表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヒステリック・ヒストリー  作者: ラム
第1章 現代
2/5

2023年 平穏

「30, 42, 66, ○, 78,102, 105, 110, 114。○に入る数字は?」

「70」

「おぉ、流石だ! 複雑な数列なのに僅か10歳で……」

「この子は天才よ」

「あぁ、天才だ」

「天才」「天才」「天才」

「なに、こいつが欠陥品だと? じゃあいらないな」



 ──2023年


 どうやら眠っていたようで、気がつくと机に伏していた。

 腕の痺れが強烈で、頭を起こすのがだるい。

 夢を見ていた気がするが、詳しく思い出せないし、その方がいい気がする。

 確か俺は学校で授業を受けていて……授業?


「ようやくお目覚めかね」


 真ん前に立ちはだかるのは歴史の教師。そうだ、今は世界史の授業中だった。


「お前は居眠りが多すぎる。補習か反省文か、どっちがいい? 反省文は原稿用紙3枚、大論述は各600字だ」


 言い渡された宣告は、どちらも受け入れがたい物だった。

 反省文なんて、ごめんなさいの一言で十分だろうに。

 周囲もくすくす笑っている。何が楽しいって言うのだろう……

 羞恥心もくすぐられ、やり場のない怒りに駆られる。


「……まぁいい。ヴァレンヌ逃亡事件の起きた年月日を言ってみろ、言えたら見逃してやる」


 そう言いニヤニヤと笑う教師。

 恐らく、適当に年月日が知られている出来事を挙げただけで、難問なのだろう。

 要するに見逃す気はないと言いたいのだ。

 しかし自分は遠慮なく答えた。


「1791年6月20日」


 周囲から感嘆の声が上がる。

 教師はまさか答えられると思っていなかったのか唖然とし、チョークを落とすも、すぐに拾うと咳払いをし、よろしい、と約束通り俺を解放してくれた。


 自分は数字にこだわりがあり、年号暗記などはあっという間に終えられた。それなのに、肝心の歴史は興味が湧かず、居眠りの常習犯でたびたび補習を受けていた。

 そうしてタイミングよく授業終了のチャイムが鳴る。放課後だ。


 帰ったらPCでゲームでもやるか、と考えているとクラスメイトの会話が耳に入る。

 あの女優がかわいいだの、最近連載した漫画が面白いだのと、たわいもない会話をしていた。

 自分は人付き合いが苦手で学校では誰とも話さないが、特に会話に混ざりたいとも思わず、何事もなく帰宅する。


 白いはずの外壁が灰色に濁って、ところどころひび割れている小さなアパート、そこの一室が自分の住まいだ。部屋に住むのは自分一人。

 今更一人が寂しいとも思いもしない。


 しかしこの日は違った。

 ドアを開けると、長い赤髪の少女がなにやら黒い物体を抱えて立っていた。


「は?」

「喰らいなさい!」


 見知らぬ少女は、訳の分からない事を言い、自分の顔面に何か固いものを投げてきて無様にも倒れる。


「ぐぁっ……ぷ……」


 一瞬視界がチカチカし、星が回るという表現は言い得て妙だな、とどこか納得した。

 起き上がり、投げてきた物体を見る。

 投げてきたのは……黒いアナログ時計 懐中時計にしてはやや大きなものだ。


「観念したかしらこの悪党! いたいけな少女を拐ってなにをしようというのよ!?」


 少女は容赦なく、うずくまる自分に蹴りを浴びせる。


「やめ、やめてくれ! とりあえずだ! 適当に服を着てくれ! 俺は廊下に逃げ……いるから」


 そう、少女は衣服を纏っていなかった。自分が困惑した最大の理由はこれだ。

 服を着ていないことに気づくと、途端に少女は顔を赤くして全身を覆い隠す。


「鳥居、わたしに何したのよ! 変態、馬鹿、最低!」

「なんで俺の名前知ってんだ? 表札は出てないはずだけど」


 まさかこの子は俺のストーカー……? だが何故? 俺には金品はない。


「あれ? なんで……急に名前が……それより出てって!」


 今度はビンタ。ガードが間に合わず思いっきり右頬に手のひらが食い込む。きっと顔には紅葉が咲いてる事だろう。

 酷く暴力的な少女に辟易し、俺は慌てて部屋を出た。少し待って、いいよー、という声を合図に部屋に入る。

 少女はサイズの合わない白のシャツ、下はとりあえずジーンズをベルトで巻いて履くことを選んだようだ。


「……変な物見せてごめんなさい」


 少女は顔を赤らめつつ謝る。


「気がついたら突然知らない部屋にいて、しかも人が来たから誘拐されたのかなって……」


「もしや記憶喪失? なんて気の毒なんだ……と言うとでも思ったか! ストーカーか詐欺グループか、あるいは……!」

「そんな、わたしは本当の事を言ってるのよ!?」


 このまま口論しても仕方ない。

 ふと、さっき投げられた黒いダイヤルが視界に入る。

 数字は0から15まであり、針は14に合わさっており、中央には0%と浮かんでいる。14、という数字がふと気になった。


(14……自然数、偶数、合成数、半素数、不足数……)

