聖女様は神絵師を探したい
≪ジークフリートの絹糸のような銀髪が、オリヴァーの胸の上にはらりと落ちた。くすぐったい刺激に、オリヴァーが笑い声にも嬌声にも聞こえる声を漏らす。その可愛らしい声に反応して、ジークフリートの下腹部は——≫
「聖女様ァ! 執務中にも関わらず、また懲りずに淫らな文章を書いているんですかッ!!」
教会の聖女執務室に、私の護衛騎士であるエルヴィンの怒声が響きわたる。
「ひぃん!!」
こっそりボーイズラブ小説を執筆していた私は、彼の怒鳴り声を聞いてイスから3センチほど浮き上がった。
「エルヴィン! もう戻ってきたの? 神父様に呼び出されてたんじゃ?」
「その用事は済んだから聖女執務室に戻ってきたのです。最近は真面目に執務に取り組んでいると思っていたのに、また仕事中にそんな淫らな小説を書いていたんですか! やるならせめて仕事後にやってくださいよ!」
エルヴィンはぷくっと頬を膨らませた。
童顔でマッチョな彼は、そんな仕草もなかなか可愛い。
私の執筆能力がもっと向上したら、是非エルヴィンをモデルにしてボーイズラブ小説を書きたいと思う。うん、絶対にイケてる。
エルヴィンはそんな私の思考を読んだのか、もしくは私の仕事ぶりにイラついているのか、こちらをじっとりと睨んでくる。しょうがないので、私はしぶしぶ小説を引き出しにしまった。
窓からは生ぬるい空気がふわりと舞い込んだ。今こちらの世界は夏の入り口にいる。
◇
私が日本を離れ、魔物のあふれるこの世界に異世界転移してから、早7カ月ほどが経過した。
この世界の教会では聖女として働いていて、衣食住や人間関係には何の不満もない。この世界にはすっかり慣れたが、どうしても受け入れられないことが一つだけある。
それは……
この世界に、ボーイズラブの創作物が一切見当たらないこと!
私は三度の飯よりボーイズラブが好き。
それこそが私の生きる糧なのに、この世界には薄い本も即売会もウェブ小説もない。
ならば自作してやろうと、小説を執筆しだしたのが先月のことだ。
おかげさまで文章力は日々少しずつ向上している気がするのだが、やはり素人には変わりない。私の小説にはどうしても臨場感が足りないし、情景描写も苦手なので、これでは読者にボーイズ達の美しさが伝わらないのではないかと悩んでいる。
「ハァ、どっかに私の小説に挿絵をつけてくれる神絵師がいないかな。SNSでもあれば絵師を探して依頼するのに。教会がしっかりお給料くれるから、お金はあるんだよなぁ。ただ、薄い本も円盤もないこの世界では使い道がないっていう」
「聖女様、何をブツブツ言ってるんですか。ところで、神父様からの言付けなんですが」
「そうそう、エルヴィン。絵師ってどこにいると思う? 街に行って商業ギルドにでも問い合わせる? それか王城に行ってお抱え絵師がいないか聞いてみる?」
「聖女様ァ! 僕の話を聞いてくださいッ!」
「ひゃあん!」
耳をつんざくようなエルヴィンの怒声で、私は再び椅子から数センチ浮き上がった。
毎回怒鳴らなくてもいいのに。
エルヴィンはコホン、とわざとらしく咳払いをして話始めた。
「神父様から、聖女様に魔獣討伐の依頼です。聖女様はすぐに出発の準備をなさってください」
「あら、魔獣? では国境付近の森かしら。それなら数日分の着替えやらが必要ね。少し準備に時間がかかりそうだわ」
「いえ、今回は国境付近ではなく、すぐ傍の王城なんです」
王城は私達がいる教会から馬車で20分程度のところにある。
「王城にそんな凶悪な魔獣が出たということ?」
私の聖女としての仕事の一つは、教会騎士団の手に負えない魔獣の討伐だ。
