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告白なんて思う様にいかない事ばかり

 黒木と翠ちゃんが入会をしてから数週間が経ち、『B級ホラーを愛でる会』は前以上に賑やかになった。

 黒木は当然の事ながら、黄美絵先輩の用意したフリフリのメイド服を着ている。しかし何かが吹っ切れた黒木には、対して苦では無かったようだった。

 同好会内は相変わらず会長は無駄に偉そうに仕切り、黄美絵先輩もいつも通りに人使いが荒い。黒木は以前よりは少し落ち着き、赤城先輩に無理やり抱き付く事は無くなり、普通に接する様にはなったが、無駄にボディータッチは多い。そんな黒木に、翠ちゃんは何とか自分をアピールしようと試みるが、そのタイミングをいつも逃していた。

 赤城先輩も相変わらず白澤君に泣き付いてばかりだったが、白澤君もまた相変わらず相手にせず、マイペースに黄美絵先輩の命令を聞いている。

 何も変わらない様で何かが変わっている部室内に、一つだけ大きな変化が有った。

 「黄美絵先輩、なんか会長・・・赤城先輩の事避けてません?」

 白澤君がそっと黄美絵先輩に聞くと、黄美絵先輩は余り気にしていない様子で答えた。

 「そうね、そうかもしれないわね。」

 「黄美絵先輩、会長から何か聞いていないんですか?」

 「さぁ・・・私は何も聞いていないから。」

 素っ気なく答える黄美絵先輩に、白澤君は少し不満そうな顔をした。

 赤城先輩は変わる事無くいつも通りに嬉しそうに会長に話し掛けるが、会長は適当に返事をしては、逃げる様に黒木や翠ちゃんに「我が同窓会について」と話し掛けていた。明らかに余所余所しい会長の態度に、赤城先輩はここの所明るく振る舞ってはいるが、どこか悲し気な様子だ。そんな赤城先輩を、白澤君は心配をしてではなく、鬱陶しそうな顔をしながら黄美絵先輩に訴える。

 「黄美絵先輩、何か知ってるならなんとかして下さいよ。ここの所、毎晩赤城先輩が泣きながら電話して来て、かなり鬱陶しいんですが・・・。」

 黄美絵先輩は深く溜息を吐くと、困った表情をさせ言った。

 「本当に、何も知らないのよ。知っていたら何とかしてるわ。私だって、毎日赤城君からメールが来て迷惑してるのよ?『何故避けられているのでしょうか?』とかって・・・やたらと聞いて来て・・・。」

 「黄美絵先輩もですか・・・。」

 白澤君は思い切り顔を引き攣らせると、カウンター内で黒木に言い寄られている赤城先輩の方を、チラリと見た。

 「本当に、何が有ったんだろう・・・。」

 ボソリと白澤君が言うと、黄美絵先輩は翠ちゃんと視聴室に向かう会長の方を、チラリと見て言った。

 「多分、葵君の方に問題が有るんじゃないかしら?赤城君はいつも通りだし・・・明らかに葵君の方が避けてるみたいだから。」

 「会長の方が・・・?まぁ、確かにそうですね。赤城先輩はいつも通りの馬鹿ですが・・・黒木の入会試験終了日以来、何か微妙に皆変わりましたよね。赤城先輩と黒木も、結構普通に会話とかしてるし・・・。」

 カウンター内で黒木にドリンクの作り方を教えている赤城先輩の姿を、白澤君は不思議そうに首を傾げて見つめた。

 黒木の赤城先輩に対する想いは相変わらずのようだったが、以前とは違い赤城先輩も嫌々では無く、普通に黒木と話しをしている。今まで顔を見えれば抱き付いていた黒木も、真剣な表情で赤城先輩の説明を聞いている。

 「あの2人、お友達になったみたいよ?」

 コーヒーを優雅に啜りながら言う黄美絵先輩に、白澤君を驚いた顔をして言った。

 「え?お友達って、和解したって事ですか?」

 「違うわよ・・・。あの2人、追って追われての関係だったから、まともに話しすらした事無かったみたい。それで葵君に言われて、まずはお友達から始めようって事になったらしいわ。これは赤城君本人から聞いた事だから・・・まぁ、だからもうそこまで酷い迷惑を掛ける事は無いでしょうって。」

 「そうだったんですか・・・いつの間に・・・。てか赤城先輩、毎晩電話して来るならそう言う大事な事言えよ・・・。どうでもいい泣き事ばっかじゃなくて・・・。」

 白澤君は一気にうんざりとした顔になると、軽く溜息を吐きながらソファーに座った。

 目の前で優雅にコーヒーを飲む黄美絵先輩の姿は、本当にいつも通りで何も変わらない。周りは微妙に変わっているにも関わらず、この黄美絵先輩だけは全く変わっていない事に、白澤君は少し不思議にも、不自然にも思えた。動揺をしないだけなのか、関心が無いのか、隠しているのか、どれも当てはまる様でどれも当てはまらない様で、つくづく謎な人だと言う事だけが頭の中を過る。

 「珍しいですね・・・。黄美絵先輩が、会長の事に無関心だなんて・・・。」

 白澤君はポツリと言うと、黄美絵先輩はゆっくりとカップをテーブルに置き、ニッコリと微笑んだ。

 「別に無関心って訳では無いのよ?只この事は、葵君自信の問題だから、葵君が自分で解決しないといけないと思っているだけよ。」

 「はぁ・・・まぁ確かにそうですが・・・。アドバイス位してあげたらどうですか?」

 白澤君はまた不満そうに言うと、黄美絵先輩はクスクスと笑い出し、からかう様に言う。

 「白澤君って、本当お節介よねぇ。あれだけ赤城君や他の人の事、鬱陶しそうにしている癖に、何だかんだ言って気にして・・・お人好しなのかしら?」

 すると白澤君は、今度は顔をムッとさせて言った。

 「別に、お節介でもお人好しでも有りませんよ。只好奇心大制旺盛なだけです!」

 「そう?ならそう言う事にしておいてあげるわ。」

 クスクスと可笑しそうに笑う黄美絵先輩に、白澤君は顔を真っ赤にしながらソッポを向いた。

 「大体、黄美絵先輩だって会長と喧嘩してたっぽいじゃないですか。あれはもういいんですか?」

 黄美絵先輩から顔を背けたまま言うと、黄美絵先輩は笑うのを止め、優しく微笑みながら言う。

 「あら?私の事も心配してくれていたの?ありがとう。でも別に、葵君と喧嘩していた訳じゃないわよ。」

 「じゃあ何なんですか?」

 不貞腐れた顔で白澤君が聞くと、黄美絵先輩はじっと白澤君の顔を見つめながら、一言だけ言った。

 「別に・・・。」

 「別にって、何なんですか?あれだけ分かりやすくギクシャクしてた癖に・・・。」

 「プライベートな事よ。」

 ハッキリとした答えを言おうとしない黄美絵先輩に、白澤君は少しイラつき、顔をムッとさせたまま黄美絵先輩の方を向いて更に聞いた。

 「プライベートな事って、だから何なんですか?」

 少し強い口調で言った瞬間、白澤君の首をガシッと黄美絵先輩は両手で掴み、ギュウギュウと絞め付け始めた。

 「だ・か・ら、プライベートな事よ。」

 白澤君の首を絞めながら言う黄美絵先輩の表情は、静かに怒りが漂っている。白澤君は顔を真っ青にしながら、黄美絵先輩の手を何度もパンパンと軽く叩くと、苦しそうに訴える。

 「す・・・すみません・・・。もう聞きません・・・聞きませんから放して下さい・・・。」

 黄美絵先輩はニッコリと笑うと、そっと首から手を離してあげた。

 (し・・・信じらんねぇ・・・。マジで首絞めた・・・マジで絞められた・・・。)

 ゼェゼェと軽く息を切らしながら、白澤君はそっと絞め付けられた首を撫でると、チラリと黄美絵先輩の方を見た。目の前でニコニコと笑いながら座る黄美絵先輩が、殺人者に見え、思わず背筋がゾッしてしまう。

 「それで?白澤君は、どうするの?」

 青ざめる白澤君を余所に、黄美絵先輩はニッコリと微笑みながら聞くと、白澤君はまだ後に残る恐怖から、言葉を詰まらせながら聞いた。

 「え・・・?ど・・・どうするとは?その・・・どう言う意味で・・・。」

 恐る恐る言うと、黄美絵先輩は少し困った表情をさせて言う。

 「やあねぇ・・・。もう首絞めたりしないから、大丈夫よ?白澤君は、これからどうするの?」

 「え・・・いや・・・。どうするも何も・・・どうもしませんよ?・・・てか、質問の意味が分からないんですが・・・。」

 まだ少し怯えながら言うと、黄美絵先輩は軽く溜息を吐いた。そしてカウンターに居る2人をチラリと見ると、また白澤君の顔を見て、その先のドアの方を見つめながら言う。

 「葵君も、翠ちゃんも・・・それに赤城君や黒木も、皆それぞれ自分達で解決しないといけない問題だと思うの。ほら、気持ちの問題だから・・・聞かれた事に対してアドバイスは出来ても、最終的に答えを出すのは自分でしょう?」

 「はぁ・・・まぁそうですけど・・・。」

 白澤君は何となく返事をするも、まだ黄美絵先輩の言いたい事がハッキリと分からず、首を傾げた。そんな白澤君に、黄美絵先輩は言い辛そうに説明をする。

 「その・・・だからね。気付いていない事を気付かせてあげたり、悩んでいる事を聞いてあげたりする事は、第三者の仕事だと思うのだけども・・・。直接的な気持ちや想いは、個人の仕事でしょ?その個人の仕事に・・・その、気付いた時は、余り介入しな方がいいと思うのよ。だから葵君も、赤城君と何が有ったのかを私に何も言わないのだと思うし、赤城君も白澤君には、詳しく話したりしないと思うの。」

 やたらと遠回しに言って来る黄美絵先輩の言葉に、白澤君は更に首を傾げ少し考えると、何が言いたいのかを頭の中で整理した。

 「あぁ・・・。つまり、当人同士の問題に、他者が無理やり首を突っ込む事は無い・・・って言いたいんですか?」

 白澤君がそう言うと、黄美絵先輩は軽く両手を叩くと、嬉しそうに頷いた。

 「そう!そうなのよ!もう種は蒔いてあげたじゃない?だから後は、自分達で解決しないといけないと思うのよ!聞かれた事には答えてあげればいいと思うけれども、率先して自分から世話を焼くって言うのは、有難迷惑って事も有るでしょう?だから・・・。」

 「だからもう放って置けと?言いたいんですか?と言うか、それって黄美絵先輩がもう飽きたってだけの事じゃぁ・・・。」

 黄美絵先輩の言葉を遮り、白澤君が意見を言うと、黄美絵先輩は微妙に口元を引き攣らせながら、小さくコホンッと咳をする。

 「まぁ・・・飽きた・・・とは少し違うわねぇ・・・。」

 困った表情で黄美絵先輩が言うと、白澤君はじっと黄美絵先輩の顔を見つめた。

 (怪しい・・・絶対に何か企んでるな・・・この人・・・。)

 白澤君はジーと黄美絵先輩の顔を見続けると、黄美絵先輩は少しオドオドとし、困った様子でいる。落ち着きがなくソワソワとする黄美絵先輩に、白澤君が思った事を言おうとすると、黄美絵先輩はとっさに手を前に翳し、少し顔を赤くさせて言った。

