表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

短編小説どもの眠り場

車輪

作者: 那須茄子
掲載日:2026/03/29

 案外、青春というものの本質は、背徳感だったりする。


 二人乗りは、一応交通違反だ。けれど、心地好く感じる。この高鳴る音も、青春だと錯覚している。都合よく解釈している浮かれ野郎のなかに、僕もまた居るらしい。


 減速どころか加速していく。傾斜がきついこの坂も、女子陸上部エースの風葉(はぜ)にはただの平地と同等みたいだ。


「あのさ、」

「なに?」

「もう下ろしてくれよ。家まですぐ近くだしさ」

「だめだって。私が気の済むまで、付き合って貰う予定なんだ」


 いつ、そんなスケジュールを立てられたのか。全く、とことんまで付き合ってやらないと気が済まないらしい。ほんと我が儘な友人を持ったものだ。


 おまけに。このように、ただただ自転車を漕ぎまくる趣味(?)がある不思議ちゃんだ。


「後、30分な。それ以降は付き合いきれん」

「あ~い」


 一体どこへ向かっているのか?


 聞いてみても、多分無意味だからしない。さながら乗客気分で、この暴走列車に身を預けておくことにしよう。

 

 


 風葉の背中越しに見える景色は、いつの間にか街灯の数を減らし、住宅街のざわめきも遠ざかっていた。代わりに、夜気の冷たさが肌を撫でていく。

 彼女は相変わらずペダルを踏む足を緩める気配がない。むしろ、さっきよりも軽やかに回っている気がする。


「なあ、ほんとにどこ行くんだよ」

「んー、秘密」


 秘密、で済ませるあたりが風葉らしい。問い詰めても、きっと笑って誤魔化すだけだ。


 坂を下りきった先、見覚えのない細い道に入る。舗装が少し荒れていて、車輪が跳ねるたびに僕の身体もふわりと浮いた。

 そのたびに、風葉の肩越しに見える横顔が、ほんの少しだけ楽しそうに揺れる。


「お前さ、こういうの、怖くないの?」

「怖いよ?」

「怖いのかよ」

「うん。でもね、怖いから楽しいんだよ」


 あっけらかんと言い切る声が、夜の空気に溶けていく。

 僕は思わず笑ってしまった。なんだそれ。


 

 やがて、道が開けた。

 風葉がようやくブレーキを握り、車輪がゆっくりと回転を落としていく。止まった先は、小さな公園だった。街灯が一つだけ灯っていて、砂場と古びた鉄棒があるだけの、誰も来ないような場所。


「着いた」

「ここ?」

「うん」


 風葉は自転車から降りると、僕の方を振り返り、にかっと笑った。


「ほら、降りて。ちょっとだけ、話したいことがあるの」



 風葉は公園の真ん中まで歩くと、ブランコの鎖を指でつまんで軽く揺らした。

 金属がきい、と鳴る。その音が、夜の静けさにやけに大きく響いた。


「ねえ、覚えてる? 中一のとき、ここでさ。私、初めて補助輪なしで乗れたんだよ」

「……ああ。泣きそうになってたやつな」

「泣いてないし」


 風葉はむくれたように言って、でもすぐに笑った。その笑顔が、どこか寂しげだった。


「今日ね、最後にここ来たかったの」

「最後?」


 胸の奥が、ひゅっと冷えた。

 風葉はブランコに腰を下ろし、靴先で砂を軽く蹴った。


「私さ、来月から寮に入るんだ。県外の高校。陸上、もっとちゃんとやりたくて」


 言葉が、すとんと落ちる。驚きよりも先に、妙な納得があった。

 風葉なら、そういう選択をするだろうと、どこかで思っていた気がする。


「言わなくてごめん。今日まで迷ってたんだよ。でも……もう、決めた」


 風葉は夜空を見上げた。

 街灯の光が、彼女の横顔を淡く照らす。


 その言い方が、ずるかった。


「お前さ……そういう大事なこと、もっと早く言えよ」

「言ったら、止めるでしょ。あんた」


 図星。

 僕はきっと、止めた。理由なんてなくても、ただ行くなと言っただろう。


 風葉はブランコから立ち上がり、僕の前に歩いてきた。


「あんたと走るの、好きだったよ。くだらない話して、意味わかんないことで笑って……そういうの、全部。好きだからこそ、ちゃんと前に進みたいんだ」


 風葉はそう言って、僕の胸を軽く拳で叩いた。


「だから、今日で終わり。あんたを後ろに乗せて走るのも、ここで話すのも」


 風が吹いた。

 車輪が、かすかに回った。まるで、僕らの時間が最後の惰性で転がっているみたいに。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