私は状態異常に対する耐性も強いので、時々こうやって駆り出されるのである。
「いえ、話を聞く限り、そこまで凶悪な魔獣ではありません。しかし、王城の人間が女性である聖女様をご指名されているのです」
どうして女性を指名するのだろうか。
「よく分かんないけど、まあいいわ。さっさと行って魔獣討伐を終わらせちゃいましょう」
私が椅子から立ち上がると、執務室の机の上に置いてある瓶の中から、キィキィと甲高い声が聞こえてきた。
声の主は、先月教会に入り込んだ上に、騎士団の団員をたぶらかしていたジークフリートという淫魔だ。見た目は美しい青年に見えるが、立派な魔族である。
今は彼を聖魔法で小さくして、瓶の中に閉じ込めて飼育している。ちなみに私の小説のモデルとしても時々登場している。
「おい聖女! 俺も連れて行け!」
ジークフリートは美しい銀髪を振り乱しながらキィキィ声をあげている。
「アンタはそこで大人しくしときなさいよ」
「一カ月以上ずっと瓶の中に閉じ込められているから飽きたんだよ! たまには散歩したい! お前の仕事を手伝うから、俺も連れてってくれよ!」
「アンタに手伝ってもらわなくても仕事できるし」
「でも、俺がいたら役に立つこともあるかもしれないだろ!? なあ、頼むよ。連れてってくれたら……そうだな、とっておきの猥談を教えてやるよ」
「……とっておきの?」
文字通り悪魔のささやきである。
私は恋人いない歴イコール年齢の人間であり、恋愛経験に乏しい。
だからこそ、創作のための恋愛話や、官能シーンを書くための猥談を教えてくれる人材としてジークフリートを確保している。
「聖女様ァ! そんな甘言に乗ってはいけません! 神父様からも、瓶から出さないという条件でジークフリートの飼育を許可されているではありませんか!」
エルヴィンが待ったをかけた。
エルヴィンとジークフリートは、瓶越しにバチバチと火花を飛ばして睨み合っている。
しかし、私の気持ちはとっくに決まっている。
「よし、ジークフリートを連れて行くわ。ただし、反乱防止のための魔道具をつけさせてもらう。アンタのことを信頼してる訳じゃないからね」
私は「瓶から出さない」という神父様との約束より、猥談を選んだのである。
そんなの当然じゃん!
◇
私とエルヴィン、それから護衛騎士に扮したジークフリートの三人で、馬車で王城へと向かった。ジークフリートの首には首輪型の魔道具がついている。私に歯向かった時点で首を吹っ飛ばせる代物だ。
王城の玄関口に馬車で乗り付けると、使用人たちが不安そうな顔で出迎えてくれた。
初夏のさわやかな気候に似つかず、使用人たちの雰囲気は重い。
「聖女様、護衛騎士の皆さま、お待ちしておりました。神父様より依頼内容はお聞きになられましたか?」
そういえば、依頼内容をちゃんと聞いていなかったな、と思いエルヴィンをちらりと見る。
「ええ。けれど神父様からの話を聞いても、一体どういうことなのか、本当にそんなことがありえるのか半信半疑でして……」
エルヴィンは歯切れ悪く言った。
彼が半信半疑になる依頼内容って何?
私達は使用人を先頭にして、ぞろぞろと廊下を歩く。
行き先は王の第一王妃の寝室だという。
なるほど依頼人が王妃で、なおかつ寝室に行くのであれば、神父ではなく女性である私に依頼がくるのも頷ける。
私は王城に来るのは初めてではないが、王族たちの生活スペースに入るのは初めてだ。
いま歩いている廊下も、玄関ホールなどと同様にいたるところに絵画が飾ってある。
もしかすると、王族たちは絵が好きなのかも。
ということは、ここで依頼を成功させたら、腕の良い絵師を紹介してもらえるかも!
