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拝啓 前世の親友田中くん
俺ちゃんは今、地上の楽園にいます。
神様のいらっしゃる庭は一年中快適な気温に保たれ、四季の花が常に咲き溢れ、美しい住人たちが穏やかに暮らしています。
身を清めた神官たちがきめ細やかなお世話をしてくれて、望めば何でも用意してくれます。
しかも、ここでは皆様のえっちが見放題です。親友田中くんと画面越しにドキドキしながら見ていたあの、えっちなシーンがリアルタイムで目の前で! 繰り広げられるのです!
田中くんはよく言ってましたね、日本のエロには恥じらいがある、それがいいのだ、と。でもね、俺ちゃんは思うのです。洋物AVのやたら陽気な青空えちちもいいものです。俺ちゃんは嫌って言ってるのを押し倒すよりも、カモーン! って笑顔でお股広げてくれるやつの方が好きです。失礼、少々お下品でしたね。
何が言いたいかというと、この世界はどちらかというと洋物よりの世界ですので、お庭であっはんうっふん始めたお姉様とお兄様を興味津々で拝見しているとカモーン! てしてくれて、お姉さまにキスしてもらえたりします。お姉様方はみな最年少の俺ちゃんを可愛がってくれて、お胸タッチもキッスもし放題です。お兄様方も優しいので、俺ちゃんがまだ覚悟ができてないのをわかってくれて無理に誘うこともなく優しい目で見守っていただいております。本当に不思議なのですが、俺ちゃんたち神衣というものはどこかで神と繋がっているようで、その神との繋がりを通して同じ神衣ならばある程度の気持ちを察することができるのです。魔法のある世界だとはわかっていましたが、とんと縁のない生活をしていたので実際に自分で経験してみて本当に魔法の世界なんだなあ、と今更ながら実感してしまいました。
剣も魔法もエッチな動画も大好きなオタクの田中くんがいればきっと大喜びだろうな、と俺ちゃんはしみじみと思っております。
ただ一つ田中くんには残念なお知らせなんですが、田中くんの大好きなロリ枠はいません。
最年少の俺ちゃんが十四歳なのでギリギリロリ枠に入れるかもしれないですが、俺ちゃん、田中くんとはちょっとエッチは嫌ですね。
だって、田中くん、エッチの時に鼻息荒そうなんだもん。
神庭の生活があまりにも素晴らしすぎて、1ヶ月近く経ったいまも夢見心地なまま脳内で前世の親友田中くんへの手紙をしたためるリリアンヌちゃん十四歳です。
神殿の奥に守られる神庭は王都にこの広さの土地あったか? と不思議になる広さの森でした。所々に庭園と離宮が作られていて神衣たちは自分好みの離宮を選んで暮らしています。離宮に籠るもよし、庭園や共有のサロンで交流するもよし、自由気ままな生活を送っています。森の中には小川が流れ、動物たちが憩い、更には大きな湖が、いや、おかしいやろ。王都の中に軽く村1個分くらいの森とかあるわけないやろがい。たぶん神様パワーで空間とか歪んでんじゃろ??? オタクくんが大好きな空間魔法とか言うやつじゃろ?
神様、マジしゅごい。
とりあえず、祈っとこ。
夏のはずなのに鈴蘭の咲き乱れる白の庭園の芝生に直に座りながらぼけーと俺ちゃんは祈りを捧げた。
どこからともなく現れたリスっぽい小動物と小鳥が俺ちゃんの肩に乗ってくる。
なんか子鹿とかイタチとかタヌキみたいのもやってきて周りでゴロゴロしだすし、頭ぐりぐりしてくる。完全にプリンセス状態。君たちノミとかダニいないよね。神様の庭に住んでるんだもん、大丈夫だよね? 信じてるぞ?
