プレゼントは大概貰っても困る物が多い
土曜日の午前10時。本日は黒木の入会試験終了日の為、学校は休みだが、同好会メンバーは部室へと集まっていた。
翠ちゃんは嬉しそうな顔でニコニコとしながら部室に居るが、他の4人の顔は、どんよりと沈んでいる。
「あの・・・皆さん何か有ったんですか?・・・この3日間で・・・。」
翠ちゃんは不思議そうに首を傾げて聞くと、4人は暗い表情で「別に・・・。」と言うだけだ。更に首を傾げる翠ちゃん。そんな翠ちゃんを、白澤君は恨めしそうな目で見つめながら、言った。
「翠ちゃんは・・・平和に過ごせてよかったね・・・。俺なんかこの2日間赤城先輩から逃げ回るのに必死だったのに・・・。」
「え?えぇ?」
戸惑う翠ちゃんに、続いて赤城先輩が恨めしそうに白澤君を見つめながら、言って来た。
「俺なんか・・・俺なんか・・・。白澤君には逃げられるし・・・会長とのデートは邪魔をされるしで・・・。だから白澤君に慰めて貰おうと電話しても・・・出てくれないし・・・。てか電源切ってたし・・・。」
恨めしそうに見つめてくる赤城先輩を、白澤君はジッと睨みつけた。
「何で俺が、赤城先輩を慰めなきゃいけないんですかっ!ったく・・・冗談じゃない・・・。」
2人して恨めしそうに睨み合うと、翠ちゃんは更に戸惑ってしまう。
(ど・・・どうしよう・・・。私がノホホンって過ごしてる間に・・・何か色々有ったみたい・・・。私・・・私・・・これからメンバーになるって言うのに・・・既に仲間外れだ!)
翠ちゃんは置いてきぼりにされてしまった気がし、ショックを受けると、そのままガックシと首をうな垂れてしまう。更に部室内の空気がどんよりと沈むと、会長は精一杯の笑顔を作って、無駄に明るい声で言った。
「さぁ!こんな所に突っ立っていても仕方がない!黒木を解放してやろう!」
会長の言葉を聞くと、黄美絵先輩もハッと我に帰り、頑張って笑顔を作って明るく言った。
「そうねぇ!それがいいわ!じゃあ、皆で視聴室へと向かいましょうか!」
ハハハッと笑う2人だったが、お互いの顔を見ようとはしない。そんな2人に、白澤君がボソリと呟く。
「なんだ・・・?あの2人、珍しく喧嘩でもしてるのか・・・?」
ギクシャグとしている会長と黄美絵先輩を、白澤君は首を横に傾げながら見つめた。
「さぁ!参るぞ!皆の集!」
会長が棒読みで言うと、他の者は力無く「おー。」と返事をする。そしてぞろぞろと視聴室へ向かうと、黄美絵先輩がドアに掛けられた鍵を開けた。
ガチャッとドアを開け、ギギギ・・・と鈍い音を立てながらゆっくりと開くと、室内は真っ暗になっていた。
「黒木?さぁ・・・釈放の時間よ・・・。」
黄美絵先輩はそっと声を掛けながら、ゆっくりと室内を覗き込む。しかし中からは何の反応も無く、シ・・・ンと静まり返っていた。
「黒木、居ないのか?」
白澤君と会長も、そっと中を覗いてみるが、室内はスクリーンも消され、静かに暗闇に包まれているだけだ。
「も・・・もしかして・・・。がっ餓死とかしちゃったんじゃ!」
翠ちゃんが顔を真っ青にさせながら、声を震わせて言うと、赤城先輩は呆れた顔をさせて言った。
「いやいや・・・それは無いよ。俺だって無事生還しているし、食料だってちゃんと有ったんだから・・・。」
そう言いながら、赤城先輩は暗闇に包まれた室内に入って行くと、ざっと回りを見渡した。
「黒木―!どこだぁー?もう終わりだよぉー!」
赤城先輩は大きな声で黒木を呼ぶも、何の返事も無い。すると突然、赤城先輩は右足を、ガシッ!と力強く両手で掴まれる。赤城先輩は「ヒッ!」と驚き、一瞬体が跳ね上がると、恐る恐る自分の右足に視線を落とした。
「黒木・・・か?」
そっと尋ねながら見下ろすと、自分の右足を掴む両手が見え、ゆっくりと腕の伸びる先へと視線を走らせた。そして赤城先輩の顔は、スーと青ざめる。暗闇の中から、顔を土色にさせ、ゲッソリとした表情で目の周りを真っ黒にさせた、黒木の顔が浮かんで来た。黒木は掠れた声で、赤城先輩の足を必死に攀じ登りながら言う。
「あ・・・あがぎ・・・ぜん・・・ばい・・・。」
『ぎゃああぁぁぁぁあああああぁぁぁ!』
と、一斉に顔を青ざめさせ悲鳴を上げると、勢いよくその場から離れた。
「一番沈んでいる奴が現れた・・・。」
白澤君はボソリと呟くと、思い切り顔を引き攣らせる。
赤城先輩も室内から出ようとするが、黒木に掴まれた足が縺れ、その場に倒れ込んでしまう。赤城先輩は床に這い蹲りながら、口をパクパクとさせ、声に出ない悲鳴を上げ、必死に前へと進もうとする。
「あが・・・ぎぃ・・ぜんぱい・・・。」
自分のすぐ後ろから、また黒木の掠れた声が聞こえて来ると、赤城先輩は目の前に居る白澤君に、必死に手を伸ばし助けを求めた。しかし当然の事ながら、白澤君は助けて等くれない。赤城先輩は自分の足に重みを感じると、その重みが徐々に背中へと上がって来るのを感じた。
(ふ・・・振り向いてはいけない・・・。振り向いたら恐ろしい物が有る・・・。)
赤城先輩は必死に自分に言い聞かせながら、ズルズルと背中に黒木を乗せたまま、必死に室内から這い出て来た。赤城先輩がようやく灯りの点く廊下へと少し上半身を出すと、その背中の上に、薄らとピンク色の髪が浮かび上がり、幽霊の様にしがみ付いている黒木の顔が見えた。
「あ・・・ピンクい貞子・・・。」
白澤君が思わずポツリと呟くと、それを聞いた周りは、クスクスと笑い出した。
「確かに・・・ピンクい貞子・・・ねぇ・・・。」
黄美絵先輩は必死に笑いを堪えながら言うと、赤城先輩が恨めしそうな顔をしながら、訴えて来る。
「黄美絵先輩・・・笑っていないで、早くどけて下さい・・・。死んでしまいます・・・。」
黄美絵先輩は仕方なさそうに、視聴室の灯りを点けると、赤城先輩の後ろにしがみ付く黒木に言った。
「黒木、無事釈放よ。今日は学校が休みなのに、皆貴方の為に、わざわざ集まったのだから・・・今日は大人しくしていなさいね。」
黄美絵先輩の言葉を聞いた黒木は、勢いよく顔を上げ、嬉しそうな表情をさせた。
「ま・・・マジッスか・・・?自分の為に、皆集まってくれたんッスか?赤城先輩も?」
黄美絵先輩はニッコリと笑い頷くと、黒木は目を潤ませ感激をする。
「マジッスか・・・。自分・・・嬉しいッス・・・。自分の生死を皆さんが気に掛けてくれていたなんて・・・。」
すると黒木の言葉を聞いた、翠ちゃん以外全員が、首を傾げた。
(生死・・・?)