そうしたら、私の自作ボーイズラブ小説に挿絵を描いてもらおうっと。
私はムフフと笑いそうになるのを堪えながら、第一王妃の寝室の扉をくぐった。
「聖女様、こちらが第一王妃のフリーデリケ様でございます」
天井の高い、豪奢な寝室。その真ん中にある天蓋付きベッドには、私より少し年上の女性が苦しそうに横たわっている。
歳は二十代後半だろうか。
額には汗の玉が浮かび、目はぎゅっと閉じられている。苦痛に耐えている顔だ。
「フリーデリケ様、聖女様がいらっしゃいましたよ」
使用人が声をかけるが、フリーデリケはこちらに視線を向けるので精一杯なようだ。
声を出すのも辛いのだろう。
「お久しぶりです、フリーデリケ様。大変おつらそうですね。少しお体を拝見させて頂きますよ」
フリーデリケと会うのは、この世界に転移した直後、聖女お披露目ということで城を訪れて以来だ。あの時は軽く挨拶を交わしたのみで、本来は彼女の生活スペースに入り込めるほど、私は彼女と親しい訳ではない。
けれど、今は一刻を争う雰囲気だ。彼女が苦しんでいる原因を早く突き止めた方がいいだろう。
私は使用人に許可を得て、無礼を承知でフリーデリケの掛け布団をぱさりとめくった。
フリーデリケは布団の下で、腹を抱えて苦しんでいる。
原因はお腹かしら?
「フリーデリケ様、少しお洋服をずらしますよ」
腹に呪いでもかけられたのだろうか?
私は使用人とアイコンタクトを取りながら、フリーデリケの寝巻をずらし、彼女の白い腹をあらわにした。
すると、彼女の腹は妊婦のようにぽっこりと突き出しているではないか。
「あら、王妃様はご懐妊なさってたのですね。私、全く知りませんでした」
私がそういうと、使用人はふるふると首を横に振った。
「違うのです、聖女さま。王妃様は妊娠されてはおりません。これは、呪いか寄生型の魔獣ではないかと医師は言っています。なぜなら、王妃様のお腹はこの三日ほどで急に大きくなってしまったのです」
「わずか三日でここまで?」
フリーデリケの腹は、いまにもはちきれそうな程に膨らんでいる。
臨月の妊婦ですと言われればしっくりくるほどだ。
「医師では原因を突き止めることができませんでした。ですから、教会へと依頼させていただいたのです」
なるほど。それなら、これは教会の神父や聖女の出番だ。
私は腕まくりをして、フリーデリケの腹に手をあてた。
すると、皮膚の向こう側で何かがうごめいている気配がする。
時折、腹の下でうごめく “何か” が皮膚をドンと突いてくる。
このまま放置していれば、そのうち腹を突き破って出てくるかもしれない。
「聖女様、原因は分かりましたか?」
エルヴィンが心配そうな視線をこちらに向ける。
「多分魔獣の類だと思うんだけど、出してみないことにはハッキリとは分からないわね。問題はどうやって体内から出すかだけど……」
その時、バン! と扉を開け放つ音と、扉から入ってくる人物を制止するような声が聞こえてきた。
そちらを見ると、そこには華美な赤いドレスに身を包んだ女が、怒りの形相で立っていた。歳はフリーデリケと同じくらいだ。
女はつかつかと私の方に歩みよると、目を吊り上げて言った。
「あなたが聖女ね!? 治療は必要ありません。すぐに帰りなさい!」
突然言われて、思わず「は?」と言いそうになる。
誰だこの女は。恰好からして高貴な身分ではありそうだけど?
「おやめください、エリナー様」
使用人たちが呼ぶ名前でハッとする。
確か、第二王妃の名前がエリナーだった。ということは、この赤いドレスの女は第二王妃だろう。
「エリナー様、初めまして。教会から参りました聖女でございます。治療が必要ないとは、どういうことでしょうか?」
私が尋ねると、エリナーは得意そうにフンと鼻を鳴らした。
「教えてあげるわ。この女、フリーデリケはね、人間に化けた魔獣と寝たのよ! その時に腹に魔獣の卵を産み付けられて、こうなったに決まってる! そんなふしだらな女を王城に、ましてや王妃の身分として置いておくなんてありえないわ! この女は死を持って王に操を立てなかった罪を償うべきなのよ!」
「そんな、エリナー様。まだ原因ははっきりしていないのに、そんな決めつけは……」
使用人がやんわりと制止しようとすると、エリナーは更に目を吊り上げた。
「うるさい、うるさい! 第二王妃である私の命令に背くなら、アンタもクビにするわよ!」
エリナーがぎゃあぎゃあと喚いてる横で、私はジークフリートに耳打ちをした。
「ねえ、魔獣と人間が交尾をすることってあるのかしら?」
「ありえなくはない。基本的には一方的に魔獣が人間を襲って、卵を産み付けるケースがほとんどだろうがな」
「その場合、卵を産み付けられた人間はどうなるの?」
「魔獣の幼体に腹を食い破られて死ぬ。結構グロいんだぜ? 皮膚はでたらめに裂けて、中からはらわたが——」
「あーもう結構。生々しすぎるからストップ。とにかく、お腹の中であそこまで魔獣が大きく育っているんだもの、フリーデリケ様を助けるにはあまり時間がないということね?」
ジークフリートが頷く。
一方で、エリナーはまだぎゃあぎゃあと喚き続けている。
「だいたい、あの画家も早く殺しなさいよ! あの男が人間に化けて、フリーデリケをたぶらかした魔獣で間違いないわ。あの男が王城に来てから彼女はこうなったじゃないの! 生かしておく必要なんてないじゃない!」
画家、と言う言葉に私の耳がピクリと反応する。
画家……それはつまり、絵師!
