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TS美少女転生した俺は女の子とイチャイチャしても許されると思った  作者: カタツムリ


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 もしかしたら、メリダの邪魔をしなければ、王太子との恋を応援すれば何事もなく今まで通り可愛い女の子とイチャイチャしてられるんじゃないか、そんな楽観的な考えが頭の片隅にあった。

 でも、きっとそんな未来ははじめからなかった。

 よく考えればおかしいんよ。

 リリアンヌちゃんは実は嫁入り先がかなり限定される。曽祖母が王妹だったために王家の血筋に近すぎるのだ。現在、外交関係も国内情勢も安定してるので下手なところに嫁にやって王家の血筋を分散させたくないというのが国の方針。もし嫁入りするなら第一候補は王太子になる。それ以外はたぶん国の横やりが入る。

 王太子がリリアンヌちゃんと結婚したくないと言い張っているので生涯独身で適当な爵位もらってのんびり貴族年金生活の可能性が高かった。俺ちゃんに不満はない。可愛いメイドさんとハピハピハッピーに暮らすので。まあ、正式に婚姻さえ結ばなきゃ愛人くらいは許されたかな?

 そんなんだからリリアンヌちゃんの家庭教師に花嫁修行系の先生はいなくて、お兄様と一緒に将来領地を治めるのに役立つ授業を受けていたのだ。もし王太子の気が変わって結婚することになっても役立つしね。

 それなのに、すべてのエンディングでぽっと出の変態オッサンのところに嫁に行くとかありえない。

 ありえないけど、もし、ありえないことを可能にするならば公爵家当主の意向によるしかない。

 王家にも黙って、変態おっさんにリリアンヌちゃんを下げ渡すのだ。そんなんお父様しかできんわ。この場合、もしかすると正式な婚姻ではなく事実婚の可能性もある。妻としての権利も裁量もない、性奴隷だ。王家が婚姻を許すとは思えないからそっちの可能性高いな。

 くっそくっそじゃねえか。

 これ、俺ちゃんが何しようと、逆に何もしなくても、この家にいたらそうなる運命じゃん。

 あかん、もうだめ、俺ちゃんは頑張れません。試合は終了です。


 目が覚めたらエマが泣きそうな顔で俺ちゃんを覗き込んでいた。

 枕元の室内灯だけが薄ら灯る部屋は暗く、時間がわからない。

「おはよう、エマ」

 仕方ないのでいつも通りの挨拶をしたら、エマはくしゃりと顔を歪めて手で覆ってしまった。押し殺せなかった泣き声が子猫の声のように聞こえた。

 悪いことをしてしまった。

 叩かれた頰もローテーブルにぶつけた頭も肩も痛くない。普通なら腫れ上がって大変なことになったろうが、ところがどっこいここは魔法のある世界。普段は魔道具くらいしか触れないので、魔石やら魔力なんて電池とか電気代わりくらいな感じだが、ちゃんとマジカルなお薬もあるのだ。ポーションみたいなやつ。めちゃくちゃ高いので平民は見たこともないだろうし、下級貴族の手に届くものでもない。王族だって滅多やたらに使うものではないが、リリアンヌちゃんの美貌のために公爵家の権力と財力が使われるのは当然のことだと思います!

 リリアンヌちゃんの枕元で顔を覆って泣くエマに手を伸ばす。

 エマの手を引き寄せて、その指先にそっと唇を当てる。

「泣かないで、あなたのせいじゃないわ、エマ」

 囁くようにいうと、エマはますます顔を歪めてリリアンヌちゃんに覆い被さるようにして頭を抱きしめた。

 エマの柔らかいおっぱいを堪能しながら、俺ちゃんは思うのだが、マジでエマのせいじゃねえし。完全にクソ親父のせいです。

 ただ、エマがきっかけになってしまったことを気に病む気持ちもわかるので背中をひたすら優しく撫でた。

 しばらくしてエマの呼吸が落ち着いてきた。

「申し訳、ございま、せん、」

 掠れた声で囁かれる言葉は、まだ涙の名残を残しながらもしっかりしていた。

 抱きしめられた胸元から見上げるエマの目はうるうると光が揺れてとても綺麗だった。

「許します」

 エマには何の罪もないのだから。俺ちゃんは体を起こしてエマの額に口付けた。

「今はどのくらいの時間かしら?」

 そっとハンカチで涙の跡を拭ったエマに聞く。

「夜明け前でございます。そろそろ日が昇る頃かと」

「エマ、あなた寝てないのね」

 めっと睨むとエマは困ったように笑って眠れる状態ではなかったので、と言った。まあ、確かに、主人が自分のせいで怪我したと思ってるのにぐーすか眠れる性格じゃないよね、エマは。