 「分かりました!いいわ、正直に言いましょう!今のこの状態は、私にとってとても都合が良いのよ。だからそれを壊さないでちょうだい!」

 真面目な口調で言うと、白澤君の顔はキョトンとし、不思議そうに尋ねた。

 「は?都合が良いって・・・黄美絵先輩にですか?」

 「そうよ!私にとって非常に都合の良い状態なの!それは貴方にとってもよ、白澤君!」

 顔を赤くさせながら言う黄美絵先輩に、白澤君は更に不思議そうに首を傾げると、黄美絵先輩の顔が何故赤くなっているのかと言う事は余り気にならず、自分にとっても都合が良い、と言う言葉の方が気になった。

 「なんで・・・俺にとっても都合が良いんですか?俺毎晩赤城先輩から電話が来て、迷惑してるんですが・・・。」

 黄美絵先輩はまたコホンッと軽く咳をすると、両手を膝に置き、白澤君に顔を近づけ説明をし出した。

 「いい?白澤君。赤城君からの電話等、些細な事です!私も毎日メールが来るけれども、無視をしていますから!よく考えなさい?今葵君は、赤城君の事で自分の中で葛藤をしているの。そして赤城君は、黒木とお友達になり、お陰で葵君の事に集中している。黒木は過度なアピールを止め、別の方法で大人しく赤城君にアピールしているわ。そして翠ちゃんは、自分の気持ちに気付き、頑張って黒木に自分をアピールしている。」

 黄美絵先輩の説明を聞いた白澤君は、ハッと気付き、口をパックリと開け驚いた表情で、同じく黄美絵先輩に顔を近づけ言った。

 「つまりは・・・今皆それぞれが自分の中で葛藤をしている・・・。自分達だけでそれぞれに何とかしようと・・・。そのお陰で、俺は赤城先輩の電話以外で迷惑している事が、今は・・・無い!」

 黄美絵先輩は大きく頷くと、真剣な眼差しで言った。

 「そうよ・・・だから赤城君の電話等些細な事なのよ!黒木から嫉妬を買う事も、翠ちゃんの妄想に付き合う事も、葵君のホラー映画の熱弁を聞かされる事も、今は無いのよ!赤城君が毎日教室に迎えに来る事も・・・よ!」

 白澤君はゴクリと生唾を飲み込むと、額に汗を垂らしながら頷いた。

 「そうだ・・・ここの所・・・赤城先輩、教室に迎えに来ていないし、一緒に遊びに行こうとも誘って来ない・・・。被害と言ったら電話位だ・・・。」

 「もしっ!もしもよ!今ここで余計なお節介を焼いて、今の状況が崩れてしまったら?また皆が貴方を頼りに寄って来たら?」

 白澤君はもう一度ゴクリと唾を飲み込むと、小声で黄美絵先輩に言った。

 「状況打破・・・。」

 黄美絵先輩も又、小声で白澤君に言う。

 「今大事なのは、この状態のキープよ。それで?貴方はどうする?」

 改めて白澤君に聞くと、白澤君はチラリと辺りを見渡し、静かに答えた。

 「黄美絵先輩さえよければ、行動を共に・・・。」

 その言葉を聞き、黄美絵先輩は無言で頷いた。

 「いい、白澤君。触らぬ神に祟り無し・・・よ。私達が余計な事をしなければ、皆は自分達で勝手に解決してくれるわ。正直私も、ちょっと問題が多すぎて困っていたのよ。貴方も気付いているとは思うけれども、どれも私と貴方が絡んでいる事が多いわ。だから・・・。」

 「だから、その俺達が現場から離れて一緒にいれば、他の人達に余計な刺激を与えずに済むって事ですよね?分かります。」

 2人は互いに顔を見合わせ頷くと、そっと手元に置いて有った鞄を手に取った。

 「それじゃぁ・・・行きましょうか。」

 黄美絵先輩が小声で言うと、白澤君は無言で頷き、2人してそっと気付かれない様に、鞄を持って部室の出入口へと向かった。幸い会長と翠ちゃんは視聴室の居り、カウンター内の赤城先輩と黒木は、レシピの事で夢中になっている。

 2人は誰にも気付かれずに部室の外へと出ると、そっと扉を閉めた。

 「てか黄美絵先輩・・・この状況を作る為に、種を蒔いていたんですか?」

 白澤君がポツリと呟くと、黄美絵先輩は小さくクスリと笑った。

 「私は何もしていないわよ。白澤君が蒔いた種でしょう?」

 白澤君は微妙に顔を引き攣らせながらも、確かにそうでも有る様な気がし、ハハハと小さく笑った。


 白澤君と黄美絵先輩は部室からロビーへと移ると、早速黄美絵先輩はソファーへと座った。白澤君は自動販売機で缶コーヒーを2つ買うと、黄美絵先輩の元へ行き、缶コーヒーを手渡した。

 「どうぞ、黄美絵先輩。」

 「ありがとう。」と黄美絵先輩が缶コーヒーを受け取ると、白澤君もソファーへと腰掛ける。2人のんびりと缶コーヒーを啜りながら寛ぐと、そこは騒がしい部室内とは全く逆で、静かで穏やかな一時を感じる。

 「なんか・・・静かですねぇ・・・。ロビーってあんまり使う人いないから誰も居ないし、教室より静かですね。」

 白澤君はリラックスした様子でのんびりと言うと、黄美絵先輩も寛ぎながら頷いた。

 「そうねぇ・・・。皆部室に籠ってしまうから、ゆっくり休むには良い場所よね。」

 2人揃ってフゥ・・・と一息吐くと、日頃の騒がしい日常から解放され、つかの間の休息を存分に味わうかの様に、マッタリとした時間を過ごす。

 「でも・・・黄美絵先輩も困っていたとは意外でしたね。あの状況を存分に楽しんでいるのかと思っていましたよ。」

 ソファーに思いっ切り凭れながら白澤君が言うと、黄美絵先輩はゆっくりと、組んでいた足を下ろし、その場に立ち上がった。

 「楽しんでいたわよ?でも私の困っていた事は、実際は葵君の気持ちに関してだけよ。」

 そう言って、白澤君の隣に座ると、白澤君は思わず崩して座っていた体を持ち上げ、深く座り直してしまう。

 「会長の気持ちって・・・赤城先輩へのですか?それとも・・・黄美絵先輩への?」

 白澤君は少し体をズラし、黄美絵先輩の方に体を向けながら聞くと、黄美絵先輩も白澤君の方に体を向けてニッコリと笑った。

 「全部よ。葵君の気持ち全部。」

 「はぁ・・・全部・・・ですか・・・。」

 何となく返事をする白澤君に、黄美絵先輩はクスリと笑うと、体を白澤君の方に向けたまま、ソファーの背に凭れる。

 「葵君ね、言っていたの。皆の気持ちの行方は、自分の気持ち次第なんだって・・・。私もその通りだなって思って、それで色々と困っていたのよ。」

 白澤君の顔を見つめながら言うと、黄美絵先輩は少し恥ずかしそうに、そっと顔を背けた。白澤君は不思議そうに首を傾げると、ニコリと微笑み、穏やかな声で言う。

 「黄美絵先輩って、本当に会長の事を思ってあげてるんですね。て言うか・・・黄美絵先輩って、実は凄く優しい人なんじゃないですか?何だかんだ面白がっていても、ちゃんと皆の事考えているし・・・。なんか無理してドSを装っているって感じがしますよ?」

 そんな白澤君の言葉に、黄美絵先輩の顔は思わず赤くなってしまうが、黄美絵先輩はそれを隠そうと必死に白澤君から顔を背け、自分の顔を見られない様にして言った。

 「それは貴方の事じゃない?好奇心って言うけれども、本当は心配だからあれこれ聞いて回るんじゃないかしら?文句が多い割には、真面目に相手の話を聞いてあげているじゃない?貴方の方こそ、無理してドSを装っているんじゃないの?」

 負けずと黄美絵先輩が言うと、白澤君の顔も赤くなってしまい、白澤君は恥ずかしそうに必死に言い訳をする。

 「そっ・・・そんなんじゃ有りませんよ!実際赤城先輩や黒木をからかっている時は、心から楽しんでいるので・・・。2人に一遍に仕返しが出来た時は、そりゃぁ~もう痛快でしたよ!」

 すると黄美絵先輩は白澤君の方にまた顔を向け、同じ様に言い訳をした。

 「あら?だったら私だって、赤城君や黒木を扱き使っている時は、心から楽しんでいるわよ?勿論貴方の時だって。せっかく黒木にメイド服を無理やり着せて楽しもうと思っていたのに、貴方が先にあんな可愛いワンピースをプレゼントしてしまったお陰で、黒木が吹っ切れて素直にメイド服を着てしまったから、楽しみを奪われたわ。」

 黄美絵先輩がそう言うと、2人はじっと少し睨み合うが、フッと黄美絵先輩が笑うと、2人してケラケラと笑い出してしまった。

 「なんか・・・下らない意地の張り合いをしているみたいね。」

 クスクスと笑いながら黄美絵先輩が言うと、白澤君も笑いながら、何度も頷いた。

 「ですね。どっちかって言うと、俺と黄美絵先輩の立ち位置って、同じ様な気がしますよ。」

 フゥ~と黄美絵先輩は一息吐くと、まだ少し可笑しそうに笑いながらも言う。

 「ねぇ・・・良い機会だから、この際お互いに腹を割って話しをしない?」

 「それは名案ですね。俺も黄美絵先輩とは、一度ゆっくり話したいと思っていたんですよ。」

 白澤君もまだクスリと笑いながら言うと、2人は深呼吸をし、ゆっくりと心を落ち着かせた。

 「白澤君、私に聞きたい事が有るんじゃないの?」

 黄美絵先輩がそう言うと、白澤君は少し真剣な眼差しをして頷いた。

 「えぇ・・・まぁ・・・。と言うより、少し気になっていた事ですよ。」

 黄美絵先輩はクスリと笑うと、優しい表情で言った。

 「私は、貴方に言いたい事が有るのよ。言って置きたい事・・・かしら。」

 白澤君は黄美絵先輩の顔を見つめると、少し間を置き、照れ臭そうに話し出した。

 「あの・・・覚えていますか?その・・・初めて黄美絵先輩に連れられて農園部に行った時の事・・・。黄美絵先輩が、会長の事を話してくれた時の事です。」

 「えぇ・・・覚えているわ。」

 黄美絵先輩も白澤君の顔をじっと見つめながら答えると、白澤君は思わず黄美絵先輩から視線を逸らし、話しの続きをした。

 「あの・・・こんな事言ったら変かもしれませんが・・・。俺、あの時の黄美絵先輩、知っている様な気がしたんです。なんて言うか・・・そのっ、会長の事を話している時の、優しい雰囲気の黄美絵先輩が・・・と言うか・・・。たまに見せる、黄美絵先輩の優しい雰囲気を知っている様な気がするんですよ。前にも会った事が有る様な感じがして、どちらかと言うと、そっちの方が本当の黄美絵先輩の様な気がして・・・。黄美絵先輩・・・俺と以前、会った事・・・有りますか?」