「ど、どうしたの? 突然固まって」

「……」


 少女を無視して、よく調べようと、ダイヤルを手に取った時であった。


 ──このダイヤルは歴史に……劇薬……歴史を……変え……く……


「えっ……今なんて? もう一回言ってくれないか?」


 少女はキョトンとしている。


「ダイヤルは歴史の劇薬だとかなんか言ったじゃないか!」


「ダイヤル? 何も言ってないけど……その、大丈夫? まさかわたしのせいで……?」


 逆に心配されてしまった。

 幻聴か? 俺も謎の少女の来訪で驚いたあまり頭がどうかしてしまったのだろうか。


「ダイヤルってのは君が投げたこれだ」

「あれ、このダイヤル、見覚えがある……ねぇ、これ回していい?」

「いや、こんな訳のわからないもの下手にいじるべきじゃない。訳がわからないのは君もだが」


 これは我ながら失言だった。


「失礼だなー。わたし本当は内心不安なのよ……? 急に知らない世界に来たみたいでさ……思い出せるのは私はヒスイって名前ってことだけで……あ、ごめんね、こんなこと言って」


 途端に取り繕う彼女の口調は柔らかいが表情は固かった。俺にはその仕草が作りものには見えなかった。


「俺のほうこそ……ごめん」

「いいえ、怪しいのはわたしでも分かるから大丈夫。それじゃ、洋服ありがと!」


 そう言いどこかに行こうとする少女。しかし行き着くあてなどないだろうに。


「待ってくれ」


 俺は慌てて止める。最初は彼女のことを疑心暗鬼に見ていたが……

 さっきの悲しげな表情。俺はこの子がなんだか健気に見えた。


「俺は君を……ヒスイを信じるよ」


 ひとまずこの子を信じる事に決めた。それに何故だろう……ヒスイとは抵抗なくコミュニケーションが取れる。

 それに先ほどの幻聴、ヒスイも見覚えがあるというこのダイヤルが、玩具ではないことを指し示している気がしてならない。


「えっ、ほんと!? それじゃダイヤル貸して! 回してみましょうよ」

「駄目だ」

「えー! なんで!? きっとわたしに関わりがあるのよ!」


 ダイヤルを回すのは反対だった。見た目はただのアナログ電話の一種だが幻聴が引っかかる。

 それに何か……たとえるなら〝デジャヴ〟? まるで前にも回したことがあるような……とにかく嫌な予感がする。


「それより君は記憶が戻るまでどうするんだ?」


 そう言うとヒスイはたじろぐ。


「えっ……えっと、ここに泊めてもらっちゃダメ、かな」

「まあ別にいいけど……」


 その時ぐぅー、と腹の虫が鳴る。ヒスイの方向からだ。


「か、変わった鳴き声の鳥が通ったわね……」

「……鳥は飛んでないように見えるが」


 下手すぎる嘘であった。


「……それに、ヒスイの方から」

「あーーもう! お腹鳴らしたら何が悪いのよ!? それにデリカシー無さすぎでしょ!

最低!」

「な、この程度でそこまで言わなくていいだろ!」

「この程度ってどの程度よ!」


 そのとき、またぐぎゅぅう、という音が響く。

 ヒスイもすっかり黙ってしまい、なんだか気まずくなる。


「その、今日は夕飯カレーにしたかったんだけど一人じゃ食べきれなくて困ってたところだ。食べるか?」

「えっ、いいの!? しかもカレー!?」


 途端に目を輝かせるヒスイ。

 ヒスイを受け入れたのは彼女の記憶とダイヤルに眠る謎、それに俺も少し思うところもあったからだ。

 なによりこんな少女を放置は出来ない……というのは格好つけすぎだろうか。


「え、でも一人じゃ食べきれないって家族は?」


「……」

「どうしたの?」


「……そんなものいないよ……」

「! ごめん……わたしでよければ……話聞くから」

「必要ないよ」


 家族、と言われてついぶっきらぼうになってしまう。聞かせたくないのは俺の根源にも関わる話だからだ。


「まあすぐ作るから適当にテレビでも観てなよ」


 俺はカレーを作り始める。玉ねぎは飴色になるまでバターで炒め、スパイスは厳選した10種類を使い、新鮮な肉と野菜を盛り込んで、圧力鍋で加熱して具材がほろける、こだわり抜いた自信作だった。


「お待たせ……ってあれ?」

「うっ、うっ……」


 見るとヒスイは泣いていた。なぜ泣いているのか、やはり不安なのか。


「大丈夫か? 安心してくれ、記憶が戻るまでなら俺が面倒見るから」

「ちが、うの。家族がいないって……それって、とても悲しいことだわ」


 ヒスイは俺の境遇を案じて泣いていたのだ。人のためにここまで悲しめるものなのか。この子はとても優しい子なのだろう。


「……ありがとな、俺は寂しくないから。冷める前にカレーを食べよう」

「うん……!」


 二人でカレーを食べる。食べ慣れた味のはずだが、ヒスイの笑顔を眺めながらスプーンを進めると、心なしかいつもより美味しく感じた。


 夕食を終えた後は入浴し、なんとなくダイヤルの話は明日にしようということになってそのまま就寝する。

 これが僅かに残されていた平穏だとも知らずに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