 仕方ないなあ、とエマのお胸に頭をぐりぐりする。柔らかである。いつまでも堪能しているわけにもいかないので離れると、乱れた髪をエマが手櫛で整えてくれた。

「ねえ、エマ、お兄様をお呼びして欲しいの」

「もう少しお休みして、ご朝食の時ではいけませんか?」

 心配そうにエマが言う。

 いや、今がきっとちょうどいい。まだ屋敷の中は静まり返っている。できるだけ人に知られずにお兄様に会うには良いタイミングだ。

 静かに部屋を出るエマを見送って、俺ちゃんは目を閉じる。十分に眠ったのに頭の芯がぼうっとするような疲れがある。

 これが魔法薬の副作用なのか、それとも暴力に晒されたストレスからなのか、俺ちゃんにはわからぬ。

 わからぬまま、俺ちゃんはお兄様を待った。


「リリアンヌ、もう一回言って」

 エマにカーテンを開けてもらった窓から見える東の空はわずかに明るくなり始めているようだった。

 部屋は相変わらず小さな室内灯に照らされているだけだったので、そこに浮かび上がる引き攣った表情のお兄様の顔はたいそう怖いことになっていた。

「リリアンヌは神衣の選定を受けます」

 もう一度言う。何度でも言う。俺ちゃんはこんな家出て行って神庭で乱交エロエロ生活をします。かわいい女子神衣様たちとエッチなことをして暮らします。気が向いたら男性神衣とのエッチも試したいと思っております。

「待って、待ってくれ、リリアンヌ。怖い目にあって父上と距離を取りたい気持ちはよくわかる。だからといって、神衣の選定は極端すぎだ。ウィンコットの伯母上のところに身を寄せてはどうだ? 領地の保養地でゆっくりするのは?」

 早口で兄が言い募る。兄の焦る顔なんて俺ちゃんは初めて見た。

 でも、リリアンヌちゃんは首を横に振るのである。NOと言える俺ちゃんなので。

「お兄様、それではだめなのです。お父様の娘である限り、私はお父様に逆らえませんわ。たとえ逃げても、常に公爵家の手のものに怯えながら暮らすことになります」

 お金と権力は怖いね。いままで散々その恩恵に与ってきたけど、それがこちらに敵意を持って向けられるとなると本当に怖いわ。

 だからこそ地位と権力があるものは良識持つべきと教えられて育つもんなんだけど、お父様はなあ。

「お前は公爵家の娘だ、逃げる必要なんてどこにもないよ。ただ少し療養をしてお前もお父様も落ち着けばいいだけだ。安心しなさい、お父様には早めに引退してもらって私が継げば、お前が肩身の狭い思いをすることもない」

 お兄様はリリアンヌちゃんのベッドの横に置いた椅子に座って優しく言い募る。

 そりゃお兄様が継いでくれりゃええけど、まだ先の話だ。男子の成人は十八歳、まだまだ若く健康な父がいるのに公爵位を譲り受けるのは無理だろう。

 人間的にはアレだが対外的には父には何の落ち度もないのだ。今は亡き前公爵の時代から公爵家を支える優秀な部下たちがいるおかげで公爵家は領地も家内もきちんと回っている。お父様は細かいことには興味なく、全てを任せているおかげで逆に彼らは仕事がしやすく家政は安定しているのだ。

 難といえば平民の愛人を後妻に迎えたことくらい。それも由緒正しい伯爵家から迎え入れた妻との間に嫡子と息女がちゃんといることで大した瑕疵にはならない。

 お父様がよっぽど馬鹿なことをして領地運営やら公爵家の面目やらを滅茶苦茶にしない限り、部下や寄子貴族にとっては下手に引っ搔き回されることのないありがたい上司なのだ。