(生死って・・・なんだ?)
(誰か生死を気に掛けていたのか・・・?)
(3日間位で・・・生死・・・?)
そんな赤城先輩、白澤君、会長、黄美絵先輩の心の声等知らず、黒木は更に感激をしながら、フラフラと足元をふら付かせながら立った。
「皆さん・・・やっぱり人の命が関わると・・・優しさって物が出るんッスねぇ・・・。自分・・・自分・・・よかった・・・。まだ生きている、ちゃんと生きている・・・。」
震えた涙声で言う黒木の元に、翠ちゃんは駈けつけると、ふら付く黒木の体を支えた。
「そうよっ!そうに決まってるじゃない!皆黒木君の事、凄く心配していたんだから・・・。私だって・・・本当、凄く心配で・・・。」
翠ちゃんが涙ながらに言うと、黒木の頬には、一つ二つと涙が零れ落ちた。
「翠・・・お前・・・。そんなに自分の事・・・心配してたのか・・・。大丈夫だ!もう・・・平気だから・・・。」
そう言うと、黒木は静かに泣き出してしまう。そんな2人のやり取りを見ていた他4名は、茫然としている。
「まぁ・・・少なくとも翠ちゃんは、本気で心配していたとは思うけれども・・・。」
黄美絵先輩が少し困った顔をさせながら言うと、会長は不思議そうに言った。
「そんなに大げさな事なのか?なんだか奇跡の生還みたいだぞ・・・。」
そんな会長の言う事を聞いた白澤君は、あぁ・・・と気付いた。
「あれですよ・・・。ほら、黒木はまだ、映画の中に居るんですよ。あれだけぶっ通し映画を見ていたら、そりゃ洗脳位されますって。」
白澤君がそう言うと、赤城先輩はポンッと手を叩いた。
「おぉ!どこかで見た事有る場面だと思ったら、入会試験を終えた時の俺の姿か!そうか!俺もあんな感じだったのかぁ・・・。」
そう言って、赤城先輩はマジマジと黒木の姿を見つめ頷く。そんな赤城先輩を、白澤君は呆れた様子で見つめた。
「先輩もこんな感じだったんだ・・・」
「それはいいが、黒木はいつこちら側に戻ってくるんだ?感想会をやりたいんだが・・・。」
会長は困った顔をさせて言うと、白澤君がニッコリと微笑んだ。
「それならすぐに戻って来ますよ。授業ノート見せれば、我に帰るでしょう?現実を見るハメになるんだから・・・。」
「あぁ・・・それもそうだな・・・。」
会長は白澤君の言葉に納得をし、頷くと、未だに床に這い蹲る赤城先輩を起こした。
「ほら赤城っ!早く立て!お前を餌に、黒木を会議室まで連れて行くからな。」
赤城先輩は会長に無理やり起き上らされながら、ブンブンと首を横に大きく振った。
「嫌ですっ!嫌ですよぉ~!餌にしないで下さい~!」
嫌がる赤城先輩を余所に、黄美絵先輩は翠ちゃんと泣き付く黒木にそっと囁いた。
「ほら、貴方の赤城君が、目の前に迎えに来てくれているわよ?腕を大きく広げて・・・。」
それを聞いた黒木は、体をフラフラとさせながら、霞んだ視界の中に見える赤城先輩に向かい、大きく腕を広げ抱き付こうと近づく。赤城先輩はそんな黒木から逃げる様に、慌てて会議室へと向かった。黒木も必死に赤城先輩の後を追い、会議室へと向かって行く。
「それじゃぁ・・・私達も行きましょうか。」
黄美絵先輩がニッコリと笑って言うと、他の者達も続いて会議室へと向かった。
*以下略*
「それでは、感想会に移りたい・・・所だが・・・。黒木の消耗が余りに激しいからな、感想会は日を改めよう。取り合えず、黒木をこちら側に戻したいと思う!」
本日も会長が仕切り始めると、顔をゲッソリとさせながら赤城先輩に抱き付く黒木の姿に、全員が溜息を吐いた。
「早く戻してやって下さいっ!俺ゾンビに抱きつかれても嬉しくないです!」
泣きながら赤城先輩が叫ぶと、周りは苦笑いをする。黄美絵先輩は両手をパンッと叩くと、口元を微妙に引き攣らせながら、笑顔で言った。
「取り合えず、白澤君!ノートを渡してあげなさい。日曜日の一日だけで、3日間分の授業を把握しないといけないのだから・・・目も覚めるでしょう?」
「あ・・・あぁ・・・。それもそうですね・・・。」
白澤君は顔を引き攣らせながら返事をすると、鞄の中から3日分の授業ノートを取り出した。
「ほらっ!黒木、ノートだぞっ!ちゃんとお前の為に、俺がわざわざ取ってやったんだから、ありがたく受け取れっ!」
白澤君は乱暴に黒木の目の前にノートを衝き付けると、黒木は首を傾げてノートを見つめ、そっと白澤君の手から受け取った。そして微かに微笑むと、ゆっくりと白澤君の方を見て言った。
「あぁ・・・白澤・・・ありがとう・・・。自分の為に・・・協力感謝する・・・。」
ぼんやりとした声で言うと、白澤君の顔は更に引き攣ってしまう。
「お前が素直にお礼とか・・・マジ気持ち悪なぁ・・・。おいっ!ちゃんと分かってるのか?それ3日間分の授業ノートだぞ?」
「あぁ・・・ちゃんと分かっているよ・・・。だからお礼を・・・お礼・・・。」
ブツブツと言う黒木の姿に、白澤君はハァ・・・と深い溜息を吐くと、うんざりした顔で会長の方を向いた。
「駄目ですね・・・。これは重傷ですよ・・・。」
会長の顔も、同じくうんざりとすると、困った様子で悩み始める。
「思った以上に重傷か・・・。まぁ、赤城と違って、元々ホラー映画を観まくっていたと言う訳では無かったからな。このまま放置する訳にもいかないし・・・どうすれば戻って来れるだろうか・・・・?」
う~ん・・・と悩む会長に、他の者も悩み始める。
