ置き、蛇口を捻り水を出した。そっと手を水に当てると、水はヒンヤリとしとても冷たかった。何度もバシャバシャと冷たい水で顔を洗うと、蛇口から出る水を止め、すぐ横に置いて有ったタオルで顔を拭く。
眼鏡を掛けて、もう一度鏡に映り込む自分の顔を見て見るが、相変わらず酷い顔をしたままだ。しかし冷たい水で顔を洗ったお陰で、少し頭がすっきりとし、冷静さを取り戻した気がした。
「感情的に・・・話し過ぎちゃったかな・・・。もっと冷静でいないと・・・。感情をむき出しにしたら・・・駄目だ・・・。」
自分に言い聞かす様に、鏡の中の自分に向かい言うと、深く深呼吸をした。ポケットから携帯電話を取り出し、電話帳の中から自宅の番号を出すと、その番号をじっと見つめる。
しかし通話ボタンは押さずに、携帯電話の電源を切ると、またポケットの中へとしまう。そして洗面所の電気を消すと、赤城先輩の居る部屋へと戻って行った。
白澤君はリビングに戻ると、中からは美味しそうな匂いがして来た。そっと奥の台所を覗いてみると、赤城先輩が手慣れた様子で料理をしている。
「流石・・・1人暮らしが長いだけあって、手慣れていますね。」
白澤君は関心をしながら赤城先輩に近づくと、赤城先輩はニッコリと笑い、フライパンを振りながら嬉しそうに言って来た。
「ありがとう。結構レパートリーは多いんだよ。お菓子も作れるしね!ご両親には、もう連絡をしたのかい?」
赤城先輩にそう言われると、白澤君は一瞬胸がドキッとするも、ニッコリと笑って言った。
「はい、大丈夫でしたよ。お菓子も作れるんですか・・・本当、器用ですねぇ・・・。先輩、将来良いお嫁さんになれますね。」
後半誤魔化す様に言うと、赤城先輩は照れ臭そうに、頭を掻きむしりながら言う。
「いやぁ~そうかなぁ?そんなに褒められると、照れてしまうなぁ・・・ハハハっ!」
嬉しそうに笑う赤城先輩に、白澤君は突っ込む事が有ったがそれはさて置き、明日の事を話した。
「あの・・・先輩さえよければ、明日は午後から学校に行きませんか?俺、ちょっと午前中は寄りたい所があるので・・・。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は不思議そうな顔をするも頷いた。
「あぁ・・・構わないけど・・・。何か用事でも有るのかい?」
赤城先輩は、お皿の上に料理を盛り付けながら言うと、白澤君は少し顔を赤くさせ、恥ずかしそうに言う。
「はい・・・あの・・・。ちょっとケーキ屋さんに寄りたくて・・・。」
「ケーキ屋さん?・・・あぁ、明日部室で皆で食べるのかい?」
赤城先輩がそう言うと、白澤君は更に顔を赤くさせながら、体をモジモジとさせて言った。
「いえ・・・その・・・。ちょっと送り物をしたいんで・・・。」
すると赤城先輩は、嬉しそうに笑うと、元気よく言って来た。
「おぉ!プレゼントだね?そうか、それなら喜んでお供するよ!俺の買い物にも付き合ってくれたしね。今度は俺が、白澤君のプレゼント選びに付き合うよ。」
目をキラキラと輝かせながら言って来る赤城先輩に、白澤君は思い切り恥ずかしくなってしまい、顔を俯けながら盛り付けられた料理を手にし、慌しく運び出した。
「俺っ、運びますね!」
スタスタとテーブルの方まで行くと、手に持った料理をテーブルの上に置いた。ふとお皿の上の料理を見て見ると、美味しそうに湯気が立っている事に気付き、白澤君は思わずゴクリと唾を飲み込んでしまう。
「すぐに出来る物をって思って・・・チャーハンにしたのだけれど、よかったかな?」
後ろから赤城先輩がスプーンを持って言って来ると、白澤君はニッコリと笑い頷いた。
