後日談
まだ私は未婚だから、本当のところは分からないけれど、結婚なんて人生の上でとても大きなイベントだと思うし、分岐点でもあると思う。
それを、先日のエミルのようにあっさり「良いよ」というのは何か違うと思う。
思うから私はみんなに聞いて回ることにした。
「ねぇ、カナイ」
「んー?」
一人で今日も本の虫と化しているカナイを確保。私が傍に座っても、ちらと確認しただけで直ぐに視線は本へと落とされる。
「私が結婚してっていったらどうする?」
「別に構わないが、急にどうした?」
―― ……あれ? あっさり?
「いや、そこは突っ込むところが違くない?」
私の重ねた言葉にカナイはようやく顔を上げて眼鏡を外しつつ、どこ? と首を傾げる。
「だから、結婚なんて”して”、”良いよ”、って流れおかしいよね?」
「別に」
「じゃあ、私が本当にそういったらしてくれるの? 私だよ?」
相手に不足ありすぎだろう。
「別に構わない。特に他に考えている相手が居るわけでもないし、家とも絶縁状態だ。俺の独断で決定しても、揉めることもないだろう」
駄目だ。こいつは本以外に興味がないんだろう。
私はくらくらと眩暈を起こしそうな返答にこめかみを押さえて、そ、そう。ありがとう。と、いい残して、次なる回答者を求めた。
***
「ねぇ、アルファ」
「なんですか?」
屋上庭園で、寒さも気にならないのか、ご機嫌で剣の手入れをしていたアルファを掴まえた。
「私が結婚してっていったらどうする?」
「んー? 僕、手続きとか良く分からないから上に聞かないと駄目ですけど、別に構いませんよ」
きらりと刀身を太陽に反射させ、その曇りのなさに大きく頷いたアルファは、ちんっと鞘に剣を収めてから「で、いつですか?」と振り返る。
わ、私はもしかしてからかわれているのか?
いや、私の質問もおちょくってるようにしか聞こえないと思うけど。
「いや、いつ、とか、あれじゃなくて」
「ああ、冗談ですか? 残念」
にっこり天使の笑顔で添えられると、うっと息が詰まる。
「あの、さ。私だよ? 他にいっぱい居るじゃん」
「居るかもしれないですけど、僕が知ってる女の子らしい女の子はマシロちゃんだけですよ? だからそうなれば嬉しいと思います」
う、駄目だ。これ以上愛らしい笑顔は受け切れられない。
私はアルファへの挨拶もそこそこにふらりと館内に戻った。エミルの反応は普通ではないという裏付けに聞いて廻ったのに……私はいきっぱぐれることはなさそうだ。
というか、この世界の結婚観がきっとおかしいのだろう。うん。
***
私は一人頷いて、館内で歩く本に出会い引きとめた。
足は止めてくれたけれど顔が見えないので、私は上から三分の一ほどと取り上げて抱えた。
「なんですか?」
素直に眉を寄せるシゼに「手伝うよ。ラウ先生のラボ?」と足を勧めた。
大丈夫だと追いかけてくるシゼを無視し私は話しかけた。
「ねぇねぇ」
「なんですか?」
「シゼは、私が結婚してっていったらどうする?」
―― ……ばさばさばさ
想定の範囲内でシゼは本を落とした。
私は廊下のわきの長椅子に持っていた本を置いて拾うのを手伝う。
「全く、急に何をいうんですか? 種屋店主殿と何かあったんですか?」
「別に、フツー。良好です」
最後の一冊を一番上に、ぽんっと載せてそういった私にシゼは複雑そうな顔をして立ち上がる。
「もしもの話だよ。もしも、私がそういったら」
「あのですね。マシロさんの世界がどうであったかは知りませんが、ここでは十七歳で大人です。まだ僕には二年残ってます。最低でもそれは待っていただかないと困ります」
―― ……あれ?