 このままいけばお兄様が公爵家を継ぐのは社交で顔を売り、妻を娶り後継が生まれてからだろうね。ま、そんなことはお兄様にもわかってる。

 無理だとわかっているのに、十四歳の女の子を宥めるために優しい嘘をつく。お兄様も十七歳の少年なのだ。

「お兄様、お父様はね、この顔の女を不幸にしたいのよ」

 頰に手を当てて小首を傾げる。

 そう、リリアンヌちゃんがどうとかではないのだ。

 お父様はただ、この顔の女を憎んでいるのだ。『売女』と呼ぶ女のことを。

 リリアンヌちゃん、とばっちり。

 お兄様が押し黙る。

「お父様、いいえ、公爵閣下はわたくしのことを自分の娘だとも思っていらっしゃらないわ。娘はメリダ様だけ。わたくしはきっと成人と共に外に嫁がされるわ。きっととっても不幸になる場所に」

「そんなこと、私も、王家も許さないよ」

 苦々しく言うお兄様は、もうすっかり分かっているのだろう。頭のいい人だ。リリアンヌちゃんの言葉とお父様の態度で先のことが見えてしまう。

「婚姻の届さえ出さなければ王家にはわからないでしょう? それこそ療養だといって表に出さなければいいだけですもの。保養地にいるのか、どこかの屋敷に閉じ込められてるか、外からはわからないわ」

 貴族の歴史ではよくあることです。

 お兄様は顔を手で覆って俯いてしまった。

「だからといって、神衣など……。お前はまだ、十四歳だ、せめて神官なら還俗も可能だろう? 神衣になってしまえば、二度と触れることも叶わないのだぞ」

 弱々しく落ちる言葉にリリアンヌちゃんは笑う。愛されてるなあ、と。

 確かに神官ならば還俗ができる。お兄様が公爵になってから貴族に戻るという道もあるかもしれない。けれど、神官では身の守りが薄すぎる。彼らは神殿内で神に仕えると共に信徒の対応や雑事で表に出る機会も多い。公爵家の手がどこまで伸びるかわからないが、拐われるなりする可能性が否めない。リリアンヌちゃんを不幸にするためには手段を問わないんじゃないかな、あのクソ親父。

「お手紙はよろしいそうですよ。触れさえしなければ家族の面談もできるとお聞きします」

 ゲームで神の代理人がそんなこと言ってた。

「リリアンヌ、それでは何かあっても、この兄はお前を助けてやれないではないか」

 俯いたまま、ベッドの上のリリアンヌちゃんの手をお兄様が握る。その手をギュッと握り返す。

「ずうっとリリアンヌはお兄様に助けていただいております。きっと、これからも、触れ合えなくても、ずうっと、ずうっとです」

 遠くから母を眺めるリリアンヌに、申し訳なさそうに手を振る小さな兄の姿を俺ちゃんは思い出す。あの小さな子供だけがリリアンヌちゃんの家族だった。お兄様がいたから、リリアンヌちゃんはこの家の子供として生きてこられた。そうでなければ、元男子高校生にこの家は寂しすぎた。

「私は、ずっとそばでお前を守ってあげたかったよ」

 ぎゅうっと握り合った手がお兄様の額に触れる。祈るように、願うように。

 そうしてお兄様は困った子供の我儘に負けた顔でリリアンヌちゃんを見た。

 リリアンヌちゃんも我儘が叶った子供の顔で笑った。

「ところでリリアンヌ、選定を受けたとしても必ず神衣になれるわけじゃないだろう? なれなかった時のことは考えているかい?」

 顔採用だから十中八九はなれるよ! とは言えない。

「お父様には不慮の事故で再起不能な怪我を負っていただくか、亡くなるかしていただいて、早急にお兄様に公爵家を継いで頂きますわ」

 困ったようにちょこっとだけ考えて却下した案を答える。

 不慮の事故起こすツテがねえんだよ、下手に自分で手を下して失敗したらそれこそヤバいし。仮に成功しても、実の父親手にかけたって罪を一生背負うの嫌です。そんなもの背負いたくない。お父様には俺ちゃんの知らんところで勝手に死んでてほしい。数年くらい経ってから死んだって知らせてほしい。そんくらい関わり合いたくないのだ。

「そっちにしないか?」

 お兄様がすんごい真顔で尋ねてくる。

「お兄様が手を汚すのはいやですわ」

 最後の手段だね、分かってるよ、とお兄様は優しく頷いた。

 そして、暁に薄く染まりはじめた部屋の片隅で、主人の会話を邪魔することなく静かに控えていたメイドが覚悟を決めた表情で力強く頷いたのをリリアンヌちゃんは見てしまった。