「あぁ、はいっ!チャーハン好きだし、凄く美味しそうですよ。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩は嬉しそうに微笑んだ。
「なら、冷めない内に食べようか。すぐにお風呂も沸かすから、白澤君、後で一緒に入ろうね。」
そう言って赤城先輩はニッコリと笑うと、白澤君の顔は一気に無表情に変わり、後退りをしながら言う。
「それは遠慮しときます・・・。要らぬ誤解を受けそうなので。」
一瞬その場がシ・・・ンとなると、赤城先輩はスプーンを強く握り締めながら、真剣な眼差しで訴えた。
「何故だい?高校生のお泊り会と言えば、一緒にお風呂に入って、夜はちょっとエッチな話しをして夜更かしして、一緒のお布団で寝る物だろう!」
力強く言う赤城先輩に、白澤君は思い切り顔を引き攣らせながら、物凄く嫌そうに言った。
「それは女子のお泊り会ですっ!どんだけ高校生活に理想抱いてんですかっ!そう言う事やりたいなら、黒木でも誘って下さいよ!俺はお断りですからねっ!」
「黒木だとっ?何を言っているんだい、白澤君!黒木なんかと一緒にお風呂に入ったり、寝たりしたら、確実に俺は犯されているよ!これは男の友情を深める為の儀式なのだよ!だから・・・ね?」
必死に訴える赤城先輩に、白澤君も同じく、必死に訴えた。
「ね?じゃありませんよっ!何なんですか!今までの下りがぶち壊しじゃないですか!路線変更でもするつもりですか?俺は絶対そんな儀式しませんからねっ!就寝時は別室でお願いしますっ!」
「白澤君・・・お風呂は諦めるから、せめて一緒のお布団で寝ようよぉ~!」
泣きつく様に言う赤城先輩に、白澤君は冷たく言い放つ。
「い・や・で・す!やっぱり赤城先輩は只の馬鹿城先輩ですっ!」
結局赤城先輩は白澤君と一緒に、お風呂に入る事も一緒に寝る事も出来ずに、夜は更けて行った。
しかし寝る前に、白澤君は赤城先輩と色々な話しを沢山し、眠りに着く頃には、心はとても穏やかになり、安らかに眠る事が出来た。当然別室で・・・。
次の日の朝、ピンポーンとインターホンが何度も鳴る音がし、赤城先輩は目を覚ました。眠そうに目を擦りながら、まだ眠っている白澤君を起こさない様に、静かに玄関まで行くと、玄関の鍵を開ける。
「はい・・・今開けます・・・。」
まだ少し寝ぼけながら玄関のドアを開けると、そこには黒木と翠ちゃんが立っていた。
「赤城先輩っ!おはようございますッス!」
嬉しそうな顔をして言う黒木に、少し後ろに立っていた翠ちゃんも、ニコヤカに挨拶をする。
「おはようございます。ごめんなさい・・・朝から家に押し掛けてしまって。」
2人の姿を見た赤城先輩は、一気に眠気が吹っ飛び、驚いた顔をした。
「あ・・・おは・・・よう・・・。どうしたんだい?2人共・・・。」
戸惑いながらも言う赤城先輩に、黒木はしっかりと赤城先輩の腕にしがみ付きながら言って来た。
「どうしたじゃないッスよ!昨日の事が心配で、翠と一緒に赤城先輩の様子を見に来たッス!先輩、あれからちっとも鞄置きっぱなしで部室に戻って来なかったッスから・・・。」
そう言ってスリスリと顔を赤城先輩の腕に擦り付けると、赤城先輩は黒木を振り払い、頭を掻きながら申し訳なさそうに言った。
「あぁ・・・そうか・・・。それでわざわざ家まで来てくれたのか。それはすまなかったね。余計な心配を掛けてしまって・・・。でももう大丈夫だよ。今日もちゃんと登校する予定だったしね。」
赤城先輩がニコリと笑うと、その笑顔を見た黒木と翠ちゃんは、ホッと安心した表情をさせた。
「よかった・・・。本当は、夜にでも一度様子を見に行こうかって、黒木君と話してたんですけど・・・。そっとしておいた方がいいかな、とも思って。拓実先輩、思ったより元気そうでよかったです。もしかしたら・・・ショックで自殺とか・・・してたらどうしようかと思ってたんですけど・・・。」