「やっぱり、赤城君を餌にするのがいいんじゃないかしら?」
と黄美絵先輩がアイデアを言うも、赤城先輩が物凄く嫌がり却下されてしまう。
「あの、私がなんとかやってみます!私、黒木君とはお友達だし!」
と翠ちゃんが自信満々に言い出すも、「無理だから。」と全員に否定されてしまう。
ああでも無いこうでも無いと言い合っている中、白澤君はハッと、黒木の為に持って来た物の存在を思い出した。
「そうだっ!俺、今日黒木の試験終了祝いにって、プレゼント持って来たんですよっ!」
突然白澤君が言い出すと、周りは一斉に驚きながらも関心をした。
「まぁ!白澤君、あれだけ黒木の事を嫌っていたのに、何だかんだ言って優しいのねぇ~。」
「黒木にお祝いのプレゼントとは!白澤っ、やっと黒木と仲良しさんになったんだな!」
黄美絵先輩と会長が嬉しそうに言うと、赤城先輩と翠ちゃんも、嬉しそうに黒木の体を揺すりながら、屍の黒木に向かい言った。
「黒木!白澤君がお前の為に、お祝いを用意してくれていたぞ!」
「黒木君!よかったね!勇人君が、プレゼントくれるって!」
黒木は2人に勢いよく体を揺らされると、フッと一瞬我に帰り、白澤君の方を見た。
「え・・・?何?・・・プレゼント・・・?」
プレゼントと言う言葉に反応を示した黒木を見て、白澤君はニヤリと笑い、大きな袋を黒木の前へと差し出した。
「ほら黒木、試験終了祝いのプレゼントだ。俺からの、プレゼントだよ。」
「え・・・あぁ・・・。ありがとう・・・白澤・・・。」
黒木は虚ろな意識のまま、白澤君からプレゼントを受け取ると、力無くゆっくりと袋の中身を取り出した。重そうに袋の中を取り出すと、その中身を見た瞬間、黒木と赤城先輩はその場に一瞬固まってしまう。
「な・・・な・・・こっ・・・これ・・・は・・・?」
黒木の顔は一気に真っ青になると、物凄い険相で白澤君に怒鳴り付ける。
「な・・・な・・・舐めてんのかお前はああぁぁぁー!お前自分の話し聞いてたのか?ちゃんと聞いてたのか?何で自分が男からこんなモン貰わねぇーといけないんだあああぁぁぁあ!」
叫ぶ黒木に、白澤君はクスクスと可笑しそうに笑いながら答える。
「だからぁ~試験終了祝いだって!お陰で目も覚めただろう?」
「アホかあっ!お前頭湧いてんのか?こんなモン貰って、自分が喜ぶと一ミリでも思ったのか?只の嫌がらせじゃねぇーかよ!」
悲鳴の様に叫ぶ黒木の姿に、会長と黄美絵先輩は一安心をする。
「おぉ!無事こちら側に戻って来れたか!」
「流石・・・白澤君ねぇ・・・。」
クスクスと可笑しそうに笑う黄美絵先輩の横で、翠ちゃんは喜べばいいのか、どうしたらいいのか分からず、オドオドと戸惑っていた。そんな中、固まっていた赤城先輩が、泣きながら白澤君に叫んだ。
「白澤君っ!そのワンピースは、俺が君に買ってあげた物じゃないかい!酷いっ!酷いよ!それを黒木にやるなんて!俺はそんな事の為に買ってあげたんじゃないよ!高かったのにっぃ!」
泣き叫ぶ赤城先輩に、周りは一瞬シン・・・となってしまう。白澤君から黒木へのプレゼントは、赤城先輩に買って貰った、フリフリのストロベリーのワンピースだ。
「え・・・?拓実先輩が・・・勇人君に・・・?」
翠ちゃんは手を口に当てると、思わず眉間にシワを寄せた。そんな翠ちゃんに、白澤君がすかさず誤解をしない様、説明をする。
「違うからっ!俺そう言う趣味無いからっ!これは買い物に付き合ったお礼に買って貰った物。元々黒木にやろうと思って、買って貰っただけだから!」
そんな白澤君の言葉を聞いた赤城先輩は、更に泣きながら言った。
「酷い・・・初めから・・・初めから黒木にあげるつもりだったなんて・・・。俺は・・・俺は君の喜ぶ顔が見たくて、買ってあげたのにぃ・・・。」
「だから俺喜んでたじゃないですか?それに、買って貰った物をどうしようが、俺の勝手でしょう?もうそれは俺の物なんだから、どう使おうが俺の自由じゃないですか。」
白澤君が冷たく言い放つと、赤城先輩はシクシクとその場に泣き崩れてしまう。
「酷い・・・1万4千円もしたのに・・・。」
黒木は隣で泣く赤城先輩と、目の前に不適な笑みを浮かべて立つ白澤君を交互に見ると、ワンピースを手にしたまま、戸惑ってしまう。そんな黒木に、白澤君は嬉しそうな顔をして言う。
「黒木、聞いた通りそのワンピースは、俺が赤城先輩から買って貰った物だ。でもよく考えろよ?例え俺から貰ったとしても、お金を払ったのは赤城先輩なんだから、それは赤城先輩からのプレゼント、と言う事でも有るんだぞ?それを踏まえた上で、お前はその手にしたワンピースをどうする?」
白澤君がニヤリと笑うと、黒木はゴクリと生唾を飲み込み、額に汗を掻いた。ゆっくりと握り締めたワンピースを見つめると、またゴクリと唾を飲み込む。
「あ・・・赤城先輩からの・・・プッ・・・プレゼント・・・。確かに・・・そうなるよな・・・。赤城先輩からの・・・はっ、初めてのプレゼント・・・。」
黒木は口をパクパクとさせると、ワンピースを手に持ったままゆっくりと立ち上がった。手を震わせながら、制服の上着のボタンを外すと、スルリと上着を脱いだ。
「じ・・・自分っ!着ます!赤城先輩からのプレゼントなら、喜んで着るッス!」
声を震わせながらも、力強く黒木が言うと、白澤君は思わず噴き出してしまった。黒木は顔を真っ赤にさせながら、ワンピースに着替えようとすると、泣いていた赤城先輩は突然バッと起き上り、慌てて制服を脱ぐ黒木を止めた。