 白澤君はギュッと拳を握り込めると、真剣な眼差しで黄美絵先輩の顔を見つめた。黄美絵先輩はニッコリと笑うと、穏やかに言う。

 「えぇ、会った事有るわ。きっと、白澤君の聞きたい事と、私の言いたい事は同じ内容だと思うわ・・・。」

 「じゃぁ・・・あの・・・。俺の感じていた事って、間違っていないって事ですか?黄美絵先輩は、本当は誰よりも相手の事を思ってくれる、優しい人だって・・・。黄美絵先輩だけじゃない!会長も、とても優しい人です。赤城先輩も・・・。でも・・・黄美絵先輩の優しさは、俺知っている様な気がずっとしていて・・・。それで、もしかしてって思ったんです・・・。」

 白澤君はそう言って俯くと、黄美絵先輩は少し悲しそうな表情を浮かべた。

 黒木の試験終了日に、会長に言われたお返しの事と、目の前で純粋に答えを求めている白澤君の姿を見ると、チクリと胸が痛んだ。黄美絵先輩はゆっくりと目を伏せると、微かに微笑み、もう一度ハッキリと白澤君の顔を見た。そして軽く息を吐くと、静かに口を開く。

 「私ね、子供の頃に迷子の男の子に言われたの。葵君と出会いう前よ。ちょうど・・・私の7歳の誕生日の日!」

 突然の黄美絵先輩の話しに、白澤君は不思議そうにしながら顔を上げる。

 「え・・・?なんの話し・・・です・・・?」

 不安そうな顔をして聞く白澤君を余所に、黄美絵先輩は顔をニコニコとさせながら、話し続けた。

 「その男の子ね、私に『なんで嘘ばっかり吐いてるの?』って聞くのよ。その時は私の誕生日会で、父の仕事の友人や取引相手が沢山来ていたわ。だから私、頑張って背伸びして、大人ぶっていたの。父の為にってね・・・フフフ、だから私はその子に『これが大人の世界なのよ。』って言ってやったわ。」

 可笑しそうにクスクスと笑う黄美絵先輩を、白澤君は更に不思議そうに見つめた。黄美絵先輩は懐かしむかの様に、嬉しそうな表情を浮かべて話す。

 「そしたらその子ね、すっごく変な顔をして言うのよ。『なんで子供なのに、大人の世界に居るの?』って・・・。私はこの子、何にも分かっていないなぁ~って思って、『父の為に居るの。親の名誉を守る為に居るのよ。』ってワザと難しい言葉を使って言ってやったわ。そしたらその子、更に変な顔をしてね、フフフッ言うのよ・・・。『お姉ちゃんって、本当に嘘吐きだね。本当はケーキ一杯食べたい癖に。』って・・・。図星だったわ・・・。私、本当は目の前の大きな誕生日ケーキに、被り付きたくて仕方がなかったのよ。それでね、その子は悲しそうな顔をして・・・『ごめんね。』って謝ったの。私が泣きそうな顔をしていたから・・・。でも私は泣いてしまって・・・自然と涙が出てきてしまったのね・・・。」

 そう言うと、黄美絵先輩は顔を俯け、悲しそうな表情をした。

 「泣いている私に、その子は言ったの・・・。『食べたいなら食べたいって言えばいいよ。嘘吐いても食べれないよ?ちゃんと本当の事言えば、貰えるよ。』って。私は泣きながらその子に言ったわ。『分かってない。』って。そう言う事じゃないのよ・・・。私の行儀が悪かったら、父の顔に泥を塗る事になってしまうかもしれないわ。私はそう言う事が言いたかったのよ。でもその子はそんな事も分からない子供で、私はそんな事を分かってしまう子供で・・・。」

 黄美絵先輩はゆっくりと白澤君の顔を見ると、白澤君は不思議そうにしながらも、どこか悲し気な表情で聞いていた。黄美絵先輩はそんな白澤君に、ニッコリと微笑みかけると、声を明るくして言う。

 「それでね、その子ったら、有ろう事か迷子の分際で、私の父に言ったのよ。『お姉ちゃん、ケーキ食べたいって。食べてもいい?』って。私の顔は真っ青になったわ。でも意外な事に、父は優しく頷いて私にケーキをくれたわ。沢山苺を乗せてくれて・・・。周りの人達も、嬉しそうな顔をして私にケーキを差し出すの。凄く意外だったわ。だって父は、いつも険しい顔をして仕事ばかりしていたから・・・こんな下らない事で、あんな優しい顔をするなんて・・・思ってもいなくて。『ね、だから言ったでしょ?ちゃんと食べたいって言えば、貰えるよ。お姉ちゃん子供なんだから。』って、そう言って嬉しそうに笑うその子を見て、私も本当だって思ったの。私もこの子と同じ子供なんだって。無理して背伸びしていた自分が馬鹿馬鹿しく思えて、笑っちゃったわ。」

 そう言ってニッコリと笑うと、白澤君も何故か釣られて微笑んだ。

 「本当、馬鹿馬鹿しいですね。」

 白澤君は嬉しそうに笑って言うと、黄美絵先輩も嬉しそうに笑った。

 「でしょう?本当、馬鹿馬鹿しいでしょ?その後その男の子は、『もう嘘吐いちゃ駄目だよ。』って言ったわ。私も『もう吐かないわ。』って約束したの。だから・・・その約束を守らなきゃね、ケーキを貰ったお返しに。」

 黄美絵先輩はそう言ってニッコリと笑うと、そっと白澤君の手を握った。黄美絵先輩の肌の感触が伝わると、白澤君の顔は赤く染まり、恥ずかしそうに黄美絵先輩から顔を逸らすと、胸の鼓動が高鳴る音がした。

 黄美絵先輩はゆっくりと白澤君の耳元に近づくと、そっと小声で呟く。

 「知りたいのでしょう?貴方のチャット相手。」

 黄美絵先輩の言葉を耳にした白澤君は、ハッと顔を上げると、胸の鼓動が寄り一層高鳴った。

 「知って・・・いるんですか?やっぱり・・・。」

 白澤君は恐る恐る聞くと、黄美絵先輩はそっと白澤君から顔を離し、頷いた。

 「知っているわ。貴方が・・・不登校の時にずっとチャットで励ましてくれていた人が居る事は・・・。その人に・・・この学園を勧められたって事も。」

 「じゃぁ・・・じゃあやっぱり、黄美絵先輩があの・・・。」

 言い掛ける白澤君の口元を、黄美絵先輩はそっと手で塞いだ。そして悲しそうな表情をさせて言う。

 「違うわ・・・。残念ながら、私じゃないの。私は・・・その人から貴方の話しを聞いていただけよ。たまに相談を受けて、助言をしてあげていただけ。私じゃないの・・・。」

 黄美絵先輩はゆっくりと白澤君の口元に翳した手を退けると、悲し気に微笑んだ。

 「黄美絵先輩じゃ・・・ないんですか・・・?俺・・・もしかしたら黄美絵先輩かと思って・・・。」

 黄美絵先輩の答えに、寂しそうに俯く白澤君。黄美絵先輩は、悲し気な表情をさせたまま言う。

 「本当に残念だけど・・・私じゃないわ・・・。本当に・・・私だったらよかったのに・・・。」

 小さい声で言う黄美絵先輩の言葉に、白澤君はゆっくりと顔を上げた。黄美絵先輩は今にも泣き出しそうな顔をしており、握られた手は、ギュッと強く力が入っている。

 「黄美絵先輩・・・それって、どう言う・・・。」

 黄美絵先輩は一気にニッコリと満遍ない笑顔を見せると、寂しそうにする白澤君を元気付けるかの様に、明るく言って来た。

 「残念ながら、私は第三者だったのよ!貴方の本当のチャット相手は・・・赤城君だったのよ!」

 嬉しそうに顔をニコニコとさせて言う黄美絵先輩に、白澤君の顔は更にどんよりと沈み、物凄く嫌そうな声で言う。

 「黄美絵先輩・・・冗談でもそう言う事言うの・・・止めてくれませんか?悪寒がします・・・。」

 そんな白澤君を見て、黄美絵先輩は可笑しそうにクスクスと笑った。

 「フフフッそうね、悪寒がしちゃうわよね。でも場の雰囲気を和ますには、良い名前じゃない?」

 黄美絵先輩にそう言われると、確かにそうだと思い、白澤君も思わずクスクスと笑い出した。

 「確かに・・・和ますには良い名前ですね。赤城先輩の名前は、ムードメーカーって事ですかね?」

 2人してクスクスと笑っていると、黄美絵先輩はまた一息吐いて、真剣な表情を浮かばせた。

 「白澤君・・・。あのね、本当は貴方のチャット相手の人は、無理して貴方を探す事は無いって言っていたの。貴方が・・・会ってみたいと思っているとは限らないからって・・・。それにね、貴方の入学が決まった時に、2人で話し合って決めたの。ここからは白澤君自身で何とかしなくちゃいけない事だから、もうチャットをするのは辞めようって。」

 黄美絵先輩がそう言うと、白澤君は軽く溜息を吐き、体の力が抜けていくのを感じた。

 「そうだったんですか・・・。それで・・・あれから来てくれなくなったんですか・・・。よかった!嫌われたのかと思ったりしたけど、そうじゃなくて。俺の為だったんですね。」

 そう言ってニッコリと笑うと、黄美絵先輩もニッコリと笑って言った。

 「余計な心配をさせてしまっていたのね?ごめんなさい。」

 「黄美絵先輩が謝る事じゃないですよ。それに俺、ずっと・・・会ってみたかったんです。俺の根暗な話を、ずっと真剣に聞いてくれていた人に・・・。会って・・・直接伝えたいって思っていた事が有ったんです。なんて言うか・・・その・・・その人は俺の・・・憧れみたいな人になっていましたから・・・。」

 少し照れ臭そうに白澤君が言うと、黄美絵先輩は悲しそうに俯いた。もう一度強く白澤君の手を握り締めると、ギュッと唇を噛み締め、溢れ出そうな涙を堪えながら必死で笑顔を作った。

 「あのね、白澤君。きっともう、何となく誰かは分かっていると思うけれども・・・私の口から言わせてね。」

 黄美絵先輩がそう言うと、白澤君は優しく微笑みながら頷いた。

 「はい、お願いします。」

 黄美絵先輩はニッコリと笑って頷くと、薄らと目に涙を浮かべながら言った。

 「白澤君の憧れていた人は、葵君よ。葵君がね、貴方のチャット相手だったのよ。葵君、いつも貴方の事を心配していて、私にどうしたらいいのかってよく相談していたの。葵君は、貴方との秘密の会話を私に話す事を、最初は心苦しく思っていたけれど・・・2人で応援してあげようって事になったの。だから、葵君が貴方との話しを私に喋ってしまった事、怒らないであげてね。」

 白澤君は握り締められた黄美絵先輩の手を、同じ様に強く握り返すと、優しい笑顔を浮かべて何度も頷いた。

 「怒る訳ないじゃないですか。・・・会長・・・だったんですね・・・。そっか、会長かぁ・・・。言われると納得です。あの無駄に自信満々の発言とか、馬鹿みたいに真剣な所とか・・・あの人と同じだ。」

 そう言って白澤君は可笑しそうにクスクスと笑うと、黄美絵先輩はゆっくりと白澤君の手を離した。

 「伝えたい事が有ったんでしょ?だったら、伝えに行ってらっしゃいな。」

 黄美絵先輩はニコリと微笑んで言うと、白澤君は満遍ない笑みで頷いた。

 「はい!黄美絵先輩・・・教えてくれて、ありがとうございます。」

 そう言って、白澤君は立ち上がり黄美絵先輩の前を横切ると、エレベーターの方へ向かおうとした。

 白澤君が目の前を通り過ぎる瞬間、黄美絵先輩はガシッと両手で白澤君の腕を掴んだ。白澤君がゆっくりと振り返ると、腕を掴んで俯く黄美絵先輩の体が、微かに震えている事に気付いた。

