車輪
案外、青春というものの本質は、背徳感だったりする。
二人乗りは、一応交通違反だ。けれど、心地好く感じる。この高鳴る音も、青春だと錯覚している。都合よく解釈している浮かれ野郎のなかに、僕もまた居るらしい。
減速どころか加速していく。傾斜がきついこの坂も、女子陸上部エースの風葉にはただの平地と同等みたいだ。
「あのさ、」
「なに?」
「もう下ろしてくれよ。家まですぐ近くだしさ」
「だめだって。私が気の済むまで、付き合って貰う予定なんだ」
いつ、そんなスケジュールを立てられたのか。全く、とことんまで付き合ってやらないと気が済まないらしい。ほんと我が儘な友人を持ったものだ。
おまけに。このように、ただただ自転車を漕ぎまくる趣味(?)がある不思議ちゃんだ。
「後、30分な。それ以降は付き合いきれん」
「あ~い」
一体どこへ向かっているのか?
聞いてみても、多分無意味だからしない。さながら乗客気分で、この暴走列車に身を預けておくことにしよう。
風葉の背中越しに見える景色は、いつの間にか街灯の数を減らし、住宅街のざわめきも遠ざかっていた。代わりに、夜気の冷たさが肌を撫でていく。
彼女は相変わらずペダルを踏む足を緩める気配がない。むしろ、さっきよりも軽やかに回っている気がする。
「なあ、ほんとにどこ行くんだよ」
「んー、秘密」
秘密、で済ませるあたりが風葉らしい。問い詰めても、きっと笑って誤魔化すだけだ。
坂を下りきった先、見覚えのない細い道に入る。舗装が少し荒れていて、車輪が跳ねるたびに僕の身体もふわりと浮いた。
そのたびに、風葉の肩越しに見える横顔が、ほんの少しだけ楽しそうに揺れる。
「お前さ、こういうの、怖くないの?」
「怖いよ?」
「怖いのかよ」
「うん。でもね、怖いから楽しいんだよ」
あっけらかんと言い切る声が、夜の空気に溶けていく。
僕は思わず笑ってしまった。なんだそれ。
やがて、道が開けた。
風葉がようやくブレーキを握り、車輪がゆっくりと回転を落としていく。止まった先は、小さな公園だった。街灯が一つだけ灯っていて、砂場と古びた鉄棒があるだけの、誰も来ないような場所。
「着いた」
「ここ?」
「うん」
風葉は自転車から降りると、僕の方を振り返り、にかっと笑った。
「ほら、降りて。ちょっとだけ、話したいことがあるの」
風葉は公園の真ん中まで歩くと、ブランコの鎖を指でつまんで軽く揺らした。
金属がきい、と鳴る。その音が、夜の静けさにやけに大きく響いた。
「ねえ、覚えてる? 中一のとき、ここでさ。私、初めて補助輪なしで乗れたんだよ」
「……ああ。泣きそうになってたやつな」
「泣いてないし」
風葉はむくれたように言って、でもすぐに笑った。その笑顔が、どこか寂しげだった。
「今日ね、最後にここ来たかったの」
「最後?」
胸の奥が、ひゅっと冷えた。
風葉はブランコに腰を下ろし、靴先で砂を軽く蹴った。
「私さ、来月から寮に入るんだ。県外の高校。陸上、もっとちゃんとやりたくて」
言葉が、すとんと落ちる。驚きよりも先に、妙な納得があった。
風葉なら、そういう選択をするだろうと、どこかで思っていた気がする。
「言わなくてごめん。今日まで迷ってたんだよ。でも……もう、決めた」
風葉は夜空を見上げた。
街灯の光が、彼女の横顔を淡く照らす。
その言い方が、ずるかった。
「お前さ……そういう大事なこと、もっと早く言えよ」
「言ったら、止めるでしょ。あんた」
図星。
僕はきっと、止めた。理由なんてなくても、ただ行くなと言っただろう。
風葉はブランコから立ち上がり、僕の前に歩いてきた。
「あんたと走るの、好きだったよ。くだらない話して、意味わかんないことで笑って……そういうの、全部。好きだからこそ、ちゃんと前に進みたいんだ」
風葉はそう言って、僕の胸を軽く拳で叩いた。
「だから、今日で終わり。あんたを後ろに乗せて走るのも、ここで話すのも」
風が吹いた。
車輪が、かすかに回った。まるで、僕らの時間が最後の惰性で転がっているみたいに。