「止めろっ!止めてくれぇー!着るんじゃない!着ては駄目だ!それは白澤君に買ってあげたのだ!お前に買ってあげたんじゃない!」
必死に黒木を止める赤城先輩に、黒木も必死に抵抗をしてワンピースを着ようとする。
「何でッスか?白澤の言う通り、これはもう白澤の物なんスから、どうしようが白澤の自由ッスよ!自分は白澤から貰ったんッス!白澤を通して、赤城先輩から貰ったんッスよ!」
「違う!断じて違う!俺はお前にあげた覚えは無いぞ!そのワンピースも、1万4千円も!大体、お前は女装は嫌ではなかったのか?嫌なのに無理して着る事はないのだよ!」
「嫌ッス!嫌ッスけど!赤城先輩がそれを望むなら、自分は心を痛めてでもするッス!赤城先輩が望むなら嫌じゃないッスよ!」
「望んでないぞおおぉぉー!俺は断じて、望んでいないし望んだ事も無いぞ!」
顔を真っ赤にさせながら泣き叫ぶ黒木に、顔を真っ青にしながら泣き叫ぶ赤城先輩。2人葛藤する姿を見て、白澤君は可笑しそうにクスクスと笑っていた。
(やった・・・やったぞ・・・。2人一遍に仕返ししてやったぞ・・・。)
心の中でも笑いが止まらない白澤君は、両手でお腹を抱えた。そんな白澤君の姿を見て、黄美絵先輩は嬉しそうにクスリと笑う。
「あらあら、白澤君・・・楽しくて仕方ないみたいねぇ。日頃の恨みを一気に晴らしたって感じで・・・。」
「白澤は初めからこれを狙って、赤城に買って貰ったのか・・・。」
会長は呆れた顔をしつつも、目の前の光景を見ると思わず笑ってしまう。
「いつも通りの光景ね・・・。」
穏やかな声で言って来る黄美絵先輩に、会長も穏やかな表情を浮かべると、ゆっくりと頷いた。
「なぁ・・・黄美絵・・・。」
会長は他の人には聞こえない様に、小さな声で言うと、黄美絵先輩も同じ様に、小さな声で返事をした。
「なぁに?」
「あの後色々と考えたんだが・・・。黄美絵の好きは、特別な好きなんだよな。だから僕は、黄美絵の事を応援するよ。黄美絵は僕に、沢山優しくしてくれたし、沢山助けてくれた。だから僕も、お返しをしないと・・・友達としてフェアじゃないだろ?」
会長がそう言うと、黄美絵先輩はクスリと小さく笑った。
「平等じゃないといけない友達なんて、私は要らなわ。見返りを求めないで支え合える友達なら、歓迎するけれども・・・。」
すると今度は、会長がクスリと小さく笑うと、少し困った顔をしながらも言う。
「黄美絵は相変わらず意地悪だな。僕が勝手に黄美絵にお返しをするだけだ。だから・・・黄美絵・・・。」
会長は黄美絵先輩の耳元でそっと囁くと、それを聞いた黄美絵先輩は、驚いた表情をさせた。
「葵君・・・でもそれは・・・。」
驚きながらも戸惑う黄美絵先輩に、会長にニッコリと笑った。
「僕なりの精一杯の応援とお返しだ。だから受け取ってくれ。僕は・・・。」
言い掛けると、会長はゆっくりと赤城先輩の方を見た。
「僕は、自分の事を頑張るよ。きっと僕の気持ち次第で・・・皆の気持ちが決まるんだ。皆の気持ちの・・・行方が決まってしまうんだよな・・・。」
そう言ってゆっくりと俯くと、黄美絵先輩の肩に凭れ掛った。黄美絵先輩は会長の頭を優しく撫でると、静かに微笑んだ。
「そうね・・・。」
その後、赤城先輩と黒木の葛藤がいつまでも続くので、仕方なく他の4人は2人を放置して帰る事にした。
校門で会長と黄美絵先輩の2人と別れると、白澤君は翠ちゃんと一緒に駅へと向かう。その途中、翠ちゃんは何度も後ろを振り返り、置き去りにして来た黒木の事を気にしている様子だった。
「翠ちゃん、そんなに心配しなくても大丈夫だよ。」
「でも・・・。」
白澤君にそう言われるも、翠ちゃんはやはり心配で、何度も後ろを振り返ってしまう。そんな翠ちゃんを呆れた顔をして見ていた白澤君は、ハァ・・・と軽く溜息を吐きながら聞いた。
「翠ちゃんって・・・あんな奴のどこがいい訳?」
「え?・・・あっ・・・あんた奴って?」
翠ちゃんは慌てて白澤君の方を向き聞くと、白澤君は真っ直ぐ前を向いたまま、呆れながら言った。
「だから、黒木なんかのどこが好きなの?あんな奴・・・只のホモでいい所なんか無さそうじゃん。」
すると翠ちゃんは、顔を真っ赤にさせながら慌しく言う。
「なっ何言ってるの勇人君!私別に・・・黒木君の事が好きとか・・・そう言う訳じゃ・・・。それにっ、黒木君はいい所沢山有るよ?優しいし、自分に正直だし、嘘とか吐かないし・・・。私は、そんな黒木君だから仲良く出来て嬉しいし、ずっと一緒に居たいと思っているだけでっ・・・。」
翠ちゃんはそのまま顔を赤くさせたまま、俯く。白澤君はそんな翠ちゃんの顔をチラリと横目で見ると、また軽く溜息を吐いた。
「そう言うの、好きって言うんじゃないの?」
白澤君が直球に言うと、翠ちゃんは真っ赤な顔をゆっくりと上げ、白澤君の顔を見つめた。
「好き・・・なのかなぁ?・・・私。でも・・・私の場合、どっちの黒木君が好きなのか・・・分からないから・・・。」
自信無さ気に静かに言うと、白澤君も翠ちゃんの顔を見て、不思議そうに聞いた。
「どっち・・・?どっちって?女装してる黒木か・・・って事?」
翠ちゃんは小さく首を横に振ると、そっと俯きながら静かに言った。
「そうじゃなくて・・・。可愛い顔をしているから好きなのか・・・優しい男の子の黒木君として好きなのか・・・だよ。」