「お話し中にすみません。その、画家というのは……?」
「ああ、実は先日、王族の新しい肖像画を作るためにクラウスという男の画家を呼んだのです。若い男ですが、元々王城に出入りしていた画家の紹介もあり、身元はしっかりしているものとばかり……」
使用人の一人が教えてくれた。
そのクラウスという男が来た日から、急にフリーデリケの容態がおかしくなったという。元々、人間が描いたとは思えないほどに美しい絵を描くことで評判だったクラウスは、やはり人間じゃなかったのだという決めつけにより、現在は王城の地下牢に幽閉されているらしい。
「つまり、地下牢に神絵師がいるってことね……」
「あ、聖女様、今よからぬことを考えましたね?」
エルヴィンのじっとりとした視線に、笑顔で応える。
神絵師に会えるかもしれないチャンスを、ここで逃す訳にはいかないのよ!
「では、私が地下牢で、その魔獣かもしれない男と会いましょう」
そもそも、フリーデリケの腹から魔獣を取り出す方法も決まっていない。
原因がその男であるなら、情報を聞き出すのも悪くないだろう。
「ええっ、聖女様、それは危険ではありませんか!? 牢屋ごしとはいえ、相手は危険な魔術を使ってくるのかもしれないのですよ!?」
私を心配してくれる使用人に、聖女スマイルで対応する。
「フリーデリケ様を救うためには、少しでも多くの情報が必要なのです。私を地下牢まで案内してください」
◇
使用人に連れられて、地下へと続く長い階段を下りていく。
城の通路はどこも広いが、地下牢への階段は驚くほどに狭い。人が並んであるくこともできない。
おまけに地下へ進むほどにジメジメとした空気が肌にまとわりつき、うっすらと血の匂いもする。なんとなく、死の香りのする空間だ。
地下に着くと、いくつか牢があるうちの一番手前に件の画家クラウスはいた。他の牢には人がいないから、この青年で間違いないだろう。
私は彼に話しかけた。
「こんにちは。私は教会の聖女です」
クラウスがこちらを向く。中性的で少し幼い顔の青年だ。かわいらしい印象で、全体的に線が細い。いや、私が普段よく鍛えられた騎士ばかり見ているからそう感じるだけかもしれない。
「あなたが王城に呼ばれた画家さんね?」
「僕は無実だ」
クラウスはあまり口を動かさず、ボソボソと言った。しかし、目はギラついており、そこには彼の静かな怒りを感じる。
「フリーデリケ様のご容態が悪いの。どうやらお腹の中に魔獣の卵を産み付けられたみたいで。あなた何か知ってないかしら」
「だから僕は無実だと言ってるだろ!」
クラウスは目を見開いて言った。うーん、微妙に会話が成り立たない。
私はジークフリートにちょいちょいと手招きをする。
「ねえ、この画家の青年って魔族とか魔獣なの?」
「あん?」
ジークフリートが牢屋にずいっと近づく。
まるでガンをつけるかのように、ジークフリートがクラウスをじろじろと見回すと、彼は肩を震わせた。ジークフリートって美形すぎて、迫力あるよね。わかる。
「違うな。コイツはただの人間だ。」
「なぁんだ。じゃあこの画家が犯人じゃないってこと?」
「それは分からん。コイツが画家を騙った呪術師という可能性もあるだろ?」
ジークフリートがそう言うと、クラウスは急に立ち上がり、牢の鉄格子に手をかけた。
鉄格子がガシャンと無機質な音を響かせる。
「僕は断じて呪術師なんかじゃない! 画家だ! その証拠に紙と筆をくれれば、お前らが望むものをなんでも描いてやる! 僕が画家として確かな技術を持っていると証明してやる!」
「望むものを……なんでも?」
私が尋ねると、クラウスの瞳に希望が灯った。
