第二十六話 単独依頼
王国付与魔法師になってから、俺の生活は、さらに忙しくなった。
依頼が、絶えず届くようになった。セバンが管理に専念する事態になり、レイアがルールを決め直した。レイアとの同行を優先しつつ、月に一件だけ、単独での依頼も受けることになった。
初めての単独依頼が来たのは、そんな頃だった。
商人のクロナという人物からの、街道の護衛任務だった。前衛二人のパーティがすでにいるが、付与魔法師がいると安心だという話だった。
レイアが内容を確認して、問題なしと判断した。
「単独でいけるか」
「行きます」
「クロナ商人は信頼できる人物だ。父とも取引がある。ただし、何かあればすぐ連絡を」
「何もないと思いますが」
「何もなければいい」
出発の朝、俺は馬に乗って屋敷を出た。
屋敷の門で、レイアが見送った。見送りに来るとは思っていなかったので、少し驚いた。
「行ってきます」
「うん」
「レイアが見送りに来ると思っていなかったです」
「通りがかりだ」
どこへ通りがかるつもりなのかは、聞かなかった。
◇
護衛任務は、一泊二日の行程だった。
商人のクロナは、五十代の小柄な男で、口数が多く、楽観的な性格だった。前衛の二人の冒険者は、二十代と三十代の男性で、実直な印象だった。
出発してすぐ、俺はいつものように付与をかけた。
二時間ほど経って、二十代の冒険者が言った。
「なんか、今日は動きやすいな」
「私もそう思います」三十代のほうが答えた。「疲れにくい感じがして」
「アインさんのせいですかね」
「らしいです」
クロナが後ろから、のんびり言った。
「前から噂は聞いていたが、本物か。ありがたいね、付与魔法師というのは」
「役に立っているなら、良かったです」
「役に立っているどころじゃないよ。護衛に頼むとき、付与魔法師がいると保険料が下がるんだ。それくらい実績があるってことだ」
「保険料が、ですか」
「商人組合で独自の保険があってね。護衛の質によって料金が変わる。付与魔法師同行の場合は、過去の事故率が低いから割引があるんだよ。知らなかったか」
俺は、知らなかった。自分の存在が、経済的な価値として評価されているとは、思っていなかった。
夜営で、二人の冒険者と話した。
「アインさんは、この仕事、続けるつもりですか」
「……今のところ、はい」
「どこかのパーティに入る気は」
「今は侯爵家に所属している形で、レイアさんとの依頼が主です」
「槍聖と組んでいるのか。凄いな」
「凄いのは、レイアのほうで」
「いや、あなたがいなければ、槍聖もあそこまで動けないって話でしょう。持ちつ持たれつというか」
持ちつ持たれつ。
その表現が、俺には新鮮だった。
三年間、俺は、一方的に必要とされない存在だった。誰かに与えるばかりで、何も返ってこない。そういう関係しか、知らなかった。
でも、持ちつ持たれつ。俺が誰かの役に立ち、誰かが俺を認める。そういう関係が、成り立つのだと、初めて知った気がした。
◇
翌日、無事に目的地に着いた。
クロナが「次の依頼もお願いしたい」と言った。二人の冒険者も「また一緒にやりたい」と言った。
帰路、一人で馬を走らせながら、俺は少し笑っていた。
また頼みたい。また一緒に。
そう言ってもらえることが、こんなに嬉しいとは、思わなかった。
屋敷に戻ると、レイアが中庭にいた。
「どうだった」
「良かったです」
「問題は」
「何もなかったです。それより、良いことがいくつかあって」
「言え」
俺は話した。二人の冒険者が動きやすいと言ってくれたこと。クロナが保険料の話をしてくれたこと。「また一緒に」と言ってもらえたこと。
レイアが聞きながら、少し表情が変わっていった。
「良かった」
「はい。でも、一番良かったのは」
「何が」
「帰る場所があったことです」
レイアが、少しだけ固まった。
「……ここが、帰る場所になっているのか」
「なっています。気づいたら」
レイアが、夜空を見た。
「……そうか」
その声に、何かが滲んでいたが、俺には名前をつけられなかった。
でも、レイアが、俺の「帰る場所」という言葉に、何か反応してくれたことは、分かった。
俺にとって、ここが帰る場所になったのは、この屋敷があるからじゃない。
ここに、レイアがいるからだ。
それを、いつか、ちゃんと伝えたかった。