翠ちゃんの言葉を聞き、白澤君は「あぁ・・・。」と気付く。
(そうか・・・翠ちゃん、可愛い物とか好きなのか・・・。筆記用具とか・・・可愛らしい物沢山持ってたからな、確か・・・。)
「でも翠ちゃんは、黒木の性格とか俺より知ってるんでしょ?じゃあさ、その黒木の性格はどうなの?好きなの?」
白澤君が聞くと、翠ちゃんは嬉しそうに微笑むながら、頷いた。
「うん、好きだよ。自分に正直な黒木君の性格って、凄く羨ましいし、見ている私まで自信を貰えるって感じで・・・。素直過ぎてすぐにカッとなっちゃう時もあるけど、そんな所も可愛いなって思うし、好きだなぁ。」
そう言ってニッコリと笑う翠ちゃんの顔を見て、白澤君もニッコリと笑った。
「だったら翠ちゃんは、可愛い顔をしているからってだけじゃなくて、ちゃんと黒木の中身も含めて好きって事じゃん。自信持って黒木の事、好きって言ってもいいんじゃないの?」
白澤君の言葉を聞き、翠ちゃんは顔を赤くさせながらも、嬉しそうに頷いた。
「そっか・・・やっぱり私、黒木君の事が・・・好き・・・なのか・・・。」
「翠ちゃん、どっちの黒木が好きなのか分からなかったから、ずっと遠慮してたの?」
白澤君は珍しく優しく聞くと、翠ちゃんは恥ずかしそうにしながらも言った。
「うん・・・と言うか・・・自信が無かったのかな。黒木君の事、好きなんだろうなって思ってはいたんだけど・・・それが可愛い顔だから好きなんじゃないかな?って疑っちゃう自分も居て・・・。でも・・・。」
「だったらもう遠慮する必要なんか無いんじゃないの?外見から好きになる奴なんか、山程居るんだし、それで性格知って嫌いになったり、もっと好きになったりするモンじゃん。俺だってタイプの子が目の前に現れたら、必死にその子と仲良くなろうとするよ。それで性格が糞だったらもうどうでもよくなるだろうし・・・。大事なのは相手の中身もちゃんと見て、好きかどうか判断する事じゃないのかな?外見さえよければ何でもいいって奴は、只飾りとして置いておきたいだけなんだよ・・・。翠ちゃんは黒木の性格も、赤城先輩が好きなホモって事も含めて好きなんだから、自信持っていいよ。特に黒木は赤城先輩しか眼中にないから、翠ちゃんは大げさって位アピールしなくちゃ。」
そう言って白澤君はニッコリと笑うと、翠ちゃんも微かに微笑んだ。
しかし心の中では、互いに違う事を思う。
(これで翠ちゃんが黒木とくっ付いてでもくれれば、部室内は静かになるし、俺の苦労も半減する!黒木から目の敵にされずに済むし、翠ちゃんの面倒は黒木が見てくれれば、赤城先輩に泣きつかれる事も減って正に一石三鳥だ。)
白澤君はそう思うと、自然に笑みが零れる。
(勇人君・・・珍しく真剣にまともな意見を私に言ってくれている・・・。いつも何か面倒臭そうな顔して話していたのに・・・なんかちゃんと聞いてくれてるし・・・。何だかんだ言って、ちゃんと私の事友達だと思ってくれていたんだ・・・よかった・・・。)
翠ちゃんはそう思うと、自然と目が潤んで来てしまう。2人顔を見合わせて、ニッコリと笑うと、翠ちゃんは嬉しそうに言った。
「ありがとう・・・なんか・・・ちょっとはスッキリした気がする。」
「そっか・・・よかった。まだ翠ちゃんが何か引っ掛かる事が有るんなら、それは俺より同性の子に相談した方がいいよ。こう言う話しって、女の子同士の方が分かるだろうからさ。」
白澤君がそう言うと、翠ちゃんはニッコリと笑い頷いた。
2人は駅に着くと、ホムーの階段を上る。階段を上がりながら、白澤君は翠ちゃんに、ずっと気になっていた事を聞いてみた。
「そう言えば翠ちゃんって・・・昔は大人しい子だったって聞いたけど、何でそんな酷い勘違い妄想をする様になったの?」
またも直球に言って来る白澤君に、翠ちゃんは思わず後退りをしながら答えた。
「え・・・?わっ、私・・・そのっ・・・勘違いが酷かったのは昔からだよ・・・?それで、友達とか中々出来なかったから・・・。」
(何?勘違い妄想って・・・。勇人君・・・いつもそんな風に私の事見ていたんだ・・・。と言うか・・・もうすっかり今まで通りの勇人君に戻ってしまっている事が・・・悲しい・・・。)
翠ちゃんはガックシと首をうな垂れると、力無く階段を上った。そんな翠ちゃんの事等気にせず、白澤君は更に直球に聞いて来る。
「へぇ~・・・。でもあそこまで激しい妄想を口に出して言っていたの?だったら周りから引かれて当然だろうけど・・・大人しかったって事は言ってはいなかったんでしょ?」
翠ちゃんは、これ以上は落ち込むまいと、もう何を言われても気にしない様にし、悲しそうな声で答えた。
「それは・・・一度口にしてしまい、白い目で見られてしまった事が有るから・・・もう思った事を言うのは止めたの・・・。それで口数が減って・・・。そしたら今度は会話が続かなくなって、誰も話してくれなくなって・・・。」
それを聞いた白澤君は、何度もうんうん、と大きく頷いていた。
「成程ねぇ・・・。勘違い妄想が激しかったのは、昔からだったんだ・・・。で、黒木に何を吹き込まれたんだ?」
「はい・・・『言いたい事が有るならハッキリ言えばいい。それでお前の事を嫌いになる奴なんか、友達じゃないんだから気にするな』と言われまして・・・。私はそれもそうだなぁ・・・って思ったの・・・。」
(ふ・・・吹き込まれた・・・。)