祈ったり邪魔されたりしながら日向ぼっこをしていると、庭園の遊歩道を車椅子を押されて進む女性が見えた。
俺ちゃんが立ちあがろうとすると手を振ってそのままで、と微笑む。
それに頷いて、俺ちゃんは動物まみれのまま少々無作法な挨拶をした。
「リリアンヌ様、何かお困りごとはございますか?」
そう優しく俺ちゃんに尋ねてくれるのは同じ神衣であるエルネッラ様。御歳六十八歳になられる現在の神衣の最年長である。しかし、その美貌は七十近いとは思えない若々しさに満ちている。四十前後の美魔女と言い張っても通じる。かろうじて灰色がかった白髪がお年を感じるが、肩で切り揃えられたそれは艶々としていて、そう言うオシャレだと言われたら俺ちゃんにはもう分からぬ。
「この子達が、祈りを捧げているとよく来てくれるのですが、わたくし、動物を飼ったことがないのでどうしてあげたらいいのか分からなくて困っております」
抱き上げたタヌキのような生き物をエルネッラ様に差し出す。いつもくるが同一個体なのかどうかは分からぬが、なかなか間抜けな味のある顔をしている。
しかし、俺ちゃんは動物と触れ合うことは前世も今生もほとんどなかったのでどうしたらいいのか分からぬ。餌をやっていいのか? でも野生生物の餌付けは前世でも禁止されてた。それともコイツらは地域猫みたいに住人が餌やりしていい生き物なのか?
「あらあら、お可愛らしいこと。ここの生き物はすべて神の身代でございますればお好きなように可愛がってあげればよろしゅうございますよ」
エルネッラ様がタヌキもどきの頭を撫でながら教えてくれた。
お、お前たちも神衣仲間だったのか。さすが俺たちの神様、何にでもなる親神様だぜ。
日々、神様パワーを実感している俺ちゃんは納得して頷いた。
多分お菓子とかあげても大丈夫な生き物だわコレ。神様パワーで何とかなるやつ。
今度、神官さんに作ってもらったお弁当を分けてやろう。美味いからな。
うんうん、と頷く俺ちゃんに今度はエルネッラ様の車椅子を押していた先輩神衣が尋ねてきた。
「こちらの生活でお困りのことはございませんか? まだ慣れぬことばかりでお辛いかと思いますが、どうか、我々をお頼り下さい。我々は同じ神に仕える家族なのです」
きりりとした眉に意思の強そうな目をした美丈夫がそう言って微笑む。燃えるように赤い髪をした彼は十年前に神衣に選定された元騎士だ。なんと俺ちゃん家で護衛騎士をしていたらしい。お兄様が以前話していた時に微妙な顔してたのは顔見知りだったからなのかな? 十年前だと俺ちゃんは三歳か四歳くらいの時なのでとんと記憶にございません。ごめんね!
でも、元主家の姫ってことですっごく気を遣ってもらってるから本当にありがてえです。たまに微妙な罪悪感っぽいのを感じるのは俺ちゃんがまだ幼いからかしらね。そりゃ幼児の頃を知ってる子供がエロエロパラダイスに来ちゃったら後ろめたいよね。気にしないで! 俺ちゃんは気にしない! でも男の人相手のエッチはまだしないからね!