 いや、覚悟完了じゃないよ、エマ、まってエマ、メイドはそんな覚悟しなくていいのよ。




 

 ウィンコット侯爵家の応接室は艶やかな飴色の家具に濃い紅の布を合わせた重厚ながらも華やかな印象をしていた。屋敷の女主人の好みをよく反映した部屋だった。

 その女主人であるウィンコット侯爵夫人アメリアはリリアンヌの正面に座り優雅に紅茶に口をつけた。

「あの子は昔から椅子に座っているのが苦手な子だったわ。家庭教師の話を座って聞くことができなくて、立ち上がって歩き回っては机に戻されて」

 突然走り出して逃亡してしまうこともあったわねえ、と目をすがめて紅茶を揺らす。

「叱り飛ばして、椅子に紐でくくりつけてやっと字と計算を覚えさせたの」

 俺ちゃんは黙って聞いていた。

 本日、俺ちゃんは伯母様にお願いをしにきたので。伯母様には前にもメイドを送りつけているので借りばかり山積みだ。

「お父様がご病気で亡くなる前に側近たちにはくれぐれもよろしく頼む、とそれはもう何度もおっしゃっていたわ。おかげで公爵領は何の問題もなかったけれど、皺寄せは全てヒルダにきたわ。あの子の尻拭いをし続けた彼女には本当に申し訳ないと思っているの」

 ヒルダはリリアンヌちゃんの母の名だ。

「お父様も私も居なくなった公爵家で、あの子にものが言えるのはヒルダだけだったの。公爵家当主として相応しい行いをと言い続けて煙たがられてもずっとあの子を支えてくれていたのに、あの子にはそれが分からなかったの」

 そもそも人の気持ちに鈍いタイプだな。自分に都合の悪いことを全部聞き流して、そんなこと聞いてないって後から言うんだろ。

 知ってるぞそういうの、転んだ時に躓いた石じゃなくて手を差し出したやつを憎むんだ。どうして転ぶ前に助けてくれなかったんだって。

 ちなみにこの手のやつは転びそうなところを助けても、余計な手を出して馬鹿にしているのかって怒るんだ。めんどくさい。

「ヒルダは優秀で誠実な素晴らしい貴族夫人だったわ。夫があの子でなければ、きっと幸せになれた。ヒルダには何の非もないの。きっと、あの子が生まれる場所を間違えたのよ」

 ヒヤリとした空気が伯母様から流れる。

 きっと伯母様は公爵家であったことをご存知なのだろう。百人以上使用人のいる屋敷だ、お父様に小金を握らされてる使用人もいれば、公爵家を出た伯母様に忠義を誓っている使用人がいてもおかしくない。使用人だって人間だからね、いろんな人がいるさ。

「リリアンヌ、あなたは私の可愛い姪よ。安心しなさい、あなたのお願いはきちんと叶えてあげるから」

 伯母様が目元を和らげてリリアンヌちゃんを見る。

 母が亡くなってまだ一年とたっていないのに、お父様はすでに母の存在はなかったもののように扱い、その娘に憎しみの目を向けている。

 そんなふうにお父様を育ててしまった伯母様なりの贖罪なのだろう。もうお嫁に行ったのだから知らぬふりをしてもいいのに。伯母様はキツイ見た目の美人だから誤解されやすいが、面倒見の良い苦労性だ。そんな伯母様だからリリアンヌちゃんも大好きだし、素直に頼れる。

「では伯母様、私のメイド、エマの王宮侍女への推薦、どうぞよしなに」

 リリアンヌちゃんの後ろに控えたエマが静かに頭を下げた。

 ぼんやりと、生まれる場所を間違ったのは元男子高校生もだよなあなんて考えながら紅茶に添えられた小さな焼き菓子を一つ口に含むと、ほろほろと崩れて優しい甘さが広がった。めちゃくちゃうまいなこれ。神庭って外のお菓子とかお取り寄せできるのかな?