翠ちゃんは最後の一段を、力を振り絞って踏み込むと、ハァ・・・と深い溜息を吐いた。そしてゆっくりと悲し気な顔で、白澤君の方を向く。
「勇人君・・・私・・・病気じゃないよ?妄想癖とか別に無いよ?只勘違いが酷いだけだよ・・・。」
白澤君も翠ちゃんの方を向くと、ニッコリと優しく微笑んだ。
「あぁ・・・大丈夫だよ。ちゃんと分かってるから。皆特殊な性格しているだけなんだよね。」
そう言ってスタスタとホームの奥へと歩いて行く白澤君を、翠ちゃんはゆっくりと付いて行った。
(勇人君も・・・十分特殊な性格だと思うんだけど・・・。言ったら怒りそうだから止めておこう・・・。)
翠ちゃんはまた、ハァ・・・と溜息を吐くと、電車が到着するのを待った。
電車が到着すると、翠ちゃんはまだ少し悲しそうな顔でニッコリと笑うと、横に立つ白澤君に言う。
「えっと・・・同じ電車だよね。勇人君はどの駅で降りるの?」
翠ちゃんに聞かれると、白澤君はニッコリと微笑みながら嘘を答える。
「あぁ、翠ちゃんより後の駅だよ。俺の方が学校から遠いから。」
「そうなんだ。じゃあ座れるといいね。立ちっ放しは疲れちゃうから。」
そう言って、翠ちゃんは電車に乗り込むと、ニッコリと笑った。白澤君もニッコリと笑うと、翠ちゃんに向かってその場で手を振る。釣られて翠ちゃんも手を振ると、そのまま電車のドアが閉まった。
「え?あれ?勇人君・・・乗らないの・・・?あれ?」
翠ちゃんは慌ててドア越しに白澤君に言うが、そのまま電車は動き出してしまう。ニッコリと微笑みながら手を振る白澤君の姿は、徐々にと遠ざかり、電車は翠ちゃん1人を乗せ走って行ってしまった。
「流石に女の子を突き飛ばす訳にはいかないからなぁ・・・。先にご乗車して貰おう・・・。」
白澤君は、遠ざかって行く翠ちゃんを乗せた電車に手を振ると、次の電車に乗って帰って行った。
一方の黄美絵先輩と会長は、バス停へと向かっていた。するとその途中、突然会長は思い出したかの様に言う。
「あぁ、そうだ!部室に忘れ物をして来てしまった・・・。黄美絵、悪いが先に帰っていてくれないか?僕は忘れ物を取りに戻ってから帰るから・・・。」
すると黄美絵先輩は、ニッコリと笑って頷きながら言った。
「えぇ、分かったわ。先に帰るわね。」
「すまんな。」
会長が申し訳なさそうに言うと、黄美絵先輩は「いいのよ。」と言い、バス停へと歩いて行った。会長は道を引き返し、学校へと走って戻って行く。
「また忘れ物の赤城君を取りに行くのね。」
黄美絵先輩はクスリと笑うと、1人バス停へと向かった。
学校まで戻って来た会長は、部室へと行き、そっと覗きこむ様に室内へと入った。するとそこには、白澤君からのプレゼントのワンピースを着た黒木の姿が有った。女装をした黒木は、傍から見れば女の子にしか見えない。黒木はスカートを捲り上げ、チラチラと太股を赤城先輩に見せ付けている。
「ほら先輩!可愛い女の子ッスよ?どうッスか?いやん・・・チラッチラッ!」
「騙されんぞ!俺は決して騙されんぞ!例え可愛い女の子に見えようが、貴様は列記とした男だあぁっ!」
赤城先輩は顔を真っ青にさせ床に座り込みながら、頭を両手で抱え叫んでいる。そんな光景に、会長は深く溜息を吐くと、呆れた声で2人に話し掛けた。
「お前達は、まだそんな下らん事をしていたのか・・・。」
会長の声を聞くと、赤城先輩は一気に嬉しそうな顔をして、会長の方を振り向いた。
「会長!助けに来てくれたのですね!」
感激そうに言う赤城先輩とは対象に、黒木は不満そうな顔をして言う。
「下らない事じゃないッスよ!赤城先輩を誘惑している大事な所なんスから、邪魔しないで欲しいッス!」
「されるかっ!誰が男等に誘惑されるか!俺は騙されんぞおぉ!」
再び赤城先輩は顔を青ざめさせながら叫ぶと、黒木は残念そうな顔をした。
「何でッスか!自分その辺の女共より可愛いッスよ!先輩はブス線なんスか?」
「そう言う問題ではない!可愛いとか以前に、お前は男だろう?俺は生物学上女の子がいいの!雌がいいの!分かるかい?雌!お前は雄!そして俺も雄!」
必死に訴える赤城先輩であったが、黒木は負けずと太股を見せ付けて来る。
「何でッスか?相手が雄でもほらっ!可愛い子の生太股を見たら、欲情とかしないッスか?」
「しませんっ!断じてしません!」
そんな2人のやり取りに、会長は更に深く溜息を吐くと、強い口調で黒木に言う。
「黒木っ!いい加減にしないか!押し付けはよくないぞ!それに体を安売りするのは止めろ!色仕掛けとはけしからんぞ!実にけしからん!ちゃんと心で相手を惚れさせなければ、意味が無いぞ!」
会長の言葉に、黒木はスカートを下ろすと、しょんぼりとした顔をし、俯きながら言った。
「だって・・・仕方がないじゃないッスか・・・。もうこの際利用出来る物は利用しないと、いつまで経っても赤城先輩は自分の愛を受入れてくれないッスよ!手段なんて選んでられないッス!」
涙目になりながら叫ぶ黒木に、赤城先輩はうんざりとした顔をすると、力無く言った。
「だから・・・それは永遠に無い事なのだよ・・・。何度も言うように、俺は女の子が好きなの。ホモじゃないし、目覚める事もないし、それに・・・。」
「そんなの分からないじゃないッスか!何かが切っ掛けで、男が男を好きになる事だって有るッスよ!実際自分も、絶対に同性なんか好きになる訳無いって思っていたッスけど、赤城先輩を好きになったんッスから!人生何が起きるか分からないッスよ!決めつけはよくないッス!」