 「黄美絵・・・先輩・・・?」

 そっと白澤君が話しかけると、黄美絵先輩は俯いたまま、声を震わせながら言った。

 「ごめんなさい・・・。私・・・私、嫌な女になりきれなくて・・・。本当は・・・貴方の事調べて知っていたの。入学する前から・・・。相手がどんな人か気になってしまって・・・。葵君には部室に来てからだって・・・嘘を吐いてしまったわ・・・。後ろめたさから・・・。だから、ずっと貴方を騙していた事になるわ・・・葵君も・・・。知っているのに知らない振りをして、葵君が貴方に興味を持たない様に赤城君を利用していたの。貴方が・・・チャット相手に憧れを抱いている事、知っていたから・・・。」

 「先輩・・・。」

 白澤君はゆっくりと黄美絵先輩の側に近付くと、そっと優しく頭を撫でた。

 「やっぱり先輩は、本当に優しい人ですね。そんな事わざわざ告白しなくても・・・黙ってればいいのに・・・。」

 黄美絵先輩はゆっくりと顔を上げると、涙を流しながらニッコリと笑った。

 「言ったでしょう?ケーキのお返しをしなくちゃいけないから・・・嘘は吐かないって・・・。」

 そう言ってそっと白澤君の腕から手を離すと、涙を脱ぐった。白澤君はポケットからハンカチを取り出し、そっと黄美絵先輩に差し出すと、ニッコリと微笑む。

 「黄美絵先輩、俺は先輩が赤城先輩を利用したり、会長を騙していたとは思っていませんよ。まぁ・・・先輩の罪状は、個人情報保護法の違法位ですかね?俺の!でも被害者の俺はそんな事気にしていないので、先輩は無罪ですよ。」

 白澤君がそう言うと、黄美絵先輩は可笑しそうにクスリと笑った。

 「なぁに?裁判官みたいね。」

 そう言って白澤君からハンカチを受け取ると、そっと涙を拭き取った。

 「ごめんなさい、みっともない所を見せてしまったわね・・・。もう行って。葵君に伝えに行かなきゃ。」

 「はい・・・。」

 白澤君は軽く黄美絵先輩にお辞儀をすると、ゆっくりとエレベーターの方へと歩いて行った。黄美絵先輩は寂しそうに白澤君の背中を見つめていると、白澤君は突然途中で足をピタリと止め、クルリと後ろを振り返った。

 「そうだっ!黄美絵先輩っ!ちゃんとそこで待ってて下さいね!俺、黄美絵先輩にも言わなきゃいけない事が有るのでっ!」

 白澤君が遠くから叫ぶと、黄美絵先輩はニッコリと微笑み、無言で頷いた。白澤君もニッコリと笑い、エレベーターへと乗り込み部室へと向かって行く。

 「そう・・・葵君の気持ち次第なのよ・・・。」

 黄美絵先輩はポツリと呟くと、鞄を持ってその場から立ち上がり、ゆっくりと渡り廊下に向かい、歩いて行ってしまった。


 部室内のカウンターで、黒木にドリンクのレシピを教えていた赤城先輩は、取り合えずは注文の多いドリンクの作り方を教え終えた。

 赤城先輩は腕にしがみ付く黒木を引きずりながらカウンターから出ると、いつの間にか白澤君と黄美絵先輩の姿が見えない事に、ようやく気がく。

 「あれ?黄美絵先輩と白澤君は?」

 赤城先輩がキョロキョロと辺りを見渡しながら言うと、赤城先輩の腕にしがみ付きながら、黒木も辺りを見渡した。

 「あれ・・・?居ないッスね・・・。視聴室ッスかね?」

 2人が視聴室へ向かおうとすると、ドアから視聴室内に居た会長と翠ちゃんが、会議室に入って来た。

 「なんだ?黄美絵と白澤はどうした?」

 会議室に入り、すぐさま赤城先輩と黒木の姿しか見えない事に気付いた会長は、先程の2人と同じ様にキョロキョロと辺りを見渡す。そんな会長の言葉に、赤城先輩は首を傾げながら聞いた。

 「視聴室に居たのではなかったのですか?・・・と言う事は・・・作業場にでも居るのかな?」

 赤城先輩の言葉に、今度は会長が首を傾げながら言う。

 「視聴室には来ていないぞ。作業場は・・・誰も居なかったが・・・。翠に見せてやりに行ったからな、確かだ。」

 「作業場にも居なかったんですか?・・・と言う事は・・・俺のマスク置場か?」

 赤城先輩が真剣な顔で言うと、全員が一斉に「それは無い。」と首を横に振った。

 「帰っちゃったんじゃないんですか?勝手に・・・。」

 不安そうな顔をして翠ちゃんが言うと、会長は不満そうな顔をする。

 「勝手に帰っただと?全く・・・リーダーであるこの僕に、一言位言ってから帰れば良い物を・・・。」

 「まぁまぁ、会長。きっと急用か何かが有ったんですよ。」

 会長を宥める様に赤城先輩が言うと、腕にしがみ付いていた黒木がニヤリと不適な笑みを浮かべ、カラカウ様に言って来た。

 「2人でコッソリ帰るって、何か如何わしい事でもしに行ったんじゃないッスかねぇ?」

 赤城先輩は一気に腕から黒木を振り払うと、ムッとした顔をして少し怒り気味に言う。

 「黒木っ!そんな事が有る訳ないではないか!会長の前で、そんなはしたない事を言うんじゃないよ!」

 「す・・・すんません・・・。」

 赤城先輩に怒られ、黒木はしょんぼりとしてしまう。

 「でも・・・帰ったのは確かみたいですよ?鞄が有りませんし・・・。」

 翠ちゃんが辺りを見渡しながら言うと、他の3人もキョロキョロと辺りを見渡した。

 「本当だ・・・鞄ないや・・・。」

 赤城先輩は少し困った顔をしながら言うと、チラリと会長の方を見た。

 (会長・・・機嫌悪くなっちゃうかなぁ~・・・。嫌だなぁ~只でさえ避けられてるっぽいのに・・・。)

 不安そうに会長を見つめていると、ふと会長と目が合ってしまう。赤城先輩はすかさずニッコリと微笑むが、会長は焦って視線を逸らした。そんな会長の態度に、赤城先輩はガックシと首をうな垂れ、悲しそうに俯く。

 「まぁ、帰ったのなら仕方がないな。きっと急用が有ったんだろう。」

 意外にも冷静に会長が言うと、他の3人は少し驚いてしまう。不機嫌になる事も、拗ねる様子も無い会長に、赤城先輩は不思議そうに首を傾げる。

 (どうなさったんだ?会長・・・。いつもなら絶対に怒るか拗ねるかするのに・・・やけに素直に受け入れるなぁ・・・。)

 赤城先輩はそっと会長に近づくと、恐る恐る会長に話し掛けようとした。しかし会長は、逃げる様に赤城先輩から離れ、ソファーへと移動してしまう。またしてもガックシと首をうな垂れ悲しそうにする赤城先輩の姿に、今度は黒木が不満そうな顔を浮かべる。

 会長はソファーへと座ると、じっと何かを考え始めた。

 (きっと・・・黄美絵は自分の事を頑張っているんだ・・・。僕も・・・僕も頑張らなければいけないのに・・・どうしたらいいのか分からない。赤城を避けてばかりでは駄目なのに・・・。ちゃんと確かめないといけないのに。でも・・・僕は赤城に言われた事を理解はしているが、どうしたらいいのかが分からない・・・。こう言う時・・・黄美絵か・・・白澤にでも相談出来ればいいんだが・・・。また頼ってしまう事になるし・・・。)

 ハァ・・・と深く溜息を吐くと、会長もガックシと首をうな垂れた。そんな会長の姿を見て、不満そうな顔をしていた黒木は、一気にイライラとし出し、赤城先輩の腕を掴んで、会長の元へと無理やり引きずって行った。

 「もうっ!何なんッスか?どいつもこいつも!お2人共、言いたい事が有るならズバッ!と言っちゃえばいいじゃないッスか!」

 イラつきながら言う黒木に、赤城先輩は焦りながら言った。

 「なっ!何をいきなり・・・。何を言っているのだい?黒木は!」

 焦りながらもヘラヘラと笑っている赤城先輩に、黒木は更に苛立ち、ソファーに座る会長の腕を掴み、会長を無理やりその場に立たせた。

 「なっ!何をするんだ!」

 怒りながらに言う会長の事等気にせず、黒木は赤城先輩と会長を向かい合わせると、力強く言い放った。

 「自分はその場に居たから知ってるッス!会長が赤城先輩の事を避けている理由を!赤城先輩も!男ならビシィッー!と言ってやればいいッスよ!自分はいつだってハッキリ何度でも言っているッス!赤城先輩の事を愛しているとっ!赤城先輩も、ハッキリ分かるまで言ってやればいいッスよ!会長の事を愛っ!してるとっ!会長も、逃げずに立ち向かわなければ駄目ッス!」

 黒木が大声で叫ぶと、会長と赤城先輩の顔は真っ赤になってしまった。翠ちゃんは顔を赤くしながらも、驚いた表情で言う。

 「え?え?何?バレれてるの?黒木君、知ってるの?」

 すると黒木は、勢いよく翠ちゃんの方を振り向くと、驚いた様子で叫んだ。

 「なっ!お前知ってたのかよ?だったら何で黙ってたんだよ!教えてくれたっていいだろ?自分、目の前で告白する所見ちゃったんだぞっ!」

 「え?あの・・・。ごめんなさい・・・。その・・・内緒にする様に・・・黄美絵先輩と約束してたから・・・。」

 翠ちゃんはオドオドとしながら困った様子で謝ると、黒木は思い切り深く溜息を吐いた。

 「・・・って事は、白澤も知ってるって事かよ・・・。自分だけ知らなかったって事かよ・・・。最悪な知り方しちまったってのに・・・。なんか自分だけ乗り遅れた感が凄いんだけど・・・。」

 黒木はションボリとするも、気を引き締め直して改めて力強く会長と赤城先輩に言った。

 「まぁ・・・全員知ってるって事は、もう遠慮する事も無いッスよ!赤城先輩っ!ちゃんと会長に言ってやって下さい!好きとか曖昧な言葉じゃなく、愛してると!会長も、逃げずにちゃんと赤城先輩の話し、聞いてやって欲しいッス!」

 真剣な表情で黒木に言われると、赤城先輩も真剣な眼差しへと変わった。対する会長は困った様子で、顔を赤城先輩から逸らし俯いてしまう。

 シンッとその場が静まり返ると、重苦しい空気が漂い、翠ちゃんはそっと黒木の手を引き、2人の側から離した。

 「黒木君、私達が居たら・・・邪魔かもしれないよ・・・。」

 翠ちゃんがコッソリと黒木に言うと、黒木もその通りだと思い、翠ちゃんと部室から出ようとした。

 「いや・・・そんな事はないよ。2人にも聞いていて欲しい。特に黒木には・・・。」

 部室を後にしようとする2人に、赤城先輩がとっさに言うと、2人の足はピタリと停まった。黒木と翠ちゃんは互いに顔を見合わせると、少し困った表情をさせながらも、ゆっくりと赤城先輩と会長の元へ近づく。