「ああ、なんでも! だからここから出してくれ。アンタ聖女なんだろ? 罪のない市民の味方になってくれてもいいだろ!」
聖女だからといって罪のない市民の味方になる筋合いはない。
私の仕事はあくまで教会に関することと、魔獣の討伐だけだ。
しかし——
「あっ、聖女様、またよからぬことを考えましたね?」
エルヴィンがじっとりと私を見る。
「んふふふ。この画家は『なんでも』書いてくれると言ったわ。このチャンスを逃す訳にはいかないのよ!」
そう、ボーイズラブ小説の挿絵を描いてもらうチャンスを逃す訳にはいかない!
◇
教会の権限を振りかざし、クラウスを無理矢理牢屋から出した私は、全員を引き連れて再びフリーデリケの寝室へと戻った。
「こんなことをして良いのですか? あとで神父様に怒られるのでは?」
エルヴィンが心底嫌そうに言う。私が神父様に怒られる時は、もれなく護衛騎士であるエルヴィンもセットだ。彼は怒られイベントを回避したいのだろう。
「そもそも、彼が呪術師なのであれば、フリーデリケ様の体内にいる呪物と同じ波動を感じられるはず。でも、クラウスからはそういった波動を感じないもの。私はこれでも聖女だから、ちょっとくらいは分かるわよ」
ジークフリートもクラウスは魔族じゃないと言うので、それを信じることにする。
「それに、フリーデリケ様はおそらく魔族と交尾などしていないわ」
「どうして分かるんです?」
エルヴィンがその可愛らしい顔に似合わない太い首を傾げる。
「フリーデリケ様の体内にいる魔獣は、彼女の胃とか腸のあたりにいそうなのよ。その辺を行ったり来たりしてる感じ。おそらく魔獣は口から入ったんじゃないかしら」
「口から!? そんなことが可能なんですか!?」
「不可能じゃないわよね?」
ジークフリートをちらりと見やると、彼は得意そうにうなずいた。
「ああ、俺なら王妃の食事に寄生型魔獣の卵を仕込むな。その卵が体内で孵化すれば、王妃の腹の中を這いずり回っていても不思議じゃない。卵も小さいものは赤子の爪くらいの大きさのものもある。それくらいの大きさであれば、食事の中に仕込むのも不可能ではないだろう」
「卵を仕込む目的は?」
「嫌がらせか、死に追いやりたいか。それは犯人を問い詰めないと分からないんじゃないか?」
「それもそうね。じゃあ犯人はどこにいると思う?」
「料理人と給仕係がグルの可能性もあるし、給仕係が単独でやった可能性もある、と俺は思う」
「ははん。なるほど」
私は使用人の一人に言った。
「城の人間の中で、王妃の食事に関わりそうな人間を全員集めてください。ええ、今すぐに」
◇
城の玄関ホールに、料理人、給仕係らを一同に集めてもらった。全部で30名ほどだ。
この中にフリーデリケの腹に魔獣の卵を仕込んだ犯人がいると思うんだけど。
私は全員の目をゆっくり見渡しながら話す。
「こんにちは。私はフリーデリケ様の治療に参りました、教会の聖女です。単刀直入に申し上げますと、ここにいる何者かがフリーデリケ様の食事に魔獣の卵を仕込んだと考えています。何か知っている人はすみやかに教えてください」
玄関ホールがにわかにざわつく。
フリーデリケが寝込んでいることは皆知っていたようだが、原因までは知らなかった者が多いようだ。
料理人や給仕係たちは互いに目を見合わせ、不安そうな顔をしている。
しかし、しばらく待ってもみても集められた者たちは互いに顔を見合せるばかりで、誰も何も発言しない。
苛立ったジークフリートが私に耳打ちする。
「犯人が自白なんてするわけねーだろ。そんなもん、処刑されるに決まってるのに。ここは俺の力でパパっと解決してやるよ」
「ジークフリートの力って何よ」
「ふふん、見とけ」