赤城先輩の言葉を遮り、黒木が力強く叫ぶと、一瞬その場はシンッとなった。そしてまた黒木が何かを言おうとした瞬間、赤城先輩は少し怒り気味に、黒木に向かって怒鳴り付けた。
「無いんだ!そんな事は絶対に無いのだと言っているんだ!俺は会長の事が好きなんだ!俺が今までもこの先も好きなのは、会長だけなんだ!お前じゃない!」
赤城先輩の声が部室中に響くと、黒木と会長はその場に固まり唖然としてしまう。赤城先輩の突然の告白に、黒木は顔を青く染めると、ショックを受けた様子で、声を震わせながら言った。
「か・・・会長?な・・・なんでッスか・・・。何でそんな・・・言い切れるんッス・・・。」
赤城先輩は黒木から目を逸らすと、会長の顔を見て、真剣な眼差しで言った。
「黒木、お前が俺の事を心から愛している様に、俺も心から会長の事を愛しているからだよ。だから言い切れる。俺は・・・俺のこの気持ちは変わる事が無いから。俺は、心から会長の事が好きです!」
赤城先輩の言葉を聞き、会長の顔は真っ赤になり、思わず赤城先輩から目を逸らしてしまうと、恥ずかしそうに顔を俯けた。ドキドキと高鳴る鼓動の音がし、そっと胸を手で押さえると、大きく息を吸ってゆっくりと吐いた。そしてそっと顔を上げると、ニッコリと照れ臭そうに微笑む。
「嬉しいぞ!赤城!それ程までに僕の事を信頼してくれていて・・・。僕も赤城の事は心から大好きだぞ!黄美絵と同じ位にっ!」
感激をしながら言う会長の言葉に、赤城先輩の体は一瞬で固まってしまい、唖然とした顔で言う。
「え・・・いや・・・会長・・・。違います・・・何かが違います。きっと・・・いや絶対俺の言いたい事と、会長の解釈は物凄く間違っているかと・・・。」
そんな赤城先輩の事等気にもせず、会長は恥ずかしそうに体をモジモジとさせながら言う。
「なんだ・・・こう・・・改めて言われると照れ臭いな!お前の敬意は知ってはいたが、そこまでとは思ってはいなかったからな、うん。まぁ、少し位は黒木にもその気持ちを分けてやれ。友達位ならいいだろう?黒木も、取り合えずは友達から始めてみたらどうだ?せっかく同じ同好会メンバーになったんだしな!」
会長はそう言うと、ハハハッと照れ臭そうに笑いながら、ゆっくりと後ろに下がって行く。
「まぁ、とにかく今日は2人共もう帰れ。僕ももう帰るし、黒木は家に帰って、3日分の授業内容の自主勉をしなくちゃいけないしな。時間が惜しいだろ?2人共、早く帰れよ!」
会長はそのまま部室から出ると、バタンッと扉を閉め去って行ってしまった。
赤城先輩はその場に崩れると、声を震わせながら涙声でブツブツと言う。
「またフラれた・・・またフラれた・・・。また・・・また・・・ちゃんと伝わっていない・・・。これで何十回目だっけ・・・?」
床に這い蹲る赤城先輩の後ろに、茫然と佇んでいた黒木は、ポロポロと涙を零していた。黒木は涙を流しながら、ゆっくりと赤城先輩の側に近づくと、小さな声で尋ねた。
「赤城先輩・・・会長の事がずっと好きだったんッスすか・・・。だから自分の気持ちに、答えられなかったんッスか・・・?」
赤城先輩は黒木の方を見る事なく、俯いたまま震えた声で答える。
「ごめん、今反論とかする余裕ないんだ・・・。俺泣いちゃいそうだから・・・。後にしてくれるかなぁ・・・・。」
黒木はそっと赤城先輩の隣にしゃがむと、顔を俯かせた。ポタポタと床に涙が落ちると、その雫をじっと見つめながら言う。
「好きな人が居たから・・・とかじゃないんッスよね・・・。好きな人が居なかったとしても、やっぱり自分に望みは無いんッスか?自分は・・・赤城先輩の幸せを望んでいるッス。好きな人の幸せを望むのは、当然ッスから。だから先輩に好きな人が居たら、応援しなくちゃいけないって、思ってはいたッス。それが白澤だって思った時は、同じ男なのにって嫉妬になっちゃいましたけど・・・。相手が女で、先輩が真剣な気持ちならちゃんと応援しようと思っていたッスよ。それが会長だったんッスね。でも・・・でも・・・赤城先輩の想いは、届く以前に伝わりも・・・。」
「止めろおおおぉぉぉー!それ以上言うなあぁ!それ以上言ったら泣いちゃうからっ!立ち直れなくなっちゃうからっ!」
黒木の言葉を遮り、叫びながら勢いよく顔を上げた赤城先輩は、既に涙を洪水の様に流し泣いていた。流石の黒木もその赤城先輩の顔には思わず引いてしまい、零れていた涙はピタリと停まり、後退りをしながら言う。
「す・・・すんません・・・。もう何も言わないッス・・・。てか一応自分も失恋した身なんッスが・・・それ所じゃないっぽいッスね・・・。」
黒木は周りをキョロキョロと見渡すと、慌しくカウンターへと向かい、その上に置いてあったティッシュを何枚か持って赤城先輩へと手渡した。赤城先輩は手渡されたティッシュで涙を拭きながら、ウゥ・・・ウゥ・・・と泣き続ける。黒木はその後どうしたらいいのか分からず、その場でオドオドとしていた。
しばらくしても赤城先輩が泣き止む様子は無く、困った黒木は会長の言葉を思い出し、赤城先輩を元気付けようと、必死に明るい声で言った。