 「黒木の言う通りだね・・・。曖昧な言葉ではなく、ちゃんとハッキリと伝えないと・・・会長には届きませんね。」

 赤城先輩はそっと会長の側に近づきながら言うと、会長は思わず後退りをしながら、焦って言う。

 「まっ・・・待て!お前の言っている事はちゃんと理解している。只・・・分からないだけなんだ。だから・・・その・・・今は、止めてくれないか?また・・・日を改めて・・・。」

 赤城先輩は会長の両肩をそっとと掴むと、会長の顔をじっと見つめながら言った。

 「ならいつならいいのですか?俺は・・・何度も会長に自分の気持ちを伝えて来ました。でも会長は、その意味を敬意の気持ちと受け取っていましたが・・・。いつから、ちゃんと理解をしているのですか?俺の言葉の意味が何なのか、本当に分かってらっしゃるのですか?」

 真剣な声で言う赤城先輩に、会長は顔を背けたまま、戸惑いながらも答えた。

 「そ・・・それは・・・本当に最近の事なんだ・・・。だから・・・その・・・。」

 中々言葉が出て来ない会長に、赤城先輩は掴んだ両肩の手に少し力を入れると、しっかりと会長の両肩を掴み直した。

 「会長、俺の方を見て下さい。俺の顔をちゃんと見て、改めて聞いて下さい。」

 会長は言われた通りにそっと赤城先輩の顔を見ると、真剣な眼差しで見つめる赤城先輩の瞳がそこのは有り、無意識に顔が赤く染まってしまった。会長は恥ずかしそうにしながらも、じっと赤城先輩の顔を見つめた。赤城先輩は軽く息を吸って、ゆっくりと吐くと、ニッコリと笑う事も無く、真剣な表情のまま優しく言った。

 「会長・・・俺はずっと、会長に女の子だと言う自覚を持たせる事ばかりに気を取られ、本来の自分の気持ちを伝える事を忘れてしまっていました。俺は・・・俺は会長が男の子と思っていようが、女の子と思っていようが、関係有りません!俺は会長が・・・いやっ!葛城葵と言う人の事が・・・。」

 「待てっ!待てと言っているんだっ!」

 赤城先輩の言葉を遮り、会長は大声で叫んだ。

 「待てと言っているのが分からないのか!僕は・・・僕は分からないんだ!赤城の言いたい事は分かる!でも僕はそれを言われて、どうすればいいのか分からないんだ!」

 顔を真っ赤にしながら叫ぶ会長に、赤城先輩は悲しそうに眉間にシワを寄せ、同じ様に叫んだ。

 「何故ですか?何故言わせてくれないのです?ちゃんと最後まで言わせて下さい!その後どうすればいいのかは、ゆっくりと時間を掛けて考えればいい事です!俺は会長に答えを求めている訳では有りません!只・・・伝えたいんです・・・。ちゃんとハッキリと俺の気持ちを!伝えたいんです!」

 すると会長は両肩の赤城先輩の手を振りほどき、怒る様に怒鳴った。

 「違う!お前は分かっていない!黒木も翠も分かっていない!僕も分かっていない!こんな分かっていない事だらけの時に、そんな言葉を聞いたら・・・余計分からなくなるだけだ!」

 会長の声が部室中に響くと、一瞬その場はシン・・・となってしまう。

 「分かっていないって・・・どう言う事ですか?」

 翠ちゃんが恐る恐る会長に尋ねると、会長は顔を真っ赤にしたまま答えた。

 「分かっていないんだ・・・。僕は・・・ちゃんともう自分が女の子だと言う自覚は有る・・・。だから・・・だから恋とか・・・男と女とか・・・そう言う関係も意味も分かっている。だが・・・だがまだそれを知ったばかりだから・・・まだ知り始めたばかりなんだ・・・。そんな時に、誰かに好きだの・・・あっ・・・愛しているだの言われたら・・・きっと勘違いをしてしまう。自分もそうなのだと錯覚をしてしまい・・・ちゃんと本当の自分の気持ちに気付けなくなってしまうかもしれない・・・。僕は・・・それが怖いんだ・・・。」

 会長の言葉を聞いた赤城先輩は、思わず口をギュッと鎖してしまった。すると黒木は、顔をムッとさせながら勢いよく会長の側へと行くと、会長の腕を掴み自分の体へと引き寄せた。ギュッと強く会長の体を抱きしめると、会長は慌てて必死に黒木の体から離れようともがいた。

 「なっ!何をするんだ黒木!離せっ!」

 必死に黒木から離れようとする会長に、黒木は更に力強く会長の体を抱きしめると、赤城先輩の方を見ながら言った。赤城先輩は口をパクパクとさせながら、顔を真っ青にして見ている。

 「どうですか?会長!嫌ッスか?自分なんかに抱きしめられても、何とも思わないッスか?自分は嫌ッス!会長を抱きしめても、全然嬉しくも何ともないッス!自分が愛しているのは赤城先輩なんで・・・愛してもない会長を抱きしめても、全然嬉しくないしドキドキもしないッスよ!会長はどうッスか?」

 するとジタバタと暴れていた会長は、暴れるのを止め、体中の力を抜いた。じっと黒木に抱きしめられ、そっと胸に手を当ててみると、恥ずかしくは有るが、ドキドキと胸が鼓動を打つ事は無かった。

 「嫌だ・・・。黒木の事は嫌いではないが・・・ドキドキはしない・・・。特別嬉しくも無いが、特別嫌でも無い・・・。」

 そっと会長がそう言うと、黒木はゆっくりと会長の体から離れた。

 「そうッスか・・・。そうッスよね。会長は、自分の事愛している訳じゃないんで、当然ッスよ。すんません・・・失礼な事してしまって・・・。」

 そう言って黒木はニッコリと笑うと、会長に向かって頭を下げた。

 「黒・・・木・・・?」

 会長は不思議そうに黒木を見つめると、黒木は頭を上げまたニッコリと笑って言った。

 「会長はちゃんと、分かっているッス。自分の気持ちを分かっているッスよ!だから、誰に愛の告白をされようと、ちゃんと自分の気持ちが正直に答えてくれるッス!錯覚なんてしないッスから、ちゃんと赤城先輩の話し、聞いてあげて欲しいッス!お願いします!」

 そう言って、もう一度今度は深く頭を下げた。会長は顔を俯けると、ゆっくりと赤城先輩の方へと体を向けた。

 「赤城・・・その・・・。」

 会長が言い掛けると、赤城先輩は力強く会長の体を抱きしめた。

 「会長、好きです!愛しています!ずっと・・・ずっと昔から・・・会長の事だけを想っていました。俺は葛城葵の事を・・・愛しています!」

 会長を抱きしめながら赤城先輩が言うと、会長の顔は真っ赤になり、自然と涙が溢れ出て来てしまう。赤城先輩の胸の鼓動が聞こえて来ると、自分の胸の鼓動もドキドキと高鳴っている事に気付き、更に顔を赤くさせ、慌てて赤城先輩の体を突き離した。

 「会長・・・?」

 赤城先輩は会長から突き離されると、俯く会長の目からは、涙が流れている事に気付く。一瞬胸がチクリと痛むと、そっと会長に手を伸ばした。しかし会長は、赤城先輩の顔を見る事無く、そのまま部室を飛び出して行ってしまった。

 「葵っ!」

 赤城先輩は会長の名前を叫ぶと、会長の後を追いかけようとするが、一瞬不安な気持ちが過り、その場に立ち止まってしまう。

 「赤城先輩!なにしてるんッスか!早く追い掛けてやって下さいっ!」

 黒木が後ろから叫ぶと、赤城先輩は不安そうな顔をして振り向いた。

 「だが・・・しかし・・・。」

 戸惑う赤城先輩に、黒木は更に叫んだ。

 「今更何ためらっているんッスか!会長が泣いてたからッスか?そんなの、嬉し涙に決まってるじゃないッスか!愛の告白で泣く女なんか、糞程いますよ!そんなもん気にしないで、追い掛けて下さい!まだ話しは終わってないッスよ!愛に涙は付き物なんスから!」

 「そ・・・そうだな・・・。愛に涙は付き物だな・・・。俺ももう幾度となく泣いているし・・・。分かった、ありがと黒木!」

 赤城先輩はニッコリと笑うと、部室を出て行き会長を追い掛けて行った。

 「黒木君・・・偉いね・・・。」

 翠ちゃんがそっと黒木の側へ行き、黒木の肩を叩くと、ゆっくりと黒木は振り返った。

 「ぞうだよ・・・愛に涙ば・・・づぎ物だがら・・・。」

 振り返りながら言う黒木の顔は、ダラダラと滝の様に涙を流していた。翠ちゃんは少し引き気味ながらも、優しく笑い黒木に言う。

 「えっと・・・本当、偉いよ黒木君は・・・。拓実先輩の事好きなのに、先輩の恋を応援して・・・助けてあげて・・・。でも黒木君は・・・よかったの?」

 すると黒木は、ゴシゴシと袖で涙を拭うと、鼻を啜りながら言った。

 「いい訳ないだろ・・・。でも・・・自分は赤城先輩に、女で真剣に好きな相手が出来たら、応援しようって決めてたんだ・・・。男だったら邪魔してやったけど・・・。相手が会長なら、応援してやらなきゃ駄目だろ?好きな人の幸せを願うのが、本当の愛ってヤツだからな・・・。」

 翠ちゃんはそっとポケットの中からハンカチを取り出すと、それを黒木に差し出し、笑顔で言った。

 「本当に、黒木君は偉いね。私には無理だなぁ・・・。会長に抱き付いたのも、拓実先輩にワザと焼き気持ち焼かせて、熱意を煽ったんでしょ?勇気・・・振り絞ったんだね。女の子に自分から抱き付くなんて・・・。」

 黒木は乱暴に翠ちゃんからハンカチを受け取ると、ムッとした顔で言う。

 「本当、お前の想像力は豊だよなっ!あん時はカッとなってやっただけだよ!自分馬鹿だから、そんな言葉でとかの説明なんて難しくて出来ないし・・・。体で教える方が手っ取り早いし、分かりやすいだろ?そんだけだよ・・・。」

 すると翠ちゃんは、微かに顔を赤くさせて恥ずかしそうに言う。

 「かっ・・・体で・・・教えて・・・。」

 そんな翠ちゃんに、黒木は慌てて言った。

 「おっ!お前はまた、変な勘違いするなよ!それにっ!自分は赤城先輩の事諦めた訳じゃないんだからなっ!自分が愛しているのは赤城先輩だけだっ!」

 「そうだね・・・。そうだよね。」

 翠ちゃんはクスクスと笑うと、黒木は恥ずかしそうに顔を背けた。

 黒木はそっと手にした翠ちゃんのハンカチを見つめると、以前赤城先輩に言われた事が頭に過り、ふと翠ちゃんの顔を見つめた。翠ちゃんはニコニコと微笑みながら、黒木の側に立っている。