「ありがとうございます。皆様、とても良くしていただいておりますので何不自由なく過ごしております」
嘘偽りのない言葉はきちんと本心だと伝わる。神衣同士って本当に便利。貴族の頃のように言葉の裏を読み合う必要がないだけで脳みそ本当に休まるわあ。
「今年の祭儀は二人もの新しい神衣を迎えて華やかなものになるでしょうね。私はもう皆様の御前に出れるような身ではありませんが、リリアンヌ様はぜひ楽しんでらしてくださいな」
少し寂しそうにエルネッラ様が言う。
お年で足を悪くしてしまったエルネッラ様はもう何年も祭儀には参加していない。リリアンヌちゃんの記憶にある限り祭儀でエルネッラ様を拝見したことはない。元騎士くんはたぶん毎年見ている。いや、今までそんな神衣の方々をまじまじと見てなかったんで。お綺麗だなー、神歌すごいなーってうっとりしてると終わってるんだもん。
祭儀の神衣は本当に神秘的でその歌声はまさに天上の響きだ。顔のいい人間ばかりの上位貴族でも見惚れてしまうほど。祭儀に出ていらした頃のエルネッラ様もきっとお美しかっただろう。
その歌声を聞いてみたいな、と純粋に思う。
「リリアンヌが思いますに、神衣は神様のお洋服でございます。リリアンヌやベルテ様が新しいお洋服でありますなら、エルネッラ様は長く愛用された大切な思い出の服でございましょう。着ることは減っても決して手放すことなど考えられない愛着のあるお洋服です。大事に手入れをしていつまでも手元に置かれている、神様のお気持ちがよく分かります」
エルネッラ様の手を取り、車椅子の膝の上にそっと体を寄せる。少し節ばった細く華奢な指にそっと口付けると、エルネッラ様の小さな驚きと、神様の歌うような肯定の気持ちが伝わってきた。
おっもしろいなー神衣。
神様の気持ちがエルネッラ様にも伝わったのか、まあ、と
呟いてふわりと微笑んだ。
「嬉しいことを言ってくれる。可愛い末娘ちゃん、なんて優しくていい子なんでしょう。あなたのお願いならなんでも聞いて上げたくなってしまうわ」
くすくすと笑いながらリリアンヌちゃんの手を両手で包み込んだエルネッラ様が言う。
「なんでもでございますか? でしたらリリアンヌはエルネッラ様のお歌が聞きとうございます」
エルネッラ様はリリアンヌちゃんの願いを快く聞いてくれた。
その日、庭園の鈴蘭は真珠色に輝き、虹色の輝く羽を持つ蝶がエルネッラ様の周りを飛び交い、小鳥たちは鈴を転がすような声でエルネッラ様の歌声に伴奏した。
神様大盤振る舞いの正統派プリンセスだった。リリアンヌちゃんよりよっぽどプリンセスだった。悔しくなんてないんだからね!
のんびりダラダラ暮らしていたら、あっという間に祭儀の日まで来ていた。
いや、びっくりしたわ。神庭ってなんか時間がゆっくり過ぎてんじゃないかって思うくらいダラダラ快適に暮らしてすっかり忘れてたわ。
何回かもらったお兄様からの手紙でもうすぐ祭儀だから会えるね、楽しみにしてるよってあったからそういやもうすぐだなあ、とか思ってたのにね。俺ちゃんたらおっちょこちょいさん。
ちなみにお兄様の手紙でリリアンヌちゃんが神衣になった後、エマがちゃんと王宮女官になれたことや、一週間くらいで伯母様に神衣になったことがバレてお父様がぶん殴られたことを教えてくれた。お父様ザマア! お父様はその時点でリリアンヌちゃんが屋敷からいなくなっていたことにさえ気が付いてなかったらしい。伯母様の子飼いの方が優秀じゃねえかよ。
お兄様はしばらくお父様からも伯母様からも詰め寄られたらしいけど、すでに神に選ばれてるんだから今更何を言っても無駄と無視したらしい。それはそう。
神衣は現世に戻らないからね。つか戻れないのよ。たとえ亡くなったとしてもその遺体は神庭に葬られる。神庭の奥深く、神の世界とこの世界をつなぐと言われている神樹の根元に埋葬されるのだ。そして魂は神の元に招かれると言われている。本当のところはどうかわからないけど、あの神だから一名様ごあんなーいとかで招かれてる可能性あると俺ちゃんは思います。
神衣はその体も魂も神様のものなのである。
そんな神衣がお披露目される祭儀はいわば神様のお気に入りコレクションを自慢するファッションショー! 人間どもは頭を低くして神様を褒め称えるといいよ!