「そうだっ!赤城先輩!会長が言っていた通り、まずは自分と友達になってくれませんか?ちゃんと友達から始めたいッス!そこから芽生える恋も有るかもしれないし、よくよく考えたら、自分はいきなり赤城先輩に愛をぶつけてばかりいたッス。それじゃあ自分の事を知っても貰えないし、ちゃんとまともに話もした事無い奴から、そんなに迫られても分かんないッスよね!お互いの良さも悪さも!」
赤城先輩は泣きながら、チラリと黒木の方を見ると、首を傾げて鼻声で言って来る。
「どもだぢ・・・?あぁ・・・そう言えば・・・黒木と所謂普通の会話って・・・した事なかったね・・・。てか恋心とかは諦めてはいないのだね・・・。」
ズズズッと鼻を啜ると、涙を拭き、重たそうに立ち上がった。大量のティッシュをゴミ箱に捨てに行くと、後ろからは嬉しそうな顔をして言う黒木の声が聞こえる。
「自分達が友達になれば、会長だって喜ぶッスよ!それに・・・そのっ・・・白澤とも凄くじゃないけど、普通には仲良く出来るかもしれないッスし・・・。そうしたら、きっと会長を喜ばせる事が出来るッスよ!」
赤城先輩はクルリと体を回し、黒木の方を向くと、微かに微笑みながら頷いた。
「あぁ・・・そうだね・・・。友達なら俺も歓迎するよ。只・・・会長を喜ばす為にって言う不純な理由は・・・。俺も会長も嬉しくはないかな。」
「不純じゃないッス!自分は真剣に、赤城先輩ともっと仲良くなりたいッスよ!追って追われての関係じゃ、いつまで経っても前には進まないッス!基本的な事が掛けていた事に気付いたッスよ!自分の愛を伝える事に必死で、先輩の想い人にさえ気付かなかったんッスから・・・。愛はゆっくりと育てていく物ッス!」
力強く拳を握り締めて言う黒木の姿に、赤城先輩は微笑みを固めたままその場に佇んだ。
(あぁ・・・諦めてはいないんだね・・・。愛は枯れる事は無いのだね・・・。友情から芽生える愛に期待する事にしたのかぁ・・・。てか元々そんな仲良かったっけ・・・?まぁでも・・・これを機に少しは落ち着くのならば・・・。)
「そうだね。なら、友達から始めよう。」
赤城先輩がそう言うと、黒木は嬉しそうに微笑み、大きく頷いた。
「でも友達になるなら、もう一つ気付いて欲しい事が有るのだけど・・・。これは俺からのお願いでも有るかな。」
「お願い・・・ッスか?なんッスか?赤城先輩のお願いなら、喜んで聞くッスよ。」
黒木が嬉しそうな顔で言うと、赤城先輩は優しく黒木の頭を撫でた。
「俺以外の周りの人も、ちゃんと見てあげてくれないかな。君が今まで出会った人の事や、支えてくれた人の事を。ちゃんと見て、考えてあげて欲しいんだ。俺の事を考えてくれる様にね。守れるかい?」
そう言って、赤城先輩は優しい笑顔を浮かべると、黒木は頬を赤く染めながら、恥ずかしそうに小さく頷いた。
「よかった。じゃあ、これからは友達として、よろしくね。」
赤城先輩はニッコリと笑い右手を差し伸べると、黒木も照れ臭そうにしながら、赤城先輩の手を握った。
「自分の方こそ、よろしくお願いしますッス・・・。」
2人は握手を交わすと、互いに顔を見合わせニッコリと笑った。
「それで・・・黒木目薬持ってない?泣き過ぎて目が腫れてしまって・・・視界が狭いんだ。」
赤城先輩が頭を掻きながら困った様子で言うと、黒木はガックシと首を一気にうな垂れた。
「先輩・・・せっかく良いムードだったのに・・・台無しッス・・・。カウンターに氷有るんで・・・それで冷やしましょう・・・。自分ハンカチ貸すッスから・・・。」
黒木は首をうな垂れたまま、トボトボとカウンターへと向かって行った。赤城先輩は申し訳なさそうに、「ごめんねぇ。」と言いながら、黒木の後に着いて行った。
部室から出て行った会長は、そのまま勢いよくバス停まで掛けて行った。
バス停へと到着をすると、ハァハァ・・・と息を切らせながら、バス停に置いて有るベンチにゆっくりと座る。胸をそっと押さえると、鼓動は高鳴り、体は熱く火照っていた。
「ハァ・・・ハァ・・・違う・・・。これは走ったからだ・・・。走ったせいだ・・・。」
息を切らせながら、俯いて呟くと、額からは汗が流れ落ちる。
しばらくして、ようやく息が整い落ち着くと、丁度バスが来るのが見えた。ベンチから立ち上がると、もう体の火照りも冷め、鼓動も落ち着いている。
(やっぱり・・・走ったせいだ・・・。)
到着したバスに乗り込むと、一番後ろの座席に座り、ポケットの中から携帯を取り出した。電話帳の中から、黄美絵先輩の番号を表示するも、軽く溜息を吐き、また携帯をポケットの中へと仕舞ってしまう。
(何を言えばいいんだ?黄美絵に・・・。僕は自分の事を頑張ると、黄美絵に言ったばかりなのに・・・。それなのにもう黄美絵に頼ろうとしている・・・また・・・。こんなんじゃダメだ・・・。自分で頑張らなくちゃ・・・。でも・・・どうしたらいいのか分からない・・・。)
バスに揺られながら考えていると、いつの間にか会長が降りるバス停へと、到着してしまう。しかし会長はバスから降りず、次のバス停で降りた。
バスから降りた会長は、その足ですぐ近くに在る、いつも自分が愛用している、レンタル屋へと向かった。
レンタル屋へと入ると、普段は真っ先にホラーコーナーへと足を運んでいたが、今日はホラーコーナーではなく、恋愛コーナーへと行く。
(勉強しなくては!!)
そう心の中で強く決心をするはいいが、どの作品を借りたらいいのかが分からず、棚の前で悩みだしてしまう。 そして散々悩んだ挙句、『ベイブ』を借りて行った。




