(2)
私は自分の防寒用にと持ち寄っていたブランケットをアルファのお腹に掛けてあげる。アルファの寝ている姿は子どもみたいだ。
「ん、もう、終わったのか? 早かったな?」
庭園の木に寄りかかって転寝していたカナイが、のんびりと戻ってきて寝ているアルファを覗き込む。
「こいつの一人勝ち?」
「まさか、引き分けだよ」
にこりと告げれば、信じられないという風に目を見開いたけど傀儡が「そのとーりです」と囀ったので、へぇと感心した。
「まぁ、私はズルしたんだけど、ね?」
いって笑えば、きょとんと問い返す。別にこうなることを予測して口にしていたわけじゃないけど、一応、申し訳なさそうに口にすれば、カナイはぎょっとしたように目をむいた。
「どうしたの?」
「い、いや、どうしたのって……おま、お前、それの効果いつ切れるんだよ。いつ飲んだんだ?」
「え、午後だけど聞いてなかった……。どのくらい、か、な……」
いうと同時に消灯の時間を知らせる鐘がどこか遠くで聞こえた。
「拙いな、お前本当に薬師かよ……」
心底呆れたというようなカナイの台詞に、気分を害する。勉強不足は自分でも多少は分かってるけど、それをそんな風に突くなんて酷いと思う。
「う、うわっ。泣くなよ?」
泣くわけないじゃん! ごしっと顔を拭うと少し泣いてた。あれ? 私は首を傾げる。頭を動かすとぐらりと身体が大きく揺れた。なんとかカナイが支えてくれたから倒れなかったけど、地面が私と仲良くしたがっている。
目頭が熱い。頭に心臓があるみたいにどくどく強く脈打つ。もしかしなくても、酔いが廻って、き、た。
「大丈夫か? 水とか、そうだな、うん。水でも」
いって慌ててカナイは空になったグラスに水を注いで持ってきてくれる。飲めるか? と私の両手にグラスを握らせてくれるけど……なんかもう、ぼやんとしてて、飲み食いは無理。いらない、と首を振れば益々強い波に襲われる。
カナイは、仕方ねーな。と眉を寄せたものの、それ以上無理に飲ませようとはしなかった。ぐらぐらしている私を片腕で抱きとめてくれている。
ぶつぶついってるけど、やっぱり優しい。
「カナイってさ」
「な、なんだよ」
「カナイって結構男前だよね?」
「は、はぁ?」
私の目にフィルターでも掛かっているのか三割り増しに男前に見えると思う。
「うん。モテるのも今やっと分かったような気がするよ」
「おい、お前大丈夫か?」
「分かんない。でも気分は良いよ? なんか凄くふわふわして、しあわせーな感じがする」
「完全に酔ってる。完全に酔っ払いだな? よし、もうお前部屋に、いや、でも、酔っ払い放置するのは拙いか、というか、エミルはどこに消えたんだよ」
「むーっ。私が居るのに他の人の話?」
くぃくぃと袖を引くと、カナイは真っ赤になって叫んでいた。
「お前は誰だっ!」
どうやらカナイの方が随分と酔っ払っているらしい。
「私は、月見里真白です。よろしくお願いします」
「―― ……そういう意味じゃ、ねーだろ」
ごにょごにょと何かいいつつ、頭を抱えて、はぁぁぁっとふっかい溜息を吐いたカナイを見上げる。私は何か、彼を困らせるようなことをしてしまっただろうか?
「私、何か迷惑、掛けてる? 困ってる?」
恐る恐る手を伸ばしてそっと頬に触れれば、カナイは一瞬びくりと身体を強張らせたが諦めたのか、ゆっくりと首を振った。
「困ってない。別にもう、この際迷惑でもない」
「良かった」
ほっとして、息を吐くと熱い。さっきから地面がぐらぐらと揺れているし、よくそんなところでアルファは寝てるしカナイは普通に立っていられるものだ。
天才のつくりは常人とは異なるのだろうか?
「お前、大丈夫ならそこらへん座ってろよ。俺、医務室からなんか貰ってきてやるから」
くるりと私に背を向けてしまう、カナイを反射的に掴まえた。
「置いていかないで」
「いや、直ぐ戻るから。お前そのまま寝たら確実に明日に残るだろ?」
「置いていかないで」
「あんま動くと酔いが廻るから」
「置いていかないで」
「―― ……」
「置いてっちゃやだ」
「……ああ! もう分かったよ分かったっ!」
良かった。そう思ったら自然と頬が緩んでいた。顔を逸らしたカナイの頬も赤い。きっとお酒のせいだろう。
ぐらぐらとする身体を支えるためにカナイの腕をがっしりと掴む。無駄にデカイから大丈夫。これで私は倒れることはないだろう。ふぅと一安心して、そのまま体重を預けた。
「お、おい?」
「動いちゃ駄目」
「っ」
「好きだよ、大切にするから動かないで」
「は? あ、え?」
なんだか目がしょぼしょぼしてきた。地面が私を好きだといって離さない。
ずるりと膝から落ちそうになれば、ぐっと抱きとめてもらった。
「何やってるのカナイ?」
聞き覚えがある声だ。その声に反応して私の支えが硬直した。
「いや、これはだから、その、別に何も」
「離しちゃ駄目だよ」
両手を私から離してばたばたと振ったカナイに、ぎゅぅぅっとしがみ付く。支えが動くとは何事だ。
「カナイ? 酔ってるからって女の子に何しようとしてるの?」
「なんもしてねーよっ!」
「嘘っ!」
「ちょ、待て、マシロ! 嘘ってなんだよ! 俺何もしてないだろ」
「ふーん……なんか詳しく聞かなくちゃいけないことが出来たようだよね?」
エミルの笑顔が怖い。
「さて、それで? 誰がマシロにこんなに飲ませたんですか?」
カナイがエミルにいい訳している間に私の大好きな声が聞こえた。反射的に振り返るとぐらりと足元が覚束ない。でも、地面と仲良くなることはなく、今度はいつも一番傍にある香りに包まれた。
「ブラックー」
私に尻尾があれば機嫌良くぶんぶん振っていただろう。
「ブラック、今日はね、王宮のワイナリーから葡萄酒が届いてね、もんのすごーく美味しくて、それから、料理も一杯作ってもらってすごーい美味しくて、凄い好きーっ」
好き、好きーっ。どんなにいってもいい足りない。重ねる度にふわふわと頭を撫でられて凄く気持ちが良い。夢見心地とはこのことか?
「マシロは、酔うと告白体質になるんですよ。きっと。先日はうちの柱時計に愛を語っていました……」
ブラックは、はぁと溜息を零す。
「ブラック?」
見上げれば私は不安そうな顔をしていたのだろう。ブラックは目を合わせるとにこりといつもより優しいくらいの笑みを浮かべてくれる。
ほっと胸を撫で下ろしてもういちどしがみ付く。
「というわけですから、今のマシロに何かいわれていたとしても、真に受けないでくださいね」
「―― ……受けてねーよっ!」
「カナイさん顔赤ーいっ。気持ち悪ーい」
「お前は寝てろ!」
「だって、ブラックの気配がしたんだもん。起きますよぉ」
なんか、みんなわちゃわちゃうるさい。……うるさいけど……なんか楽しい……なんか幸せ……
「ふふ……みんな、大好き…… ――」
そして、眠い……。私は一番安心安全な場所で瞼を落とした。