 「なぁ・・・翠・・・。お前、いつも自分が落ち込んでる時、一緒に居てくれるよな・・・。ありがとな・・・。」

 黒木はポツリと言うと、翠ちゃんは顔を赤くしながら、何度も首を横に振った。

 「そっ、そんな事無いよ!私の方が、いつも困っている時に黒木君に話を聞い貰っていて・・・。私の方こそ、ありがとうだよ。」

 そう言って恥ずかしそうにニッコリと笑う翠ちゃんに、黒木も照れ臭そうにしながら、微笑んだ。

 「自分、赤城先輩に言われたんだ・・・。もっと周りの奴の事もちゃんと見てやれって。そん時はよく分かんなかったけど、今なら分かる気がするよ。お前が側に居てくれたから、安心してあんな事も出来たんだろうな・・・。ヤバくなったら翠が止めてくれるって思って。今までだって、ずっとお前は俺の側で話聞いてくれてたんだもんな。じゃなきゃ、今頃1人でどうしたらいいか分かんなくて、余計暴走してたかもしれないなっ!」

 黒木がそう言うと、翠ちゃんは嬉しそうに微笑みと、そっと黒木の手を握った。

 「私も!私もね、黒木君が話を聞いてくれて、友達になってくれたから、こうしてここに居られるんだよ?じゃなきゃきっと、今頃図書室にまた籠って居たよ。」

 「そっか・・・そうだな。お互いによかったよな、友達同士で。」

 黒木も翠ちゃんの手を握り返し、ニッコリと笑った。翠ちゃんは笑顔のままゆっくりと顔を俯けると、小さな声で言う。

 「私・・・。」

 そんな翠ちゃんに、黒木は繋いだ手をブンブンと大きく数回振ると、元気よく言った。

 「いいっ!いいから!お前は余計な事言わなくていいから!もう余計な告白とかはいらねぇよ!目の前で赤城先輩が会長に告白するとこ見て、もうこれ以上傷付く事もなんもねぇよ!」

 翠ちゃんはそっと顔を上げると、ニッコリと笑う黒木の顔を見つめた。

 「黒木君・・・。」

 「気にすんなよ!お前が何か気にしてる事が有るなら、気にすんなっ!自分も気にしないからさ!だから、これからも友達でいてくれよな。」

 黒木の言葉に、翠ちゃんは薄らと目に涙を浮かべながら、満遍ない笑みで頷いた。

 「うんっ!これからも、良い友達でいようね!」

 2人は互いの手をギュッと強く握り締めると、ニッコリと微笑んだ。

 (黒木君・・・ありがとう。男らしくなったね、ありがとう・・・。メイド服だけど・・・。)

 翠ちゃんは心の中で思うも、黒木に言われた通り、服装に関しては気にしない事にした。


 部室から出た赤城先輩は、一直線に伸びる廊下を勢いよく掛けて行った。エレベーターが見えて来ると、その前に顔を俯けながら佇む会長の姿が見える。

 赤城先輩は更に加速し、会長の元まで掛けて行こうとすると、エレベーターの扉が開いた。扉の中には白澤君が乗っており、目の前に現れた白澤君の姿に、会長は驚いてしまう。

 「白澤っ!」

 会長が涙を流しながら驚いた顔で言うと、白澤君も突然目の前に、泣いている会長の姿が現れ、驚いてしまう。

 「会長っ?ど・・・どうしたんですか?」

 すると奥から、赤城先輩の叫び声が聞こえて来る。

 「会長っ!白澤君、そのまま待った!」

 会長は赤城先輩の声を聞くと、慌ててエレベーター内に乗り込み、白澤君を乗せたまま、エレベーターの扉を閉めた。そのまま1階のボタンを押すと、赤城先輩を残してエレベーターは下へと動いて行ってしまう。

 「会長っ!」

 赤城先輩はエレベーターの扉をバンバンと叩くと、横にある下行きのボタンを何度も押した。下へと下りて行くエレベーターを見つめながら、赤城先輩は扉に頭を突け、その場に膝から崩れてしまう。

 「会長・・・どうして・・・白澤君と・・・。」


 エレベーター内では、泣いている会長に、白澤君が困った様子でオドオドとしている。

 「会長?あの・・・何か有ったんですか?・・・って・・・泣いてるって事は、何か有ったんでしょうが・・・。赤城先輩と・・・何か・・・。」

 戸惑いながらも会長に聞くと、会長はヒクヒクと泣きながら、白澤君の袖にしがみ付いた。

 「白澤・・・僕は・・・どうしたらいいんだろうか・・・。」

 泣きながら言って来る会長に、白澤君は少し落ち着こうと深呼吸をすると、そっと会長の頭を撫でた。

 「その前に、何が有ったのか教えて下さい。でなきゃ、答えようが無いですよ。」

 会長はゆっくりと顔を上げると、白澤君は優しくニッコリと笑っていた。そんな白澤君の顔を見て、会長は更に泣いてしまう。

 「え?ちょっ・・・本当、どうしたんですか?」

 焦りながら言う白澤君に、会長は泣きながら訴えた。

 「赤城が・・・赤城が僕の事・・・好きだと、愛していると言ったんだ・・・。僕は・・・僕は、もうその意味を・・・本当の意味を知っている・・・。」

 ヒクヒクと泣く会長に、白澤君はフゥ・・・と息を吐くと、柔らかい表情をさせた。

 (赤城先輩の気持ちが、やっとちゃんと伝わったのか・・・。だけどいきなり愛は・・・重過ぎるかもしれないかな?初恋の会長には・・・。)

 白澤君はもう一度会長の頭を撫でると、ニッコリと微笑んで言った。

 「それで?会長は赤城先輩にそう言われて、嫌だったんですか?だから泣いているんですか?」

 すると会長は勢いよく顔を上げ、泣きながら叫んだ。

 「そんな事は無いぞ!嫌なものかっ!嬉しいに決まっている!」

 そんな会長の言葉に、白澤君はクスリと笑った。

 「だったら、何で泣いているんですか?嬉し泣きですか?嫌じゃなかったなら、何で逃げたりしたんです?」

 白澤君に言われると、会長はピタリと泣くのを止め、キョトン・・・とした顔をした。

 「そ・・・そう言えば・・・。何故僕は泣きながら逃げてしまったんだろう・・・。」

 自分でもよく分かっていない会長に、白澤君は更にクスリと笑った。

 「きっとビックリしちゃったからじゃないですか?」

 可笑しそうに白澤君が言うと、会長は少し顔をムッとさせながら言った。

 「そっそんな事は無いぞ!僕は赤城が何を言おうとしていたか、ちゃんと分かっていたからな!その・・・どうしたらいいのか・・・分からなかったからだ・・・。」

 そう言って、そっと掴んだ袖から手を離すと、その場にしゃがみ込んでしまった。

 白澤君は軽く溜息を吐くと、少し呆れながらも、優しく言う。

 「会長はきっと、赤城先輩に愛の告白をされた後、どうしたらいいのか分からなかったから、困って泣いて逃げてしまったんですね。」

 会長は無言で頷くと、白澤君は優しく微笑みながら更に言った。

 「じゃあ、赤城先輩は、会長に何かを求めていたんですか?その後、会長の気持ちを言えとか・・・何とか・・・。」

 会長は、今度は首を何度も横に振った。

 「赤城は・・・只伝えたいだけだと・・・。聞いて欲しいだけだと言った。答えを求めている訳ではないと・・・。」

 会長がそう言うと、白澤君は大きく溜息を吐いた。

 「ハァ~・・・赤城先輩・・・言い方が悪いよ・・・。それじゃあ余計相手に、返事を要求している様なものじゃん・・・。」

 白澤君は呆れながらに言うと、同じ様にその場にしゃがみ込み、会長に視線を合わせて言った。

 「会長、どうしたらいいのか分からないなら、分かるまで悩めばいいんですよ。赤城先輩は只、本当に自分の気持ちを会長に伝えたかっただけだから・・・会長は、それを聞くだけで、今はいいんですよ。」

 そう言ってニッコリと笑うと、会長は小さく頷き、顔を下に俯けた。

 しばらくすると、会長はゆっくりと顔を上げ、白澤君の顔を見つめると、不思議そうな顔をしながら言った。

 「なぁ・・・白澤・・・。僕は何故お前に・・・こんな話をしているんだろうな・・・。黄美絵なら分かるが・・・男のお前にこんな話が出来るのは・・・何故だろうか・・・。」

 すると白澤君は、可笑しそうにクスクスと笑い出した。会長はクスクスと笑う白澤君に、更に不思議そうに首を傾げると、白澤君が笑いながら言って来る。

 「きっとそれって、俺が黄美絵先輩と同じ立ち位置だからだと思います。それに・・・俺会長と出会ってすぐに、会長の事泣かせちゃいましたし。」

 「黄美絵と・・・同じ立ち位置?」

 会長はキョトン、とした顔で言うと、白澤君は嬉しそうに笑いながら言った。

 「はい!さっき黄美絵先輩とも、話していたんですよ。」

 すると会長は、少し心配そうな顔をして言った。

 「黄美絵と・・・話していたのか?黄美絵は?」

 「あぁ、黄美絵先輩なら、ロビーで待っていますよ。あぁー・・・俺が泣いている会長連れて来たら、また変な誤解でもされてイジメられそうですね。」

 そう言って白澤君は可笑しそうにクスクスと笑うと、エレベーターが1階へと到着した。2人は扉が開くとゆっくりと立ち上がり、白澤君は会長の手を引いてエレベーターから降りた。

 「取り合えず、ロビーに行きましょう。少し座って落ち着いた方がいいですよ。黄美絵先輩も居る事ですし。」

 「そ・・・そうだな・・・。」

 会長は白澤君に手を引かれるがまま、ロビーのソファーの置いて有る所へと向かった。

 ソファーへ行くと、そこに座って居たはずの黄美絵先輩の姿が見当たらず、白澤君は不満そうな顔をする。

 「もう・・・黄美絵先輩・・・待っててって言ったのに・・・。帰っちゃったのかよ・・・。」

 そんな白澤君に、会長は不安そうに聞いた。

 「なぁ・・・白澤。黄美絵と・・・何の話をしていたんだ?」

 すると白澤君は、焦りながら誤魔化す様に言う。

 「えっ?いえ・・・えっと・・・。ちょっと思い出話をしていたんですよ。それで・・・会長に用事が有って部室に戻ったんですが・・・。何か、それ所じゃないっぽいんで、後で話します。ああっ!会長、何か飲みますか?甘い物でも飲めば、落ち着くだろうし・・・。」

 慌てて自動販売機へと行こうとする白澤君に、会長は引き止める様に言った。

 「いい・・・要らない・・・。何を・・・話していたんだ?」

 真剣な表情で聞いて来る会長に、白澤君は足を止めると、会長の側まで行き、微かに微笑みながら言う。

 「ちゃんと話しますよ。その事で会長の所に行ったんですから・・・。でも今は、赤城先輩との事を話しましょう。」

 そう言われ、会長は小さく頷くと、ゆっくりとソファーへと座った。白澤君も会長の前へと座ると、ニッコリと微笑んだ。

 「会長、赤城先輩の事、嫌いですか?」

 白澤君がそう言うと、会長は首を横に振りながら言った。

 「嫌いな訳がないだろう。好きに決まっている・・・。黄美絵も・・・白澤も・・・。黒木も翠も好きだ。生徒会の奴等も・・・。」

 「そうですか・・・。俺も会長の事好きですよ。」

 ニッコリと微笑みながら白澤君が言うと、会長は少し顔を赤くしながら、嬉しそうに頷いた。

 「そうかっ!嬉しいぞ!」

 そんな会長に、白澤君はまたニッコリと微笑む。

 「会長、今の俺の言った『好き』の意味、分かりますか?」

 白澤君にそう言われると、会長は少し悩みながらも、照れ臭そうに答えた。

 「わ・・・分かるぞ。友人として好きと言う事と・・・同じだ・・・。愛とは違う・・・。」

 すると白澤君は、満足そうに笑うと、更に言った。

 「そうですね。俺の好きは、赤城先輩の言う好きとは違います。でも会長は、俺に言われても、赤城先輩に言われても嬉しいんですよね?同じ『好き』でも意味は全然違うのに。」