翠ちゃんは目を潤ませながら言うと、赤城先輩は困った様子で苦笑いをしながら言った。
「いやぁ・・・心配は嬉しいのだけど・・・。翠ちゃん、俺はそこまで精神弱くないからそれは無いよ・・・。」
「そっ、そうですよね!ごめんなさい・・・。」
慌てて翠ちゃんは謝ると、2人してハハハ・・・と苦笑いをする。
玄関先で3人が話していると、何だか騒がしい事に気付いた白澤君が、寝むそうに目を擦りながら二階から下りて来た。
「先輩・・・朝っぱらから五月蠅いですよ・・・。宅急便の人とじゃれ合ってるんですか・・・?」
フラフラと足元をふら付かせながら、ゆっくりと玄関の方まで行くと、大きなアクビをしながら言った。
「あぁ、すまないね。起こしてしまったか・・・。」
慌てて赤城先輩が振りかえると、その先に、パジャマ姿で目を擦っている白澤君の姿が見えた。そんな白澤君の姿を見た黒木は、アングリと口を大きく開け、悲鳴の様な声で叫ぶ。
「しっしっ・・・白澤っ!何でお前が赤城先輩の家にいんだよっ!何で赤城先輩とお揃いのパジャマ着てんだよっ!泊まったのか?泊まったのかよ!お前赤城先輩の家に泊まったのかよおぉぉぉー!」
黒木の雄叫びを聞いた白澤君は、一気に目が覚め、驚いた顔で玄関先まで駆け寄った。
「えっ?黒木?って・・・翠ちゃんも?何で2人が居るの?」
慌しく白澤君が言うと、赤城先輩は落ち着いた様子で答えた。
「いやぁ~・・・俺の事を心配して、わざわざ様子を見に来てくれたみたいなのだよ。」
ヘラヘラとした顔で赤城先輩が言うと、奥からそっと翠ちゃんが、顔を微かに赤くしながらポツリと呟いた。
「お揃いのパジャマ・・・新婚さんみたい・・・。」
そんな翠ちゃんの呟きを聞いた黒木は、顔を真っ赤にさせながら白澤君に詰め寄った。
「白澤っ!おっおっおっお前っ!俺だって赤城先輩の家に泊まった事無いのに!いっ・・・一緒に風呂に入ったりしたのか?夜はちょっとエッチな事して、一緒の布団で寝てたりしたのかよ?事細かく白状しろっ!大体何でお前が赤城先輩の家に泊まってんだよおぉ!」
大声で黒木が叫ぶと、白澤君は一気にうんざりとした顔になり、面倒臭そうに説明をした。
「本当、お前等の思考回路はどうなってるんだよ・・・。赤城先輩に用事が有ったから家まで行ったんだけど、先輩が帰って来たのが遅かったから、時間も時間だったしそのまま泊まっただけだよ。ついでに一緒に風呂にも入って無いし、寝る時は別室で寝てたから。だから朝っぱらからそんな恥ずかしい事大声で叫ぶな・・・。」
白澤君の説明を聞いた黒木は、顔をムッとさせながらも納得をし、仕方なさそうに頷く。すると後ろの方で話しを聞いていた翠ちゃんは、そっと顔を覗かせながら言って来た。
「あの・・・まだ起きたばかりみたいだけど・・・。よかったら、4人で一緒に学校行かない?私達待ってるので。その・・・仕度が終えるまで・・・。」
そう言って顔を赤くさせ俯く翠ちゃんに、白澤君は顔を引き攣らせながら言う。
「翠ちゃん・・・仕度って・・・何の仕度だと思ってんの?絶対翠ちゃんが想像している物とは違うから!俺は黒木じゃないからね。」
「え?えっと・・・その・・・。うん、分かってるから・・・大丈夫だよ。」
戸惑いながらも頷く翠ちゃんに、白澤君は「絶対分かってない。」と思いながらも、もう放って置こうと思い、軽く溜息を吐いた。
「悪いけど・・・俺と先輩、今日は午後から学校に行くから、2人は先に行っててよ。」
白澤君がそう言うと、翠ちゃんは顔を真っ赤にさせて一気に顔を上げ、黒木は顔を真っ青にして、白澤君は顔を見つめた。2人してパックリと口を開き白澤君の顔を見ると、白澤君はすかさず説明をする。
