第2話:恐怖の震動波!?
「……それで、本当にその黄金の鱗を一枚いただいていいのかしら? 家一軒分どころか、村の井戸を整備して、古い施設を立て直して、さらには余ったお金で傭兵を雇えるレベルかもしれないのよ?」
エルナは、歩きながら何度も背後のトオルを振り返った。
トオルは現在、エルナが羽織っていた旅人用の外套を借りて、なんとか「社会的な体裁」を保っている。しかし、その下は依然として全裸だ。一歩歩くたびに、ローブの隙間から「鋼の肉体」が覗き、エルナはそのたびに先ほどの残像を思い出して顔を赤くした。
「ああ。名刺代わり、というには些か高価すぎたかもしれないが、情報の対価としては妥当だと思っている。それに、今の私にはそれよりも、安全な休息場所と……とにかく衣類が必要だ」
トオルは至って真面目な顔で答えた。
「……そうね。とりあえず村に着いたら、私の父……村長に掛け合ってみるわ。道中は魔物も出るから、警戒を怠らないで。確実に進みましょう」
二人は、黄金竜が去った後の街道を、周囲の気配を伺いながらアシュレ村へと向かっていた。
しかし、運命はトオルを静かには歩かせなかった。
「……っ! トオル、止まって! 前方の藪の中に魔物よ!」
エルナが杖を構え、鋭い声を上げた。
街道の先、木々の間から一匹の「魔猿」が姿を現した。丸太のような腕を持ち、握力だけで岩を砕くと言われる凶暴な魔物だ。
「魔物か……。一見して知性は低そうだが、身体能力は現生人類を遥かに凌駕しているな。まずはこちらの生存確率を高める方法を算出すべきか」
トオルは立ち止まり、冷静に考え始めた。逃走経路の確保、周囲の遮蔽物の有無、相手の初動の予測。彼にとって、これは未知のバグに直面した際の「チェックリスト作成」と同じプロセスだった。
「ちょ、トオル! 考え事をしてる場合じゃないわよ! 逃げるわよ!」
しかし、野生の脅威はトオルたちに逃げる時間を与えてはくれない。
魔猿が咆哮と共に跳躍し、その丸太のような右腕をトオルの胸元へ向けて叩きつけた。
――ドォォォォォン!!
「ぐっ……!?」
まともな直撃だった。トオルは大型トラックにはねられたかのような衝撃を受け、数メートル後方へと吹き飛ばされた。いくつもの低木をなぎ倒し、大木の根本まで転がってようやく止まる。
「トオル!!」
エルナは悲鳴を上げ、すぐさま駆け寄った。
「嘘、あんなの直撃したら骨が粉々よ……! 今すぐ治すから、死なないで! 【ヒール】!!」
エルナが必死に杖をかざすと、柔らかな光がトオルの全身を包み込んだ。
だが、トオルは光に包まれながら、意外にも冷静な顔で身を起こした。
「……感謝する、エルナ。非常にスムーズなケアだ。福利厚生が整った職場のような安心感があるな。おかげで、今の『強襲』による思考の乱れも収まった」
「ちょっと、福利……なに? それより大丈夫なの!? 骨だけじゃなく内臓が潰れててもおかしくないのよ!」
「いや、大丈夫だ。痛みはない。むしろ、先ほどの衝撃で自分の『鋼の肉体』の耐久限界値が、想定より遥かに高いことが確認できた。非常に有意義な体験だ」
(テロップ:スキル【震動波】をラーニングしました)
(テロップ:スキル【ヒール】をラーニングしました)
トオルは立ち上がり、土埃を払い落とした。
「さて、一刻も早くこの場を離れるのが効率的だが……向こうはまだやる気らしいな。再度の接近は『通行妨害』と見なすしかないか」
トオルは魔猿の前に、ふらりと戻った。彼としては「戦う」のではなく、あくまで「リスクを極小化し、通行を再開する」ことが目的だ。魔猿は死んだと思った獲物が無傷で戻ってきたことに激昂し、再びその巨大な右腕を振り下ろす。
――ガシィッ!!