得意げに言ったジークフリートは、集められた人間たちに近寄ると、一人ひとりの目をしっかりと見つめるようにして歩いて回った。
「アイツは何をしてるんです? ……ああっ、まさか!」
エルヴィンが首を傾げる。
しかし、彼はすぐさまその答えに辿り着いた。
ジークフリートに見つめられた者たちの表情に変化があったからだ。
彼らは一人残らずトロンととろけそうな表情になり、口元にはうっすら笑みが浮かんでいる。全員が夢見心地のような雰囲気だ。
「ジークフリート、ここにいる人たちに【魅了】を使ったのね」
ジークフリートは淫魔だ。その力で人間を魅了して言うことを聞かせたり、精気を吸い取ったりする魔族である。
彼は自分の能力で料理人たちを魅了し、罪を自白させるつもりなのだろう。
ジークフリートはその美しい顔に妖艶な笑みを浮かべ、料理人たちに問いかける。
「おい、この中で王妃の食事に魔獣の卵を仕込んだ者は正直に名乗り出ろ」
私の後ろから、絵師のクラウスも心配そうに覗いている。
自分を貶めた犯人を知りたいと思うのは当然だ。
しかし——
「誰も名乗り出ないじゃない。ねぇジークフリート、アンタの能力ってポンコツなんじゃないの」
「んな訳ねーだろ! おっかしいなぁ。これで自白すると思ったのに」
「この中に犯人がいないんじゃないの?」
私はしばらく考えたあと、料理人の一人に問いかけた。
「王妃様がここにいる人物以外の作ったものを口にすることはありますか?」
ジークフリートに魅了されている料理人は、恍惚とした表情で応える。
「いえ、三食の食事もお茶会のお菓子も、ほとんど全て我々が作っております。ただ……」
「例外もあると?」
「数日前、第一王妃様と第二王妃様のお茶会では、第二王妃様が直々にお作りになったお菓子をお出しになったとお聞きしています。ゼリーという、つるりとした食感の冷や菓子で、のど越しもよく、最近暑さで少し食が細くなった第一王妃様も喜んでお召し上がりになられたとか」
「……それだわ! エルヴィン、ジークフリート、クラウス、すぐにフリーデリケ様の寝室に向かうわよ!」
◇
「結局、どういうことなんです?」
エルヴィンが首を傾げる。
「フリーデリケ様の食事に魔獣の卵を仕込んだのは、第二王妃のエリナー様だわ。食事って言うより、冷や菓子ね」
「ゼリーとかいう? 僕は食べたことがないので、どんなものか分かりかねるのですが」
「とにかくつるりとした食感で、あまり噛まなくても食べられる冷や菓子なの。それであれば、魔獣の卵をいくつか仕込めば、歯で咀嚼されきらないままに相手の胃袋に到達できる可能性がある。おそらく、エリナー様が食べる分には魔獣の卵を仕込んでいないのよ」
「そんなことが可能なんですか?」
エルヴィンは半信半疑で私を見る。
「ゼリーカップをそれぞれ用意すれば、不可能じゃない。魔獣の卵入りのカップに印でもつけておけば混ざる心配もないし。それにゼリーの色と同系色の卵であれば、仕込んだこともバレにくいんじゃないかしら」
てっきり犯人は城の料理人か給仕係だと思っていたが、そうじゃない。
エリナーが犯人だとすれば、今後何をするか分かったもんじゃない。
聖女である私が城に来たことで、焦ってフリーデリケを殺してしまうかもしれない。
私は無作法を承知で、城の廊下を小走りで駆ける。
フリーデリケの寝室に着くと、ノックもせず、声もかけずに扉を押し開けた。
「フリーデリケ様、ご無事ですか!?」
寝台を見ると、フリーデリケのすぐ傍に、エリナーとその使用人が立っている。
エリナーはお見舞いを称して訪れたのだろうが、どうも雰囲気が怪しい。
彼女はフリーデリケに何かを飲ませてとしている。
