↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
追放された「効果不明」のエンチャンターは、隣国で計測不能と言われる  作者: まる


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/30

第一話 役立たずのエンチャンター

「なあアイン、お前のそれ、本当に効いてんのか?」


 朝一番、準備室に入ってきたエランがそう言った。もう何百回聞いたか分からない台詞だった。


 俺は装備に手をかざしたまま顔を上げる。エラン・クロウ。パーティ「鉄の牙」のリーダーで、剣士。背が高くて顔も整っていて、声も大きい。冒険者に必要なものを一通り持っている男だ。持っていないのは、他人への敬意くらいだった。


「かけてます。ちゃんと」


「かけてますって言うけどさ、光るわけでもないし音が鳴るわけでもないし、正直こっちは何の実感もないわけよ。俺、たまに思うんだよね。お前のエンチャントって、本当は何もしてないんじゃないかって」


 エランは笑いながら言った。悪意があるというより、本気でそう思っているという顔だった。そのほうが、たちが悪い。


「効果が目に見えないだけで――」


「はいはい、それはもう聞き飽きた」


 エランは俺の言葉を最後まで聞かずに、剣を腰に差した。奥では他のメンバーが荷物をまとめている。今日は近郊の森でオーク退治の依頼らしい。


「まあ、いてくれるだけでいいからさ。今日も荷物番よろしく。俺たちは俺たちで、ちゃんと成果出してくるから」


 そう言い残して、四人は準備室を出ていった。扉の向こうから笑い声が聞こえて、それも遠ざかっていく。


 俺は一人、準備室に残された。


 荷物番。それが今日の俺の仕事だった。というより、この三年間、ずっとそうだった。



◇



 俺の名前はアイン。姓はない。東部の小さな村の出身で、十七のときに村の長老に「お前には魔法の素養がある」と言われて、王都ガルディアの冒険者ギルドにやってきた。


 素養の種類はエンチャント。付与魔法だ。


 村を出るとき、俺は正直、期待していた。付与魔法師は珍しいと聞いていたし、ギルドの受付でも「それは重宝されますよ」と言われた。パーティへの斡旋もすぐに決まった。それが「鉄の牙」だった。


 でも、一ヶ月もしないうちに気づいた。


 俺のエンチャントは、効果が目に見えない。


 炎の魔法は炎が出る。回復魔法は傷がふさがる。剣に魔力を乗せる強化魔法だって、うっすらとは光る。だけど付与魔法は、何も見えない。俺が手をかざして、指先から何かがすうっと流れていく感覚があるだけで、外からは何が起きているのか分からない。


 しかも、ギルドの測定器では俺の付与の効果が測れなかった。付与魔法専用の測定器は王都の専門機関にしかなくて、C級の補助員ごときに測定を頼む金なんて、誰も出してくれない。


 だから俺のエンチャントは、三年間ずっと「効果不明」のまま放置されていた。


 効果があるかどうか分からないものに、誰も価値を見出さない。当然のことだった。俺は補助員から荷物番に格下げされて、パーティが依頼に出ているあいだ、ギルドで在庫の管理をするだけの存在になった。


 それでも俺は、毎朝エンチャントをかけ続けた。


 効いているのかどうか、自分でも分からなかった。でも、やめる理由もなかった。もしかしたら効いているかもしれない。そう思って続けていた。


 馬鹿みたいな話だと、自分でも思う。



◇



 昼過ぎ、ギルドの正面が少し騒がしくなった。


 準備室の扉の隙間からのぞくと、受付のあたりに人だかりができている。見慣れない一行が来ていた。護衛らしき男が二人、使用人風の女が一人。そして、その真ん中に、一人の女が立っていた。


 背が高い。長い銀髪を後ろで束ねていて、旅装なのに生地が明らかに上等だった。腰に槍を提げているが、その細身の体には不釣り合いなほど大きな得物だ。顔立ちは整っているけれど、笑顔はない。受付の職員が、明らかに緊張した様子で応対していた。