まあ、俺ちゃんは前日にやけに丁寧に風呂で洗われて、めちゃくちゃ肌ケアだのマッサージだのされて、夜寝る前に明日のお衣装の着付けは何時になりますって言われても、はいはいっていつも通り寝てましたけどね。
衣装着付けて初めて、あ、この衣装祭儀のやつかーって気がつきました。
嘘だと思うだろ? 俺ちゃんも嘘だと思いたかったんだけど、公爵家だとこのくらい丁寧に面倒見てもらうのも日常茶飯事だったので、今日は御付きの神官さんが丁寧にやりたい気分の日だったんだろうなくらいしか思わなかったのです。
そう、リリアンヌちゃんはポンコツ神衣。知ってた。
大丈夫、ポンコツでも神衣にはなれます。なぜなら顔採用だから。
そんなリリアンヌちゃんもエルネッラ様や祭儀に参加しない数人の神衣に見守られて神庭を後にしました。
引率の神官の後ろを神衣仲間が特に緊張もすることなくついていきます。うちら神様のものですからね、人間如きの前に出るのに緊張とかしないんですわ。
リリアンヌちゃんの前を歩く新人のベルテくん(攻略対象)はちょっと緊張気味ですが、周りの先輩たちがキャッキャッして声かけてるので大丈夫そうです。
リリアンヌちゃんは別にーですよ。白いひらひらの衣装が綺麗だなー、とか手に持った鈴杖がしゃらしゃら音なって楽しいなあ、とか考えてました。俺ちゃん、神に選ばれし美少女ぞ。緊張とか必要なくなーい?
先輩女性神衣のわがままボディをうっとり眺めながら歩いてたら転けそうになったのを後ろを歩いてた元騎士くんに助けられたりしながら、なんとか祭壇の間に辿り着きました。元騎士くんありがとう。
神庭から祭壇の間へは神像の裏側から入場する。
国の中枢たる王家と上位貴族が揃う空間は厳かに静まり返っていた。
神衣たちの持つ鈴杖の澄んだ音だけが響き渡る。空から降りてくる光のかけらのような音だ。
神衣が左右に分かれて祭壇に広がる。目の前を歩いていたベルテくんは男神側に、リリアンヌちゃんは女神側に進んだ。別に男女で決まってるわけじゃない、なんとなくこっちかなって方に分かれてる。なんとなくだからたぶん神様の気分なんじゃないかな。俺ちゃんの後ろにいた元騎士くんも女神側に来てるし。
お兄様はあの辺かな、と視線を向けた先に動くものがあった。
え? と思った瞬間、銀色の光が通り過ぎ甲高い金属音と鈴の音が響く。
リリアンヌちゃんの後ろを歩いていた元騎士くんの鈴杖が走り寄ってきたメリダの前に突き立てられ、勢いを殺し損ねたメリダがひっくり返って尻餅をついていた。
相変わらずいいおっぱいしてんなメリダ。ところでなんぞコレ? どんな状況よ?
あまりの出来事に誰も動けない中、涙目のメリダが叫んだ。
「リリアンヌ様!」
お、おう……リリアンヌちゃんやで。
メリダは凍りつく空気にも負けず四つん這いになってにじり寄ってきた。元騎士くんがめちゃ力入れて杖で押し返してる。
本当になんなんだろ、コレ。
メリダは諦めずにめちゃ早口でピルルルル言ってる。
久しぶりに聞いたなメリダの小鳥ちゃん語。やっぱりマジ何言ってるかわからん。
メリダのおっぱいが揺れるのを見ながら俺ちゃんは口を開いた。
「ごめんなさい、小鳥さんの言葉はわからないの。ゆっくりお話ししてくださる?」
勢いよく囀っていたメリダがポカンと口を開けてリリアンヌちゃんを見上げた。
なんか、元騎士くんも何言ってんだコイツ的な目で見ている気がする。気がするだけなので気のせいだろう。
ざわりと空気が揺れて戸惑っていた人々が動き出した。