「学校行く前に、赤城先輩と寄る所が在るだけだから。変な勘違いしないでよね。」
素っ気なく白澤君が言うと、黒木と翠ちゃんはホッと息を吐いた。そんな2人の姿を見て、やはり変な勘違いをしていたのかと思うと、白澤君の顔は自然と引き攣る。
「だったら、自分達も付き合うッスよ。」
黒木が元気よく言って来ると、翠ちゃんも嬉しそうな顔をして、頷いた。
「2人で寄る所って事は、同好会の買い出しか何かですか?なら、私も一緒に行ってお手伝いします。」
「いや・・・同好会の買い出しじゃ・・・。」
白澤君は戸惑いながら言い掛けると、その後何て言ったらいいのか分からず、困った様子でポリポリと頭を掻いた。すると赤城先輩が、嬉しそうにニコニコと微笑みながら、2人の申し出を断った。
「申し出はありがたいけれど・・・プライベートな買い出しなんだ。同好会とは関係は無いから、すまないが、2人は先に学校に行っていてくれないかい?」
赤城先輩がそう言うと、翠ちゃんは「はい・・・。」と頷くが、黒木は不満そうな顔をさせた。
「白澤とプライベートな買い出しって、どこに行くんスか?自分は付いて行っちゃ駄目なんッスか?2人だけなんて、怪しいッス。」
じっと白澤君の顔を睨みながら黒木が言うと、赤城先輩は顔をニッコリとさせ、嬉しそうに言う。
「いやね・・・白澤君が、黄美絵先輩の為にプレゼッぐはあぁっ!」
言い掛けている途中、赤城先輩は鳩尾に、白澤君から肘鉄を思いっ切り喰らった。両手でお腹を抱え、前屈みになると、声に出ない声で苦しそうに悶える。白澤君は顔を真っ赤にさせると、涙目になりながら悶える赤城先輩に、恥ずかしそうに小声で言った。
「余計な事言わないでいいからっ。」
赤城先輩はゼェゼェと苦しそうに息をしながら、何度も大きく頷いた。そんな2人の様子を見ていた黒木は、邪魔をしてはいけない事を悟り、戸惑いながらも言う。
「な・・・何か、本当にプライベートな事っぽいッスね・・・。自分、一緒に居たら邪魔になりそうなんで・・・分かりました。先に学校行ってるッス。」
そう言うと、白澤君は顔を赤くさせたまま、満足そうに言った。
「あぁ・・・悪いな。ちゃんと赤城先輩は、俺が責任を持って学校に連れて行くから安心しろっ!」
黒木と翠ちゃんは引き気味ながらも頷くと、そっとその場から離れて行った。
「それじゃぁ・・・また後で学校でね。」
翠ちゃんがそっと手を振ると、白澤君はニッコリと笑い、赤城先輩を家の中に押込めながら手を振る。黒木は心配そうに赤城先輩を見つめながら玄関から離れると、先に行く翠ちゃんの後を追った。
2人が玄関の前から立ち去り、家の門を出ようとした瞬間、後ろから白澤君の呼び止める声が聞こえた。
「ああっ!2人共ちょっと待った!」
黒木と翠ちゃんはピタリとその場に足を停め、声のした方を振り返ると、家の中に赤城先輩を収納し終えた白澤君が、慌てて駆け寄って来ていた。白澤君は2人の元まで行くと、ニッコリと笑い言った。
「忘れるとこだったや。会長からの伝言で、今日の同好会活動は休みだから。部室は鍵が掛ってるみたいだから、行っても入れないとの事だよ。学校で会ったら言おうと思ってたけど、来てくれたお陰で手間が省けたや。」
「あぁ・・・そうなんだ・・・。分かったよ。」
翠ちゃんがそう言って頷くと、黒木も頷いた。
「分かったよ。まぁ・・・仕方無いだろうな。あんな事が有った後だし・・・会長も赤城先輩と顔合わせずれぇだろうしな。」
そう言うと、翠ちゃんは少し顔を俯けた。白澤君は黒木の言葉と翠ちゃんの反応を見て、ふと会長が言っていた事を思い出す。
(そう言えば・・・会長黒木に抱きつかれたって言ってたけど・・・。翠ちゃんからしたら辛い光景だったのかな?てか・・・マジで部室で何が有ったんだ・・・?)
