『それは日常の一部だった』
それは日常の一部だった。
朝起きて、制服に袖を通して、通学路を歩きながらスマホを眺める。その中に、当たり前のように存在していた。
配信。
昔は、学校から帰る時間を逆算して、通知を待っていた。
今はただ、アプリの奥に沈んでいるだけだった。
その日、たまたまだった。
課題が早く終わって、動画を見る気にもなれなくて、なんとなく配信アプリを開いた。指が覚えていた場所を、無意識に押した。
フォロー、一覧画面。
上の方に、見覚えのある名前はなかった。
何度かスクロールして、やっと見つける。
白上フブキ__。
アイコンは変わっていない。でも、その下に表示された文字列が、目に入った瞬間、思考が止まった。
【最終配信 〇年前】
「……え?」
一瞬、読み間違いだと思った。
回線が悪いとか、バグとか、そういう類のものだと。
でも、ページを開き直すと、そこにあったのは整然と並んだアーカイブと、固定された一本の動画。
【卒業ライブ】
日付は、はっきりと過去だった。
心臓が一拍、遅れて鳴った。
「……いつ?」
声に出しても、部屋には誰もいない。
動画の概要欄には、感謝の言葉と、未来へのエールと、いつもの優しい言葉が並んでいた。
コメント欄を開く。
流れていない。
止まったままの文字たちが、あの時間に閉じ込められている。
その夜、眠れなかった。
翌日、学校で聞いた。
「ねえ、白上フブキって、いつ卒業したの?」
昼休みの教室。
返ってきたのは、首を傾げる顔だった。
「……誰それ?」
「白い狐の人?」
「ホロライブ?なにそれ」
笑われたわけじゃない。
でも、何も知らない顔でそう言われるたびに、胸の奥が少しずつ冷えていった。
ああ、終わったんだ。
ブームは。
あの時間は。
その日の夜、私は卒業ライブを再生した。
画面の向こうで、彼女は笑っていた。
泣いて、笑って、いつも通りで、でも最後だった。
「ありがとう」
「楽しかったよ」
「応援してる」
チャットは流れていない。
でも、確かにそこには人がいた。
私は後悔した。
見なかった日々を。
後回しにした時間を。
生で「ありがとう」と打たなかった自分を。
アーカイブは残る。
でも、あの瞬間に隣にいなかった事実は、消えなかった。
SNSを開く。
誰も話していない。
トレンドにもならない。
ホロライブという名前すら、検索候補に出てこない。
そのとき、ひとつの投稿が目に入った。
【星街すいせい 卒業のお知らせ】
いいねは少ない。
コメントも数えるほど。
共有は、一桁。
数日後、彼女もいなくなった。
世界は、何も変わらなかった。
私は、ひとつだけ投稿した。
「忘れないで」
その投稿はすぐに流れていった。
誰に向けたのかもわからない。
届くかどうかもわからない。
でも、それしかできなかった。
記録は残る。
でも、記憶は、今この瞬間にしか生まれない。
それを、私は知ってしまった。
この物語は、忘れられていくことへの恐怖から生まれました。
人は、驚くほど簡単に忘れます。
昨日まで当たり前だった声も、名前も、楽しかった時間も。
記録が残っていても、記憶から消えてしまえば、なかったことのように扱われてしまう。
だから、書きました。
湊あくあ。
沙花叉クロヱ。
天音かなた。
そして、ホロライブを卒業したすべてのホロメンたちへ。
これは現実の話ではありません。
でも、現実から遠くもありません。
もし、今推している誰かがいるのなら。
どうか、推せるときに推してあげてください。
その時間は、記録ではなく、あなたの記憶として残ります。