神官たちがメリダを押さえつけ動けなくする。
公爵家の席からお父様が飛び出しメリダを抱きしめる。その顔は焦りと畏れに満ちていた。メリダの母はどうすればいいのか分からず呆然と立ち尽くし、お兄様は面白そうにメリダとお父様を眺めている。
あちゃー、お兄様かー。
リリアンヌちゃんはちょっと頭が痛いですわよ。
まあ、人の世のことはリリアンヌちゃんにはもう関係ないのでお兄様の好きにされたらいいとは思いますけど。
でも、ちょっとだけ。
少しだけ強く鈴杖で床を叩く。
シャン、と一際涼やかな音が響くと、人々の視線がリリアンヌちゃんに集まる。
シャン、シャン、とリリアンヌちゃんに続くように他の神衣たちの鈴杖も鳴り響く。くすくすと笑ったり、しょうがないなあと呆れたり、頑張ってと励まされたり、優しい気持ちが伝わってくる。
一際近くでシャン、と鈴が鳴る。
元騎士くんの鈴杖が背中を押してくれる。
お姫様の望むままに。
言葉は自然とこぼれ落ちた。これはリリアンヌちゃんのお口を借りた神の言葉。
「無垢なる子、汝に咎なし」
祭儀の場に礼儀作法のできていない子供を連れてこないのは暗黙の了解だ。参加する子供たちは家庭教師から最低限の合格をもらっている。そうではない子供を連れてきて問題が起きたなら、それは連れてきた親の責任。
メリダは何も知らない。貴族になってまだ一年も経ってない赤ちゃんだ。
赤ちゃんの責任はお父様がとるのだ。
リリアンヌちゃんの言葉に人々が頭を垂れる。
お父様さえ例外ではないのだが、メリダ、お前が一番頭を下げなきゃならんのになんでポカンとしてるねん。もう、仕方ない赤ちゃんだな。
シャンシャンと2回鈴杖を鳴らす。
儀式の進行をする大神官をチラリと見れば、そっと頷いて神官たちに指示を出す。
メリダが唖然としたまま祭壇の間を連れ出され、お父様はメリダの肩を抱くようにして共に出ていった。メリダの母もその後を追い、公爵家の席にはお兄様だけが悠々と座りにこやかにリリアンヌちゃんを見ていた。
困ったお人だわ、本当にお兄様ったら。
結局、お父様は一度もリリアンヌちゃんを見なかった。ただメリダだけを案じて寄り添っていた。
とうに知っていたことだし、思い悩むことなぞ何もないのに不思議と胸の奥が冷たい気持ちがする。
愛されたこともなければ、愛したこともない相手にこんなことを思うなんて血縁とは本当に厄介なものだなあ、と俺ちゃんがしみじみと思っていると元騎士くんがそっとリリアンヌちゃんの肩を抱いた。
不思議に思って見上げると琥珀色の瞳が優しくリリアンヌちゃんを見ていた。
慈しむ気持ちがふわりと心の隙間に流れ込む。
心が乙女になってしまうやんか。思わずエセ大阪弁が飛び出すトキメキ具合である。
なんか、視界の隅でお兄様がすんごい形相していたような気がしたけど気のせい気のせい。
リリアンヌちゃんの知らないところでコソコソなんかやってたお兄様のことなんて知らないですね。
まあ、元騎士くんはメリダを牽制してた時もカッコよかったので、リリアンヌちゃんの初めてのお相手をお願いしたいくらいにはトキメいた。いつかリリアンヌちゃんのお胸がメリダ並みに大きくなったらえっちなことしようね、と微笑んで見上げると、なぜか元騎士くんは絶望したように目頭を抑え俯いてしまった。
おい、なんで諦めた、リリアンヌちゃんは十四歳だぞ、まだまだ成長するんだからな。
ちょっと待って、他の神衣まで同情すんなよ、マジで、将来性あるから! リリアンヌちゃんの未来は未知数だから! 真面目に祭儀やろ? ね?