悶々と頭の中で考えるも、もうその事は穿り返さない方がいいと思い、そっと心の奥にしまう事にした。
「まぁそう言う事だから、よろしく。」
そう言って白澤君は2人に手を振ると、玄関の方へと戻り、家の中へと入って行った。黒木と翠ちゃんはお互いに顔を見合すと、再び歩きだし赤城先輩の家を後にする。
*以下略*
赤城先輩の家から駅へと向かう黒木と翠ちゃんは、何とも言えない気分で歩いていた。
「何か・・・あれだよな・・・。」
黒木がポツリと言うと、翠ちゃんも同じくポツリと言った。
「そうだね・・・あれ・・・だね・・・。」
「自分達って・・・蚊帳の外って感じじゃねぇか?」
「そうだね・・・。全部勇人君がやってくれてるって感じで・・・。」
2人してトボトボと歩きながら呟いていると、翠ちゃんはふと黄美絵先輩の事を思い出した。
「黄美絵先輩って・・・知ってるのかなぁ?あの時って、確かもう部室に居なかったし・・・。」
軽く首を横に傾げながら翠ちゃんが言うと、黒木は溜息混じりに言った。
「知ってるに決まってんだろ?どうせ会長が話してるよ。」
「そうだね・・・さっきも拓実先輩が、黄美絵先輩がどうとか言ってたし・・・。」
そう言って翠ちゃんは俯くと、少し寂しそうな顔をした。
「だったら・・・本当に私達の・・・。私の出る幕なんか無いね・・・。」
黒木はそっと翠ちゃんの方を向くと、一瞬寂しそうな顔をするもニッコリと笑い、丸まった翠ちゃんの背中をバシッと強く叩いた。
「良い事じゃねぇかよっ!自分等みたいな下っ端の新人にまで世話んなってたら、マジでどうしようもない状態って事になっちまう!白澤1人が走り回ってる時は、最悪な状況じゃ無いって証拠だよ。」
元気よく黒木が言うと、翠ちゃんは驚きながらも黒木の顔を見て、微かに笑った。
「そうだね・・・そうだよね。」
翠ちゃんは自分に言い聞かすかの様に、何度もそう言って頷くと、ニッコリと微笑んだ。
「私達は、私達でやればいいよね!今出来る事を、やればいいよね。」
嬉しそうに翠ちゃんが言うと、黒木も顔をニッコリとさせ、嬉しそうに頷く。
「ああっ、そうだよ!会長と赤城先輩の事は、白澤と黄美絵先輩に任せようぜ。自分等は余計な事しない方がいいよ。きっともっとややこしくなっちまう・・・。自分等は・・・そうっ!同好会の事で何かしようぜ!」
黒木は閃いた様に言うと、翠ちゃんは両手をパンッと叩き、嬉しそうに頷いた。
「それ、いいね!拓実先輩と会長が仲直りして、また皆が部室に集まった時、何か喜んで貰える様な事しようよ!」
そんな翠ちゃんの言葉に、黒木は目を輝かせながら言った。
「それすげぇーいいよ!何がいいだろっ?そうだっ、ホラー映画の同好会だから、映画の再現とか?殺人鬼の人形作ったりしてさっ!」
すると翠ちゃんも、目を輝かせながら言う。
「面白そうだね!あぁ・・・でもそれじゃぁ只のお化け屋敷になっちゃいそうだな・・・。もっとこう・・・リアルにした方がいいんじゃない?」
「リアルって・・・どうんな感じにだよ?心霊現象を起こすとかか?」
「そう言うのじゃなくて・・・なんかこう・・・血生臭いって言うか・・・。」
中々ハッキリとした考えが思い浮かばず、悩んでいる翠ちゃんに、黒木はハッとした顔をし、良い事を思い付いた。