 会長は白澤君の言葉に、恥ずかしそうに俯くと、そっと胸に手を当てた。

 「でも・・・ドキドキしたんだ・・・。赤城に言われて、何故か胸がドキドキした。黄美絵には、その症状が出たら言えと言われた。何なのかを教えるからと・・・。」

 白澤君はじっと会長の顔を見ると、少し考えながら言った。

 (黄美絵先輩、会長にそれが恋だと教えるつもりだったのか・・・。でも会長、もう恋だとかそう言う事は、分かってそうだな・・・。俺が男なのにって・・・言っていたから・・・。女としての自覚も有りそうだし・・・。)

 「会長は、俺や黒木・・・それに他の男子生徒にも、同じ様にドキドキした事って有りますか?別に・・・好きとかそう言う事を言われた時だけじゃなくても。」

 「いや・・・。一瞬ドキッとした事は有るが・・・特に無かったぞ。さっき黒木に抱きつかれた時も、ドキドキはしなかったし・・・。」

 会長がそう言うと、白澤君の顔は微妙に引き攣った。

 (黒木に抱きつかれた?マジで部室で何が有ったんだ?ってか黒木・・・何で会長に抱き付いてるんだよ・・・。まぁこの様子だと、黒木は赤城先輩が会長の事好きだって事を知ったんだな・・・。黒木・・・失恋したのか・・・。ご愁傷様だな・・・。)

 そう思うと、白澤君の顔は自然とニヤケてしまう。しかし今は黒木への笑いは堪え、真面目な顔をして会長に言った。

 「それなら、会長にとって赤城先輩は、特別な存在って事ですよ。」

 「特別な・・・存在?」

 会長は不思議そうに首を傾げると、白澤君は嬉しそうに言う。

 「はいっ!ドキドキするのは、その人が特別だからドキドキするんですよ。」

 すると会長は、難しそうな顔をする。

 「特別な存在と言う事は・・・好き・・・と言う事なのか?その・・・愛していると・・・言う事なのか?」

 「それは会長自身が決める事です。会長にしか、決められない事ですよ。」

 白澤君がそう言うも、まだ何だかふに落ちない様子の会長に、白澤君は少し困った顔をしてしまう。どう言えば分かるだろうと白澤君は必死に考えると、ハッと良い事を思い付いた。

 「そうだっ!会長、じゃぁ・・・想像してみて下さい。」

 「想像?」

 突然白澤君にそう言われると、会長はよくは分からないが、小さく頷いた。白澤君はニッコリと笑うと、同じ様に小さく頷き話し出した。

 「会長が、黄美絵先輩の結婚式に招待されたとします。男女ペアでの招待!あぁ・・・家族とかは駄目ですよ?」

 すると会長は、顔をムッとさせ不満そうに言った。

 「黄美絵の結婚式だと・・・?僕は・・・。」

 「あああぁぁー例え話ですよ!例えばの話し!」

 慌てて白澤君が言うと、会長は不満ながらも無言で頷いた。

 「いいですか?黄美絵先輩の結婚式に、誰でもいいから1人、男の人と一緒に来て下さいと言われました。家族や親戚以外の男の人!会長は、誰と一緒に行きますか?」

 白澤君が聞くと、会長はじっとその場で考え始めた。そんな会長に、付け加えるかの様に白澤君は言う。

 「会長、黄美絵先輩の結婚式ですよ?大切な友達の幸せの瞬間に、誰とその瞬間を共にしたいですか?結婚式は、女の子が誰もが憧れる、花嫁さんになれる日です。もしかしたら、次は自分かもしれません。とっても大切な日ですよ?そんな大切で幸せ一杯の日に、誰と行きたいですか?」

 白澤君にそう言われ、改めてじっと考え込む会長に、白澤君は優しく言った。

 「これは俺からの宿題です。だから無理に、今答える必要は有りませんよ。難しく考える事は有りません。頭にふと浮かんだ人物でいいんですよ。答えは、いつでも受け付けていますので。」

 会長は不安そうな顔で白澤君の顔を見つめると、恐る恐る尋ねる。

 「その答えが・・・僕の愛する人・・・なのか?」

 すると白澤君は、クスリと笑うと、困った表情で言った。

 「そうなるんですかね?俺にも分かりませんよ。でも誰と行きたいか分かれば、会長の中で自然と分かるんじゃないですか?」

 「そうか・・・。」

 会長は白澤君から視線を逸らすと、ゆっくりと顔を俯かせ、ポタポタと涙を零した。そんな会長に、白澤君は慌てた様子で驚いてしまう。

 「どっ・・・どうしたんですか?会長・・・。俺・・・何かマズイ事でも言いました?あぁ!黄美絵先輩の結婚式なら、例えばの話ですから・・・。」

 焦りながら言う白澤君に、会長はブンブンと大きく首を横に振った。

 「違う・・・違うんだ・・・。只・・・怖くて・・・。その後はどうなってしまうんだろうと思うと・・・怖くて・・・。僕は・・・僕はまた、昔みたいに弱くて泣き虫な自分に戻ってしまっていると思うと・・・怖くて・・・嫌で・・・。」

 「会長・・・。」

 ポロポロと涙を流しながら会長が言うと、白澤君はポケットの中からハンカチを取り出そうとした。するとポケットの中にハンカチは無く、黄美絵先輩に貸した事を思い出す。

 (あ・・・そっか・・・。ハンカチは黄美絵先輩に・・・。黄美絵先輩も・・・ここで泣いてたんだ・・・。)

 そう思うと、何故か胸がチクリと痛んだ。

 白澤君は会長の隣に座り、優しく何度も会長の頭を撫でると、穏やかな声で言った。

 「会長は、弱くも泣き虫でも有りませんよ。少なくとも、俺の知っているネット内での会長は、とても強い人でした。ハンネー『ホラー』さん。」

 白澤君の『ホラーさん』と言う言葉に、会長は驚き、勢いよく顔を上げた。

 「お前・・・何で・・・。」

 驚いた顔をする会長に、白澤君はニッコリと微笑みながら言う。

 「黄美絵先輩から聞きました。俺のチャットの相手が、会長だったって・・・。だから俺・・・会長にその事で、話したくて部室に戻ったんです。」

 すると会長は、更に驚いた顔をして言った。

 「黄美絵が・・・?黄美絵が、そう言ったのか?本当に?」

 「はい・・・そうですよ?」

 驚きながらもどこか悲しそうな顔をする会長に、白澤君は不思議そうに答えた。

 「そうか・・・黄美絵は・・・そう言ったのか・・・。僕のお返しは・・・受け取らなかったんだな・・・。」

 会長はポツリと言うと、悲しそうに俯き、ギュッと唇を噛み締め、袖で涙を拭った。そして顔を上げて白澤君の方を見ると、ニッコリと笑って明るい声で言った。

 「そうかっ!バレてしまったか!黄美絵はお喋りだな!」

 会長は精一杯笑って見せると、白澤君は柔らかい笑顔で言う。

 「会長・・・ありがとうございます。」

 白澤君がそう言うと、会長は体の力を抜き、穏やかな表情をして俯きながら言った。

 「僕は・・・お礼を言われる様な事等していない。只ネット上の相手の話しを聞いていただけだ・・・。」

 「でもそのお陰で、俺は今こうして、高校に通えているんです。俺の暗い話しを馬鹿にしないで、嫌な事言ったり、罵ったりする事も無くて・・・真剣に聞いてくれて、励ましてくれました。」

 白澤君も穏やかな顔をして俯きながら言うと、照れ臭そうにクスリと笑った。

 「こんな事言うと、変かもしれませんが・・・。俺、ずっとホラーさんに、憧れていたんですよ。ホラーさんはいつも自信満々で、言いたい事をハッキリ言って、でも凄く優しくて強くて・・・羨ましかったんです。俺、そんなホラーさんに、ずっと会ってみたいと思っていました。会って、お礼を言いたいと思っていたんです。」

 そう言ってニッコリと笑うと、会長の方を向いた。会長も白澤君の顔を見ると、悲し気に微笑みながら言った。

 「だが実際のホラーさんは、こんなにも弱虫で泣き虫だ。それに実際の『ヒキ男君』は、こんなにも強い男の子だったな。」

 白澤君は小さく首を横に振ると、優しく微笑んで言った。

 「そんな事有りませんよ。どちらの会長も、強くて優しい人です。それに俺だって、実際そんな強くは有りませんよ。何度も何度も、励まして怒ってくれたから、今の俺が有るんです。でなきゃ・・・未だにヒキ男君やってましたよ。でも今考えたら・・・ハンネーが『ホラーさん』って・・・そのまんまですね。」

 白澤君は可笑しそうにクスクスと笑うと、会長もクスリと笑った。

 「そうだな・・・そう言われれば、そのままだな。」

 2人は互いに顔を見合わせると、またクスクスと笑った。自然と2人の笑いが止まると、白澤君は柔らかい表情を浮かべて、会長に言う。

 「会長・・・いや・・・『ホラーさん』に言いたいです。ありがとうございました。ホラーさんが・・・初めて俺の事許してくれたお陰で、俺・・・自分を許す事が出来ました・・・。この学校を勧めてくれた事にも、凄く感謝しています。変な奴だらけだけど、お陰で毎日が楽しい。」

 そうしてニッコリと微笑むと、会長もニッコリと微笑んだ。

 「そうか、もう大丈夫なんだな。ちゃんと、楽しく学園生活を過ごせているのだな。よかった。」

 「はいっ!」

 白澤君が元気よく返事をすると、会長はニッコリと笑った後、真剣な表情へと顔を変えた。

 「それなら・・・僕からも・・嫌っ『ホラーさん』として、『ヒキ男君』に言いたい。もう一人の『ホラーさん』にも、お礼を言ってやってはくれないか?」

 真剣な眼差しで言う会長に、白澤君の顔も真剣な顔へと変わった。

 「それって・・・黄美絵先輩・・・の事ですか?」

 「そうだ・・・。あれは僕1人じゃないんだ。確かに・・・お前を最初に見付けたのは僕だ・・・。でも僕は・・・何を言ってやればいいのか分からない時に、よく黄美絵に相談をして、助言をして貰っていたんだ。黄美絵と一緒にチャットをしていた時も有った。だから『ホラーさん』は、僕と黄美絵で1人なんだ!だからっ!」

 泣きそうな顔になりながら言う会長に、白澤君は優しくニッコリと微笑んだ。

 「そのつもりですよ。だって・・・黄美絵先輩の優しさって・・・ホラーさんの優しさと同じだったから・・・。たまに黄美絵先輩が見せる優しさを知ってる様な気がしたのは、そのせいだったんですよね。力強い言葉は会長で、優しい言葉は黄美絵先輩で・・・。だから俺、会長にお礼を言ったら、黄美絵先輩にも言うつもりだったから、待ってる様にお願いしたんですけど・・・帰られちゃいました。」