 どこかの貴族か、あるいは名のある冒険者か。とにかく、俺なんかとは住む世界が違う人間だということは、遠目にも分かった。


 その女が、書類を受付に渡して、踵を返そうとした。


 その瞬間、女がふとこちらを見た。


 正確には、俺がのぞいている準備室の扉のあたりを見た。


 俺は反射的に、扉の隙間から身を引いた。心臓が跳ねた。目が合った、気がした。でも、そんなはずはない。この距離で、しかも扉の隙間からのぞいている俺に、向こうが気づくわけがない。


 気のせいだ。俺はそう結論づけて、また在庫の帳簿に目を戻した。


 あの女が誰なのか、どうしてこちらを見た気がしたのか。そんなことを気にする資格は、俺にはなかった。俺はただの荷物番で、あの女は雲の上の人間だ。それだけの話だった。


 ――そのはずだった。



◇



 夕方、パーティが依頼から戻ってきた。


「いやー、今日も完璧だったわ」


 エランが上機嫌で報告書を書いている。オーク退治は無事成功したらしい。しかも、想定より数が多かったのに、誰も怪我をしなかったという。


「最近さ、マジで調子いいんだよな、俺」


 エランが仲間に向かって言った。


「オークの動きが全部読める感じっていうか。前はもっと苦労してた気がするんだけど、最近は体が勝手に動くんだよ。これがベテランってやつかな」


「エランさん、ほんと最近強くなりましたよね」


「だろ? やっぱ才能って、あるところにはあるんだよ」


 俺は後片付けをしながら、その会話を聞いていた。


 最近調子がいい。体が勝手に動く。前より苦労しなくなった。


 ――それ、いつからだ?


 ふと、そんなことを思った。でも、すぐに考えるのをやめた。俺のエンチャントは効果不明だ。それは三年間、変わらない事実だ。俺のおかげで彼らが強くなっているなんて、そんな都合のいいことがあるはずがない。


 もしそうだったら、三年間のうちに、誰か一人くらいは気づいてくれたはずだから。


「アイン、報告書の控え、棚にしまっといて」


「はい」


 俺はエランから書類を受け取って、棚にしまった。それが今日の最後の仕事だった。


 誰も俺に礼を言わなかった。それも、いつものことだった。



◇



 その夜、ギルドの宿舎に戻った俺は、窓の外をぼんやり眺めていた。


 王都の夜は明るい。街灯の列がずっと遠くまで続いていて、どこかから酒場の笑い声が聞こえてくる。みんな、それぞれの一日を終えて、それぞれの場所に帰っていく。


 俺は、どこに帰るんだろう。


 この宿舎は、パーティに所属しているあいだだけ使わせてもらえる部屋だ。俺の部屋じゃない。俺の居場所は、この王都のどこにもない気がした。


 考えても仕方のないことだった。俺はそう自分に言い聞かせて、目を閉じた。


 明日も、同じ一日が始まる。裏口から入って、軋む扉の音を聞いて、エンチャントをかけて、荷物番をする。それだけの一日が。


 それでいい。それ以上を望むから、辛くなる。


 三年間そうやって自分をなだめてきたように、俺はその夜も、同じ言葉で自分をなだめて眠りについた。



◇



 その頃。


 王都の高級宿の一室で、銀髪の女が窓を開けて夜風を入れていた。


 レイア・ヴォルドハルトは、手にした報告書に目を落としながら、昼間のことを思い返していた。今日、条約交渉の合間にギルドへ寄った。ただの事務手続きのはずだった。


 なのに、あのギルドの奥――準備室のあたりから、妙な感覚がした。


 魔力の流れ、とでも言えばいいのだろうか。そこだけ、空気の質が違った。川の本流が静かに流れているような、確かな何かが、あの場所から広がっていた。


 思わず視線を向けたが、そこには扉があるだけで、中は見えなかった。


 気のせいかもしれない。レイアは報告書を閉じた。あと数日で交渉が終われば、自分は隣国へ帰る。この国のことも、あのギルドのことも、もう関わることはないだろう。


 ――それでも。


 あの感覚が、なぜか頭の隅に引っかかって離れなかった。


 レイアは窓を閉めて、灯りを消した。


 明日、もう一度あのギルドに寄ってみよう。そう思いながら、目を閉じた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。