「そうだっ!血生臭いってヤツで思い付いたんだけど、こんなのってどうだ?」
そう言って、そっと翠ちゃんに耳打ちをすると、黒木のアイデアを聞いた翠ちゃんは、嬉しそうに笑った。
「それ・・・絶対良いよ!絶対皆喜ぶし、楽しいよ!」
嬉しそうにハシャグ翠ちゃんに、黒木も胸をワクワクさせながら、楽しそうに言う。
「だろ?絶対良いだろ?なぁ、早速今日必要なモンとか買いに行こうぜっ!」
「そうだね。今日は活動お休みだし、このまま学校行かずに準備するって言うのはどうかな?」
翠ちゃんがそう言うと、胸を弾ませながら楽しそうにしていた黒木の顔が、一気に沈んだ。
「悪い・・・それは無理だわ・・・。俺、授業受けねぇと分かんなくなるから・・・。」
そんな黒木の言葉に、翠ちゃんはハッと気付き、慌てて謝った。
「そっ・・・そうだったね・・・。ごめんっ、ごめんね・・・。自分の事しか考えてなくて・・・。」
黒木は軽く溜息を吐くと、クスリと笑い、優しく翠ちゃんに言った。
「いや・・・自分の予定に合わせる必要はねぇよ。出来の悪い自分がいけないんだからなっ!悪いのは自分の方だ。せかっく盛り上がってたのに、冷めちまう事言っちまって・・・悪かったな。」
翠ちゃんは何度も首を大きく横に振ると、ニッコリと笑った。黒木もニッコリと笑うと、元気よく言う。
「よしっ!そうと決まれば、今日は学校サボって準備だ!翠っ、買い出しに行こうぜっ!」
「うんっ!今日はサボりだねっ!」
翠ちゃんも元気よく言うと、2人は互いに顔を見合わせ、またニッコリと笑った。
白澤君と赤城先輩はケーキ屋に寄ってから学校へと行くと、白澤君は何度も「必ず部室に行く様に。」と赤城先輩に念を押し、校内で別れた。赤城先輩は笑顔で頷きながら自分の教室へと向かったが、白澤君は3年生の教室へと向かう。急いで会長の居る教室へと向かうと、ちょうど昼休みの時間で、廊下には沢山の上級生が居た。
白澤君は上級生に囲まれ少し緊張しながらも、そっと会長の教室を覗いた。教室の中に会長の姿を確認すると、白澤君はホッと肩を撫で下ろす。
「よかった・・・会長ちゃんと来てたや・・・。」
白澤君は何とか会長を呼ぼうと周りをキョロキョロとするも、見知らぬ上級生に声を掛ける勇気は無く、どうしたらいいものかと戸惑っていた。すると、挙動不審に教室の入り口でソワソワとしている白澤君の姿に気付いた会長は、慌てて白澤君の元へと駆け寄った。
「白澤っ!」
会長の呼ぶ声に気付いた白澤君は、ホッと息を吐き、安心した顔をする。
「会長、よかった・・・気付いて貰えて・・・。どうやって呼ぼうかと困っていましたよ・・・。」
嬉しそうに白澤君が言うと、会長は心配そうな顔をして言った。
「その・・・どうだった?」
会長にそう聞かれると、白澤君はニッコリと笑い言う。
「赤城先輩なら、ちゃんと学校に来ていますよ。今日一緒に登校したんで。部室にも・・・何度もちゃんと行く様に念を押しておいたから、大丈夫だと思います。」
それを聞いた会長は、安心した様子でゆっくりと肩の力を抜いた。
「そうか・・・それならよかった。」
「俺の方こそ、会長がちゃんと登校してくれていて、よかったですよ・・・。」
白澤君も安堵しながら言うと、会長を顔をキリッと真剣にさせて言う。