凄まじい風圧を伴う魔猿の拳を、トオルは片手で受け止めた。
「……ほう、重いな。だが、威力が分かった以上、受け止めることは可能だ。先ほどエルナがかけてくれた『ヒール』の力も、まだこの身体に残っているようだしな」
トオルは眉一つ動かさず、魔猿の拳をガッチリと握ってしている。
「なっ……魔猿の全力の震動波を、片手で受け止めた……!?」
エルナが目を疑う中、トオルは「邪魔な障害物を退ける」ような手つきで、一歩踏み込む。
(俺は魔法が使えない。だが……この肉体ならこの魔物を倒すことが可能かもしれない)
トオルは、受け止めた魔猿の拳を弾き飛ばす。魔猿は我を忘れ、今度は左腕を振り下ろす。トオルはその左腕をはじき、カウンターのタイミングで左拳を突き出した。
「効いてくれ、鋼のパンチだ」
ただの突き。
だが、その一撃には、彼が先ほど身をもって体験し、無意識にラーニングした物理的な「震動波」が宿っていた。
ドォォォォォン!!
魔猿は、トオルのカウンターから放たれた目に見えない圧力の塊に飲み込まれ、内側から弾けるように数メートル後方まで吹き飛んで絶命した。
「……おっと。少し力が入りすぎたか。……いや、待てよ。もしかしてこの毛皮を身に着けることができるんじゃないか」
トオルは、息絶えた魔猿の死体に近づき、その分厚い毛皮を検分した。
「……エルナ。この外套、もう限界のようだ。修繕するよりも、現地調達で代替とさせてくれ。この魔猿の毛皮を、腰巻きとして利用させてもらう」
トオルは器用に魔猿の毛皮を剥ぐと(それも鋼の指先による力技だ)、自分の腰に巻きつけた。ジャストサイズ。
「……トオル、それ本気?」
「ああ。通気性はないが、耐久性は先ほどのローブより上だ。少しワイルドすぎる気もするが、背に腹は代えられない」
傷んだ旅人の外套から一変、腰に毛皮を巻いただけの半裸の姿。細身のプロレスラーを思わせる、無駄な脂肪の一切ない引き締まった肉体。剥き出しになった大胸筋と、機能美に満ちた背筋の凄みは、文明人というよりは野蛮人のようだった。
「………………」
背後で見ていたエルナは、杖を地面に落としたまま固まっていた。
「あ、あの……トオル?」
「なんだい、エルナ。少し騒がしくしてしまったが、これで通行の安全は確保された。君のヒールのおかげで、気分的なコンディションも良好だ」
「……あなた、さっき『鋼の肉体』だから大丈夫って言ってたわよね?」
「ああ、その通りだ。私の肉体は、おそらくあらゆる衝撃を軽減するように設計されている。また先ほどのパンチもこの肉体が持つ力だろう」
「…………違う。絶対、それだけじゃないわよ」
エルナは確信した。目の前の男は、単に肉体が頑丈なだけではない。受けた衝撃を己の力として転換して打ち出す——恐るべき格闘センスを、無自覚かつ完璧に備えた規格外の存在なのだ。
そして何より、毛皮一枚になったことで、トオルの「ドラゴン」が強調されていることにエルナは気づいてしまった。
「い、いやぁぁぁああああ!! さっきより強調されてるじゃないのよこの変態!! 」
エルナの絶叫が、夕暮れの街道に響き渡る。
こうして、魔猿の毛皮を纏った異世界の元サラリーマンは、呆然とする村娘を連れて、アシュレ村へとたどり着いた。
第2話はトオルのビジネスマンとしての経験を際立たせるために、他の話よりも固めの文章とさせていただいております。筆者はビジネス用語を多投するのが好きではないので、第3話以降は控えめにしています。
そして、体裁より機能(利便性)を重視するトオルの性格を、魔猿の毛皮を着せることで表現いたしました!
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