「エリナー様、フリーデリケ様に何をしているのですか?」
「お見舞いの品として、滋養強壮に効くお茶をご用意したのです。それにしても聖女様、ノックも声掛けもなく寝室に押し入るなど、不敬にも程がありますわ」
エリナーは自分がやったことがまだバレていない自身があるようだ。
彼女は余裕をまとっている。
「おい聖女! やばいぞ、あの液体は魔獣を興奮させたり活性化させる薬草の匂いがする。それこそ、第一王妃の腹の中の魔獣が暴れだすぞ! すでに第一王妃はあの液体をいくらか飲んじまってる!」
ジークフリートが言うと、エリナーはちっと舌打ちをした。
「言いがかりはやめて頂きたいわね。あなたたち全員まとめて不敬罪で捕まえるしかないわね。衛兵! いますぐここへ!」
エリナーが高らかに言うと、廊下の向こうからガシャガシャと鎧を擦り合わせるような音が聞こえてきた。衛兵たちが私達を捉えようと向かって来る足音だ。
「なぁにが不敬罪よ! フリーデリケ様を殺そうとしたのはアンタでしょうが! とにかくフリーデリケ様のお腹の中から魔獣を出さないと、もう時間がないわ。かなり苦しいでしょうが、ご勘弁くださいませ!」
私はポケットから小さな瓶を取り出すと、フリーデリケに駆け寄った。
「無垢な者の腹を食い破らんとした魔獣よ、その姿を神の下に晒し、まばゆき光の衣で包まれるがよい。フェアジーゲル!」
私が聖魔法を詠唱すると、白にも金にも見える強い光が部屋を包んだ。
光が消えると、盛大にえずくフリーデリケの口から、灰色のヌラヌラとした表皮の魔獣がぬるりと現れた。
ずる、ずる、ずる、と見えない力に引きずり出されるように、魔獣が現れる。
フリーデリケは白目を剥く寸前で、鼻水と涎で顔面がひどいことになっている。
彼女がなんどもえずいて、ようやくズルンと魔獣の体すべてが体外へと出た。
灰色の魔獣は女性の腕ほどの太さで、長さは1メートルほどある。太い体に似合わない、やたらと小さな足が無数に生えている。
これが体内にいたと考えるだけで背筋がすうっと寒くなる。
魔獣はフリーデリケの口から出切ると、そのまますうっと私の手の中の瓶に吸い込まれていった。
「これでフリーデリケ様の命は助かったわね」
鼻水と涎にまみれて瀕死の形相の第一王妃が、果たして無事と言えるかは微妙だ。よく見ると口の端も裂けて血が滲んでいる。
ただ、今後は医師にバトンタッチすればいい。数日である程度回復するだろう。
さて、問題の犯人だが——
エリナーはエルヴィンに背後からがっちりと押さえられてている。
その横で、エリナー付きの使用人はうっとりとした顔でジークフリートを見つめている。
あ、魅了されてる。
「フリーデリケ様の冷や菓子に魔獣の卵を仕込んだのはエリナー様で間違いありませんわ。私はこの目で見たのです。誰にも言うなと言われましたが、銀髪のあなた様の魅力の前で、どうして黙っていられましょう」
使用人の女性はうっとりとした顔でジークフリートの胸に顔をうずめた。
◇
「あれ、聖女様。フリーデリケ様の体内にいた魔獣はどうしたんですか? 確か瓶に閉じ込めたはずですよね?」
城での騒動から数日後、エルヴィンが私の執務机を見ながら首を傾げた。
「ああ、あれなら神父様に頼んで聖火で焼いてもらったわよ」
「ハァ!? 聖火で焼いただとォ!?」
エルヴィンに代わり、驚きの声を上げたのはジークフリートだ。
彼は先日城で割と活躍したので、ここ数日は瓶から出してやっている。
ただし首についた魔道具はそのままなので、私に歯向かった瞬間に首が飛ぶ仕様になっている。
「うん、焼いた。だってあんな気持ちの悪い魔獣いらないもん」
私が平然と答えると、ジークフリートは思い切り顔を引き攣らせた。