「約束したからな!約束はちゃんと守らなければいけないだろ!」
「そうですね。」
白澤君はニッコリと笑って頷くと、ふと周りを見渡した。そして不安そうに会長に聞く。
「あの・・・黄美絵先輩は・・・?」
白澤君にそう聞かれると、会長は顔を俯け、戸惑いながら答えた。
「その・・・やはり来ていない。昨日僕も連絡をしてみたんだが・・・繋がらなかった。自宅の方にも電話をしてみたんだが、留守にしていると言われて・・・。」
そう言って沈んだ顔をする会長に、白澤君の顔も少し曇ってしまうが、それを隠す様にニッコリと笑った。
「そうですか・・・。黄美絵先輩の事は、俺の問題なので俺が何とかします。だから会長は、今は赤城先輩との事だけを考えていて下さい。余計な心配する事有りませんよ。」
白澤君がそう言うと、会長は悲し気に微笑みながら頷いた。そしてまた真剣な眼差しをして、白澤君に言う。
「白澤・・・黄美絵は強いが、僕と同じ女の子なんだ・・・。黄美絵は僕に、女の子は弱い物だから・・・守って貰えばいいと言っていた。だから黄美絵も本当は弱い女の子だ・・・。だから・・・守ってくれる人が必要なんだ・・・男で・・・。僕は・・・女の子だから黄美絵を守ってはやれない・・・。」
そう言って俯くと、白澤君は優しく会長の頭を撫でた。
「大丈夫ですよ。ちゃんと分かっていますから・・・。黄美絵先輩は・・・強がっているだけです。俺もそんなに強くは無いけど・・・黄美絵先輩を傷付けたりはしません。」
白澤君はそう言ってニッコリと笑うと、その笑顔を見た会長は、安心した様子で微笑んだ。
チャイムの音が鳴ると、白澤君はそっと会長の頭から手を退かし、軽くお辞儀をした。
「それじゃあ会長・・・また明日、皆で部室で会いましょう。」
「あぁ・・・そうだな。」
白澤君がその場から去ろうとすると、会長はとっさに白澤君の袖を掴んだ。
「会長?」
ふと振り返ると、会長の体は小さく小刻みに震えている。会長はゆっくりと顔を上げると、今にも泣き出してしまいそうな顔をしながら、小さな声で言った。
「明日・・・必ず皆で部室で会えるよな?また何も変わらずに、皆で楽しく過ごせるよな?」
不安そうにする会長に、白澤君は優しく微笑んだ。
「はい、必ず皆で楽しく過ごせますよ。会長忘れちゃったんですか?この学校に・・・いえ、我が同好会に集まった奴等は、馬鹿しか居ないんですよ?馬鹿は一日経ったらすぐに忘れちゃいます。喧嘩した事だって、何だって!」
「白澤・・・。」
「会長に導かれて、皆我が同好会に集ったんですよ?その設立者である会長が、メンバーを信じてあげなくちゃ、駄目です!」
白澤君にそう言われると、会長はニッコリと笑い頷いた。
「そっ・・・そうだな!リーダーである僕が、弱音等吐いていたら、示しが付かんな!」
会長は握り締めていた白澤君の袖を、そっと離すと、恥ずかしそうに顔を俯けた。
「ありがとう。」
そして一言だけそう言うと、顔を俯けたまま、教室の中へと入って行ってしまう。
廊下に取り残された白澤君は、クスリと小さく笑うと、ゆっくりとその場から歩き出す。
「ありがとう・・・か・・・。それは俺の方なのに・・・。」
誰にも聞こえない位、小さな声で呟いた。