すたすたと歩くシゼに並んで続きを促す。
「そのあとだって、僕はまだ学生ですから、マシロさんを養っていけるだけのものがありません。どう急いでもそれからまた数年は待っていただかないと……」
「シ、シゼ?」
恐る恐る言葉を遮った私にシゼは視線だけで問い返す。
丁度、研究室の前に到着出来たところで良かった。私の方が荷物が少ないので、扉を開けてあげる。
「私と結婚してくれるの?」
「―― ……」
改めて問い直した私と目が合って、じわじわじわっとシゼの頬が朱を帯びてくる。というかもう真っ赤。思わずにまにましてしまう。シゼは可愛い。
「おやおやー? どうしたんですか? うちの可愛い助手が茹蛸になっていますが?」
そこへラウ先生が沸いてきた。本当に神出鬼没だ。といってもここはラウ先生の研究室だからいても可笑しくない。
「なってません。この本、奥においておきますよっ! マシロさんの本はその辺りにおいておいてください。あとで運びますから!」
ぷりぷりと去っていくシゼの姿を見送って、ラウ先生と顔を見合わせると肩を竦めた。
「それで、何の話だったんですか?」
「え? あ、別に大した話ではないです」
っていっても聞いてくるだろうなぁ。案の定問質され私は渋々答えた。
「―― ……なるほど、マシロはモテモテなんですね?」
「……そーですね。結婚観が違うだけだと思いますけど」
どうにも、この人は苦手でつい気のない返事になってしまう。
「でも、私は嫌ですよ。確かに魅力的なお話ですがマシロに言い募られても承諾しないと思います」
なのに、ここにきてようやくまともな意見が聞けた。でも、まともだと思うけど。あっさり嫌だといわれるのもどうだろう? ちょっと失礼だ。
「マシロに限らず、私は誰とも婚姻関係を結ぶつもりがないので」
「そうなんですか? ラウ先生モテそうなのに」
意外な言葉に問い返した私に、ラウ先生は、素直にお礼をいったあと話を続けた。
「面倒臭いじゃないですか。それに幸も不幸も分かち合うものなのでしょう?世間一般的な感覚として。勿体無いですよ。幸も不幸も私自身が所有して私自身のものです。他人の幸も不幸も私には必要ないですから」
「―― ……はあ」
にっこりと特に何かを意識して話したという風でもないラウ先生の言葉は、常に彼の中にある本当なのだろう。
らしいといえばらしい……。
***
「―― ……て、ことがあったんだけどね?」
「ほぅ? 私をほったらかしにしてそんなことを……」
「いや、ちょ、ちょっと聞いてみただけで、私が好きなのはブラックだよ?」
本当ですか? と、恨みがましい視線を向けられて、私は力強く頷いた。若干表情は険しく作っているけれど、尻尾がぱたんぱたんとどこか嬉しそうだ。
―― ……可愛いやつ。
つい、上から目線になってしまう。
ブラックの膝の上を陣取っていた私を、むぎゅっと抱き締めて頭頂部に顎を乗せ、一息。
そこは休む場所ではありません。
ま、良いけど……さ……。
「別に良いですけどね……他の方々がどれほどマシロを愛していても、私には到底敵いませんから」
「ん……そうだね」
もう、どうでも良いや。私はここが一番心地良いということに変わりはないから。
幽霊屋敷にいた彼女にだって、恋人と約束を交わすまでの間、ううん。破られるまでの間にはこういう甘くて優しい時間が合ったのだと思う。
それなのに、記憶に刻まれ残っていたのは居なくなってしまった人への想いと、当初抱いていたわけではないだろう、募りすぎた想いが生んだ恨み。
私は、もしこの腕をなくしたらどうなるんだろう? 同じように彼を怨むのだろうか?
それに……ブラックにもし同じ質問をしたらどう答えてくれるんだろう?
―― ……興味はある。
でも私は恋とか愛とか、信頼とかに臆病だから、欲しい答えのある相手にはとても軽々しく質問したりは出来なかった。
ま、私はここに居れば白月効果で絶賛モテ期、真っ只中だ。
きっとそのときが来るまではこうして暖かなものを感じていられるだろう。
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