 困りながらも笑顔で言う白澤君に、会長は悲しそうな顔をした。

 「お前は・・・先に黄美絵に言うべきだったんだ・・・。」

 小声で会長がボソリと言うと、白澤君はふと会長の方を向いた。

 「会長、何か言いましたか?」

 「いや・・・何でも無い・・・。」

 会長はゆっくりと立ち上がると、不安そうにエレベーターの方を見つめた。白澤君も立ち上がると、ゆっくりと会長の前に出て、同じ様にエレベーターを見つめながら言う。

 「今日は・・・もう会長は帰った方がいいですよ。きっと赤城先輩と顔を合わせずらいでしょうから・・・。赤城先輩も、少し頭を冷やした方がよさそうですし・・・。鞄は俺が、会長の分も取りに行って来るので、会長はここで待ってて下さい。」

 そう言って会長の方を振り向き、ニッコリと笑うと、会長はションボリとしながら頷いた。

 「すぐに戻って来るんで、ちゃんと待ってて下さいよ!黄美絵先輩みたいに、勝手に帰っちゃわないで下さいね!」

 白澤君は会長に念を押すと、会長は何度も大きく頷いた。

 「大丈夫だ。鞄が無いと困るからな・・・。ちゃんと待っているよ。約束する!」

 会長がそう言うと、白澤君は満足そうに微笑み、部室へと向かって行った。


 白澤君がロビーに戻って来ると、ちゃんとそこには会長の姿が在り、ホッ安堵する。足早に会長の元まで行くと、笑顔で会長に鞄を差し出した。

 「はい、どうぞ。よかった・・・ちゃんと待っててくれたんですね。」

 嬉しそうに白澤君が言うと、会長は照れ臭そうに言った。

 「約束したからな・・・ちゃんと待ってると。それより・・・その・・・赤城はどうしていた?」

 会長は不安そうな顔をすると、白澤君は軽く溜息を吐き、呆れた様子で言った。

 「それが・・・部室には居なかったんですよ。黒木と翠ちゃんは居たけど、2人に聞いても戻って来ていないって言ってたし・・・。会長が俺に聞くって事は、帰ってもいないみたいですね・・・。ロビーを通らなきゃ、帰れないから・・・。本当、どこほっつき歩いてるんだ?」

 会長は更に不安そうな顔をすると、申し訳なさそうに俯いてしまう。

 「僕の・・・せいだな。僕が逃げたりしたから・・・赤城を傷付けてしまったのだろうか・・・。」

 そんな会長に、白澤君は呆れながらも言った。

 「会長のせいじゃ有りませんよ!だいたい、赤城先輩が会長にフラれて落ち込む事なんか、いつもの事だし・・・。それより、黒木の奴が赤城先輩の事、永遠に部室で待っていそうだったので、翠ちゃんに言って、先に黒木を無理やりにでも連れて帰る様に言っておきましたけど・・・よかったですか?」

 「あ・・・あぁ。そうしてくれると助かる。悪いな・・・。」

 会長が力無く言うと、白澤君は心配そうな顔をして見つめた。

 「会長、大丈夫ですか?そんなに思い詰めない方がいいですよ。」

 「いや・・・そうじゃなくて・・・。その・・・ちょっと気になってな。赤城の事もだが・・・黄美絵の事も・・・。」

 会長の言った『黄美絵』と言う名前を聞いて、白澤君の胸が一瞬ズキッと痛んだ。

 「黄美絵先輩・・・。そう言えば・・・泣いていたな・・・。」

 白澤君がポツリと言うと、会長は一気に白澤君の方を向き、悲しそうな顔をして言った。

 「黄美絵・・・泣いていたのか?それは、チャット相手の話しをしていてか?」

 白澤君はそっと会長から視線を逸らすと、戸惑いながらも言った。

 「えぇ・・・まぁ・・・。なんか、ケーキのお返しに嘘は吐けないとか・・・何とか言って・・・。余計な事まで教えてくれたんです。それで・・・その時に・・・。」

 会長はギュッと小さく両手で白澤君の袖を掴むと、今にも泣きそうな顔で言って来る。

 「白澤・・・僕は黄美絵に言ったんだ。黄美絵へのお返しにって・・・。黄美絵はいつも僕を助けてくれていたから・・・そのお返しにって・・・。」

 そんな会長の姿に、白澤君の顔は一気に不安そうになる。

 「お返しって・・・何を言ったんですか・・?」

 白澤君が恐る恐る聞くと、会長は涙を浮かべながら、叫ぶように言った。

 「黄美絵だと言えと!僕は、チャット相手は黄美絵だったと言えばいいと・・・黄美絵に言ったんだ。だが黄美絵は僕だと言った。それで泣いたのか?」

 会長がそう言うと、白澤君の胸は一気に鼓動が高鳴り、チクチクと痛み出した。頭の中で黄美絵先輩との会話が浮かぶと、悲しそうな顔をしていた黄美絵先輩の姿を思い出し、白澤君はハッとする。

 「それって・・・どう言う・・・。会長・・・黄美絵先輩、明日ちゃんと学校・・・来ますよね・・・?」

 悲しそうに白澤君が言うと、会長はそって袖から手を離し、俯きながら答えた。

 「分からない・・・。来ないかも・・・しれないな。黄美絵は嫌な事や悲しい事が有ると・・・よく部屋に籠ってしまっていたからな・・・。この学園の最低出席日数は少ないし・・・多分来ないと思う。」

 それを聞いた白澤君は、ゆっくりと顔を俯け、ギュッと強く唇を噛み締めた。

 「俺・・・他のメンバーの気持ちは、ちゃんと見て分かっていたのに・・・。黄美絵先輩の気持ちは・・・考えた事有りませんでした・・・。だって黄美絵先輩、そう言うとこ全然見せないし、いつも笑ってばかりで・・・。黄美絵先輩がホラーさんなんじゃないかって事ばかり気にして・・・他の事は・・・。」

 白澤君は力一杯拳を握ると、零れそうな涙を堪え、笑顔で顔を上げた。

 「会長!俺、黄美絵先輩にお返しがしたいので、黄美絵先輩の住所・・・教えてくれませんか?黄美絵先輩秘密主義者だから・・・絶対住んでる所なんか教えてくれないでしょうし。電話しても、メールしても無視されそうなんで。」 

 そう言って賢明に笑顔を浮かべる白澤君に、会長は少し戸惑いながらも言った。

 「僕は・・・構わないが・・・。家まで行くのか?黄美絵の家は・・・警備が厳しいから、行ったとしても入れないぞ?取りついでくれるかも分からないし・・・。」

 そんな会長に、白澤君は薄らと涙を浮かべながら、クスクスと笑って言う。

 「赤城先輩じゃ有るまいし、そんな事しませんよ。プレゼント・・・送りたいんで・・・。それから、会長にも・・・会長と『ホラーさん』にもお返しがしたいので、会長は明日絶対、学校に来て下さいね。」

 白澤君がそう言うと、会長は不思議そうに首を傾げた。

 「それは・・・何故だ?」

 「会長、赤城先輩とちゃんと話し、したいんじゃないですか?」

 白澤君に言われ、会長は思わず顔を赤くさせると、恥ずかしそうに俯いた。

 「ま・・・まぁ・・・。そうだが・・・。今日の事をちゃんと謝りたいしな・・・。」

 恥ずかしそうに言う会長に、白澤君はそっと涙を拭ってから、ニッコリと笑って言った。

 「赤城先輩も・・・明日は学校に来るか分からないので・・・。だから、俺が絶対、明日は赤城先輩を引きずってでも学校に連れて来ます。それで・・・放課後は部室に行かせますよ。今度は俺が、赤城先輩を教室まで迎えに行ってやりますよ!黒木と翠ちゃんには、明日は活動は休みだと言っておくので、会長は、部室でゆっくり赤城先輩と話しをして下さい。これ位しか・・・今の俺にはお返しが出来ませんけど・・・。」

 会長はゆっくりと白澤君の顔を見ると、微かに嬉しそうな表情を浮かべ、大きく頷いた。そして穏やかな笑顔を浮かべて言う。

 「ありがとう、白澤。十分だ!ならっ・・・僕も赤城にお返しをしたいんだが・・・。そのっ・・・今まで貰った洋服等を・・・燃やしてしまって・・・。それで・・・その・・・お詫びとお返しに・・・僕は何をしたらいいだろうか・・・?」

 モジモジと照れ臭そうにする会長に、白澤君はニッコリと笑うと、ポンッと軽く会長の肩を叩いた。

 「会長?最近赤城先輩から、淡いピンク色の可愛らしいワンピースを貰いませんでしたか?」

 白澤君にそう言われると、会長は確かに貰った事を思い出し頷く。

 「あぁ・・・確かに送られて来たが・・・。どうしてお前が知っているのだ?」

 キョトン、とした顔で会長が聞くと、白澤君は少し恥ずかしそうに笑いながら言った。

 「いえ・・実はそのワンピース買いに行くのに、付き合わされたんですよ。それで、そのワンピース、もう燃やしちゃいましたか?」

 「いや・・・黄美絵に言われて、もう燃やしたり破り捨てるのは止めた。タンスの中にしまってあるが?」

 会長の言葉を聞き、白澤君は嬉しそうに微笑んだ。

 「なら、明日部室に行く時、そのワンピースを着て行って下さい。早目に部室に行って、着替えてもいいですし・・・。会長からの赤城先輩へのお返しは、それで十分ですよ!」

 そう言ってニッコリと笑う白澤君に、会長は顔を赤くしながら、恥ずかしそうに言う。

 「それが・・・僕の赤城へのお返しなのか?はっ・・・恥ずかしいが・・・そうなら、仕方がないな・・・。だが・・・。」

 少し迷っている会長に、白澤君は分かりやすく説明をしてあげた。

 「いいですか、会長。赤城先輩は、会長に自分の選んだ洋服を着て欲しくて、何度もプレゼントをしていたんですよ?まぁ・・・赤城先輩の趣味の願望みたいな物ですけど・・・。でも会長が赤城先輩から貰った洋服を着て見せてあげれば、赤城先輩の願望は叶うんですから、良いお返しになります。それに・・・これは俺から、赤城先輩へのお返しでも有りますし・・・。」

 そう言と、白澤君も少し恥ずかしそうにし、顔を赤くさせた。

 「白澤の・・・赤城へのお返し?」

 不思議そうに会長が首を傾げると、白澤君は照れ臭そうに言った。

 「はい・・・。何だかんだ言って、赤城先輩には世話になってる訳ですし・・・俺も赤城先輩にもお返しがしたいんで・・・。それで、赤城先輩の望みを少しだけ叶えてあげられればいいかなって。会長も、それで赤城先輩にお返しが出来る訳ですし・・・。」

 すると会長は、嬉しそうに笑うと、何度も頷いた。

 「そうか!そうだな!2人で一緒に、赤城にお返しだなっ!」

 「はいっ!」

 白澤君も嬉しそうに返事をすると、2人は互いにニッコリと笑った。

 「ならば僕は、黄美絵にはどうしたらいい?僕があげたお返しは、断られてしまった・・・。変わりに、僕は黄美絵に何をしてあげればいい?」

 そんな会長の質問に、白澤君は優しく言った。

 「俺に黄美絵先輩の住所を教えてくれればいいんですよ。それが会長から黄美絵先輩への、お返しです。」

 会長は穏やかな笑顔お浮かべると、小さく頷いた。


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