祭儀はきちんと終わりましたが、元騎士くんは他の神衣たちに肩を叩かれ慰められてました。
ひどいと思わないかい? 我が親友田中くんよ。
トラブルの後始末なんぞ神衣の仕事ではないので祭儀が終わった後はまったり楽園生活に戻ったリリアンヌちゃんですが、身内のことなので一応ご報告という名のお兄様のお手紙が来ました。
別にどうでもいいんですけどね。
小手毬を生垣にして背の低い淡い色の花を敷き詰めたグラデーションのお庭を眺めるサロンで俺ちゃんはたくさんのクッションと柔らかなお胸に埋もれて手紙を開けた。
リリアンヌちゃんを抱きしめるように我儘ボディのお姉様が座りリリアンヌちゃんの髪の毛に花を編み込んでいる。ちょっとタレ目でぽってりした唇がセクシーなお姉様は元騎士くんと同い年だけど神衣になったのは二年先輩。ほぼ貴族の神衣の中では大変珍しい元平民である。
平民の間では神衣なんて御伽話の存在なので彼女が自分から選定を受けに来たわけではない。人買いに攫われ逃げ出したところ導かれるように神殿の奥に迷い込み、祭壇の間で神に助けを祈ったところ神衣に選定されたのだ。
大事にされてると思っていた親に売られて人間不信になっていたらしいので神衣になれて幸運だったと本人は笑って教えてくれたが、どう考えても神様がお気に入りを誘い込んでんだよなー。まあ、ご本人もわかっているだろうけどさ。メリダといい我儘ボディ様といい、神様たぶん巨乳の健康的セクシーがお好きだな。俺ちゃんと趣味が被ってて素晴らしい。リリアンヌちゃんが儚い系美少女でごめんね、でもいっぱい健康的美女たちとエンジョイしよ? 違うタイプの女の子が絡み合うのっていいよね! 神様のアゲアゲな気持ちが伝わってきたので美少女無罪を勝ち取ったわ。
我儘ボディ様がチラリと俺ちゃんの手元を覗く。
「祭儀の時の子? めちゃくちゃ下町訛りで懐かしかったわ〜。久しぶりに聞くと確かに小鳥ちゃんに聞こえたわね」
リリアンヌちゃんは我儘ボディ様の素敵なお胸に寄りかかって
手紙を眺める。
「お姉さまはあの時、彼女がなんと言っていたのかお分かりになりましたの?」
「早口だったから全部は無理だけど、ごめんなさい、とか戻ってきて、とかそういう感じのこと言ってたわね」
へー、そんなこと言ってたんだ。まあ、無理ですけど。
「平民は神衣を見たことないからね、神官と似たようなものだと思ってるのよ。好きな時に還俗できると思ってる人もいるでしょうね」
魔法も神も随分と人々と遠くなってしまった。別にいいっしょーっていうパリピ神様の気持ちが伝わってくるせいか我々神衣は特にそれに思うことはない。神様は寛大でちょっといい加減だ。
手紙にはメリダはリリアンヌちゃんの言葉で無罪放免になったけれどお父様は監督責任を問われて公爵家当主の座をお兄様に譲り領地にある保養地に蟄居となった。
お兄様はお祖父様の弟にあたる方の後見を得て公爵家当主となった。十七歳の若すぎる公爵だ。苦労することはわかっているのにお兄様はその道を選んだ。どうせ仕込みはお兄様なので自業自得である。けれど、どうか、その道の先にお兄様の幸福がありますように。
メリダたち母娘はお父様について保養地に向かった。無罪放免といえど上位貴族のメリダへの印象は良くない。貴族社会で生きていくには致命的だ。領地でのびのびと暮らす方がメリダにはきっと合っているだろう。彼女のガッツと美貌とエロ適性をもってすれば田舎保養地の男どもなどいくらでも手玉に取れよう。幸せになる未来しか見えねえな! 心配とか全くねえわ!
「小鳥さんは自由にお空を飛んだ方がいいとリリアンヌは思います」
くすくす笑いながら手紙の字をなぞる。我儘ボディ様もそうね、と言ってリリアンヌちゃんのほっぺにキスしてくれた。
手紙はお兄様からの他にエマからのものもあって、とても忙しいけれどやりがいがあると書かれていた。忙しいけれど、リリアンヌちゃんがいない毎日は寂しいって。俺ちゃんもエマに会えなくて寂しいよ。素敵なお胸はいっぱいあるけれど、全部違うお胸だから、エマのお胸が恋しいよ。
王宮ではお兄様がこまめに様子を見にきてくれてありがたいが申し訳ないと書かれていた。あのお兄様が? 用もないのにこまめに? なんだか嫌な感じですわよ。いや、逆にありか? エマは子爵家出身だけど王宮女官の肩書きがあれば公爵夫人もいけるはず。若すぎる公爵なんて未婚貴族女子から見たら垂涎の的だ。下手な令嬢に引っ掛かるようなお兄様ではないけれど、今頃は山のように舞い込んでくる縁談話にうんざりしてるはず。……だからか! 裏がなくてリリアンヌちゃんに忠誠を誓ってて公爵家の事情にも通じてる頭が良くて美人で可愛くてお胸がおっきい適齢期の王宮女官! あー!!! お兄様が悪い顔して笑ってらっしゃるわー! エマー! にげ…なくてもいいか? エマとお兄様が結婚するならエマはリリアンヌちゃんの義姉になるからお兄様と会う時に同行できる!? できちゃう!??