「えっ、お前は魔獣や魔族を瓶に閉じ込める趣味があるんじゃないのかよ」
「そんな趣味ないわよ。役に立ちそうなら生かすし、役に立たなさそうなら駆除するまでよ。アンタも役に立たなくなったら速攻で駆除するからね」
ジークフリートの顔が更に強張る。
その調子で今後も私のために働いたり、猥談を提供したりしてほしい。
「ところで聖女様、今日は絵師のクラウスが教会に来る日では?」
エルヴィンがそう口にしたとき、ちょうど聖女執務室の扉がノックされた。
それは先日城での騒動で冤罪をふっかけられ、私に命を救われたクラウスだった。
クラウスは腕にスケッチブックを抱えている。
「あら、クラウス。ごきげんよう」
「聖女様、先日は本当にありがとうございました。本日は、ご所望の品を持って参りました」
「ご所望の品……?」
怪訝な顔をするエルヴィンをドンッと跳ね除け、私はつかつかとクラウスに歩み寄った。
「待ってました、待ってました! さぁ早速見せてちょうだい! ああっ、なんて素晴らしいボーイズラブ画!!」
私はスケッチブックを一枚めくるごとに感嘆の息を漏らした。
そこにはよく締まった体のボーイズたちが、イイ感じに絡み合っている絵が何枚も連なっている。
「ひいい! 聖女様、クラウスに何てものを描かせているのですか!? 彼は王家の肖像画を手掛けるほどの一流画家なのですよ!?」
スケッチブックを覗き込んだエルヴィンが、悲鳴に近い声で私を非難する。そんな神絵師が私のリクエストに応えてくれたことは名誉以外の何物でもないのに、エルヴィンは何が不満なのだろうか。
「いいんだ、エルヴィン殿。俺は聖女様に命を救われた。あのまま聖女様が来なければ、俺は冤罪をなすりつけられ、そしてフリーデリケ様は腹を食い破られて死んでいた。二人の命を救った英雄の願いなら、なんでも聞きたいと思うんだ」
そう言ったクラウスの顔は、心からはそう思っていなさそうな、若干死んだ目をしていた。まだ彼はボーイズラブ画の魅力が分からないらしい。
そうそう、なんとあの後、フリーデリケ様は本当にご懐妊なさっていたことが判明した。妊娠3ヶ月だそうだ。
周囲は夏バテで食欲が落ちていると思っていたそうだが、実はつわりだったのだ。
それを人知れず察知したエリナーが、フリーデリケを殺そうとして騒動を巻き起こした、というのが真相だ。
このままフリーデリケが出産にこぎつければ、王の第一子が生まれ、その母のフリーデリケが国王の正妻として認められるという。
「フリーデリケ様に赤ちゃんが生まれたら、またクラウスは王城に呼ばれるんじゃない? 絵画好きの王族は赤ちゃんの絵を残したいと思うんだよねぇ」
「いえ、僕はもう王族と関わるのはこりごりです。僕は無罪放免となりましたが、犯人であるエリナー様とその使用人は相当むごい拷問にかけられたとかで……。その話を思い出すだけで背筋が凍ります。もう本当に関わりたくない」
クラウスは青い顔で弱弱しい溜息をついた。
「あらそう? なら、私の専属絵師になりなさいよ! お給料はたんまりと出すわ! 私の書いた小説にクラウスの挿絵が入れば、小説はきっと市井でヒット間違いなしだわ! んふふふふふ、この世界でボーイズラブが流行り出すのも時間の問題ねぇ。ぐふふふ」
神絵師もゲットしたことだし、この世界でボーイズラブを普及させるという私の野望もさらに実現に近づいた。
私は聖女として、この世界の文化の礎になるのよ!
エルヴィンたちの呆れかえった顔には気づかないフリをしておいた。
こちらの作品を気に入ってくれた方は、前作「聖女様はボーイズラブがお好き」も読んでみてください⭐︎5800文字で、割とサクッと読めます。