 伯母様の屋敷から帰る馬車の中で、揺れに合わせてぽよんぽよん揺れるエマの胸にお顔を埋めながら、リリアンヌちゃんはエマの苦情を聞いていた。

「本当に、どうしてもだめでしょうか」

「ダメよ、エマ、何度も言っているでしょう?」

 あの日、お兄様に神衣の選定を受けると言った日から何度も繰り返される問答にいつもと同じ答えを返す。

 エマは神衣の選定を受けるリリアンヌちゃんについてくる気満々だった。まあ、愛されてるからリリアンヌちゃん。

 神衣の選定を一緒に受けて選ばれればよし、選ばれなくても神官になって神衣のお世話をする立場まで気合いで駆け上がる気だった。いや、神衣に侍る神官は神殿の中でも特殊だから何年かかるか分からんよ。

 でもさあ、俺ちゃんはエマには幸せになってほしいわけよ。

 こんな可愛くて優しくて優秀なエマがさ、幸せになれない世界っておかしいじゃん?

 メリダといざこざのあったエマは公爵家内での出世はすでに厳しい。お父様に知られれば解雇もあり得る。俺ちゃんがいれば庇うこともできるけど、居なくなってからはね。お兄様のところにつけたとしても、お兄様が重用するのは男性使用人だから女性使用人としての出世は頭打ち。

 そこでリリアンヌちゃんが出した答えは王宮侍女への推薦だ。女性使用人の最高峰、優秀なエマならイケる!王宮侍女なら嫁入りには最大級の箔だし、エマが望まなければ生涯結婚しなくても文句は言われない。

「エマならできると思ったから推薦をお願いしたの。もう伯母様にお話ししたのだからダメよ」

 エマだって分かっているのにグズっているのだ。可愛い奴め。

「リリアンヌ様をお一人で神殿に行かせるなんて」

 ぎゅっと胸元に抱え込まれて嫌々と横に揺れる。乗り物酔いになりそうだからやめて欲しい。

「エマ、あなたには無理よ」

 ぽんぽんと腕を叩いてお胸から起き上がる。

「そんなことありません、リリアンヌ様のためなら神殿だって」

「それよ」

 言い募るエマに笑ってしまう。本当に可愛い子。健気で優しい俺ちゃんの大好きな子。

「神様はちゃんと見てらっしゃるから、エマを選ばないわ。だってエマが大好きで仕えているのはわたくしなんですもの」

 神衣も神官も仕えているのは神だ。リリアンヌちゃんに仕えているエマは選ばれない。

 エマは俺ちゃんの言葉に反論できずにぐうっと押し黙った。きゅっと顰めたお顔が可愛かった。

 あんまり可愛かったので、俺ちゃんはチュっとエマの唇に自分の唇を押し当てた。

 頰や額、裸のお胸にだってチューしたことはあるが唇は初めてだった。フニっとした柔らかな感触が嬉しくて俺ちゃんは笑う。

 エマも驚いたように俺ちゃんを見た。

「神衣は人ではないそうだから、これがリリアンヌとしての最初で最後の口付けね」

 奪っちゃった、と小首を傾げる俺ちゃんにエマは泣くのを我慢するように笑った。

 それから、リリアンヌちゃんの頰を両手で包むように触れると優しく唇と唇を合わせた。

 口付けの余韻にうっとりとエマを見上げると、エマは珍しく悪戯な微笑みを浮かべて言った。

「最後から二番めの口付けになりましたね」

 俺ちゃんの推し、最高に可愛い。





 その日は、いつもと変わらない何の変哲もない日だった。

 お父様に暴力を振るわれてから一度も会わずに1ヶ月。メリダとも接触していない。あの人、ほんとリリアンヌちゃんに興味ないのマジウケる。俺ちゃんは、メリダとトラブルがあって左翼棟に来たメイドたち一人一人に紹介状を書いて家政婦長に渡した。何もないとは思うが、いざという時にあるとないとでは違うだろう。

 美味しい朝ごはんをお兄様と食べて、身支度を整えて馬車に乗る。

 風通しの良い夏用ドレスは暑くなり始めた季節の風をはらんでふわりと揺れた。

 晴れた空の下、のんびりと優雅にお馬さんの歩く馬車の中で俺ちゃんは屋敷を振り返らなかった。

 一緒の馬車に乗るお兄様とエマだけが今日という日が最後だと知っていた。

 何も持たず、誰にも告げず。もう戻らない実家を振り返ることもせず。

 随分と薄情なもんだな、と元男子高校生は思う。

 神殿まで、特に話すこともなく静かに馬車は進んだ。

 神殿について、案内された貴族用の控室で神官に神衣の選定を受けたい旨を告げると周りはにわかに騒がしくなった。

 神衣の選定はいつでも、何者であっても希望があれば受けることができる。決めるのは神だから、人である神官が希望者の受け入れを左右するのは不敬だと考えられている。けれど、まあ、リリアンヌちゃんは選定を希望するには若すぎた。年齢制限ないけど、やっぱり死ぬまで辞められないからね、中学二年生で一生の仕事決めちゃうのはどうかなって年長者は思うよね。