やっぱり結婚してくれエマ。俺ちゃんはエマに会いたいので。頑張ってお兄様。
「悪いお顔をしてらっしゃいますよ、お姫様」
ティーワゴンを押しながらサロンに入ってきたのは元騎士様だった。
悪い顔をしていてもリリアンヌちゃんは可愛い。そう思いませんか、我儘ボディ様?
振り返るとリリアンヌちゃんの髪に小さなスミレを編み込んでいた我儘ボディ様が力強く頷いた。
ふふん、と得意げに元騎士くんを見ると、柔らかな眼差しでリリアンヌちゃんを見ていた。
やめろ、その可愛くて仕方ないなあみたいな顔。照れるやんか。
元騎士くんによってローテーブルに綺麗にセッティングされてゆくお茶とお菓子に目が移る。
お兄様から届けられたお菓子だ。伯母様のところでいただいた美味しい焼き菓子。俺ちゃんお気に入りの菓子は王都で人気らしくなかなか手に入れにくいと手紙で愚痴っていた。
俺ちゃんに貢ぐためにお兄様には頑張って欲しい。
それにしても、側付きの神官さんに今日のおやつに出すようにお願いしてあったのに、元騎士くんが持ってくるのは何故だ?
首を傾げるリリアンヌちゃんである。
「セリウス、あなたちょっと下心ありすぎじゃない?」
呆れたように言う我儘ボディ様の視線の先にはサロンの入り口でオロオロする神官さんがいた。
用意したティーワゴンを強奪されたらしい。
バツの悪そうな顔をする元騎士くんは悪戯のバレた子供のようで俺ちゃんは笑ってしまった。
元騎士くんから伝わってくるのは羞恥とうっすらとした劣情。それからリリアンヌちゃんの笑顔が見たいという願い。
とっても素敵だ。
焼き菓子を一つとって元騎士くんの口元に持っていく。
お気に入りのお菓子をお裾分け。
それから耳元で囁いた。
「セリウス様、大きくなるまで待っててね?」
元騎士くんは膝から崩れ落ちて四つん這いになってしまった。
我儘ボディ様はそれを見て大笑いだ。
俺ちゃんはとても満足して焼き菓子をお口に放り込んだ。
口の中でほろほろと崩れる甘いお菓子と丁寧に入れた香りの良いお茶。
綺麗なお姉様に優しい騎士様。神庭はリリアンヌちゃんを優しく包んでくれた。
ねえ、親友田中くん、俺ちゃんは君に会えたら話したいことがいっぱいあるよ。
俺ちゃんが前世で入院した時、田中くんお見舞いに来てくれたよね。あの時、異世界転生するならどこがいい? なんて話したね。アイテムボックスと幸運特化のスキルで異世界スローライフとか言ってた田中くんには残念なことにこの世界にはそういうのないけど、陽キャ平成ギャルみたいな神様のいるエッチに寛容な世界だよ。異世界転生の候補地に入れておいて欲しいな。
でも、もし来るとしてもずっとずっと先でいいよ。
ずっとずっと長生きして、そうしていつか、会えたらいいな。
そんな日を俺ちゃんはのんびりとこの神庭で愉快な仲間たちと待ってます。
では、親友田中くんの健康と田中くんのお姉さんの婚活がうまくいくことをお祈りしております。
敬具