 何度も何度も本当に受けるのか確認されたし、受けたとしても神衣になれるとは限らないと釘を刺された。

 過去には神衣の身内として威を借りたいと幼い娘を無理やり選定に連れてきた親もいるらしい。もちろん選ばれなかった。神様はきちんと見ているので本人が少しでも嫌がっていれば選ばれることはないのだ。

 ちゃんと了承していると頷いて宣誓書に署名する。

 この身は神に捧げられし衣、一切の衆生との交わりはなし。

 それを確認して、神官がリリアンヌちゃんを選定の場に促す。お兄様とエマと一緒にいられるのはここまでだ。

 ここまでなのだ。

 その時、リリアンヌちゃんの胸の内に湧き上がった感情はどうしようもない寂しさだった。

 振り向いて、エマとお兄様にぎゅっと抱きつく。

 二人とも驚いてはいたがすぐに強く抱きしめ返してくれた。

「お兄様、エマ、ありがとう、本当にありがとう」

 そばにいてくれてありがとう。

 離れ難い思いを押し殺して一歩後ろに下がる。

 お兄様もエマも泣き出しそうな顔でリリアンヌちゃんを見ていた。きっとリリアンヌちゃんも同じ顔をしている。

「お兄様、この間、伯母様のところで食べた焼菓子が美味しかったわ。きっと差し入れしてね」

 もう一歩後ろに下がる。

「エマ、お手紙はお兄様にお願いすれば届くからね。お兄様はちゃんとエマのお手紙をわたくしに届けてね」

 お願いばかり、我儘ばかり、ゲームのリリアンヌと何も変わらない。あの子もきっと、俺ちゃんと変わんないんだ。ただ愛されたかったんだ。

 神様にお願いしよう。叶わなかったリリアンヌの分まで。

 くるりとお兄様とエマに背を向けて、今度こそ案内の神官と共に部屋を出た。

 静かな廊下を奥へ奥へと進み、神殿の最奥へ向かう。

 一般信者には解放されない祭壇の間に足を踏み入れる。中央奥に祭壇が置かれ、そこに至るまでの石畳の通路を挟むように参拝者用の椅子が並ぶ。秋の祭儀が行われるのもこの祭壇の間である。エロゲでいっぱい見た!

 ゆっくりと中央の通路を歩いていくと見届けの神官が六人、祭壇の下に待機していた。

 神の代理人ルートのエンディングで見た景色やわー。

 祭壇の上には手を繋ぐ男女の神の像。繋いでいない方の手にはそれぞれ月と太陽。足元には神がその身を変えて地上に降りたとされる動物たちの姿。この神様、何にでもなって何でも生み出してんだよなー。まあ、だからこそ神衣も何人でもなれるんだろうけど。

 選定に特にはじまりの合図や特別な呪文はない。

 ただ祈るのみ。神にその身を捧げることを祈れば良いのですと言うてたかな。

 リリアンヌちゃんは祭壇の前に跪いて手を合わせた。

 心の底から願う。


 神様、どうぞわたくしの体を使い可愛い女の子や綺麗なお姉様と思う存分イチャイチャしてください!

 男性とのえちちはまだちょっと早いかなと思うので体がきちんと出来上がってからでお願いします!

 痛いのは嫌いなので、甘々優しいえちち希望です!

 どうぞよろしくお願いします!!!!


 俺ちゃんが渾身の願いを込めた瞬間、神の像は光り輝き俺ちゃんに柔らかな光が降り注いだらしい。

 いや、俺ちゃん、目瞑ってたし、なんか、聞こえた気がして混乱してので周りの様子とかわからんよ。

 だって、おけぽよーって聞こえたんだよ!? え、神様、おけぽよとか言うの???平成ギャルなの???神は平成ギャルだったってこと????


 歴代最速選定だったとか言われても知らんがな。

 

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おけぽよ!?!?
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続きは、続きはないのか!? その後の公爵家の様子がめっちゃ気になる。
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